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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第十九話


 (ベル)は、自他共に認める小心者だ。エイナさんには「あれほど冒険するなって言ってるのにまたしたのかーっ!!」とよく怒鳴られるけど、それでも到達階層を更新する日には必ずエイナさんに相談してるし、徹底的と言えるくらいのスパルタ授業を受けてから望んでいる。過去の英雄が残した『逃げるというのは恥ずべきことではない。己の力量を弁えた勇ましいことである』と言う名句を胸に刻んでいる僕だけど、やっぱり未だミノタウロスに怯えている自分が勇ましいとはとても思えない。

 そんな僕に、近日サポーターとしてダンジョンを共に巡ってきたリリが11階層へ突入しようと持ちかけた。

 上層と定められる階級の中でも、とりわけ十一階層より深い階層は危険視されている。理由として挙げられる一番の原因は大型級モンスターが出現するようになるからだ。次に挙げられるのは十一階層より下は濃霧が立ち込めており視界の妨害が入るというもの。最後に迷宮の武器庫(ランドフォーム)と呼ばれる地形が見られるようになるからである。
 読んで字の如く、厄介な要素が追加される分初心者たる冒険者たちが抱え込む荷は増える一方。また濃霧に囲まれているせいで、いつモンスターが飛び込んでくるか解らない状況という精神的圧迫も半端ではない。殉職者が重なるのは頷ける道理だ。

 僕はすでに十階層まで足を伸ばしている。というか、十一階層への連絡路を目の前にしたことすらある。これはひとえにレイナさんが一緒にいたからというのもあるけれど、リリのサポートが適切だからソロでも十分攻略できる範囲内だった。
 ギルドが定めている攻略推奨は各基本アビリティはA~B。今の僕は全項目が900台、つまりオールAなので規定をクリアしている。そうじゃないとエイナさんが笑顔のまま怒っている。
 片手で数えられる程度だけど、大型級モンスターと交戦経験も済ませている。濃霧にも慣れ始めた頃だし、対処方法も体得しつつある。

 だから十一階層に突入することに問題は無い。全く無い。
 だけど疑問はある。それはリリについてだ。

 リリのサポーターとしての腕は素人目から見ても文句の付けようのないぐらいで、僕としては何でこんな凄腕サポーターが爪弾きに遭っているのか解らないくらいだ。リリの腕を疑っている訳じゃない。リリの身の回りについて少し気になることがある。
 一度だけリリが冒険者に絡まれているのを目撃したことがある。加えれば、冒険者にリリを貶めようと共謀を図ろうと持ちかけられたことすらある。当然僕は拒否したけど、よくよく考えればこれはかなり異常なことなんじゃないかなって思う。
 巨大派閥に所属する有名な冒険者が闇討ちに遭うという話は小耳に挟んだことがあるけど、サポーターが闇討ちに遭うというのは聞いたことがない。僕でも解るけど、サポーターを襲ったところでどうなるのっていう話だ。有り金と装備などを剥げるけど、それだけだ。リターンと比べてあまりにリスクが高すぎる。
 それに今回の場合、リリは【ソーマ・ファミリア】所属だ。もともと探索系ファミリアではない。商業がらみでぶつかり合いがあるというのは有り得るけど、闇討ちまで発展するかと言われれば首を傾げる。

 まあ、ただそれだけだ。大げさに切り出しだした割にオチが無いけど、僕はリリが時々見せる暗い表情が気になってしょうがなかった。リリはファミリアが定めているノルマを乗り切るためにお金を用意しなくちゃいけないと言って、十一階層に臨もうと持ちかけてきた。
 僕はそれを信じた。ファミリアの名前に泥を塗りたくないと、こんなにも幼い犬人(シアンスロープ)の女の子が身を張って頑張っている。応援してやりたい。

 でも。にも拘らず。見落としているのか、それともリリに隠されているのか解らないけど、僕の心が潔く頷けない何かが、そこにはあった。僕が臆病だということ以外の何かが。

「十一階層ですか?」

 キンと石突を鳴らして薙刀を支えたレイナさんが反復した。今日はリリに件の話を持ちかけられた翌日だけど、リリは十一階層を踏破するための準備を整えてくるということで欠席している。ダンジョンに絶対なんて無いと身を持って体験している僕は、明日に控えている未知の冒険に備えるべくダンジョンに潜っていた。そんなところに運良くレイナさんと合流できた、というわけだ。

