ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第196話 其々の告白
前書き
~お詫び~
この《SAO》の二次小説 ~another story~を読んでくださって、本当に有難うございます。
そして、大変長らく待たせてしまって申し訳ありません。以前 ハーメルン様にて、投稿させて頂いていた話数にまで、どうにか到達する事が出来ました。
私の身勝手、卑しい自己満足を満たそうとした事で、この様な事になってしまった事を深くお詫びします。
そして、これからも 頑張ろうと思いますので、どうかよろしくお願いします。
震えているシノンは、ただ リュウキの戦闘服の裾を握り締めていた。表情は、判らない。彼女はずっと、俯かせているから。
「……シノン」
リュウキ自身は、何も言えなかった。彼女の葛藤は、よく判る。……深い闇を抱えている事が判る。
――あの、シノンが倒れていた時。シノンと死銃の間に立つ刹那の時間。
其々の体感時間が圧縮された極限の時の隙間、リュウキは確かに見た。倒されても尚、あの全身麻痺のスタン弾を受けても尚、まだ 闘志を失わず、全神経を片手に集中させ、腰の武器を抜こうとしていた。ただ、倒されているだけの彼女じゃなかった。相手が死銃だと言う事も判っても尚、萎える事など有り得ない歴戦の兵士の闘志だった。
だが、その闘志が、心の中に灯った確かな光が、瞬時に奪われたのも見えた。
あの男が死銃を見せたその瞬間だ。闇は、広がり……一切の光の存在も赦さない。ゆっくりと、侵食していくかの様に、シノンの身体を蝕み、闘志を集中させていた手にも闇が届き、その手の中に届いていた銃を奪った。
シノンの瞳の先に映るのは絶望、だった。
「わ、わたし……」
シノンは、身体を震わせたまま、視線を下に、表情を俯かせたまま、つぶやくように言った。
「わたしは、にげ、にげない……」
「………」
はっきりと、シノンは意志を示した。身体の芯から震えていると言うのに、闇と相対していると言うのに、逃げると言う選択を拒否した。……己の奥底へと押し込めた。
「にげない。……ここに隠れない。わたしも、わたしも 外にでて、あいつらと戦う」
その意志の力は……心底感服する。あの男のしている事が判らない状態。死銃の力の意味を判った上でだ。だが、それでも、それだけは首を縦に触れなかった。
「……駄目だ。あいつらとはオレ達で戦う。シノンがこの世界に賭けている強い想いも知っているつもりだ。だけど、あれはオレ達の闇、なんだ。……頼む、手を引いてくれ」
これは、リュウキは言葉を濁している。本当の事を言わずに、シノンに引いてもらう為にだ。戦うべきなのは自分達であることを強調して、手を引いてもらう。シノンの尊厳を傷付け無いようにする為に。
だが。
「……かくさないで」
シノンは、それを見抜いているかの様に、声を上げた。先ほどよりも大きな声で。
「私は、アイツの標的……なんでしょ? なら、わたしにも戦う理由がある。……わたしは逃げたくない」
混乱している最中に、リュウキはキリトに確かに言った。
『危ないのは、オレでもキリトでもない。 ……シノンだ』と。
あの時の言葉は、朧げだが 覚えている。今はっきりと思い出す事が出来た。だからこそ、逃げたくなかった。逃げたこの先に待っている未来へいくくらいなら、と。
「っ……。止めてくれ」
リュウキは、シノンの肩を掴んだまま、話した。もう、言葉を濁したり はぐらかしたりしても無駄だろう。
「い、嫌っ……」
シノンは、震えつつも、はっきりと拒絶をした。その猫の様な眼、いや豹の様に鋭かった眼には、怯え、恐れ、といった負の感情が蔓延している様に見える。だけど それでも逃げると言う選択は取れない。取りたくない。 そう訴えている様にも見えた。
「アイツに、……アイツ等に撃たれたら、本当に死ぬ可能性が高い。……さっき言った事は事実なんだ。それに、シノン。お前のスタイルは、アイツ等のスタイルとは、あの装備を含めて、決して噛み合わない。……相性が最悪だと言っていい。近接戦闘を主としてきたオレ達は兎も角、あの透明状態で接近、撃たれたら 危険度は誰よりも高いんだ」
