ソードアート・オンライン〜Another story〜
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Extra Edition編
第161話 Debriefing vol.5 & クジラに会いたい
話はALO内での最終クエストである、グランド・クエストでの決戦。無限のガーディアン達との死闘。
「リーファとレコン、リタ、サクヤ、アリシャ……そして シルフとケットシーの戦士達。皆が助けてくれたから、オレ達はアスナの元へ。アスナとレイナの元へと行く事が出来たんです」
「そう、だったな」
最後のグランドクエストでの事で、最初に言うべき事はそこだろう。4人であの上へと登ろうとしたが……やはり その壁は厚かった。悪意が待ち構えている頂きへと登る為には、まだ圧倒的に力が足りなかった。絶対的なシステムの壁が容赦なくキリトやリュウキ、リーファとレコンを蹂躙しようとした時、皆が来てくれたんだ。
「成る程ね……。皆の力で君達は上へと登る事が出来たと言う事か」
菊岡も頷いて、理解していた。
如何にSAO時代の力があるとは言え、そこは現ALO最終地点。それ相応の壁が立ちふさがっている。数多ある種族の全部隊を投与しなければ不可能であろうと囁かれていた壁だ。圧倒的な力を誇るキリトやリュウキの個の力をもってしても、阻まれてしまったんだろう。
「……オレ達、と言われたら語弊がありますが。あの上に、クエストを突破して世界樹の上の先に登れたのはオレだけでした。……最後の最後で、やっぱりまた、リュウキに助けられたんです」
キリトは苦笑いをしてそう言っていた。そして、リュウキの方を見る。
リュウキは、微笑みを浮かべていた。
「それは、どういうことだい?」
菊岡はその真意が判らなかった。
強大な敵の群れ。無数の敵は、まるで無敵の巨人だと比喩される程の代物。それを突破し、上のゲートまでたどり着いた、と聞いていたから。
「悪意はまだあったんですよ。あの敵の群れだけじゃなくてね。……辿り着いた筈なのに、その扉は拒んだ。システム権限をかけられていたんです。どう足掻いても、一プレイヤーじゃ開錠不可能だったんです」
キリトはまだ歯がゆい想いが残っている様で、少しだけギリッと食いしばらせていた。
そう、あの無限とも言える軍勢を突破。
そしてついに、その頂に辿りついた筈なのだが……、その世界樹の頂に通じる扉は固く閉ざされたままだった。困惑する中で、ユイとリュウキは視た。それは管理者権限で閉じられた扉であり、一般プレイヤーでは決して開ける事が出来ないと言う事を。システムに介入できるリュウキがいるとは言え、もう猶予は殆どなかった。突破しても、そのエリアには敵が多数いたからだ。
リュウキが使用する眼の力にも、かなりの集中力を要するため限度がある。そして、まさかの展開にキリトは呆然としてしまっていた。絶望という名の闇に全てが閉ざされかけたその時。
心を救い上げてくれた人がいた。
「リュウキの活が無かったら、あそこで諦めてましたよ。それに、SAO時代でもしていた無茶な行動もして助けてくれました」
「無茶な行動?」
キリトは苦笑いをしながら菊岡に説明をした。それは、敵の増悪値を全て自分に向ける狂気の手。あらゆる敵の目を自分自身に向ける自己犠牲と言ってもいい手だ。
「そ、それは……。随分と無茶をするんだね、リュウキ君……」
菊岡もやや驚きの表情を浮かべながらそう言っていた。今回のALOだけならまだしも、己の命が掛かっていたあの世界、SAOでもしたのだから、驚いても不思議じゃないだろう。
「いや。……ただ、オレは諦めた表情なんか、みたくなかったからと言うだけですよ」
リュウキは、視線を外しながらそう言っていた。やはり、思い出したら恥ずかしいのだろう。2人を守る為に、キリトとユイを守りたかったから。だけど、それを考えてしまうと……照れてしまうのだ。
本当にいろんな意味で凄い男だと、菊岡はあらためて感じていた。