 毎度のこと、噛みながら一緒に回ることをお誘いしつつ、リリと面識を持っているらしいレイナさんに今回の件を打ち明けてみたところだ。事前に(ヘスティア)様とエイナさんにも相談したことだけど、意見を聞けるならより多く聞いた方が良いはずだ。

 レイナさんは中々堂に入った佇まいで瞑目しつつ細い顎に指を掛ける。ダンジョンの中で会って一緒に回る度に思っていた事だけど、僕が知らないだけでレイナさんって実はとんでもなく凄い人なんじゃないか……? あまりにも自然に付いてきてたから失念してたけど、一応ここって十階層。加えて神の恩恵(ファルナ)を授かっていない身のレイナさんが苦も無くモンスターを倒せてるって、ひょっとしなくとも凄いことだよね。
 
 身近にいるはずなのに、どこか遠くにいるようなレイナさんが再び口を開いた。

「大丈夫だと思いますよ」
「本当ですか!?」
「ここに来るまでのベル君の動きを見ていましたが、特に問題は無かったと思います」

 あまり無責任に言えることじゃないんですけどね、と可憐に微笑んだレイナさん。ステイタスの詳細は教えていないけど、やっぱり推奨を超えているだけあって不安要素は無いらしい。

「それに【ファイアボルト】もあることですし」

 そう、僕はついに魔法を習得した。神様曰く魔導書(グリモア)による強制発現だったみたいだけど、経緯はどうあれ確かに僕だけの魔法を手に入れたんだ!
 短刀片手にソロで挑んでいて乏しかった遠距離攻撃を獲得した今では、以前よりも確然とした安定を得られている。万が一にも頼りになる存在だ。

 改めて僕の現状を確認できてひとしきりの安心感をかみ締めたところで、レイナさんが耳に掛かった黒髪を払いながら言った。

「ただ、だからと言って油断してはいけませんよ? 極東に『油断大敵』という言葉がある通り、足元を掬われちゃいますよ」
「あはは、大丈夫ですよレイナさん! そのことならエイナさんにみっちり聞かされ──ってっとぉ!?」
「今まさに油断していましたね?」

 ひ、酷い! そりゃレイナさんが足を引っ掛けてくるなんて思わないじゃないですかぁ! うぅ、派手に躓いただけに情けない声を上げちゃった……。でも、おかしそうに笑うレイナさんの笑顔を見れた分チャラということにしておこう。

 こほんと芝居がかった咳払いを入れたレイナさんが笑顔を引っ込めて、妙に真剣味を帯びた顔つきで僕をまっすぐ見つめてきた。

「今みたいに、ダンジョンでは何があるか解りません」
「いや、今のはレイナさんが足を引っ掛けただけじゃ……」
「そう、()()()私がわざとやったことです。ですが、些細なミスで連携を取れなかったり、もしかしたらお互い縺れ合うかもしれません」

 連携という言葉を聞いて、少し浮かれていた思考に冷水を被ったかのような寒さが訪れた。リリというサポーターが着いてから色々と楽になった。バックパックを始めとした備品類は勿論、戦闘中もリリが第三者の目線に立って戦局を把握してくれているから僕も安心してモンスターと戦う事が出来た。
 でも、今の僕が、リリの何かを探ろうとしている僕が、果たして新境地という環境でリリに心置きなく背中を任せることが出来るのだろうか。

 しんみりとなった僕になおも真顔で諭すレイナさんは、ふっと口元を綻ばせて目元に皺を寄せた。

「ベル君のサポーター、リリさんを信じていればきっと大丈夫です。()()()()()()信じていれば、これから先のベル君にきっと良い影響となるはずです」

 それから、僕たちはお互いをじっと見つめ合った。漆のような綺麗な黒の瞳から発せられる光に僕が引っかかっている何かの手がかりがありそうで、真剣にその光を見つめていた。
 ちょっとした無言の空間で、不意にレイナさんが程よい肉つきの腕を伸ばして。

 僕の頭に手を乗せて、ぽんぽんと撫でた。

 はえ? とさっきまでの真剣な空気を忘れて呆けた僕に、レイナさんが優しさに満ち溢れた笑顔で言った。

「ベル君は優しくて素直な子です」

 細い指に撫でられる髪が感覚を持っているかのように気持ちよくて。気がつけば今までで一番近いと断言できるくらい顔が目の前に迫っていて。全部を受け入れてくれそうな笑顔がそこにあって。僕より一歳下の女の子に誉められて、撫でられて。