敵側の死銃に、命を奪う力は……ある条件を満たさないといけない。それはある程度推察がリュウキには出来ていた。……死銃の内の1人、傍らの名を考えても、恐らくその推測の可能性が高いと言う事も判る。そして、その条件にシノンが揃っていると言う事は、あの男が撃とうとしている時点で間違いない筈だから。
「……」
シノンは、目を瞑り、そして目を開いてリュウキを見た。
「死んでも、構わない」
「っ……」
はっきりと、そう伝えた後、ゆっくりと語りかける。
「……わたし、さっきすごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。……5年前のわたしよりも弱くなって、情けなく 悲鳴あげて……、そんなんじゃ、そんなんじゃダメなの。そんな私のまま生き続けるくらいなら、死んだほうがいい」
シノンは、そう言うと視線を外した。リュウキは、そんな彼女の肩を掴むと。
「怖いのは当たり前だ。死ぬのが怖くないヤツなんていない。……皆、皆そうだ」
あの世界での事をリュウキは思い出し、リュウキはそう言った。死の寸前。身体が砕ける瞬間のその表情は……よく知っているから。満足そうに逝けた者はいない。苦しみを伝えまいと、自分自身を抑え込み……消えていった人も知っているから。その言葉の奥深くに、リュウキが、それを経験している事には気づいたシノン。だけど、それでも。
「嫌、嫌なの。怖いのは、もう怯えて生きるのは……疲れた。この世界に来て、強さが手に入るって……、戦いを続けてきたけど、もう わたしは……。 別に、付き合ってくれなんて言わない。あんた達はあんた達で、その闇と戦って。わたしは、わたし自身の闇と決着をつける。……1人でも戦えるから」
そう言うと、シノンは萎えた腕に力を込めた。
――なぜ、かな?
目の前にいる彼。……認めてなかったけれど、心の底ではあれ程会いたかった彼に。あの時、死ぬ前にあの温もりをもう一度、もう一度貰いたかったすら思ったのに。その彼が前にいるのに、自分の心は冷めて、冷え切り……、もう生気すらなくなっているかの様だった。もう、自分の過去の闇が……自分自身を覆っているのだろう。……温もりを求める心をも、黒く塗りつぶしてしまっているのだろう。
シノンはそう思うと、何処か吹っ切れた様にも思えた。
そう思う気持ちすら、ダメな事なんだ。自分は罪深い女だから、と。
「……シノン。戦うつもりなんか、無いだろ」
「っ……、そんなわけ…っ!」
リュウキの言葉に、言い返したシノンだったけれど、はっきりと言い返せなかった。多分、自分の中で、はっきりと決まっていたのだろう。
「1人で、死ぬ、と言うつもりなのか?」
はっきりと決まっていた自分の道。それを先にリュウキが口に出していた。
「………」
シノンは、その言葉を否定しなかった。ゆっくりと、頷く。
「……そう、たぶん、それが私の運命だったんだ……」
重い罪を犯したのに、如何なる裁きも詩乃は受けなかった。だから、あの男が帰って来た。然るべき罰を与える為に、死銃は亡霊ではなく――因果。決定された結末。
「だから、もう離して。行かないと、いけないから。……もう」
――……温もりも、もう要らない 必要、ない。
振りほどこうとシノンは、力を入れた。もう、これが最後だと。覚悟を決めて。だけど、……幾ら力を入れても、振りほどけない。更に、力を入れるけど、どうしても、離れられない。温もりを、忘れたいのに……もう、忘れたいのに、それなのに離れない。
「止めてくれ。……頼む。オレは、二度と……失いたく、無い」
ぎゅっと、更に力を入れるリュウキ。
「間違ってるんだ。それは、人が1人で死ぬ。そんな事は有り得ないんだ。……死ぬ時、他の誰かの中にいるシノンも、死ぬ。……これまでの人生の中で、関わってきた人たちの中にいるシノンも。……オレやキリトの中にいるシノンも、死ぬ! ……そんな事、止めてくれ。頼む」
「そんなこと、そんなこと! 頼んだわけじゃないっ! ……私は、わたしを誰かにあずけたことなんかない!」
