ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第195話 深い闇
都市廃墟に轟く一発の銃声……、それは正に《冥界の女神》の名に相応しい断罪の一撃だった。
シノンは、へカートの照準を合わせる。横転した車両の上部にいた死銃を狙って撃ったのだが、その断罪の一撃は惜しくも外れ 車両本体を穿った。
その威力から、車両本体を吹き飛ばし、更に爆発・炎上をさせる。多少過剰演出とも取れる爆発だが、GGOフィールドに配置されている車両等の人口オブジェクトの殆どがプレイヤーが掩体として利用するためのもの、そして それを利用するのには当然リスクがある。銃ゲーに相応しいリスクがだ。銃火器・爆発物系で車両にダメージを与え続けていけば、当然炎上し、果ては爆発する。
この辺に放置されている廃車両も、それは例外ではない。
……もう、随分前に壊れたヤツだろ、と思いがちだが、ゲーム内での派手な演出を……、と言う裏事情は置いといて、設定上ではガソリンをタンク内に残している場合がある。と言う理由で、爆発・炎上する仕様になっているのだ。
シノンのへカートの一撃が爆発を誘発させた理由はそこにあった。だが、彼女の中で、様々な感情の渦に飲まれかけている彼女の中で、言葉が浮かんでくる。
――……外した。
シノンは、身体から力が抜けていくのを感じながら、口の中でそう呟いていた。へカートの弾倉には、まだ弾が残っているが、もうボルトハンドルを引く気力すら沸かない。今回の一撃も、自分自身の腕だけでなく、もしかしたら冥界の女神自身のプライドが完全なミスショットを拒否したのだろうか? とも思えてしまう。
だが、それよりも あのシノンの精神状態で、へカートを発砲出来た事さえ奇跡とも言える事だろう。
過去の闇に囚われてしまった時の苦しみ。
それは、ここにいる誰もが知っている。シノンのその根源事態を知る由もないが、それでも何かを抱えている事は、当初は薄々だったけれど、今はもう皆が理解をしていた。
~ISL ラグナロク・砂漠エリア~
そして、三輪バギーを走らせていき 当初の合流地点だった砂漠エリアへと到着した。
遮蔽物の類は一切なく、身を隠せそうな場所、弾丸から身を守れそうな場所は……、いや場所とは言えないが、砂漠に生えているサボテンくらいなモノだった。後は延々と砂の大地が広がっている。
「……やれやれ、こうも見晴らしがいいと隠れ様にもなぁ……」
「全エリアの中で、最も見晴しが良いから、合流しやすい。そう思ってこの場所を合流地点に選んだんだが……失策だった、か? いや…… そうでもないか」
キリトとリュウキは並走運転をしつつ、砂漠を横断している。2人の会話……といっても、シノンにはキリト側の声しか聞こえてこない。
でも、大体の内容は把握出来た。
キリトとリュウキの2人は、麻痺したシノンを助ける為に、それなりのダメージを負っている筈だ。キリトに関しては、当初の襲撃予定である銃士Xとの一戦もしているだろうから、それも踏まえてダメージは加算されていると思える。だから、一先ずこの砂漠エリアで身を隠して、そして全員に初期配布されている《救急キット》を使ってHPを回復させるつもりだろう。
だが、あの救急キットは回復速度がかなり遅い。
ファンタジー世界の回復アイテムや回復魔法の類であれば、たちまち治りそうなものだが、生憎この世界は銃の世界。……この世界そのものの設定こそ現実とかけ離れているものの、リアルを求めている部分も色濃くある為か、怪我の項目その辺を配慮したのだろう。……銃で受けた傷を考えたら仕方がないとも思える。
「……あそこ。多分洞窟が……ある」
シノンは、重い頭を持ち上げて周囲を眺め、少し離れた場所に赤茶けた岩山を見つけると、そういった。
「おっ、そうか。前にも言ってたよな。砂漠エリアには衛生スキャンを避けられる洞窟があるって」
キリトは、早口で応じつつ、横のリュウキの方を見た。リュウキも意図が判った様で、頷き ともにバギーを回頭させると未力外れて走らせた。
数十秒で、岩山に到着し、周囲を回る。
