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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第十五話:買い物への道中

 
 漸くマリスが立ち上がれるようになった頃、親父から渡された一万円と、念のために俺の財布とナップザックを持って、当事者であるマリスは勿論、先までの不満は何処へやらとノリノリで挙手した楓子を連れ、買い物を押し付けられた俺は家を出る。

 何かしらの行動も起こさずニュースやらワイドショーを見ていたのは、暇だったからもあるが一番は食いしん坊(マリス)が動けなかったからだ。
 ……こうやって用事があるってのに配分も考えず、腹がはち切れんばかりにほど喰うとはもしかしなくても馬鹿なのか。
 まあ、お陰で【A.N.G(アンジェ)】共の起こした奇行―――もとい事件を知ることができ、取り返しがつかなくなるまで見逃していたかもしれないのを考えると、強ちデメリットばかりでは無いとも言えるが。

 そんな事を考えながら、俺は足手纏い(楓子)食いしん坊(マリシエル)を連れ、ムトゥーヨガー堂というスーパーマーケットへ向かっている。
 ソコは大抵の物がそろっている、郊外型大型スーパーマーケットなので、服を買うにもうってつけだ。

 ……難点は自転車を持っていないので徒歩四十分かかる事。
 車はあり、親父とお袋……そして兄貴が免許を持っているのだが、走らせているところなぞ碌ににみた事が無い。
 精々親父がぎっくり腰を発症させた際、お袋が送るぐらい。
 旅行なんざ、神社のお勤めの所為で数えるほどしか行かないしな。

 目に映る田舎と呼ぶには整備され過ぎ、しかし都会と呼ぶには地方過ぎる、如何にも微妙なつ中途半端な風景を見ながら、歩く道すがら気になっていた事を確かめるべく、俺はマリスへ声をかけた。


「マリス。《婚約者(パートナー)》ってのの役割は具体的には? 一緒に戦うとは言っても武は必要じゃ無く、本来の役割は魔力を注ぎこむ事だ……なぞ言われたって分からないんだが」


 俺はマリスの方を向いて口を開いた。
 ……マリスも此方を向いていたし、俺は何ら誤解されることを口走っていないと断言しても良い。

 何より、口頭で“マリス”と口にした。俺は楓子ではなく、マリスに話しかけたんだ。
 話が飛ぶ事などあり得る筈が無い。


「兄ちゃんのa10神経から分泌されるドーパミンが本来左手に現れる《婚約》の証によってエンジェリック変換されて十の十四乗を越える殺戮の魔力が放出されるの同時に《婚約》の証はマリスたんと兄ちゃんを疑似マイクロへヴンズゲートで繋ぐ魔力回路でもあってその放出された十の十四乗を越える魔力は魔力はマリスたんの間六世制の源たる心臓へと注入されてパンデモニウム効果で核融合に似たグフボフボゴホッ!?」
「黙れ、そしてお前には聞いてない。言うなら分かりやすくしろ」


 ……なのに楓子が非常に分かり図らい、バカみたいな説明を野別幕無しに喚いてきた。
 もう一度言う、この楓子(バカ)には聞いてねえ。そうなるのが分かってたからだ。
 俺は聞きたくもなかったので、この妹の早口で紡がれる戯言を(物理で)遮った。

 敢えて具体的に突っ込むなら――― “十の十四乗を越える” なら素直に “一兆以上” っていいやがれ、面倒臭い。
 ……そもそも数値が無いのに、数字を出した意味が分からない。

 エンジェリック変換とか疑似マイクロエヴンズゲートとか、オリジナル単語を説明内に割り込ませるな。理解できる物もできなくなる。
 説明の意味分かって無いだろコイツ。

 パンデモニウム効果って……日本語で『大混乱』効果って訳す事になるが、自ら混乱してどうする。
 自滅でもする気か?