そして、本当に仲が良い……、いや 強い絆で結ばれているんだと言う事も。
「さて、次だけど……君達は 最終的には世界樹の上へと到達した。……でも、そこには妖精王オベイロン事 須郷。そしてもう1人の重力の支配者、グラビドン事 狭山がいた。……普通に考えたら、プレイヤーの君達がゲームマスターである須郷や狭山に勝てる道理はないだろう。……それに、システムをも打ち破れると言われているリュウキ君でも、その才を知っている筈の狭山が対策をしてない筈もないと考えられる」
菊岡はそう言っていた。ALOの世界での戦いの最終局面。
――……邪悪な2人の男に、神を冠する2人の男にどうやって抗い、打ち破ったのだろうか。
それも訊きたかった様だ。
キリトは、目を瞑った。当時の事を思い返しただけで、腸が煮えくり返る思いだ。アスナを縛り、傷つける須郷の姿。レイナを盾にリュウキを押さえ付ける狭山。その2人の事を思い返しただけで……本当に殺意さえも芽生える。
そして、リュウキも同じ想いだ。
あの最終局面。
確かに、自分も上へと行きたかった。全ての答えがこの上にあると確信したから。だが、それをさせないのが無数のガーディアンの存在だった。だから、リュウキはキリトに全て託したつもりだった。先に世界樹の上へと上がらせ、そしてその間、敵の全てを抑えるつもりだった。
そんな時、世界が淡い光に包まれた。周囲の色彩が消え去りただ、真っ白になった。
……その先は真っ白な地獄だった。覚えがある光景と大切な記憶の中の人。全てが始まり、そして終わった場所。
サニーの姿と、あの男の姿。
そして……レイナの姿。
――……それは、自分の記憶の扉が開かれた瞬間でもあったんだ。
「確かにゲームマスターの力は、権限は強大です。……事、その世界においては正に神に等しい力を持っているでしょう」
「……いくらシステムを抗えると言っても、最初からその構造の全てを知り尽くしている相手、ゲームマスターと比べたら、自分の力も曇って見える。……決して、万能なんかじゃない」
キリトが、そしてリュウキがそう答えた。
「……この力、と言うか特技かな。それを初めて持ったその時から、それがオレの中で戒めとして持っている。そして改めて判った事は、皆がいなかったら、オレは何も出来ないと言う事。皆が傍に居てくれたから、オレは立ち上がる事が出来た」
「それについては、オレも同意見です。……それに、あいつらの力はシステムに与えられたものにすぎない。自分で見出し、鍛えたものじゃない」
そう、本当の力はいつだって自分達の中にあるものだ。それは、仮想世界であろうと現実世界であろうと。リュウキは現実世界で、膨大な時間をかけて、自分の才能を磨き続けていた。だから、あの世界、仮想世界において 絶大な力を使う事が出来る様になった。
『約12年間。……延々とプログラマーの仕事……。IT系の仕事、フルダイヴ関連の仕事』
そう言っていた。
普通の子供が外で無邪気に遊んでいる時期から、リュウキは才を伸ばし続けたんだ。だから、彼の力は不正なんかじゃない。
キリトの力。
彼の力もそうだ。人は誰しも負けたくない、アイツに勝ちたいと言う目標を持っている。……だが、それも高すぎる壁だった。人は、その超えようとする壁、自分の中で制限している限度を越せばもう諦め、追いかけたりしないだろう。キリトは決してめげずに、ずっと食らい続けた。決して諦めず、背中を追い続け、そしてたどり着いたんだ。限りなく濃密なあの非日常な2年間。それはリュウキの12年にも匹敵すると言っていいだろう。
異常な世界で生き続けてきたあの2年間で、戦い続けた。それは誰にもできる様な事じゃない。そして、本当に強い男は優しいんだ。
本当に強い男たちは例外なく。
「……結論から言うと、須郷に関しては自滅しました。与えられた力を過信したが故に」
キリトは菊岡にそう答えた。細かくは説明していない。殆ど省いていた。
