少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十六話:スーパーマーケットの中で
ムトゥーヨガー堂の中はエアコンが効いていて涼しく、同時に我が家にその文明の利器が無い事を、心の底から悔やんだ。
……ホント、親父は何が必要で何が不必要か、根本から間違えている節があると俺は思う。
曖昧な前世の記憶でさえ、小さな家ながらエアコンがあった事は覚えているのに。
両親とも要らないお節介―――という名の拳骨、ラブコメ強行をするぐらいなら、もう少しは極最近の文明に触れるよう努力して欲しい。
と……俺は到達に軽く力を入れて、左手を伸ばす。
サラサラとした柔らかい感触は指先に、温かくしっとりした感触が掌に、ほぼ同時に伝わった。
「いい加減抱きつこうとするのを止めろ」
「……此処は危険、人がたくさんいる」
「それが抱きつくのと何の関係がある」
「……人混みに紛れて【A.N.G】に襲われる可能性がある。だから守らなければならない」
「抱きつき動きを制限して、且つ両手を塞いだ状態でか?」
しかしながら、考え過ぎだろう―――と一蹴できる内容でもなかった。
確かに『常識的に考えて』みれば死神であるマリスから、他の堕天使達、及び聖天使は一刻も早く、より逃げたいはずだ……そう、常識的に。つまり “普通” ならば。
だが、今のマリスは死神時代と違い “最弱” で有り、他の者達はそれよりも上で、出来るならば追いかけられた恨みを晴らそう、もしくは向後の憂いを断とう……と考える者が最低一人出てもおかしくはない。
この件に関しては、アイシャリアとキケロクロットが一番ありえない。ざっと見流してみたが、両方とも本人自体の基礎能力では無く、固有能力の方にスペックがさかれていたからだ。
したがって実力でねじ伏せられるその他三人―――ナーシェ、ロザリンド、メープルが危ない。
恐らくはマリス自身それを危惧しているからこそ、人混みを警戒したのだろう。
だからといって、抱きつく必要は何処にもない。
俺というお荷物を抱え、両手がふさがって【鋼糸鏖陣】しか使えず、オマケに本人自体の機動力も制限される。
……デメリットしか無いこの体勢に、意味や合理性など何もありゃしねえ。
「……私は殺戮の堕天使。心の中には常に戦いの空気を置く……という―――」
「その設定は如何でもいい。つーか状況と全く接点が無い」
どうしてもベッタリ張り付きたいのか、俺と腕を組もうと必死に両手を動かすマリスに、俺はただ苦い者しか顔に浮かべられない。
意味不明の口実を上げて、要所要所でひっ付こうとするな。
「……私から離れれば殺す」
「殺したがりかお前?」
「……殺戮の天使だから」
「喧しい」
この “殺す” だなんだと言う台詞が出て来る理由は、マリスの設定である「みたもの全てを殺戮せねば気が済まない」という物からきているらしい。
だがその設定だってそもそも可笑しい。
見たもの全てというなら、俺も楓子も親父もお袋も、ここにいる無関係の人間もペットや植物でさえも、鎌に能力にを盛大に振るって血液をぶちまける事態に持ち込むのが、物騒だが正解だという物。
……されど、マリスは不合理な理由で殺す事はしないといい、性格も良いと書かれていたメープルは―――まあウチの馬鹿が、《ぶっちゃけアタシそっくり》とか書いた所為で意味が反転したのかもしれないが―――楓子をさらおうとし親父に危害を加えかけ、しかも雰囲気は邪なモノだったと来た。
この事から、内面的な設定に限っては、幽霊や死神という前身から変わらず、捻じ曲げられもしない本来の性格が出ているのだと、俺は推測したのだ。
確信に至っている訳ではないが、大方当たりだろう。
「……いい加減腕をどけて。でないと殺す」
青く鈍い光が過った……瞬間【鋼糸鏖陣】と化した長髪がうねり、俺の首に巻きついて来ようとする。
まず首近くに右腕を差しこみ、親指を引っ掛け腕を持ち上げる。
ペット用リードの如く手の巻き付いたそれを、聞き分けのない我儘犬を窘めるが如く、振り落としながら脇を閉めて若干引く。
「……何故そこまで拒むの……?」
「暑いからだ。お前だって体温が上がってんだろうが。これ以上上げてどうする?」
「……体温上昇よりも、麟斗と楓子の身の安全が最優先」
「ならアイツに抱きつけ。逃げるだけなら俺でも出来る」
言いながら珍しく大人しかった楓子を見ると、何やら小刻みに震えていやがる。まず間違いなく寒いとか、俺らのやり取りがツボに入った訳ではなかろう。
つまり……嫌な予感しかしねえ。
今日に限っては的中率百%であるその予感に従い、少し体勢を変えて右肘を突っ張れば……ハイ、楓子のデコに見事命中。
即ち嫌な予感的中。
「むぐぅ~……! ズルイズルイ! ヒイキーッ! アタシがやろうとしたらすぐ暴力に走るクセにぃっ!」
「ほざけ」
だってお前、抱きついてくる状況が断固の断な場面だったり、抱きついてくると言うよりタックルに近かったり……いや、そもそもの前に気を許したら何されるか分からんし。
それに、それの事とこの状況と、何の関係がありやがる?
