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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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第一章 Your Hope
  9.燻る者たち

 
前書き
これから暫く、焦点がティズとロキ・ファミリアの方へ移ります。 

 
 
 話は、リングアベルが宿の主人から「ロマン」を受けとる前日――そして、ノルエンデ唯一の生き残りが目を覚ます1週間ほど前に遡る。 


 ロキ・ファミリア初めての「オラリオ外への遠征」。
 それは、主神ロキの突然の指示で決定された。

「皆、これからカルディスラ行くで。遠征の準備しいや!」
「え?突然なんですか……?」
「早よしぃやッ!!」

 鶴の一声というべきか。メンバーは突然の事に疑問を抱きつつも速やかにテントや食料などの荷物を纏め、遠征出発の準備を整えていた。この素早さがなければトップファミリアにはなれないだろう。
 ロキは準備が整ったことを確かめると、理由は後で説明するとすぐさま馬車を借りて町を出た。
 結局、説明は日が沈んで移動を中断し、その場でキャンプをすると決まった際に語られる。

 ロキの話はこうだ。
 隣国カルディスラ王国のノルエンデ地方で、謎の発光現象が確認された。
 その調査に出ようという話を神々で話し合ったが、興味のない連中とアンチ・クリスタリズム全開で何かしらやらかしそうな連中ばかりだったので、仕方なく光の調査をロキが引き受けた。一応この調査を受け持つことである程度報酬も出るからそれで納得して欲しい。

 全ての話を聞いたファミリアのメンバーはいまいちピンと来てない様子であることに気付いたロキは、面倒くさそうに頭の裏を掻きながら説明を始めた。

「長い事ダンジョンに籠ってたら国際情勢に疎いんはしゃーないか………今な、オラリオはかなりヤバイ状態にあんねん」
「ヤバイ?何がヤバイって言うんだよ。全然分かんねえぞ」
「ベートは説明しても分かんなそうだけどね」
「同感ー!」
「ウルセェぞバカゾネス姉妹っ!人の事小馬鹿にしやがって!」

 ティオネとティオナ姉妹の息の合った茶々に、最初の質問をした狼人(ウェアウルフ)のベートは憤慨した。この三人は割といつもこんな感じである。事実ベートはその方面に全く興味がない人種なので自覚があった分余計に腹立たしかったようだ。
 ロキはヤレヤレと呆れながらも説明を続ける。

「まぁ聞きぃや。今やクリスタル正教とアンチ・クリスタリズムは大陸を二分するドデカいイデオロギー対立を起こしとる。最初の方こそ正教圏は狭かったけど、その加護は魔物討伐や環境の安定、科学力っちゅう分かりやすい利益を齎しとるし、神と違ってそこまで顔色伺わんでええって分かってからは民の意識が大分正教に流れとるんや。当然、その事を心底気に食わん連中も仰山おる。神に見切りをつけさせとるわけやしな」
「それは知っている。前から神々の一部がそれを不満にちょっかいをかけてはコテンパンにやられて戻ってきていたが………そこまで情勢は悪化してるのか?」

 エルフのリヴィエアは半信半疑といった雰囲気だ。
 確かに今までエタルニアやクリスタル正教へ攻める馬鹿なファミリアは存在したが、その度に死者を出さずに終わっている。そこまで深刻な状況になってるとは、彼女には思えなかった。
 しかし現実では世界は大きく動いていた。

「ウチも知り合いから聞いてんけどな……どうも神の中に中立の立場の神を唆してアンチ・クリスタリズムの思想をバラ撒いとる阿呆がおるみたいなんや。過激派の神は殆どが正教を疎ましゅう思っとるし、実際アスタリスク持ちがオラリオ以外でも騒ぎを起こして関係はギスギスしとる……それに、エタルニアは特に軍事国家や。あそこはいつでも戦争できるし、最近は妙に周辺国への警戒が強い。向こうも予感しとるんやろうな……この後、何が起こるかを」

 今までは精々複数のファミリアで徒党を組むとか、一国が勝手に仕掛ける程度の規模だったから問題はなかった。だが、アンチ・クリスタリズムというひとくくりの勢力が出来上がった今、次に仕掛ける時は戦争が起きる時だというのがロキの考えだった。
 あの強欲で高慢ちきな神々は、間違いなく連盟での派兵を計画している筈だ。そして、エタルニアの軍事と政治を司るブレイブ元帥は敏い男だ。間違いなくそれを前提とした準備を進めているに違いない。

