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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  48 逃亡者・暁シドウ

 
前書き
予告通り、シドウの逃亡生活にフォーカスを当てた話になります。
味方と敵のどちらを取り巻く環境もきな臭くなっていくばかりですが、今回は少しシリアスな逃亡ライフな中に日常を感じて頂ければと...(笑)
割と最近のスマートフォンネタも混じってたりします。 

 
シドウはデンサンシティ付近のベッドタウンまでやってきていた。
ちょうど東京都を例にすれば、千葉県の西側、江戸川沿いの区域や神奈川県の多摩川付近の区域に相当する。
電車を使えば、数分でデンサンシティ内に入ることができ、デンサンシティに住んでいる人々とほぼ同じ生活が可能となる。
その上、僅かだが地価も安く、人々が多く住んでいるためにスーパーマーケットやコンビ二といった生活に必要なものはより身近となっており、別の方向に発展しているのである。
他にも進学を機に別の地方からやってきた学生が一人暮らしのにも多く使われている。

「...ここだ」
『ここですか?』

シドウはエース・パニッシャーを目的地の前の自販機のところで停めた。
ヘルメットのシールドを開いて、一度深く息を吸う。
そして再びニュートラルから左の人差し指のシフトアップスイッチでローに入れて発進、入居者が使用できる地下の無料駐輪所へ走らせた。
幸いなことに駅からそう遠くない場所のマンションのために入居者で自転車やバイクを持っている者は少なく、どこでも自由に停車できる状態だ。
奥の方の特に利用しなさそうな場所を選んで、停車してエンジンを切った。

「よし、ここでいいだろう。だが...目立つよな...」

エース・パニッシャーはアシッド・エースの資格者のために用意されたマシンだけあって、カラーリングも赤が多用されており、デザインもベース車のものを踏襲しつつもアシッド・エースに似ている。
攻撃的かつ情熱的とでも言えばいいのだろうか、特撮ヒーローが使っているバイクに近い。
ナンバープレートは一応付いているし、パトライトなどの装備もあり一応、公用車だが、その目立つ外見から違法改造車として通報される可能性も無くはない。
通報はされずとも入居者の注目を集めるのは間違いない。
だがWAXAの車両ということは、例のあの装備も搭載されているのだ。
シドウはヘルメットを外してタンクの上に乗せると、インストルメントパネルの周囲に装備されたコントロールパネルのボタンを押す。

Optical Camouflage System Enable ...

次の瞬間、パニッシャーはその姿を消した。
オプティカルカモフラージュ、スター・イリュージョンやサテライト・チェイサー同様の光学迷彩機能だ。
車体から特殊なフィールドを発生させて、光を迂回させることで外から見れば透明に見える。
一般的に光を迂回させるタイプの光学迷彩では内側から外側を見ることもできないが、迂回させた光を反対側に通すことで、その弱点を克服している。

「一応、そこに停めてあるバイクもオレが逃亡用に用意してたやつなんだが...用意してからかなり経つけど、あんまり使われてないって感じだな、この駐輪場。ざっと自転車とバイク合わせて4台か」
『その分、一般人を巻き込む危険も低い。条件としては悪くありません』

シドウの視線の先にはホワイトカラーのTriumph・DAYTONA 675Rが停車されている。
ディーラーにいた頃に知り合った技術者に多少のカスタマイズを受け、最高速度は240km/hまで引き上げられており、最大出力とトルク、そしてブレーキやサスペンションなどもそれに合わせて向上している。
またタンクバックや野外で生活する局面に陥った場合に用いる携帯用のテントや非常食などが詰まった鍵式のテールバッグも装備済みだった。
シドウは前にこのマシンを乗った時のことを思い出しては、パニッシャーの性能を痛感していた。
加速、サスペンション、ブレーキ、レスポンス、全てにおいて今まで扱ったことのない次元のマシンで、常人が到底扱えるものではない。
むしろ根っからのマニュアル人間であるシドウにとっては、オートマチックに慣れる、MTモードによるセミオートマチック操作を覚える、すなわちノンクラッチというものの感覚を掴む方が難しかった。
一応、常人を遥かに上回る身体能力を持ったシドウには乗りこなすことはできたが、それでも恐ろしい性能のマシンだと胸を張って言えるくらい凄まじい性能だった。