「狭山に関してもそうです。あの世界は、あの男の……茅場晶彦と言う稀代の天才が創造した世界。……全てを思いのままにできると過信し、須郷と共に自滅した。……それだけです」
リュウキに関してもそうだ。そう、それでいい。あの世界での出来事を話した所でだれが信じようものか。いや、信じようが信じまいが、話すつもりは2人には無かった。
「2人とも自滅……。成る程ね」
菊岡は、腕を組みそして笑った。多分……全てを話していない事を悟ったのだろう。そんな意味深な笑みを浮かべていた。
そして、西日が部屋を黄金色に染めたその時。キリトの端末にメッセージが入った。
「……皆からか?」
「ああ、スグは泳げる様になったってさ。……目に物を見せてやるって張り切ってるみたいだ」
「……それは楽しみだな」
リュウキもそれを聞いて笑った。苦手な物を克服するのはとても大変で、時間を要する事は知っている。直葉は本当に頑張ったんだろう。……正直一朝一夕で何とかなるとは思ってもいなかったから、素直に脱帽だった。
「ん」
その時、リュウキの端末にもメッセージが入ってきた。その内容をみて、表情をしかめる。……何故かキリトもしかめていた。どうやら、同じタイミングでメッセージが来たようだ。
「……これ以上待たせると後が怖そうだ」
「だな」
2人ともそう言うと、菊岡の方を見た。
「その後の事は、菊岡さんも知ってのとおりですよ。もう良いでしょう? この後オレたちはALO内で約束があるんです」
話を占めたのはキリトだった。リュウキも頷く。因みに、メッセージが来たのはレイナ、そしてキリトにはリズ。
『遅いわよー? 美人カウンセラーとイチャイチャしてるんじゃないでしょーねー?』
『……りゅーきくん、おそいよー!』
との事だった。
リズがレイナに色々と言ったのがよく判ると言ったものだ。
そして、リュウキとキリトが、『これで失礼します』と頭を2人で下げ、椅子から立ち上がった。
「そうだ。最後にもう1つ聞きたい事があったんだ」
最後に菊岡が口を開いた。
……正直、『まだあるのか?』と思い、そう言おうと思ったが、菊岡の言葉の方が早かった。
「世界の種子って名前……聞いた事あるかな?」
菊岡の言葉は少く、そして恐らくは答えを知っているであろう表情をしていた。
「……逆に、知らないと、本気で思って聞いているんですか?」
リュウキは視線を向けずに菊岡に言った。あの広大な世界を創造する制御用のフリーソフト。だれもが新たな世界を創造する事が可能であり、正に新たな宇宙が誕生するが如く速度で次々に生み出されていく仮想世界。
それらの根幹を辿っていくと行き着くのが、世界の種子。
様々な形をした世界が生まれる種。一般的には茅場晶彦が死んだ今、何処からやってきたのかは、不明のままだった。だけど、菊岡には心当たりが合ったのだ。ほぼ、確信をした上でその質問をした。どうやら、リュウキには見破られていたようだが。
「……知ってますよ」
菊岡が沈黙していた所に、キリトが答えた。その名前を知っていると。だが、2人ともそれ以上のことは何も言わず、そのままカウンセリング室を後にした。
残されたのは、菊岡ただ1人。
菊岡の前の机に乗っているICレコーダーが赤く点滅を繰り返していた。もう徐々容量オーバーの証。
菊岡は素早くそれを手に持つと。
「また会おう……。キリト君。リュウキ君」
そう呟き、録音終了ボタンを親指で押した。
2025年 7月25日
~ALO内 トゥーレ島~
現実世界では、もう日も沈みすっかり夜となっているが、ALO内ではまだまだ日は昇ったばかり。何処までも続く様に広い空の遥か上から照らす太陽の光をビーチで浴びながらクラインは力説する。
「キリトよぉ~、今日ほどオレはALO内の時間が現実世界と同期してなくて良かったと思った日はねぇぜ!」
「ま、現実世界じゃもう夜だからな……」
地元じゃ、まずお目にかかれないビーチ。それもプライベートビーチ状態。自分達以外誰もおらず、独占しているのだから。
「やっぱ、海はこうじゃなきゃよ!」
