ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第165話 現実世界と仮想世界
2025年 12月1日 月曜日。
~JR上野駅前~
結城玲奈は支度を済ませ、家を出た。
丁度学校も終わり、一旦其々の家に帰り着替えてから待ち合わせの場所へと向かう。今日は休日じゃないけれど、学校の方では色々と行事があり、早めの下校だったから、時間は沢山余っているんだ。それに こんなやり取りがずっと憧れだった。
――……好きな人と待ち合わせる。
待っている間も、楽しい。彼を思い浮かべて待っていれば、待つ時間なんて苦じゃない。その為だけに、指定した時刻よりも30分位早くに到着するようにしているんだ。
――……だって、その彼は遅刻は殆どしないから。
有るとするならば、仕事関連で止む終えずと言う事。それらを除いたら、殆どと言っていい程無い。
あ、以前ちょこっとだけ遅れた事あったけれど それは指定した時間内には着いたから遅刻とは言わないだろう。
「ん……」
不意に駅前、JR上野駅前の花壇を眺めた。色とりどりの花達。その時、玲奈の脳裏にはかの世界、あのSAOの世界での47層のフラワーガーデンと呼ばれている層を思い浮かべた。あの層に比べたら、流石に少ないけれど、丁度並び方、配置が似た感じで同じ色彩だった。
――……もう直ぐ一年なんだ。
それを見て玲奈はふと、そう思ったその一年と言うのは、あの世界 浮遊城から妖精の監獄を経て現実世界へと言う意味。あのALOに囚われていたのは、姉の明日奈だけど 姉が囚われていた時間は自分の時間も凍ったままだった、と言っても姉の後で同じように囚われたけど。それに、大好きな彼も本当の意味では戻ってきてなかったから。姉が解放されて、彼が戻ってきてくれて、そこから現実が始まった。
だけど、自分がこうして現実を生きていることが不思議に感じられる。
この目の前に咲き誇る花々の香り。駅前の広い歩道に整然と敷き詰められた石材。
12月の冷たい風に揺られる並木の梢。そして、平日。週の始まりである今日でも沢山行き交う人たち。目の中に大量に入ってくる情報。
それらは、全てあの世界の様なデジタルコードではないだろう。本物の植物、鉱物、そして生物だ。
彼の眼であってしても、視る事は叶わない。でも、実際に《本物》と言うのはどういう事、だろうか?
この目に映し出される光景だって、網膜を介して、脳が現実だと認識して、映像化されているものだ。その点では、あの世界も相違ない。アミュスフィアから発生される電気信号を脳が認識しているのだから。そして、仮想世界のモノ、ポリゴンとこの現実世界のモノだって根本的には同じだと思える。現実で言えば、原子や分子の集合体。仮想世界で言えば、メモリ素子に留まる電子。ただ、素粒子の種類が違うだけであり、本質的には同じだと思える。
だけど、同じじゃない事は当然ある。
現実世界では あの世界の様に破壊されても元どおりには戻せない。生物は勿論、例え作り物だったとしても 完全な100%同じ代物を作るなんて事は出来ないだろう。
でも、仮想世界では構成するオブジェクトだったら、1バイト、1ビットに至るまで完全に同じものを。
「(ううん……、それは違う、かな)」
玲奈は思う。
あの世界、《浮遊城アインクラッド》
あれは、仮想世界でのオブジェクトだけれど、あの世界が崩壊していったのを目の当たりにした時。
あの世界、あの朱い空の下で目の当たりにした時、喪失感は確かに残った。
あの世界で培われ、育まれ、得られたモノ。それは玲奈にとって本物だったから。
「(う~ん……、リュウキ君の事を想いながら~って思ってたのに、なんだか壮大な事、考えちゃったなぁー)」
玲奈は、苦笑いをした。
