ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第十八話
「久しぶり……って言っても、今の私じゃ誰だか解らないかな。まずどこから話さないといけないかな……」
私が転生から今日に至るまでの事を滔々と語りかけている青い記念碑は、文字通りヘラクレスの墓ではない。冒険者は仕事柄毎年毎月毎日、死亡者が絶えない。ダンジョンで命を落とすには色々と種類があり、中にはモンスターに食われたとか、全焼されたとか、バラバラにされたとか、そういった遺体を収集出来ないケースが多々ある。あちこちに墓地広場があるが、その広場に立っている墓石の下に遺骨があるのは、ほんの一握りだ。
ヘラクレスも、そんな冒険者の一人だ。
俗に英雄と呼ばれるようになった冒険者たちは、往々にして早死にし、遺体を残すことは無い。私は天寿だったけど、そんなのは稀だ。華々しい功績を残すために英雄たちは常に冒険しなくてはならない。危険を顧みず突き進まなければならない。並の冒険者など歯牙に掛けないレベルでダンジョンに挑み続ける。必然的に、モンスターの毒牙に掛かる確率も上がるからだ。
そして、そういった英雄たちの墓地は作らず、記念碑という形で他の冒険者たちと差別化し、その功績を称え、死を弔う。目の前の青い記念碑の下には、ただの土があるだけ。そこに彼の生きた証は有り得ない。
今日はヘラクレスの命日である。それと同時に《地中の帝王》襲来の日であり、私が唯一無二の親友に手を掛けた日でもあった。
あの日のことは昨日のことのように思い出せる。たくさんの物が壊されて、たくさんの人々が死んで、たくさんの涙が零れた。数え切れないくらいの犠牲の上で、私は天災を退けることが出来た。その犠牲の中に、ヘラクレスはいた。
今でもあの時の選択が間違っていたと思っている。ヘラクレスが犠牲になる必要はなかった方法もあったはずだった。更に多くの犠牲を伴うことになってしまったかもしれない。私はヘラクレスを失いたくなかった。それでも私はヘラクレスに生き続けてほしかった。
だけど、彼は迷わず自分の命を差し出した。それが少しでも多くの人を救えるのなら、それを選ぶ他有り得ないだろうと、そう言って彼は死地へ飛び込んだ。
大英雄ヘラクレス。大成すべく生れ落ち、大成すべく成長した史上最強の冒険者。天資英邁、英明果敢、温和怜悧。
そんな彼は迷宮神聖譚にてLv.8で生涯を閉じたと綴られていたけど、事実は違う。あの日もしヘラクレスが生き延びていたなら、絶対にLv.9へ昇格していたはずなのだから。彼の逸話《十二の功業》の最後の試練を成し遂げて帰ってきたのだ。Lv.8程度で止まるはずがないのだ。
天寿まで生きていれば、ヘラクレスは確実にLv.10に到達していた。もしかしたらそれをも超越していた。彼は絶対的な天賦の才に恵まれていながら、私と同等かそれ以上の努力を積み続けた、非の打ち所の無い武人だった。若くしてLv.8に至った伝説の武人なのだ。
それを、私は破壊した。彼の心身の一切を、一つ残らず。
さすがに7時に記念碑を見に来るなんていう酔狂な人はおらず、私の懺悔にも似た独白が阻害されることは無かった。
一通りレイナとして歩んだ今の自分を振り返りつつ、ヘラクレスの記念碑の足元に買ってきた花を添える。
「荒唐無稽な御伽噺みたいだけど、大体そんな感じだよ。もう二度と後悔するようなことはしなたくない。そのために私は努力をしてるんだから……」
セレーネ様に救われ、精一杯奉仕するために努力して。無為な犠牲を出さないために武器を取って。長いようで短い人生を歩んできた。
だけど、その果てに私は何を守れた?