 じゅぅっ、と強熱が鼻頭から首をくまなく熱した。

「ぅ、ぁ」

 胸の奥を甘く締め付けられる感覚と、爆発した羞恥が僕の中でごちゃ混ぜになって、言葉どころかろくに身動きすら取れなくなった。

「? 何だか顔が赤いですけど大丈夫ですか? もしかして熱とかあるかも……」

 元凶のレイナさんは全く無自覚できょとんと可愛らしく小首を傾げながら、爛熟しすぎた林檎のように茹で上がっているであろう僕の顔、正しくは額に手を伸ばしてくる。
 頭の中がろくな事になっていないけど、ほぼ反射的に僕は距離を空けて捲くし立てた。

「だだだ、大丈夫でですっ!? ちょっと明日のことを考えたら緊張してきたなぁなんて思ったりしなかったりというか……っ!?」
「う、ん……? 体調には注意してくださいね? ダンジョンでぽっくり倒れてちゃうと大変です」

 文法のおかしい言葉を矢鱈目鱈口走った僕を気遣いつつ、行く宛てを失った腕が下ろされた。

あぁ……きっと柔らかくて、ひんやりしていて、気持ちよかったんだろうなぁ……。って、これ以上恥ずかしいことされたら溶けて死んじゃいそうだってば!?

 無償に鼻を押さえたい衝動に駆られ、それに身を任せつつ今の顔を隠すようにレイナさんに背を向けて九層の連絡路に向けて歩く。
 突然進路を変更した僕に首を傾げたレイナさんだったけど、特に言及することもなく僕の後ろに着いてきた。

 正直声を掛けられなくて本当に助かった……。あんな可愛いのを間近で見た僕の顔が、とんでもなくだらしないものになっているだろうから……。



 当日になった。レイナさんに意見を貰っても、やはり釈然としない心持のままリリと合流した。勿論新しく踏みしめる十一階層へ緊張の念を寄せているから、というのも原因だ。けれど、最後の最後までリリに対する引っかかりを見つけることが出来なかった。

 (ヘスティア)様には、本当に信用に足る者なのかと訊ねられ、
 エイナさんには、所属しているファミリアの風潮がキナ臭いかもと案じられ、
 レイナさんには、最後まで信じてあげてほしいと促された。

 三者三様、別方向に対する意見だ。神様とレイナさんに至ってはほぼ真逆とも言える。参考にはなったけど、結局解決までには至らず今に至った。

 だからと言うべきか。やはりと言うべきか。

 そして、僕の中で引っかかっていた何かが具現したのだった。



 これで良いんです。
 リリは何度目とも知れないその言葉を脳内で反芻した。

 理不尽の前で何度も屈しかけた彼女だが、それでもいつか救われる日が来るのだと。自分が唯一認めた大英雄のように努力が実を結ぶはずなんだと。ただそれだけの思いを支え棒に、今日まで頑張ってきた。頑張ってこれた。

 だけど、限界だった。耐えられない。我慢できない。報いは無い。

 ベルという希望を見た分、相対的に己を囲う環境に絶望しきってしまったのだ。

 死にたくない。裏切りたくない。捨てたくない。捨てられたくない。

 相反する感情が小人族(パルゥム)の小さな体の中で鬩ぎあった結果、リリは負を選択したのだ。これはひとえにリリが悪だと断ずることの出来る事ではない。この出来事を招いた主犯はリリを取り囲む環境であり、リリにすべてをなすりつけた両親の無責任さである。

 だからリリは悪くない。しかしリリが悪いようになってしまった。ただそれだけの話だった。

(ベル様だって冒険者、冒険者は最悪な奴ら、えぇ、きっとそうに違いありません! たまたま良い顔を見ただけでリリは何をバカなことを!)

 常人ではとても抱え込めない荷物を持って、リリは通路を走る。両肩を回るバックパックの帯に手をかけながら、淀みなく迷いなく、迷路を進んでいた。全部冒険者のせいだと言っていなければ正気を保っていられなかった。

 その思考を読み取ったようなタイミングだった。

「嬉しいねぇ、大当たりじゃねぇか」

 ベルに大量の大型級モンスターを擦り付けて七階層まで逃げていた途中だった。狭い通路を抜け、ルームに飛び込んだ瞬間だった。横から伸びてきた足が、身長の低いリリの膝を捉え、豪快に地面へ飛び込んだ。