「もう、オレたちは関わりあっている! 共に過ごし、戦い。互いの刃、いや銃をを交えてもいる! もう、オレは、オレの中にもシノンが確実にいる。……オレだけじゃない。アイツだって……っ!」
リュウキの言葉も徐々に変わり、感情の波が押し寄せてくる様だ。掴んでいた手に力を入れ、引き寄せると、シノンの顔を正面から見た。
今、判った気がする。
シノンは、リュウキの眼を、その赤く光る眼を見た。そう、心の中まで見てくる様な、自分自身を心からみてくれている様な感覚が走った。それは、温もりだけじゃない。……今までの人生の中で、他人と関わった時に向けられていたどの視線とも違う。……純粋に、自分自身をみてくれている眼だった。
だけど、それを理解した瞬間、凍った心の奥底に押さえつけられていた激情が、一気に吹き荒れた。軋む程に、歯を食いしばり、もう片方の手で、リュウキの襟首を掴みかかった。
「なら………」
慰撫を求める、心の安寧を求める弱さと、破滅を求める衝動が、今だかつて、誰に対しても言っていない激情をそのままに、リュウキにぶつけた。その眼から迸る燃え上がる様な視線を、リュウキの赤く、温かい目にぶつけ、そして叫んだ。
「――なら、あなたが私を一生守ってよ!! 何も知らないくせに……何もできないくせに、勝手な事言わないで、こ、これは私だけの戦いなのよ!! ……たとえ、負けても、死んでも、誰にも私を責める権利なんかない! それとも……」
更に、シノンはリュウキに近づいた。その銀色に輝く前髪が自身薄いブルーの前髪と接触するほどの距離。
「あなたが、一緒に背負ってくれるの!? この……」
握り締めた右手を、シノンはリュウキの目の前につきだした。それはかつて、血に塗れた拳銃のトリガーを引き、1人の人間の命を奪った手。……肌を詳細に調べれば、火薬の微粒子が侵入して出来た黒子が今でも残る手。……罪人の手。
「この、ひ……人殺しの手を……! あなたが握ってくれるのっ!」
記憶の奥底から、詩乃を罵るいくつもの声が蘇ってきた。
子供は……、時に残酷だ。教室でうっかりと、他の生徒の持ちものに手を触れようモノなら、こう言われ続けたんだ。
『触んなよヒトゴロシが! 血がつくじゃないか!』
そう、罵られ、足を蹴られ、そして背中を押された。
あの事件ご、シノンは、詩乃は自ら誰かに触れた事はない。……ただの一度たりとも、無いのだ。
シノンは、突き出した右手を見て……、ぎゅっと眼を瞑った。その手を見たら、あの銃が……黒星現れ、あの男も現れ、自分の心を砕こうとする。リュウキがいた筈なのに、あの男が目の前にまで迫ってくる。赤い血の涙を流し、ニタリ、と笑った。死を求めている様な目をして。
そんな時だった。
闇を払うように、男の身体を蹴散らす様に、すっと、光が伸びてきた。
「……幾らでも握ってやる」
眼前の男は完全に消滅し、ただ……、固く握り締めていた右手。その手を拳の上から握った。
「っ!!」
シノンは、状況を理解するのに、時間が掛かった。
ただ、すぐに判ったのはあの男が消え去ったと言う事と……そして、またあの温もりを感じる事が出来た事だ。
「手なんか、幾らでも、握ってやる! 手は、握る為に、繋ぐ為にあるんだ。……闇の中、光をさしてくれるのは、他の誰かの手。……オレがそうだった。オレも同じ、なんだ」
「ぁ……ぅ……」
激情を話してから、間髪入れずに手を握り返してくれた事を、シノンは理解出来た。それと同時に、驚きも。
『ヒトゴロシ』
そう告白したのに、彼は一切の躊躇もせず、驚きもせず、ただただ自分の手を握ってくれた。
こんな人が存在するのか?
どんな人であっても、嘘でもこんな風に接したりしない。なぜなら、これまでがそうだったから。でも……。
「は……はな、して……わ、わた……しは……」
握ってくれるのか、と言い、そして その明確な答えを出してくれた。でも、シノンは、震えてしまっていた。
そして、抑え用もなく、後から後から涙がこぼれ出る。泣き顔を見られる事も嫌だったけれど、その顔から視線を外す事ができなかった。仮想の顔、アバターの顔である筈のその奥底に見える本人の顔が見えた気がしたから。
「幾らでも。……っ」
リュウキは、反射的にその身体を抱きしめた。
――自分は、どうだった?
