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木綿の様に

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第二章

「ほんまな」
「それで絹はどうだったんじゃ」
「さらさらして着心地がええわ」
「じゃあ絹の方がいいんじゃろが」
「それがちゃうんや」
 またこう言うきねだった。
「何かな」
「何か?」
「さらさらしててそれでいて綿より破れやすそうで」
「そんな感じか」
「綿みたいな強さはない、水に濡れてもあまり吸いそうにない」
 それもないのだった。
「それがな」
「そうしたものか」
「そや、全然な」
 全く、というのだ。
「それに褌とかにも使えん」
「綿は褌にも使える」
 与平は自分から言った。
「雑巾にも草履にもな」
「何でも使えるな」
「着ていて古くなってもな」
「そやろ、冬も暖かいし夏は涼しい」
 綿の着物はというのだ。
「麻やと冬は寒うてかなわんしすぐに色褪せて服の価値も下がる」
「だからわしも麻は着ん」
 夏の一時だけだ、本当に。
「あれは綿と比べてずっと落ちる」
「絹は高いし褌とか雑巾に使えんしや」
 それにと言うきねだった。
「これも古くなったら価値が下がるしな」
「そう言うと麻と一緒か」
「少なくとも綿みたいにはいかん」 
 古くなっても雑巾等には使えないというのだ。
「そこがちゃうんや、そやからな」
「綿が一番か」
「ほんまにそうや」
「そんなもんか」
「そやで、まあ綿は安うても沢山作られて確かに売れる」
 値が落ち着いているというのだ。
「そやから村でもようさん作ってるんや」
「そういうことか」
「綿が一番や」
 これがきぬがいつも最後に言うことだった。
「絹よりも麻よりもずっとええんや」
「そういうものか」
「そや、ええんや」
 きねはいつも与平に言っていた、そして。
 与平はその話を聞くといつもだった、後で綿畑を見て思うのだった。それでも絹の方が売れるということをだ。
 しかしだ、彼が結婚して女房を迎えた時にだ。家の絹の羽織を着ることになってだ。彼は両親ときねに言った。
「わしもやっと着るか」
「そや、絹をな」
「絹を着るんやで」
 父と母が彼に答えた。
「絹の羽織な」
「これからな」
「絹か、とてもな」
 高い、まさに一張羅だ。だからこうした時でないとなのだ。
「こうした時しか着られぬ」
「結婚するんや、新郎やからな」
「あんたが羽織着るんやで」
「あっちの女房も白無垢や」
「絹のな」
「絹か、どんな肌触りか」 
 与平ははじめて着ることになるその生地の感触について考えるのだった。
「楽しみじゃのう」
「綿とは全くちゃうで」
「ほんまええもんやで」
「殿様が着てるもんや」
「それだけにちゃうで」
「殿様が着るものか、どんなものじゃ」
 親の話を聞いてもだ、彼は。 
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