 突然のことに混乱しながら地面に手を突き起き上がろうとしたところを、容赦のない蹴りが顔面に数回叩き込まれ、鼻頭につんと鉄の臭いが充満、口に生温い液体が伝った。

「う"ぅ……」
「この糞パルゥムがッ!!」

 髪を掴まれ強引に起き上がらせられ、そこにもう一発力任せの拳が頬に叩き込まれる。未だ相手が誰なのか解らないまま袋叩きにされるリリ。

 激痛の渦に身を虐げられるなか、チカチカする視界で捉えたのは一人のヒューマンの男性。もとの雇い主だ。それを認識したとき、リリの心の中に過ぎったのは冒険者に対する憎しみではなく、己に対する嫌悪感だった。

 これは、リリに対する罰。善意しか知らなそうなベルを裏切るどころか、あろうことか証拠隠滅のために間接的に殺そうとした罪。その因果応報が今、本当に醜い冒険者の手に委ねられたんだ。

 血の味が口の中にも広がる中、目の前の男が何かを言うたびに体に激痛が走る。これら全てがリリに下された罰なんだと思った。

「あン? 意外と大人しいじゃねぇかよ。媚びるくらいの根性見せやがれ!!」

 再び蹴り込まれる。だが、うめき声こそ漏らすリリだが、決して逃げ出そうとはしなかった。ひとときの狂気に身を委ね、そこから正気に戻ったリリは今の自分が誰よりも汚らしく醜いと悟ったためだ。

 あと少し我慢していればまだ他の道はあったのではないか。あと少し努力していれば変わった未来があったのではないか。

 意味の無い追憶が過ぎる。だけど、確かにリリは、悪人とは違って己の過ちを後悔し、罰を受け入れることができた。
 そんなリリを前に被害にあったヒューマンは苛立ちしか覚えず、何度も暴力を振るう。しかし、それも少し続いた後に、彼の仲間らしき冒険者が更に二人加わった。その二人の顔を見たリリが驚愕に染まる。

(【ソーマ・ファミリア】!?)

 彼らは何か言葉を交わしているが耳に入ってこない。単純に執拗な頭部への攻撃を受け続けたリリの聴覚が正常に働いていないためである。だが、目の前の二人の冒険者の登場によってリリは現状に至った理由を把握した。そして、同時にリリに暴力を振るい続けていたヒューマンへ心の底から哀れみを寄せた。

 なぜなら、【ソーマ・ファミリア】は己の利益のためなら何でもする奴らだから。

「しょ、正気かてめぇらああああああああああああああああ!?」

 彼らが次々と取り出しては投げ出してくるのは、生殺しにされたキラーアント。口腔の開閉を繰り返しながら悶え苦しむように残った触角を振り回している。いつの間にか別々の通路口から違う冒険者も現れ、彼らの行動に倣っていた。

 キラーアントは瀕死の状態に陥ると特別なフェロモンを発散する。それは仲間を呼び寄せる特別信号だ。冒険者ならば誰でも知っている常識だ。

 まさに瀕死まで追い込んだキラーアントを次々と放り込んでくる冒険者。彼らが何をしたいのか、ヒューマンもようやく理解したのだ。死骸になり損ねた蟻たちは、今まさに時限爆弾として機能しているのだから。

 【ソーマ・ファミリア】の一人の男─確か名前はカヌゥといった─が刻一刻と死の蟻が集まっている中でもぴくりとも表情を動かさずに、ヒューマンの男を脅している。ろくに言葉は聞こえないが、リリには解る。リリから巻き上げた金品を残してさっさと消えろ、とでも言っているのだろう。事実、憤怒の対象であるリリを目の前にしているにも関わらず逃げ出さないといけない状況に追い込まれたヒューマンは怒りと恐怖と動揺で目まぐるしく顔色を変化させ、しまいには逃げ出した。が、その数秒後に通路の奥から悲鳴が響き渡り、それ以来は静寂が訪れるだけだった。

 無表情でその方角を見ていたカヌゥは、やはり興味無さそうにリリに振り向き、すぐそばに跪いた。

「よぉ、助けに来てやったぜ? お前を助けるためになぁ。……言わなくとも解るよな」

 未だ聴覚を取り戻していないリリだったが、肥大化した金への執着と神酒(ソーマ)に囚われた者達の狂気の顔を見て、何を欲しているのかすぐさま悟った。それを渡したところで、キラーアントたちへの囮にされ殺されるという未来も。
 結局助けられないと解っていても、リリは素直に受け入れた。自分の全財産とも言える保管庫の鍵を手渡したのだった。全く意味ないけども、自分を受け入れてくれたベルへの報いだと言うならば然るべき結露だろうと。

