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牡丹

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2部分:第二章


第二章

 暫くして戻ってきた。その手にあるのは。赤い花びらだった。
「馬鹿な、何故赤が」
「宜しいでしょうか」
 赤い牡丹の花びらを見せて父に問う。
「これで」
「・・・・・・よいのじゃな」
 項垂れた顔と声で娘に問う。
「それで」
「はい。覚悟はできております」
 強い言葉を返してきた。
「ですから」
「わかった」
 そこまで言われて遂に彼も頷いた。
「では任せる。好きなようにいたせ」
「有り難うございます」
 貂蝉は父に礼を述べる。だがこの時彼女の腕には傷があった。そこには赤い血が流れている。彼女はその血で白い牡丹の花を赤く染めていたのである。しかしそれはあえて言いはしなかったのだ。

 それからすぐに。王允は呂布を自分の屋敷に呼んだ。美味い酒があると聞いた呂布はすぐにやって来た。
「やあ、王允殿」
 一際大きな男が屋敷の中で彼に声をかける。その大きな男こそ呂布であった。礼服に身を包んでいるがそれも実によく似合っていた。
「よくぞ招いて下さった」
「いやいや、こちらこそ」
 王允は笑って呂布に応える。二人は屋敷の廊下で言葉を交える。左右にはそれぞれの下僕達がおり廊下の左右は赤く飾られている。廊下とはいってもかなりみらびやかであった。
「天下に名高い呂将軍をお招き頂けるとは」
「ははは、お世辞は結構」
 呂布は案外単純な男だ。ありきたりの世辞にも気をよくさせている。
「まあお喋りはその位にして」
「はい、こちらへ」
 王充に案内されて奥へと入る。奥に入るともう宴の用意ができていた。王充と呂布の席は上座に用意されていた。二人がそこに着くとすぐに音楽が奏でられ羊の肉が出された。
「羊とはこれまた」
「将軍がお好きと聞きましたので」
「ええ、確かに」
 呂布は杯を手にそれに応える。彼は元々西方の生まれだったので羊は馴染みの肉だったのである。だからこそこれを出されて機嫌をよくしない筈がなかったのだ。
「ささ、どうぞ」
「かたじけない。しかし」
「しかし?」
「この曲はまた独特の曲ですな」
 耳に聴こえる演奏を耳にして述べる。
「それがしは曲というものには疎いのですがこれはまた」
「娘が作ったものです」
「娘が」
 呂布はその言葉に顔を向ける。
「王充殿に娘がおられたのですか」
「御存知ありませんでしたか」
「いや、全く」
 呂布は驚いた顔でそれに応える。
「聞いてはおりませんでした」
「義理の娘なのですが」
「左様ですか」
「はい。それでは」
 王充はまた述べる。
「宜しいですか?今こちらに呼んでも」
「ええ」
 彼は別に断る理由もなかったのでそれに頷いた。
「それでは御願い致す」
「わかりました。それでは」
 卓の上にある鈴を鳴らす。すると紅と白の華やかな服に身を包んだ一人の女が姿を現わした。それは貂蝉であった。
「何と」
「貂蝉」
 王充は息を呑む呂布をちらりと見た後で彼女に声をかけてきた。見れば彼女は二人の前に膝をついて畏まっている。
「こちらはあの呂布将軍じゃ」
「その方がですか」
「そうじゃ。御主の舞、見せてやるのじゃ」
「わかりました」
 貂蝉はその言葉に頷く。彼女が作ったという曲に合わせて優雅に舞をはじめた。その舞は艶やかでもあり呂布の心を虜にするには充分であった。
 王充はそんな彼を見て俯いていた。そこには躊躇いの色があった。しかし貂蝉は優雅に笑っている。それはまるで一つの障害を越えたかのようであった。
 舞が終わりまた畏まる。王充はそこで呂布に声をかける。見れば彼は貂蝉を見てまだ呆然としていた。
「将軍」
「はい」
 王充に言われてようやく我に返ったといった感じであった。
「如何でしょうか。娘の舞は」
「いや、これは」
 それに応えて述べる。
「これ程の舞は見たことがござらぬ。いや、何と言っていいか」
「将軍、そこまで」
 貂蝉は呂布の言葉を聞いて頬を赤らめさせる。それが呂布の心をさらに捉えるのであった。
「王充殿」
 呂布は貂蝉を見たまま王充に声をかけてきた。
「御息女の御名前は何というのかな」
「貂蝉と申します」
「貂蝉か。よい御名前ですな」
「有り難うございます」
「若し宜しければ」
 呂布はまた述べる。
「またお伺いしても宜しいでしょうか。そしてまた」
「いやいや、それには及びませぬ」
 王充はにこやかに笑って呂布に言ってきた。そのにこやかな顔は仮面でありその裏にある真の顔は。貂蝉を見て泣いていた。
「娘は十六になりまして」
「うむ」
「そろそろ相手を探していたのですが。それが天下にその名を知られた呂布将軍であれば」
「よいというのか?」
「はい」
 真意を押し殺して答える。
「如何でしょうか」
「いや、それは」
 呂布は思いがけないその言葉に目をしばたかせて王充を見る。これは予想していなかったのだ。
「まことでござるか」
「嘘で申しましょうか。御覧下さい」
 貂蝉を手で指し示してみせる。
「娘もまた」
 見れば呂布を見て顔を赤らめさせたままであった。彼はそれを見て王充に顔を戻してきた。
「それでは」
「はい。吉日を選んで」
 こうして貂蝉は呂布の妻となることが決まった。呂布にとってはまさに奇貨であった。しかし貂蝉にとってはそうではなかった。彼はそれに気付いてはいなかった。

 
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