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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第八十六話

 バレット・オブ・バレッツ決勝戦の舞台《ISLラグナロク》。その中央にあるエリアである旧市街地にて、俺は息をせききって走り抜けていた。かつては隆盛していたのだろう交差点の跡地を、瓦礫を飛び越えながら進んでいく。こんな見晴らしのいい場所を走るなど、狙撃してくれと言わんばかりだが、今は真っ直ぐ走るしか選択肢はなかった。

「くっ……!」

 視線だけ背後を振り向くと、轟音とともにソレは駆けつける。《装甲車》……とでも呼ぶべきだろうか――この瓦礫の山をものともせずに、鈍重なエンジン音を響かせながら、その車は俺を追跡してくる。バイクや車、弾倉などのアイテムがフィールドに落ちていることがある、とは聞いていたが、まさか装甲車を入手していたプレイヤーがいたとは。

 出来ることなら、早く横道かビルの中にでも入ってやり過ごしたいものだが、敵もやり手というべきか……装甲車に付属している機銃が、俺が横道に逸れたら当たるように狙いをつけていた。このまま真っ直ぐ走らなければ銃弾の雨にさらされ、今のままではいずれ追いつかれひき殺される。

 無論そんなつもりもない。ステップで走りながら反転し、AA-12を装甲車の正面に向かって乱射し、中の運転手もろとも蜂の巣にするべく襲いかかる。だが、コンクリートの塊ですら突破する装甲車に銃弾は通ることはなく、AA-12のフルオートの突破力を持ってしても、ただ弾丸が跳弾していくだけに過ぎない。

「やっぱり無理か……」

 AA-12を構えている隙にこちらを狙う装甲車の機銃を、《弾道予測線》に沿いながら避けていきながら、撃ちきったAA-12の弾倉をそこらに捨てる。捨てられた弾倉があっという間に蜂の巣になったことに戦慄しながら、俺は新たな弾倉をAA-12にセッティングすると、もう一度改めて周囲の地形を観察する。こうして車から逃げていられるのは、周りのあるコンクリートの瓦礫に、少なからず装甲車が影響を受けている証拠だ。

「……よし」

 そう小さく呟いた後。機銃の合間を縫って狙い通りの瓦礫がある場所に、《縮地》を使って回り込み、その瓦礫の背後に立つ。俺を一瞬見失った装甲車だったが、バックミラーか何かで即座に発見すると、驚異的なドリフトを見せて再び俺に追いすがる。結局《縮地》を使って回り込んだとしても逃げられず、またもや装甲車との鬼ごっこの開始――ではなく。

「そこだ!」

 装甲車が狙った瓦礫に引っかかり、それを無理やり突破し乗り越えた瞬間、高速でAA-12の弾丸が装甲車に放たれる。ただ弾丸を放った訳ではなく、瓦礫を乗り越えたことによる装甲車の底面と道路の隙間に、小型グレネード弾に例えられる特殊弾頭《FRAG-12》を――だ。高速で発射された《FRAG-12》は、その一瞬の隙を見逃さず装甲車の底面に収束していく。

 《FRAG-12》は連鎖的に装甲車の底面で爆発、そのまま爆心地に更なる弾丸が発射されていった結果――一際巨大な爆発が起こっていき、装甲車が浮かび上がっていき、完全に俺に向かってその底面を晒す。俺を狙っていた筈が、誰もいない空中に放たれる機銃を見ながら、《AA-12》の真骨頂たる機関銃のようなフルオートをもってして、さらに《FRAG-12》を装甲車の底面に連射する。

 いくら装甲車といえども底面も装甲に覆われていることはなく、《FRAG-12》の直撃には耐えることは出来ず――直撃、爆発、炎上――映画のようにガソリンにでも引火したか、装甲車の内部から《FRAG-12》のものではない爆発が響き渡る。その爆発を近くにあった巨大な瓦礫に隠れてやり過ごすと、耳をつんざくような爆発音と閃光が周辺を支配した。

