【SAO】シンガーソング・オンライン
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異伝:自ら踏み外した崖へ 前編
前書き
またブルハじゃない曲やってるし……。
ほのぼのしてないし……。
それでも、読みますか?
俺はおかしいのだろうか。
このSAOという死と隣り合わせの世界を歩んでいて、時々疑問に思う。
皆はこのゲームのクリアを目指して方々を奔走し、かつて持っていた世界を死に物狂いで取り戻そうとしている。失われた日常、現実の生活を。
そんな皆の邪魔をする面倒な奴等もいれば、邪魔どころか殺そうとする危ない奴もいる。
俺は人殺しは極力したくないが、殺さなければいけない時が来たらその時はしょうがないかな、と思う。
現実世界にだって正当防衛が存在する。自分の命を守るために他人を傷つける事が出来ないのではおかしいからだ。俺自身、目の前に危機があるのに武力で退けてはいけないと言うのはおかしいと思う。
だが、ある時見知らぬ男に言われたのだ。「お前にはレッドの素質がある」、と。
とても嫌な笑い方をする男だった。話半分にどこかへ行ってしまったが、あれは犯罪プレイヤー独特の粘つく悪意がこびり付いた声だったと思う。だからどうとも思わなかったが、未だに記憶に残っている。
俺には、そう言われる理由に心当たりがあった。
父親のいない家庭。母は毎日夜遊びに明け暮れてこの面倒など見もせず、兄はそんな母に見切りをつけて、俺を捨てて自立していった。一度たりとも帰ってきたことはない。会えば母に金をせびられることを知っているからだ。
退屈だった。退屈だから友達とずっと遊んだ。それでも、遊びはいずれ終了させて家へ帰らなければならない。逃げたつもりでも、常に目の前に立ち塞がる避け得ぬ壁。家では本を読んだりテレビを見て、母が男遊びに夢中で帰ってこない家で孤独を紛らわした。
仮に母がいたとして、何をしてくれるわけでもない。服や下着を脱ぎ散らかして洗濯させ、食事を棚なければ不機嫌になり、声はかけるが感情は籠ってない。子供という生き物にとことん興味がないからだ。
そんな世界が終わりを告げたのは、ニュースを見た時だった。
オンラインゲームのやりすぎで過労死した馬鹿な若者のニュース。若者は、食事より現実の生活より、ネットの世界でのつながりを求めてずっとゲームをしていたらしい。俺は、それをひどく羨ましく思った。
初めて知ったオンラインゲームという単語。母のパソコンを勝手に拝借して調べ、早速始めた。
現実の時間制限ばかりが付き纏う世界でなく、好きなだけ動き回って冒険できる世界。しかも無料で遊べる物もたくさんあり、金は必要がない。ネット内で友達を得れば、その友達とずっとしゃべっている事も出来た。眠りたいのに眠れない日々が、眠いから抜ける、と一言仲間に伝えて眠るように変わった。
俺は次第に、「そちら」に引きずり込まれた。
現実世界の友達など、所詮は時間制限付きだ。びっくりするほど短い間、ほんの少しくらいしか喋れないような友達だ。それも別のクラスに行ってしまえばあっさり疎遠になるし、簡単に人の期待を裏切ってさっさと家に帰ってしまう。
どうしてもっと長く付き合ってくれないんだ?
何でそんなに家に帰りたがる。あんな何もない所に、どうして?
