鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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30.金で買えるか買えないか
前書き
ノルエンデ復興計画報告書
新しい復興参加者が『1人』加わり、参加者人数が『74人』に増えました!
アンケートの意見を反映して……
『道具屋』動員数を『13人』に増員し、『エーテルポーション』の作製に着手しました。
『防具屋』動員数を『21人』に増員し、『レインボードレス』の作成に着手しました。
これで、動員可能人数が『60人』から『40人』になりました。
試作品は近いうちに復興支援担当に送ります。アンケートにて次の指示を求めます。
道具屋成長率……42%
防具屋成長率……42%
エイナ「エーテルポーションの作成なんて……ひょっとして復興支援の人の中には本格的な薬剤師でもいるのかしら?」
ティズ「鍛冶屋や仕立て屋だった人、マジックアイテム作成の出来るも来てるみたいです。心強いなぁ……!」
エイナ(レインボードレスがどんなものかは分からないけど、案外ノイエ・ノルエンデって技術力高い人の集まりなのかも………)
世界最北端の地で二人親子が不器用なコミュニケーションを交わした、その翌日。
エタルニアの親子事情になど興味がない美の女神フレイヤは、バベルの頂点で一人唸っていた。
「あの、少年………あれはどういうことなの?」
彼女は人の魂を視る。特に平凡な人間の魂とは違う『色』をした魂には強い興味を惹かれ、別のファミリアの人間を勧誘して自分の元に引き入れたりもしている。
そんな彼女が悩んでいるのは、あの透明な魂をした兎のような少年――ではなく。
太極図のように光と闇が混ざり合った愉快な少年――でもなく。
つい最近オラリオに現れた、今までに見たこともないほどの輝きを放つ巫女――でもない。
「ティズ・オーリア……そういう名前なのね。あのカルディスラ大崩落の唯一の生き残り……でも、どういうことなの?」
彼には――魂が二つある。
フレイヤはそう結論付けざるを得なかった。
当たり前の話だが、魂とは一つの肉体に一つしか収まることが出来ない。
それが自然の摂理であるし、二つも入るほど人は心の器が大きくない。
時折一つの魂が何らかの理由で分離する――リングアベルもそれに近い――ことはあるが、それはあくまで数が増えただけて器の大きさは変わっていない。
ところが、ティズ・オーリアには人の魂とは別に、全く違う存在が感じられるのだ。
一つは今にも消え入りそうなほど淡く、でも確かな光を放つ健気な魂。
何時如何なる時もその輝きを失う事はない、一途な意志。本人の性格とは一致しないが、ある種の英雄の気質と言えるだろう。もしもこれが本当に消え入りそうな魂ならば是非貰っていきたいほどだ。
だが――その魂の弱った部分を守るように、「何か」がティズの魂に寄り添っている。
「あれは何なの……?正でも邪でもなく、ただ強い力だけが感じられる輝き……あれは人の魂でもなければ神の意志でもない。なのに元いた魂と強く惹かれあっている………」
隣り合い、輝きあい、助け合うような二つの光が混ざった輝き。
長き刻を生き続けたフレイヤでさえも知らないその謎の魂はティズの光と混ざり合い、神秘的な光彩を放っている。美の女神であるフレイヤを以てしても『美しい』と呼べるそれは、恋とも愛とも違う不思議な思いとなってフレイヤを満たしていく。
「私も知らない魂………それが、ティズ・オーリアの中にある………」
彼の事を、見届けなければいけない。
そんな漠然とした予感のようなものを感じる。
「この目で、確かめるべきかしら」
丁度「魔導書」をベルにプレゼントしようと画策していた事を思い出したフレイヤは、その魔導書をファミリアに任せるのを止めて自らの手に取った。
