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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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32.いつかは猫の恩返し

 
前書き
ノルエンデ復興計画報告書

新しい復興参加者が『3人』加わり、参加者人数が『77人』に増えました! 

 
 
「ごめんなさいね、ちょっと相席よろしいかしら」
「あ……どうぞ」
「ふふ、実際にはもう座っちゃってるんだけどね?」

 その女性は、仕草の一つ一つが絵画から切り抜いてきたかのような淡い美しさに満ちていた。
 フードの隙間から覗く瞳は、見つめるだけで自分の顔が熱くなっていくほどに見とれてしまう。
 周囲はどうしてか彼女には気付いていないが、空気が変わったことにはなんとなく気付いたのか、すこし様子がよそよそしい。

「わたくし、ヘイズと申しますの。よろしければ貴方たちの名前を聞いてもよろしいかしら?」
「あ……ぼ、僕はティズ・オーリアです」
「……アニエスと申します」
「短いお付き合いになるかもしれないけど、よろしくね?」

 にこり、とフードの裂け目から見えたその笑みに、ティズは心音がとくん、と高鳴るのを感じた。

(なんだろう、これ……体が熱い……?)

 あの人は、フードを取ったらどんな髪の色をしているんだろう。
 そんな服を着て、近づいたらどんな匂いがするのだろう。
 知りたい――もっと声を聞きたい。もっと一緒に――ずるずると、引きずり込まれるように思考がヘイズと名乗った女性の方へと流れてゆく。

(ヘイズさんと一緒に居たいな。全部忘れて、あの人の下に――)

 体はテーブルについているのに、魂は次第に彼女の下へと歩み寄っていく。
 街灯の明かりに惹かれる羽虫のように無邪気な本能的な欲動。
 ついさっき出会っただけの女性に、心の全てを曝け出してもいいと思うほどに。

 不思議と、その暖かさは記憶も朧げになった母を思い出す。ティズが生まれる前は、よく甘えていた。全てをさらけ出して、無理せずに胸を借りて泣いたこともある。ヘイズさんは、母に似ているのかもしれない。だからこんなにも、求めているのかもしれない。

『――。―――。――――』

(あ、れ)

 ふと、後ろで誰かが呼んでいる気がして、心が止まる。


『ティズ。あなた、命を賭してまでやりたいことはある?どんな困難が待ち受けていてもやり遂げたい願いはある?』

 ――エアリーだ。小さな体なのに誰より一生懸命で、共に戦うと誓った。

『一刻も早く大穴を塞がなければ他の神殿でも悲劇が繰り返されるかもしれないのです……』

 ――アニエス。風の巫女。冷たいように見えて、本当は危なっかしいだけの女の子。

 二人とは、どうして一緒にいたんだっけ。
 確か、僕は大穴の前で二人とと出会ったんだ。


 大穴の前で、僕は――そう、全てを失った先に残っていた希望を、守り通そうと誓ったんだ。

 だから、そっちには行けないんだ――


「――ッ!?」

 思い出した瞬間、惹かれていた魂が身体に引き戻されたように意識がはっきりとする。どこかに向かいかけていた意識が突然戻った所為か、手元にあったフォークに指がぶつかってカラン、と床に落ちる。

「ティズ?……どうしたのですか、顔色が優れませんが?」
「え……あ、大丈夫だよ。お腹に食べ物が入った所為で眠くなっちゃったかな?」

 アニエスの気遣うような目がこちらの顔を覗きこんでいたのに気付き、咄嗟に言い訳する。
 長く考え込んでいた気がしていたが、少なくともアニエスの眼には突然の出来事に思えたようだ。
 ヘイズさんの方を見ると、おかしそうにこちらを見て微笑んでいた。

「あらあら、こんなにも麗しいレディ二人の前で居眠りだなんて……ふふ、可愛いわね」
「すいません……おかしいなぁ、全然眠い感じはしなかったのに……」

 今になって思えば、さっきのは眠りかける前兆だったのかもしれない。一瞬ふらっとして夢を見てしまったのだ。今はヘイズさんにさっきのような異常な魅力は感じない。ティズは床の下に手を伸ばしてフォークを拾いながら、しっかりしなければと自分に活を入れた。


 そんな彼の様子を静かに見ていたヘイズ――真の名を『フレイヤ』という――は目を細めて見極める。

(心の弱い部分に触れて魅了しようと思ったけど……寸でのところで踏みとどまった。芯の強い子ね……)

