ソードアート・オンライン〜Another story〜
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Extra Edition編
第162話 終わらない冒険
そして、場面は現在に。
そんなユイの想いについては、この場にいる全員が知っている。
キリトやアスナ、リュウキにレイナ。4人が皆を誘ったのだから。
皆もユイの為に、と快く賛同してくれた。だけど……、問題点はある。そんなに大きなクエストじゃなく、信憑性に乏しいと言う事。
「おい、キリト。マジなんだろうな? このクエストにクジラが出てくるって話。ユイちゃんすっげー楽しみにしてたぞ? これで、クジラじゃなくって、クラゲだったり、クリオネだったりしたら、洒落になんねーぞ」
「うーむ、巨大クリオネなら、ちょっと見てみたい気もするけど」
クラインの言葉のなかで、興味があったのは巨大クリオネ。……はっきり言ってどうでも良い事だと思えるから、先に話を進めよう。
「まぁ、そうだったら次回に期待する。ユイには申し訳ないが……、何なら、ユーミルの方で仕事してもいいか」
戻ってきたリュウキがそう皆に言った。
外見から考えたら、リュウキが働いてるなんて、誰も思わないだろう。だけど、その証拠と言うのは以前見せてもらっているから、疑いようがない。……だが。
「馬鹿言うんじゃないって。あのハードスケジュールの上に、まだ何か持とうって言うのか? 綺堂さんもそうだけど、レイナが怒るぞ。リュウキの仕事に口出し~は、ちょっとオレには正直厳しいものがあるが、 オレから言えるのはこれだけだ。あまり、無理するなよ……」
「へへぇ~、出来る男は出来る仕事量も半端ねえンだなぁ」
キリトは止めに入り、クラインは何処か羨ましそうにしている。
嫉妬心と言うものが出ているんだとは思うが……、これは恒例行事であり、本心、本気で言ってる訳じゃないのは当然だ。
「まぁ、リュウキなら やってしまいそうだが……、これ以上時間を取られる方が難点なんじゃないか?確かに、クジラがいなかった事を考えたら、ユイが悲しみそうだけど、お前さんに会えない時間が増える方がもっと悲しみそうだ」
「ん……そう、かな。わかった」
エギルにも諭されて、リュウキは恥ずかしそうに頷いた。RYUKIが復帰してからと言うもの、仕事依頼の方が殺到してしまっていると言う現状もあった。仕事を選べる立場にはあるにはあるのだが……、人と関わってはいないものの、それなりに、信頼関係と言うものは出来上がっている。綺堂との絡みもあるし、無下に断ったりするのには抵抗があるのだ。だけど、その辺の管理は綺堂がしてくれている。曰く、もう一山は超えそうだと言う事。それを越えれば、暫くは大丈夫だと。
新婚夫婦の間を割く様な真似はこれ以上はさせたくないから、と。
「////」
リュウキは綺堂に言われた事を思い出してしまった様で、頬を赤く染めていた。
「ん? どーしたんだ?」
「い、いや、何でもない……。それより、エギル。このクエストの情報は無いのか? オレの方では、ちょっと色々と合って、探りは入れれてないんだ」
「ああ、それがなぁ? なんせ、こんなワールドマップの端っこにあるクエストだから、知っている奴が少なくてな。……ただ、クエストの最後にどエラいサイズの水棲型モンスターが出てくるのはマジらしい」
その言葉を聞いて、とりあえずホッとする。
水棲型モンスター、それもかなりの巨体であれば、可能性としてはあるだろう。そして、クジラと言う言葉が出回っている以上、更に期待出来る。
「おおっ!! そりゃ、結構期待出来るんじゃねーか?? うっしゃあ! 今日は頑張ろーぜ!!」
クラインは、ビーチチェアからひょいっと飛び起きると、腕に力こぶを作った。大分気合が入っている様だ。……なんだか、邪な気配も感じるけど。
「みなさ~~ん! そろそろ出発の時間ですよーー!!」
クラインは、大声でまだ海で遊んでいる女性陣達を呼んだ。
そして、邪な気配の正体判明する事になる。
「はぁ~い! 今行きまーす」
アスナも遊びに参加していて、ビーチバレーボールを受け止めた。
「むー、お姉ちゃん! また 今度再戦だからねー!」
「あはは。いつでも、受けて立つよー!」
何やら勝負をしていたらしく、レイナが劣勢だった様だ。皆でパスをし合っていたけれど、レイナは狙われたのかな?
「む~……」
リズは何やら不機嫌だった。良い所で邪魔された~とか思っている様子だ。……何をしようとしていたのかは、判らないけど。
一先ず遊びを止めて、海から上がる5人。5人とも並んで歩いて帰ってくる。
「……むふっ」
そして、クラインの鼻の下が伸びきった。
美人5人の水着姿を見て……。
スタイルも抜群であり、美○、巨○……貧○、と揃っている。
誰が??と言う質問には個人情報の観点から、お答えは出来ませんが……。歩いてきている姿は本当に絵になっているのだ。太陽の光が降り注ぎ、浜辺に反射、輝きを纏っている5人は本当に美しい。
「う……うぉぉっ!!」
近づいてくる度に、クラインの興奮度は増すばかり、正直。
『うるさい』
と言いたかった、というか、口に出して言ったリュウキだったが、クラインは、まるで頭に入っていない様だ。彼女達しか見えていない様だ……。
そして、ある程度近づいてきた所で。
其々が、メインメニュー・ウインドウを開いて操作。装備フィギュアの武器防具一覧を選び、水着装備から其々が持つ最高の装備へと変えた。
「……へ?」
それを見た瞬間、クラインの目から光が消えた……。絶景が消え失せると殆ど同時に。
「あ、あれ? みなさん……? クエスト中はずっと、その御装備で??」
クラインは未練たらしく、そう聞く。と言うより当たり前だろう。海の中と言わず、水の中では動きやすい水着装備を……とも考えられなくもないが、これはクエストであり、勿論戦闘もある。そんな裸装備では、あっという間にやられてしまうから。
「あ~ったり前でしょ? 戦闘するんだから。……あんたもさっさと着替えなさいよー」
リズは、判っていた様に、そう言い、そして去った。
「……それが普通だ。海の中だから~と思ったかもしれないが、行く場所は水中ダンジョン。防具を着けていても、動きは問題ない。アスナもいるしな」