退屈と平凡に満たされた褪色の世界に次々と現れる不思議な魂たち。
閉塞を壊すように動き出した忌々しい影に呼応するように、彼らはダンジョンに集った。
もしかしたら、この世界に新たな英雄譚が生まれる予感のようなものを感じていたのかもしれない――とフレイヤは後になって語る。
= =
冒険者なんて大嫌いだ。
約束を破って報酬を横取りなんて当たり前。力に物を言わせて自分の欲しいものを奪っていく。
困っていても助けてくれない癖に、自分が困っている時だけ散々利用しようとする。
挙句、人を罵って隅に追いやる癖に、逃げ出すことは決して許そうとしない。
屑ども、と侮蔑を含んだ声で一言漏らす。
もし自分が小人族でなければ――あんな親の元に生まれなければ――こんなにも惨めに簒奪され続ける運命に選ばれることはなかったのに。
『荷物運び』――非力な自分が唯一出来る、戦えない冒険者の辿り着く最底辺。
相手にケチでもつけようものならボールのように蹴り飛ばされ、口答えするなと脅されるだけだ。
お前は何もしてないから報酬なんて必要ない。
俺達が守ってやったんだから、金を払え。
役に立たないなら精々囮にでもなれ。
心底こちらを見下した顔で、粗暴で粗野で薄汚い冒険者たちは下卑た笑い声をあげる。
なら――別にこちらもそれで構わない。
そちらがそうなら、それはそれで――扱いやすい。
本当に考えていることが丸わかりで、隙だらけで、驚くほど間抜け。
知性の欠片も感じられない相手なら、こちらはそれなりの対応をしてやるだけだ。
自由になるんだ。
自分本位で他人の金を貪る愚か者共など振り切って、本物の自由に――と、その時、路地の角から突然人影が飛び出た。全速力だったために避け損ない、どん、と誰かにぶつかって、反動で体が投げ出される。
「きゃあっ!?」
「うおっ!?チッ、気を付けろクソガキぃ!!ああ、イライラするぜ……!!」
ぶつかった男は、見覚えのないフードの男だった。
砂漠の民特有の服装から察するにナダラケス地方の出身だろうか。浅く焼けた肌と長身に、山狗のようにギラついた目が印象的だった。
よりにもよってこんな時に――!と歯噛みする。余りにも間抜けなミスだった。
急いで平謝りして逃走しようとして――背後から別の男の声。
「チョコマカ動き回りやがって……!もう逃がさねえぞオラァ!!」
「くっ……追い付かれた……!!」
間抜けな冒険者を、非力なサポーターを演じて油断させたうえで金やアイテムをかすめ取る。
自分の魔法と組み合わせることでずっと続けてきた、彼女の唯一人より優れた所。
だが、今日。目の前の目つきの鋭い男の所為でそれに失敗した。
男は容赦なくこちらの胸ぐらを掴み上げる。
憤怒に醜く歪んだ冒険者の顔面が視界に広がる。
ほら、これだ。こうしていつだって暴力に訴えて人から物を奪い取ろうとする。
「返してもらうぜ……俺から盗んだ物『全て』な」
「全て……ですって?貴方から失敬したのはお金だけでしょ………」
そう答えて、はっとする。
違う――この男は金を盗まれたことを口実に、こちらの持っている全てのアイテムや金を全て奪い取るつもりだ。殴って、剣を突きつけて脅し、取れるだけ絞り出そうと考えているのだ。
「ほら、荷物全部寄越しな。何せ、『全部元々俺の物』なんだからなぁ」
「嘘だ!お前から盗んだのはたった5000コルぽっちの金貨袋だけだ!他の物はこっちの……!!」
「どうせ盗品だろう?なら、少なくともお前のモンじゃねえよなぁ……?このコソドロが!何ならそこの兄ちゃんにどっちが疑わしいか聞いてみるかぁ!?」
さっきの男――浅黒い肌のフードの男の視線が背後から突き刺さる。
「なぁアンタ!どっちが本当の泥棒だと思う?正直に答えたら、『アンタにも分けてやるよ』。さぁ、どっちが答えてみな!」
本当に、本当に――どうしてこの世界には味方がいないんだろう。
通行人までも敵に回るのか?それほどこの世界は弱い者を排斥したいのか?