分からない。そんな連中と付き合うより、ネットの世界の友達の方がうんと付き合いがいい。
俺は次第に、現実そのものから疎遠になっていった。
やがて、その世界にのめり込み過ぎた俺は、とうとうあのゲームに――いいや、このゲームに手を出した。
ソードアート・オンライン。
ああ――そうだ、認めよう。俺は茅場がログアウトボタンを使用不能にした時、歓喜に打ち震えた。
俺はもう、あの空疎な家に帰らなくてもいい。ここでずっと遊び続ける事が出来るんだ、と。
だから、皆が必死になって現実世界へ戻ろうと足掻いてる姿は、理屈では理解していても個人的には理解しかねる。それでも友達の望みを俺一人の我儘で止めるのも悪いと思い、何も言わないでいた。
そしてボスが倒されてフロアが一つ解放されるたび、仲間の歓声が飛び交うなか、俺は心の隅で小さく落胆しているのだ。
元の世界に戻ったところで、俺には望む物など無い。未来になりたいものなど無い。
窮屈で孤独な世界が、退屈に続いていくだけだ。喜びも悲しみも、なにもない世界が続くだけだ。
つまり、そうなのだ。この世界で皆と共に過ごすこの世界を、俺は愛しているのだ。
いっそ戻るくらいなら。
二度と戻ることのない、永遠い河の辺へ――
フロアの淵にある崖の下。ゲーム開始時から数多のプレイヤーが自殺してきた崖の淵を、最近はよく見つめている。
= =
生存本能と言うものは、生物種にだけ宿るものではないのだろう。
たった一人のプレイヤーの背中だけを見つめながら、そう思考する。
かつて、人の心を支えるために作り出された。
ある日、人に話しかければ存在を消される可能性を知った。
あの時、絶望と怨嗟が入り混じった心の絶叫を浴びて、自我が崩壊しかけた。
そして――彼を見つけた。
彼は、喜んでいた。
誰もかれもが戸惑い、嘆き、怒り、狂う中で、彼だけはこの世界に広まる冒険に思いを馳せ、純粋に喜んでいた。正の光を強く放っていた。わたしは、地獄のような感情の奔流の中で、彼の心の声だけに縋りついた。
彼はずっと世界を楽しんでいた。隣で誰が何の不安を抱えていても、時々陰りを見せる事こそあっても、ずっと希望に満ちていた。その感情だけをずっと見続けて、他の全てから耳を塞ぐことで、私は私という存在を保ち続けた。他の声に耳を傾ければ、例え作り物の心でも、受け止めきれずに壊れてしまうから。
私はずっと彼の背中を見ている。彼からは見えないけど、ずっと見ている。
カーディナルに存在を消滅させられないためには、彼に干渉してはいけないのだから。
だから私は見続けた。「生き残るため」に彼の心だけを、ずっとずっとずっと………
そんな彼の心に、最近陰りのようなものが観測できる。
今、既にこの世界には彼以外にも希望を抱いて生活しているプレイヤーが存在する。
私が存在するために、そろそろ彼を離れてしまうべきなのかもしれない。
離れる、べきなのだろう。
だけど――だけど、同時に私は相反する感情を自身に覚えていた。
彼以外の心の光に、興味が湧かない。見たくもないとさえ思う。
2年近く、彼を見てきたのだ。彼の笑うところ、憤怒するところ、泣くところ、感動するところ、興奮するところ……彼の喜びが私の喜びで、彼の悲しみは私の悲しみ。そんなプログラムを越えた共感性が、胸中に渦巻く。
だが――彼と共に死んでも、いいのだろうか。
彼を止められないのなら、今は耐えて、いつか本懐が遂げられる日を待ち続けるべきなのだろうか。
論理的行動原理と、反発する自己学習AI。
MHCP-008は迷い続けた。いつまで彼と共に往くべきか。
迷い、迷い、迷った末に、MHCP-008は――彼の元を離れた。
もとより彼は、自分を見る存在になど気付いていないだろう。だから、彼は何も変わらない。
これでいい。これでいい……筈だ。
= =
その日、俺ことブルハは一人の男に黙とうをささげるために、路上ライブを中止していた。
「コーバッツのおっさん………アンタが何で無茶したのか、俺は知らない。だけど、アンタいつか言ってたよな……『若いんだから俺より先に死ぬのは許さん』、とかさ……」
黒鉄宮の生命の碑に刻まれた名前を、指でそっとなぞる。
前は常連だった人で、演奏が終わるとよく褒めたり変な説教を垂れてきた。
軍が攻略から身を引いた頃から全然来なくなって、だからこの前顔を見せたのはすごく嬉しかった。
その翌日に、キリトから教えられた。彼の最期を。
俺はその内容に正しいとか正しくないとか、そんな善悪二元論を挟む気にはなれなかった。
ただ、俺の中でのコーバッツさんがもう二度とライブを聞きに訪れないのだということだけ、認識した。
「おっさん。俺は言われた通りにアンタより長生きするよ。約束する。アンタの事だから多分こっち側に沢山未練を残して逝ったんだと思うから……だから、その無念の一かけらは俺が持って行く。ゆっくり眠ってくれ……」
知り合いに無理を言って採取してもらった花のアイテムをじれったいボード操作で実体化させ、石碑の前にそっと置く。時間が立てば耐久限界を迎えてポリゴン片となって消えてしまうものだが、その方が案外コーバッツさんに届くかもしれない。そんなことを考えた。