クラインは、ぐっ! と両手を握り。
「青い空!」
そう胸を張りながら言う。
キリトも面倒くさそうにしているが、正直な所は同じ気持ちだったから、乗った様だ。
「白い砂浜」
「寄せて還す波!」
「眩しい太陽」
「……そして、何よりも!」
クラインが占めにと、正面を見据える。ビーチでは、黄色い声が上がっているのだ。楽しそうに遊ぶ女性陣達の姿を、もう一度……と見ようとしたその時だ。
空から、勢いよくこの場に降り立つ影があった。
ずしゃっ!と言う音と共に、降り立ったのは男。いや、漢と書いた方がいいであろう、巨体で、スキンヘッド。
「よぉ! お待たせ!」
「………」
エギルである。
……美しい景色を見ようとしたのに、いきなりむっさい男が現れて、愕然としてしまったクライン。
「って、どうしたんだよ。何固まってんだ?」
そんな事は勿論わかっちゃいないエギルだった。そして、2人を見て、周囲も見て、1人足りない事に気づく。
「お? 白銀様はまだ来てねーのか?」
周囲を眺める様にそう言う。それを聞いたキリトは、はぁぁ、とため息を吐きながら。
「また、んな事言って……。あとで怒られても知らねぇぞ、エギル。……リュウキなら、もう少しで入るってさ。レイナが連絡とってた」
学校から別れて、其々の家でログインしている。
時刻を合わせているとは言え、突発的に何か用事でもあれば仕方ないだろう。基本的にリュウキは事前に連絡を入れるが、レイナの方が早かったみたいだ。
「なーるほどな。って、怒るって、ここにアイツいねーし。大丈夫だろ? どんな地獄耳だよ」
がはは、と豪快に笑っているエギル。
クラインは、その巨体の間から見える美少女達を見よう見ようと忙しなく身体を揺さぶり続けていたその時だ。
「……地獄耳で悪かったな」
突然、頭上より声が聞こえてきたかと思えば。〝ずっしゃああ!!〟と言う音が響いた。それは、エギルが砂浜に頭からダイブした事で起きた音である。
「ぶべっ!!」
「それヤメロ。って何度言ったら判るんだっての」
太陽の光の中から、急降下してきたリュウキ。視界的にもエギルは気付かなかった様だ。その太陽光でギラリと黒く光る頭頂部に着地ならぬダイビング・キック!をかましたのだ。……結構ダメージが通りそうな気配がする攻撃?だけど、HPは減ったりはしてない模様。
そして漸く揃った。
「リューキくーん! おそいよー!」
ビーチで遊んでいたレイナはリュウキが来た事に気づいた用で、手をぶんぶんと降っていた。リュウキは苦笑いをしながら手を振り答えた瞬間。
「くらえっ! STR型パワー全開!!」
「わきゃっ!」
リズが、勢いよく海水をレイナに放出する!まるで波だ。レイナの顔面に直撃し、そして、仰向けで倒れてしまった。
「ふふんっ! 油断大敵ってね!」
「リズさんもですよっ!!」
そして、次のターンはシリカ。
「ピナ! ウォーターブレスっ!」
「きゅるっ!!」
「おねーさんの仇討ちですっ!」
ケットシーであるシリカがつれているのは、あの世界のピナだ。また、ALOでもピナに合えたのは、リュウキのおかげだった。この世界は、SAOサーバーのコピーであるため、あの世界のデーターがこちらに上書きをされ、データから復元、そして召喚が可能だった。事前に、リュウキにも色々と調べてもらい、破損したりはしないと言う旨も聞いていた。だから、また……ピナに会えたと、シリカは涙を流して、喜び、そしてリュウキに抱きついたのだ。……因みに、それはシリカとリュウキだけの秘密(シリカが強引に)である。
と、話を戻そう。
ピナは、海水を喉を鳴らせながら飲み始めると、どんどんお腹が膨らんでいく。限界容量まで溜め込んだ後、ピナの上に乗っているユイが、指さした。
「はっしゃーーっ!」
「きゅるぅぅぅぅ!!」
一気にピナの口から吐き出される水鉄砲。
それは、まさに竜のブレスであり、一体その小さな身体のどこにそれだけの水量を仕込めるのか?と疑問に思うがそれは軽くスルーしよう。ゲーム仕様だから。
