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黒魔術師松本沙耶香 妖女篇

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28部分:第二十八章


第二十八章

「楽しみですね」
 そう言うとだった。それが来たのだった。
 氷の翼であった。おそらく美女達の位置はわかっているのだろう。巧みに、かつ複雑に動きながら彼に迫ってきていた。まるで蝙蝠の様に。
「来ましたね」
「さあ、どうするのかしら」
 依子の声が彼にも問うてきた。
「この氷の翼。貴方にかわせるかしら」
「そうですね」
 言いながらであった。速水は懐から何かを出してきたのであった。それは。
 女教皇のカードであった。大アルカナのカードのうちの一枚であるそれを出してきたのだ。それを出してそのうえでカードを己の顔の前にかざしてみせた。
 するとであった。彼の後ろに教皇の白い法衣を着た若く美しい女が姿を現わした。彼女が微笑むと淡い優しい光が速水と彼女の周りに壁を作ったのであった。
 それが氷の翼を防いだ。翼は速水の左に来たがその壁に当たると姿を消してしまった。彼はそのカードの力で防いでみせたのである。
「これで如何でしょうか」
「大アルカナの力を使うというのは」
「いつものことですがね」
「けれど。見事よ」
 彼もまた賞賛した依子だった。
「貴方らしさをよりよく出しているわね」
「お褒めに預かり何よりです」
「そして」
 依子は速水も褒めたうえでさらに動いてみせたのだった。
 とはいっても霧の中なので姿は見えない。気配、そして魔力が動いたのであった。
「それなら私もね」
「また来るというのね」
「今のはほんの小手調べよ」
 そう言いながらだった。
「ほんのね」
「それならどう来るのかしら」
「楽しみではありますが」
「一つで駄目というのなら」
 こう言ってからであった。
「数を出せばいいのよ」
「単純ではあるわね」
 沙耶香は今の依子の言葉を聞いて静かに述べた。
「けれど。だからこそ」
「脅威であります」
 速水が沙耶香にその言葉を続けた。
「そういうことよ。やはりわかっているのね」
「ええ。ですから」
「私達も全力を出させてもらうわ」
「そうしないと敗れるのは貴方達よ」
 霧の中の依子の声が笑っていた。楽しむ笑みをここでも出してみせたのだった。
「わかっていると思うけれど」
「そういうことね。さて、何が来るのかしら」
「見せてもらいましょう」
「言ったわね。数は多い方がいいのよ」
 そのことをまた言ってみせたのだった。
「多い方がね。だからよ」
「来たわね」
「どうやら」
 二人は見えはしない。しかし魔力が発されたのは感じ取った。霧の中で何も見えずともそれは察してみせたのである。見えないが感じることはできたのだ。
 それを感じてだった。沙耶香と速水はお互いに対して言った。
「さて、今はね」
「一人では辛いですね」
 それを言うのだった。
「場所は見えないけれど」
「場所を動いていないのなら」
 互いの気配を探りながらの言葉だった。
 そしてだった。お互いのいた方角を見たのだ。見えずともである。
「行くわ」
「行かせてもらいます」
 互いに左右に動いた。沙耶香は左に、速水は右にであった。それぞれ数歩流れる様に動いた。そのうえで二人は背中合わせになったのである。
「やはりそこにいたのね」
「当たりでしたね」 
 背中合わせになりながら言い合う。
「それなら好都合ね」
「ええ。しかしこれは」
「これは?」
 速水の言葉に応える。そうして背中合わせになっているその彼を横目で一瞥してそのうえで彼に対して問う言葉をかけたのである。
「何かあるのかしら」
「ええ。貴女と背中合わせというのは」
「いいというのね」
「はい。中々機会がありませんので」
 彼の声は楽しむものだった。
 
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