「一々マリスに張り合って無駄行動ばかりするな……」
「兄ちゃんが乙女心の分からない子供なのが悪いんだもん!」
確かに乙女心は分からないし、お前に限ってなら分かりたくもない。
……けど何度拒絶しても、ぶっ叩いても治らないのは即ち、お前だって “男心” を理解していない証拠だろうが。
何の張り合いにもならねえよ。
いい加減離れて欲しいのだが、二人は向きになってぐいぐい詰め寄ってくるのを止めようとせず、有り帝に言って奇妙な体勢となった俺たちに向け、奇異の目がこれでもかと集まる。
露骨に視線を避けられたり、クスクス笑われたりしているのが、コイツらには見聞き出来ないのだろうか? ほらみろ、真正面にいるカップルはこちらを指差して臆面なく笑ってやがるのに。
まるで芸人のコントでも見ている様な顔をして、その一組のカップルは周りとは違い、此方をガン見したまま。
オマケにそれなりの速度で近付いて―――――まて、近付いてきた……?。
「吉岡じゃーん、何してんのーぉ?」
カップルの片われである、『ケバい』という言葉が実によく似合う化粧をした、水商売勤務であろう女が声をかけて来る。
その声には、嘲りと敵意が有り有りと含まれている。
此方の名字を読んだ事から、俺達の内どちらかを知っていると言う事になるが……俺にはこんな女、トンと見覚えが無い。
なら消去法で楓子の知り合いという事になるが、歳上の女と一体どんな関わりを持っているのだろうか。
「……なによ、斉藤。デートの邪魔、しないでくれる?」
普段の音効果つおバカさんな楓子からは想像もつかない、それなりに低くドスを聞かせた声が、彼女の口から飛び出て来た。
生来、どんな人でも程度の大小かかわらず表裏があると俺は信じている。
そして家では余りにも残念で、更に見た目だけなら美少女であり、思わぬ出来事を生み出してしまいかねない事も踏まえ、なのに楓子が普通に過ごせている事が毎度引っかかっていた。
今ので理解出来た……やはりとは思っていたがこいつにも表裏はあったようだ。
恐らくではあるが、斉藤と言うらしき女のような相手には、この敵愾心剥き出しなスタイルで話しているのかもしれない。
流石に家族以外の全てに対して “コレ” では、今周りにいる様な友達も出来ないからな。
差し詰め接してきた相手と、同じ態度で接する……ってところか。
「誰だ?」
まあ、そんな性格の客観的考察など置いておき。
取りあえず関係が気になったので、楓子に声のボリュームを落として聞く。
「クラスの奴」
さて、正直に言おう…………目が点になりかけた。
人間という生物は、身長だけでは決して年齢は分からない。
俺、楓子、マリス、斉藤、カップルの男の方と、五人居るこの中では俺は飛びぬけて身長が高いが、目の前のカップル二人よりは年下に見えると言っていい。
……なのに、まさか自分の妹と同い年なのだと知れば、大袈裟では無く吃驚仰天しても仕方ないと思う。
本気で水商売の姉ちゃんにしか見えないんだよ、この斉藤って人は。
化粧の趣味が悪いわ、顔からして中二じゃないわ、言ってしまえば喋り方すら……。
美人は三日見たら飽きると言ったが、この斉藤はどんだけ長くても……数十分見たらもうお腹いっぱいだな。
目が自然と拒絶する。
「ナニナニナニ? このイイ線行ってるカワイー子、冴子の知り合い系ー?」
次にカップルの片われである、彼氏の方が話しかけてきた。
髪の毛が灰色というトンデモ無い色である俺だが、生活に慣れていない時期のストレスにより脱色したという経緯があるからか、幸いにも不自然さが無い。
対してこの男の髪の毛の色は、無理矢理金髪に染めようとして失敗した、汚いに汚いを重ねた様な茶色。この系統色に良くあるイメージの、落ちつきのある、穏やかな、等という言葉はどこにも見当たらない。