悔しくて、情けなくて、でもどんなに手を引き剥がそうとしても力が足りなくて。
余りに惨めな自分の姿に、涙が流れた。
「答えは簡単だよなぁ兄ちゃん?悪いのはコイツ――」
瞬間――視界がぶれた。
「あぁ、イライラするぜ………偽善ぶった屑は大嫌いだがよぉ……テメェみたいに誇りの欠片もねぇ悪党ってのは同じくらい気にくわねぇんだよぉッ!!」
気が付いたら、フードの男の背中が、自分を庇うように視界に広がった。
錠前の引っかけられた外套がはためき、腰に差された短剣が引き抜かれる。
そして、一瞬男の姿がブレると同時に、情けない悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああああああッ!?手が……俺の手がぁッ!!」
「出血多量でくたばる前にポーションでも塗って、俺の視界からとっとと失せるんだなぁッ!!」
「ヒ、ヒィィィィィッ!!くそ、くそ!何でだよ……何で俺がこんな目にぃぃぃぃ!!」
あの下卑た冒険者は、情けなくふらふらしながら腕を抑えて逃げていった。
血に濡れたナイフから血を払って鞘に納めたフードの男が、ゆっくり振り返る。
助けてくれたのだろうか――いいや、違う。
この男はあくまで気に食わないから相手を斬っただけだ。
残されたのは非力な金ヅルと屈強な男。結局略奪の構図は変わらない。
もたもたと立ち上がり、身構える。
さっきの攻撃は早すぎて目で追えなかった。走って逃げても追いつかれるだろう。実際に見たことはないが、恐らく冒険者としてのレベルは推定4以上。逆立ちしても勝てる相手ではない。
何より――このオラリオで容赦なく同じ人間を斬り裂いたことから、この男は間違いなく犯罪者だ。
今までどんなに手痛い目に遭っても斬りつけられることなどなかった。
オラリオに限らず、殺傷行為は本来ご法度だ。バレれば罪に問われて指名手配されるからだ。
しかしその男はそれでも「気に入らない」という理由で相手を斬った。
宝を持っているこちらは殺されるかもしれない――そう思うと、体が震える。
男の手が伸びて、咄嗟に目をつぶる。
だが、どんなに待っても斬撃は感じないし殴られもしない。
ただ、頭にポンと手を置かれただけだった。
「ったく、盗むんならもっと上手く盗みやがれ。通りすがりにぶつかるようなヘマしてんじゃ半人前以下だ」
「………?う、奪わないんですか?私の荷物を……?」
「バカが。大泥棒には決して破っちゃならねぇ『掟』があるんだよ。どんなにイラついてても、それを破ったら山狗の誇りは地に堕ちる。例えば………『泣いてるヤツから奪っちゃならねぇ』、とかな」
はっとして目元をぬぐう。流れ出ていた一筋の涙が指の上で光を反射した。
かあっと顔が赤くなるのを感じる。弱みなど見せてはいけない筈なのに、見知らぬ男にこんな……
「ち、違います!これは……その、とにかく泣いてなんかいません!」
「チッ……ギャーギャーうるせぇな。とにかく、俺は忙しいんだよ!………ああ、ついでにひとつ聞いとくがよ。最近この辺で『クリスタルの巫女』を見なかったか?」
「え……オラリオに?巫女は神殿にいるのが普通なんじゃ……」
「知らねぇならいい。くそっ、喉が渇く………」
男は一方的に聞いておいて話を打ち切り、こちらの背を向ける。
「あ、待って!名前を聞かせ――」
背を向けた男を呼び止めようとして手を伸ばすが、次の瞬間男は消えていた。
勝手に現れて、勝手に助けて、そして勝手なまま去っていく。
話だけ聞いたらヒーローの筈なのに、どうしてか自分を助けたのはどう考えても悪党で。
「………大人はみんな勝手です」
不満げに、しかしどこか嬉しそうに、狼人族の『姿をした』少女はそう呟いた。
自分も、その「大泥棒」になってみたい――そんな小さな憧れを抱いて。
でも――やっぱり自分にはその力がないから、今日も彼女はいつもを繰り返す。
= =
傭兵、イクマ・ナジットの下に急報が届いたのは今より1週間以上前の事だった。
依頼内容に変更があるとの伝書鳩を受け取った彼は、一先ず旧知の神に巫女を預け、やむをえず中立国エイゼンベルグまで足を運ぶことになる。自分と二人きりよりはオラリオ内で確かな地位にあるあの神の下の方が安全、と考えての事だった。
なお、アニエスはその後独自の行動を始めていることをナジットはまだ知らない。
ともかく、ナジットはその手紙の主と対面し、意外な事実を知ることとなった。
「……巫女をガテラティオに連れ込めぬ、だと?」
「左様でございます。あまり表ざたには出来ぬ故にこのような形で伝える事となったことをお許しください」
バイソンの角を連想させる独特の髪形をした大柄な男は、その厳つい顔で頷く。