「うっっ!!!」
そのウォーターブレスを直撃するリズ。
先ほど、レイナが受けた水量の倍、3倍はあろう水が一気にリズの顔面に打ち込まれた。ぎょっ!としたのも束の間……、表情が水で全て覆い隠されてしまい……全て受けた後。
〝ばっしゃああんっ!〟
リズは、豪快に仰向けで倒れた。
「きゅるるっ!!」
勝利の雄叫びを!と言わんばかりに鳴くピナ。
「おねーさんの仇をとりましたっ!」
「しゃぁー! 流石ピナっ!」
ユイとシリカがガッツポーズをした、その時だ。
「隙有りだよっ! えーいっ!」
勝利のポーズを決めているシリカたちの隙を見て、レイナが2人に水をかけた。
「わぷっ!!」
「えっへへ~油断だよー。今は三つ巴だもんっ! それに、仇討ち? 私死んでないよーぉ! ユイちゃんっ!」
「おねーさんが、リズさんに洗脳された模様ですっ!」
「ピナ~ もう一回ウォーターブレスっ!」
「わ、わわっ! それはずるいよっ!」
きゃいきゃいとはしゃぎ回る4人。
そんな賑やかな集団から少し離れた場所では、リーファが難しそうな顔をしながら、海面を凝視していた。
「ぅぅ……」
両手をぎゅっと握り締める。そう、元々今日の日の為の泳ぎの練習だ。全てはこの時の為に! リーファは、息を大きく吸い込むと……。
「んっっ!!」
〝ぱしゃん!〟と音を立てながら、水に顔を付けた。10秒間程、水に顔をつけた後……。
「ぷはぁっ!」
我慢できなくなったリーファは顔をあげた。以前までは、これだけでも苦痛だったし、出来なかった。だけど、今回は出来たんだ。これは大きな一歩だと、自分の中でそう思った。
「リーファちゃん、昼間の特訓の効果、ありそう?」
傍で見ていたアスナがそう聞く。現実世界でのリーファ、直葉に泳ぎの直接指導をしたのはアスナだった。云わば先生!の様なものだ。
「あ、はいっ! ばっちりです、もう怖く無いですよっ! ……足が付く深さなら……ですけど」
最後の言葉が不安を掻き立てるが、怖くないという言葉を聞けただけでもいい。
「良かった。……あ、でも これから行くところは……」
勿論、その程度ではやっぱり心もとないのは事実である。足が付く深さの海にあるダンジョンじゃないからだ。……それじゃ、海底ダンジョンとは言わないだろう。
「ぅぅ……、そうなんですよね。海底ダンジョンってどの位深いんでしょうか……」
文字通り、海の底。
あまり想像したくなかったけれど、今から覚悟を決めておいた方が良い。
「海底、だぞ。浅瀬にはまず無い」
そんな時、後ろからリュウキがやってきた。一先ず少し遅れた事を侘びに来たつもりだったけど、リーファ達の言葉を聞いて答えていた。
「ぅぅ、わ、分かってるよ。……でも、やっぱり聞きたいって言うか……」
「ん……。リーファは、本当に聞きたいか? ……どれくらいの深さかを」
意味深に笑うリュウキ。
それを見たリーファは、ぎゅっと拳を振り上げ、水面を叩いた。
「……わーーっ! リュウキ君がSだっっ! やっぱり、Sだっっ!! もーレイナさんに言っちゃうよっ!!」
「……すまん、ちょっとからかった」
リュウキは頭をかきつつ、レイナの方を見た。まだ、楽しそうに遊んでおり、どうやらこっちには気づいてない様だ。
「もー、レイがヤキモチ妬いちゃっても知らないよ? ……っと、そうだ。ねぇ、リュウキ君。あのダンジョンだけど、正確にはどの位の深さなんだっけ? 正直な所」
アスナは苦笑いをしつつそう聞いた。リュウキは、軽く頭を掻いた後。
「ん。深い所で大体水深110m。……ダンジョンの入口の神殿付近だったら、約100m位だったな、確か。海溝付近は、到達不能地点だから、そこに降りたら、恐らくだが死ぬ様に設定されているだろう」
細かな地形図はある程度作成されており、地図も売り出されている。細かな水深は、多少の誤差はあるが大体地図と同じだ。それに加わるのが、リュウキの観察眼。普通な状態の目でも、正確に頭の中で数値かできる様だ。……その内、暗算で関数計算出来たりする?