セレーネ様は行方不明、大親友をこの手で殺め。この前なんて自分の愚鈍さで殺してしまうところだった。
生きる伝説と呼ばれた私だが、蓋を開ければ大した奴どころか、空回りし続ける道化師のように滑稽で、無力だ。
ヘラクレスを想うと、今の自分のあり方が無償に忌々しく感じる。あの日以来、私は彼から背を背けるように生きてきた。セレーネ様のためだと、みんなのためだと理屈を付けて見ぬフリをしてきた。真に向き合わなければならないのに、私は逃げてきた。彼の命日という建前が無ければ足を向けることができなかったのが、何よりの証拠だ。
私は、あまりにも弱い。
「ねぇ、ヘラクレス。どうすれば私はキミのように強くなれるのかな……」
獅子を素手で倒し、水蛇を乗り越え、鹿を調教し、猪を伏せ、濁流を捻じ曲げ、青銅の鳥を射止め、牡牛を鎮め、人喰い馬を還し、アマゾネスを制し、紅牛を生け捕り、黄金の果実を持ち帰り、番犬を退けた。
まさに不撓不屈の精神で以って数多の難業を成し遂げ、数え切れないほどの人々を救った。私が知る限り古代から今に至るまで、彼を凌ぐほどの英雄は存在しない。私の憧れの英雄だ。
彼を殺した私が決して言ってはならないことだと解っている。だけど、それでも、私はあの日言いそびれた事を彼に伝えたかった。
「出来ることなら、キミになりたかったよ」
あまりに無責任な願い。そして、紛れも無い本心でもあった。ヘラクレスの隣に無遠慮に立つ己の墓標に一瞥し、彼の記念碑が立つ地面に一輪のバラを差し込んだ。私の願いへの楔として、彼への最大の謝罪として。
そして、第二の人生を歩む私の責任と覚悟を表して。
「だから、キミを追い越すためにも、私は頑張るよ」
私の主観だけど、ヘラクレスはあの日の事を引きずっていないと思う。死人に口なしと言うけれど、生前の彼の日ごろの行いと性格を考えると、やっぱり紳士的に笑って「クレア殿らしくないですな」とキザな言葉と共に流していると思う。
本人が気にしていなからって私も気にしない、という事はない。だけど、本人が気に病むなと言うならば、被害者の言葉を背負う責任が加害者の私にはある。ヘラクレスの葬式以来ずっと顔を出せなかったけれど、これで一つ一方的な仲直りをする事が出来た。
だったら、私は彼の分まで頑張らなくてはならない。彼の生を奪ってしまったなら、その分まで報いなければならない。
謝罪の贈り物は渡せない。贖罪で自殺するなんてもっての外。天寿までしっかり生きて、あの世で彼と顔を合わせたときに恥ずかしくないように、胸を張って語り合えるように研鑽することこそ、ヘラクレスに対する最大の詫びとなる。
「それじゃ、早速行ってくるね」
朝日に照らされる記念碑たちは、日光の熱に炙られながらも力強い輝きを放っていた。
◆
大親友にしっかりと折り合いを付けた分、心を覆っていた黒々とした靄はすっかり晴れた。その甲斐あってか大通りの活気も心地よいものに聞こえてきて、自然とダンジョンへ進む足が軽くなる。
予想していた通り、今日は《地中の帝王》襲来と撃退の日ということで平和祈念日とされており、幾分か一般人の姿も多く目に映る。私なんかの命日を祝うくらい暢気というか気ままというか、そんなオラリオは人々の明るい喧騒に彩られていく。
メインストリートを抜けて神殿のような威厳を醸し出すデザインのバベルを潜る。ヘラクレスの記念碑を後にする前にギルド本部に寄って集めた冒険者依頼をさらさらと軽く確認も兼ねて目を通しつつ《大穴》へ。
「《ウォーシャドウの鉤爪》に《炭素工具鋼》と《石炭》《薬草》……慣れたことだけど、なんだか物足りないなぁ……」
冒険者依頼を受けるとき、大掲示板に張り出されている羊皮紙を受付に持って行き、受注条件を満たしているかの審査を経て初めて契約成立する。受注条件の一番大きな項目は言わずもがな、冒険者としてのランクである。名目上無所属である私は高難度の冒険者依頼を受けることはできず、Lv.1の冒険者のために作られた冒険者依頼しか受けれない。