リュウキがそうとどめの一言を言うと……。
「………ぁぁぁぁぁ」
まるでこの世の終わりの様な表情をしながら、ガクリっと膝から崩れ落ち、地面の砂浜に手をつけていた。
……一先ず、クラインは とりあえずほっといて、話を先に進めるのは皆が同じ様に思っていた。
「えー、僭越ながら、今回のクエストではオレがパーティ・リーダーを務めさせてもらいます。クエストの途中で目的の大クジラが出現した場合は、オレの指示に従ってください」
『はーい!』
「うむ」
「ああ」
キリトが、今回のパーティリーダーを務め、皆を纏める役だ。その言葉に、皆は元気よく返事をした。
「このお礼は、いつか精神的に。それじゃあ皆、いっちょ頑張ろう!」
『おおーっ!!』
『おう!』
「きゅるるっ!!」
クエスト前の円陣も完了。
気合が入る面々だ。約1名は、まだ項垂れている為、とりあえず置いておく事にしていた。
そして、その後。
「ね? そういえば、リュウキ君はやらないの? リーダー役!」
ふわりと身体を翅で浮かせると、レイナはリュウキの傍まで移動し、そう聞いた。
「ん、オレには似合わないよ。出来るのは視野が広い者だけだ。責任感とか、器質とかもな。……キリトなら、申し分ないだろう?……レイナは何か不満があるのか?」
「や、違うよー! そんな事無いって、ただ……リューキ君も、負けてないって思うからさ?」
ニコっと笑ってそう言うレイナ。リュウキは、頬を指先で ポリポリと掻きながら、少しテレ笑いを浮かべた。
「あー、ごほんっ。因みにな……」
そんな時、キリトがわざとらしく咳払いをしながら傍にまでやって来て……。
「頼んでも辞退するんだよ。リュウキは。……初見のクエスト絡みじゃ、どー考えたって、経験豊富なリュウキが適任なんだけどな? それに、視野が広いものって……自分のこと、絶対棚に上げてるだろうに。眼に関する項目なんか、全部リュウキだろ?」
「……煩いな。別に良いじゃないか、キリトで……」
「リュウキ君は恥ずかしがり屋さんだもんねー? 顔なじみのメンバーなのにさ?」
「あ、アスナまで! ……そ、そんな事は……」
「にっししー、なーら、今度の《ミスリル・インゴット》入手の限定クエストも手伝んなさいよー。フレンドの中でも欲しがってる奴、何人かいるし。勿論、リュウキがリーダー職でね?」
「………り、リズ」
「あ、リュウキさん! 私もピナの、テイムモンスター達のブーストアイテム入手クエ、手伝っていただけませんか?? 同じケットシーのお友達の中でも欲しい人、いますので。皆、リュウキさんにリーダーをしてもらいたいって思ってますっ!」
「………シリカ」
「う~~ん、あたしはね~……」
「………」
どんどんリュウキに乗っかいく面々。リュウキはだんだん言葉を話さなくなってしまった。
「ま、Sってのは打たれ強く無いのが世の常だからな」
「成る程……」
傍から見ていたエギルとキリトは、リュウキを見ながらそう言っていた。途中から、皆してからかっている様子も見て分かる。レイナなんか、間違いなく確信犯。悪戯顔をしてるから。
そして、更に。
「おーおー、辛いなぁ? モテる男はよー!」
クラインだ。
……いつの間にか、復活していたらしい。それを見て聞いたリュウキはというと、軽く苦笑いをした後。身体を、空中で、ぎゅるぎゅるぎゅる~~! と前方回転させるリュウキ。そして。
〝どごんっ!!〟
「ぐべっっ!!」
回転の勢いをそのままに、強烈な踵落としを炸裂さす。……それをモロに受けたクラインは せーっかく、復活したのに、またクラインは地面と対面する羽目になってしまったのだった。
「アイツ……まーた、別のスキル習得してるな?」
キリトは、キリトでリュウキのスキルに着目。体術のスキルは、中々習得するのが面倒なのだ。あの世界でのそれよりも。
「あはは、ごめんってば、リュウキ君! ……それに、リュウキ君もリーファちゃんに色々と言ったんでしょ……? 私の事だってそうだしー。ちょーっとくらい仕返ししても、罰当たんないかなぁって」
「うっ……それは……」
レイナの一言を聞いたら流石にぐぅの音も出ないと言うものだ。
「さ、とりあえず行っちゃおう! 馬鹿話は終了にしてさ?」
「そ、そーですねー」
「うん……」
皆はとりあえず、クエストが発生する座標めがけて飛んでいった。シリカやリーファは、ちょっとクラインの事、大丈夫かなぁ、とやや心配している様子だったが、他の皆はケロっとしている。
地面と☆kiss☆をしてるクラインをほっといて、皆飛び上がっていくのだった。
そして、一行は島から数100m南下した所で、止まる。キリトはマップ情報を確認した。
「座標はこの辺の筈なんだけどな……」
自身の位置が正確に表示されているマップの現在置情報を確認し直した。確かに間違いなかった、が周囲の海には何もない。
「お? あれじゃねえか?」
周囲を見回していた時、再び不死鳥の如き復活を果たしたクラインが指をさした。そこは広大な大海原に一点の光点があった。青い海の中で光るそれは、昼間だというのに、はっきりと分かる。
「間違いなさそうだな」
リュウキも頷いた。そして、全員が確認して、頷いた。
「よし、それじゃあ 水の恩恵の魔法を掛けるね」
アスナはそう言うと、詠唱に入った。その魔法効果は水中での支援魔法。通常では、水中で行動するのには制限がある。現実世界と同じで、酸素を取り込まないと行動など出来ないのだ。……が、アスナの魔法を付与すれば、全員がウンディーネと同じ効果を得られ、水中での探索が可能になるのだ。
「あ、私も。何があるか判らないから取り合えず、戦いの歌、しておくね!」
レイナはそう言うと目を瞑り、皆に向かって歌を披露。
これは、音楽妖精《プーカ》固有のスキル。
様々な効力のある歌を歌い、楽器を奏でる事で付与する事が出来るのだ。魔法と違う点は、マナ・ポイントを使用しない事。
発動時間短縮等がある。
……が、そのアドバンテージがあるからか、勿論魔法程は強力なものは無いし、持続時間もそんなに長くない。故に適材適所な所もあるのだ。
「レイナさん……、お歌、上手です……」
シリカは羨ましそうにしながらも、聞き入っていた。何度か聞いた事はあり、最初の内は恥ずかしそうにしていたけれど、今じゃ立派な歌姫だ。他の皆も同じ意見である。
