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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第163話 ガンゲイル・オンライン


 血腥い空気がまるで漂っているかの世界。
 無機質な建物と果てしなく続く広野広がる世界。

 その世界はただただ殺戮に特化した銃の世界。

 この世界を形容しようとしたら、それらの言葉が並ぶ。


 その世界の名は『ガンゲイル・オンライン(GGO)


 この世界では、至る所で銃声が鳴り響く。……一度、外へ出れば 銃声が鳴り止む事は無い。


「ふふ。……たまには悪くないな」

 そこはGGO世界の首都《SBCグロッケン》の酒場。男はカウンター席に腰掛けワインを楽しんでいた。

「ベヒモス。……成る程 随分と楽しそうなプレイスタイルだ」

 男は、メッセージ・ウィンドウを見ながらそう呟いていた。

 その内容は戦績を伝えるモノだった。送信主は、最近は用心棒を請け負って、更に稼いでいるらしい。弱者を守っていると言う状況は、高揚感も齎してくれるのだ。

「……色んなプレイスタイルはあるが、やはりこっちの方が好感は持てる」

 男は、そう呟くとメッセージを閉じた。
 その内容の中には強い奴と戦いたいと言う内容もあった。『自分とまた、戦いたい』とも。

「……だがまだ 甘い。私は勿論 あの御方にも」

 男は、足を組み替えし、そして軽く笑った。これまで、ベヒモスとは何度か相対した事はある。

 (ベヒモス)のスタイルは完全STR一極型である。

 それは、重火器兵器を使用する為、常に過重状態で移動ペナルティをも辞さないスタイルだ。正面から衝突しようとすれば、大惨事になりかねない相手だが、この世界(GGO)では、それ一択で勝てる程甘いものではない。

 何度かそれを証明している。そしてベヒモスに証明し、その度に ベヒモスは戦闘法を変えてきたり、武器を変えてきたりしているのだ。そして最近でも武器を変えた様だ。

「無痛ガン、とはな。……相当ツいていたのか。はたまた 大枚をはたいたのか……」

 最近手に入れた重火器武器、兵器を知ってため息を吐いていた。


□ 無痛ガン

 正式名称 GE・M134(機関銃)
 GE社製M61A1(バルカン砲)を小銃弾サイズにスケールダウンしたモノ。その開発の経緯から『ミニガン』の通称で知られている。彼が無痛ガンと言ったのは、秒間100発と言う狂気の速度で銃弾がばら蒔かれる。もしも、生身の人間がこの銃の餌食になろうものなら、痛みを感じる前に死んでいるであろう。そう言う意味で、『無痛ガン』とも呼ばれているのだ。

 色々と考えている内に、ある男が1人、同じカウンターに座った。

 挨拶などはなく、ただ無言で座り、そしてじ、っとカウンターを見下ろしている。別に隣接した相席となった訳でもなく、3席程離れているから問題視はしてなかった。

 そして、更に数分後。

 酒場に備え付けられたモニター、ホロパネルに映し出される。全体的に薄暗い店内、その中央に高く映し出されたそれは、酒場を光で照らす様だ。……が、内容はプレイヤー達にとって良いものではなかった。

敏捷値(AGI)万能論なんてものは初戦、単なる幻想なんですよ!』

 モニターに写っている男のその一声で更に酒場がざわつく。

 丁度、番組が始まった様だ。

 そのキーの高い男の声は更に続いた。

『まぁ、確かに敏捷値(AGI)は重要なステータスです。速射と回避、この2つの能力が突出していれば十分に強者足り得た。……これまでは(・・・・・)、ですがね』

 この放送は、ネット放送局《MMOストリーム》の人気コーナー、《今週の勝ち組さん》である。

 現実世界でも見る事は勿論出来るが、こうやってVRMMO内でもその様子を見る事は出来るのだ。
 特に今回の第目は、今いる世界。GGOのプレイヤーの話。それもあってか、何処の酒場、公共施設に言っても、これは放送されている。

『しかし、それはもう過去の話ですよ。8ヶ月かけて敏捷値(AGI)をガン上げしてしまった廃人さん達にはこう言わせてもらいますよ――……ご愁傷様、とね』

 嫌味たっぷりと言ったその口調に、広い店内のそこかしこからブーイングが沸き起こる。どんなゲームであっても、トッププレイヤーと言うものは妬まれるのが世の常であり、この世界でもそれは例外ではない。
 醜い嫉妬と言えばそうなのだが、この放送に出演している彼に関してはそう簡単に言える話でも無いのだ。