今では18層までソロで行けるようになったから実力的にはLv.2相当の冒険者依頼を受けれるけど、書類の上ではLv.1止まり。報酬目当てという訳じゃないけれど、やはりやりがいを感じるような物をこなしてみたいと思うものだ。
それに冒険者依頼は何も報酬だけ、というわけではなく、各々の冒険者の活動履歴にどれだけ冒険者依頼をこなしたかということが書き込まれる。これによってギルド側が冒険者個人に対して信用を置いたり、また商人たちが冒険者の評判を聞きつけて指名の冒険者依頼を発注することだってある。つまり、少し遠回りになるけれど名声を手に入れられるチャンスでもある。
まだ低難易度の冒険者依頼しか受けれなくとも、それを地道に重ねていけばギルド側から特別措置である程度融通してもらえる。私の狙いは主にこれである。
まあ、手っ取り早い話はランクアップなんだけどね。こればかりは如何ともし難い。
手の羊皮紙にしたためられている依頼内容を頭に入力しつつ効率的な道順を練り上げる。あとは街に寄って21階層より下へ挑戦する計画を立てる。大英雄を超えるためには一分一秒も無駄に出来ない。焦るわけじゃないけど、日に日に到達階層を深めていきたい。
気持ち新たにダンジョンに足を踏み込み、粗方の素材がバックパックを膨らませた頃である。
「ベル君?」
「へっ? レ、レイナさんっ!?」
私の中ですっかりアルミラージと同一となってしまっているベルを見つけた。先人の冒険者たちが気が遠くなるほど長い年月を掛けて道を整備しているとはいえ、光源の乏しい地下迷宮は地上と比べて薄暗い。そんな中に白光と見まごう白髪をぴょんぴょん跳ねさせて走れば嫌でも目立つ。
いつも通り話しかけたつもりだったけど、ベルは後ろから突然声を掛けられたと言わんばかりに飛び退きつつ私の名前を呼ぶ。
むぅ、ベルは私のことを何だと思っているんだろうか……。
大概人のことを言えないことを彼に抱いている私は自分を棚に上げて思いつつ、妙に高揚した歪な笑顔を浮かべるベルの姿を認める。
冒険者になって半年が過ぎたと言っていた彼の装備はすでにしっかりした装備に変わっており、ところどころ返り血が付いているものの、金属光沢が失われていないそれを見れば彼の腕前が上がっていることが良く解る。
私ほどの頻度ではないけど、ベルも結構ダンジョンに潜っている。その成果が実りつつあるのだろう。神聖文字で《ヘスティアナイフ》と刻まれている黒いナイフを握るベルは、いつぞやの無謀な挑戦をしたときとは比べ物にならないくらい逞しくなったように感じる。
「レイナさん、いつも通りですか?」
「はい。あと少しで冒険者依頼をクリアできるところです」
ひらりと羊皮紙を見せるとベルは「お~」と少し大げさな反応を返す。実は私が冒険者依頼を受けている理由の一つに、ベルに対する建前もあったりする。彼にも無所属ということで通っているから、今みたいに七層でばったり出くわしても不自然の無いように工作しているのだ。その点、低難易度のものしかないというのは都合が良かったりする。
ベルとダンジョン内で会ったらその場で少し会話を交わした後、大体ベルの方から一緒に回らないかというお誘いが来るんだけど、今日は少しだけ違った。
「ベル様、回収終わりまし───」
「あ」
ソプラノの声が通路の奥から聞こえ、遅れて姿を現したその人物に私は間抜けな声を漏らす。その人物も同様に笑顔のままビキリと音を立てて硬直、小さな腕に抱えていたバックパックをどしゃりと地面に落とした。
刹那の沈黙の狭間に立たされたベルは「?」を頭の上に掲げて私たちを交互に見回した。それでようやく我に帰ったらしい獣人族の少女が沈黙を取り繕った。
「えぇっと、ベル様、そちらの方はお知り合いで……?」
「あぁ、うん。いつか話してたレイナさんだよ」
紹介を預かったから何か言葉を返すべきなんだろうけど、さすがにこれには老婆も対応に困りますよ……。
まず第一、なんで小人族のリリが獣人族に成りすましているんだ、ということ。今は深くフードを被っているけど、ローブの端から尻尾が揺らめいているのを見た。見間違えかと思って見直したけど、やっぱり犬の尻尾がそこにあった。