あの世界で、過去の闇に囚われ、そして震えていた時。……彼女はどうしてくれた?あの世界で、罪を犯し……、そして 涙を流しながら空を仰いでいた時、彼はどうしてくれた?
――……抱きしめてくれた。……手を、握ってくれた。……支えてくれた。
だからこそ、今の自分がいるのだ。震えを止めてくれたから、今の自分がいる。目の前の少女が、それを求めているのかは判らない。それでも、何かしたかった。あの時、自分にしてくれた彼女達の様に。
「嫌い、嫌い……あんたなんか、あんたなんか、大嫌い、よ……」
シノンは、口で嫌いだと、言いつつ……抱きしめられた身体を、完全にリュウキに預けていたのだった。
キリトは岩陰で、話を聞いていた。
盗み聞きをするつもりは無かったけれど、シノンの大声が聞こえてきたから、思わず引き返してきたんだ。
「………」
目を、瞑り……岩を背にしてもたれ掛かった。
「(……リュウキに任せて正解、だったな)」
何も知らない人が、他人の心を救うなんて事、出来る筈がない。それが、こんな異常空間であってもだ。だけど、心と心は通じ合えるモノだ。それをあの世界で学んだ。
いままで助けてもらった。自分だけじゃなく、沢山の人たちが。……そんな彼を助けたくて、彼のことを、彼女に任せた。
『彼女から、彼の心に入っていける』
そう思ったからだ。そして今回。……別の世界で 既視感を感じた。彼女を見て。だからこそ、今回はそうこう思ったのだ。
『アイツなら……彼女を救える』
それは、間違いではなかった。
ただ……、あの中に入っていくのは、ちょっと勇気がいる、と言うか入ってけない。
「……ぅぅん。どうしよっかなぁ……」
死銃のこともあり、そしてシノンのこれからの行動に関してもある。……話す事は山程あるから。でも、今、このタイミング、絶対に入ってけない。
自分は、そこまでの強者ではないのだから。
「……まぁ、兎も角タイミング見てからだな、……考えよう」
出歯亀するつもりも無いし……、でもタイミングを伺わないと入ってけないから、仕様がない。として、とりあえず座って待つ事にした。……悪い事、してる。と思ってしまっているのだろうか、キリトは膝を抱えて。
どのくらい、そのままでいただろうか――。
手の温もりだけだった筈なのに、今度は身体全体を包んでくれている。……安心する事が出来る。こんな気持ちは、本当に久しぶり……いや もう殆ど記憶に無い。かつて、幼い頃 母親や父親に抱かれている温もりが、きっと これと同じなのだろう。
温もりは、自身の涙を止めた。……そして、それと同時に虚脱感も生まれた為、身体の力を抜いていた。リュウキも、ゆっくりとした動きで、岩肌に背を預け、座った。シノンも同時に。
「……少し、もう少し、寄りかからせて」
少しの沈黙の後、シノンはそう言った。
「ああ。……構わない」
リュウキは、そう答える。シノンは答えを聞くのとほぼ同時に、身体をずらし、リュウキの脚の上に横たえた。
「……そろそろ、キリトも戻ってきたらどうだ?」
リュウキは、軽くため息をしながら、そう言う。
「っ……」
リュウキの言葉に、キリトはびくっと身体を震わせたから、そのせいでか、音を立ててしまった様だ。
――……完全に、バレてた。
リュウキの索敵スキルは、元々一線を超えていた事を改めて思い出していた。そう、『デジタル世界は、自分の土俵』と言ってのけるあの男なのだから。
キリトは、諦めた様子で、ゆっくりと顔を出した。
「な、なかなか来なかったし、ちょっと、心配になって、な……」
苦笑いをしながらも、そう弁明する。別に盗み見、盗み聞きをするつもりも無かったのは事実だけど、実際にそうしてしまったのは違いない。
「………」
そんな中、シノンは、無言だった。
……キリトにとってその無言が余計なプレッシャーになる。シノンは元々、キリトが離れている事に気づいていなかった。……キリトの前で
「あんたと、あいつは……同じ」
「ああ。……キリトとオレは同じだ」
同じ闇を持ってて、そして、死銃を追いかけてる。
