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魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~

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八話:雷光


「残りのジュエルシードが一向に見つからないことから、理由は二つ程考えられる」

 時空管理局との遭遇から十日程経った頃、ヴィクトル達は二つ程回収して以降、見つかっていないジュエルシードについて話し合いを行っていた。あれ以来時空管理局との接触を恐れて慎重に行動しているために回収速度は落ちてしまっている。

 アルフとヴィクトルはその事に特に焦ってはいないがプレシアの為になにがなんでも集めなければならないと強迫観念に駆られているフェイトは目に見えて落ち着きがなかった。ヴィクトルはそんな様子に若干の不安を覚えながらもフェイトの意志を尊重して無理に止めることはしなかった。

「まず、一つ目に考えられることは管理局が既に他のジュエルシードを全て回収したという可能性だ」
「そんな……」

 ヴィクトルの言葉に目に見えて落ち込み悲しそうに目を伏せるフェイト。アルフは慌ててフェイトを励ましながらヴィクトルに恨みがましげな視線を送る。その視線に苦笑しながらヴィクトルは話を続ける。

「だが、その可能性は極めて低い。いや、ゼロだと言ってもいい」
「本当なら嬉しいけど何でそう言い切れるんだい?」
「簡単な話だ。もし、ジュエルシードを全て揃えているのなら何故捜査をやめない?」
「アタシ達を探してるって可能性はないのかい?」
「人探しなら山や川などを重点的に調べるのは不自然だ。それに本気で私達を探していればこの家ぐらい簡単に見つけているだろう」

 私達はかなり目立つからな、とヴィクトルは付け加える。アルフも彼の説明に確かにそうだろなと納得する。本気で探していれば怪しげな仮面を着けたヴィクトルの居場所など人づてに聞けばすぐにでも特定出来るだろうから。

 事実、管理局はフェイト達の捜索は後回しにして一般人に多大なる被害を与えかねないジュエルシードの回収を優先していた。ここが管理内世界であればさらに人数を増やして大規模な捜索も可能なのだか生憎、管理外世界の為にそれもできない。そのために人員をフェイト達の捜索に割くことが出来なかったのだ。

「そして、二つ目に考えられるのはこれが最も確率が高いだろう」
「…何ですか?」
「残りのジュエルシードのありかは恐らく―――海の底だ」





 海鳴市はその名の通り、海に面しており高台から見れば美しい海が一望出来るだろう。また、豊かな海から取れる海産物などが特産品にもなっている。そんな海鳴市だからこそ、厄介な事に残りのジュエルシードは海の底に沈んでしまったのだ。

「アルフ…準備はいい?」
「準備は大丈夫だけど……本気で一気にジュエルシードを発動させるのかい?」
「じゃあ、魔力流を放ってジュエルシードを強制発動させて全部を封印する以外に方法があるの?」
「うっ、そう言われるとそうなんだけどさ……」

 ジュエルシードが沈んでいると思われる海上で、フェイトとアルフが話をしているがそこにはいつもの様な仲の良さは無い。プレシアの為に一刻も早くジュエルシードを回収したいフェイトは自身の身を顧みずに巨大な魔力流を放ち海の中にあるジュエルシードを強制発動させ、一気に封印しようという目論見を立てていた。

 しかし、アルフは巨大な魔力流を放ち、さらにその後、荒れ狂うジュエルシードの暴走をかわしながら封印というほとんど不可能に近い計画に不安に抱いていたので何度も考え直すように言うがその度に他に方法があるのかと言い返されて返答に困っているのだった。

 海の底にある以上は暴走させるしか道は無く、正確な位置も分からないので範囲を絞って一つずつ封印するという事も出来ない。万が一それが出来たとしても一つずつ封印していては十中八九、管理局がやってきて邪魔をしてくるだろう。残りのジュエルシードを一つでも多く手に入れるためにはフェイトの計画が最も理想的なのだ。

「でも今回はヴィクトルが来れないんだから、いつもよりも大変なんだよ」

 アルフが言うように今回の計画にはヴィクトルはいない。というよりは、魔法もデバイスもない彼は空を飛ぶことが出来ないので参加したくとも参加出来ないのだ。ただ単に空中であればまだやりようはあるのだが、ここは海上の為に援護を行う事も出来ない。その為にヴィクトルは遠くの陸から二人の無事を祈ることしか出来ない。初めはヴィクトルもこの計画に反対していたのだがフェイトの強い意志を見て信じることにしたのである。