次に、そもそもリリではなく人違いかと思ったけど、やっぱりその大きな栗色の瞳と髪の毛、快活そうで可愛らしい顔立ちは間違いなくリリだ。ソプラノ調の声も裏付けている。
最後に、もしかして……という疑心が芽生えたからだ。
数瞬の内に迷った私だけど、ベルが訝しむ前にこう返事をした。
「初めまして」
「……初めまして。私はリリと申します」
うん、知ってる。私から言い出したことだけど、一応初対面じゃないからね。
私たちの関係を知らないベルは平和に笑いながらリリは自分のサポーターとして働いている子なんだと説明した。
まぁ、それも知ってる。彼女のサポーターの腕は優秀だ。自分を売り込んで契約を取り付けるサポーターはざらにいる。というか、それが正規法だし、それは問題無い。
一番の問題が、何で私の顔を見た瞬間に『ヤバイ』という顔をしたのか、である。
彼女は小人族だから実際の年齢は正しく知らないけど、それでも今の顔を隠す速さは目を瞠るものがあった。まあ、そもそも億尾にも出さないのがベストなんだけども。
とまあ、要するに『ヤバイ』という感情を慌てて隠さないといけない事情があると見て間違いじゃないでしょ。いつか言ったと思うけど、私は感情というか人となりというか、そういったものを見る目はある。
経験は語る。あれは黒だと。
思考とは裏腹に大人の仮面を被り続ける私に、フードでベルの視線を遮りつつ苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるリリ。無言の代わりに視線でお互いの腹を探り合う。再び両者が両者を凝視し合ったことでベルがますます不思議顔を浮かべるのだが、リリはそれを気遣う余裕を失っているのか何も声を出せずにいる。
……ま、現行犯じゃないし、今はまだ目を瞑っておこうかな。不穏分子は潰すのが最善手だけど、私はリリのことを少なからず信用している。リリは何かしら辛い逆境の中でも良心を保ち続けた優しさを持っている。そんなリリが罰を科せられてなお罪を重ねようとするとは思えない。いや、思いたくない。
先に私が視線を外しベルに向ける。リリがか細い息を吐いたのを尻目に言葉を掛ける。
「リリさんに負担を掛けたくないですし、ベル君も忙しいでしょう。私はこれで」
「あ、はい。また今度一緒に回りましょう!」
ちょっとだけ残念そうな色を浮かべながらもぱっと笑ったベルに笑みを返しつつ、八階層に繋がる連絡路がある通路に足を向ける。
小さな体と擦れ違うときギリッと歯を食い縛った音を聞きながらも、私はその場を後にした。
◆
予想外でした……。まさかベル様が仰っていた『黒髪の可愛い女の子』がレイナ様だったなんて……。度々ダンジョンの中で会っては狩りを共にする仲だと聞いていたので、いざとなった時はそれなりの注意をしないといけないな、ぐらいの気構えでいたので不意を突かれた時の心臓の跳ね様といったら無かったです。
しかもリリと目を合わせた瞬間、レイナ様は明らかな疑念の色をその瞳に宿しました。何という洞察力でしょう。全く自慢できることではないですが、私は生まれてからほとんどを人の顔色を窺い続けてきました。だからそれなりに人の思考を読んだり、また自分の感情を押し殺す術を見に付けています。
それなのにレイナ様はあっさりと見抜いてきました。リリが未熟だったというのも大いにありますが、察するまでの時間が早すぎて畏怖の念を抱いたレベルでした。
ベル様には、私の前科の一切を話していません。話してしまえば私の目論見が露見してしまうというのもありますが、何よりもここ数日でベル様の人となりを見せ付けられた私は罪を犯したという事実そのものを知られるのを恐れているからです。
私が今までお供してきた冒険者は一人の例外を除いて醜悪の塊のような下衆どもでした。女子供にも容赦無く手を振り上げて、働いても報酬をケチったり踏み倒したり、最悪な時は体に手を掛けようとまでしてきました。
冒険者は野蛮で陰湿で汚らわしい卑下すべきモンスター。リリは今までそう思っていました。
