鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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31. 見解の相違
前書き
10月11日 天気は快晴
いつの間にかベルの奴がエイナ嬢とデートの約束を取り付けていた。いつの間にそんな約束を……!
弟子の成長に師匠として涙を禁じ得ない。その過程で我らが女神の秘密の一端がバレてしまったようだが、それはそれで可愛げがあると言うものだ。
帰りにちょっとばかりトラブルに巻き込まれたらしいが、何かの前兆だろうか?日記にそれらしい記述はない。後で改めて日記の日付の前後情報を確かめる事にする。
それと……未来と関係があるかは不明だが、意外な出来事があった。
あれは夜も更けてきた頃……そろそろ寝ようかと話していたそのときだった……。
ハーフエルフの美人ギルド受付嬢とデートなんて、この町ではまず実現しない。
まして相手がギルド内でもモテるエイナ・チュールとなると不可能に近い。
第一、ハーフであってもエルフはエルフ。異性に対して簡単に心を許すことはない。
第二、前にも説明したが、ギルドの受付嬢は基本的に個人的に冒険者に入れ込まない。
第三、デートの為に時間を割いてくれるほどギルド職員は楽な仕事ではない。
しかし現在この町には三つの壁を平気な顔でぶっ壊せる男が約1名存在する。
そう、白髪にルべライトの瞳が特徴的な少年――ベル・クラネルである。
なお、他にデートに誘えそうな男はティズが候補に入り、ハーフエルフという条件を取っ払うとリングアベルもランクインする。一応述べておくとこいつらが特別なだけであって、他に候補は………いつぞやリングアベルと一緒に戦った学生のユウなら可能性があるかもしれないが、とにかくごく少数である。
それはさておき……彼女とベルがデートに至った経緯を簡単に説明しておこう。
実は昨日ギルドに行った際にベルは彼女に「そろそろ7階層に行きたい」という旨の事を伝えていた。
だがエイナは簡単にウンとは言わない。何故かというと、冒険者になった時期から計算してもあまりに時期尚早に思えたからだ。それに対してベルは「ステイタスは足りてるし先輩もいるから大丈夫」と反論。唸ったエイナは「明日もう一度話し合おう」と提案し、今日に到る。
「なんか、制服を着てないエイナさんって新鮮です……何というか、そう!若々しく見え――」
「ふーん……そう。私まだ19歳なんだけど、『若々しく見える』んだ~………?」
背筋に包丁の切先を突きつけられたような悪寒と共に、笑顔の筈のエイナの背後に恐ろしいオーラが噴出する。リングアベルに「年齢関係の発言は細心の注意を」と教えられたのに早速大失態である。
「ぜ、前言撤回!いつもの落ち着いた制服と眼鏡がなくて開放的な姿がまるでお日様に照らされた上質なシルクのように美しくて柔らかく感じます!!」
「うん、よろしい」
魔物より恐ろしいオーラが消え、エイナの笑顔が素直に喜ばしいものに変わる。
先輩と一緒に女性の褒め方を練習しておいてよかった……とベルはホッとした。
「それにしても……リングアベル君も来るように言った筈だけど、どこにいるのかしら?」
「それなんですけど……先輩は『先約があるから一人でデートを楽しんで来い』って。カツオブシ買ってたので多分ミネットちゃんに会うんだと思います」
ミネットといえば、この前の騒ぎで殺し合い寸前の戦いをしたらしいガネーシャ・ファミリアの若き新星だ。あんなことがあった後でも交友を持っているとは思わなかった。流石に幼い彼女を恋愛対象としては見ていまいが、誘惑を無視して子供の約束を守ったのかと考えると真摯な所もあるらしい。
「へぇ、何か意外……ちょくちょく口説こうとしてくるし、てっきり来ると思ったんだけどなぁ」
「『そのうち必ず埋め合わせをするので今回は許してほしい』……って伝言を頼まれました」
失敗したとでも言いたげにエイナは後ろ頭を掻く。昨日ティズの案内があったためリングアベル本人に確認はとっていなかったが、女性の頼みなら簡単に食いつくだろうと踏んでいた。軽薄そうに見えるのに、唯の女誑しってわけじゃないんだなぁと感心する。
「先輩、いつも『女性には敬意を持って接する』って口癖みたいに言ってました。ちょっとだらしなく見えるかもしれませんけど……その辺は誤解しないであげてくださいね?」
「うん、ちょっと見直したかも……」
しかし困った。今回二人を呼び出そうとしたのが7階層へ行くための話し合いだったのは本当の事だ。だからベルのステイタスやリングアベルのスキルなどをちゃんと聞きだしたうえで装備を揃えてもらおうと考えての待ち合わせだったのだ。
(ベル君とユリコの話だとステイタスは申し分ないらしいけど、今日を逃したら有給取れないし……ああもう、しょうがない!)