「……ヴィクトルさんにばっかり頼れないよ」

 フェイトはポツリと呟きバルディッシュを握りしめる。彼女の脳裏に浮かぶのは十日前の事。『時の庭園』にヴィクトルを迎えに行った時に見た姿。蹲り苦しそうに咳き込みながら血を吐き出していた彼。すぐに助けに行こうとしたが彼女は彼の言葉を聞いてしまった、知ってしまったのだ。

 自分を守る為に使った力、骸殻により彼が傷つき、寿命を縮めながらも自分との約束を守ろうとしていることを。衝撃の事実を知り茫然と佇む彼女にも気づかずに通り過ぎていったその姿に彼女は彼が傷ついていることが真実なのだと確信した。普段であればどんなに気を抜いていても自分の存在に気づいてくれるのだ。それなのに気づけなかったのはそれだけ彼に余裕がないという事に他がない。

「これ以上迷惑はかけない……」
「フェイト…?」

 いぶかしがり自分を見つめるアルフにフェイトは首を振って何でもないと告げる。だが、彼女は心の中で決意していた。これ以上ヴィクトルを傷つけることはせずに自分だけの力でジュエルシードを手に入れて母に捧げるのだと。そして、全てが終わったら母とアルフとヴィクトルと共に穏やかな生活を送れるのだと信じて疑っていなかった。

「始めるよ、アルフ」
「わかったよ。アタシはもう、何も言わないさ」

 力強く告げる自分の主にアルフも覚悟を決めて汗ばんだ手を握りしめる。彼女はフェイトには内緒であることをヴィクトルと話し合って決めていた。それは、フェイトが本当に危険な時はジュエルシードの暴走を放置してでも連れて帰るという物だった。

 勿論、当初はジュエルシードの暴走を放置すれば最悪この世界が壊れると言って反対したアルフだったが、管理局が居る以上は放置しても彼等が勝手に封印してくれると言われて同意することに決めた。もっとも、決め手となったのはヴィクトルの『世界とフェイト。どちらの方が大切だ?』という問いかけだったのだが。何はともあれ、覚悟を決めた二人は無謀な賭けに挑んでいくのだった。





 臨時局員として乗り込むことになったなのはとユーノ。因みにルドガーも緊急時は共に戦える許可を貰っていたが仕事があるために昼間は子供二人だけとなっている。そんな二人がのんびりと次元船アースラ内部にある食堂でお菓子を食べながら寛いでいた所に突如としてけたたましい警報の音が響いてきた。

 二人が驚いて何事があったのかを知るためにブリッジに向かうとそこには既に大勢のアースラクルーが集まっていた。なのははその中からクロノを見つけ出し何があったのかと尋ねる。

「クロノ君、何があったの!?」
「モニターを見ればわかる」

 それだけ言ってモニターを指差すクロノ。なのはとクロノが目を凝らしてモニターを見てみるとそこには荒れ狂う海に雷鳴の轟く空、吹きすさぶ風の中に見覚えのある少女が満身創痍の状態で嵐の中心にある幾つものジュエルシードを封印しようともがいている姿があった。

「フェイトちゃん!」
「あの量のジュエルシードを一人で封印するなんて無茶だ……」

 なのはが叫び、ユーノは明らかに無謀な行動に無茶だとこぼす。

「リンディさん、私もあそこに行かせてください!」
「残酷かもしれないけどそれはダメよ」

 取り付く島もなくバッサリと意見を却下されてしまったなのはだったが一度却下された程度で諦められる程、諦めの良い性格はしていないので再度リンディに頼み込むが今度はクロノに厳しい言葉をかけられてしまう。

「放っておけば確実におとずれる彼女の自滅を待つ。仮に自滅しなかったとしても、彼女が力を使い果たしてから叩くのが最も効率のいいやり方だ」

 大計を考えればクロノとリンディのやり方が最も正しいやり方というのは分かるがなのははやりきれない想いに下唇をギュッと噛みしめて悔しそうに体を震わせる。そんな姿にアースラクルー達も複雑な気持ちになるが彼等はいい意味でも悪い意味でも大人になっている。それ故に誰もなのはを助けようとはしない。

 いや、出来ない。ユーノがなのはを何とかフェイトの元へと連れて行けないかと思考をめぐらし始めた時だった。重苦しい空気を破るかのようになのはの携帯が鳴る。なのははこんな時に誰だろうかと思いながらも携帯に出る。

