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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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29.ジャイアント・キル

 
前書き
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 依然として、イデアとブレイブの『試練』は続いている。
 一度は折れかけた心と、今にも折れそうな体を気合で支え、イデアは勝機を探した。

 たった一つだけ、ブレイブを倒す技に到るヒントがあった。
 昨日、カミイズミはイデアに『本気』を見せた。
 その本気を今、この戦いで再現できればいいのだ。 

 あの瞬間、イデアは今まで見たことのないカミイズミの構えに正面から突っ込んだ。
 そして、時間そのものが止まったような錯覚を覚えるほどの刹那の間に、イデアは敗北した。
 何をされたのかは分からなかったが、イデアはその時の剣筋こそ見えずとも、体の動き自体は覚えていた。だから先日寝る前にずっとカミイズミの動きを「ものまね」しながらずっと考えた。

(あの瞬間、時間が止まったような錯覚………その正体は師匠の集中力そのもの。達人級の戦士はその集中力によってほんの一瞬の出来事を長い感覚で捉えるという……それの、多分究極形だ)

 だが、極限の集中力があるならそれこそ正面から戦って打ち据えてしまえばいい。相手よりよく見えれば、よく動けるだろう。しかしカミイズミはそうせずに敢えて構えたままイデアを待ち構えていた理由――

(待っていた方が都合がいい……ううん、待っていなければ意味がなかったから!つまり、態と相手に先手を取らせて後手で必殺を取る戦法、カウンター攻撃!!)

 それは、どれほどの鍛錬をすればそこまで研ぎ澄まされるのかを聞きたくなるほどの極限技術。
 相手の動きを100%見切った上で、受け流し、利用し、一撃必殺の剣を叩きこむ。それこそがカミイズミの攻撃の極意。

 今の一瞬だけでいい、その技を使う。

 カミイズミが何十年にも及ぶ剣術修行の末に辿り着いた境地に、剣術歴10年にも満たないイデアが挑むなど無茶だという事は当の昔に解っている。それでも――他に可能性がない!

「思い出せ、あたし。思い出せ――」

 経験。

 姉弟子と鍛錬に打ち込んで叩きのめされた経験。
 家族同然に育った男に訓練で負けて泣いた経験。
 師匠に手も足も出ず、悔し涙が頬を伝った経験。
 沢山の兵士と訓練して、どうにか勝利した経験。
 ハインケル、バルバロッサ以外にも訓練に付き合ってもらった数多のアスタリスク所持者たちとの激戦がイデアの頭を駆け巡っていく。今までの人生で味わった全ての戦いの経験が、剣に注ぎ込まれていく。

(あ……そっか。今までの戦いは今の為にある。そして今の戦いは未来の為に……経験って、そうやって受け継がれていくものなんだ) 

 今、イデアの中には戦いの全てがあった。
 あの本気のカミイズミも、ブレイブの猛攻さえもその中に内包している。
 全てを受け入れて、全てを糧にして今を斬り裂く。
 それが戦い、それが受け継ぐということ。

「ありがとう、みんな……あたしやってみる!」

 今から振るうのはきっと自分だけの剣ではない。
 これはそう、ブレイブが自身で言った通り――みんなの「希望」が籠った太刀。

 万感の想いをこめて、イデアは構えた。



 その瞬間、ブレイブは確かに見た。

 イデアの構えと、かつて戦った旧友の気迫が重なったのを。

「イデア……お前は越えようというのか。今日、ここで………いいだろう!お前にその資格があるのか、覚悟の程さえ見極められれば良いと思っておったが……最後まで見届けてやろうではないかッ!!」

 ブレイブは、敢えてそのイデアに自らの最高の技の一つを見せる事にした。

「我が捨て身の一撃を、その身に受けるがいいッ!聖剣技――『デスパレート』ッ!!」

 『デスパレート』――それは、奇しくもダンジョンに君臨する剣姫の愛剣と同じ意味を持った、決死の一撃。「防御力」を全て「攻撃力」に強制変換する『聖騎士』固有の文字通り捨て身の超攻撃技――つまり自らの防御力を代償に攻撃力を爆発的に上昇させる必殺の一撃だ。