日本人が下手に染めてもキッタネェ結果に終わるだけだと言う、典型的な例を彼は見事表現してくれている。
……そして彼女が居るのに、何で先より嬉しそうな顔して楓子褒めてんだお前は。
「ザケンナ、コータ。こんな奴ブすの中のブスだよ。しかも四六時中電波喋ってんの、オエッ。しかもルイトモのキモオタにモテるから勘違いしてんの。コータみたいなイケメンにモテて無いに気がつけってーの」
口で言う必要が蚊程も感じられない事を、冴子と名前の判明した片われは動作付きで口にした。
そんなに吐きそうならトイレに行きな。
あと俺も去年までは同じ中学だったらか知っているが、コイツに懸想していた野球部主将(短髪の熱血系)とサッカー部キャプテン(見た目チャラくて根が真面目)と生徒会会長(文武両道な眼鏡男子)は別段キモでもオタでもなかった。
寧ろそれなりに見目形が整っていて、楓子で無くても彼女を作れそうなほど、外見も中身も良かったな。
目の前にいるコータ君とやらがイケメンに分類されるのなら、彼等は絶世の美男子とでも形容しなければ割に合わないのだが……。
「つーか吉岡ー。そのオタク入ってそうな白髪、アンタのカレシー?」
流石にこの手の挑発には乗らないが、かと言ってムカつかない訳でもない。
……白髪言うんじゃねえ、自分でも気にしてんだ。
あとコレも前から言われ続け、やはりというか重々分かっていた事なのだが、俺と楓子は見た目の共通点が全くと言っていいほど皆無。
家族ですら間違っても血縁がある様には見えず、知らない人からはどう見てもカップルにしか見えないらしい。
仕方無いとはいえ、その解釈は不気味にも程がある。
「彼氏にきまっ―――」
「兄貴だ」
馬鹿げているにも程があるしれ言を口にしかけた妹の口を塞ぎ、真実の方を口にする。
空気を読んだのか、マリスの髪の毛は既に魔力は通されておらず、普通に右掌が使えた。
俺の発言から一瞬、水を打ったような静寂が走った。
「ギャハハハハハッ! アンタ彼氏とじゃ無くアニキとデートって何系ー!? ヘンタイ系ー!? ギャハハハハハッ!!」
「オエッ、この女キモッ、やっぱ滅茶キモッ。アニキと腕組んでるって……オエッ」
嘘のように『嗤い』声が響く。
……お前ら知っているか? 例え正しい事だとしても、言い方を間違えるとただ単にムカつくだけだって事を。
殺したくなるほどに。
あとコータ、お前そんなに吐きそうなら今すぐトイレ行け。
会話も終わるし、各々の行動に戻れて良い事づくめだ。
「……殺す?」
「黙ってろ。お前だと洒落にならない」
「……了解」
いい加減話す理由も―――というか元々話をする必要もないのだし、無視して踵を返そうとする。
のだが……しかし視線で牽制しあっていて、相手の斉藤も此方の楓子も、容易に動かせてはくれない。
動き一つで、余計な会話に繋がりそうだ。
「つーかさー、吉岡ー。そっちにもオタクくせえブス居るけど、誰よー?」
言いながらマリスを指差した斉藤の言い分に、楓子は顔を歪めて本気で怒っているのか、先のは別の理由で震えている。
「……いい加減にしないと、本気で怒るよ、斉藤……?」
まるで家出の性格が猫かぶりな如く、極端なまでの敵意をむき出しにしている。
気持ちは分からんでも無い……というかよく分かる。
「うっせーよブス吉岡。何ーアンタ、実のアニキとデートとか言っといて、そこのブスにフタマタかけられてんのー? やッすい女、オエッ」
「そうかー? そっちの子だって結構カワイイ系じゃねー? ねー、君ー」
だから斉藤、そこまで吐きそうならトイレ行け。
そしてコータ、アンタは一々物色しないと気が済まないのか?