そんな中、ベル様だけは違ったのです。ただ純粋にリリを思いやって接してくれます。女子供だからといって蔑ろにしません。荷物持ちだからといって侮蔑しません。衷心から、思うままにリリを大切にしてくれます。
偽りまみれの世界で這い蹲っていたリリにとって、ベル様はまさしく太陽のような存在でした。ベル様のように純粋になりたいと羨んで、ベル様と一緒にいたいと望んで、ベル様の助けになりたいと思いました。偽り無いベル様の言動一つ一つが、偽りにまみれ傷つき果てたリリの心を癒してくれます。
こんな心優しい冒険者もいたんだと、ベル様に会うために今まで苦しんできたんじゃないかと、感じるようになりました。
だけど、リリの現実は変わらず残忍でした。あと数日もすればファミリアの掟によって定期の徴税と最低限の仕事を収める日がやって来ます。前者はともかく、後者を乗り切るためのお金をリリは持ち合わせていません。しかも、すぐに用意できるような量ではありません。それこそ、誰かの財産に匹敵するようなものです。
ベル様に嫌われたくない。でも裏切らなくては死ぬより辛い日々が訪れる。
ベル様と離れたくない。でも切り捨てなければリリは一生後悔するかもしれない。
欲望と現実が、リリの小さな体の中で犇めき合います。その度に心が抉られた様に激痛を訴えて、考えるのをやめさせるように頭痛が響き渡ります。一日を終えてベッドに就いても夢の中にまで現れて、何度悲鳴を上げながら飛び起きたことか。
次第に眩暈がして、吐き気が訪れて。こんなに苦しむくらいだったらいっそのこと狂気に身を委ねてしまえば良いのではと頭を掻き毟りました。
狂おしいほどの葛藤に苛まれる中で、超えてはならない一線の直前で踏みとどまらせてくれたのが、レイナ様から頂いた報酬の革袋でした。
あれは、リリの罪を具現化したもの。あの重さが、あの硬さが、今までリリが犯し続けた過ちの数々。硬貨の一枚一枚が、リリの罪状。
リリは結局レイナ様から頂いた報酬を1ヴァリスとも使うことは出来ずにいたのです。机の上に乗せておけば、穢れきった自分を止めてくれる物になるんじゃないかと思って、頂いたその日以来一度も触れていない物です。
何度それをぶちまけたいと思ったことか。あんな目障りな物があるから苦しむんだと当て付けて部屋中に叩きつけられたら、どれだけ気が楽になることか。袋に手を伸ばしかけては止めて、進みそうになる腕をもう片方の腕で押さえつけての繰り返しです。
ただ、去り際のレイナ様の微笑みが忘れられないのです。レイナ様が仰ったように、リリが邪険する冒険者にもベル様のような人がいると知ったから。
ついさっきすれ違ったレイナ様はリリにチャンスを下さったのです。最後の最後で自分の意思で踏みとどまれるブレーキを用意してくれたのです。
それが出来なければ、もう人としての尊厳を失うに等しくなると、無言の言葉の中で告げてきました。
混沌を極めていくリリの頭の中はもはや臨界を迎えていました。グルグルと目まぐるしく回転し続ける葛藤の数々。ぶつかる度に生じるストレスに激痛。
耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。耐えられない。
そして、とうとう、リリは下しました。
「ベル様───」
後書き
そう言えばクレアの暗い部分を描写してなかったなぁと思って書きました。凡人だから普通のことで悩むし、憧れるし、自分を卑下することもある。語り継がれている面だけじゃなくて、もっと人間らしい部分にもスポットライトを当てていきたい。
まあ、結局クレアたんは建設的に生きる人だから前を向くんですけどね。
やはりヘラクレスはチート英雄でした。正史共々チート仕様でお送りします。彼が登場するのはまだまだ先の話ですがね。
リリパートはどうしても暗くなってしまう……。クレアたんの能天気っぷりを発揮させたいところだけど、犯罪とかそういう人としての道に関しては努力を尊ぶクレアたんが無視できるはずもなく……。うおおお、早くこのパートを終わらせてくれええええ(他人事
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