待っている間に、彼の事。リュウキの事を思い浮かべながら、待ち時間も楽しみに変えるのが、日課だったんだけど ついあの世界での思い出の1つが頭の中に思い描かれたから。
「でも、あの世界と今の世界。……違いってなんなのかな……? リュウキ君やお姉ちゃん、キリト君の意見、聞いてみたいなぁ」
間違いなく、姉も自分と同じ感覚を持っている筈だから。あの世界で大切な事をお互いが学んだのだから。そう呟いていた時。
「《あの世界》と《今の世界》 と言うのは この現実と仮想世界の事、か?」
突然だった。すぐ隣から、後ろから声が聞こえてきたのだ。玲奈はそれを聞いて思わず、飛び跳ね上がる様に身体が上下した。
「わ、わわっ!?」
慌てて、玲奈が振り返ると、そこにはキャップ帽子をやや深めに被っている彼の姿。その帽子からはみ出た髪はサラっとしていて、女の子顔負けのしなやかさ、キューティクル。
『ケアしてるのかな?』と思わず思ってしまう程だ。
そして、黒無地の下に僅かながらに見えているシルバーっぽい色のTシャツ。首元からは、ネックレスが見えるから、更に『銀を象徴しているなぁ』と思ってしまう。……が、玲奈は思うよりも驚きだ。
「び、びっくりしたー! りゅ、リューキくん??」
「ははは……悪い」
「って もぅっ 悪いって思ってる? 楽しんでるって顔じゃないー??」
「そんな事無いって」
何処となく悪戯顔をしてる隼人を見て、やや頬を膨らませる玲奈。これは恒例行事、挨拶の様なもので玲奈も楽しんでいる様子だ。……隼人が他人にしてるのを見るのは嫌だけど。
「玲奈。ここでは 《隼人》で頼むよ。まぁ 大丈夫だとは思うけど」
「あ、そうだね? ごめんね」
玲奈はキャラネームを使ってるのを言われるまで気づいてない様で。そもそも、隼人よりもリュウキの名前を一番使っている気がするから、間違えてしまっても仕方がない。その辺は、リュウキも判っているから、別段そこまで気にはしてない、筈だ。
「あは、それよりさ。ほんとビックリしたんだよー? だって、いきなりだもん。ひょっとして、転移結晶使った??」
「いきなり、って事は無いだろう? 何時も15分前を心がけていて、今日は……その、アレだったから、もうちょっと早くに来た。20分程前かな?」
「あ、あれ? もうそんな時間だったんだ? う~ん、私ちょっと 《スリープモード》に入って考え事してたみたいだよ。えっと、とりあえず、こんにちは! さっき振りだね? 隼人君」
「ああ。約一時間振り、かな?」
そう言いながら、互いに笑っていた。
「……歩いている時は、辞めておけよ? 現実世界には、オートパイロットなんてナビ機能は無いんだから。……ん?」
「あはは、わかってるよ、隼人君、……ってどうしたの?」
不意に隼人は玲奈をじっと見つけた。そのダークブラウンの瞳を細くさせて。
「ああ、いや、……似合ってるよ。その服、って思って。それに思い出した。……あの世界では見慣れた服装だったから」
「え……?」
玲奈はそう言われて思わず自分の格好を見下ろした。自分自身が来ている服を見て、隼人が言っている事を理解した。
この冬で初めてコートを着ている。白のツイードだ。その下にはアイボリーのニット、赤いアーガイル・チェックのスカート。
つまり、隼人の言っていた『あの世界では見慣れた服装』。
それは今はなきギルド《血盟騎士団》のカラーなのだ。
今思えば、あの世界で、リュウキと結婚をするまでは殆ど毎日があの騎士装だった。着ているのが当たり前だ、って思う程。ユニフォームだから仕方ないって思っていた事もあるけど。
だから、姉のアスナと一緒にリズをコーディネートした時は、本当に楽しかった思い出の1つだ。
「あはは、そうだね。……でも細剣が無いから完全じゃないかな? ……隼人君も銀色を所々で出してるよね? 今度あの銀色のコート、探そうよ!」