 ……もう考えるのも面倒くさくなってきたので、嘴を挟んだ馬鹿(かえでこ)に期待せず求めている事を促した。


「うぐふっ……に、兄ちゃんの心の力がマリスたんに注がれる事で、マリスたんが一時的にパワーアップするの!」
「……まあ、さっきよりは大分マシか」
「さり気にひどい!? 折角の設定説明だったのに!」


 日本語に“類似”した理解不能な言語しか飛び出ない口を持つ女はさておき、単純明快になった説明を聞けて俺は役割の内容を理解し、納得した。
 力を送るだけならば、自らの体を危機に晒さなくてもよさそうだし、生存確率は上がったと言えよう。


「で、使い方は?」
「……私と想いを一つに重ねる」
「名付けて―――――」
「チッ、全く使えないなこの力。無理な事ばかり押し付けてきやがって……」
「《俺嫁力(おれよめちから)》って諦めるの早っ!? そして説明また遮られた!」


 ふざけるなってんだ……速攻諦めるに足る理由だろうが、想いを一つに重ねろとか。
 楓子に聞かされたが、これで本来なら左手に六芒星のタトゥーが入りやがるとか。
 格好悪いし恥ずかしいし、煩わしい以外の何の感想も抱けない。

 良かったなホント、中途半端且つ奇妙な契約方法になって。
 別の概念とやらに感謝、また感謝だ。
 まあ、全然使えない事に変わりはないが。


「……何も、最初から全否定して諦めなくても……」


 マリスの鉄面皮の如き無表情に、何処かシュンとした落ち込んでいる様な物が混ざったが、まあ気のせいだろう。断定してやる。


「兄ちゃん、ちょっと意気地無し過ぎない?」
「意気地有り無しの問題じゃねえ」


 具体的であっても訳の分からない単語を並べられるより、漠然として威容が抽象的な方が、確かにこの場に限っては分かりやすい。
 だが想いを一つに重ねろと言われても、逆に抽象的にも程があり、易々分かって実践できるものじゃあ無い。

 それに相手は無表情が売りの殺戮の天使・マリシエル。まして中身が人間では無く、死神に分類される存在だと来た。
 例え初対面であろうと、相手が情緒豊かな人間であれば何とかなったかもしれない……が、無愛想且つ人では無いマリスと想いを重ねるなんざ、むこう何年経とうが出来そうにも無いだろうが。

 オマケとして付け加えれば、そもそもの《婚約》事態が曖昧且つ不明瞭な状態にあり、仮に想いを一つに出来たとしても、《俺嫁力》とかいう馬鹿げたアホらしいネーミングの力が使えるかは、此方では調べようもなく分からない。


「不確かな力に頼るより……別方向から【A.N.G(アンジェ)】を捕まえる作戦を練る。その為の手段はあるからな」


 マリスに協力する事自体は、俺のコレからもあり、また此処まで足を突っ込んでしまって戻り切れなくなった事もありで、もう拒否自体を諦めた方がいいだろう。
 しかし協力すると言っても、《婚約者》の力だけしか添えられる手が無い、と決めつけるのは早計にも程がある。

 攻略方法を《俺嫁力》とやらに全部任せて頼りきりになるよりかは、確実性を期すためもっと別の手段が存在しているのだから、そちらに頼った方が手っ取り早い。

 ……その為に、あのクソ分厚いノートを―――


「こいつがな」


 妹の辞書もかくやの黒歴史ノートを、ナップザックに入れて持ってきているのだから。


「マリス、今一度確認するが……【A.N.G】こいつに書かれている設定通りなんだな?」
「……そう」
「なら此処から弱点や盲点を導き出し、攻略法を考える事も出来るだろうが」
「おお! 兄ちゃん頭いいね!」


 寧ろこの程度の事を、何でいの一番に著者であるお前が思いつかないのか、俺はUMAレベルで不思議でならないんだが……。
 俺が何のために先まで文字の海に目を走らせていたのか、その理由をコイツはとんと知る気が無いらしい。

 相変わらず記憶容量や、頭脳を何に使っているのか不思議でならない妹を横目で見てから、ノートを開いた。


「……案の定、とでも言うべきか」


 大雑把に確認した時から一部一部で兆候はあり、粗方こうなのだろうと予想は着いていたのだが、やはり焦げた部分は広範囲に広がっており、表紙側近くの方に書かれたマリシエルの項は

『氷の■■を持つ■■■■天使。■■■黒■をまとい、髪■青色■■セ毛、一本■■■■い■。一番弱い■■使■ メー■ル■■■に戦■て■■■ 冷酷無比■■もの■■■殺■■■気が済■■■。クー■■■■ティー■ そ■■■の能■は■■■戮■力■特■■■いる。』

 ―――と、ほぼ焦げていて読めない。
 反面、裏表紙近くに書かれたロザリンドの項は、

『凛■しく麗しい美少女堕天使。炎のような赤い髪■■ち、真紅の鎧と長剣を装備している。五体の中でも特に強く、ストーリ■■のラ■ボス。一対一の戦闘が得意であり、また一騎打■を好み挑ま■■ば逃げず、無関係の人間を巻き■む事■嫌う』