「うっっ……ひゃっひゃく……」
そのリュウキの言葉を聞いたリーファは青ざめてしまうが、すぐさま両頬を両手で叩いて気合を入れた。流石は体育会系女子である。
「大丈夫か?」
「が、がんばりますよっ! ……だって」
リーファは、視線を遊んでいる皆の方に……、その中にいるユイに向けた。
「ユイちゃんの為ですもんね」
「……そうだな」
リュウキも同じ気持ちで、にこやかに笑った。ユイは家族だ。あの娘が笑ってくれるだけでも嬉しいから。
「ふふ、ありがとう」
アスナも笑顔でそういった。そして……。
「リューキ君っ! おそーい!」
「ああ。悪い」
レイナがいつの間にか、あちらから外れてこっちに来ていた。
「レイー! リュウキ君のSっぷりがとうとうリーファちゃんにまできちゃってたよ~?」
「……っ!」
「ええっ!!」
まさかのアスナの暴露にリュウキは表情が引きつっていた。
……その先。少しレイナは拗ねてしまって、ご機嫌を取るのに少しばかりかかってしまった。因みに、いつもの言葉を言えば、全て会心の一言……だけど、公衆の面前で言うのは流石に恥ずかしくなってきたと言う事もあるから、時間がかかってしまったのだ。以前リズが言っていた、小っ恥ずかしい~云々を臆面も無く~は、流石に影を潜めてしまっている。(……と言っても傍から見たら十分バカップル!)
だが、その恥ずかしそうにしている2人を見るのも何気に楽しい(嫉妬も当然あるが……)から、からかうネタは尽きないのである。
そして、今回のクエストの件。
それは先ほどリーファの言葉の中にもあったが、全てユイの為にだった。
2025年 7月24日
~イグドラシルシティ~
遡ること1日前。
今回、家族皆で団欒~という感じで、店のカフェ、2Fをまるまる借り切って食事会をしていたのだ。……最近、リュウキの方が仕事の依頼が多数あり、時間がとれていない、と言う理由も多くあって、久しぶりの5人の集合だ。ユイは、それだけでも喜んでくれていた。
「あはは! それでねー?」
話はSAO時代。あの22層での話だ。
「キリト君ってば、湖の主を見た瞬間ねー、すっごい悲鳴あげたんだよ? 『うぎゃー!』って。それに、その後は逃げちゃったんだ!」
「なっ、そ、そこまでじゃないだろ? 精々……、『ひぃ~……』位だったはずだ」
キリトは必死に否定しているが、それを許さない男が1人いる。
「馬鹿言うな。オレが証人、だ。……おまけに、オレ事逃げたじゃないか。現実じゃ、確実に服が破ける勢いで」
「うぐっ……」
キリトは、そう言われてしまえば、もう何も弁解のしようがない。事実、アスナとレイナは離れてて、すぐそばで絶叫を聞いていたのは、リュウキなのだから。
「お兄さんは、釣りの大会と言うイベントでしたが、装備をもって言ってたんですか?」
ユイは、ニコニコと笑いながら、リュウキにそう聞いた。
傍にリュウキがいた以上、そしてキリトに掴まれた、と言っていた以上、その場から逃げ出した、と言う選択はしなかっただろうと推測したのだ。
「いや、持ってなかったな。あの層は、基本的にモンスターはいないから。……む、今思えば先入観に縛られてたな。……反省だ」
「あははっ! でも、私たちはちゃーんと持っていってたじゃんっ!」
リュウキの傍で笑顔でそう答えるのはレイナだ。そうあの主は、アスナとレイナの2人で仕留めたのだ。
「と言う事は、……お兄さんは、素手で戦いを挑むつもりだった。……ですか?」
