鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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25.西が東で南が北で
前書き
10月10日 最近どうにも風が弱くなっているようで洗濯物の渇きが悪い……
あの騒動から早3日。オラリオも我がヘスティア・ファミリアも平穏を取り戻しつつある。
あれ以来ベルが見違えるように強くなり、嬉しい反面負けていられないな、と少しばかり鍛錬に気合が籠る。女神ヘスティアによるとベルは元々成長しやすい要素があるそうなので、ひょっとしたら将来的にはこのギルドの団長とかになるかもしれない。俺はトップとかは向いていないしな。
……っとと、それはともかくとしてだ。
この日、とうとう俺は日記に記されたいくつかの名前の持ち主と邂逅を果たしたのだ。
あれはそう、冒険の帰りにギルドへ向かった時だったか……。
リングアベル先輩は一体何者なんだろう。
ベルは時々、その疑問を抱かずにはいられない。
……とは言ってもこの町に彼の正体を知る者は一人もいない。なにせ本人さえ知らないんだから。
ダンジョン入りしたのは自分と数日しか違わないのに一緒にいるだけで異様な安定感があるこの男は、ステイタスにおいてもかなり先を行っている。ヘスティア曰く、恐らく記憶を失う前はもっと強かったんじゃないかとのことだ。
一体記憶を失う前は一体どこで何をしていたのやら。少なくともアスタリスク所持者に近しい地位にいたことだけは確かだろう。この間の事件で一緒に戦ったあのジャンって人によれば、リングアベルの太刀筋にはどこか公国流のクセがあったらしい。世界のアスタリスクの半分以上を所持するエタルニア公国なら十分可能性がある。
自分もアスタリスクの加護を受ければ強くなれるだろうか――とも思ったが、それはそれで何だかヘスティアの恩恵を信用してないみたいで嫌な気もする。結局強くなるには自力で頑張るしかない。
同じLv.1でありながら、あの巨大なミノタウロスの腕を槍一本で吹き飛ばしたリングアベル。
その後、それでも死ななかったミノタウロスを微塵に切り刻んで助けてくれたアイズ。
後ろになんか犬耳の人もいたような気がするが、ベルにとってはそんなことは路端に転がる石よりどうでもいい。ダンジョンで追い詰められた自分を助けてくれたこの二大恩人を見て、ベルは自分の根本的な過ちに気付かされたのだ。
「ダンジョンで助けた女の子とイチャイチャしたいとか以前に、僕って他人を助けられるほど強くないよね……!?」
ベルの夢、それはダンジョンで男女の出会いを果たす事。
ある種その夢は、アイズ・ヴァレンシュタインという美し過ぎる女性に出会う事で叶ったともいえる。
だが違うのだ。確かにアイズには恋い焦がれてるが、求めている展開は女性に助けられるという情けない自分ではない。ピンチに颯爽と現れて女の子を救い出して相手を惚れさせる格好いい男のベルが、その憧れには必要なのだ。そしてそれを実現しようにも、今のベルでは到底実力が足りない。
『人を助けるってのは、助けられるだけの力を持った奴だけがしていい事だ』
前に『豊饒の女主人』でミアに言われたあの一言。あの時はリングアベルに向けられたものだったが、はっきり言ってかなり堪えた。自分の考えが机上の空論でしかない事を見事に指摘された気がしたからだ。
もっと強くならなければ。今、ベルは猛烈にそう願っていた。幸い経験値を溜めるための必死の努力の甲斐あってか、現在ステイタスの伸びだけはリングアベルを大きく上回って成長中である。今日もまた、ベルはリングアベルと共にダンジョンで戦っていた。
「ベル!コボルドがそっちに行った!!」
「任せてください先輩!!」
槍を片手にフロッグ・シューターの長い舌をいなすリングアベルの背中を守るように、ナイフを抜いて構える。今更コボルド程度に苦戦するほどヤワではない。もう狩り慣れすぎて的でしかない相手に向かって地面を滑るように駆け出した。
ヘスティアから賜ったベル専用装備、ヘスティア・ナイフに斬れないものなどあんまりない。ましてこの前の事件でシルバーバックと一騎打ちしたベルにとっては、こんな敵はイージーにも程がある。