真の意味で仲間だと言えるだろう。だから、シノンはそこまで不快な想いは無かった。……とある、更衣室での1件があるから、そこまで信頼? は出来ないのは仕方が無い。……でも、流石に今は大丈夫の様だった。
シノンの頭がぼんやりとしていたが、死銃に襲われた時の思考停止状態とは違い、きつく重い服を脱いだような浮遊感があった。それを取り除いてくれたのが、彼だ。そして、いつしか言葉がぽろりと口から零れていた。
「……私ね、人を……、殺したの」
2人の反応を待たずに、続けた。
「ゲームの中じゃないよ。……現実世界で、ほんとうに人を殺したんだ。5年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で……。報道では、犯人が局員をひとり拳銃で撃って、自分は銃の暴発で死んだ、って事になってたんだけど、実際はそうじゃない。……その場にいた私が、強盗の拳銃を奪って撃ち殺した」
シノンの告白。
その内容に関しては、驚かなかった。深い闇を背負っていると言う事は、感じていたから。
「5年前……?」
キリトの囁く様な問いかけに、頷く。
「5年……」
リュウキも、呟いた。シノンはアバターだが、20代の様には見えない。だから、ひょっとしたら、自分よりもずっと前に、その苦しみを味わったのだろうか? とリュウキは思った。シノンは、リュウキの呟きにも頷く。
「私は、11歳、だった。……もしかしたら、子供だからそんな事が出来たのかもしれないわ。歯を2本折って、両手首を捻挫して、後背中の打撲と右肩の脱臼があったけど、そこまで大した怪我じゃなかった。だって、直ぐに治ったから。……身体の怪我は、直ぐに。……でも」
そこまで言った所で、直ぐに判った。身体の痛みは、怪我による痛みだけじゃない。心の痛みだ。
「……それで、この世界で」
リュウキは悟った様に口を開いた。
「……うん。私、それからずっと、銃を見て吐いたり、倒れたりしちゃってた。テレビや漫画とかでも、……手で、ピストルの真似されるだけでも駄目。銃を見ると、目の前に、殺した時の男の顔が浮かんできて……怖い。すごく、怖い」
シノンはそう言う。キリトには、疑問が浮かんだ。なら、なぜ銃の世界にきたのか?とだ。この世界には、銃で溢れている。……銃しかない、とも言える程に。
「……判るよ。なんで、この世界に来たか? でしょ。……彼は判ったみたいだけどね」
シノンは、キリトの顔を見て、そういった。
「この世界でなら、大丈夫だったんだ。……病院にいっても、銃の型録を少しずつ見たりして、克服をしようとしたのに、駄目だった。でも、この世界でなら……、いくつかの銃すら……」
シノンは、視線を《へカートⅡ》に向けた。
【冥界の女神】
強い意志を持つ者に相応しい、と そう言われた銃。その優美なラインをなぞった。最初で最後の相棒だと決めている銃だ。
「好きになる事ができた。……だから、思ったんだ。この世界で一番強くなれたら、きっと現実の私も強くなれるって思った。……得られる物は少ない、ってあんたは。……リュウキは 言ったけどね」
「……そう、だったな。……悪い」
「いや、良いのよ。……実際に、一番になれなかったから」
シノンは 苦笑いをしながら、リュウキにそう言っていた。キリトは、この時シノンが直接リュウキの事を名前で呼んだんじゃないか? と思ったが、今は決して口にはしなかった。
「……そして、死銃を見て、アイツを見て、すごく怖くて、発作が起きそうになった。……いつの間にか、《シノン》じゃなくなって、現実の私に戻っていた……。だから、逃げる訳には行かない。だから、私も、アイツと戦わないとダメなの。……リュウキがダメって、止めてって言ったけど、それだけは聞くわけには行かないの。戦って、勝たないと……シノンがいなくなっちゃうから……」
両手でぎゅっと身体を抱いた。
「死ぬのは、そりゃ私だって怖い。でも……でもね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも、辛いんだ。死銃と、そしてあの記憶と、戦わないで逃げちゃったら、私はきっと前よりも弱くなる。普通に暮らせなくなっちゃう。……だから」