予想通り、北側の側面にポッカリと開いた大きな口が見つかった。出入り口は1つだけだから、安全地帯……とは言えないだろう。だが、現在の砂漠エリア内ではここが一番だろう。衛星に見つからないと言う事を考えたら特に。
「とりあえず……だな」
「ああ、ここで次のスキャンを回避しよう。……あ」
キリトはある事に気づいた様で、リュウキと隣のシノンの顔を見て聞く。
「……もしかしてだけど、あの洞窟にいる間って、オレ達の位置は知られないけど、その代わりオレ達の端末に 衛星情報は来なかったりするのか?」
キリトは大真面目(表情)でそう聞いていた。……いったい何に気づいたのか、と思えばあまりにも図々しい考えだった。と、リュウキは思った様だ。
キリトは、『しめしめ、自分の情報は見られない場所で、他者の情報は得よう』……っと考えていたのだろうか。
それは、シノンも同じように思っていた様で、薄く苦笑いをしていた。ゆっくりと、壁際にまで進んでどさっと座り込みながら、シノンが答えた。
「……当然、でしょ。もし近くにほかのプレイヤーがいて、山勘で手榴弾投げ込んできたら揃って爆死よ」
「だな。……出入り口が1つしかない所を見ても、相応のリスクがある様だ。此処で完全に体勢を整える時も、外はある程度は警戒しておいた方が良い」
リュウキもそう言っていた。
3人いるのだ。衛星スキャンを終えた後に、1人が外を警戒する。そして、交代で回していけば、精神面でも回復を図る事が出来るだろう。
「成る程なぁ……、まぁ それもそうか。ん……それに武装全解除して川底に潜るよりはマシかな……」
「ん? 武装解除? そんな事してたのか、キリト」
キリトの言葉を聴いて、リュウキはそう答えていた。川を泳ぎ、接近した事はこの場ではシノンしか知らないことであり、リュウキには話していなかった。いや、こうやって話すのは今大会では初めてだから仕方がないだろう。
「あ、ああ……。やっぱし、サバイバル戦ではまずかったかな? 色々と試して、結果だけ見たら、オーライな気がするけど」
キリトはバツが悪そうにそうきいていた。だけど、リュウキは別にそんな風に考えていた訳ではない。盲点だ、と思っていた様だ。
「……いいや、良い手じゃないか? 武装解除なんて、基本的に戦場ではしないだろう。結果を見れば衛星を回避出来た事もそうだし」
リュウキの答えを訊いて、あからさまに安堵な表情を作るのはキリトだ。
「ほっ」
「……何で 安心するんだ?」
「いや、ほら。やっぱし リュウキは説得力があるから」
「……はぁ」
キリトの妙な発言を聴いて、軽くため息をするのはリュウキだ。
確かに、この世界、銃撃戦においてはキリトよりも知識やセオリーは判っているだろう。でも、ただそれだけであり、VR世界全般的に考えれば、キャリアは キリトと自分は差異がない。VR世界で戦う。と言うことを考えても、根底は同じだ。
得物が違う、それだけの事だ。『……銃と剣じゃ 違いすぎるだろ!』 と抗議がありそうな気もするが、数多のガンナーを屠っている2人だから、それは当てはまらない。
つまり、キリトも十分過ぎる程、行動に説得力があるのだ。別にリュウキに聞かないでも。それを隣できいていたシノンは、声を低くさせながら言う。
「………つまり、私には説得力が無いってことなのね」
若干怒気をはらんでいるいい方を聞いたキリトは、びくっと身体を震わせ。
「い、いやいや! そんな事ないさっ! と、と言うより早く中へ、もっと奥に入ろう! 入口が近すぎるだろっ」
キリトは、慌てて、奥に逃げる様に入っていく。
それを見たシノンは、まだ引っかかる所があるものの、確かに入口に近すぎる、外から注意して見たらバレてしまうだろう距離だ。『今は仕方がないな』と思いつつ まだ重い身体を持ち上げようとした時。
「……立てるか?」
リュウキが傍に立っていて、手を差し出した。
シノンは……、再びフラッシュバックをした。あの時の彼、倒れている時に手を指し伸ばしてくれた彼の姿を、そして顔を。
だけど、シノンは。
「……大丈夫。コレくらい」
決して手は取ろうとせず、へカートで身体を支えながら立ち上がり、キリトに続いてゆっくりと奥へと入っていった。