「ふぅ……」

 見るも無惨な光景になっているだろうが、一応装甲車に乗っていた相手を倒したか確認すると、そこには予想通り――予想以上の無惨な光景が広がっていた。現実で目の当たりにしたとしたら、消防車ではなく先にテロ対策課を呼びそうな光景とでも言うべきか。

 それでもプレイヤーがキルされた証である、ALOでいうところのリメインライトは残っていたので、どうやらプレイヤー自体もこの世界から退場したようであった。さらに観察するとその印は二つ残っており、装甲車の運転と機銃の担当で手を組んでいたのか、と今までの行動に納得する。

 とにかく装甲車の走る音といい爆発音といい、そもそもこの道路という場所といい、何にせよこの場所は目立ちすぎる。近くのビルの一室にでも隠れて、休憩がてら次のサテライト・スキャンまでやり過ごそう……と考えていると――

「……!」

 ――途端に殺気が俺を襲う。気配は上空から……狙撃ではなく人の気配であり、反射的にその場を飛び退くと、今まで自分がいた場所にしっかりと弾痕が付いていた。

「オッケーオッケー、今のを避けるなら合格だぁ」

 先程、装甲車の機銃が空へと発射された時、空中に人がいるはずもない――と考えたが、その声は確かに空中から響いていた。その声のする方向を向いてAA-12を構えると、確かに男が一人、空中を自在に歩いているように見えた。

 ……いや、空中に人間が歩いているなど、この世界では全く持ってナンセンスだ。よくよく観察してみれば、その男は片腕からアンカーを伸ばしており、そのアンカーをビルの屋上にくくりつけているに過ぎなかった。装備もホルスターに込められた拳銃と、煤に汚れた薄汚いマント――少し焦げているところを見るに、どうやらあの装甲車に乗っていたらしい。爆死する前にそのアンカーで脱出していたか。

「いい眼光だ。俺の名はサティという者だが、君の名前は?」

「……ショウキ」

 芝居がかった口調でその吊された男は話しかけてくると、その間に俺はAA-12の弾倉を入れ替える。装甲車に撃ちきった《FRAG-12》の弾倉を捨て、通常の弾丸が入った弾倉に入れ替えると、サティと名乗った吊られた男に向ける。

「オッケー、いい返答だ。ならば――」

 名前を名乗りあう以上の時間を待つ気はない。ビルから吊られているサティが何かを言おうとする前に、AA-12が空中にいるサティに向けて火を噴いた。フルオートでの発射ではない、予測線もつく牽制程度の適当な射撃だが、アンカーに吊られたサティはどう避けるのか。

「その行動はオッケーじゃないなぁ!」

 サティ自身を吊っていたアンカーは伸縮自在らしく、急速でアンカーを巻いていくことで牽制の射撃を避けるが、そのまま俺は追撃を続けていく。AA-12のような散弾銃は何かと射程の短いイメージがあるが、地上から小さいビルの屋上くらいならば、全くもって問題ないほどだ。

「――そこで見本を見せてあげよう!」

 サティを追いすがるAA-12の弾幕の前に、サティは何を思ったかアンカーを解除する。ビルから吊されなくなったサティは、当然の如く地上に落下していくが、その前に再びアンカーを違うビルに発射する。

「オッケー!」

 ……そう、それはまるでかのスパイダーマンの如く。アンカーを操ることにより、サティは自由自在にビル街を飛翔しているも同然だった。

「くっ……」

 アンカーをフル活用して空中を自在に回るサティを、AA-12で撃ち落とそうとするべく連射していたが、無駄弾を撃っているだけと気づいて止める。空中を自在に闊歩する今のサティに、地上から撃つ銃弾などかすりもしない。

「君の攻撃がもうオッケーなら……こっちから行くぞぉ!」

 こちらの銃弾を悠々と避けながら、サティは俺の頭上を取っていく。どんな人間であろうと真上という場所は絶対の死角であり、サティはそれを狙って敵の死角から死角へ……いつも俺がやっている戦術ではあるが、相手にすれば厄介なことこの上ない。こちらも何とかサティがいるこのエリアから逃げようとするが、俺が走るよりもサティが空を駆ける方が早い。