「よしっ」
レイナは、全員にバフ効果。攻撃・防御値上昇した事を確認すると頷いた。これで、準備は万全だ。
キリトは頷くと、一気に海へとダイヴ。それに続いて皆も飛び込んでいった。ただ、リーファだけは、まだ表情が硬い。ここから先は、もう足の届かない水だけの世界なのだから。
まだ、心の準備が万全ではなかったのだ。
……それでも、彼女は気合を入れようと、己を鼓舞するかの様に、両頬をぱちんっ!と叩いて、最後尾で飛び込んだ。
海の中、それも空に優らぬとも劣らない神秘の世界だった。
海のブルーの色が辺を染め、そして 無数の小魚の群れはまるで、リズムを奏でながら踊っている様にも感じ取れた。
だけど、リーファはそれどころではない。
「っ~~……」
ぎゅっと、目と口を閉じ必死に足をバタつかせながら先へと進む直葉。仮想空間で、息を止める必要は基本的には無い。例え、海であろうと宇宙であろうと、息自体は出来る、……出来なかったら危ないし。あるのは制限時間の設定だ。だけど、仮想世界だからこそ、反射的に行動してしまうのも無理はなく、苦手意識があれば、パニックを起こしてしまっても無理はない。
「大丈夫だよー」
「捕まって、リーファちゃん」
パニックを起こしてしまっているリーファの後ろをレイナが、前からアスナが支えた。
「支援魔法もかけてるし、それに苦しい事も無いよ。落ち着いて」
ニコリと笑いながらアスナはリーファにそう言う。
2人の支えのおかげで、リーファは何とか精神を立て直すことが出来た。そして、プールでの練習の事も思い出す事が出来た。
「ありがとうございます。レイナさん、アスナさん」
その手をしっかりと握り、リーファは先ゆく皆の後を追いかけた。
そして、暫く潜っている内に、暗く成りつつある海底なのにも関わらず、輝きを放っている場所が見えてきた。海底の建造物。神殿と言える場所だろう。緑色の光を放っている燭台が複数あり、その神殿の神秘さを更に際立たせていた。
その光景に、皆が息を飲む。
「あ、あそこに誰かいるわよ!」
まず気づいたのはリズだ。目的地の場所に佇んでいる人影を見たのだ。近づいて確認すると、それがなんなのか、大体把握した。
「おっ? クエストNPCだな」
そう、NPCのカーソルの上に《?》が浮かんでいる。それこそがその証なのである。
「周囲には特に変わった様子はないな。トラップの類も無いだろう」
リュウキは、そのNPCの周辺を見たが、別段おかしい所はなさそうだった。視てみれば、何か分かるかもしれないけど、それは無粋だろう。
「おお~、海の中で困ってる人といや、人魚と相場は決まってるぜぇ!」
クラインが興奮した様にそう言う。正直、それは偏見だと思うけれど、誰も何も言わなかった。だって、恒例の様なものだから。クラインは、そのまま神殿に向けて急降下。
「マーメイドのお姉さーん! 今助けに行きますよ~~!」
と、声を上げながら接近していく。皆も取り合えずクラインに続いて、目的地へと向かった。
そこで見たのは、呆然としているクラインと小柄な老人。
クラインは、手を差し出した状態で固まっている様だ。
「お嬢さんではなく、お爺さんでしたね」
ユイの冷静なコメントが、クラインの心にぐさり!と突き刺さっていく。
「はぁ、取り合えず退いてくれ。話が進まない」
リュウキが どんっ、とクラインを横へ押し出すと、キリトが老人NPCに近づいた。
「どうしました? ご老人」
その言葉がトリガーなのか、少し近づいたのがトリガーなのか、キリトがそういったその時、メッセージウインドウが開いた。クエスト受注のメッセージだ。
□ 深海の略奪者
それがクエストの名前だった。
キリトは、迷わずYESの方をタッチする。すると、目の前の老人が話しだした。
「おぉ……、地上の妖精達よ。この老いぼれを助けてくれんのかい?」
通常通りのクエストのメッセージが始まる。
話によれば、古い友人への土産物を、この神殿を根城にしている盗賊達に奪われたと言うものだ。それを取り戻して欲しい、と言うのが内容。
「ん……?」
リーファは、この時NPCの名前に注目していた。
その名前は《Nerakk》
《ねらっく》 と言う読み方だろうか?と頭に過るリーファだが、何処か違和感があった。
「どうしたの? リーファちゃん」
リーファの視線に気になったレイナは、そう聞いた。
「いえ、あのお爺ちゃんの名前……、何処かで見た事がある気がして……」
「名前?」
レイナもカーソルの下に表示されている名前に注目した。そして、首を傾げる。
「んー……、そう言われればそうだよね。なんだろう……?」
考え込むが、どうしても答えは出てこない。そうこうしている間に話が進んでいった。
なんでも、そのご老人の土産物は、頭一つ分くらいはある真珠らしい。
「でかっっ!」
それを聞いていたリズは、驚きつつも、目を輝かせていた。何を考えているか、大体は判る。シリカは、ジト目でリズを見ると。
「ネコババして、売り飛ばしたりしちゃダメですよー?」
「きゅるるっ!」
そう忠告。今回のそれは報酬ではなく、依頼品だ。普通は得られる様なものじゃないのだが……、何となく忠告をしていた。
「し、しないわよ……、今回は」
リズには前科があるのだ。
以前、皆で狩りに言った時、結構高額で売れたりする換金アイテムが手に入ったのだけど、しれっと事実を伝えずにネコババしようとしていた。勿論、そう言う規則にはSAO時代から厳しかったアスナに、止められてしまったけれど。
そして、話は進む。
「頼むぞ妖精達よ。見事真珠を取り戻してくれれば、たっぷりと礼をするでのぉ……」
そう言った後、NPCの名前のカーソルに〝Qest Progress〟と言う一文が表示される。クエスト開始の合図だ。それを確認したリーダー役であるキリトは、皆の方に振り返った。
「えっと、どうやら今回のは、探し物クエストらしいけど、神殿の中ではモンスターも出てくる筈だ。前衛は水中戦闘だと武器振りの速度が遅くなるから気をつけてくれ。後衛は雷属性の魔法が使えない事に注意。……っと、他に何かあるか? リュウキ」
「何でアドバイザーポジションなんだよ、オレが……。まぁ 今ので十分。強いて言うならダンジョンだから 罠にも十分に注意する事。強制分断等の罠があったら、厄介だ。難易度もまだ明確じゃないからな」