「そうか。……」
リュウキは、出した手を引っ込めると、入口方向を注意深く確認する。……一先ず敵の気配は無いようだ。相手が相手……、油断は出来ないが 今は大丈夫だと判断し、リュウキも奥へと向かっていった。
奥へと先にいたキリトは、バツが悪そうに苦笑いをしていたが、シノンはさほど気にした様子はみせなかった。……まだ、心が不安定だから そこまでの余裕が無かったのだと思える。皆が集まった所でキリトは、話題を変えた
「あいつ、最初にシノンとリュウキを撃ったヤツはいきなり現れたよな? もしかして、あのぼろマントは、自分を透明化する能力があるのか?」
キリトは疑問を口にした。
それが事実ならば、辻褄が合う事が多いのだ。橋から消えた事、後を追っていたが、見つけられなかった事もそうだ。
「多分、な。 随分と姑息な能力だ」
リュウキは、腕を組みながらそう言う。
遠目で確認は出来た。確かに、なにも無い所から あの男は現れた。接近し、間近で相対した時は既に透明化を解除していたから、そこまで一概には言えない。……だが、相手に気取られる事なく、歴戦の戦士、狙撃手と言う、見つかればアウトと言っていい程の難しいスタイルを使用しているシノンの背後を容易に取ったのだ。間違い無いだろう。
「……あれは、《メタマテリアル光歪曲迷彩》って言う能力。ボス専用って言われていたんだけど、その効果がある装備が存在しても、不思議はないわ」
シノンの言葉を聴いて、キリトは表情を強ばらせた。確かに、先ほどは入口に近いから、と言う理由で奥まできたが、相手が透明になれるのであれば、話は変わる。奥だろうが、手前だろうが、気取られること無く、気づかれる事なく接近出来るからだ。
そんなキリトを見て、リュウキは、首を振った。
「ここなら大丈夫だ。……砂漠を選んだ事が幸いしたな。 ここの砂漠は全体が粗い砂だ。透明になれた所で、音までは消せないだろう。……例え潜み足スキルや隠蔽スキルがあったとしても、地に足を付ける以上、足跡が残る」
「……うん」
リュウキの説明に、シノンも頷いた。
説得力云々の話をしていた割には リュウキの説明に補足を入れようとしたりせずに、すんなりと受け入れているな、とキリトは一瞬思ったが……直ぐに考えを改めた。彼女の事を考えたら、いつもの彼女でいられないのも無理は無いから。
「じゃあ、せいぜい耳を澄ませてないとな。……身体が見えない事 事態が厄介な能力だし」
キリトはそう言うと、丁度 腰辺までの大きさの小柄な岩に背を預け、シノンとリュウキに対面になれる様に座った。そして、筒型の救急治療キットを取り出し、ぎこちない手つきで首筋に先端を当て、セ反対側のボタンを押す。
「……一度くらい使ってみておけよ」
明らかに、初めて使います。説明書読んだだけです。と言わんばかりの仕草を見たリュウキはため息をしながらそう言った。どうやら、図星だったようで、赤いエフェクト、回復エフェクトに包まれながら キリトは咳払いをしていた。
「ま、まぁ 良いじゃないか」
「ん、それもそうか。……回復に時間がかかるから、こんな場面じゃなきゃ使えないし」
そう、このキットは1つでHPの30%回復を出来るが、その30%回復するまでに、180秒もかかる。……銃弾が所構わず飛び交うこの世界で、その所要時間は気の遠くなる程の時間だ。例え、壁がいたとしても……心もとないだろう。
……ちなみに、キリトは注射が得意じゃない……って感じの裏事情も持ち合わせているが、それは秘密の方向へ、だ。バレた様子もなし。
シノンは、2人の会話を辛うじて耳に入れる事に成功しながら、もう一度時計を見て時刻を確認した。
時刻は 丁度サテライト・スキャンが行われる時間だ。……だが、洞窟内では無意味な為、マップを見ても仕方がない。前回大会でのペースを考え、そして多くなったメンバーを考えたとしても、ソロソロ生き残っているのは10~15人程度だろう。
前回では、殆ど見せ場なく終わった為、大幅に記録更新出来たといえばそうだが、まるで喜ぶ気にはなれない。
「……ねぇ」