 そして上空からは、サティが手に持った拳銃――S&W M945と呼ばれる、照準精度が高い銃――から放たれる弾丸が、俺の視界の外から放たれる。せめて視界に捉えることが出来なくては、弾道予測線を表示させることが出来ない。銃声に反応しながら何とか銃弾を視界に捉えながら、表示させた弾道予測線を頼りに銃弾を避けていくと――

 ――サティの姿がない。

「ちょぉぉぉうオッケーぇぇぇぇ!」

 突如として横から蹴りが飛んでくると、俺の側頭部に直撃する。いつの間にかアンカーを伸ばして地上に近づき、ターザンの要領で俺を蹴りつけてきたのだ。勢いの乗った蹴りを受けた俺は吹き飛び、そのままビルの壁にぶつかって止まると、サティはそこにS&Wの弾丸を放つ。

「このっ!」

 ビルの壁を蹴って空中に飛翔することで、その銃弾を避けながらサティへと接近する。サティは伸ばしたアンカーを回収して空中に避難しながら、回避する術がない空中へと躍り出た俺に、再度銃弾をぶち込まんとS&Wを構える。

「オッ……!?」

 しかしS&Wが発射されることはなく。その銃身には、俺が念のために買っていたナイフが深々と突き刺さっており、発射するための構造の一部が破損していた。

「投げナイフには予測線は出ないだろうな……!」

 弾道予測線は確かに便利な存在だが、その名の通り弾道にしか反応しない。俺が空中へと飛び上がると同時に投げられていたソレに、愛銃を破損させられたサティが動揺している隙に、その腹部へと飛び蹴りを叩き込む。

「うぉ……」

 ミシリ、と音をたてて脇腹に蹴りが炸裂し、空中でさらにもう片方の足を動かす。アンカーで空を舞うために軽量装備のサティは軽く、もう片方の足をさらに頭部へとかかと落としの要領で蹴り込み、無理やり地上へと突き落としていく。

「トドメだ!」

 最後に地上に突き落とされたサティに対し、両手で構えたAA-12を向ける。そのまま自分も、自由落下に身を任せながらAA-12の引き金を引くと、空中からサティに対し金属製の雨が降り注いでいく。アンカーを伸縮させて空中に逃れようとしても、その空中から放たれるAA-12からは逃れられない。

 しかしサティもそれだけで終わる相手ではなく。今まで使っていた左手のアンカーを切り離し、右手から新たなアンカーを放ち側面の瓦礫に巻き付かせ、そのアンカーを伸縮させる――これらを銃弾が迫るまでの一瞬でやってみせると、右手のアンカーに引っ張られて側面に高速移動し、AA-12の弾幕の外へと一瞬で退避することに成功する。

「避けられたか……!」

「遅かったなぁ!」

 俺が空中から瓦礫の山に着地する間に、サティは素早く新たな拳銃を左手に持ち直し、右手のアンカーをビルの屋上に巻き付かせる。空を飛翔する装備へと素早く持ち直すと、サティは再びアンカーによって空へ舞っていく。今度は先のような攻撃は通用しまい、どうするか……などと考えていると――別の銃声がその空間を支配した。

「水入りかぁ!?」

 新たに発されたのはアサルトライフルの銃声。どこからか放たれたそれは、サティの使っていたアンカーを的確に撃ち抜き、再び地上へと落下する。クラクラとしているらしい頭をはっきりさせるサティを後目に、こちらも今の銃弾がどこから来たか確かめる。

 ――そこで見たものは、死神だった。

「――避けろ!」

 その死神は自身の身体の前で十字を切ると、魂を刈り取る鎌のように、自身の得物たる拳銃――《黒星》を構えていた。その銃口が向けられた先は地上に落下したサティ。俺の叫び声と動きは《黒星》の銃声にかき消され、その狙いは寸分違わず目標に吸い込まれる。