 別に興味が無さそうにワインの続きを喉に通している彼と、新たに来訪してきた彼はモニターは見ずにただ座っていた。

 その表情こそは、頭まですっぽりと覆ったマント型の迷彩服で見えないが言い様のない不快感を表しているのは雰囲気から感じ取れた。僅かにだが、その拳が震えている様にも見える。

「(……似たようなモノだな)」

 視界の端で、それを見た後、くいっと最後までワインを飲み干した。

 ここで、騒いでいる彼らと、影で憎んでいる彼。その違いは一体何処にあると言うのだろうか?悔しければ自分自身で頑張ればいいし、鍛え上げればいい。所詮はゲームだ、と言う声もあるだろうが、その努力は決して無駄にはならない事もある。
 従来までのネットゲームでは、そうでも無かったが、この自分自身の身体を使ってプレイするVR世界で培った力は、現実世界でも更に色濃く反映される事も多かった。良い話であれば、人見知りで誰かに話しかける様な事が無かった人物が、VR世界で活躍し、頼られる存在となった。そこで自信が出てきたのか、現実世界でも誰かに話す事が出来る様になったのだ。モニター越しのプレイではなく、体感型のプレイの違いとも言えるだろう。

 ただ、悪い話をすると、他人を蹴落とす 罠を仕掛ける。悪意を常に持つ。
 
 それらを現実世界に持ち込み、犯罪に走ったプレイヤーも少なくはない。

 いい意味でも悪い意味でも、この世界と言うものは現実に反映していくんだ。


 司会進行役のテクノポップな衣装に全身を包んだ少女が甘い声で言う。

『流石は 全VRMMO中最もハードと言われる《ガンゲイル・オンライン》のトッププレイヤーだけあって、おっしゃることが過激ですネ!』
『いやあ、《Mスト》に呼ばれるなんてひょっとしたら、一生に1度でしょうしね。ですから、言いたいこと言っちゃおうと思って』
『またまた~。今度の《バレット・オブ・バレッツ》も狙ってらっしゃるんでしょう?』
『そりゃもちろん、出るからには優勝を目指しますけど、ね!』

 言葉に合わせて、派手なブルーシルバーの長髪をかきあげて不敵に宣言した。それに合わせる様に、この放映されている酒場内でもブーイングの嵐が沸き起こる。

 この出演している男達2人を紹介すると、彼らはガンゲイル・オンライン――通称GGOで先日行われた最強者決定バトルロワイヤル、通称バレット・オブ・バレッツ(BoB)の優勝者と準優勝者である。

 もちろん、回りからブーイングを受けているのが優勝者だ。

『あ、そうでした! それに、ここMMOストリームでは、何度か囁かれている事ですが、また()が舞い戻ってくるかもしれませんよ~?? 最近では、その噂で持ちきりなんですよ!』
『彼?』
『ええ! このVR世界が普及する前のMMOで常にトッププレイヤーとして君臨し、様々なスコアを残した。1つのゲームなら、それはありえそうですが、複数のジャンル問わないゲームで戦績を残した()の事です。……いつまた現れるのか、それも、正直愉しみなんですよネ~』

 その言葉を聞いて、有頂天だった男の表情が一瞬固まった。
 それを見た酒場の連中は、胸のすく思いをしていたが、ただそれは、矛先が変わるだけだ。もしも、今の彼ではなく、進行役の彼女が言う彼に成り代われば、その嫉妬心の向ける方向を変えるだけだろうから。

『ですから! 私はいつも聞いちゃうんですよー。今週の勝ち組の皆さんに。『伝説がもどってきた時、どーしますか?』 と』

 ゼクシードは直ぐには返答出来なかったが。

『……ふふん。そりゃ勿論、GGOは そんなぽっと出のプレイヤーがきた所で太刀打ち出来る様な簡単な世界じゃないですよ。……ま、僕の前に来たら、早速洗礼をしてあげますけどね!』

 漸く強気を取り戻したようで、そう答えていた。

『おぉ~~、イイますね。流石っ!』
『とーぜんでしょ? VR世界が普及してから、その彼が出て来てる情報はありませんし。ああ、それは貴女の方が詳しいと思いますが。ま、同じ名前なら見かけた事はありますけどね。トッププレイヤーともなれば、0ですが』