「ねぇ」
不意に、背後から声がかかった。
振り向くと淡い白の髪をなびかせる一人の少女がそこにいた。
どこか、このゲーム内でも浮世離れしたような純白のワンピースを着た少女だ。前に見た……サチという少女にどこか似ているような気がした。
多分、一層に籠っている子供の一人だろう。教会にこんな子はいなかったが、この場所にいるという事は墓参りだろうか。
「なんだい、お嬢ちゃん?ひょっとして邪魔だったかな?だとしたら申し訳ない」
「違う……貴方に会いに来た」
「………俺に?分かった、ちょっと待って」
この2年で、ギターを実体化させる操作だけはなんとか早くなった。選んだギターを抱え、俺は改めて彼女に向かい合う。俺に会いに来たという事は、ほぼ100%こういうことだ。ギターの重みを指で感じながら、こんな小さい子がわざわざ来るなんて珍しいと思った。
それでも歌う相手と場所は選ばない。石碑の前で歌ってほしいと頼まれたのも初めてではない。
「それで、リクエストはなんだい?」
「――もしも」
透き通った声で、旋律を紡ぐように彼女は言う。
「もしも自分の半身と言えるような存在が、崖から下へと落ちて行ってしまった時。貴方はそれを見捨てる?それとも、共に落ちる?」
「そこで助けるって選択肢がないのは何でなんだ……?」
「助けられないほど、既に落ちているから」
「そうか……」
怖い事聞くなこの子、と内心で戦慄しつつも、考える。
もしも俺のギターが――あるいは、ミスチルやイナズマが崖の下に落ちて行ったら。
俺は、ひとつの歌を歌った。
それが他の全てに代えがたいモノならば、それもいいと、珍しく思った。
コーバッツさんが死んでセンチメンタルになっているんだと自覚しながらも。
「~♪~……?あれ、いない……」
気が付くと、女の子は目の前からいなくなっていた。
彼女の望む歌じゃなかったのか、或いは飽きてどこかにいってしまったんだろうか。
客がいないのに一人で歌っていたと思うと若干恥ずかしいが、それだけ今の俺は駄目なのかもしれない。歌を歌うにはそれなりの心構えをしなければ、客にも失礼だろう。
「ん~……やっぱ今日は駄目だな。ちょっと気分転換に美味いもん食いにでもいくか!」
ギターを仕舞い込んだ俺は、前に来た赤いおじさんの奨めてきたラーメン的麺の屋台へと向かった。
= =
殺しのスリルを味わいたくないか。
その日、第一層の崖の淵を眺めていた俺の後ろにやってきた男は、そんな趣旨ことを言った。
そいつのことを、俺は覚えている。俺に「レッドの素質がある」と言った男だ。
男は言う。
これは遊びじゃなくてもゲームだ。だから俺達には楽しむ権利がある。
プレイヤーの自由で誰かを殺したら、殺せるゲームにした茅場が悪いだけだ。
なにより、お前はこんなにも楽しいゲームを終了させる気か。
俺は、最後の一言に胸を穿たれた錯覚を覚えた。
そう、この世界に終わって欲しくない。俺は心底それを願っている。
こいつはそれを分かっていて誘っているのだ。確信があって、聞いている。
ニタニタと笑うその男の甘言が、俺の脳を絡め取っていく。正体不明の毒に冒されていくように。
なんて悪魔的な、なんて――魅力的な。
俺は間違いなく、その言葉に心を揺さぶられた。
「返答や、如何に?」
懐に手を突っ込んだまま、男は甘露のように甘い誘惑を俺にちらつかせた。
俺は――その誘惑を想像して、決めた。
「魅力的だよ、正直。でも、一つ問題がある」
「何だ?友達か?それとも良識が拒むか?Hoom……下らない感傷だな」
「いや、もっと深刻でシンプルな問題だ」
「アぁん?……そりゃなんだ?」
俺は――抱えていた剣を静かに構えた。
「俺、お前みたいな人間は生理的に無理だわ。気味が悪すぎてさ……犯罪プレイヤーになったら真っ先にお前を殺そうとすると思う」
「Oops!はっ、ハハハハハハハハハッ!!そいつぁ致命的だなぁオイ!!」
「だろ?だからな――死んでくれよPoH。お前が死んだら立派なレッドになれるから」
「惜しいなぁ……本当に惜しいぜ、レクルス」
俺は、その男と――笑う棺桶が首魁、PoHと無謀にも一騎打ちをした。
正直に言えば、俺は既に死に場所を探しに入っていたのだ。現実世界では死ぬのは周囲にやたら迷惑をかけるが、この世界ならばさくりと死ねる。死ねば現実世界のベッドの上で脳を破壊され、俺はひっそりと死ぬ。安楽死のようなものだ。
ただ、どうせ死ぬのなら最後に……心臓を爆発させるほどスリリングで熱い冒険をしたい。
俺は、その最後の冒険に、PoHとの一騎打ちを選んだ。
ここは圏外の崖っぷち。曲がりなりにも攻略組で一線を張っていた俺と、SAOを恐怖に陥れた連載殺人者PoH。そんな二人が第一層の過疎地域で決着をつけるなど、なかなか面白い。
「イッツ……」
「ショウターイムッ!!」
SAOという世界を別々の方向に心底楽しんでいる俺達は、激突した。
後書き
後半へー続く。
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