「あ? ――――」

 銃弾に当たったサティだったが大したダメージはなく、むしろその威力に拍子抜けしたような表情を見せていた。……しかしすぐさまその表情は硬直し、物言わぬ人形になった後にこの世界から消えていく。HPが0になった時のアバターの消え方ではなく、強制ログアウトの際に近いようなその消え方は、先日目の当たりにしていたところだった。《ゼクシード》と呼ばれるプレイヤーと同じ消え方であり――

 ――今、現実世界でも命を落としたのか。

「……お前!」

 物陰からその銃弾を放った者に怒りを込めて叫ぶと、その人物は俺には目もくれずに去っていく。本当に俺のことは眼中に無いのか、おびき寄せようとしているのか、それとも何か他に理由があるのか。その灰マントは路地裏を通って闇から闇へと消えていく。

「逃がすか! ……《死銃》!」

 そんなことは後で考えればいい。珍しく声を荒げながらも、冷静を保ちながら路地裏に消えた灰マントを追っていく。本当にあの銃弾はサティを殺害したのか、あのプレイヤーは何者なのか……それ以上に、追っている途中であの《黒星》に撃たれないように。

「っ!」

 路地裏の曲がり角を曲がろうとした瞬間、あの灰マントが持っていたアサルトライフルの斉射が待ち構えていた。素早く後退することで難を逃れるが、やはり灰マントがこちらから逃げる足音が響き渡る。路地裏で追撃というこのロケーションは、このAA-12を買う前のリーベとの《鬼ごっこ》を思い起こさせるが、あの灰マントは恐らくリーベではない。彼女はアサルトライフルなど使わないからだ。

「…………」

 灰マントのプレイヤーからの銃撃が来ないことを確認すると、さらに追撃しようとしたところに、ふと、先のサテライト・スキャンから15分経っていたことを思い出す。もたもたと確認していては逃げられてしまうが、あの灰マントのプレイヤーの名前を確認する時間程度はある。走りながら端末を広げていくと、俺から一目散に逃げようとする、一人のプレイヤーが映し出される。その名は――

「……《銃士X》」

 ――シノンの協力でキリトと割り出した《死銃》候補の一人。まず俺がこの中央都市に来ることになった原因。そのプレイヤーの名を小さく呟いた。

 そうと決まれば、と距離を詰めんとさらにひた走っていく。敏捷値……というか走るスピードは俺の方が早いらしく、相手も逃げているとはいっても徐々にその距離は縮まっていく。相手も端末を見てこちらの反応を伺いながら逃げているらしく、時折牽制のような銃弾が飛んでくる。

「…………!」

 それらを避けながらなおも追いすがっていくと、曲がりくねった路地裏から一本直線の道に出る。その道の奥には灰マント――銃士Xが銃を構える姿。……どうやら待ち構えていたらしく、そのアサルトライフルをこちらに向かって乱射してくる。

 ……ただ、放たれる弾丸があの《黒星》のものではないならば、こちらも退く理由はなく。一本道に充満する弾道予測線を見切ると、それらが一切ない場所へ――壁を蹴って空中へと躍り出る。

「えっ……?」

 一瞬だけ発された疑問の声は銃士Xのものか。発射された銃弾は全て俺の足元を通過していき、さらなる追撃の前に空中からAA-12を銃士Xへと放つ。この狭い路地裏において、散弾銃というカテゴリーに属しているAA-12から逃れる術はなく、肩や腕などに避けきれなかった弾丸が銃士Xへと殺到する。

「くっ……」

 俺が着地をしている間に、銃士Xは苦悶の声を漏らしながら再び逃走を選択すると、路地裏から主街区へとその戦術を移していく。その後ろ姿にまたもやAA-12を発射するものの、路地裏から脱した銃士Xにそれは当たらない。