さっき、散々色々と言われていた事を思い出しているのか、キリトは嫌に笑顔でそう確認をとってきた。嫌々渋々でも、ちゃんと返してくれるリュウキを見て、皆笑う。状況把握においては、リュウキが適任である事は誰しもが知っている事だけど、リーダーシップと言うのは、何もそれだけではない。皆を鼓舞したり、そして話を和ませたりしたり、様はメリハリをしっかりと出来る人も重要だ。キリトは、何処をとっても問題なしだ。
「あはっ。どっちがPリーダーなのかな?」
「リーダー、サブリーダーって感じかな? ……いや、顧問と部長?」
レイナやアスナは、2人を見て笑っていた。他の皆も笑いながら、右手を上げて気合を入れ直した。ここからが、いよいよゲームスタートなのだから。
……そんな中で、リーファはまだ違和感を感じていた。
あのNPCの名前、《Nerakk》についてを。
~海底神殿~
一行は、神殿内を探索した。
話によれば、相手は盗賊だと言う事から、人型のMobだろうと言う事は大体想像出来るが、何か大型水棲モンスターを従えていてもおかしくはない。室内戦闘だから、待ち伏せにも十分注意をしなければならないだろう。少なからず、周囲を確認していた時。
「やっぱり、綺麗だね? 外からも思ったけど、燭台に灯ってる光と海の青が混ざって、本当に綺麗っ」
レイナがリュウキにそう言っていた。その燭台にともされたスフィアの回りには小魚の群れが集まっており、それが更に幻想的な空間を演出させている。地上の洞窟の様なおどろおどろしさは無い幻想的な海底神殿。
ピクニックに来たのかなぁ?と思わせる様な言葉だったが。
「そうだな。……空の上も良いが、水中も悪くない。リーファもそう思うんじゃないか?」
リュウキは笑って応えていた。レイナもニコリと笑う。
でも、勿論 2人だけの空間を作らすなんて、させません。
「え、えーっとー、リューキさんっ! ピナの成長の件ですけどぉ~!」
やや、過剰気味に接してきたのはシリカだ。
話の題材は、SAOでもあったテイムモンスターの能力アップの件。この世界では、ケットシーがそれを得意としているから、自分に聴くよりは古参プレイヤーやそれこそアリシャの様なトッププレイヤーに訊けば早いと思うけれど、それは御愛嬌。
「ん、そうだな。オレが訊いた話じゃ……」
と、リュウキはばか正直に返答。
話の腰をおられた~とか、邪魔された~とか、そう言う事は一切感じてない。レイナは、やや頬を膨らませていた。
「全く、ダンジョン内なのよ? ちょっとは緊張感持ってっての」
リズは、そんなやり取りを見てて、『乗り遅れた……』と感じつつもそう苦言を呈していた。
そんな時だ。
「おわああっっ!!」
「うおおおおっっ!!」
何やら前の方で悲鳴が聞こえてくる。一体何ごとか?? と思って前を詰めてみると、通路にぽっかりと大きな正方形の穴が空いており、その底には渦が出来ている。ここに落ちてしまえば、引きずり込まれる……、即ち何処かに飛ばされる、もしくは多大なるダメージを負ってしまう可能性があるだろう。
そして、落下したのは我らがリーダーと赤いおっさん。
必死の形相で、水を掻きわけ 何とか飲み込まれずに脱出する事が出来ていた。
「……見えてる落とし穴にハマる奴があるかよ。リュウキが言ってた事まるまる無視じゃねえか」
「はぁ、何のためにオレ、言ったんだっけ?」
キリトとクラインの後に歩いていたエギルと、何事かと前に来たリュウキ。2人は、苦笑いをしながら手を差し出した。
それを見ていた女性陣達はと言うと。
「これが元攻略組のトッププレイヤーだとはねぇ……? 黒と銀、漆黒と白銀って結構有名だったんだけどなぁ?」
「こう言う所があっても可愛いって思いますよっ! ……リュウキさんにも、こんな一面があったらなぁ」
「ていっ! 妄想世界から、帰ってきなさい」
「ひゃっ!」
頭の中でほんわかピンクな事を想像しているシリカに、一撃をいれて連れ戻すリズ。ドジっ子なキリトも良いと思うけれど、普段……特にこういうゲームとかに関してはしっかり者のリュウキ。心の機微や年頃の感性は取り合えず置いといたとしても、こんなうっかりミスをしてる場面は見た事がない気がする。そんなリュウキを思い浮かべたら……、正直悪くない。とリズも思ってしまっていた
「「「あ、あははは……」」」
そんな中で、ノーコメントで苦笑いを浮かべてるのは、アスナ、レイナ、リーファだった。
そんな時だ。アスナの肩に乗っていたユイが眼を凝らした。確認出来たのは、モンスターPOPの際に発光するエフェクト。それは、さっきキリトとクラインが落ちた穴から出てきていた。
「っ! パパ、後ろですっ!」
ユイの叫び声と共に、渦潮が立ち上ってきた。
「成る程、穴の中に落ちたらそのまま、バクリ。回避しようとしたら、こうやって飛びかかってくるのか」
リュウキは、飛び出してきた物を視認すると、そう呟いた。
「おわっ! なんだ?? クジラか!」
突然の事に驚くクライン。だが、それは違った。リュウキも首を横に振り、そしてキリトも。
「いや、どう見ても違うだろ」
纏っていた渦潮が消え、現れたのは水棲型モンスター。
名を《Armachthys》
「戦闘準備!」
キリトの一声から戦いは始まった。
身体をうねらせ、自由自在にこの空間を飛ぶように泳ぐモンスター。
「……頭は多分通らないな」
リュウキはそう判断。一際大きい頭の部分には、甲殻の様であり、鈍い光を放っている。
「キリト、タゲは任せろ」
「っ! ああ、わかった!」
リュウキは、そのまま飛び出した。甲殻と表現したそれは間違い無かったようで、相手は頭を打ち付ける様に攻撃を放ってきたのだ。それを、リュウキの武器である一際長い太刀で受け止める様に斬りを放った。
「硬い……」
押し込まれなかったものの、相手のHPはまるで減らない。
「皆、リュウキがタゲをとってくれてる間、側面から攻撃するんだ!」
キリトは、リュウキの刀を受け止め、HPが減っていない事を見てそう指示を出す。リュウキも頷いた。
「おっしゃああ!!」
「任せろっ!!」
クラインとエギルも各々の得物を使い、攻撃を仕掛けるが、通常のフィールドモンスターとは違い、それなりにHPと防御力も高いらしく 楽な相手とはいかなかった。キリト、クライン、エギルの連続攻撃を用いてもHPはまだ7割以上残っている。