そもそもこの階層で更に厄介なウォーシャドウでさえ、今ではベルの苦戦要員たりえない。
襲いくる棍棒を余裕で躱してバックを取り、素早く首を狩った。
「……ふッ!!」
『グギャッ!?』
魔物が魔石を残して消滅する。
身体が思考に追従し、理想的な流れが実現する――「決まった」感覚に、思わずぐっと手を握りしめた。
「ふう……よぉし、今日も絶好調!」
魔物との戦いは、より優位な位置から一撃で。一撃で駄目なら最低でも敵の反撃を受けるまでには確実に仕留める。そして仕留めたら素早く味方の下に戻って索敵。パーティでは互いの距離が離れれば離れるほど援護が難しくなるため、ベルとリングアベルは常に近めの距離にいる。
これもダンジョンで培われた経験則に基づく戦法だ。
反対側で戦っていたリングアベルもフロッグ・シューターの攻撃を掻い潜り、単眼を狙いすまして鋭い刺突を繰り出す。
「いい加減しつこいぞ、この変態カエルめッ!!」
『ゲゴォォォォッ!?』
脳天を刃が刺し貫き、その場で倒れたフロッグ・シューターは絶命した。
リーチの長さを活かし、なおかつ自慢の長い舌に槍を奪われないよう立ち回ったリングアベルの足さばきは如何にも戦い慣れており、こうして並ぶとなんだか長年のベテランっぽくて格好いいなぁ、とベルはちょっとだけ憧れに近づいた気がした。
「今日はこの辺にしておくか……ベル!魔石は?」
「回収しました!今日の晩御飯は何にしましょうか?」
「そうだな……今日の稼ぎが良かったら久しぶりに肉でも食べるか?女神もきっと喜ぶぞ!」
「どうでしょう?最近の神様は貯金に凝ってますから『偶にはじゃが丸くんでガマンするんだ!』とか言い出すかも……?」
「未だに貧乏癖が抜けないようだな………が、そんな女神の笑顔にために貢ぐのはやぶさかではないっ!お前はどうだ、ベルッ!!」
「全くもって同感ですッ!!」
びしっ!と返答して無駄なキメ顔をする二人。見る人が見ればある種のダメ人間っぽい。
冒険者一人分の稼ぎでは不安があるが、二人ならば効率が上がってちょっとくらいは資金に余裕が出来る。だが、増えた分のお金の使い道を贅沢に振っていてはいつまでもその場しのぎの生活を抜け出せない。
今後ギルドの規模が大きくなるとギルドへの奉納金や食費などにかかる金額は増えていくため、ヘスティアなりに色々考えているのだ。この前「必勝」と書いたハチマキとソロバンを片手に家計簿の前で唸っているヘスティアを二人は目撃している。
「いい加減6階層の稼ぎじゃ満足できなくなって来たな……ステイタスも足りているのだし、そろそろもっと下まで行ってみるか!そうと決まれば受付嬢に相談だ!」
「そんなこと言って……先輩の場合、女の人と話したいだけなんじゃないですか?」
「そんなの当たり前だろう、何言ってるんだベルは?女性と関係のない所になど俺は行かんぞ?」
「きっぱり言い切った!?」
この男、相変わらずこの手の話では真顔である。
ちなみに、例の語尾がカタカナになる受付嬢はこの前の事件の時もリングアベルをお見舞しにやってきた。あの騒ぎで忙しい中で何食わぬ顔で有給を取った辺り、彼女も相当な盲目である。言うまでもなく現在は事実上仕事を放りだした報いとして事務仕事に忙殺されているらしい。
彼女が抜けた分の仕事を任されたからと仕返しで自分の仕事を押し付けた、とエイナが豪語していたから間違いない。なお、その関係でエイナはリングアベルの担当を一時的に兼任している。
「では!麗しのエイナ嬢(※リングアベルより年上です)に会いにいくか!……ところでベル。お前は彼女をもうデートに誘ったのか?」
「ええ!?え、エイナさんをですかぁッ!?そりゃまぁお世話になってるし美人だしデートに誘えたらぶっちゃけ嬉しいですけど……僕みたいなルーキーにプライベートな時間を割いてくれますかね?」
「おいおい、彼女はそんな世間体で人を区別するような女性か?お前は自分に自信がないようだが、そういう発言は逆に女性を貶めることに繋がるぞ?男なら女性のために輝いて見せろォッ!!」
「はっ……!た、確かにそれこそ男の生き様!流石は先輩です!!」