「5階に部屋を借りてる。月6万ゼニー、管理費5000ゼニー」
『その値段設定だと、ここは主に学生向けのマンションですね?』
「あぁ、そうだ。そっちの方が安いし、まさか学生でもない上、裏社会ではかなりの権力を持つディーラーの構成員だったオレが借りてるとは思われにくいだろう?えっと...呼び出し、2、1、0、8」

シドウはエントランスのインターホンを操作して解錠した。
部屋の鍵と混同すると面倒なので解錠用の鍵は持ち歩かないようにしていた。
そしてポストに入っている駅前のスポーツクラブや居酒屋や焼肉屋、水道工事の宣伝、宅配ピザのチラシを真下に設置されたゴミ箱に捨てる。
この手のマンションを使っている地方出身の学生は仕送りの中で生計を立てている者も多く、このようなチラシの店を利用する余裕がある者は少ない。
そのために見ずに捨てる場合も多く、それを見越して管理会社はゴミ箱を設置しているのだ。
シドウがやってきたのはざっと3ヶ月ぶりだったために、ポストの中は所狭しと押し詰められたチラシがざっと50枚近く入れられており、シドウは思わず、一度ため息をついた。
そのままエレベーターに乗り込んで5階へ向かう。

『食料の備蓄は?』
「ざっと1ヶ月半程度だな。一応、変装道具もあるからいざとなれば、そこのコンビニとかで買い足すこともできるだろうが」

エレベーターのドアが開き、シドウは出て左手の最奥の部屋の方へ向かった。
ちょうど非常階段も近く、地下駐輪場にも行くことができる。
少々心もとないが、いざという時の脱出経路代わりに使えないことはない。

「学生向けっていうと色々と普通のマンションに比べて劣っているように思われがちだが、別にそうでもないさ」
『そうですか』
「もちろん広さだったり、高級感だったりは別だぞ?だがな、ほら!室内灯あり、風呂あり、コンロあり、トイレあり、冷暖房あり、クローゼットあり、水道あり、インターネット回線あり、下駄箱あり、洗濯機あり、コンセントありだ」

シドウは鍵を開けて、部屋に入った。
そこは家賃相応の約6畳から7畳のワンルームとトイレ、バスルーム、キッチン、ベランダから構成される部屋だった。
1人で済むには十分過ぎる空間だ。
シドウは鍵を閉めて、靴を脱いで電気を点ける。

「高級マンションに住んでも、これ以上の設備を使うか?って言われると、使わないんだよな」
『ここなら見つかる心配も無いでしょう。シドウ、早く食事を済ませて休んでください。あなたの疲労度を考えれば...』
「無論そのつもりだ」

フロア部にはシングルベッドとテーブル、本棚に机とチェストくらいしかなかった。
誰が見ても一人暮らしの学生の部屋にしか見えない。
シドウは部屋に誰も入った形跡が無いのを確認してから、キッチンの冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターを取り出すと一度に半分近くを飲んで喉を潤した。

「ふぅ...」

そしてすぐさま電気ケトルを一度、洗ってから水を汲んで湯を沸かす。
カップ麺は冷蔵庫の隣の箱の中に入っていた。
底のテープを剥がして、冷蔵庫に一度貼り付けておく。

「確かカロリーゲッターも...ん〜...ここはポーク味...」

黄色いパッケージのバランス栄養食を幾つか味がある中から選ぶと、中からブロック状の食べ物を取り出して咥えた。
食事を行いながら、更に冷凍庫から冷凍野菜を皿の上に乗せて電子レンジに突っ込む。
そして今度はチェストの方に向かった。