 騎士の『踏み込み』もまた似たような法則が働いてはいるが、聖騎士の『デスパレート』はその段階を大きく凌ぐ。何故ならば『聖騎士』は全アスタリスクの中でも最高の防御力を約束するジョブなのだ。それを糧に生み出される攻撃力は、比類なき最強の一撃でもある。

 この一撃をまともに受ければ、如何にイデアとて戦闘不能は免れない。
 下手をすれば骨折して入院するどころか、命に関る可能性まである。
 それでも、ブレイブは構えたイデアに容赦なくその剣を振り下ろした。


 瞬間、二人の間の時間が一瞬止まった。


(――見える。お父様の剣が)

 ああ、そうか。だから剣をこのように構えていたのか。
 心のどこかが、感心したように納得する。
 確信する。これが、ひとつの到達点なのだと。

 確か、師匠の国では格下が格上にしっぺ返しを喰らわせることをこう呼ぶんだっけ――


「『窮鼠、猫を噛む』ッ!!!」


 剣と剣が重なった、その瞬間。
 まるで反射されたかのように正確に、神速のスピードで繰り出されたイデアのカウンターが『デスぺレート』を天井に弾き飛ばした。
 タイミング、速度、筋力、その全てが神懸かった芸術の一太刀。

 若き日、これと同じ光景に出会ったのをブレイブは想起する。
 最大のカウンターでブレイブを斬ろうとしたカミイズミと、最大の攻撃でそれを破ろうとしたブレイブ。結果、究極の攻撃と究極の反撃は拮抗した。その光景が、たった今再現されている。

 カミイズミの剣が、今度こそ完全にイデアに伝承された瞬間だった。

「我が全霊の剣を………これは、まさしくカミイズミの――」

 だが、ブレイブの言葉はそこで止まった。
 イデアが――ほぼ本能的に、カウンターから繋がる『もう一撃』を繰り出そうとしていたからだ。
 防御力を注ぎ込んだ攻撃を弾かれたことで、今度こそブレイブに一撃を加える最大のチャンスが訪れる。それを見逃さない――否、逃してはならない。

「足りないのよ、お父様を認めさせるにはぁぁぁぁぁッ!!」

 烈火のように燃え盛る意志が、限界の一撃によって止まった筈の身体を前へと押し出す。
 ほんの一筋しか見えない希望という名の糸を手繰るために、イデアは自らの限界を突破した。

 もう彼女にとって、今ブレイブが何を言ったのかなど関係ない。
 ただ、今までに撃ち込んだどの一撃よりも強力な攻撃が必要だった。
 例えデスバレーとで防御力が低下していようが、それでも『聖騎士』の堅牢さが全て失われるわけではない。生半可な一撃には意味がない。
 無我夢中の突進の中でイデアは本能的に、父を越える一撃を欲した。

 目の前に立ち塞がる圧倒的な『格上』に立ち向かう勇気が、力となって剣に溜まる。
 精神力が吸い取られるような感覚と共に、イデアはその勇気の奔流に身を委ねるように『伊勢守』へありったけの力を注ぎ込んだ。それが、本当はアスタリスクの加護や恩恵(ファルナ)なしには再現する事すら困難を極める技だとは気付きもせず。

 それは敵が強大であればあるほど震える心が生み出す無限の勇気。
 どんな脅威にも立ち向かう不退転の意志の顕現。
 そして――『聖騎士』というジョブが勇気ある決断を行う者にこそ認められる所以。

 その一撃は、巨人を殺す英雄の一振り。
 煌々と輝くその剣こそ、誰もが渇望する未来への道をこじ開ける。

「これで……どうだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 奇しくもそれは、彼女の父ブレイブが『巨人殺し(ジャイアントキル)』と名付けた技と全く同じものだった。その小柄な体から溢れ出る信じられないほどの勇気と覚悟が、『伊勢守』の威力を爆発的に底上げしていく。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 技の域を超えて、既に魔法の域に突入した究極の絶技が、ブレイブの鎧を袈裟切りに吹き飛ばした。堅牢を誇る鉄壁の防御を突破した刃に、ブレイブの身体をよろめく。
 建国以来、何者にも退かず、誰にも倒されることのなかった最強の盾に、イデアの刃が傷をつけた。