「ああ、背を向けるのは、性分じゃなかったから」
そう聞くユイの表情から、徐々に笑顔が曇りだした。そこまでしっかりと見ていなかったリュウキは頷く。それを聴いて、ユイはぷくっと頬を膨らませた。
「あ、危ないことしないでくださいっ。お姉さんに心配かけちゃダメですよ?」
「ぅ……、そ、それは……」
ユイの言葉も尤もだ。
因みに、それはレイナにも言われたのだから。あの戦いのすぐ後で。
「りゅーき君っ!?」
「お兄さんっ!?」
「……すまなかった。以後、気をつけるよ」
レイナとユイに怒られたリュウキは素直に頭を下げるのだった。それを聴いてアスナは笑う。
「あはは! もうあんな危ない様なゲームは無いんだからさ? それに、武器使用不可のクエストもあるし、挑んでみるのも、おもしろいかもしれないよ?」
「ぅええ? あれ、メチャ時間がかかるんだぞ?」
アスナの言葉を聞いたキリトが、苦虫を噛み潰した様な表情をしてそういった。それは、結構最近にアップデートされた新たなサブクエスト。土妖精の領土内で習得できる体術スキル。それらをある程度まで習得する事が参加の条件だから、それなりには時間がかかる。因みにキリトがいう時間と言うのは、習得に時間ではなく、敵を倒すための時間だった。当然、剣と魔法が主の世界で、それらを縛って戦うのだから、当然だろう。
「……どんな攻撃法でも、様は使いようだ。工夫を凝らせばどうとでもなる」
「そんな事、さらっと言えるのはリュウキだけだっ!」
そんな話を続けながら、場が笑い声と笑顔に包まれた。
ユイとの思い出は、確かに短い。
2年と言う期間を考えたら、確かに短いものだった。
でも、それでもその思い出の1つ1つは、確かに心の中で輝いているんだ。
「あ、私も主さんは見てみたかったですね」
ユイは、ふとそう思った。
キリトやリュウキ、アスナやレイナの話を聞いていて。楽しい雰囲気を感じていて、そう思ったのだ。主に会いたい、見たい……というよりは、その場の雰囲気の中に自分も入りたかったと言う感じに近いだろう。
キリトは、そんなユイの頭を撫でる。
「新生アインクラッドが22層まで開通したら、また あのログハウスを買って、湖で主釣り大会をやろう!」
笑顔でそういったキリト。……だが、次には何処か悪戯心が目に見えている様な表情をして。
「でもなー、主はすっごくでっかいからなー。……ユイは泣いちゃうかもな?」
「むっ、泣きませんよっ!!」
ユイは頬を膨らませて反論した。
「……キリトじゃないんだから」
そんな時のリュウキの清々しいまでのカウンター攻撃。その言葉は、キリトの額の中心部を正確に捉えて、突き抜けた。
「なな、オレは泣いてないぞっ!」
「比喩だバカ。あれだけビビってたんだからな。……ん、でも初めてで女の子だったら、仕方ないんじゃないのか? ユイ」
最近、リュウキも漸く女の子~と言う感じ?と言うのが判りだしたらしく、そう言っていた。お化けの類は苦手!とか、守らなきゃっ!とか。……勿論、教育者はレイナだ。
大分偏見が入ってる気がするが……、強ち間違いでもないだろう。
「女の子でも、ユイは泣きませんっ! 大きいって言っても、湖の大きさ、面積から考えたら、現実世界の鯨程ではないはずですっ!!」
「……ん。まぁ、鯨と比べたらそうだな。まぁ、大小様々な種がいるが……大きいもので20mを超す。4m以下ではイルカに分類されるらしいから……、確かに」