「あたし達も行くわよ!」
「はいっ!」
「きゅるる!!」
リズとシリカ、ピナも参戦。
「私も行くっ! お姉ちゃん、リーファちゃん、魔法支援お願い!」
レイナは、腰に携えたレイピアを引き抜くと、そのまま突撃していった。地上とは違い、どうしても速度は出ないが、敵の敏捷性もそこまで高くなく、大丈夫だ。
「あっ、あたしもっ……!」
リーファは、自分も行く! と走ろうとしたが、どうしても水の中だという事が精神的にブレーキになってしまい、いつものパフォーマンスが出来ない。それを見たキリトは。
「リーファ無理するな! アスナと一緒に魔法を頼む!」
「う、うんっ……」
リーファは、引き返すとアスナの隣で支援魔法を全体に掛けた。
確かに複数のパーティによるゲームプレイは其々が役割を担っている。後方支援も大切な役目だ。だけど、リーファは悔しかった。満足に動けない事が、折角特訓をしてもらったのに、と。
戦いは数分後。
「HP残が減れば、パターンが変わる可能性がある! 気を付けろ!」
正面の攻撃を一手に引き受けていたリュウキがそう叫んだ。普通のMobなら、あまり無い行動だけど、それなりの強敵にはよく見られる行動なのだ。
『おう!』
『おっけー!』
其々がリュウキの言葉に頷く。
「ほら、リュウキがやっても良かったんじゃないか?」
「馬鹿言ってないで、攻撃しろって」
キリトの横からの声に苦言を言うリュウキ。そして、右拳に力を込めた。
「溜まったな。……ふっ!!」
光輝く右拳は、正確にモンスターの頭部を穿った。皆は何をしてる?そんな攻撃が通る筈が、と思った様だが。攻撃がHITした瞬間、衝撃波の様なモノが突き抜け、迸った。そして、明らかに敵モンスターは嫌がっている。
「拳術スキルの鎧通し。防御DOWNのスキルだ。これで頭の攻撃も通る!」
リュウキの言葉のとおりだ。モンスターの頭部には、エフェクトの光がそのまま付いており、離れない。あの光が消えるまで、有効なのだろう。
「おっしゃあ! 畳み掛けるぜ!」
側面からの攻撃しか通らない相手だったが、全て通る様になったのだ。これで、ミスは少なくなっただろう。
そんな時だ。
「っ! リーファ!」
駆け出してきたのは、後方支援に徹していた筈のリーファだった。
『いける。大丈夫。もう、絶対大丈夫。皆の力になれる』
リーファの中にあったのは、それだけだった。だが、予期せぬ行動をとったのはリーファだけではなかった。敵モンスターも最初に現れた時に使用していた渦潮を再びまといだしたのだ。
凄まじい水流をダイレクトに受けたリーファは。
「わ、わぁぁぁぁっ!!」
はじき出され、吹き飛ばされてしまった。そして、その落下点には、あの穴がある。リーファは何とかしがみつく事が出来た様だが、依然として危険なのは変わらなかった。
「くっ!」
リュウキはあのモンスターを咄嗟に意識をせずに視た。鋭く開く眼光。網膜を通して脳に伝わるデータ。そして、それはあの渦潮の軌道を正確に読み取る事が出来た。
「キリト! 来い!」
「えっ……!?」
「オレを信じろ、リーファの元まで飛ばす!」
「……わかった!」
キリトは、最初何を言っているのか判らなかったが、もう二言目には頷いた。信じられない訳がないからだ。何をするのか判らない。だけど、それでもこの男だけは信じられるから。……正直、ひどい目にあったりはするけど、結果オーライ。
リュウキは、剣を地面に突き刺し、支えつつ、キリトが伸ばした手を掴んだ。そして、筋力値を全開にして、キリトを放った。
「う、うおおおっっ!!?? な、何を!!」
「そのまま、ながれに乗れ! 行ける!」
「それは、逝ける、じゃないだろうな!」
「違うわっ!」
キリトは、一瞬パニックに陥ってしまっていた。まさか、渦の中に放り出されるとは思ってもいなかったからだ。
「さて……!」
リュウキは周囲を見た。位置的に一番敵に近い位置にいるのは自分だ。
「リュウキ君、どうするのっ! 凄い水流っ」
そして、次に近い位置にいるレイナ。何をするのか、と聞いたら。
「あれを仕留めてくる。後一撃だ」
「えっ!?」
皆も多分レイナと同じ気持ちだっただろう。無茶だ、と言う言葉が浮かんだ。この渦も永遠に出続ける訳ではない。何れは必ず止まる、それまで待てれば良い。と思っていたんだけど。
リュウキは、そのまま飛び上がった。渦巻いている渦潮を上部から確認する。敵はこの渦を発生させたのだから、その中心にいる筈だろう。何とか波にさらわれる事なく突き抜ける事が出来たリュウキは、そのまま渦の中心にいたモンスターに刃を突き立てた。
それが、リュウキの言うとおり最後の一撃だった様で、その敵の身体は四散した。
そして、一息つく間もなく直ぐに皆は行動をする。リュウキが投げ出したキリトだが、リュウキが言ったように、リーファが落ちかけているその落とし穴の傍にまでこれており、彼女を落下から助けていたのだ。だが、引き込まれる力もそれなりに強い為、男性陣達全員で2人を引っ張り上げた。
これで漸く一息。
「はぁ、はぁ、ああ……ビビった。マジで。オレも落ちる所だったぞ、リュウキ」
キリトは、がくっと座り込みながら肩で息をした。リュウキの言った通り、あの速度で渦の中に飛び込んだら、そのまま回される事なく、反対側に突き抜ける事が出来た。……相変わらず凄いな、と思いもしたが、後一歩踏ん張りどころが悪ければ、自分も落下する所だったということもある。
「……ああ、リーファの所まで、としか考えてなかったな」
「いやいや、傍っちゃ傍だけど、オレまで落ちたらシャレにならないだろ??」
2人のやり取りを笑いながら見る面々。
「その辺は、キリトのこと信じてたんでしょ? まるっきり、リュウキ任せじゃなくさ?」
リズは、にやっと笑いながらそう言う。確かにそれは勿論あった。100%大丈夫! と言うことは無いのだから。補正値はキリト自身の力だ。
「そーだよ。結果オーライっ! リーファちゃんも、皆も無事だったんだからさ!」
レイナも笑顔でそう言う。
「それにしても、疲れましたね……、ここの敵のレベル凄く高めです」
「きゅるる~」
ピナをしっかりと腕に抱きとめながらシリカはそう言う。