「リングアベルの事を暫く頼む」と頼んできた語尾にカタカナのつく同僚――ユリコの顔を思い出し、エイナはため息をつく。同僚に頼まれた以上は疎かにする訳にもいかないし、自分の贔屓で彼が死んだら確実に恨まれる。エイナ自身そんな目覚めの悪い結末は御免だった。
(しょーがない……本当はベル君に装備の一つでも買ってあげようと思ってたけど、このお金はリングアベル君の為に使うとするか……)
代金は彼女への貸しにしておこう、とエイナは決断した。
なお、ユリコがリングアベルの担当をエイナに預けたのは、元はといえば忙しいタイミングに有給を取ってリングアベルの尻を追いかけた大馬鹿者への腹いせにエイナが大量の仕事を押し付けたことに起因する。誰が悪いとも言い難い微妙な連鎖である。
「じゃ、いこっかベル君!行き先はどこだと思う?」
「う~ん……お金持ってきてって言われたから、当然お金使う所ですよね……」
「ふふ……じゃあ道すがら教えてあげる!実はダンジョンの上にあるバベルには露店があってね………」
その日、バイトを掛け持ちしていることが発覚した主神と出くわしたりといろいろあったものの、最終的にベルはバベルの露店で兎の印が入った白い鎧を購入。ついでにリングアベルに丁度いい感じの装備はないかと二人で探し回った結果――
「ウッソぉ!?こ、このブーツ……エルメスサンダルが編みこまれてる!?」
「エルメス……って、確か外国の有名な防具メーカーですよね!?装備した人の素早さを底上げする凄い技術を使ってて、デザインも格好いいからもう何年も先まで予約がいっぱいだっていう!」
「ブーツに組み込んだせいでブランド的価値はないけど、機能は全然生きてるし……凄い掘り出し物見つけちゃったかも!」
――という訳で、リングアベルへのプレゼントは改造エルメスブーツに決定したのであった。
= =
男女二人きりで上手く行くカップルもいれば、上手く行かないカップルもいる。
ベルとエイナがバベルの露店でそれなりに楽しいひと時を送っているその頃、町のカフェでは重い雰囲気で昼食をとる二人の若者の姿があった。
「女神ヘスティアって、本当に優しい神様だったんだね………」
「そのよう、ですね………」
さっぱりとした鶏肉料理を食べていたティズがぼそっと漏らした言葉に、アニエスが小さな声で同意する。彼女の目の前には野菜サラダがあるが、それほど食は進んでいない。
二人は昨日ヘスティアと会合し、今日は朝から他の候補ファミリアに謁見に向かったのだが、その結果はお世辞にも良いものとは言えなかった。
ある神は「虫のいい話には何度も騙されてきた」と疑いの目を消さず、ある神は「クリスタル正教の人間なんて、これ以上評判を落としたくない」と掌返し。ひどい時には罵声を浴びせられて門前払いなどというファミリアもあったほどだ。僅かにでも協力してくれそうなファミリアさえ一部に留まり、実質的に二人のファミリア選択肢は一つに絞られたと言っても過言ではなかった。
一つでも協力的なファミリアがあっただけで幸運とも言えるのだろう。
しかし、今までそんなにも人に冷たく当たられる経験がなかった二人は少なからず動揺していた。
二人は、怖くなってきたのだ。
オラリオに住む人々が抱く小さな闇と悪意が。
特にアニエスは相手の前では平静を装っていたが、今の彼女は目に見えて狼狽している。
しかも、帰りにロキ・ファミリアの本拠地『黄昏の館』に寄ってみると、アニエスの知るメンバーは冒険中で全員留守だった。以来、彼女は完全に沈み込んでしまっている。
きっと心細いのだろう、とティズは思う。
ティズ自身、アニエスとエアリーがいなければ孤独に苛まれただろう。
今も平気かと言われれば言葉を濁してしまう。
道具袋の中に隠れているエアリーがため息をついた。
(無理もないわ。巫女は清貧を貴び、外界との繋がりがないもの。その分人の闇の部分には敏感にもなるわよ。というわけで……ティズ!どうにかしてアニエスを慰めなさい!)