「と……どい、た………」

 自らの刃が父に達した。
 己のやったことが信じきれないほどの、奇跡。
 だが、確かにその手に感触が残っていた。
 圧倒的な強者に立ち向かう必殺の一撃を放った感触が。

 やった、と思わず顔がほころんだイデアは――そのまま倒れ込んだ。

「あ、れ………か、身体が………?」

 指一本動かずに、意識が少しずつ遠のいていく。
 突然の身体の異変に戸惑ったイデアは、ふと可能性に思い至った。

(あ………ひょっとして、今ので、力を使い果たした……の、かな――)

 実力に見合わぬ無茶をした結果、力尽きてしまった。
 カミイズミの奥義の再現と、父を越える最大の一撃。そんな無茶な行動を連発すれば、技を使う事に慣れないイデアの身体などあっという間に壊れてしまうはずだ。

(情けないなぁ………足も動かないし、瞼も重たくなっていく)

 こんな有様では父に呆れられてしまう――そう嘆いた彼女の身体を、大きくて無骨な手がすくいあげた。視界が白んだイデアにはその人物の顔が見えない。だが、掌から感じる暖かさがその人物の名を教えてくれる。
 自らの身体を抱いた主の方を向いて、呟く。

「ごめんなさい……もう、限界みたい……お父、さま……」
「何を謝ることがある。お前の勇気ある一撃、我が身でしかと受け止めた。聞こえぬか?この歓声が」

 聞こえるのは父の声。自分の心臓の鼓動。そして――

「聖騎士殿の鎧が割れている!?イデア様がやったのか!?」
「なんと……幼い頃より見守ってきたが、まさかこれほどご立派に成長なされるとは……!!」
「流石は元帥のご息女!これは公国の未来は明るいですなぁ!!」
「惜しむらくは決闘の内容を見られなんだことよな。さぞ凄まじい激闘だったのだろう」
「イデア様、万歳!!元帥閣下、万歳!エタルニア公国に栄光あれぇぇぇッ!!」

 自分達を包む、心地よい歓喜の声。
 誰もがイデアを認めていた。誰もがイデアの健闘を讃えていた。
 鳴り止まぬ大歓声が、教えてくれる。皆がどれほどイデアに期待していたのかを。

「お前は皆の『希望』に見事応えたのだ。今は父の腕に抱かれて眠るが良い。これは終わりではなく、始まりに過ぎぬのだから」
「なんか………懐かしい、なぁ…………昔も、お出かけした……後は……こんな風、に――」
「……………ふっ」