「……流石に現実じゃ、目立ちすぎるから、無しの方向で頼むよ」
シルバーアクセサリー程度なら、そうでもないけれど、あの世界の服装を再現しよう物なら、キリトの黒ずくめは勿論、間違いなく血盟騎士団・副団長、副団長補佐の2人よりも目立つだろう。銀色は好きな色だけど、流石にそこまでは……、と思っているのだ。
「あは、今付けてる帽子は、フードの代わりなのかな?」
「……かもしれない、かな」
隼人は、帽子の鍔の部分を触ってそう答えた。玲奈はニコリと笑う。
「でも、あの時のカラーなんだ? すごい偶然、確率だね?」
隼人にめいいっぱい寄ってそう言う玲奈。ほんの一寸の距離にある玲奈の顔を見て、流石の隼人もやや照れた様だ。だけど、直ぐに何時もの様子に戻ると。
「と言っても、オレはそうでもないぞ? あの世界みたいに銀色を全体的に主張してないし、これはフードじゃなくて、帽子だし」
「えー、そう言う時は『そうだね』って言ってよー」
玲奈は小さく唇を尖らせた。でも、直ぐに笑顔になる。
2人はそのまま、腕を組んで歩き始めた。
「玲奈、それよりさっきのだが、間違ってないか?」
隼人は道中でそう聞いた。
「え? あー、うん。聞こえちゃったんだねー。ちょっと恥ずかしいな、独り事言っちゃって」
玲奈は、頭を掻きながら、恥ずかしそうに苦笑いをしながら 俯いた。それを見て隼人は笑い、そして答えた。
「現実世界と仮想世界の違い。それは情報量の多寡。突き詰めればそこに行き着くよ」
「情報量?」
「……ああ。現実に映る光景も仮想で映る光景もそうさ。 膨大すぎる現実世界に仮想世界が追いついていないだけ、とも言えるな。これからどうなるかは判らない。建物も人も生物も。……現実世界では壊れてしまえば、死んでしまえば元には戻らない。……が、茅場の件もあるからな。今後どうなっていくのか,何処まで行くのかは、それだけはオレにも判らないけど」
リュウキの言葉を聞いて玲奈はその言葉の真意を必死で考えるけど、やっぱり リュウキの様に直ぐに理解する事は出来なさそうだった。
茅場晶彦の件は、以前に隼人と和人に聞いたのだ。
脳に大出力のスキャンをかけ、自分自身の全て、記憶・人格、それらをデジタル信号として、ネットワーク内に残すことを試みた。……が、現実世界では彼は死亡したとなっている。否、肉体の死だ。彼の精神が何処へ行ったのか、当時の誰も判らなかった。だけど、彼の行方は隼人と和人が教えてくれた。確かに、彼の精神と会話をしたんだと。
あのALOの世界の頂点で。
「そうだな」
隼人は、考え込んでいる玲奈を見てそっと手をとった。
「え、ええ?」
玲奈は突然手を握られて驚いた様だ。考え込んでいたから、油断をしていたようだ。
「……判るか? 向こうで同じようにこうやって手を握るのと、現実でこうするのとでは、その、やっぱり 違いがあるだろう?」
「え、えっと……」
玲奈は驚きながらも、必死に握ってくれた左手に意識を集中させた。
たった、数秒間の間なのに、膨大な情報量が、頭の中に流れ込んでくる。流れてきすぎて、顔が熱くなってしまう程に。ALO内では、触れ合う掌の弾力、手の暖かさから、冬の冷気を遠ざける温度、そのくらいなら、アバター同士でも十分に感じ取ることはできる。
だけど、やっぱり違う。
皮膚が吸い付くような密着感。掌紋の摩擦感。そして、血流が動機して作り出す微かな脈動。上手く言えないけど、それを総じて《生きている》と感じる事ができる。これは、今の技術では如何に最先端のフルダイブ技術を使ったとしても、再現できないだろう。
「うん……、本物の手の方が、色々と感じられるよ。……うん、りゅう…っと、隼人君の暖かさも。なるほどっ、これが情報量が多い、って事なんだね?」
「そうさ。……ただ」
隼人は、玲奈の手をしっかりと握りながら答える。