 ばちんと荒々しくリリの手から鍵を取り上げたカヌゥたちは、やはりリリなんかに目もくれず、早々に立ち去るべく踵を返した。その代わりにキラーアントたちが一斉にリリへ翻す。

 その絶望的光景を見て、リリは乾いた笑みを浮かべた。
 今までろくな人生を送らなかった自分だったが、最後の最後でこれだ。釣り合いなんて元からないような終止符だ。でも、もし死後の世界があるとするならば、そこで今度こそリリは清く生きていたいなぁ。

 ひ弱な体に容赦なく叩き込まれた暴力の数々によって、リリの意識が遂に永遠の闇に溶け込もうとした、その時だった。

「やあ、冒険者さんたち」

 モンスターによって塞がれつつある通路のうち唯一まともに通れる通路から、一人の少女が現れた。片手に薙刀を持ち、背中に不相応な大きさをするバックパックを背負った、黒髪が特徴的なヒューマンの少女。
 キラーアントがひしめく空間に驚くほど似つかわしくない、軽い挨拶をした少女に、カヌゥは驚きより困惑を先に表した。

「あァ? 何だテ──」

 彼の返事は、そこまでだった。そこから先の声は、喉に空気が流れただけに終わった。カヌゥは困惑の表情のまま固まり、その体勢のまま後ろへ棒のようにバタリと倒れた。そこには、小さな握り拳を押し出した姿勢で止まっている少女の姿。

「て、テメ──」

 我に帰った仲間たちが声を上げようとした瞬間、再び少女の体が霞み、見失う速度でそれぞれの鳩尾に正確無比に拳を叩き込み意識を刈り取った。
 遅れてバタリバタリと平伏すファミリアのメンバーたちに、少女は嫌悪と侮蔑の眼差しをくれただけで、すぐにリリへ視線を戻した。

 あまりに呆気なく、あまりに迅速に五人もの冒険者を無力化してのけた刹那を痛みと絶望を忘れて呆然と見つめるリリの前で、少女レイナは立ち止まった。

「ベル君は……と聞かなくても、解りきったことでしたか」

 今になってようやく耳が戻り始めたリリはレイナの言を聞き、唇を噛みうつむく。やはりレイナはリリが犯行に臨むことを予期していたのだ。だからタイミングも一致したのだ。今もなおキラーアントがリリを食い殺さんと歩み寄ってくるが、レイナが石突を地面に打ち鳴らせばピタリと動きを止めた。さながら圧倒的強者に凄みを効かされ怖気づいたように。
 そんなキラーアントたちに目もくれず、レイナは真正面からリリを見て言う。

「私から言える事は三つです」

 再び蘇ってきた痛覚に身を竦めるリリに構わずレイナは宣告する。

「一つ、また罪を重ねてしまいましたね。例の一件で思い知ったと思っていましたが、そういう訳でも無かったようです。まあ、後悔に満ちたその顔を見れば不本意だったというのは解りますが」

 血で塗れ醜く腫上がっているリリの顔だが、本人の無意識で衷心が表に表れていた。それを指摘されて驚きと共に顔に手を這わせたリリに、重ねて言う。

「二つ、少しはベル君に頼れば良いでしょうに。キミ一人で解決できない問題があるなら、周りの人に助けを請うべきです。具体的な問題を知らないので強く言えませんが、相談するくらいなら出来たはずです」

 確かにリリはファミリアの事情で大金が必要だとベルに伝えている。だが、逆に返せばそれしか伝えていない。あたかもベルのサポーターとして就ければ問題ないと言わんばかりに、それしか言わなかった。今回の件もその話で釣った。
 具体的な解決に繋がらなくとも、誰かの今自分が置かれている状況を話すだけでも心理的ゆとりは得られたはずだ。少なくとも、ベルを殺すような凶行に走らない程度には。

「三つ、キミは報われるのが遅いだけです。さっきこの人たちの会話を聞きましたが、キミは小さい頃からずっとファミリアに属してサポーターとして働いていたそうですね。不幸な境遇だったと言わざるを得ませんが、キミはそれ相応の努力をしてきたんですよね」

 耳が聞こえていないときにそんなことを言っていたのか、と地に平伏す男たちを見るリリ。そこでレイナははっきりと告げた。

「なら、報われるべきです」
「……は?」

 言も無さげにあっさりと告げられた言葉に、リリは言葉を漏らす。そして、次第にふつふつと苛立ちが湧き上がった。

 そんな簡単に報われたら、リリはこんなに苦しむことは無かったと。そう叫びたかった。そう叫ぼうとした時だった。

『──────ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!』

 通路の奥、八階層の連絡路の方から、途轍もない絶叫が響き渡ってくる。その声に聞き覚えがあった。

 何で。何で、よりにもよって貴方が……!?