「え!?き、急にそんな事言われたって……」
「……あ、あの……どうかしましたか?」
エアリーの声はアニエスの所まで届いていなかったせいか、アニエスがこっちを見る。
彼女も彼女で意識が別の方に行っていたせいか少しびっくりしているようだ。
一瞬迷ったが、確かに今のままではよくないと思ったティズは何かいう事がないか必死に頭を巡らせる。
「えっと……その胸のペンダントが気になって……」
(ズコー!!)
袋の中のエアリーがズッコケるおどに「なんじゃそりゃ」な質問が飛び出した。
しかし、どうかティズを責めないであげて欲しい。
何せティズはノルエンデ村では割と年長の部類で、異性といったら近所のおばさんと年下の女の子ばかりだったのだ。同世代の異性と接した経験がない天然度100%の男の子には、これが精一杯なのである。
だが、意外にもアニエスはこの話に思う所があったらしい。
「あ……これは、さるお方からいただいたお守りみたいなものです」
彼女の身に着けたペンダントは、不思議な色合いの蒼い石を簡単中鳴くで固定した物だった。
宝石には見えないが、余計な飾り気のない輝きがアニエスによく似合っていた。
「綺麗だね……その、似合ってるよ?」
「………」
ティズの発現に是とも非とも言えない顔でペンダントの石に目を落とすアニエス。
「辛い時や悲しい時は、これに祈るんです。何だか、これに祈ると誰かが答えてくれる気がして……」
「へぇ……案外、そのペンダントをくれた人が見守ってるのかもしれないね」
「そう、ですね。そう考えると心強く思えてきました」
ペンダントをくれた人物を思い出したのか、アニエスの頬が微かに綻んだ。
幸いなことに、少しばかり彼女の心にかかった雲は晴れたようだ。
(………やるわね、ティズ。エアリー正直あの話の流れから成功させるとは思わなかったわ)
(あ、あはは……でも、アニエスが少しは元気になったみたいでよかったよ)
すっかりひそひそ話が得意になってしまったエアリーとティズだった。
「じゃあ明日、改めて女神ヘスティアの所に行こうか。冒険者になるために」
「……それは賛同しかねます」
話の流れが既に何度も繰り返された方向へと戻る。
すなわち――クリスタル解放による世界の救済に、参加するか否かを。
「……女の子一人をダンジョンに行かせるなんて僕には出来ないよ。ダンジョンは死人が出るのも珍しくない過酷な場所なんだよ?戦力は一人でも多い方が……」
「ですから、それは、私の台詞だと何度も言いました。客観的に見て貴方にはその『過酷ば場所』に行かなければいけない絶対的な理由がありません。私から言わせれば無関係の人間をこの過酷な使命に巻き込むことの方が問題です」
「でも………」
「そもそも、冒険者になるのならば性別は関係ありません。現にアイズは女性でしたが、オラリオでも指折りの実力者だそうです。貴方の心配は的外れです」
理路整然と反証するアニエスにたじろぐティズだが、ここで引き下がるほど彼もあきらめが悪くない。アニエスが理論で攻めるなら、ティズは事実で攻める。
「う……で、でもアニエスは魔物と戦ったことあるの?実戦で言えば僕は君より一日の長があるよ!」
「そ、それは……しかし棒術と魔法なら多少の心得があります!」
「棒で魔物を殺すのは難しいよ?それに魔法使うんなら君を守る人が必要じゃないか!」
「それは!ですから正教騎士団から有志を……」
(ティズ!ちょっとエアリーをアニエスに近づけて!)