 神すら魅了するフレイヤの気を前に踏みとどまるとは、想像以上の意志の強さだ。
 しかし「隣り合う魂」は今の魅了にほだされもしなければティズに干渉もしなかった。
 魂を支配している訳でも融合している訳でもない。人格にはちょっかいをかけず、ただ彼という存在を世界に繋ぎとめているかのようだった。

(余計に判らなくなったわね……)

 輝く二つの魂の謎は、今はまだ解明できそうにない。

 アニエスの方は魅了に多少影響は受けていたが、彼女はぐらつきもしなかった。
 かなり敬虔なクリスタル教徒のようだし、これ以上のちょっかいは無駄だろう。
 昔、気に入ったクリスタル教徒を無理に勧誘しようとした結果、相手が自殺しようとしたことがあった。魅力に負ける自分が許せないから死ぬ――そんなことを本気でするほどに彼女たちは純粋なのだ
 その一途さは好きだし、クリスタル教徒の魂は天界には昇らない。
 彼女としては珍しく、例外に分類される扱いだ。

 そして――アニエスの道具袋の中に、まったく感じたことのない小さな気配が一つ。
 今までは小さすぎて見落としていたようだが、これもまたフレイヤの知らない存在だ。
 ただ、二人を魅了使用としたことには気付いたのか、さっきから子供っぽい敵意が飛んでくる。
 何者かまでは知らないが、面白いのでフレイヤはもっと弄ってみることにした。

「ティズくん、わたくしが食べさせてあげますわ。ほら、あーん」
「ええ~!?ちょ……子供じゃないんですから!恥ずかしいですって……!!」
「でもフォーク落としちゃったじゃない。ほら、遠慮しないで……」

 顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振るティズの姿は純朴で可愛らしかった。
 もっとも、アニエスには何故か冷たい目線を突き刺され、エアリーには「何知らない女とイチャイチャしてるのっ!」と怒りのオーラをぶつけられ、周囲の客には「うらやまけしからん」と嫉妬の視線を浴びて四面楚歌だったが。

(なんか弄り甲斐があるわね……また弄りに来ようかしら♪)

 是非ともやめてあげて欲しいものだが、生憎今の彼女にそんな箴言(しんげん)をする人物はいなかった。



 = =



 有史以来、人類は様々な物質を加工し、追求してきた。
 中でも食糧に対する執着は凄まじく、開拓された食料の運用法は数えきれないほど多岐にわたる。
 すなわち、台所の魔法とも錬金術の開祖とも言われる神聖なる儀式――『料理』だ。

 元ある食品を加工し、新たな味、香り、触感……すなわち「美味しい」を創造する。
  
「しかし、ミネットは思うのにゃあ……数ある偉人の中でも、カツオブシの作り方を考え出した人は猫に神様と崇められてもおかしくにゃいと!!」

 と、顔も知らない神を崇め奉るミネットを横に、リングアベルはシャコシャコと削り節(カツオブシ削り器)でカツオブシを削っていた。周囲には既にミネットに挨拶しに来た猫たちが節を今か今かと待ちわびている。中には涎を垂らして待っている子もいた。

「む、猫のヨダレは口の中を患ってる証拠にゃ!このポーションを飲むにゃ~!!」
「フギャーー!?」
「こらー!苦いからって逃げようとするにゃー!!」
「ウゥゥーー……フシャーッ!!」
「にゃに?ドーブツギャクタイで訴える?意地張ってないでとっとと飲んで治すのにゃッ!!」

 ……ご飯に期待して垂らしていたわけではないらしい。流石はミネット、猫の事なら何でも知っているらしい。今も周辺の猫に取り押さえられたヨダレ猫にまずーいポーションを飲ませている。アスタリスクの力なんかなくとも猫とは通じ合っているので、案外ファミリア内のポジションも変わってないらしい。
 今は猫型の「迷宮(モンスター)弧王(レックス)」を探してビスマルク達と共にダンジョンに潜っているらしい。あんなことがあった後でも元気なようでリングアベルは安心した。

「ガネーシャ殿とはどうだ?甘えられているか?」
「最近は休みの日に日当たりのいいところで一緒にお昼寝するにゃ!………みんなも優しいままだし、こんなことならアスタリスクの力につられて妖精の話に乗るんじゃなかったにゃ……」
「……ま、まぁまぁ!真に大切なものは何一つ失っていないのだからラッキーくらいに思っておけ!」
「失ったものがある時点でアンラッキーだにゃ」