シノンはゴメン、と言いたかった。
何に対しての謝罪なのか、判らないけれど、つい言いそうになった。たぶん、リュウキが懇願をしていたから、と言う理由だろう。なぜ、そこまで想ったのかが、判らないけれど。
「……そう、だな。シノンが話したんだ。オレ達も、言おう。キリト」
リュウキは、キリトの方を向いた。キリトも、その言葉に頷く。
「……ああ」
キリトは頷くと、シノンの方を向く。
「シノン。……オレ達は、ネット用語で言うSAO生還者なんだ」
「……」
それは、半ば以上予想していた。コンバートしてきたとは言え、常人からは考えられない程の動きを見せる異常性。VRMMOが普及しだして、まだ数年だと言うのに、まるで その世界で生きている。と言える程の動きと言動だったから。
「……そして、オレ達の闇。あの死銃は、死銃達とは 互いに戦いあった間柄だ。命の奪い合いを本気でした、な」
腕を組み、自身の脚に頭を載せているシノンにそういった。あのゲームについては、シノンでも知っている。およそ日本人のVRMMOプレイヤーで聞いたことのない者等いないだろう。一昨年から去年にかけて、10,000人もの意識をゲーム世界に閉じ込め、そして実に3,000ものプレイヤーの、……人間の命を奪った呪われたタイトル。
ゲームではなく異世界。そんな世界で2年も戦い続けた。……だからこそ、あれ程の力を持っている、と言うのだろうか。
「キリト。このゲームにはオレ達の闇。もう1人の闇がいる事は、知っているよな」
「ああ。……死銃と一緒にいた、もう1人の仮面の男だろう? アイツと一緒にいる以上、もう1人の方も、SAO生還者。……あのギルドの者に違いない」
キリトはリュウキの問いに頷いた。シノンも、死銃は複数いるかもしれない、と言う事は以前に聞いていたし、あの倒れている時、確かにもう1人いたのを確認した。
「……もう1人の男の正体は、《死神》だったよ」
「っ……!!」
リュウキの言葉に、思わず息を飲むキリト。確かに笑う棺桶のメンバーがこの世界に来ている以上、同じギルドのヤツだろうと思っていたけど、それ以上の衝撃だった。
「死に、がみ?」
シノンも話を訊いて、その名前に異常なまでに反応したキリトを見て、つぶやく様にリュウキに訊いた。
「……SAOで、そう呼ばれていたんだ。本当のプレイヤーネームは誰も知らない。だが、あの世界で暮らしていた者なら、誰もがその名前を知っているよ。……誰よりも、命を奪ったから」
「で、でも……他のVRMMOなら兎も角、あのゲームでは、HPがなくなったら、ほんとうに……」
シノンの言葉を聴いて、キリトがそれに答えた。シノンが言っている意味はよく判る。いや、あの世界で生きていたプレイヤー達の誰もが想う事だろう。なぜ、そんな事をするのか?と。共に幽閉された、囚われた身だと言うのに。キリトは、死神の名前を聴いて、驚きつつも、当時のことを思い返しながら、呟いた。
「本当に、殺したんだ。でも、だからこそ、かもしれないな。一部のプレイヤーにとって、殺しは最大の娯楽だった。その連中のギルドの名前がラフィン・コフィン。笑う棺桶。そう言う連中の集団だったんだ。保護コードのないフィールドやダンジョンで、他のパーティを襲って、金とアイテムを奪ってから、容赦なく殺した。勿論、皆警戒していたんだけど、奴らは次々に新しい手口を編み出して、犠牲者は一向に減らなかった……」
シノンはその言葉を聞いていた時、ぎりっ、と言う歯ぎしりが聞こえた気がした。
そっと、視線をキリトから、リュウキに向ける。視線の先のリュウキの表情が険しく、怒りがその表情に現れていた。
「……あの世界は現実と同じだった。どんなに規制しても、取り締まっても。網目を掻い潜る様に、な。そして……ある時、仲間が殺されたんだ」
「……っ」
『仲間が殺された』その言葉を訊いたシノンは、身震いをしたと同時に、判った気がした。リュウキがあそこまで止めようとした訳を。
「……それで、オレやリュウキも含めた大規模な討伐パーティが組まれたんだ。その仲間が殺された1件が、引き金だったんだ。大規模戦争の。……そこで、オレは、オレも人を、殺した」