「え?う、うん……」
道具袋の中のエアリーをアニエスに渡すと、エアリーは小声で告げる。
(あのね、アニエス……今、それはマズイかも)
(ど、どうしてですか?)
(クリスタル正教って戦いになると結構過激だったのは知ってるでしょ?かつての正教と旧教の熾烈な戦争や、その後の『闇の軍勢』との長きに渡る戦い……そんな気質は時代を越えてもなかなか消えない物よ。そこに根源結晶の存在なんか教えたら、どうなると思う?ねぇアニエス、どうしてエアリーと根源結晶が伝承に残ってなかったのか、一度考えてみて?)
エアリーの遠回しな忠告に、アニエスも薄々ながら事情が呑み込めてきた。
(伝承に残されなかったのは、欲深き者が根源結晶が教会の側で濫用されるのを防ぐため。もしそんな力があると知ったら、正教はオラリオと戦争してでもそれを手に入れようとする、と?)
(そういうこと!それに今、オラリオと正教は折り合いが悪いみたい。仲間にするにしたって臆病なくらい慎重な方がいいわ……戦争なんか始まったら捜索どころじゃなくなっちゃうもん)
傍から見ると、道具袋の中を覗いてぼそぼそ喋っている少女という得も言われぬ絵面である。
しかしその内容はここにいる3人にとって決して外せない重要な取り決めだ。
これでアニエスがティズのダンジョン入りを遠ざける理由が一つ減った。
考え込むアニエスは、ティズに確認を取るように質問する。
「………女神ヘスティアの所へ行くのは明日でしたね?」
「え、うん……今日はエイナさんお休みみたいだから報告も出来ないしね」
「ティズの言い分は分かりました。それならば一つ提案があります」
「提案?」
「ファミリアになった場合、冒険者としてダンジョンに行くための許可は当然女神ヘスティアが決めることになります。ですからこの件は女神に裁定してもらいましょう」
なるほど、確かに道理が通っている……とティズは思った。
事実、ティズの最も懸念している所は『女神ヘスティアが許してくれるか』だ。
そしてそれはアニエスにも言える事。協力者である彼女ならばどちらかに贔屓もしないだろう。
「わかった。僕もそれでいいと思うよ」
「それと……もう一つ」
「え?な、なに?」
アニエスは俯いたまま、食べていたサラダの皿を黙って差し出す。
中身を覗いてみると、何故かサラダの具だったベーコンだけが綺麗に残っている。
思わずアニエスの顔を見返すと、彼女は恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ごめんなさい……動物の肉や魚は殺生によって得るものなので食べられないのです。料理を作った方には申し訳ないので、代わりに食べてもらえませんか……?」
「あ……そ、そうなんだ」
偏食はよくないよ、と言おうかと思ったティズだったが、巫女とはそういうものなのかな?と思い直して敢えて指摘はしないことにした。が――
「あら、偏食は美容にもよくありませんわよ?」
「え………?」
「ごめんなさいね、ちょっと相席よろしいかしら」
声をかけられるまで、エアリーもその存在に気付かなかった。
フードを深くかぶった見知らぬ女性が、紅茶を片手にテーブルの席に座っていた。
顔が見えなくとも感じられる、耳を擽るような蠱惑的な気配を纏いながら。
後書き
エルメスサンダル……素早さが上昇するアクセサリとしゲームに登場。これと上位互換装備の「エルメスの靴」は特に攻略に重宝しました。
ユリコちゃん……オリキャラだったんですが、名前が浮かばなかったので。名前の由来は語尾がカタカナになる学園都市の人のネタから。
次回、たぶんリリ登場。
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