「今後、どうなっていくかは誰にも判らない。その時にならないとな。ただ、判るのは技術は日々進歩しているという事。技術的特異点。……優秀な人工知能が更に優秀な人工知能を作り……、そして、その果はない。……際限なく上がる。そんな時代はもう目と鼻の先だ。今のレベルで進化、発展し続けると、仮想世界でも完全に現実の情報量をトレースする事ができるだろう。……そうなったら、感触だけで本物の手とアバターの手、判別出来るかな?」
隼人が言っている言葉はとても難しい。
単純な学力で必要とする知識程度じゃまだまだ。それでも、玲奈には直ぐに答えられる所はあった。
「勿論、できるよ」
その部分を玲奈は笑顔で直に即答した。隼人は驚いた様に目をぱちくりと瞬きを繰り返した。玲奈はしてやったり、と満足そうに隼人の顔を見て補足をする。
「だって、隼人君だもん! 私、隼人君の手なら絶対できるよっ。……でも、他の人だったら、多分無理だけどね?」
「っ……」
まさかの発言を聞いて、隼人の手の温度がわずかに上昇する。そして、手から伝わる鼓動も早まる。……いつも、クールな隼人、リュウキがこんなにもドキドキしてくれてる事に嬉しさも感じる玲奈。
してやったり、と笑みを作って、さらに言葉を繋げた。
「手触りだけじゃないよね。見た目とか、音とか、味や匂いもまだまだ現実世界の方が多いよね」
「ああ。その通りだ。まだまだな部分は多い。だけど、ユイの事もあるから、早く進歩して欲しいとも思うが」
「あはっ そうだねー。向こうに行けば、ユイちゃんに会う事ができるけど やっぱり一緒に暮らしたいな、こっちでも沢山遊びたいなって私も思ってるから。 お姉ちゃんとキリト君の子だけど、私もお姉ちゃんって呼ばれてるからね」
玲奈は、隼人の言葉を聞いて、そう付け加えた。
ユイの話。
これは、アスナやキリト、そしてリュウキとレイナ。
4人全員に共通する話だ。
ユイと触れ合うことができるのは基本的にフルダイブ環境下、つまりはALO内部のみ。そこにも、まだ隔てている壁が存在するが、その壁をもなくなる日はそう遠くない、と隼人は言っているのだ。
その言葉はとても説得力があるし、嬉しい。
「キリトにはしっかりと頑張ってもらわないといけないからな。……ユイにとっては パパなんだから。因みにオレはキリトにとっては息子だ」
「あはははっ!! お姉ちゃんがママでキリト君がパパっ! う~ん、パパにしたら息子に超えられる事は嬉しくも思うんじゃないかなぁ?」
「ならオレがしっかりと尻を叩いてやらないと 行けないか?」
「あまり、強くしちゃダメだよー。……だって隼人君、Sだもん」
「違うって……」
流石にそれは無いと隼人は苦笑いをした。
そして玲奈と隼人は、笑顔のまま 上野動物公園へと足を踏み入れた。
日本で最も開園が古い動物園。
日本一の入園者数を記録する場所と言う事もあり、平日でも見事な程人が多い。旭山動物園と言う対抗馬はあるものの、近年ではやはり磐石の強さを誇っている。
「そう言えば……」
「ん?」
玲奈は、しっかりと隼人の手を握って、門を潜った。そこで、改めて隼人に聞いた。
「今日はどうして動物園かな? って思ってね? 学校では聞いてなかったから」
玲奈は首を傾げた。
動物園には、よく考えたら 2人きりでは来た事はない。
因みに2人で最も多いのは、エギル事、アンドリューが経営している《ダイシー・カフェ》だったりする。
そこは、落ち着ける空間のカフェだから、エギルにとってはいいことじゃないと思うけど、通う時間帯は、お客さんもいないから、2人で楽しむ事だって出来るんだ。明日奈と和人の2人もそこだったりする。
「あー……、それは」
隼人は、何処か歯切れの悪い返事だ。だから、玲奈は不信に思った。
「んー、何か隠してる? 隼人君?」