「スタジアム……?」

 路地裏でのチェイスを終えてたどり着いたのは、大きな雨天野球場が目立つ市街地。灰マントを被った銃士Xは、こちらに当てる気も感じられない牽制弾を撃ちながら、早々とそのスタジアムへと入っていく。そこに仲間でも隠れているのか、と端末でサテライト・スキャンを確認するものの、そのスタジアムの中には今し方入った銃士Xの姿しかなく――そこで端末の効果時間が過ぎ、次にプレイヤーの位置が表示されるのは15分後の話だ。

 ……もちろん、これから15分も待っていられる訳もなく。あのスタジアムの中に銃士X以外のプレイヤーはいない、ということだけ分かれば充分だ。俺は遠くからの狙撃に警戒しながらも、銃士Xを追ってスタジアムへと歩を進める。

 今は跡地としか例えようがないが、雨天野球場だった場所の入り口を抜けていく。先に銃士Xが通ったためか気になる瓦礫もなく、俺は神経を研ぎ澄ませながらも、確実に銃士Xが待つスタジアムへと近づいていく。

 そして入り口となっていたゲートを抜けると、昔は野球をやっていたのであろう、観客席もある広々としたスタジアムに出た。かつては人口で芝などでも植えていたのだろうが、今となっては見る影もなく、無機質などコンクリートが丸出しになっている。

 ――その中央に銃士Xは佇んでいた。

「……っ」

 もう逃げる気はないということか、スタジアムの中央からいっそ無防備なまでに動こうとしない。俺がスタジアムに入ると同時に、銃士Xの息を飲む音が聞こえるとともに、俺もAA-12を構えて戦闘態勢に――

「ま、待て!」

 ――高い女性の声がスタジアムに響き渡ると、銃士Xは持っていたアサルトライフルと《黒星》を地面に放棄した。そのまま《死銃》の証たる灰マントすらも脱ぎ捨てると――銀髪の女性アバターが露わになる――手を挙げて無抵抗を示す。まるで降参……いや、投降するかのようなその態度に、警戒しながら話が出来る距離まで接近する。

 その間中、銃士Xは終始何かに怯えるように周囲を見回しており、まるで誰かに見張られていたかのようだ。確かにスタジアムの中には誰もおらず、中継用とサテライト・スキャン用の映像端末も、急ぎ銃士Xが屋根のあるスタジアムに入ったからか、その姿もまだ見えない。

 脇目もふらずに逃げていたのはこの為か、と思いつつも、俺は銃士Xへと問いかける。

「……何の真似だ」

「違う、違うの……わたしじゃ……ないの」

 油断なくAA-12を構えながら詰問するが、銃士Xの口から紡がれる言葉は要領を得ない。彼女も動揺しているらしく、やはり怯えているかのようにその身体を震わせている。……見た限りでは、演技だとはとても思えない。

「何が違うんだ。サティを撃った……殺したのはお前だろう」

「違うの! まさか、本当に《ゼクシード》みたいになるなんて……」

 同じ会話をしている筈なのに、どうしても話が噛み合わない。どういうことかと、彼女が語った言葉――わたしじゃない、ゼクシードみたいに、なるなんて――を脳内で反芻していく。当の銃士X自体も冷静さを欠いており、順序だてて説明できるとは思えない。

「『わたしじゃない』ってどういうことだ……?」

「だからわたしじゃないの! わたしはアイツに言われて撃っただけでっ……!」

「……アイツ?」

「わたしのリアルでの名前とか住所とか分かってて、言う通りにしないと晒すって……!」

 半狂乱になりつつある銃士Xの言葉を紐解いていく。彼女の言葉を信じるならば、という前提はつくが……彼女は《死銃》ではなく、リアルでの情報を盾に脅されていただけの一般プレイヤーに過ぎない。そして《黒星》を渡され、特定の手順で引き金を引くことを要求されると、言われるがままサティを撃ち――結果的に、《死銃》の一員となってしまった。

 ここからは俺の勝手な想像ではあるが、リアルの情報を盾に《黒星》を与えられた人物は、恐らく銃士Xだけではない。さらに数人もの人物が《黒星》を持った《死銃》と化しており、何も知らずプレイヤーを殺害して回らされている……そして、最後にそのプレイヤーたちを全滅させるのが、大元の《死銃》――銃士Xが言う『アイツ』であり、俺とキリトが追っているプレイヤーだ。