 遠い昔、家族で出かけたピクニック。
 その時も、疲れ切ったイデアをこんな風に抱いてくれた――そんな記憶の断片を胸に、イデアの意識は暗闇に落ちた。



 = =



「もう良いのか、ブレイブ……ほう、手ひどくやられたな」

「血は争えぬ……という奴だ。いや、違うな……この子はきっと私を越える」

「まったく、胸を斬り裂かれて血を流したくせに何と嬉しそうな面をしている?」

「だからこそ嬉しいのではないか。この子なら、『オラリオ』に胸を張って送り出せる」

「『もう一つの予言』か………イデアにも話すのか?」

「全てを話すにはまだイデアは幼すぎる。それに――」

「それに?」

「仮に教えた所で、恐らくイデアは自分の行動を曲げたりせんさ。何せ、この私の娘だからな」

「やれやれ……まったくお前達親子ときたら。少しは心配するヲカエの身にもなってみたらどうだ?」



 = =



 エタルニア公国司令部に存在する私室。
 無骨な要塞の中でひときわ異彩を放つ煌びやかなその部屋の天蓋付きベッドの上で、一人のお姫様が――

「んがぁぁぁ~~………ぐぎぎぎ。ぐごぉぉぉ~~………」

 ――オッサンみたいなイビキと歯ぎしりをしながら眠っていた。

 彼女、どうもお姫様と呼ぶにはどこか致命的に足りないものがあるようだ。
 額に包帯が巻かれ、体のあちこちは医者や白魔導師に治療が施されたその身体は、白魔導ケーブルから引っ張った治癒の波動も相まって既にブレイブとの激闘の疲労と傷を全て回復させつつある。
 涎を垂らしながら幸せそうに眠る彼女の顔は安らかなのだが、その光景を見ていると微笑より先に苦笑が浮かぶのは何故だろう。

「――本当によく眠るな、イデアは」
『無理もあるまい。あの元帥閣下に一太刀浴びせるまで粘ったのだからな』
「『ジャイアントキル』だったか……我々もうかうかしていると抜かれてしまうやも知れん」
『それは困る。俺はイデアを護りたいのであって、護られたいわけではないからな』

 頭まですっぽり覆った漆黒の株との男のぼやきに、もう一人――男とは対照的に純白の鎧を着た女が笑う。

「お前のぞっこんぶりは相変わらずだな。流石は潜入任務を放り出して単身エタルニアまで戻ってきた男は言う事が違う」
『言うな!俺だって……俺だって任務でなければもう少しイデアのそばにいたかったのだ!……だが元帥閣下のご厚意がなければ今日戻ってくることさえ難しかった』
「では、またとんぼ返りか?」

 鎧の男はそれに頷き、ちらりとイデアの方を見る。
 その鎧の所為で表情は見えないが、どこか熱のこもる視線だった。

『久しぶりにイデアの寝顔を見れ……ではなく、元気な姿を見られたのだ。今はそれで十分!』
「……イデアの事となると少々色ボケするのも変わらんな」
『い、い、い、色ボケなどしていない!!』
「うぅん………?むにゃ……」

 と、騒がしさのせいかイデアが一瞬眉をひそめて唸った。
 起こしてしまったか――と身構えた二人だったが、やがてイデアは何もなかったように再び眠りにつく。二人はホッと胸を撫で下ろす。

『ゴホン!と、兎に角俺はそろそろ任務へ戻る。暫くイデアの面倒は任せたぞ』
「あ、ああ……まったく、話の一つでもしていけばよいのに、お前も不器用な男だ」
『お前に言われたくないぞ。妹に野武士扱いされてるくせに』
「何っ!?あ、アルテミアの奴がそんなことを!?う、ぐぐぐ………」

 若干ながら自覚があるのか、羞恥に顔を染める女に、男は背を向けて部屋の扉へと向かっていった。
 その背に、もう一度声がかかる。

「気を付けていくのだぞ。『裏切ったアスタリスク所持者』の潜入捜索など、本来は危険極まりないのだからな」
『………分かっているさ。イデアには黙っておけよ?本来は極秘任務なのだからな……』

 男は最後にイデアの幸せそうな寝顔を見て、今度こそ部屋を後にした。
 その背を見送った女は、眠るイデアの額を優しく撫でながら、ぽつりと呟く。

「公国はあまりに多くの問題を抱えている……イデア。お前もいずれそれを知ることとなるだろう。我々は今、神と人とクリスタルを巡る動乱の最中にいるのだからな………」
「むが……すぴー……」


 ――彼女が『オラリオへ向かう』という使命を父より授かるのは、翌日の出来事となる。

 激動の時代の中心へ赴く彼女は一体誰と出会い何を為すのか、それは誰にもわからない。
  
 

 
後書き
ゲーム内ではジャイアントキル(自分よりHPが高い敵に大ダメージ)はあんまり役に立たない技なんですけど、ダンまち世界観ならもっと強化できるはずと思いっきり強い切り札にしてみました。セカンドでは仕様が変更されてより使い道の分からない技になりましたけど……。
ともかく!もう魔改造イデアと言っても過言ではなくなったイデアの活躍にご期待ください。
ベル「あのー、僕たちの出番は……?」
リングアベル「俺の華麗なる活躍は……?」 
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