「やけど、2つの勢力が実際に接しとるんは山脈の影響でたった三カ所や。オラリオから見て東、余所の争いに興味ないド田舎国家のカルディスラ。西、カッカ火山の麓で正教が近隣の神とも上手く融和しとる中立エイゼンベルグ。そして………正教圏のド真ん前にして世界最大数の神を抱え込むウチらの町、オラリオ」

 オラリオには全てがある。神もいるし人もいる、物資も金も影響力も、ひとつの都市のレベルには収まらない程の圧倒的戦力と経済力を内包している。その方針一つで国を傾けるなど、やろうと思えば簡単だろう。
 つまり――この都市が「エタルニアと戦う」とただ一言宣言すれば、燻っていた炎は爆発的に燃え広がる。冬の山に放った炎はこの大陸全てを掻きたてる熱狂的な暴力へと変貌していくだろう。

「分かるか?この中で戦端が開かれるきっかけになるんは間違いなくオラリオや」
「なるほど、話が見えてきました」

 ファミリア団長のフィンが納得したように頷いた。

「つまり、ロキ様はこの騒動でエタルニアの調査隊とアンチ・クリスタリズム派の調査隊がかち合って問題に発展するのを避けたかったのですね?もしここで死者が出れば国際問題は避けられない。それに、仮にかち合わなくてもヘタに急進的な神が調査に向かえば、ついでとばかりに人畜無害なカルディスラを実行支配しようとしかねない。そうなればやはり戦争の火種になってしまうから……だから、それを避けるために自ら動いたと」
「そゆコト。戦争なんて阿呆らしいわ。しかも下らん対抗心起こした神の命令で人の子らが仰山死ぬんは余計に阿呆らしい。そげなこと起こしたらアカンのや……」

 そう話を締めくくったロキの顔は、どこかうんざりしたような空虚さを感じさせた。
 神として長き刻を生きてきたが故に、彼女は戦争を良く知っているのだろう。戦争という巨大な怪物が抱える悪逆、狂気、摩耗、悲嘆……人だけが行う非人間的殺戮活動。中にはそれを愉しむ神もいるが、生憎ロキはそうではない。ましてそれに自分のファミリアが巻き込まれるなど、堪ったものではない。

「ええか。もし行き先でエタルニアの兵隊と出くわしても、なるだけ喧嘩せぇへんようにな?政治的なトラブルもやけど、エタルニアの幹部クラス相手やと死人出すで。………それじゃ、ウチは『お客さん』の様子見に行くわ」

 出発前に知人に頼まれて世話することになった少女が、先にテントで休んでいる。その子の所へ歩いていったのを確認し、ベートは不満を漏らした。

「カッ!死人が出るってぇ?ダンジョン外の雑魚魔物を狩ってるようなヌルいザコに俺らが負けるかよ!」

 傲慢不遜、上から目線の尊大な自信家であるベートにとって、先ほどの言葉は気に入らない内容だった。
 まるで戦えば負けると言われているようなことを言っていたが、長い戦いの経験と恩恵によってLv.5の高みに到った彼としては、戦う前から負ける心配をしていること自体が気に入らない。
 確かに彼は強い。凶狼(ヴァナルガンド)の異名は伊達ではなく、オラリオでも彼と一騎打ちで勝てる冒険者はそうはいないだろう。しかもこのファミリアは彼自身も認める実力者が所属しているのだ。負けるイメージなど湧かなかった。
 だが、問題はそこではないことをリヴィエアは知っている。

「……果たしてぬるいのはどちらかな」
「あぁ!?ンだよリヴィエア!俺達が負けるってかぁ!?」
「そうではない。だが、我々が魔物を狩り慣れているとしたら向こうは『人の狩り方を知っている』んだ」
「人の狩り方……?それってアスタリスクとは関係なく戦略が凄いってこと?」
「ああ。そうでなければあの国はとっくに他の神に侵攻されてるよ。それをさせなかった『聖騎士』は間違いなく知将だ」

 エタルニアは新興国である。そして、国とは得てして争いの中から生まれる事が多い。
 かつて、とある理由からクリスタル正教と全面対立して戦争を行ったエタルニアは、騎士団を相手に常時優勢のままゆさぶりをかけて国家の独立を勝ち取った。詳細はあまり語られていないが、それは単純に強い戦士が正面から突っ込んだだけではありえない。
 事実、エタルニア公国軍は最小限の損害で戦争を乗り越え、興国後の動乱を速やかに処理していった。