 閑話休題。十分な量のカツオブシを削ったリングアベルは、ミネットにそれを差し出す。

「出来たぞ。しかし、本当にこれで俺も『ねこねこネットワーク』を利用できるようになるのか?」

 そう、今日リングアベルはミネットから『ねこねこネットワークの使い方を教える』と呼び出されたのだ。カツオブシはそのために必要らしいが、果たして自分が猫と会話できるところなど想像も出来ない。
 ミネットはカツオブシの香りに涎を呑み込みつつも説明する。

「アスタリスクの加護がにゃいからあくまで限定的に、だにゃ!このリングアベルの匂いがついたカツオブシと、後は……これを身につけるにゃ!」
「こ、これは………猫耳カチューシャ?」

 非常に軽い金属で作られた黒いカチューシャには猫の耳を彷彿とさせるトンガリがあり、女の子がつけたらさぞ似合うであろうという妄想を掻きたてられる。
 だが、ミネットには自前の猫耳があり、この場に他の人間はリングアベルを於いて他にはいない。……という事は、まさか。

「ひょっとして、俺が付けるのか?」
「そうにゃ!」

 さぱっと答えるミネットの笑顔が、心の汚れたリングアベルには眩しい。
 これで相手がミネットでなければ「何が悲しくて男が猫耳などぉぉーーッ!!」と血涙を流して相手を揺さぶった後に、持って帰ってそっとヘスティアの頭にそれを設置して楽しもうとするだろう。しかし、相手は幼気な女の子。その相手に付けろと言われて断れるほどの「否定する勇気(ブレイブリーデフォルト)」は持ち合わせていない。

「ミネットのニオイをたっぷり染みこませたカチューシャだから、猫たちもこれを付ければミネットの仲間だって分かってもらえるにゃ。……ねこたちがリングアベルのニオイを覚えるまでは洗っちゃ駄目だから気を付けるにゃ」
「あ、ああ……了解した」

 理論的には言いたいことは分かるが、何故か変態チックな気分にさせられるリングアベル。これもまた彼の心が汚れているが故の戸惑いなのだろう。カチューシャの匂いを嗅ぐといったフェチ趣味は持ち合わせていないため、素直にそれを頭に装着する。

「よし、にゃ!それじゃあ………ねこたち~~~!!」
「にゃう?」
「ふみゃー!」
「みゅ?」
「臨時カツオブシパーティの前に発表があるにゃ!会合に参加してないねこには参加したねこが伝えるにゃ~~!!」

 この町のねこの頂点たるミネットの有り難いお言葉に猫たちが「にゃにゃ~!」とひれ伏してゆく様は何ともシュールだが、ねこプリンセス・ミネットが小さいだけあって絵本のワンシーンのように可愛らしい。

「ここに、ミネットの友達リングアベルがいるにゃ!リングアベルは前にもカツオブシを提供してくれた恩人でもあるにゃ!しかし……我々ねこは、まだその恩に報いる事を何もしていないのにゃ!!」
(自分の事をねこだと言い切っているぞ……)

 普通キャットピープルはねこは好きでもねこ扱いされるのがそんなに好きではない。
 何故ならねこはヒューマンの家畜(ペット)でもあるから、そこに上下を作られたくないのだ。
 この事から、彼女にはかなり強いねこ化願望があることが伺える。
 そしてそれはガネーシャに聞かされたことがあった。

 詳しい所はぼかされたが、どうやら彼女は母親に捨てられたと思っているそうだ。
 そして、捨てられたのは自分がねこではなかったからだと思っているらしい。
 全ては真実ではないが、虚偽でもない――だからミネットは『居場所』に拘り、『捨てられる』事を怖れ、『ねこ』に憧れる。そう語ったガネーシャの眼は悲しそうだったのを覚えている。

(とはいえ、今は周囲に甘える事も出来ている。このままミネットがゆっくりと成長してゆければそれでいいと考える事にするか)

 リングアベルの杞憂をよそに、ミネットはかつおぶし片手に猫たちに説明を続ける。

「そこで!リングアベルにも簡易的な『ねこねこネットワーク』の利用者になってもらおうと思うにゃ!!ついては……利用料代わりのカツオブシにゃ~~~!!これを食べた謝恩として、リングアベルが困っている時は協力してあげるにゃ~~!!」

 山吹色のお菓子をばらまくようにリングアベルの削ったカツオブシがばら撒かれ、ねこたちが我先にと群がってくる。ただし容量、用法をきちんと守って食べないとねこたちの健康に悪いのでやりすぎはしないが。

