| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ロード・オブ・白御前

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

踏み外した歴史編
  第1話 だから共には歩めない

 貴虎は右足を引きずるように歩き、背中には高司舞を背負って、街を進んでいた。

 舞との語らいでロシュオが何を見出したかは知らない。ロシュオは唐突に、金に輝くリンゴを舞に埋め込み、貴虎ともどもクラックの外――荒廃した沢芽市に追放した。

 右も左もヘルヘイムの果実に侵食された街。この事態に備えるべきユグドラシルは動いている様子がない。

 だが、貴虎に苦渋を噛み締めている暇はなかった。
 共に追い出された舞が、呼吸を荒げ、玉のような汗を掻いて苦しげな様子を見せ始めたのだ。

 貴虎は舞を背負い、銃創の完治していない足を引きずり、舞の望む行き先を目指して、歩いた。

 辛うじて意識のある舞から方向を聞き、足を進める。
 車があればよかったのだが、彼の車はタワーの駐車場だ。こういう非常事態にあっても、貴虎は近くの車を()()しようなどとは思わなかった。

 やがて辿り着いたのは、レンガ色のガレージだった。

「ここでいいのか?」
「はい……2階が……あたしたちの、部屋……」

 貴虎は痺れてきた足を意思力で動かし、ガレージの階段を登った。

 ガレージのドアを開け、(行儀が悪いが)足でドアを押さえつつ、再び舞を背負って中に入った。

「舞!?」
「あんたは……」

 ガレージの中には、簡易ベッドに横たわる包帯だらけの少年と、それに付き添う少女しかいなかった。

「私は呉島貴虎。光実の兄だ」
「光実……ミッチの?」
「貴虎って……紘汰さんが言ってた、味方になってくれたっていうユグドラシルの人?」

 貴虎は花のアーチを潜って階段を下りた。

「彼女の具合が思わしくない。休ませてやってくれないか。彼女が、休むならここがいいと」
「「は、はいっ」」

 少年のほうが簡易ベッドから降りて、少女のものによく似たデザインのパーカーを着て、舞に場所を譲った。

 貴虎はなるべく慎重に、舞を簡易ベッドに下ろした。
 少女がすぐに舞を、きちんと寝かせる態勢に調整し、タオルケットをかけた。
 少女は手際よく、水の張ったタライにタオルを浸して絞り、濡れタオルを舞の額に載せた。

「ひどい目に遭ったのか?」
「大丈夫だよ……ありがと、チャッキー、ペコ……」

 そうは答えるが、舞はひどく汗を掻いていて、呼吸も荒い。

「貴虎さんも、ありがと……ケガしてるのに、連れて来て、くれて……」
「いいや。すまない。大したこともしてやれなくて」

 せめて街中の病院が機能していれば、もっと舞が楽になれる処置を施せたかもしれないのに。

「あ!」
「な、何だ?」
「貴虎さんもケガしてるじゃないですか! 道具道具っ」

 チャッキーと呼ばれた少女(おそらくチーム内での愛称だろう)が救急箱を持って貴虎の傍らにしゃがんだ。

「血は……止まってるみたいね。一応縛っとくか」

 チャッキーは救急箱から三角筋を出し、銃創より上の足の部位を縛った。それから消毒薬をガーゼにたっぷり染み込ませ、それを貴虎の足の銃創に当てた。染みたが、声には出さずにすんだ。
 最後にガーゼを当てた上からきつく包帯を巻き、テープで留めた。

「すまない。手間を取らせた」
「いいんです。あたしんち町医者やってて、よく手伝わされてましたから。でもこれ、誰にやられたんですか? やっぱりオーバーロード?」

 まさか実の弟に撃たれたとは、貴虎も口に出せなかった。

 言いあぐねていると、突然、舞が胸を押さえて苦しみ始めた。

「うあ、ああ!!」
「舞!?」

 舞が押さえた胸から、黄金の光が溢れた。

 光はすぐに治まったが、それを目撃した貴虎、そしてペコとチャッキーの驚きはいつまで経っても冷めなかった。

「診せてみろ」

 聞き覚えのある声にはっとしてふり返ると、凌馬がいつになく真剣な様子で、ガレージに下りてきて舞を触診し始めた。横にいる貴虎に一瞥もくれなかった。

「――貴虎。キミなら何が行われていたか知ってるんじゃないかい?」

 あの日。凌馬たちが貴虎をヘルヘイムの森で奈落の底に突き落とした日。もう二度と凌馬と言葉を交わすことも、会うことさえもないだろうと、それほどに貴虎は思っていた。
 だというのに、凌馬はそれら全てがなかったかのように、自然に尋ねてきた。

 口を開くのは本意ではない。舞の仲間である少年少女も知りたいだろうから話すのだと、己に言い聞かせた。

「彼女はロシュオによって、体内に黄金の果実を埋め込まれた」

 にやり、と凌馬が口の端を吊り上げた。

「だったら好都合だ。この場で摘出できる」

 凌馬が、持っていた小さなアタッシュケースを開けた。中のクッション材に嵌っているのは、1本の注射器。

「何だよそれっ」
「対インベス化免疫血清。現時点で最強のヘルヘイム抗体保持者である呉島碧沙の血から造った、まあ、ワクチンだ。皮肉にも碧沙君自身が証明してくれたよ。心臓に寄生した黄金の果実でも、これを使えば体外に排出できるとね」
「碧沙――? まさか、王妃から解放されたのか?」
「ご明察。関口君と初瀬君の奮闘によってね」

 貴虎は大きく安堵した。妹が消失の危険から救い出された、それだけでも、貴虎の中で張りつめていた糸が一つ緩んだ。

 凌馬が注射器を持ち、舞のドレスを掴んだ。
 貴虎は内心慌てて凌馬の手首を掴んで止めた。

「待て。免疫血清を入れることが必ずしも黄金の果実排出には繋がるとは限らない。実証でやったインベスには効かなかったのを忘れたか」
「なら黙って、舞君が碧沙君のように黄金の果実に侵されていくのを待つのかい? ――貴虎」

 凌馬は掴まれた手を振り解き、立ち上がり貴虎の懐に入った。

「彼女の体内にあるのは、キミが求めてやまなかった人類救済を成して余りある力だ。その少女一人と人類70億人、キミがどちらを選ぶべきかは明白じゃないかい?」

 ふり返る。簡易ベッドの上で苦しげに横たわる舞。

 するとペコが盾になるように簡易ベッドの前に立ち、チャッキーが舞の傍らで舞の手を強く握った。
 両者共に、まなざしには敵意を湛えて。
 ――舞を傷つけたら許さないという、意志を湛えて。

「――最初は60億人。次は妹と角居裕也の二人。そして今は、彼女一人。お前の提案する方法はいつも誰かを犠牲にすることを前提としてきたな」

 ――スカラーシステムを破壊しに来た時、葛葉紘汰は言った。



 “犠牲が必要な世界なら、それを求める世界と戦う!”



 今やっとその意味を正しく理解した。

「悪いが高司君は渡せない。お前がどこまでも犠牲を求めるなら、俺がお前の前に立ち塞がってやる」 
 

 
後書き
 メインサイトであるハーメルンで、駆け込みで「続きが読みたい」が1票入りましたので、ハーメルンで後日談に入ってしまったことを踏まえ、ここで続編を書こうと思います。
 先に予告しておきますが、バッドエンドの可能性大です。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