 国とは戦争後に最も疲弊した状態を晒す。真正面からの戦争は兵や財を大きく消耗させ、国全体が疲弊するからだ。興国直後は内部の政策や治安維持。政治基盤の確保などにも当然追われるだろう。
 そして、前からアンチ・クリスタリズム思想から正教を疎ましがっていた連中にとっては、戦争で疲弊した目障りな国を二つ纏めて支配するいい機会となる。幾つかの国は当然のようにエタルニアに宣戦布告し、その土地やアスタリスクを奪おうとした。

 だが、エタルニアは宣戦布告とほぼ同時期にその国に電撃強襲を仕掛け、一方的に降伏させてみせた。彼らが独自に開発した「飛行石」を用いた「飛空艇」と、それによって乗り込んできたアスタリスク部隊によってだ。戦いでは兵士を移動させ配置するのに時間がかかる。それも他国へ戦争を仕掛けるとなると多くの数が必要だ。そのセオリーに従って主力の兵士の多くを送り出していた各国は、地形を無視した前代未聞の戦略に泡を吹いた。

 戦後の戦争を見越して、敢えて正教との争いでその札を伏せたまま最小の犠牲で大勝を収め、更にはどの戦でも目立った失敗や犠牲を出していない。

 攻めは少数精鋭による強襲。
 守りは極寒の高山に囲まれた天然の要塞。
 そして、第一級冒険者にも劣らぬアスタリスク所持者のリーダーシップと高い士気。
 さらに加えるならば、正教との戦争で激突した正教騎士団を可能な限り生かしたままの勝利だったため、現在では立て直った正教騎士団も同盟という形で協力を得ている。

 戦いに於いて自らは犠牲を出さずに相手の頭だけを叩いて敵を無力化させる戦略眼と、敵味方双方の将来を見越した的確な戦術論。魔物と人を同時に相手取って戦い続けたエタルニアという国家は、勝つことに特化していた。

「戦って犠牲が出るなら『まともに戦わなければいい』。そういう非情なことをあの連中は実行できる。それに――」
「『二聖』………」

 ぼそり、とアイズが呟いた。
 普段から無口で余りしゃべらない彼女が他人の言葉を遮るのは、とても珍しいことだ。

「お、おいアイズ。何だその『二聖』ってのは?」
「………エタルニア二大剣豪。『聖騎士』ブレイブ・リーと、『剣聖』ノブツナ・カミイズミ」
「公国最強の盾と、最強の剣だよね?それくらい私も知ってるんだけど?ベートそんなことも知らないの?」
「てめ、コラァ!そのあからさまに見下した顔止めろォッ!!」
「いや、流石にその二人を知らないのはどうなんだ……というか『聖騎士』の話はさっき出たばかりだろう」
「グッ……!も、もう一人のノブナガなんとかはどんな奴なんだッ!!」
「ノブツナだっつーの……」

 全然知らなかった、という恥ずかしい本音をそのまま言える訳もなく、ベートはヤケクソ気味に大声で誤魔化した。どうも周囲は全員知っているらしく、ティオナのぼそっとしたツッコミが地味に胸をえぐった。
 すると、これまた珍しくアイズが説明する。

「ノブツナ・カミイズミ。剣士なら誰もが憧れる男ランキング1位。エタルニア公国軍第一師団『黒鉄之刃』が師団長にして、『ソードマスター』のアスタリスクを持つ、剣の極地にいる男。聖騎士と三日三晩の決闘をしても決着がつかなかった……敵軍三万人を、部下僅か100人で迎撃して撤退に追い込んだ……極東出身で、タケミカヅチ・ファミリアのメンバーはその殆どが剣聖を師としている……などなど、勢力圏の壁を越えた英雄的逸話をたくさん持つ剣士。その筋の神によるとダンジョン換算でその実力はLv.14相当という噂もあって、彼が出版した『初級剣術之極意』は圧倒的な完成度の高さから今ではプレミア価格で市場にも滅多に上がらない。緑の着物に流れるような黒髪、愛刀『伊勢守(いせのもり)』を振るう彼の一撃はどんな屈強な剣士も一撃で切り伏せ、魔物は自分が切られたことにも気づかないと称され、天才的な戦略眼から『聖騎士』の親友にして最も信頼を置かれている。文字通りエタルニアの剣。彼の下には神からのファミリア申請の誘いや弟子入りを志願する人が後を絶たず、仕事外でも仁を貴び、悪を成敗し弱きを救う人格者でもある。一部では猫が好きという噂もあって………」
「待て待て待て待て待て!!量が、情報量が多い!!」
「アイズ!?ちょ、貴方そんなに喋る子だったの!?普段もっと物静かっていうか無口じゃん!?」
「あー………ひょっとしてだけど、憧れの人だったりする?」
「うん」