「それは、態々話し合いの場所を中立国に選んだこととも関係が?」
「ええ、大いに。特に正都の息がかかった場所と神の直轄する場所は危険でした。本来はノルエンデも視野に入れていたのですが……あの騒ぎでしたからね」
「噂には聞いた。大地の崩落が起きて村一つが全滅したとか……」
「ええ。それでこの地のこの場所を……」
『ねぇみんなー!!わたしの歌は~~!?』
「「「「「ミ・ナ・ギ・ル~~~~~!!!」」」」」
唯でさえ温暖な地方なのにその空気を更に蒸し暑くする男どもの咆哮に顔を顰めながら、ナジットはその劇場で聞いたこともない妙な歌を聞かされていた。古来よりこのような劇場などは周囲の事を気にも留めない客が多いため密会の場としては向いているが、なにもこんな喧しいものでなくともいいだろう。
ナジットは名前くらいしか聞いたことがないが、ステージの上で歌って踊る金髪の女こそが今大陸中で大人気のアイドル『プリン・ア・ラ・モード』らしい。青いフリフリドレスにウサ耳という珍妙な格好をしてマイク片手に踊っている姿からはどことなく不思議な力を感じるが、ナジットには何がいいのかさっぱりわからない。
もっとも、それを口に出した途端周囲のファンを敵に回しそうなため敢えて黙っているが。
男は隣の席に窮屈そうに座りながら笑っているが、さっきの奇妙な合いの手に彼もノリノリで参加していたのをナジットは横目で見ていた。
「いえいえ……実はわたくし、プリン・ア・ラ・モード様の大ファンでしてね……休暇を取ってはよくライブに参加するのです。つまり、これを口実にしてしまえば周囲には怪しまれな……」
『みんな~!わたしがピンチの時は守ってくれるぅ~~!?』
「「「「「プリンちゃん、命ぃぃぃぃぃぃッ!!!」」」」」
「…………おい」
「ご、ごほん。では話を続けましょう」
(まさかこの男、単にこのライブに参加したかっただけなのでは……?)
大の大男がキラキラ光るうちわを持って絶叫している姿に気圧されつつ、ナジットは話を促す。
「ガテラティオ内部に不穏な動きがあります。恐らくは正教とエタルニアの和平に未だ不満を持っている分子の仕業でしょう。彼の者たちはその象徴としてか、新たな『巫女』を求めております。貴方はご存じの事と思いますが――土の巫女は既に死亡しており後継も育っていません。故に彼らは他のクリスタルに仕える3人の巫女に目をつけている……」
「つまり、私が風の巫女を正都に連れてゆけば、その連中の都合がよいという訳か」
「あまり認めたくないことですが、今の正都は清純な巫女が足を踏み入れるには少々汚れすぎております……ゆえに、この依頼も正教の正規のものではなくわたくしの独断です」
ナジットもその男も、故あってクリスタル正教の負の部分を嫌というほど垣間見ている。
だがナジットは傭兵だ。主義も主張も関係なく、あるのは金だけだ。
感情や古巣のことは無視し、端的に聞きたいことを聞いた。
「………追加の依頼は何だ。そして、いくら出す」
「水の巫女は行方不明で目下捜索中。火の巫女は戦を望まぬ神々とエイゼンベルグ軍に守られております。故に現在最優先で守護すべきは――風の巫女。貴方への追加依頼は、正教の不穏因子をエタルニアの協力で暴き出すまでの間、風の巫女を守ることでございます。依頼料は……私のポケットマネーから全財産を出しましょう」
「具体的には?」
「………5億ヴァリス、前払いです」
「!!」
言うまでもなく大金だ。オラリオのような特別な街でない限り、それだけあれば1,2人は一生遊んで暮らせる金額に当たる。驚きを隠せなかったナジットに、男は微笑みかける。
「ふふ……『こんな役職』にいると使いもしない給金が溜まりましてな……如何ですか?」
「……報酬分の働きはしよう」
「くれぐれも頼みましたよ?……大事な事なのでもう一度申し上げます。貴方への追加依頼は、正教の腐敗が暴かれるまでの間、風の巫女を守ることでございます。くれぐれも内密に――お願いします」
物語の主役たちが与り知らぬ場所で――事態は静かに進行していた。
後書き
数名ほど名前を敢えてあげなかったキャラがいますが、知っている人はとっくに勘付いてると思うので敢えてスルーで。知らない人もいずれ分かることです。
原作ではナジットさんは3度にわたって立ちはだかる強敵なんですが、せっかくなので小説版BDFFの要素を入れて味方ポジションに引き入れてみました。尤も結構強キャラ設定なので素直に仲間にはなりませんが。
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