ユイらしい論理的な考え方である。確かに、あの湖にそれだけのモンスターが生息していたら、あっという間に得物がいなくなり……、いや、 ゲームの世界での話だからおいておくにしても、大体大きさから考えたら間違い無いだろう。そもそも、大きすぎたら身動きが取れそうにない。
「って、まってよっ! リュウキ君、ユイちゃん!」
レイナは、そんな事よりも気になる事があったのだ。ユイの鯨発言の事。これまで、そんな話はした事無いし、見に行った事だって無いから。
アスナも同様だったようで。
「そうそう、ユイちゃんは鯨を見た事あるの?」
やや驚きながらそう聞いた。ユイは、返答に少し困った表情を見せると。
「……いえ、数値データと映像データで、大きさを想定しただけです。私は、パパとママ、お兄さんお姉さんの様に現実世界で実際に見る事は出来ませんから」
「……そっか。そうだよね」
アスナはそれを聴いて、ユイの肩に優しく手を触れた。
「アルヴヘイムに鯨がいれば、ユイちゃんも見られたのにね」
「大丈夫だよっ、お姉ちゃん、ユイちゃん」
レイナは、ひょこっと顔を出すと。
「だって、この世界の海は、とーっても広いんだから。鯨だってきっと直ぐに来てくれるよ」
「……本当ですか?」
ユイは、レイナに聞き返した。それを聴いて、レイナはリュウキをチラリと見て、頷いた。アイコンタクト、だ。
「うんうん! きっと、だよ。だから、皆で見に行こうね? 鯨がやってきたらさ?」
「そうだな。皆で見に行こう」
レイナとリュウキの言葉を聞いて、ユイに笑顔がまた戻った。
「……はいっ!!」
ユイはレイナの言葉で、完全に笑顔に戻った。そして、レイナはアスナにウインクをする。ユイには笑顔が似合うから、あまり困らせたり、悲しませたりはさせたくないから。それは、アスナも同じだ。
レイナに、ニコリと笑って応えた。
「でも、びっくりするわよ? 鯨ってね、とーーっても大きいんだよ? それに、海中からどーんとジャンプもしたりして「ああっ!!」って、なにっ!!」
「どうしたの?」
「なんだ? 主の姿を思い出して、思い出し驚きでもしたのか?」
「違うって!」
キリトの突然の声に驚いて視線が集まる。
「聞いた事があるんだ。……確か、シルフ領の南の方で、鯨が出てくるクエストが見つかったって」
「……初耳、だな」
「ああ、リュウキはイン出来てなかった時に、エギルに聞いたんだ。情報自体が少ないから、仕方がないな」
基本的に、当たり前だが知らない情報は知らないし、即座にサーチできる様な万能コンピュータの真似はリュウキには出来ない。……というより、そんな事が出来てもしないだろう。全てを知ってしまったら、楽しみが減ってしまうも同然だから。
と、それよりも、ユイはその言葉を聞いて、ぱぁぁっと花開く様に笑顔になった。
「ほんとですかっ!」
そして、目を輝かせてこういう。
「私、クジラさんに乗ってみたいですっ!!」
可愛い娘の。
可愛い妹の頼みは聞いてあげたいものだ。
それは、きっと皆だって同じだろう。こんなによくできていて、優しい親、兄姉想いの妹だ。……叶えてあげたい、と強く思ったんだけど~。
この時ばかりは、全員が同じ様に。
『乗るのはちょっと無理かな……』
と呟くのだった。
これが、今回の《クエストへ行こう》の始まりなのである。
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