「い、いや、そういうわけじゃない。……オレも色々とその……、べ、べんきょーをだな」
「勉強?」
思いもしない単語が飛び出してきた。
勉強、と言えば確かに隼人は勤勉だ。元々、幼い頃から 培ってきたモノもあるだろう。基本性能は同学年とは比べ物にならないと思ってる。ただ……、やっぱり 特別視だけはして欲しくないらしい。
本人は直接そう言っている訳じゃないけど、なんとなく判るのだ。玲奈だけでなく、皆、綺堂氏にいわれているお願い事の1つがこれだから。
――隼人とは普通に接して、普通に友達になってもらいたい。
それが、親である綺堂からの唯一の願いだった。
幼い頃から、普通の幸せと言うモノが中々経験出来なかった事を思っての事だろう。してあげられる事はそんなに多く無かったからこそ、強く綺堂は思ったのだ。
その後のことは割愛する。
皆が変わる必要などはない。これまで通り、これからを過ごすだけだから。それより、隼人の事だ。
「その…… 《でーとすぽっと?》とか何とか、行く場所はどこがいい、とか…… いろいろと、きいて……」
「ぁ……」
玲奈はその隼人の言葉を聞いて一瞬頭の中が真っ白になった。
確かに、これまでは行きたい場所を玲奈から言って……が多くて、隼人は喜んで一緒に来てくれて。
それが多かった、気がする。だから。
「うれしい。嬉しいよ、隼人君。……ありがとうっ」
だから、玲奈は笑顔でお礼を言った。今日一番だって、思える笑顔で。
「な、ならよかった。……わからない事はまだまだオレの方が多い、よ」
隼人は顔を紅潮させながら、そう言っていた。
玲奈は、そんな隼人の表情を見て、改めて戒めの様にさせると同時に、強く思う。……そう、彼は凄い人だけど、自分達と何ら変わらないんだ。
皆と何ら変わらない男の子、そして。
「行こっ! 隼人君っ」
――……自分が大好きな男の子だ。
「……ああ!」
隼人もしっかりと玲奈の腕をとり、この動物園へと入っていった。
この動物園ではやっぱりパンダだろう。大人から子供まで皆、大好きだ。そして、タイミングの良い事に、パンダの赤ちゃんも見る事が出来た。笹を食べている姿も愛らしい。子供を見る親も同様に。
いつか自分達にも、子供が。……ユイの様な可愛い子供ができたら、家族が増えたら、と玲奈は考えてしまい、そして顔を真っ赤にさせたのはまた別の話。
丁度、隼人は見てなかったから、玲奈にとっては良かった。
パンダ以外にも、シロクマやヒグマ。迫力満点で、思い切り目の前に仕切ってあるガラスに体当たりをされた時は、本当にビックリした。思わず隼人に玲奈はしがみついた程に。
なんだか、とても微笑ましい、って思われたんだろう。暖かな笑顔に囲まれた。
その前は、『学生が学校をサボってデートか?』と 2,30代のカップルに言われたりもした。理由をちゃんと話しても、信じてもらえずに注意されてしまうかな?と思ったけれど、自分達も若い頃は、学生の頃は~と、何やら勘違いをされたままで盛り上がったのだった。
そして別れる時、今という時間を大切に、と言われた。
そのことをしっかりと胸に刻む2人だった。
上野動物公園を思う存分楽しんだ後。
「もうそろそろ出ないとな。ここは17時までだから」
「そうだねっ」
興奮冷めやまぬままに、名残惜しさも残ったけれど、2人は動物園を後にした。
「2人でくるのも、楽しかったけど 今度は皆とも来たいね?」
「ああ、そうだな」
隼人も頷いた。皆というのは、リズやシリカ、アスナ、キリト達だ。リズやシリカからは、色んな意味の篭った眼差しを向けられるだろう。けれど、2人はそんな事判ってない。
純粋に皆と楽しみたいからである。リズとシリカからすれば……複雑な想いをする一日になるだろう。結局は楽しかった、という結論になるのはご愛嬌だ。