「…………」

 何も知らないプレイヤーに、あのデスゲームのごとき重荷を背負わせる。まるでただのプレイヤーだった者たちを、洗脳するかのように殺人プレイヤーに変えていった、あの殺人ギルドの首領を思わせるその手口に……知らず知らずのうちに、俺は奥歯を噛み締めていた。この怒りをどこにぶつければいいのか、AA-12の銃口を銃士Xから下ろすと、さらに質問を続けていく。

「アイツって……誰なんだ」

 その質問を銃士Xにぶつけるとともに、俺はあの殺人ギルドの首領の姿と、《ゼクシード》を殺害した《死銃》が言い放った、『it's show time』――という合い言葉が脳裏に浮かぶ。銃士Xは俺の眼光にすら怯えながらも、小さく首を横に振った。

「わ、分からない……わたしと一緒で、この灰マント着てたから……」

 《ゼクシード》を殺害する時から一貫して着ている、あの灰マントだけでは正体にまでは至らない。とにかくこの情報をキリトに伝えなくては、と思う最中、銃士Xがこちらを見て表情を恐怖に歪める。いや、俺ではなく視線はさらに向こうを――

「ッ!?」

 銃士Xの悲鳴を伴った恐怖の叫びと、突如としてその空間に現れた殺気。反射的に振り向きながらAA-12を構えるものの、こちらが状況を認識するよりも早く、二発の銃声がスタジアムに響く。

「くっ……?」

 発射されたらしい銃弾は肩に当たったものの、軽装のこちらからしてもダメージはない。すぐさまこちらも反撃の一射を放とうとするも、身体に力が入らずに膝から崩れ落ちる。経験したことのある身体の痺れ――いわゆる《麻痺》の状態異常が俺を襲っており、先の弾丸には麻痺の状態異常が付与されていたらしい。

 それでも何とか頭部だけは動かすと、発砲したプレイヤーのことを確認する。倒れた俺を見下ろす形になるそいつは、灰マントとドクロの仮面をした、一度廊下ですれ違ったプレイヤー。キリトと俺の両者に接触し、あのデスゲームのことを問いかけてきた……真の《死銃》。

「…………」

 《死銃》は何も言わずに俺のことを通り過ぎると、同じく麻痺弾を撃たれて行動不能になっていた銃士Xの方へ向かう。その手には《黒星》が構えられており、奴が何をしようとしているかは――

「やめ……」

「所詮、あの女の、戯言、か」

 俺の制止の声に耳を貸すことはなく。《死銃》はそう呟きながら、倒れた銃士Xの近くに落ちていた《黒星》を踏み潰し、その手で死者を悼むように十字を切る。しかしてその行動と結果は、悼むなどという行動とはまるで正反対であり――容赦なくその《黒星》の引き金は引かれた。

「うぁ――」

 銃士Xは何も言い残すことはなく、あっけなくそのアバターは崩壊していく。本当に……本当に一瞬で、何事もなかったかのようにあっさりと。そして《黒星》の引き金を引いた《死銃》当人は、その身体をポリゴン片となって散らす銃士Xにはもう興味がないとばかりに、今度はこちらの方を向く。まだこちらの動きは回復しない。

「いい、眺め、だな。《銀ノ月》」

 その名前は、今ここにはない愛刀以上に意味がある名前であり、呼ばれたくもない名前の一つであり。《死銃》は《黒星》を仕舞い込むと、肩に下げていた長大な狙撃銃を構え、俺の頭に零距離で押しつける。

「『向こう』で、見ていろ」

 そう言いながらこちらを見下ろす《死銃》の姿は、ドクロの仮面をしているにもかかわらず――どうしようもなく、笑っているように見えた。
 
 

 
後書き
ガンアクション(祝 お気に入り600件)

気が付くともうGGO編もそろそろ終わるという。毎回のことながらこのクライマックス感のなさは異常
 
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