「さて、これでよしにゃ!」
「ふむ………ミネット。簡易的な『ねこねこネットワーク』とはなんだ?」
「勿論説明するにゃ!聞き漏らさないようによく聞くにゃ!!」

 そもそも、『ねこねこネットワーク』とはアスタリスクの加護によってテレパシーなる意識の共有が為されることで成立するらしい。そのテレパシーは、例え声を出さなかったり距離が果てしなく離れていても、相手がねこならば通じてしまうそうだ。
 テレパシーの方はアスタリスクの正当所持者だけが持つ特権なので今のミネットからは失われているが、それでも残った加護を使えば「集合」や「解散」といった簡単な意志ならテレパシーで疎通出来ているそうだ。つまり、自由度は低いがネットワークは未だに生きているという事になる。

「残念ながらアスタリスクの加護をリングアベルに授けるのは無理だけど、それでもねこたちにリングアベルを覚えさせることはできるにゃ。さっきのカツオブシを代価に、ねこたちはリングアベルの頼みごとをある程度聞いてくれるにゃ!」
「ほう……興味深いな。つまりねこの言葉は分からなくても、俺の頼みを聞いてインプット式にネットワークが機能するということか」
「難しい言葉はねこには理解させられないけど、人探し、物探し、道案内、イエスノーの簡単な受け答えが出来るにゃ!ねこは耳もいいから大声で呼べばどこかのねこが近寄ってくれる筈にゃ」
「そいつは心強い!人海戦術ならぬ『ねこ海戦術』だな!」

 ただし、あくまでねこはリングアベルのいいなりではない。
 嫌なことや無茶なことを頼まれれば拒否するし、濫用すれば見返りを更に求められる。
 ねことは元来気まぐれな生き物。そのことを忘れないようにとミネットには念を押される。

「それと……もう一つ」
「なんだ?」
「もし!……もし、ミネットやビスマルクの力を借りなきゃいけないほどの敵と戦わなくちゃいけなくなった時は、絶対に呼んでにゃ!ダンジョンの中からは無理だけど……必ず!!」
「ミネット……?」

 彼女の小さな掌が、リングアベルの服の裾を掴んだ。近くで寝ていたビスマルクも小さく目を開けてこちらを見る。

「ミネットは、リングアベルを殺そうとしたにゃ。なのにリングアベルはいつだって優しいし、あんなことがあった後でも仲良くしてくれるし……!リングアベルは、ミネットにチャンスをくれたのにゃ!ギルドと、ガネーシャさまともう一度向き合うチャンスを!リングアベルとの関係をやり直すチャンスを!」

 リングアベルが決死の突撃を仕掛けてミネットの首に剣を振った瞬間のことをミネットはよく覚えている。彼は心底申し訳なさそうに、そしてミネットが死なぬことを祈るように一生懸命になっていた。自分の命がかかっている場面であんな表情が出来る人間など、ミネットは未だ見たことがない。

 一回の過ちによって全ての信用と居場所、そして友達と命までも失いかけた。
 更に、もしもリングアベル達が死んでいれば殺人の罪を背負って街そのものから追放されただろう。逆に殺されれば全ては水泡に帰してしまう。
 彼女を救ったのは、間違いなくあの鞘に納められた剣。
 そして、それを振るったリングアベルの優しさなのだ。

 だからこそ、彼女は全てを逆にしてもう一度やり直したい。

「だから、これがミネットの『やり直す勇気(ブレイブリーセカンド)』………次は助けてもらうんじゃなく、リングアベルを助けると決めたのにゃ」

 そう告げて微笑んだミネットの笑顔は――リングアベルに彼女が将来とんでもない美人になることを予感させるほどに暖かく、きれいだった。

「ふっ………こんなにも情熱的に求められては、俺も男として引き下がれんさ。約束しよう、いつか俺を助けてくれ!」
「約束破ったら許さなにゃいよ、リングアベル!!」

 こうして、一人の少女は少年と約束を交わした。
 リングアベルがこの約束に本当の意味で助けられるのは――これからずうっと先の話になる。
  
 

 
後書き
今回リリが登場すると言ったな……すまん、やっぱり駄目だった。
大体イメージ通りの文字数に収まらないのか昔からの悪癖でして……。

今更ながらミネットって誰?という人に説明文を。

ミネット・ゴロネーゼ(ブレイブリーセカンドでの説明)
突如としてクリスタル正教の法王を攫い世界各地を震撼させた「グランツ帝国」に所属する皇帝専属キャットシッター。『ねこ使い』のアスタリスク所持者で暗殺者も兼任しており、仲間以外は猫しか信頼していない。種族は人間で、「鐘まち」と違いキャットピープルではないれっきとした人間。 
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