「……キリトが驚く姿は見てみたい」
「あははっ! やーっぱり、隼人君はSじゃんっ」
そう言いながら玲奈は隼人の腕をしっかりと取る。
「でも……、女の子、いじめちゃダメだよー」
「も、勿論だ。いじめてるつもり、無い……って言いたいけど。う~ん……」
「ほどほどが大事なんだよー。(……で、でも 私以外の子にはちょっと)」
「ん? 何か言った?」
「う、ううん! 何でもないよ」
玲奈はブンブンと頭を振った。
つまり、この2人の性質は、SとMで相性ぴったり?な様だ。
「でも、本当に楽しかったよー。東京って自然が少ないかな? って何処かでそう思ってて、偏見だったね。動物園だから、って言えばそうかもだけど」
「ああ、確かにそう言う考えをしてしまうのは仕方ない。ここ東京は日本で3番目に面積が狭い都道府県だ。なのに、人口は他を圧倒して1位。それだけ人が集まれば……だよな?」
隼人は苦笑いをしながらそう言う。それは事実であり、2位に圧倒的に差をつけている。毎年毎年、某有名大学に入学しに来たり、一流企業に入学したり……と際限なく人口は増えているんだ。だから、玲奈の様に思っても仕方がない。だけど、ここ上野もそうだし、23区内だとは思えない程の自然は多い。
「有名な場所で言えば 千代田区にある皇居もそうだし世田谷区の等々力渓谷……。沢山ある」
「あはっ、勿論知ってるよー。だって、世田谷区の宮坂に私の家があるんだもん」
「そうだな。愚問だったな」
「あはは。そんな事ないよ? だって傍で住んでたって、見えない所って結構あるもん! だから、言われないと気づかないみたいなんだよ」
「……成る程」
隼人は笑って頷いていた。
近ければ、住んでいれば何でもわかってると思うのは大間違い。外から見たほうがよく判る所だってあるのだ。現に、観光客の人達の方がよく知っている事だってあった。各々と来る前に勉強をしてきたから、との事だった。
ややショックだったけれど、今では思い出の1つだ。
「自然の中にいると、やっぱり一番思い出すのは22層かなー」
玲奈は空を仰ぎながらそう言う。場は黄金色に染まっていく。自然の色、緑の色、建物、全て例外なく鮮やかに。
あの世界は確かに仮想世界。
情報量を考えたら確かにあの世界の方が劣っているだろう。でも、今は思い出の中に存在するあの家は、この現実にも決して負けていない。色褪せる事はいつまでも無いんだから。
「……オレも同じだよ」
夕日を見ながら隼人も呟く。隼人の中でも、あの自然の層のログハウス、そして彼処で得た思い出、それらは色褪せる事は無いから。
確かに、あの小さなログハウスは、あの浮遊城の崩壊とともに消滅してしまった。
でも、玲奈には温めていた1つの計画がある。……この想いを伝えたのは姉の明日奈にだけ。多分、隼人も和人も思っているとは思うけど、まだ互いに口には出していない。
だから、今の自分達の家は《イグドラシル・シティ》で借りてる部屋。
あの場所が自分達の家、と言う事になる。たまに、ユイが遊びに来たりキリト達も来たり。キリト達も同じ場所で借りてるから、どっちが自分達の家なのか、たまにわからなくなっちゃう事があるから、面白いモノだ。
「ね? 今夜はログインできるかな? 今日の事、ユイちゃんに教えてあげたいんだ。いつか きっと現実世界を見る事が出来る日が来るんだって事も言ってあげたい。だって、頼りになるお兄ちゃんが言う事だもん。ユイちゃん、信じてくれるよ」
「ああ、そうだな。良いよ、今日は仕事は完全にOFFだ。何時でも」
……と言った隼人だったが、突然難しい表情になった。
「あれ、何か他に用事があったの?」
仕事以外にも何か……?と玲奈は思った。他に考えられるのは、綺堂さん関係だったり、ちょっとした接待じゃないけど、優遇した企業への恩赦が思い浮かんだ。だけど、それはどれも違った。