 そう、彼のHNは一般的なHNだ。特に凝った風にしている訳でも無い。

 会話の流れから判るだろう。司会の彼女は勿論、ゼクシードも、そして隣で黙っているもう1人も、その()については知っているのだ。
 それほどまでに、噂は噂を呼び、この世界で蔓延しているのだから。

『とまぁ、もしもこのMMOストリームを見ていらっしゃるのなら、堂々と宣戦布告をしてやりますよ? 『是非お越し下さい。お待ちしておりますよ』と、ね!』

 最後にはニヤリと笑い、ふてぶてしく頭を下げた。どうやら、それ相応の自信がゼクシードにはある様だった。

『しかしねぇ、ゼクシードさん』

 そんな時だ。
 隣に座っていた男が口を開いた。長々と自慢話を聞かされた上、いるかいないか判らない伝説に向かっての宣戦布告。GGO内じゃ、絶対の自信を持っていると言わんばかりの顔。それらを受けていて、堪りかねたように口を開いたのだ。

『来るかどうか、判らない彼の件は置いといて、話を戻しますが。 BoBはソロの遭遇戦じゃないですか。状況によって戦況は変わっていく。つまり、2度同じ結果になる保証はないわけで、《ステータスタイプ》の勝利みたいに言うのはどうなんですかねぇ』

 今GGO世界にいないプレイヤーの事よりも、現段階の世界の話に戻した。だが、ゼクシードは今回は即座に反論した。

「いやいや、それについては今回の結果は、全GGO的傾向の表れと言えますよ。闇風さんは敏捷値(AGI)型だから、否定したい気持ちもわかりますがね。……それに、確かに。現段階で、いないプレイヤーの事は、今は置いときましょう」

 そう言うと、ゼクシードと呼ばれた男は立ち上がる。

「……これまでは、確かに敏捷値(AGI)をガンガン上げて、強力な実弾火器を速射するのが最強のスタイルでした。同時に回避ボーナスも上がるので、耐久力の不安点も補えましたしね。でも、MMOって言うのはスタンドアローンのゲームとは違って、刻々とバランスが変わっていくものなんですよ。特にレベル型は原則的にステータスの組み換えができないんだから。常に先を予測しながらポイントを振らなきゃ。そのレベルゾーンでの最強のスタイルが次でも限らない。ね? 考えれば分かることでしょう。 今後新たに出現する火器は、装備要求筋力値(STR)も、命中精度もどんどん上げっていきますよ。回避しまくって無傷で切り抜けようなんて甘い考えがいつまでも通用するわけないんです。それが、僕と闇風さんの戦闘結果でしょう? 闇風さんの弾丸は、僕の耐弾アーマーで減殺されてましたし、逆に命中精度の高い僕の銃は、7割方命中した。 つまり、はっきり言えばこれからはSTR-VIT型の時代ですよ」

 長々と、そして高々と宣言するかの様なその物言いは、別に闇風でなくとも、あのゲームをプレイし、敗れてしまった者たちからすれば、不快感はどうしても出てしまうだろう。惜しくも敗れ、準優勝に終わってしまった闇風も悔しそうに顔を歪めていた。だが、反論がない訳ではない。

『……しかし、それはゼクシードさんが大会直前に要求筋力値(STR)ぎりぎりのレア銃を入手した結果でしょう? 幾ら払ったんです、あれ?』

 そう、ゼクシードが最強足りえたのには、その部分が大きくウエイトを占めるのだ。その甲斐もあって、闇風に競り勝ったんだと言う話も多数上がる程だ。
 だが、ゼクシードは笑った。

『いやだなぁ、自力ドロップですよ勿論。そういう意味では、最重要ステータスは、リアルラックということになるかもですね、ははは!』

 意に介さずに、笑い飛ばすゼクシード。
 まるで、他人を小馬鹿にしたかの様な笑いは場に言い様のない雰囲気を生み出した。その発生源は、自分の右隣の席で座っている頭までマントで覆い隠した男のモノ。

 その視線は、ホロパネルの方にいつの間にか向いていた。怨嗟を込めた視線。

 表情が見えないと言うのに、睨んでいる事は直ぐに判った。そして、何やら右腕を動かしている様だ。その右手の先、向かっている先は腰辺り。恐らく腰に付けているであろうホルスターに向かっているのだろう。

「………」

 この時は、さして気に求めていなかった。
 この銃の世界に置いては、こう言う行為は日常茶飯事だと言っていい。酒場だろうが街中だろうが、銃を撃つ事は何ら珍しくはない。ただ、撃ってもあまり意味はない。人にはダメージが通らない圏内であるし、建物等のオブジェクトは破損するが、直ぐに元どおりに戻るからだ。