皆其々がたった一戦とは思えない程つかれてしまっていた様だ。だが、それは勿論《ゲーム》としての疲れ。
そんな時、リーファはキリトに向かって微笑んだ。リーファは、傍にいるキリトに漸く聞こえる程の小声で。
「……お兄ちゃん。また、助けてくれたね」
そう言っていた。
それは、彼女の幼い頃の記憶。自身の庭にある池に、落ちてしまった時の記憶。同じ水の中、落ちてしまう状況。これらが彼女にかつての記憶を呼び起こしたのだ。何で水が嫌いになったのかという事と、そして あの時はどうなったのか、と言う事。それは、危ない時はいつも兄が、……大好きな兄が助けてくれるんだと言う事。水に対する恐怖から、その思い出まで失ってしまっていたけれど、思い出すことが出来た。
リーファの笑顔は、ここに来て一番のものだった。水に対する恐怖から、笑顔にも曇りがあったと思ったが、それは清々しく晴れていた。そして、その笑顔を見た全員が同じく微笑んでいた。
そして、一行は更に先へと進んむ。
先には落とし穴タイプの罠以外にも、間欠泉の様に一定間で水柱が飛び出してきたり、建造物では定番である迫る壁もあった。だが、冷静な判断と的確な行動で問題なく突破。その突破した先では、これまた定番である海のモンスターの団体さん。最初に戦った相手のような強さを持った敵はいなかったが、量は多かった。
出てきたモンスターは、海の生き物 カニ、イカ、エビ……である。
それも突破したどり着けた場所にあった物を見た時。示し合わせた様に、最初に足を踏み入れたキリトとリュウキが手を、ぱんっと合わせた。
そこに合ったのは、あの老人が言っていた大きな球体状の代物、真珠である。
無事に、目的のものを入手する事が出来たのだが、腑に落ちない点もあった。
「これは、隠していると言える、のか……?」
リュウキは、その真珠が置かれた台座を見ながらそう呟いた。盗賊に奪われた、と言うのだから 宝箱に収められているか、そして飾っているのであればその番人がいなければおかしい。見張りの1人もおらず、ただ、部屋の中の台座に置かれているだけだった。
台座、と言うよりは、何かの巣の様にも思える。
「一先ず、お爺さんの所に持っていこうよ」
「そうだな。一応目的のモノらしいし」
キリトは、その真珠を両手でしっかりと持つ。自身のイベントアイテムな為、アイテムストレージに収納する事ができず、手に持って移動しなければならない。
「と言う事で、ここからの指揮はリュウキに一任する。よろしく頼むぞ」
「……はいはい。了解、リーダー」
「あはっ」
「でも、リュウキさんもキリトさんと一緒に指示くれましたし、変わらないっておもうんですけど」
「ま、結構久しぶりのクエストだったりするしね?慣れてきたんじゃない?」
「あ、そういえばそうだね」
色々と話をしながら、一行は来た道を引き返していった。
帰り道もそれなりに敵は出てきたが、特に危険もなく帰ることが出来た。真珠も割れる事なく無事だ。
「最後まで出てこなかったな」
「だね……。ちょっと残念かも」
ゆっくりと歩きそうつぶやくのはレイナとリュウキ。今回のクエストでの最大の目的は、あの真珠でもなければ、クエストの報酬でも無い。全てはユイにクジラを見せる為だった。でも、神殿を出る最後まで出てこなかったのだ。
「まぁ、まだクエストが終了した訳じゃないからな。まだ判らないさ」
「え? でも、もうお届け物……」
「レイナも違和感、あるんじゃないか?」
「あ……うん」
キリトが老人に真珠を運んでいる所を見ながら言う。真珠を奪われてしまったから取り戻してくれ、と言うのが内容だ。だけど、その盗賊も出てこなかった。
「鍵かけてた訳じゃなかったし、罠はあったけど……、やっぱり 盗賊達が見張りも何も無いのはおかしいよねー、ひょっとしたら、お爺さんに返した後に、『そこまでだー!』って来たりするのかな?」
レイナは、ぴんっ! と指を立てながらそう思案。リュウキも頷く
「その可能性もあるな。最後まで油断はしない様にしよう」
レイナと話している時。
「はぁ、あたし……水は大丈夫になったけど、もうカニとかエビは見なくていいよ」
リーファがゲンナリとしながらそう言っていた。確かに、あの神殿内のモンスターは海洋生物をモチーフにした敵キャラが殆どだ。あまりの数を相手にしていたから、そう思っても仕方ないだろう。
「ははは……。あ、そういえばリーファ」
「ん?」
「クエストが始まる前に、あの老人の方を見ていた様だけど、何かあるのか?」
リュウキはそれを聞いた。
「え? ああ、うん。あのおじいちゃんの名前だよ。ネラックって書いてたんだけど、何処かで見た事があって……、それがなーんか気になっちゃって」
「……名前? ああ、そう言えば名前は見てなかったな。クラインの奴を相手にしてて」
リュウキはあの時、助けを待つのは人魚だと相場が決まってる~と言う事が盛大に外れてしまって、意気消沈していたクラインの相手をした(させられた?)為、名前まで見てなかったのだ。
「ネラックか。……ん。特に覚え……っ」
「どうしたの?リュウキ君」
考え込んだリュウキを見て、レイナは首をかしげた。リーファも同じだ。
「悪い、スペルで頼めないか? ネラックとはどう書くんだ?」
「え? ええっと、確かN e r a k k だったと思うよ」
ネラックのスペルを聞いて、
リュウキは暫く考える。
――……このALOの世界観は何をモデルにしているか。そして、そのネラックと言う名前のスペル。
「……俄然きな臭くなってきた」
「へ?」
リュウキはそうとだけ呟くと、足早にキリトの方へと向かった。
気づいた時にはもう、キリトは老人の前に立ち、真珠を手渡そうとしていた。その時だ。
「キリト君っ 待って!!」
アスナが慌ててキリトの方へと走っていった。
「ん? どうしたんだ?」
キリトの疑問を答える前に、その真珠をキリトの手の中から取り、そして掲げた。丁度光の燭台で透かす様に。すると、その真珠と思われていた石の中には、何か生き物が動いていた。
そして、今まではまるで気付かなかったが、脈動のようなものも伝わってくる。
「これ……、真珠じゃなくって卵よ」
「なにっ!?」
キリトは眼を見開いた。
真珠ではなく卵。なら、何故この老人は、真珠だといって差し出した時、疑わなかったのだろうか?