そんな時、シノンはぽつりと呟いた。
「あいつ……、《死銃》が、さっきの爆発で死んだって可能性は……?」
車両の爆発に巻き込まれた様に見えたのだが……、その可能性は限りなく薄いだろう。その事は自分自身でもよく判っていたけれど、訊かずにはいられなかった。
「着弾した瞬間、爆発する事が判ったんだろう。……回避行動を取っていたよ」
「ああ、オレも見えた。……完全な無傷じゃないだろうけど、あれであいつが死んだとは思えない、かな」
シノンは、その言葉を訊いてぎゅっと自身の身体を抱いた。
オブジェクトの爆発は、基本的にはどれが爆発しようと、巻き込まれれば普通は大ダメージは必至だ。……だが、相手は普通なんかじゃない。あの 死銃は、シノンの中での絶対の悪夢の兵器、《黒星》を操り 《ゼクシード》を《薄塩たらこ》を、そして 今大会では、判っているだけで 《ペイルライダー》を殺したのだから。
そんな事を考えいたシノンだったが、勿論口には出せなかった。
「……っ」
そして、シノンはもう1つ、思い出し、動悸が戻ってきたかの様に、心拍数があがる。
「わ、私を……庇ってっ……」
すぐ隣に腰を下ろしているリュウキの方を見て、そして、その迷彩服の裾をシノンはぎゅっと握りながら言う。
「か、からだは? 何とも……ないの?」
涙を流しかねない心境のままに、そう訊いた。あの時は色々な事が重なりすぎてて、確認出来なかったから。
「……落ち着け。深く呼吸をするんだ」
リュウキは、シノンの頭をそっと、撫でると微笑んだ。
「全然大丈夫だ。……だがまぁ 至近距離だったし、中心線こそは外れたが、胴体部。多少は多めに削られたけどな」
安心させてくれるのか判らない言い回しだったけど、一先ず、少しだけだけど安心する事がシノン。何故なら、彼はこの場に立っているから。……消えたりしていないから。そのリュウキ自身の視界に表示されているHPの残を確認してもまだ、大丈夫だ。それに、キリト同様に救急キットを使用している為、後数10秒で殆ど気にならない程度まで回復するだろうから。
「あー、それ オレも思ったぞ。……まさか、マジであの銃に 撃たれるつもりだったとは思ってなかった。……リュウキだったら、あれくらい、弾いたり出来そうだし」
キリトもそう言っていた。
リュウキなら、確かに弾く事は可能……どころか楽勝だろ、と思える。如何に至近距離に等しい距離だといっても、所詮はハンドガン。……マシンガンに比べたら易しいものだし、あのへカートと言う大型ライフルをたった数mの距離で弾いたのだ。銃の知識皆無なキリトだが、予選決勝でのプレイが異常だと言う事は 《Mスト》などのニュース欄で確認しているのだ。
因みに妹が、朝方 妙な記事を持ってきたついでに確認をしたのだ。
「……色々と考えも纏まってきたし、弾いて、万が一にでも シノンに当てる訳にはいかなかったからな」
リュウキは、真剣な顔でそう答えた。
基本的に弾く事はキリトの言うように、可能だ。だが、弾いた事で銃弾が、跳弾。……それが シノンに当たりでもすれば、全てが終わるから、それは何としても避けたかった。プレイヤー本人に当たれば、強力な貫通力がある銃は別として、まず 他のプレイヤーに当たる事はないから。
キリトは、リュウキの返答を大体察していた。
彼なら、まず間違いなくそうするから。そして、自暴自棄では有り得ない。必ず何かを掴んでいる筈なのだ。……帰りを待っている人がいるんだから。
「っ……」
幾ら大丈夫だ、と言われても自分を庇って傷を負った事、それも死ぬかも知れない一撃を受けた事実はシノンを更に深く沈めていた。完全に、足でまといとなってしまっている事にだ。
当初は、自身の心の整理がつけにくく、気がかなり散漫になっていたかもしれない。
だけど、状況を知り、そして敵を知って……集中をさせた筈なのに、こう言った事態に見舞われたのだから。もっと、背後に気を配れれば、あのスタン弾を回避する事が出来たかもしれないのに。
「……そんなに、自分を責めなくていい」
シノンの仕草、そして表情を見たリュウキは、ボリュームを落としつつ、そういった。キリトも同様の様で、頷く。