 詰まる所、完全に自己満足なのである。
 そして、それから覚める頃には、自身の財布事情を思い複雑な気持ちになるのが常だ。

「けっ、調子いいこと言いやがって、昔 敏捷値(AGI)型最強って言いまくってたのはゼクシードの奴自身じゃねえかよ」

 別テーブルでは、そんな会話もあった。その会話に男の身体が、ぴくりと動く。

「今にして思えば、ありゃ流行りを ミスリードする罠だったんだろうなぁ……。やられたぜ、まったく……」
「ってこたぁ、あのSTR-VIT最強ってのも、(ブラフ)か?」
「かもな。……じゃ、ほんとは何が来るんだろうな。ん? やっぱ LUKガン上げか?」
「……お前やれよ」
「やだよ」

 最後には笑い話にしている所を見ると、何だかんだ言ってもそこまで、大して不満に思っていないのだろう。少なくとも、この隣の男よりは。

 そんな時だ。
 
 男がゆっくりと立ち上がっていた。衣擦れの音も、椅子を引く音もまったく聞こえなかった。それこそ、幽霊かと思える程のモノだ。
 だが、それは喧騒の様に沸き立つ、この酒場内だからだ、と言う理由もあるだろう。

 そのまま、ゆっくりと一歩、一歩と進んでいく。


 その男を見て、本能的に何か嫌な予感が走った。


 これは、長年積み重ねてきた自分自身の勘が告げている。

――……何かが起こる。そう直感した。




「……愚かな者たちよ。恐怖するがいい」



 彼の呟きは、喧騒の中に呑まれ、誰の耳にも入らない。だが、その行為は見ることが出来た。ホルスターから、無骨なハンドガンを抜き出した。ギラリとブラック・メタリックの輝きを放つ自動拳銃(オートマチック)。 形状から、ベレッタ……、いや、トカレフだろうか? と思った。そして、その銃がなんなのかは確信した。
 グリップ部分を握りこむ前に、見えた星の形をした刻印を見てだ。

 通常なら有り得ない程、この男に意識が集中している自分がいる事が不思議でならなかった。

 そんな思考を張り巡らせている事などまるで知らない男はと言うと、そのまま スライドを引き初弾を装填する。そして、銃口を上空……、あのホロパネルに向けた。

 流石に酒場の中央で、そんな行動をすれば回りに気づかれる。気づいたその殆どのプレイヤーたちは、失笑をしていた。その無意味な行動に。

 だが、そんな事はお構いなく、男は一頻り この仮想世界の空気を腹いっぱいに溜めると、大声と共に、吐き出した。


「ゼクシード! 偽りの勝利者よ! いまこそ、真なる力による裁きを受けるがいい!!」

 
 大仰な言葉を並べた男はそのまま銃口をモニターに写っているゼクシードへと向けた。呆気に取られる他のプレイヤー、だが次第にその表情は嘲笑に変わった。そうしている内に、あの男は左手で十字を切った。

 そのまま……、引き金を絞る。

 スライドがブローバックし、発射炎が黄色く輝いた。

 ブローバック、と言ったが、あの拳銃は確かショートリコイル式、だったとどうでも良い事を軽く考え直していた。

 そんな感じで、銃弾が〝だぁん!〟 と言う音と共に発射され その弾丸が軌跡を残しながら瞬時にモニターに映るゼクシードの額に直撃した。ライトエフェクトを散らしたが、それだけだった。映像の中の彼は、まだ盛んに口を動かしており、何ら問題はない。

 それは、当然の事だ。

 この場には彼はいないし、何よりこれはゲーム内。真なる力なんてものは存在しない、全てデジタルコードで具現化されたものだから。

 店内の嘲笑は次第に大きくなっていった。それらに被さって、ゼクシードの台詞が流れた。

『……ですからね、ステータス・スキル選択を含めて、最終的にはプレイヤー本人の能力と言うものが………』

 その時だ。突然、異変は起きたのは。

 ゼクシードは、最後まで言い終える事ができず、口を開けたまま、目を丸くして凍りついていたのだ。その手がのろのろと、何かを掴もうとしているかの様に、天へ向かい、そして最後には胸を抑えた。