卵であれば、目的のものではないのにも関わらずだ。そして、略奪者と言う名前のクエストについても当然疑問があった。
真珠を奪った略奪者、つまり盗賊が一切現れなかった事だ。
この真珠、いや卵がこの老人の本来の目的であるのなら。
「深海の略奪者って言うのは、オレ達の事だったのか……?」
そう考えれば話は繋がる。
神殿の奥深くに安置され、育っている間に自分達が持っていくのだから。何があの卵の親なのかは判らないが。
そして、それを境に目の前の老人の雰囲気がガラリと変わった。
「……さ ぁ、早 く そ れ を 渡 す ん だ 」
ゆっくりとした動きなのだが、何処か気味が悪い。
「そうはいかないな」
そこで、リュウキが前に立った。
「アスナ、ナイスだ。……危なかったな。《クエストMiss》になる所だったかもしれない」
リュウキは軽く笑い、そう答える。そして、キリトもアスナと卵を守る様に構えた。
「ALOは北欧神話をモチーフにしている。ネラック。Nerakk……スペルを並び替えたら、Kraken クラーケンになるな」
「っ!?」
「海の……魔物の!?」
アスナも眼を見開いた。
話には聞いた事がある、古代から中世・近世を通じて海の魔物とされ、恐れられていた存在であり、神話の中では海の魔物として恐れられている災厄。
「……渡さぬと言うのであれば、仕方ないのぉ」
俯きガチだった老人の表情はしっかりと前を見据え、そしてギョロリと異形な赤い眼が動く。衣服の全てが破れ、髭は全て巨大な吸盤付きの足に変わる。そして現れたのは巨大な姿。
リュウキの言った通り、Nerakk改め、《Kraken The Abyss Lord》と変化した。
「あたしが感じてた違和感はこれだったんだ!?」
リーファはこの手の物語は読んだ事がある。
ALOのモチーフになっているから、と言うのもあるだろう。だから、そのスペルの読み方より、並びに違和感を感じた様だ。
「礼を言うぞ、妖精達よ。我を拒む結界が張られた神殿からよくぞ神子の卵を持ち出してくれたのぉ! ……さぁ、それを我に捧げよ!」
深海の略奪者、その正体が顕になった瞬間だった。
「キリト、オレ達じゃないみたいだ。真の略奪者は」
「……みたいだな。共犯者になるのはゴメンだ」
リュウキはそう言うと、キリトと共に剣を構えた。皆も同じく構えた。
「お断りよ! この卵は、私たちが責任を持って神殿に戻します!」
アスナの返答、そして皆の戦闘態勢。それを見たクラーケンは、その赤く、黒い横筋の入った瞳をぎギョロリと動かすと。
「愚かな羽虫共よ。……ならば、深海の藻屑となるがよい!」
無数の足が怪しくうねる。
「ッ! 来るぞ!」
足の動きを察知したリュウキは一歩前に出た。その巨大な足は、潮の流れさえも変える程の威力を秘めている。足を振り回し、リュウキに強烈な一撃を与えた。
「ぐぁっ! (お、重すぎる……!!)」
ずし、ずし、とリュウキの身体が地面に埋まっていくかの様に、沈んでいく。
「リュウキ!」
「無茶すんじゃねーよ!! 本職はアタッカー、ダメージディーラーだろうが!」
クラインとエギルが、リュウキを支える様に其々の武器を持って押し上げるが、それでも持ち上がらない。
「援護しますっ!」
「うんっ!」
シリカとリーファが支援魔法を唱える。防御力UPの魔法を主に、様々な魔法でバフをかけていくが、それでも押し返せない。
「せいっ!!」
キリトが、隙を付いて炎属性のスキルを使い攻撃を放った。だが、赤い亀裂の様な一撃をその体に与えた筈なのに、あっという間に元どおりの新品に戻ってしまう。
「なにっ!」
「痒いのぉ……!!」
クラーケンは、他の無数の足を使いキリト達に襲いかかった。足、と言うよりは触手と言える様な奇っ怪な動きでキリト達に迫る。
「キリト君っ!!」
アスナが叫ぶが、卵を持ってる自分はどうすることも出来ない。下手に動いて奪われでもすれば全て終わってしまうのだから。
「風の護り歌……!」
レイナの響く歌は、水中だというのに、風の様なものを巻き起こした。それが、キリト達に纏う。風の鎧を身に付けるその効力は、風で受け流され、回避率が上昇するバフ効果が与えられるのだ。だが、その風の鎧をまるで蠅でも払うかの様に、ひと撫ででかき消した。殆どもたなかった様だが、攻撃が当たるまでの時間稼ぎにはなった様だ。
「危ないっ!!」
その隙に、キリトに直撃する筈だった足の攻撃が届く前にリズがキリトを押し倒した。
『ぐぁぁぁ!!』
「きゃああっ!!」
直撃こそ、避けられたが、その衝撃波にも攻撃判定がある様で、衝撃波と共にキリトとリズを含め、壁役になっていたリュウキ、エギル、クラインも吹き飛ばされてしまった。
「……っ、出鱈目な威力だ」
リュウキは身体を起こし、自身のHPと相手のHPを確認した。もうレッドゾーンに突入しており、後数ドット程度しか残っていない。方や、7本ある敵のHPゲージは全く減っていない。キリトが一撃を入れたと言うのにだ。
相手は、自動回復スキルを持ち合わせていると思える。
そして、クラーケンは余裕がまだまだたっぷりとあるのか、ジワジワとなぶり殺しにしたいのか判らないが、怪しく揺らめいでいた。
「……おにいさんっ」
そんな時だ。傍からユイの声が聞こえてきた。どうやら、あの一撃の衝撃波によって、キリトに捕まっていた筈なのに、弾き飛ばされてしまった様だ。
「……ユイ、大丈夫か」
「はい……、ですが、あのタコさんステータスが高すぎます。新生アインクラッドのフロアボスを遥かに上回る数値です」
「……だろうな。ALOで こんな衝撃は受けた事がない」
身に受けた衝撃。
そして、ALO内でも屈しの実力者達であるパーティをいとも容易く半壊滅状態まで追いやった惨状。
この状況だけでも、判るものだった。
「9人パーティ×7。レイドの上限で攻めても……ユイの見立てでは無理か?」
「っ……、現状での皆さんのステータス。あの時のパパとお兄さんのステータスをもってしても、難しいと思います」
それは随分と良い情報だな、と苦笑いをするしかなかった。あのSAO時代のステータスをもってしても、倒せないなら、今のステータスでは無理。今のパーティでは雀の涙程のダメージも与えられないと言う事だ。
だけど……。
「正直 無粋な真似はしたくないが……、試したいな。動ける内に」
「っ…! は、はいっ。計算出来ないのは、お兄さんの眼が入ったらです。私には、パターンは視る事が出来ても、的確に弱点は視る事は出来ませんが、お兄さんなら……」
ユイは、リュウキの言葉の意図を察して、肯定した。全てを視通し、攻撃の軌道の全てを視極め、相手の弱点をも視極め、攻撃を受けずに攻撃を続ける事ができれば、勝つ事は可能だろう。
そして、そんな芸当が出来る可能性があるのは、リュウキの《眼》しか ユイは知らないから。
「……なら、やってみるか」
リュウキは、そう言うと眼を見開いた。赤く染まる眼。それは、この世界。新生ALO内では一度も使ってない業。自身の中で禁忌だと定めていた代物だ。
キリト達は、別に不正をしてる訳じゃないから、良いじゃないか。と言っていたがそれでも、アンフェアなのは否めない、と言う思いから 使ってこなかった。だが、未知の強敵を前にして、自分の全てをぶつけて見たいと思う衝動には敵わない様だ。