「そうだよ。オレだって、あいつが隠れている事に気付けなかった。 もしも、役割が逆だったら、オレが助けられてて、シノンがあいつを後ろから1発で吹っ飛ばしていただろう? オレは、拝借した煙幕とライフルを撃って、牽制しか出来なかったし」
やや苦笑いをしながら、そう言うキリト。
「いや、あれは本当に助かったよ。……想像はしていたが、相手は2人いるんだ。キリトが戻ってきた事で、2対3になった。……それはかなりでかい」
互いが互いを称え合う様にしている最中、シノンは慰めてもらっている事を噛み締めていた。いつもの自分なら、いっそう耐え難い、あるいは許せない事だろう。だけど、2人は本当に……温かい。その温りに、なぐさめに身も心も委ねてしまいたい程に。
それが、……彼であれば尚更、だった。
こんな自体じゃなければ、ひょっとしたら、自分は確かめていたかもしれない。……彼の事を。でも、それを真にさせないのは、シノン自身だった。詩乃……半身はそれを強く求めるだろう。でも、まだ判らない相手を、それも一昨日あったばかりで、リアルでは顔も名前もまだ知らない相手なのに、どうして、胸の裡を吐露出来るものだろうか。
現実世界で、半年以上も仲良くしている新川恭二ですら、本当の本音を口にしたことないのに。
やがて、シノンは強く自分自身を抱きしめ、自問自答を繰り返している内に、何十秒か経過した。
「……そろそろ、行こう。キリト」
「ああ。そうだな」
2人は示し合わせた様に立ち上がった。
それを見たシノンは、強く抱いていた手を離し、反射的に顔を上げて、2人を見た。
「え……」
2人をみると、キリトは《光剣》のバッテリー残量を、リュウキは《デザートイーグル》《SAA》の再装填をしていた。
「……死銃と、戦うの……?」
掠れる声でそう聞くシノン。2人とも、武器チェックから眼を離し、シノンを見て頷いた。
「ああ、あいつは強い。……そんなヤツが2人もいるんだ。あんな拳銃の力を除けたとしても、それ以外の装備やステータス、何よりもプレイヤー自身の力が飛び抜けている」
キリトは、あの時言っていた シノンが標的だと言っていたことはまだ口に出さなかった。
シノンは、スタン弾を受けて身動きが取れない状態、そしてリュウキが撃たれたと言う事実を見てしまって、どうやら耳に入ってこなかった様だ。
「……これ以上、あいつらとシノンを関わらせたくない。あれは、オレ達の闇だから」
「っ……」
キリトに続いて、リュウキもそう言う。
シノンは、《闇》と言う単語を訊いて、再び身体を震わせた。
己の強さに絶対の自信を持っている様に、これまでは見えた。事実、以前の2人の会話を聴いても間違いなくそう思える事が多かった。なのに、今は色褪せてしまっている。……頼りなげに、心が揺れている様にも見えたんだ。
「……2人でも、あいつが恐いの?」
思わずシノンはそうつぶやく様に訊いた。キリトも、リュウキもその問に頷いた。
「昔のオレなら……或いは本当に死ぬ可能性があろうと躊躇せずに戦えたかもしれない。でも……今は守りたいものが、いろいろと出来たからな。死ねないし、死にたくない」
「……同感、だ。 だけど、今1番恐いのは別のモノだ」
シノンは、キリトが言っていた『守りたいもの』と言う言葉を訊いて、他の誰かの事を言っているのだろう、と思った。こんな実際に人が命を落としている戦いの最中で、そう言える相手は……、多分 間違いないだろう。
リュウキも同様だと言っていた。……心にチクリと針が刺さる様な感じがしたが、直ぐに押しとどめる。それよりも、気になる事があったから。
「別のモノ……?」
リュウキが言っていた別のモノと言う言葉。
あの男、男達よりも、……そして自分の死よりも、恐ろしいモノがあるという事だ。それがあるから……、それの恐怖があるから、彼は死ぬかもしれない弾丸をその身に受けたんだと思ったから。
「……光をくれた人が、温もりをくれた人を、また失うかもしれない事」
リュウキがポツリと呟いた言葉は……、考えていた事以上に深く、そして重いモノだった。
――彼は、誰かを、大切な人を失った経験がある?