 その瞬間、彼のアバターはふっと消失してポリゴンの椅子と《DISCONNECTION》と言う回線切断のシステム表示だけがその場に残されていた。


『あらら、回線が切断されてしまったようですね。直ぐに復帰すると思いますから、チャンネルはそのままで……』

 司会進行役がそう説明をするけれど、このGGOの店内では誰も言葉を発する事は無かった。静寂に包まれるこの空間。視線だけが、彼に注目していた。誰もがその行動に、異常性がある事に気づいた。そして、偶然かも知れない、ただ落ちただけだろ、と思っている筈なのに、殆どのプレイヤーが畏怖する様に彼を見た。

 そうして、男は一回りすると、黒い銃を高々とかざして、叫んだ。


「……これが本当の力、本当の強さだ! 愚か者どもよ、この名を恐怖とともに刻め!」


 そして、大きく息を吸う。

「オレと、この銃の名は《死銃(デス・ガン)》だ!」

 叫び終えると同時に、そのマントの頭のフードから男の表情が見えた。いや、厳密には表情は見えていない。まるで髑髏の様な仮面をすっぽりと被っているのだから。





「……デス・ガン、直訳で死の銃か」


 静寂に包まれるこの酒場内で、再び声が響いた。決して大きな声じゃないのに、いやに響く。

 死銃を名乗る男は、当然その声に気づいた。表情こそ、その仮面に隠れて見えないが、困惑している様だ。誰もが恐れおののいていると思っていたからだ。

「真の力。まだ 裏付けは取ってないから 何とも言えないが……。君には色々と話を聞く必要がある様だ」

 場の殆どのプレイヤー達は、今実際に起こった出来事を見て 畏怖していると言うのに、全く意に返さず、……死銃(その銃)をまったく恐れずに、近づいていっていた。

 それを見た 死銃は一瞬だけ、後ずさろうとしたが……。

「……お前は、誰だ?」

 完全に正面に向きなおした死銃は、近づいてくる男を見据えた。

「名乗る様な名前じゃない。……しがない只の一匹狼気取りの老害さ」

 そう答えると、かぶっているハットの鍔部分をきゅっと握った。

 その仕草には芝居がかかっていると思えるが、それはお互い様だろう。

「……ゼクシード()は、戻らない様だ。……今 何をした?」
「見て、無かった、のか? ……この、真の、力を使って、葬った。……それだけの、事、だ」

 今度は、死銃の方が、妙な口調をしながら話しだした。

「ほぅ……」
「貴様も」

 死銃は、その銃を構えた。

「何れ、知る事に、なる。……この力を、その身で」
「……成る程。……が、今じゃないのか? あの男の様に」

 まるで、駆け引きをしているのかと思える様なやり取りが続く。

 死銃はニヤリ、と笑った気がした。

「今は、その時、じゃない。楽しみに、してろ」

 そうとだけ言うと、そのまま素早く右手を動かし操作。この場から姿を消した。


「……っ、しまった。逃がしたな」


 男は、軽く舌打ちをすると右手を動かした。

 ワインの代金、クレジットを支払う。
 この世界では、基本的に何かを購入をする時は前払いなのだが、酒場では雰囲気を大事にしているのか、飲んだ後に勘定を払う仕様になっているのだ。

 支払いを済ませた後、彼も死銃の後を追うように、この場から姿を消した。





「な、なんだったんだ……? いまのは」
「悪い夢でも見てたんじゃないか……?」


 場に残された者達は、ただただ困惑をし、言い知れぬ恐怖感だけが残されていた。


――……そして、《Mスト》の方で あの前回BoB優勝者である《ゼクシード》が戻ってくる事は無かったのだった。















~????????~



 あの世界から帰還し意識が覚醒した。そして、ゆっくりと目を開いて身体を起こした。その横では、心配そうな表情をしている者がいた。

「……どうかしましたか?」

 ニコリと笑いながらそう聞く。何故そんな顔をするのかが判らない、と言った様子だった。

「……心配したんですよ! 突然妙な事が起こって、それこそ ホラーみたいな雰囲気が滅茶苦茶漂っていたのに、そこに何ら躊躇せずに突入していった貴方をモニター上で見てっ!」

 背広を着た女性が腰に手を当てて怒っていた。肝が据わっている、どころの問題じゃないのだ。そして、軽くため息を吐いた後。

「サイバー犯罪が往来しだして、色々とご協力をしていただいてるのは嬉しいですが、心臓に悪いですよ。もうちょっと慎重に行動した方が良いと思いますが」
「そうですね。……ですが、私は大丈夫です。……ただ、この世界については 私もそうでしたが、坊ちゃんも私以上に注目されている世界ですからね。妙な事件が起きるなら、その芽を摘んでおきたかったと言う気持ちが強いですね。言い様のない雰囲気を纏っていた者ですから」