 ―――と、焦げが少なく読解に支障をきたさなかった。
 もちろんこれは極端な例で、表紙か背表紙かに関わらず真っ黒な部分もあり、つまりかなり焦げ具合にはムラがある。

 中でも一番に能力を知っておきたかった、女神の聖天使という神か天使か分からないメープルの項は、マリス同様読み取りなど不可能に近かった。
 大事な部分が読めねえとはな……不運だとしか言いようが無い。

 せめて今朝方焼かれる前に読めればよかったが……あの時は俺も目を通すのが嫌で、さっさと階段を上がったのだし……実質無い物強請りに近いか。
 それでも全く無い訳じゃあない。
 0からのスタートよりは、情報がとぎれとぎれでもあった方が、余程良いからな。


「うはー……結構読めないね……でも安心して兄ちゃん! 焦げてる部分でもアタシ、結構覚えてるとこ多いから!」
「例え天地がひっくりかえろうと、お前にだけは縋りたくない……」
「デュフ……デュフフフフゥ、良いのかなぁそんな態度とってぇ? 兄ちゃんがあとで『お願いしますだ楓子大明神様ぁ、どうか頼りにさせてくだせぇ』って、我がおみ足に抱きついて泣きついてオデコはノオオオオォォッ!?」


 本人の願望なのか日ごろの憂さ晴らしなのか分からない、フザケた例え文句を言い出すバカ(かえでこ)の頭を掴み、膝蹴りを額にぶち当ててやる。

 しますだ? くだせぇ? 何処の似非田舎者だ俺は。
 まあ言語は兎も角、頼るという事態に限っては、実際に陥りそうで怖いのが本当の所。
 …………うぉっ……身震いしちまった。


「……私には聞かない?」
「必要無い」
「……確かに」


 そしてマリスが先に、自分自身の情報なら一言一句記憶していると言った事から、間違い無く他の【A.N.G】も自身の能力の事はすべて知悉しているに違いない。
 逆に言えば、自身以外の他の【A.N.G】については基礎的な情報や、主な能力しか分からないと言っていいだろう。

 結論―――頼りになるのはノートの黒焦げていない部分と、楓子の記憶のみになると言う訳だ。
 ……何時の間に復活してきたか、楓子が寄り添ってきた。ニヤケた表情がウザイ。


「アタシは優しいからさ~、情報一個に付き添い寝一回で許してあげるよ? 兄ちゃん♡」
「……」
「待って兄ちゃん、真顔で脚上げてそのまま蹴りドボホゥアッ!?」


 調子くれるなと、問答無用で足蹴にした。


「ま、前から思ってたけど……兄ちゃんアタシの事女だと思ってないでしょ……」
「良く気がついた。百点をやる」
「嬉しくないぃぃん……」


 肩を、頭を、気分を落として落ち込む楓子(バカ)を、俺もマリスも当然の如く無視し、立ち止まった隙に置いて行こうとするが、ハッとなってすぐさま追いついてきた。
 ……チッ。


「今確実に言える事があるとすれば、順番的には弱い方から戦いたい、って事ぐらいだ」


 いの一番に取り押さえて無効化したいのは、笑い飛ばせず洒落にならない、強盗的犯罪をも起こしやがった女神の聖天使(メープル)ではあるが、他の【A.N.G】とて放置できないのも事実。
 特にキケロクロット、そしてナーシェは注意して置くにこした事はないだろう。

 ……キケロクロットは、確かに阿呆な犯行をしていたが、アレで終わりとも限らないしな。


「うんうん兄ちゃんは分かってるよ! 弱い方から倒せば物語的に美しい! それを分かってるからだよね!」
「……阿呆。倒しやすい、そして経験を積むにピッタリだからだ」


 行き成り化物クラスと……いや【A.N.G】全員化け物なんだが、できれば最初で倒されてしまわぬよう、最弱であるマリスに近しい者―――わだつみの海妃・アイシャリアから相手取りたい。

 マリス自身にどれだけ戦闘経験があるかも分からないし、相手も生前どんな生活をしていたか分からない。
 もし戦国時代から逃げ回っている者がいたとしたら、文武両道に至っても可笑しくはないだろう。
 同人誌の事だって、幽霊として彷徨っていれば情報を得る事が出来るし、己の時代に無ければ作りたいとか、興味を持ったとか、そんな事があっても到底不思議じゃあない。