「この中にあるはずだ...」

机の隣のチェストの引き出しを引き抜き、奥の方に隠してあったものを取り出す。
それは室内灯に照らされて鈍色に怪しく輝いた。

『ワルサーPPK/S、38口径のセミオートマチックですね』

あらゆる戦闘や軍事的なデータを記録しているアシッドは見ただけで、その特徴を当ててのけた。
シドウは更に取り外した引き出しの裏板に貼り付けていたマガジンを机の上に乗せる。

「今、銃に入ってるのは、9mmショート弾、合計7発。6発込められた予備のマガジンは合計3つ。つまり...」
『25発...使う局面に出くわさなければいいですが...』
「あぁ、もし戦闘になれば、これで勝負をつけなきゃならない」
『他に武器は?』
「待ってくれ...ここに」

チェストの下の引き出しを開き、底の板をめくって隠していた武器を机の上に並べていく。
シドウはブロックタイプの栄養食を口に含んでおり、水分が奪われているのか、少しモゴモゴとした口調だった。

「サバイバルナイフが2本、スタンガンが1つ、警棒が1本、睡眠薬が成人3人前。これで全部だ」

次にシドウはWAXAのジャケットを脱いでから、本棚から漢語の辞書を手に取る。
それは辞書のパッケージの箱だけのもので、本来辞書本体が入っているはずの場所には札束が5つ、ざっと500万ゼニー程が入っていた。
更に他の本に隠していたものも全てテーブルの上に並べる。
偽名の運転免許証が3枚、クレジットカードが6枚、パスポートが4つ、通帳が4つだ。

君津隼也(きみづしゅんや)谷川孝志郎(たにかわこうしろう)鷹崎一紗(たかさきかずさ)、Ethan Anderson(イーサン・アンダーソン)...ふっ、誰だっての」
『全部偽名ですね。ディーラーにいた頃に用意していたのですか?...外国人名義のパスポート、国籍はアメロッパなのに、アメロッパからの出国スタンプもニホンの入国スタンプもありませんよ』
「まぁ...アメロッパは色々な人種の人間がいるからな。でもイーサンはともかくアンダーソンって顔じゃないよなぁ...」

顔写真だけはシドウのものだが、名前はおろか、生年月日も住所もデタラメの身分証の数々に思わず苦笑いを浮かべた。
シドウも用意した時は適当に考えていたため、今見直すと呆れてしまう。
ため息をつきながら、電気ケトルからカップ麺に湯を注ぎ、テープで蓋を閉めた。
そして机の引き出しに入っていたクォーツ式のTAG Heuer・LINKのクロノグラフを起動して時間を測る。
机の中には他にも幾つか時計が入っていた。
エコドライブを搭載し、1/1000秒の測定にも対応したクロノグラフ、回転ベゼルを備えたCITIZEN・プロマスターLAND、そしてソーラー電波とタキメーター、クロノグラフを搭載したSEIKO・BRIGHTZ。
水深500メートルの環境下にも耐えられるTAG Heuer・アクアレーサー、そしてOMEGA・シーマスター プロダイバーズ300M。

「...今でも着けてるのかな...アイツら」

シドウはシーマスターを手に取って、そんなことを呟いた。
このシーマスターは彩斗やクインティアが持っているものとほぼ同時期のモデルで、ディーラーにいた頃に手に入れたものだ。
水深300メートル下での環境での使用にも耐え、コーアクシャルエスケープメントを搭載し、長期間に渡って高精度を保つことができる。
ただし彩斗やハートレスのものが海を思わせる爽やかで美しいブルーダイアルで36mmの男女兼用サイズなのに対し、漆黒の海のようなブラックダイアルで41mmのメンズサイズだ。
赤い「Seamaster」の文字がアシッド・エースのボディーラインのようなアクセントとなっており、一言で言って美しいデザインで高い実用性を持つ。
幾つかの選択肢の中から、シドウとクインティア、ジャック、そして彩斗はこれをディーラーから共に受け取った。
あの頃はまだ4人は仲間として、友達ように良好な関係を築いていた。
同じものを選んだのも、同じ時間を共有したいと思ったからだろう。
しかし今となっては、裏切り者である自分を3人は毛嫌いし、到底同じものを使っているとは思えなかった。