無駄に盛り上がる二人を見かけた冒険者たちは、「あいつら本当に仲がいいな……」と冷若呆れた目線を送っていた。今日も二人は平常運航である。
= =
ダンジョンからギルドへ、今日の冒険の報告がてら魔石とドロップアイテムの換金へ。
おおよその冒険者が毎日のように行っているルーチンワークは、基本的に変化と言うものがない。
毎日毎日、同じ場所を同じ目的で通って、変化が起きるのはそれからのことだ。前はリングアベルへのやっかみやベルを見る物珍しそうな目線があったが、今では仲良し二人組としてちょっとした人気者だ。二人とも名前にベルが入っているため、ベルコンビとかベル兄弟と揶揄されている。
女たらしだがベルの面倒見がいいリングアベル。純真無垢でリングアベルといつも一緒にいるベル。
まるで兄弟のように(事実、そう見えなくもない)仲のいい二人はこの短期間で町の名物みたいなものになり、そこにロリ神ヘスティアが加わると愉快すぎるヘスティア・ファミリアの完成である。
なお、噂によるとベルコンビは一部の脳が腐腐腐な婦人たちにも大人気らしいが、そこはさて置いて………ともかく二人はいつものようにギルドへ向かっていたのだ。
ただし、リングアベルだけは今日が特別な日になるであろうことを予見していた。
(日記によると、今日だな……もしもティズ・オーリアが災厄を生き残っていたなら、彼は今日この町で目撃されるはずだ。そして、恐らくアニエス・オブリージュも共にいる)
そう、Dの日記帳の記述によると、後にヘスティア・ファミリアの一員となるティズとアニエスがこの町に訪れている筈。そのため、リングアベルは何でもない風を装いながらも周囲に目を光らせていた。
具体的な日記の内容はこうだ。
『風の巫女が、ファミリアの一員……?にわかには信じがたい。神と正教は仲が悪い筈だ。だが、あの緊張感がないファミリアの主神がややこしい事に首を突っ込んでいるとは思えないので、神殿襲撃の煽りで行き場を失ったのを拾っただけかもしれない。さてはて、神殿を襲ったのは本当に野生の魔物なのか……? 追記:一緒にティズという少年もファミリア入りを果たしたらしい。俺の調査とは関係ないだろうが、念のために二人とも暫く様子を見ることにする』
(日記の持ち主(ひょっとして→俺)め……相も変わらず含みのある書き方だな。噂に聞く中二病というやつか?)
中二病とは、今大陸で大人気の歌手「プリン・ア・ラ・モード」の大人気曲「純愛♡十字砲火」の歌詞で『十字砲火!』が『中二病か!?』に聞こえるという空耳現象である。遠い異国の教育機関には中学校というのがあるらしく、丁度中学2年は思春期まっしぐらで恥ずかしい過ちを犯しやすいことからとって、中二病=カッコつけたがってるけど痛々しいという意味で定着しつつある。
しかし、記憶を失う俺は中二病だったのか?脳内で質問してみると、今のお前も別の意味で大概だ!と謎の返事が返ってきた。空耳なので無視することにする。
「あれ?先輩見てくださいあの女の人……なんか困ってるみたいですよ?」
「ん?あれは………」
ベルが指さす先――そこには、何やら困った顔で周辺をキョロキョロしている長髪の少女がいた。
清楚を強調するような白いワンピースに、外部を拒絶するかのような黒い手袋とブーツ。カチューシャで纏められたツヤのある茶髪が背に流れる少女は、どこか風を連想させる近寄りがたい美しさを湛えていた。
年齢は自分と同じくらいだろうか。少なくともベルより大人びた少女は、リングアベルの知る限り見覚えのない顔だ。あれだけの美少女が町にいれば把握している筈だから、まず間違いなく町の外から来た人間だろう。
だが、その表情は憂いというよりオロオロしていると言った方が適切そうな困り顔をしており、しきりに周りの建物を眺めている。その親とはぐれた子供のような仕草は様子はまるで――
「迷子か?」
「迷子っぽいですね」
「ま、迷子ではありませんっ!!」
話が聞こえていたのか、少女が恥じらいを隠すように否定する。
はて、あの少女………つい最近日記帳で見た気がする。というか、もしや――予想は出来たが確信がない。少し話をして、さりげなく聞き出そうとリングアベルは決める。とくれば……ガードが堅そうな彼女はリングアベルが話しかけるよりベルの方が効果的。まずはベルの様子を伺う。