シノンは、思わず口にしてしまうそうになった衝動を抑えた。
「それに、あいつらの標的が何人いるか判らないが、あの銃を他のプレイヤーに当てられる訳にもいかない。……オレ達の闇は、オレ達が払う」
リュウキの言葉に、キリトはゆっくりと頷いた。
シノンは……、リュウキの言葉を訊いてなければ、キリトの言葉だけだったら、『このまま、洞窟に隠れていて、時間を稼いで逃げるたらいい』と進言しようとしていた。自発的なログアウトは不可能だが、生き残りが最後の1人になれば、脱出出来る。
自殺して、他の誰かを優勝させれば良い、と。
だけど、それを言う前に、それを拒否された。
――あの銃を他の誰かに撃たせる訳にはいかない。
その言葉を、そして、その言葉に頷いたキリトを見たから。
――やっぱり、強い。すごく強いよ。
守りたいものがあると言いながら、命の危険を冒してあの死銃に立ち向かう勇気は、恐らく自分にはもう無い。勇気も、守りたいものも……両方。
彼等が、此処から出て、1人になったら……どうなるだろう?
シノンは、肩を震わせた。その確かな未来が、まるで予知が出来る、未来が見える様に目の前に現れたのだから。
――現実では、夜道の物陰から、戸口の隙間から、あの男が現れるのではないか、とおびえている。……この世界では、自分の撃つ弾は全て相手には当たらない。……それが、それが……。
《シノン/詩乃を待ち受けるバーチャルとリアル》
無意識、なのか 或いは必然なのか……、シノンはリュウキの服をぎゅっと握り締めた。肩を、いや全身を震わせながら……。
「………」
キリトは、シノンの姿を見て、漸く悟った。
彼女も深い懊悩を、……自分達と同じ様な闇を抱えているんだということが。ここは、仮想世界だ。役割を演じるの世界だ。自分自身を作ってプレイする娯楽の場。如何ようにも作る事が出来る。
だけど、それは誤りだと言う事はとうの昔から判っている。
この世界で培われた精神は、現実へと還っていく。そうだからこそ、間違いなく誤った方向へと培ってきた死銃が、……あの世界での闇が あの世界が終わったと言うのに、また、他の世界を目指し、そして闇を広めているのだから。
それに、逆だってあり得る事だと、思った。この世界で、精神を鍛えて、魂を鍛えて、現実の世界にもちかえる。
キリトには シノンの目的がそれではないか? と察したのだ。この世界で強くあろうとする決意。……敵と見定め、そして全てを殺すとまで言ってのけた胆力。……この世界で鍛えて、現実で闇を払おうとしている。
キリトのその考えは……、正確な事は判らないのは仕方が無い事だが 道筋は、限りなく正解に近かった。
そんな彼女が、今強く求めているのは、リュウキ。……隼人だ。
それは無意識下だろうと思えるけど、はっきりと行動で示した。何が、彼女にそうさせているのかは判らない。でも、誰よりも闇を持っていた、持っているのは 目の前の彼だ。何かが、リュウキとシノンを引き寄せた。
「(……レイナが、隼人を、リュウキを気にかけ、追い続けていたのにも、通じる事なのかもしれない、な)」
キリトは、身近で近い感覚は、それじゃないか、と思っている様だが……、それとは少し違う気もした。とりあえず、最後の考えは置いといたとして。
「……リュウキ。衛星情報の配布時間は終わったみたいだし、ちょっと外を警戒してる」
「え……?」
キリトが何を言っているのか。いや言っている言葉は判るが、なぜ 今この瞬間に言うのかが判らなかった様だ。
「シノンと、少し……話をしてくれ。多分、お前にしか出来ない事だと思うから」
真剣な表情でそう言うキリト。シノンは……、この時のシノンはキリトの声が耳に入っていなかった様だ。いや、 キリトはシノンに聞かれまいと、意図的に声のボリュームを絞った。リュウキの服をぎゅっと握り、震えている彼女を見て、強く思う。
――似てる気がする。あの世界の、51層の……。
キリトの脳裏によぎるのは、あの城での姿。立ち尽くし、そして震えている友の姿。その姿と今の彼女の姿がかぶって見えたんだ。
「……少し、出てる。行く時は声、かけて」
キリトはそう言うと、ゆっくりと洞窟の入口の方へと歩いて行った。
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