「いや……、正確な日は判らないんだ。……少なくとも、今夜は絶対に大丈夫。……来週まで色々と約束もあるし。でも、玲奈、レイナには言っておかないといけない事があったのを思い出した」
珍しく言いよどむ隼人。……いや、リュウキ。何か心の準備がいる様で、何度か深呼吸や唸ってから、いきなり玲奈の心胆を寒からしむる台詞を発した。
「オレ、近いうちに ALOの《リュウキ》を他のゲームにコンバートさせるかも知れないんだ」
「へー、そうなん………だ………?」
玲奈は普通に返事を返していたけれど、一言一句を完全に脳内再生させた。
そして、それと同時に言っている意味を一言一句、脳内辞書で調べ上げた。優秀な玲奈の頭の中だから、直ぐに辞書は用意出来る。……だけど、今回ばかりは理解するのに時間がかかってしまったのだ。
『こんばーとさせる。りゅうきを、こんばーとさせる。ほかのげーむに』
それはつまり、隼人は。……リュウキは、ALOを去ると言う事だ。
それを理解した瞬間。
「……えええええっ!!」
玲奈の叫び声が響いた。
その突然の声に驚いたのか、近くの梢から鳥たちが数話飛び去っていった。
~????????~
そして時間軸、場所、全てが変わる。
その別時間の世界では薄暮。
低く垂れ篭める雲を傾き始めた太陽が薄い黄色に染めていた。岩と砂ばかりの荒野に点在する、旧時代の遺物である高層建築の廃墟が描く影は徐々に長く伸びていく。……後一時間も待機が続くものならば、夜間装備にしなければならないだろう。
そう、この場所は現実日本では有り得ない光景だ。そして、ALOとも違う光景。
あの妖精の世界とは、似ても似つかない光景だ。そこは無骨な建造物が立ち、そして何処までも続くかと思える荒野。
そう、この舞台は《ガンゲイル・オンライン》である。
時刻は先ほども言ったとおり、もう直ぐにでも夜間になるだろう。そうなれば、暗視ゴーグルを使用した戦い、戦闘になる。そうなれば、この世界がゲームである事をより強く無意識に認識してしまうから、殺し殺されることの緊張感を削がれてしまう。
だからこそ、自分《シノン》の好む所ではなかった。
身も凍る様な緊張感の中、闘いたい。と常に思っている。自分自身は氷で出来ている。
そう、『冷たい氷で出来た機械』
血肉湧き踊る様な戦闘が嫌いな訳ではない。
『ただ強い者と相対し、そして殺したい』
そう思っているだけだ。そして、その願望には勿論訳はある。ただの快楽の為とか、そんな低脳なものじゃない理由が。
それを考えると同時に、嘗ての映像が頭の中に流れてしまう。自動再生を繰り返しているかの様に。
「(……あの男、今度会ったら、殺す。必ず頭を撃ち抜いてやる)」
今ここにいる理由とは違う事を、シノンはなぜか考えてしまっていた。
今は何時、敵が現れても冷静に対処、狙撃をする為に集中力を高めておかなければならない時間帯。なのに、何故かあの男の姿が頭に鮮明に浮かび上がったのだ。
早く標的のパーティーが現れないものか、と思う苛立ちに似たものよりもずっとずっと考えてしまう。
その理由の1つは、判りきっていた。
――……以前、完膚なきまでにやられた借りを返す!
それがシノンの理由だ。決して不意をつかれた訳ではない。狙撃手である自分には圧倒的に有利な場面だった。なのに……。
シノンが嘗ての敗北を思い出し、噛み締めているその時だった。
戦闘を今か今かと待つパーティーメンバーの小声のぼやきが聞こえてきたのは。
そして、この数分後に戦闘に入る事になる。
それは、考えていたモノよりもずっとデカい戦いになる。
この時の彼女は、勿論メンバーの誰ひとりとして、それを知る由も無かったのだった。
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