「ご、ごめんなさい!なんだか困っているようだったのでてっきり……えっと、それじゃ何に困っていたんですか?」
その問いに、少女はすぐさま弱気な表情を覆い隠して無表情になる。
「すこし、知り合いを探していただけです。貴方には関係ありません」
「え………」
ピリッとした警戒心と、有無を言わさぬ拒絶の言葉。ベルも突然の拒絶に思わず戸惑い、助けを求めるようにこちらに視線を送ってきた。その表情には「僕、何か失礼なことしました?」と書いてある。他人の悪意や強硬な態度に弱いベルだから、こういう態度の女性とはどう接していいのか分からないんだろう。では、そろそろ俺の出番だ。
「ほほう。だが、知り合いはどうやらここにはいなかったと見える。果たして探しているという人物はどこにいるんだ?」
「場所は分かっています。この町の北西にある『冒険者通り』のギルド支部です。貴方がたに訊ねることはありません」
これ以上話しかけるなと言わんばかりにブツ切りの返答だった。
だが、それだけにちょっとばかり居た堪れない。
なぜなら、今の一言で彼女の迷子が確定したからだ。
「………ええと、君がしきりに目線を送っているそっちは南東の通りなのだが?」
「冒険者通りは真逆の位置ですよ?」
「え?………あれ?でも、私はこっちから来た筈………あれっ?」
改めて通りを見て、そこが全く見覚えのない場所であることに初めて気付いたように少女は動揺している。拒絶の鉄面皮があっという間にはがれ眉を八の字にして再びオロオロ困り果てるその姿に、二人は生暖かい目線を向ける。
(ああ、自覚がないタイプか……)
(気丈で美人なのに方向音痴だなんて……なんだかキュンとくる)
「な、何ですかその目は!?ちょっと通り過ぎてしまっただけです!こことは真反対が冒険者通りでしたね!?ならそれで話は終わりです!」
少女は恥ずかしさを誤魔化してツカツカと反対方向に歩き出す。行き先が分かったのだからもう用はないだろうと言いたいのだろう。が、残念ながら彼女の方向音痴は筋金入りらしく……
「あのっ!」
「……なんですか?」
「そっちは北通りに繋がる道ですけど……」
「……………」
「……………」
気まずい沈黙が空間を包む。
この瞬間、彼女もとうとう自分の方向音痴を自覚せずにはいられなくなったらしい。
この何を言っても彼女を傷付けてしまいそうな微妙すぎる状況に、互いにどう接していいのやら……精一杯考えた末、リングアベルは苦し紛れにこう言った。
「あー、俺たちこれから冒険者通りのギルドに行く予定なんだが、別に俺達の後ろを見知らぬ美女がついてきていても気にはしない。な、ベル?」
「え……あ、ああ!そうですね先輩。冒険者通りなんて誰でも通る道ですからね」
先輩の少女に対する精一杯の思いやりを察したベルはこくこくと頷く。
つまり、ここで直接「道案内をしようか?」と言ってしまうと彼女のプライドを傷つけてしまうから、遠回しに表現することで何とか誤魔化そうという作戦である。
「……では、私とあなた達の行き先が偶然一緒でも問題はないですね……」
意気消沈した少女の返答に、ベルコンビはほっと一息ついた。
この少女、放置しておくと延々と道を彷徨った挙句にダイダロス通りで本格的に遭難しかねない。ここで意固地にならなくて本当によかった。
「さて、では道すがらに偶然一緒の道を行く少女に話しかけてみるか。俺の名はリングアベルという。この町で冒険者をする皆の人気者だ!」
「あ、僕はベルっていいます!先輩と一緒に冒険者してるんですよ?」
「……私は、アニエスです」
どこかいじけたようにプイっと顔を逸らして、彼女はそう名乗った。
アニエス――アニエス・オブリージュ。日記に記された彼女の特徴と一致していた。
後書き
アニエスといえば迷子。迷子といえばアニエスです。
忘れられがちですが、原作ではティズがいなかったら一本道の筈の道で遭難しかねないレベルでした。
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