黒魔術師松本沙耶香　妖女篇

第二十九章

「それでなのです」
「私は特に何も思わないけれど」
「私は思っています」
　そうだという速水だった。
「それはいけませんか」
「思うのは勝手よ。ただ私は思っていないわ」
「やれやれ。何かいつも通りですか」
「いつも通りね。それで」
「はい」
「来るわ」
　沙耶香のその目が強くなった。
　そうしてだった。今その右手に黄色い薔薇を出した。速水もまた女教皇のカードを出すのだった。
　薔薇が散りそれで花びら達が舞う。それは無数に増えて沙耶香と速水の周りを覆った。
　女教皇のエメラルドグリーンの光が二人を囲む。彼等は二重の守りを忽ちのうちに築いたのであった。
　それが築かれたその瞬間にだった。無数の氷の刃と翼が襲い掛かる。数は一見ではわからないまでだった。
　それが次々に二人に襲い掛かる。しかしそれは薔薇の花びらと光の壁によって全て防がれる。防がれた氷達は次々に砕け散っていく。
「さて、とりあえずはこれでいいけれど」
「問題はこれからですね」
　氷達が砕けるのを見ながら言う二人だった。
「どうして反撃するかだけれど」
「相手の姿が見えないのでは」
「そうね。ただ私はわかるわ」
　またしても依子の声が聞こえてきた。
「貴方達の居場所がね。はっきりとね」
「わかるというのね」
「それは」
「ええ、わかるわ」
　また言ってみせてきた依子だった。
「それはね」
「わかる？」
「わかるというのですか」
「そうよ。魔力でわかるわ」
　わかると続ける依子だった。
「貴方達のその居場所はね。その魔力で」
「成程。見えないのはお互いだけれど」
「魔力でわかるというのですか」
「そうよ。それはね」
　言いながらだった。さらに氷の刃と翼を二人に浴びせてくるのだった。数はさらに増え二人の護りを少しずつ崩してきているのだった。
「それによ」
「次に言いたいことはわかるわ」
「言われずともです」
「そうね。貴方達のその護りは少しずつ崩れてきているわ」
　笑みが勝利を見るものになってきていた。
「さて、どうするのかしら」
「私達は貴女の姿は見えない」
「その中でどうして貴女に勝利を収めるのか」
「難しい問題ね。どうするのかしら」
「それは貴女が気にすることではないわ」
「私達がです」
　しかしだった。彼等はまだ余裕を崩してはいなかった。護りは崩れようとしていてもだ。
「気にすることよ」
「それは御存知だと思いますが」
「そうね。ただ」
　依子は二人の背中合わせのままのその言葉を受けても勝利を見ているままであった。
「私もこのまま勝たせてもらうわよ」
「このままというのね」
「来られるのですね」
「さあ、これで」
　その言葉が強いものになった。
「決めるわ」
　ここで、であった。沙耶香と速水は背中合わせになったままでお互いを横目で見た。そのうえで言い合うのであった。
「一瞬よ」
「はい」
「その時にね」
「決めましょう」
「彼女の力が増したその時」
「その時こそが」
　二人は言い合いながらその呼吸を合わせていた。動きもである。
「攻撃を仕掛けられるわ」
「だからこそ」
「さあ」
　沙耶香の目がここで変わった。
　それまで漆黒の琥珀の輝きを見せていた目がである。変わったのだ。
　琥珀からルビーになった。紅い輝きをその目に宿したのだった。
　速水のその顔の左半分を覆っていた髪があがった。そこから黄色い左目が姿を現わした。