全てを見透かす瞳は、敵が攻撃をする前に察知する事も出来る。
突破口を作ってから、キリト達の立て直しをするプランを頭の中に思い描いていたのだが。
「くっくっく……!」
「っ!!」
だが、それでも敵の攻撃の方が早かった。遊びは終わりだ。と言わんばかりに、今度はその巨大な口を広げてきた。その巨体は、この神殿の入口付近の通路よりも遥かにデカい。
逃げ場が全くないだ。
「クソっ……!!」
1人なら、逃げられるかもしれない。だけど、仲間を見捨てて逃げるなんて真似は出来ない。そして、仮に受け止めたとしても、自分諸共喰われてしまうだろう。
つまり、詰みだと言う事だ。
その場の全員が覚悟を決めた。
その時だ。
この深海に、何かが落ちてきたのだ。その何かは、海底神殿の入口通路に突き刺さり、クラーケンと自分達を分断した。
「ぬ!? この槍は……」
目の前に落ちてきた槍に驚き眼を見開くクラーケン。
その槍には神殿を包むオーラと同じ物が含まれている様で、クラーケンは自分達と卵がいるこちら側には入ってこられなくなっていた。
そして、その場所に次に現れたのはクラーケンにも劣らぬ巨大な姿。恐らくは槍を落とした本人であろう。
その名は《Leviathan the Sea Lord》
容姿とその三又槍を見れば、Leviathanと言うよりはPoseidon、海神ポセイドンを連想させられるが……、それはおいておこう。
威風堂々と降り立ち、クラーケンの前に立つリヴァイアサン。
「久しいな、古き友よ。……相変わらず悪巧みが止められない様だな」
「……そう言う貴様こそ、いつまで大地神族の手下に甘んじているつもりだ! 海の王の名が泣くぞ!」
海の王と深淵の王の邂逅。
正に神話の中の話だと言えるだろう。キリト達は暫く言葉も出ずに、2人の会話を聞き入っていた。
「ふむ、私は王である事に満足をしているのだ。そして、ここは私の庭だ。……そうと知りつつ、戦いを挑むというのか? 深淵の王よ」
互いの力量が同等であるのなら、この場でその優劣を決めるのは環境だろう。
海の王の庭なのだとしたら、その加護を得られるのはリヴァイアサンの方だ。
方や、暗く深い暗黒の海に棲むクラーケン。今戦いを望んだところで結果は判りきっていた。
「……今は退くとしよう。だが友よ、儂は諦めんぞ! いつか神子の力を我が物とし、忌々しい神共に一泡吹かせるその時まで」
そう言葉を残すとクラーケンは、深淵へと還っていった。カーソルの全てもこの場から消失した事から、完全にいなくなったと言っていいだろう。
呆然としていた一行だが、リヴァイアサンがこちらへと来た所で漸く反応出来た。
「地上の妖精達よ。その卵はいずれ全ての海と空を支配する御方のもの。……この場ではなく、新たな御母座へと移さねばならんのでな。……返してもらうぞ」
リヴァイアサンは、そう言うと掌を向けた。すると、アスナの腕の中にあった大きな卵は、まるで泡の様に消え去り、そして今回のクエストリーダーであるキリトの前に、ウインドウが現れた。それは、クエストクリアの表記。
「……これでクリアなのか? オレにゃ何が何やら……」
クラインも腑に落ちない決着に頭を傾けていた。
「あたし、あのおじさんとタコの会話、全く理解出来なかった」
「そうだな。リュウキはどう思う?」
「ん……、わかったよ」
リュウキの言葉に皆が、『ええ!』と驚きの声を上げつつ視線を集めた。たったあれだけの会話だけで判ったのか?と。驚いている皆を見たリュウキは軽く笑う。
「楽しみはこれからだ、と言う事が判ったんだよ。……これには先がある。そうだろう? 海の王」
リュウキの言葉に、皆毒気抜かれてしまったのか、『なーんだ』と言わんばかりの表情をした。だが、NPCであるリヴァイアサンは、リュウキの言葉を理解したようで、直に頷いた。
「その通りだ。……じゃが、今は何も知らなくてもよい」
「ああ。……楽しみは取っておくさ。なぁ? 皆」
リュウキが振り返ると、皆笑っていた。
「なーんだよ。おりゃてっきり、なぞは全部解けた~! って思ってたのによ? 結局なんにもわからず仕舞ってか?」
クラインは、ため息を吐きながらそう言う。
「判らない事が判ったんだ。それで良いじゃないか」
「はぁ、リュウキ?それ、屁理屈って言わない?」
リズも呆れていた。だけど、レイナは笑っている。
「でも、リュウキ君らしいっ!……そう言われると、私も楽しみになってきたよ。まだまだ、世界は広がっていくんだ、って思ったらさ」
いつか、形容した宇宙誕生の混沌。その一端に立ち会っていると思えば、本当に楽しみだ。大切な皆と一緒なら、どこへだって行けるんだから。
「そうだね」
アスナも頷いた。レイナが考えている事、判った様だ。
「ピナも、あの卵のコと仲良くなれるかもしれないよ?」
「きゅるる~!」
「そりゃ、無理でしょ。ぜ~んぶを統べるカミサマなのよ~? ピナ、ぱくっと食べられちゃわない?」
「そ、そんな事ないですよっ!!」
「きゅるる……」
楽しそうに話す面々。
「やれやれ、でも漸く終わったな。まぁ、ここから帰るのが残ってるが」
エギルは、首を回し、肩を回し、力を抜いていたその時だ。
「案ずるな、地上の妖精達よ。儂が其方達の国まで送っていこう」
リヴァイアサンからのまさかの提案だった。一体どうやって、送るのか? と皆が疑問に思っていたが、その答えは直ぐきた。
現れたのは、巨大な影。そして、その答えは今回の目的を完全に達成させてくれるものだった。
~トゥーレ島 近海~
もう 日も沈みかけ、その夕日の光はこの妖精の世界を黄金色で染めていた。
そんな夕日の下、海の上には、巨大な海洋生物が泳いでいた。そして、キリト達はその背中に乗っており、この美しい夕日を眺めていた。
そう、この巨大海洋生物こそ、今回の本当の目的であるクジラである。
「クジラさんっ! すっごく、すっごく大きいですっ!」
「きゅるる~~!!」
ユイも、クジラの上に乗りたいと言う夢が叶い、本当に嬉しそうに笑っていた。その姿を見た皆は、其々が頷きあった。
本来の目的は、あのタコとリヴァイアサン達の話より、あの卵の事より、……何より ユイの夢を叶えてあげる事が重要だったから。
「よかったな」
リュウキは、ユイの姿を見ながら微笑んだ。そんなリュウキの腕を、レイナはそっと絡み取る。
「ほんとにね……」
いつもなら、皆の居る前で~と躊躇してもおかしくない場面だけれど、こんな綺麗な夕日の下だから、雰囲気でしてしまったと言うのが大きいだろう。幸いな事に、皆この夕日を見上げているから気づいてなかった。
「……さて、次は彼処、か?」
リュウキは、キリトの傍に立って指をさした。その先にあるものは、空に浮かぶあの浮遊城。この世界でいれば、何処からでもその姿を見れる程の巨大な城。
『あの城を制覇する』
それは、ここにいる皆との約束だから。
「ああ、そうだな」
キリトも頷いた。
自然と皆の視線があの夕日の中に浮かぶアインクラッドを見据えている。そう、皆と一緒なら何処までも行ける。
――さぁ、まだ冒険は始まったばかり。行こう……、何処までも。
燃える様な夕日の下で、今回の冒険の幕はおりたのだった。
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