木綿の様に
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第一章
木綿の様に
よく畑を見ていた、それも綿の畑を。
大和の郡山に住んでいる与平は田だけでなくその綿畑もよく見ていた、その他にも畑はあったがだ。
彼のいる場所は綿が多かった、いつもその綿畑を見て言っていた。
「綿はのう」
「安いと言うのじゃな」
「売っても」
「そうじゃ」
その通りだとだ、彼は自分と同じ村の若い者達に答えるのだった。
「絹の方がいいじゃろ」
「確かにのう、絹はな」
「高い時は思いきり高く売れる」
「安い時は結構買い叩かれるがな」
「本当に高い時はな」
「いい値で売れるわ」
村の者達に彼に応えて言う。
「作るのも手間がかかるがな」
「桑を植えてから蚕も飼わねばならぬし」
「女房に織ってももらわないとならぬしな」
このことは綿も同じではあるがだ。
「絹は高い」
「高く売れるわ」
「全くじゃな」
「それは主の言う通りじゃ」
「それがどうしてじゃ」
難しい顔でだ、与平は言うのだった。
「何で村は綿じゃ」
「絹でなくてか」
「他にも茶や紙を作っておるがな」
勿論田で米もだ。
「それでもな」
「絹ではなく綿じゃな」
「絹はない」
「とかく綿じゃ」
布にする様なものはというのだ。
「麻も作っておらぬしな」
「綿ばかり植えておるのう」
「特にこの辺りはな」
「綿ばかりじゃ」
「そんなに綿がよいのか」
与平はまた言った。
「あんな安いもの作ってどうなるのじゃ」
「儲けは薄い」
「そうじゃな」
「それはな」
「どうしてもな」
こうしたことをだ、与平は村の若い者とよく話した。正直に言って彼は綿というものが好きではなかった。しかし。
家ではだ、祖母のきねにだ、こう言われた。
「それがいいんやろが」
「綿がか」
「そや、綿が一番ええんや」
こう言うのだった、その与平に。
「あんなええ布他にないわ」
「何処がいいんじゃ」
眉を顰めさせてだ、与平はきねに返した。
「一体」
「それがわからんか」
「わかるか、わしからしてみればな」
「絹っていうんやな」
「そや、絹よりもや」
それこそというのだ。
「綿の方がずっとええんや」
「絹の方がずっと高く売れる」
与平は自分の祖母に苦い顔でいつも返した。
「それでもか」
「まあ値で言うたら絹やな」
「ほれ見ろ、絹じゃろうが」
「ちゃうちゃう、使うもん着るもんの身になってみい」
売る方ではなく、というのだ。
「綿の方がええやろ」
「そうか?」
「あんた絹着たことあるんかいな」
「いや、ない」
普通の農家だ、大和の百姓は土地が肥えていてしかも色々なものが植えられているので豊かだった。朝から普通に米、茶粥も食えて着ている服もいいし家も大きい。だが。
絹となればだ、流石に高く。
「それはな」
「いつも綿やろ」
「麻も着るけれどな」
「一番は綿やな」
「何ていってもな」
「わしも金襴緞子で着ただけや」
嫁入りの時にというのだ。
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