 驚愕に目を見開くリリ。だが、レイナは予め知っていたかのように驚きもせず、ただ事実として伝えた。

「これ以上私が言っても無駄でしょう。ですので、お説教はベル君に任せるとします」

 くるりと翻ってキラーアントの海を渡りだしたレイナに何か言葉を掛けたリリだったが、その直後にルームいっぱいに轟いた絶叫がリリの声を塗りつぶした。

「【ファイアボルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】!!!」

 爆炎。キラーアントの海がさながら油のように燃え上がる。爆炎が爆炎を生む轟音。突如として始まった後方からの攻撃に、キラーアントたちは慌てふためいて方向転換しようとするが、お互いの体が犇めき合ってろくな身動きを取れない。
 立て続けに炸裂する火炎は穿孔機のように蟻の大群を抉り去り、雷と化して貫く。その炎の揺らめきから、白髪の少年が飛び込んできた。

「なんで……なんで……」

 うわ言のようにリリの口から零れる。どうして自分を殺そうとした相手を追いかけてくるのか。どうしてその顔は怒りじゃなくて、心配で満ちているのか。
 脳内で呈された疑問に、ベルが読み取ったかのように答えた。

「何でもこうしても、リリを助けに来たからに決まってるでしょうがあああああ!!!!」

 思いの丈を込めた絶叫に、リリは呆然とした顔をしながらも、その頬に一筋の涙を伝わせた。 
 

 
後書き
原作では10階層ですが、本作のベルはオートメタキン狩りでもしてんのかってレベルで成長しているので1階層だけ深いです。
原作を読んでみると10階層から大型級モンスターが出現するようになるとあるのですが、10階層と11階層の間に明確な境界線があるらしく「11階層以下はともかく、10階層までなら~」とあるので、本作ではこの調子で11階層まで足を伸ばしちゃえ! というノリで突入させました。紛らわしい変更で申し訳ありませんでした。
本当ならあの成長スピードと時期的にはもう13階層あたりまで行けそうなステイタスのはずなんですが……。まあそこはエイナが許さなかった、ということでご堪忍を。

ところで8巻、早速熟読してきました! 今回遅れたのは主にこれのせいです。クッソ遅い読書で申し訳ない。
さておき、死者の魂のシステムとか、隻眼の黒竜オラリオ急襲とか、シルの素についてとか、私が独自解釈していた部分が被っていて安心しました。一応ちらほら伏線が張ってあったのを参考に書いたものでしたが、やはり食い違いは起こってしまうもので。とにかくよかった。

だけど一つまずい食い違いが。原作ではLv.6の定義が「地上に浸出したモンスターと同格」らしい、ということ。この記述はガレスが大軍相手にソロで食い止めている場面で表されているのですが、思った以上の強さを持っていたらしい。
私の解釈では、当時最強だった【ゼウス・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が隻眼の竜にフルボッコにされたという文から「地上に進出したモンスターはLv.7かそれ以上」だと思っていたんですね。理由としては、いくらレベル差が甚大な戦力差に繋がるとはいえ、ソードラトリア4にてアイズVSオッタルの場面でLv.5を四人相手にオッタルが苦戦していたことから察するに、やはり物量作戦でレベル差を覆せると解釈したからです。
まあこの場合は対人戦だからというのもありますが、対モンスターならば四方を取り囲んで袋叩きにする戦法も取れますし、いざとなれば前衛が食い止めながら後方から集中放火してしまえば余裕で潰せると思います。実際オラリオに砲台があるというのは明記されていますし、隻眼の竜がオラリオを急襲した際にオラリオは撃退できていますので、十分範疇だと思っています。

と、言い訳じみた分析を述べたところで、9巻発売日予定が9月15日ってどういうことだってばよ……。最初の頃の更新速度はどうしたんだってばよ……。なろう! に投稿していた分が尽きたのか解らないですけど、なるべく早い更新をしてほしいぜよ。SAOにも同じ事が言えるのですが、それはさて置き。

最後に。

ファイたん可愛すぎるだろヒロイン決定だわこの野郎ヴェルフお前絶許エクスプロオオオオオオオオオオジョンンンン!!!!!

今回について。次回に持ち越しとなりましたが、原作とあんまり大差ないです。レイナたんとの絡みが少しある程度 
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