 その問いにアイズはこくりと頷き、荷物から一冊の本を取り出した。
 『初級剣術之極意』……しかも、ページを開くと極東の文字で「上泉(かみいずみ)信綱(のぶつな)」と嫌味なまでに達筆なサインが書かれている。

「何年か前、偶然オラリオで出会ったとき、本人に貰った………宝物」

 こころなしかドヤッと文字が付きそうな誇らしげな態度で見せびらかすアイズ。彼女がこの手の感情をファミリアのメンバーにも理解できる形で現わすことは今まで一度もなかった。唖然とするメンツは、心の中で異口同音に「珍しいものを見た……」と呟いた。

 結局戦争云々の話はうやむやになったが、とりあえずその場は和んだ。

 そして、その騒ぎを遠目に見ていたロキは、一緒にいる『お客さん』に笑いかけた。

「どや、オモロイ奴等やろ?」

 客人は何かを言おうとして、口をつぐんだ。決して拒絶しているのではなく、それを口にするのを躊躇うほどに何かに迷っているような表情だった。ロキは、そんな彼女を励ますように肩にポンと手を置いた。

「……気落ちすんなってのは無理やろけど、気ぃ抜くときに抜いとかんと体が持たんで?」
「………お心遣い、ありがとうございます」
「気にすんなや。そんぐらいの懐の深さはあるつもりやで?巫女の一人や二人くらいドンと来い!」

 彼女の面倒を見るのは、借りのある友人が珍しく頼んできたからだ。肝心の本人はまだ依頼を完遂していないにも拘らず用事があるとどこかへ行ってしまった。彼の事だから依頼料を受け取るまでは必ず仕事をやる遂げるだろうが、彼らしくない、とロキは感じた。
 傷心の女の子をほっぽり出した彼に呆れはしたが、それだけ自分に信用があると考えておくことにした。彼のも彼の事情がある。それをくみ取れないロキではない。彼が何をしに行ったのかは予測がついていた。

 それより、今は目の前の女の子の事が気にかかる。
 落ち着いた白と黒のワンピースに、茶色がかったつややかな髪。抱けば折れてしまいそうな細い体と憂いを帯びた表情が、彼女の抱える感情の重さを物語っている。

「ナジットの頼みならウチも断れんしな。()りたいならいつまでも()ってええんやで?」
「いえ……神殿から離れても、私はオブリージュの名を持つ者。巫女としての使命は果たさなければなりませんから」

 これは、危ういな――ロキは心の隅でそう思った。
 気丈に振る舞ってはいるが、その巫女の使命という思い鎖に彼女は悲鳴も上げずに引き摺られている。人の子が背負うには重すぎる荷……しかし、それを肩代わりすることは、ロキには出来ない。
 せめて彼女がたまの時間に荷の重さを忘れられるような存在になりたいものだが、苦戦は必至だろう。何故なら、彼女はまだロキ達の事を信用してはいないのだから。

「使命か………態々ついてきたっちゅうことは、その使命がノルエンデにあるんか?」
「……神殿の襲撃の後、思い出したことがあるんです。クリスタル正教に伝わる予言を。『クリスタルに禍い訪れし時、世界の終わりを告げる瘴気が光と共に訪れん』……あの光が立ち上ったのと、神殿襲撃はとても時期が近かった。………嫌な、予感がするのです」

 そう言ったっきり、少女――アニエス・オブリージュは俯いた。
 まるで、世界の行く末を憂う聖女のように。
 
  
 

 
後書き
段々と一話が長くなってる気がします。本当は今回ノルエンデに辿り着くはずだったのに、エタルニアの話で半分くらい終わってしまうという恐怖。 
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