「ハァ...」

シドウはため息をつきながら、シーマスターを机に置き、アクアレーサーを手に取るとねじ込みロックをを開放してからリューズを巻いた。
オメガのコーアクシャルキャリバーのような長期間ノーメンテナンスとはいかないかもしれないが、世界中の人々から支持されるタグホイヤーのキャリバー16であるため安心して使用できる。
約15回程巻いたところで針は動き出し、電波時計であるプロマスターを見ながら時間を合わせて、腕に着ける。
そしてLINKのクロノグラフで3分経ったのを確認すると、カップ麺を食べ始めた。
カレーのスパイシーな味と香りが広がる。

「あぁ...うまい。インスタントもここまできたか」
『食べ過ぎにはご注意を。あなたは食に関しては偏りやすいですから』
「心配するなよ。朝はシーフード味だ」
『...そういうことではないんですが』
「分かってる。野菜も食うよ」

アシッドは首を傾げる。
シドウはレンジから解凍した野菜を持ってくると僅か数秒で全て口に含み、カップ麺のカレースープで一気に押し流す。
続いて残していたカロリーゲッターを平らげ、冷やしていたリポビタンを代表とした栄養ドリンクを3本もテーブルの上に乗せると一気に飲み干す。

『......長生きできるといいですね』
「ん?」

恐らく自分の話を聞く気が無いであろうシドウの態度にアシッドはため息をついた。
シドウの食事に関する雑さ加減はアシッドを含めた関係者なら誰でも知っている。
カロリーゲッターを含めたバランス栄養食やインスタント食品だけで3食を終えることもあれば、牛乳や滋養強壮剤だけで1日乗り切ることもある。
一番目立つのは、ポテトチップスのようなスナック菓子だけで1ヶ月生活したこともあったし、食事を取らずとも約5日は水だけで生き延びたこともある。
しかも腹さえ膨れるなら、例えどんなにマズイものでも平気で食べてしまう。
ヨイリーやリサ、マヤだけでなく、アシッドですら、味覚障害を疑う程だった。

「ごっつぁん!」

シドウはミネラルウォーターで喉を潤しつつ、クローゼットからアルミ製のケースを取り出して、テーブルの上で開く。
そしてポケットからWAXAからの支給品であるNexusを取り出した。
ケースの中身は端末と先程の偽名で契約しているSIMカードだ。
NexusはWAXAのシステムが完全に機能していないため、追跡の恐れは無かったが念のため電源を切っている。

「えっと...前にマヤに教えてもらったんだがなぁ...」

記憶を辿りながら、手探りで端末を操作する。
NexusはSIMカードを抜いてから電源を入れて、箱の中から幾つかの端末を比べた。
QWERTYキーを搭載したBlackberry Classic、防水防塵の他に映像や音楽などのエンターテイメント的機能に優れたXperia Z、防水防塵に耐衝撃性能を持つDIGNOなどの他、シンプルなPHSまである。

「ん...これだな」

シドウが選んだのは、高精細でありながらも省電力性に優れたディスプレイと機能を搭載し、防水と防塵、更にテレビ機能など必要な機能を持ったAQUOS Xxだ。
特にバッテリーが長持ちすることが、消耗戦になりかねない現状では優先すべき機能だった。
本来ならPHS端末など機能を絞ったものの方がバッテリー持ちはいいだろうが、PHSは基地局あたりのカバーできるエリアがせいぜい500メートルが限界だ。
現代ではPHSも通常のPETやトランサー、スマートフォンなどのエリアと同等だが、それを実現できているのは、数百メートルごとに基地局が用意されているからである。
つまり逆探知された場合、スマートフォンで通常の電話回線を使った場合に比べて、より詳細な位置が探知されてしまうのだ。
それに逆探知されにくいように移動しながら使用すれば、ハンドオーバー、すなわち基地局を次々と変えていくため、通信の品質が下がりやすくなる。
シドウはAQUOSにSIMカードを挿入してコンセントに繋いで充電しつつ、電源を入れる。