キリトの告白。
それを訊いて、シノンは思わずリュウキの脚から、頭をあげて キリトの顔を見た。
両手を見て、僅かに震えている。……その姿は、あの時の、あの予選の時の姿と酷似していた。
「……オレもだ。いや、それだけじゃない」
続いて、リュウキもそう言った。リュウキは更に続ける。
「オレは 殺人を触発を、させた。助長させた。と言っていい。オレは、あの戦争が始まる前の戦いでも、ラフコフのメンバーを殺した。仲間の身体を、魂を砕かれた瞬間に、……目の前が赤くなって、一切の感情を捨てて、相手を何人も斬った。怒りの感情に身を任せて殺したんだ。 ……だから、根っこの所じゃ奴らとオレは変わらない。いや、それより罪深い……。純粋に、攻略を目指してきた彼等を、殺人を躊躇わない様にさせてしまったのは、オレだったかもしれないから、な」
リュウキの話を訊いて、シノンは何も言えなかった。《ヒトゴロシ》の数で何かを言う訳ではない。だけど、他者に触発させた、と言う言葉には、本当に重みがあった。
「リュウキ。……オレ達は、あの時言っただろう? ……お前も忘れてないよな。何度も言った筈だぞ」
「……勿論だよ」
キリトの言葉を聴いて、リュウキは直ぐに首を振った。
「……でも、リュウキの言っていた罪深いって言うのは、それだけは同感だよ。……自分のした事を忘れて、無理矢理忘れてしまっていたんだから。殺したヤツのことも、顔も名前も、現実に戻ってからも一度として思い出そうとなんかしなかった。……死銃に合うまでは」
「それじゃあ、あの死銃と、その死神は、あなた達が戦った……その《ラフィン・コフィン》の……」
シノンの疑問に、頷くキリトとリュウキ。
「死神とはオレは合ってないが、死銃は間違いない。……牢獄に送られたメンバーの1人。もうちょっとで、思い出せそうなんだけど……」
「……それに最悪なのは、死神だな。……最後までプレイヤーネームが判らなかったんだから」
リュウキの言葉に頷くキリト。
「SAO時代の名前が判れば、現実で誰なのかを突き止めることが出来る。……それが、現実世界でアイツ等を捕まえる為の現在唯一の手段なんだ。 だが、今はこの世界でのアイツ等を止めるのが先決、だがな」
キリトとリュウキの2人の話を聞いていて、シノンの中に再びあの言葉がながれた。予選決勝でリュウキが言っていた。
『オレはあの時に。オレの手は、……本当に奪ってしまった』
『仮にもし、この世界の銃弾が、刃が本当に人を殺すモノなのだとしたら、それを躊躇わずに最後の一撃を、全てを奪う一撃を入れる事が強さ、なのか?』
2人はまさしく、その極限状況をくぐり抜けてきたのだ。ある意味では、自分のあの時の事件と限りなく似通っている。
「……リュウキ、キリト」
シノンは、一度に2人の顔を見られる位置へと移動して、2人の顔を見た。いまだ過去の一地点を覗き込んでいるかの様な瞳を見て、そして掠れ声で語りかけた。
「……私は、あなたたちのしたことには、何も言えない。言う資格なんて、あるはずもない。だから、ほんとは、こんな事を訊く権利もないけど……でも、お願い。1つだけ教えて。その過去の記憶を。……闇を、どうやって乗り越えてきたの? どうやって、勝つことができたの? ……どうして、今そんなに強くいられるの……?」
自分自身の罪を吐露したばかりの相手に対して、配慮がない。と自分でも想う。本当に利己的な質問だと思った。でも、それでも、どうしても訊かずにはいられなかったんだ。あの戦いで、リュウキは確かに『オレは誰よりも弱い』と言っていた。でも、それは有り得ない。……強いからこそ、戦うことが出来ている。そして、キリトの言っていた『無理矢理忘れた』と自分を責める様に言ったけど、シノンはそれすらもできなかったのだ。
そして……、2人の返答。
それは、予想外の言葉だった。……自分にとって、恐ろしいとさえ思える、宣告だったのだ。
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