彼女いるのに?
「……」
声を掛けられたマリスは、しかし黙っていろという俺の言葉をちゃんと聞きいれ、コータの発言を無視している。
だが、どうもそれが気に食わなかったらしい。
「お? ナニこのオレを無視してくれちゃってんの?」
一歩踏み出してコータは乱暴にマリスへ掴みかかった。
「……チッ」
その手に対し、俺は自由になった左腕を動かして、横からガッチリと止める。
声をかける気もなかったので、俺もずっと無言のままだ。
一応の弁解として、コレはマリスを庇ったと言うよりは、コータを庇ったと見て貰いたい。
気に食わないが、最悪病院送りになって、“此方に” 負担が掛かるよりはマシだ。
……“此方に” 負担が掛からないのならば、どうぞ身の安全を捨てちゃってくださいと、シカトを決め込むつもりなのだが。
「……あ゛?」
当然というべきか、コータは俺の行動が気に食わなかったようで、顔を歪めて威嚇してくる。
「ナニお前? カノジョの前で格好付けたい系ー? オレ、空手黒帯だけどー?」
言いながらシャドーを始めた。
その構えは……素人目でも、空手では無くボクシングにしか見えない。
専門とする人間には勿論劣るものの、格闘技もそれなりに見てきて実践してきているので……正直ボクシングとしてもなっちゃいない、としか言えないが。
「やっちゃえよコータ! クレ大空手部主将の力見せちゃいなって!」
そしてこの流れで、何故だか戦いを強行する斉藤…………いや、まて。
今クレ大っていったか? つまりこのコータっていう男、俺より歳が上か。
空手部という事が、主将という部分が嘘だろうと本当だろうと、人前で力を見せびらかす―――どころ歳下に振るうか奴が、まさか大学生とはな……。
いや、向こうから見れば同い年ぐらいに見えているのか?
自分より背の高い奴を年下に見るのは余りいないしな……。
「ハハハハ! 覚悟しやがれ!!」
「……」
総合して三十年程生きてきた俺ではあるが……キレやすいとかそう言った性格上の問題は親の庇護下に入る毎日の中で以前より寧ろ前に出ていると、子供っぽい部分が出ていると最近感じている。
故に、今かなり苛立っている。
精神年齢で上だと言える部分も、精々奴よりは“余裕がある”という部分だけだ。
勿論、親父の前なら面倒くさい事を回避する為に表情筋を抑えるが……今こう言った場でそんな事を考えるのは野暮という物だろう。
「死ねッ!」
呑気に考えていたからか防御も出来ず、コータの拳が俺の腹に命中した。
斉藤は嬉しそうに声を上げ、コータはニヤリと嗤う―――
「か、かってぇぇ……!?」
―――事は無く、引きつった笑い顔で拳を震わせていた。
どうも俺の腹筋より、コータの拳の方が軟だったらしい。
極端な事で例えるなら、今の状況は人間がトラックに殴りかかった様な物……つまり、ダメージを負うのは殴りかかった方。
まあ俺自身、そこまで硬いとは思っていないが、今この場に限ってはその例えも、案外間違いにはならなそうだ。
……だが、(親父の事もあり)鍛え上げていないとは言わないが、かといって本職よりはやはり劣る筈の俺の筋肉が、ソコまで硬い物なのだろうか……?