「おっ...おぉぉ...電波掴んでる!」

ステータスバーでSIMカードを認識して電波を拾っているのを確認すると、ひと安心した。
シドウは銃火器の扱いやマシンの操縦は得意だが、電子機器の扱いにはかなり弱いのだ。
そんなシドウにとってはSIMカードを挿すだけでも、一世一代の大作業をこなした気分だった。
続いてNexusとAQUOSをBluetoothで繋ぎ、電話帳や最低限のデータをコピーする。
その後も幾つかも作業を行うが、それをこなす度にシドウはガッツポーズを決めた。

「何だ...オレだってやればできるもんだな...」
『モバイルバッテリーも用意しておくのがいいでしょう。番号の登録されたSIMをもし全て使い切ったり、街に出ている際に端末が壊れることがあれば、最寄りでプリペイドフォンを買いましょう』
「プリペイドフォン?...っていくらで買える?」
『機種や事業社にもよりますが、下は1万ゼニー台前半から3万ゼニーといったところでしょうか。ただし身分証明を求められることがあるでの、こちらも用意できる台数は限られますが』

現代ではかつてのSIMロック解除義務化や独禁法の強化により、多くの通信事業者が参入しており、選択肢の幅は大幅に広がっていた。

「あぁ。もし必要になったら、知恵を貸してくれ」
『了解しました。では、そろそろお休みになった方が』
「そうだな」

シドウはアクアレーサーで時間を確認する。
現在、10月31日午前2時11分。
先日までの学校籠城事件のせいで疲労もかなりたまっている。
シドウはトランサーとモバイルバッテリーをコンセントに挿して充電を開始し、ベッドに飛び込む。

「8時か9時くらいにアラームをセットしてくれ」
『了解しました』

シドウは窓際のベッドの上で少しカーテンをめくった。
川の向こうには、この時間だというのに明かりが絶えることのないデンサンシティとそれを象徴するようにそびえるデンサンタワーが見える。
タワーは今日がハロウィンだからか、ちょっとした改装が行われているようだった。
今はホログラムが発展しているため、プログラムを調節するだけで様々なイルミネーションを実現しており、イベントの度に改装で手を加えるのも最低限で済む。
最新の技術を見る度にニホンがどれだけ恵まれた国かということを思い知る。
シドウは今までの人生でニホンにいた事よりも、海外にいたことの方が多い。
それも紛争地帯や貧国など技術も遅れている発展途上国ばかり。
貧困、飢餓、先進国からの構造的暴力、戦争が当たり前の世の中だった。
シドウが初めてニホンに来たのは7歳の頃だった。
空が青く、何もかもが綺麗で心躍ったのは今でも鮮明に覚えている。
空港からバスで街に出た時には、今まで自分が見てきたもの全てが夢のようだった。
人は争うことをせず、誰もが幸せそうな顔で平和で最新の技術による快適な生活を営んでいた。
これはシドウが初めて自分のやっていること、すなわちディーラーの活動に疑問を持った瞬間でもあった。
ニホンは素晴らしい国だと思った。
平和なだけではなく、貧しい人間でも生活できる社会福祉の制度が整備されている。
どんな社会的弱者にも手を差し伸べるニホンならではの優しさを感じた。