 ため息を吐きながらそう言う。
 GGOに関しては、以前よりずっと前から視察を名目にダイヴしている。それは正式な依頼だ。

 世界の種子(ザ・シード)が表れ、仮想世界(VR)が普及しだした。それと連動する様に蔓延したのは、仮想世界での犯罪行為だった。

 それは、ちょっとした悪戯から、悪質な代物まで幅広く行われている。
 それらに目を光らすのは運営の仕事だが、パトロールと言う意味で、外部から直接視察する事もあった。
 それが、今回の事だ。

「不正操作・行為、悪質な恐喝等の行為くらいはあるかと思いましたが……、まさか あんな行動を取る者がいるとは思いもしませんでしたよ」
「その割には、淡々と入っていったみたいですが?」
「いや、なに 昔から度胸だけはありましてね。……少々経験も積んでいます。歳の功、というヤツですよ」
「はぁ……、やはり 貴方には敵いませんね。いろんな意味で凄い人です。ゲーム内ではキャラや口調も変わってましたし」
「ふふ、私も色々とこれまでにもしてきましたからなぁ。歳甲斐もなく ワクワクしたのか、この世界に感情移入もしてしまうのです」

 そう笑いながら言うと、彼女をすっと見据えた。

「それと、私の事を凄いと言いましたが、私も貴女に言える事なんですよ。 近頃は貴女の様に熱心な若者は減ってきている、と正直思いもしました。……今回の依頼も直ぐに返答をしたのは、その姿勢を見たから、と言う事が大きいです。……それこそ、菊岡氏だけであれば、それこそ躊躇する所でした」
「……あぁ、彼はあれでも悪気は無いんですよ。ただ、色々と悪巧みを知てる様な顔をするのもそう。本当にしてる事もありますが……、まぁ、とりあえずは 信頼は出来る人です」
「それはそれは。……同僚相手に、随分と手厳しいですね」

 そう言っている内に、笑顔も見られる。だが、それは数秒間だけだ。

「……ゼクシード氏について、調べれますか?」

 話を戻した。
 今も《MMOストリーム》の番組内では彼は戻っていないのだ。

 あの男、死銃の言葉が本当であったら…… 悪い予感しかしないのだ。


「直ぐには、無理ですね。GGOを運営している《ザスカー》は海外を拠点にしていますし、令状を持って問い合せても直ぐには……、それにただそれだけで、そもそも令状を取れるかどうかも怪しいです」
「……そうですか」
 
 現実世界を仮想世界には持ち込みたくないのは、一般的には誰しもが同じだ。その逆も然り。故に、ゼクシードという人物を現実世界で見つけるのは難しいだろう。
 それなりに、確証、証拠が上がって捜査対象にならなければ、本格的に捜査をする事自体が難しいのだ。

「……色々と大変な事になりそうですね。今回、死銃とやらに会えたのは全くの偶然なのですから……。それにもう1つ心配ごとがありました」

 身体を軽く廻し、眠っていた身体に活を入れる様に起き上がる。。

 心配なのは()の事。

 ……彼は、このゲームについてもかなり興味津々に見ている。
 もしも、SAO事件等が起こらなくて、健全なゲームが続いていて、このゲームが発売されたとしたら……、SAOよりも、ALOよりも、その世界へと飛び込んでいる可能性も高いのだ。

「親の苦労子知らず。かもしれませんね。 そして子を心配する親は大変です。……それは親であれば誰もがそうだと思いますが。……その子供の能力が凄すぎるというのも……」
「ふふ。まぁ 全力で私はサポートをするだけです。坊ちゃんに危害が加わらない様にね」

 そう言うと、身体を起こした。そして、立てかけた上着を羽織る。

「それでは、また。……経過についてもよろしくお願いします。渚さん」
「はい。ありがとうございました。……綺堂さん」

 挨拶を交わすと、そのまま扉を開けて出て行く。

 もう、外は暗闇だ。

 闇の空を眺める。
 いつもの空だと思えるのに、何処かいつもよりも深い闇に見えた。



 また、何かよくないものが、あの世界で生まれたのだろうか……、と、2人の頭の中に、不意に過ぎっていたのだった。






 
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