「行け行けコータ! もっとヤッちゃえよそんなキモオタ!」
「お、おう! やってやるよぉ!」
彼女の応援がある手前、簡単には引けないのか実に嫌そうな顔をしながら、コータは再び俺に殴りかかってくる。
どうも空手部というのは本当らしく、慣れないシャドーの所為で片が崩れていただけのようで、正拳突きの制度はそれなりのものだ。
それでも、もう喰らってやる気はないので、考えごとを止め……一発目を軽く弾き、二発目を受け止める。
「あっ……う、受け止めやがっ―――」
そして力を込めて握ってやる。スライムを握りつぶす、一歩手前で留まるのと似た力加減で。
「イデデデデデデデデデデェェェェェェ!? いぃぃぃぃっぃでええええぇぇぇっ!?」
「な、え、ちょ、ココココータ!?」
釣り針に掛かった魚の様に、外れぬ腕から逃れようと必死にもがく。
そんな彼を見た斉藤は笑みを消し、目を思い切り見開いて慌てふためいた。
「放せえっ! 放せよ、放せって!?」
「……」
「放してくださいいいいっ!? 潰れるウウゥゥゥっ!?」
大分焦ってはいる様だが、勿論ながら別に握り潰すつもりなど毛頭ない。
だから俺は押すようにして、コータの拳から手を放した。
「て、てぇぇぇぇ……ついてるよな、ついてるよな冴子ぉぉ……」
「うんついてる! ついてるからダイジョーブだって!」
「くっそがぁ……テメェ! 覚えと」
そこでコータの言葉が不自然に止まった。
……別にかんだり、詰まった訳じゃあ無い。
―――恐らく、俺が目に力を入れているからだ。
恐らくなのは、不確かな為。
イラつきが直に表情へと出ているのか、目つきが悪いと言われる俺に見られたからか、コータと斉藤の顔は真っ青になっていく。
「……はえっ……!?」
「な、何かご用件があるので、しょ、しょうか?」
先の石壁殴りに万力の件もあって、敬語モドキな口調になってしまっているコータの言葉を無視し、俺は斉藤共々見やる。
「一つ言っとく」
「は、はい……!?」
「さっさと失せてくれ、これ以上何かされると―――キレそうだ」
コレは誇張表現だが、ハッタリだと思わせないため、抱いていたイラつきを惜しまず視線に込める。
暴力でも何でも、何を仕出かすか分からないと言う “本気” を感じてくれたのか、斉藤とコータは縮みあがる。
「「ひゃい! 分かりやした!」」
異口同音で噛み噛み発言をし、カチコチに固まったまま二人中よく、ロボット歩きで通路の向こうに消えていった。
「……うっは~、やっぱ兄ちゃんてパパ似なんだね……こっちまで背筋が凍ったよ……」
「……楓子に同意。まるで鬼の様」
「喧しい」
とは言え目に力も入れていたし、否定できないのが事実。
兄貴や楓子はどちらかというとお袋似だが、俺は羆の様な体型以外親父に似ているとよく言われるからな……。
怖いと言えば、怖い方に入るかもしれん。
「でも、ありがとね兄ちゃん! へっへ~、斉藤ってばいい気味! 兄ちゃんを怒らせるからそうなるんだよ~」
まるで鬼の首でも取った様に、嬉しそうに小躍りする楓子。
別にこいつの為にやった訳じゃあ無く、自分がムカついたから睨んだ(もう認めよう)だけなのに、都合よく解釈してやがる。
マリスもマリスで、何故だか嬉しそうだ。
……何が嬉しいのだろうか。
「楓子、あんな声が出せたか、お前」
あの二人よりも気になった事を、確信を得るためにと楓子に聞く。
「兄ちゃんにはあんな声出さないよ! 歩くハムラビ法典だから!」
「ああ、目には目を、か」
「……その解釈で正しい」
此方も正解。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、しかし何も考えず能天気に生きているかと言えば、そうでもなかったらしい。
コイツなりに考えて、日々を生きていた。
……如何でもいいが、“目には目を、歯には歯を” を実践するならば、俺にも暴力が飛んでくる可能性が高いと思うのだが、そこの所如何なのだろうか。
殴られたい訳でもないが。
「兎に角、さっさと服を買いに行くぞ」
「うん!」
「……うん」
ドサクサに紛れて又も抱きついてこようとする二人を避け、俺は服売り場へと足を進めていった。
ページ上へ戻る