「...デンサンシティ」

しかしデンサンシティという空間は発展とともに、まるで独立した国のように変貌を遂げ、街の治安は法治国家であることを忘れる程に地に落ちた。
技術は人の生活を便利にするが、そこに住む人々に自分たちが優れた者たちであると勘違いさせてしまう。
また可能になることと同時に未だ不可能なことまで照らしだす。
優れていると勘違いした人々の一部は自分が優れていると確認しようと他者を貶めようとする。
暴力や言葉によるイジメやネットでの中傷が代表的なものであり、ほんの一部だ。
そしてイジメと言い換えているだけで、やっていることは犯罪だ。
学校や職場では、傷害や名誉毀損などというあからさまな犯罪であるのにも関わらず、これまた自分の落ち度を隠すためによくイジメという言葉をよく使う。
他者を力でねじ伏せることで、自分は他者より優位に立っている存在だと証明したがるのだ。
だが本当はそれが悪いことだということは理解している。
精神に余程の障害でも無い限り、人間という法を設けることで自らの行動を律することのできる唯一の動物である以上、理解できていなければならない。
しかしこれまた技術や文化の発展によってもたらされる様々な書籍や作品、メディアによって作り出される間違った認識によって自らのやっていることの正当性を見出す。
不良のドラマや犯罪者を美化して描く作品群、グレているのがかっこいいものであるという虚像に影響され、間違った認識から腐りきったアイデンティティを形成する子供も多い。
一番悪いのは、自ら生み出した技術を制御できない人間の方だ。
人は力を得れば、間違った方向に進むものも少なからずいる。
多くの人格を持つ人々がいる世の中では仕方のないことだ。

「...昔とは違うんだよな」

初めてデンサンシティに来た瞬間、今まで見てきたニホンの印象は全て崩れた。
街を歩けばひったくりや万引きといった軽犯罪から、重大な犯罪まで至るところで目にすることができた。
今思うと、あの中学生大量殺人事件がこの一連の事件の発端だった。
事件を知ったのは謎の電波体=スターダストの出現を知った後だったが、正直なところ、驚かなかった。
デンサンシティであれば、別にどんな犯罪が起ころうと不思議には思わなかったのだ。
シドウは目を瞑り、強い眠気に身を任せる。
数日間の戦いの疲れはやはり想像以上だった。

『おやすみなさい...シドウ』
「あぁ...」

今から立ち向かうべき敵は世界に多大な影響力を持つPMCであるValkyrie、そして舞台となるのはテクノロジーが生んだニホン最大の犯罪都市・デンサンシティ。
そのあまりにも最悪な夢のコラボレーションには、今のシドウの身体では到底立ち向かえない。
休養が必要だった。
シドウは眠りに落ちながら、こう呟いた。
この危機的状況下のデンサンシティをよく捉え、Valkyrieとの戦いに臨んでいる者なら誰もが納得する呼び名だ。

「...あれが戦場か」



 
 

 
後書き
シドウ、追われている身の割に中々優雅に過ごしてます(笑)
ちなみに今回のパスポートのイーサン・アンダーソンはミッション・インポッシブルのイーサン・ハントとマトリックスの主人公ネオの本名トーマス・アンダーソンからとりました。
そして今作でのシドウのキャラクターはミッション・インポッシブル3のイーサン・ハントの影響を少し受けて書いてます。
ミッション・インポッシブルのシリーズ内で同じ人物でも作品によって結構印象が変わるので。

他のキャラクターでも映画のキャラクターの影響を受けている部分が結構あって、それに関しては今後の後書きなんかで少し触れられればと思います(^^)

これまでも機械に弱い描写は何回かあったシドウですが、遂に機械を克服?しつつあります(笑)
そしてシドウがチョイスしたのはバッテリー長持ち・防水防塵のAQUOS、そしてスポーツウォッチの代表格タグホイヤーでした。
シドウが用意していたもの全部揃えると結構な額になりますし、逃亡した時のために月6万5000円を払っているとすると書き終わってから冷静に考えるとシドウ、金持ちですねw
でも僕自身、お金をパーッと使う金持ちっぷりを描いた作品って痛快ですごく好きでアイアンマンのトニー・スタークみたいなキャラクターは大好きなんですよ(笑)

次回は敵サイドにスポットが当たります。
ぜひ次回も読んでやって下さい。
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