 ちなみに強さの順では、メープル>ロザリンド>ナーシェ>キケロクロット>アイシャリア>マリシエル……となっており、紅薔薇の剣姫・ロザリンドだって今はまだ会いたくない敵だ。
 ……余談だが、わだつみと海妃で意味が被っている。
 此処もまた、あいつのホンマものの黒歴史ポイントか。

 如何にか手段を講じてわだつみの海妃(アイシャリア)を、此方へおびき寄せる事が出来れば物怪(もっけ)の幸いだが、流石にそこまで便利な情報が『黒歴史ノート』に載っているとは思えない。
 あっても胡乱気な手段が殆どかもしれん。


「そうだ兄ちゃん! アタシ、ウッカリしてた! 大事なこと決めなきゃオデコはらめえええェェ!?」


 一歩大股で踏み出して、背後に居た楓子のタックルを回避し、腕が下がったのを見計らって肘鉄を額へ。見事に白っぽい煙が上がってくれた。


「なによぉっ、兄妹間の軽いスキンシップじゃんか。久しぶりに一緒のお出かけなんだし~」
「黙れ、鬱陶しい」
「もうー、照れなくても良いじゃんカブラッ!!」


 諦め悪く突貫してきた奴を、左手を固定したまま、更に右の肘鉄で押しこんで行く。
 ……あ? 何で左手はそのままか、だと?
 そんなの当たり前な事だろうが。


「近寄るな、マリス」
「……楓子の急な行動から敵襲だと誤判断した」
「馬鹿を抜かすな。そして寄るな」


 マリスが楓子の真似をして、ピッタリ寄り添おうとするからだよ。
 温度的害(あつい)と、精神的害(ウザい)が同居する行為など、頑としてお断りさせてもらう。


「一々コイツの奇行に反応すりゃ、キリが無いと思うが……」
「……私は殺戮の天使。故に、常日頃から心の中に、戦いの空気を置く―――という設定」
「……ハァ」


 俺はその瞬間、何だかバカ妹が二人になった気分に陥る。楓子は未だ突進してくるため、肘鉄では無く掌を使ってとめ、同時にまた頭痛がしてきた。
 ……だから唐突に力を抜き、腕を弛緩させて半歩下がる。


「ふぎゃっ!」
「……っ!」


 そうすれば真剣に(バカを)やっていた二人は、体勢を戻せず見事にゴッツンコ……ざまぁみろ。


「いい加減諦めろ。話が続けられん」


 その一言で楓子とマリスは、渋々と言った感じで離れていく。何で俺が譲歩されたみたいになってんだ、オイ。


「それで、大事な事ってのは?」
「そのノートの名前、決めようよっ」
「却下」
「ぶへぇっぷ!!」


 即座に鼻っ面目がけ辞書ノートを一発。実に耳心地の悪い音が鳴る。


「そひゅっ……そ、それガチで痛いよ、兄ちゃん……」
「無駄な発言の自業自得だ」
「無駄じゃないよ有益だよ、普通は決めるもん! というか、キャッチコピーが無いと、お客さん呼べないでしょ?」
「現実と妄想の区別を付けろ」
「デスノートとか付いてた方がカッコいいでしょ?」
「全然」
「即答!? 少しは肯定の意を含めてよ!?」


 そこでハタ……と考えた。
 名前のセンスやら発足するにいたった理由はどうしようもなく阿呆だが、しかし紛らわしさを回避するべくとするなら、別段名前があっても不自由はなかろう。


「まあ……区別を付ける為だけなら、良いか。お前が勝手に決めろ」
「やたっ! じゃあじゃあ《絶対少女(エンジェリック)黙示録( コード)》で!」
「了解。《絶対少女黙示録》だな」
「……ん、《絶対少女黙示録》、わかった」


 俺としてはシンプルにシスターズノートとか、ダサめに(いも)ノートなどもあったが、どうせ却下されるし、こういったモノに対してはマリスは肯定しそうだったので、素直に諦めてそれを呼ぶ。
 ……最近だと名前が物凄いバンドとかあるからな、案外恥ずかしくはないものだ。
 というか、これ位の体裁崩れなら許容範囲内だ。

 この程度で心持を崩していられるか。










 中身の無い話と、中身を持たせようとする話を、繰り返し続けている間にムトゥーヨガー堂へ到着。
 予想通り―――だだっ広い駐車場も、数十のテナントが入っている大型店舗への道も、夏休みだからと大勢の客でごった返している。

 急く子供、呆れて追う親という構図がお馴染みな、子供連れが客の多数を締めていはいたが……当然一人で来店した者、友達づきあいでキャッキャとはしゃぎながら歩く者たち、中には手をつないでいるカップルも何組かいた。

 専用駐車場を横切り、ふと傍を通った高校生カップル一組を、チラリと目で追う。
 そうした理由は、女子生徒の方がクラスメイトであり、快活な性格で記憶に残っていたからなのだが……


「兄ちゃん、そんな物欲しげな目で見なくても……」
「はぁ?」


 右隣を歩く残念が服を着た生物は、全く別のとても心外な理由で捉え、そして何時も通りバカ正直に口に出してきた。


「女子の方がクラスメイトだったんだ。記憶に残るタイプの人間でな」
「……兄ちゃん、虚勢にしか聞こえないよ……」


 どうせ何を言っても自分に都合よく解釈するか、もしくは自分の論理が正しいと判断すると分かっているので、それ以上は何も言わない。


「だからさーあ、アタシみたいな『お兄ちゃんラブラブっ()』は貴重だと思わない? デート気分も味わえちゃって幸せじゃなーい?」


 何故だか世迷い事が右耳から入ってきた気がしたが、空耳だと断定して俺はスルーする。


「ぐぅ、真顔で無感情な上に何も答えないし……アタシの何処が不満なの!?」
「胴体、頭、髪、顔、腕、脚、首、骨、臓器、血液、声、性格、思考、心、魂」
「要するに全部じゃん!?」


 上から落ちてきた鉄球にでも打たれたような、キテレツな表情を楓子がするが、俺は反応する理由が無いと判断してシカトした。


「兄ちゃんさあ、女の趣味悪いんじゃない?」
「まさか。普通だ」
「じゃあどんな人が好みなの?」
「如何でもいい事だろうが」


 友達でも当然嫌だし、家族である妹に語り聞かせる気など毛頭無い。


「……どんな人が好み?」
「お前まで聞くんじゃねえ……」


 聞かせて聞かせて! と言わんばかりに椎茸眼を煌めかせる楓子と、無表情の中に好奇心を秘める不思議な顔をしたマリスが、両方からせがむ様近づいてくる。


「どれだけ聞こうが言う気はねえよ」
「やっぱり趣味悪いんじゃない!」
「……麟斗は悪趣味タイプ……」
「……チッ」


 只管(ひたすら)にウザくなってきた。
 だがここで打撃をかませばこいつ等の言うとおりだと公言しているようだし、このまま言わずに黙っていても戯言を事実だと公言しかねない。

 しょうがない、答えるか。


「一回だけだ、それ以上は言わん」
「うんうん! りょーかい!」
「……了解」


 楓子もマリスも、耳に手を当てて傾けるジェスチャーをしてくる。……必要あるのか? その動作。


「美人か如何かはどうでもいい、静かな奴がいいと思ってる。物事をある程度的確に判断してくれる人なら尚良い。そんで笑顔は可愛い方がいい……ってのが、俺のタイプだ」


 地味に小っ恥ずかしいんだっての……全くよ。

 俺は若干血の上った頭を、軽く振って下げるべく溜息を吐く。


「的格は兎も角、静かっ……!? ぬぐぐぅ……これじゃあ私の勝ち目が薄いっ……!」
「……やっぱり、麟斗を選んで良かった」


 楓子とマリスが何やらボソボソ言っている。聞こえたのは楓子の言葉の最初ぐらい。


「的格? “終始的外れなアホンダラ” の間違いだろうが」
「ひどッ!? っていうか美人じゃなくて良いってどういう事? 異常だよ!」
「美人は三日見れば飽きる、お前とお袋でそう思い知った」
「脈が全くなーい!?」


 頭を抱えて大絶叫し、ロッカーばりのヘッドバンギングをかます楓子から目線を外すと、今度はマリスが俺の腕をつついてきた。


「何だ?」
「……笑顔、可愛い?」


 そこにあったのは……先までと変わらぬ、某ピンクベストの持ちネタでは無い、本物もかくやの “鬼瓦” だった。


「正直怖い」
「……ハードルが高い」


 無表情のまま、全国大会を逃した高校三年の如く、項垂れた。

 家を出た時とは対照的に、どんどん暗くなっていく二人を見て、俺は何故そうなるかも理解できず、理解そようともしないまま、ムトゥーヨガー堂の中へと足を踏み入れた。


 
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