「もしもし?」
『俺だ、なのは。ルドガーだ』
「ルドガーさん、今忙しくて話せそうにないから後で―――」

『今、ヴィクトルといるんだがフェイト達のことで管理局と話したがってる』

「え?」

 予想だにしない返事になのはが声を失い、それを聞いていたアースラクルー達が敵と思われる相手からの接触に騒めき始める。リンディはすぐさまエイミィに指示を出してルドガーの居る場所にモニターを出現させアースラからも見えるにする。

 すると、そこには仏頂面のまま携帯を握るルドガーと、一定の距離を保ちながら腕を組みルドガーを睨みつけているヴィクトルが立っている映像が映し出された。一目で険悪なムードだというのが分かる光景に思わず尻込みしてしまうリンディだったが状況が状況なので素早く動揺を隠してヴィクトルに話しかける。

「次元船アースラの艦長、リンディ・ハラオウンです」
『ヴィクトルだ。この度はこちらの申し出に要請に応じてくれて感謝する』
「いえ、こちらの方こそ態々の連絡、感謝します。それで、どういった要件なのかしら?」

 時間がないので挨拶もそこそこに用件を尋ねるリンディ。この時、彼女はヴィクトルの落ち着いた態度に話が通じそうな人間であると内心ホッとしていた。謎の多い人物だっただけに些細な情報でも欲していたのだ。唯一知っていそうなルドガーも何故か話したがらずに知り合いと言うだけだったのでアースラの中ではかなりの危険人物として扱われていたのである。

『要件というよりは忠告だ』
「何の忠告なのかしら?」
『フェイト達の元にそちらの魔導士を送るか、結界を張るかのどちらかをした方がいい』

 こちらが今どういった行動をしているのかを読んだ上での発言に彼はやはり侮れないと感じるが今はそれを案じる時ではないと判断して意識を戻す。

「それはどういった理由なのかお聞きしても?」
『フェイトの行動が無茶なのはそちらも分かっているはずだ。一人でのジュエルシードの封印は不可能に近い。現在はアルフの結界で外に被害は及んではいないがそれが無くなればどうなるかは分かるだろう?』
「……この町に被害が及ぶわね」
『そして、アルフにはフェイトが本当に危険な時はジュエルシードの暴走を放置して帰れと言ってある。勿論、結界も解くだろう。そうなればあなたの危惧する事態が容易く引き起こされるとは思わないかね?』

 食えない男。それがたった今リンディの中で固定化されたヴィクトルのイメージだった。管理局が介入すれば彼等の目的であるジュエルシードを得られる確率は下がる。それにも関わらず、魔導士を向かわせるのはフェイトの身の安全を何よりも重視しているからに他ならない。何とも心優しい理由だ。だが、その反面で地域住民を丸ごと人質に取るような冷酷な発言もちらつかせた。

 魔導士を送るか、結界を張るか、などと分けて言ってはいるが要はフェイトが一人で出来なさそうな場合はジュエルシードの封印を手伝う人員を遅れと言っているのだ。漁夫の利は許さない。それをするようなら地域住民に被害を及ぼす。こちらが結界を張ってしまえば被害の可能性はなくなるだろうが、相手が連絡を取り合っていればこちらがそれをする前に結界を解いてあの魔力の嵐を解き放つかもしれない。

 一度解き放たれてしまえば再び全てを閉じ込めるのは至難の業と言うしかないだろう。こちらが(おおやけ)の機関である以上は間違っても被害を出すわけにはいかず、この世界に魔法の正体を明かすリスクを犯すわけにもいかない。だが、大人しく封印に協力すれば被害が出ることもなく、リスクも犯す必要もない。

 さらにジュエルシードの回収と共に二人の確保も確率は下がるが行えるかもしれない。そんな最善の選択肢を彼は選ばそうとしているのだ。彼等にとって不利になる可能性もあるが、フェイトとアルフが傷つく可能性が最も低い選択であるが故に彼は選んだのだ。

「……そうですね。御忠告感謝します」
『では、私の方からはこれで以上だ』

 一方的に話を終えた彼は呼び止める暇もなく消える様に姿を消してしまった。リンディはそのことに溜息を吐きながら通信を切るように指示を出してからなのはに向き直る。緊張した面持ちで自分を見つめるなのはに彼女は微笑みかけて指示を出す。

「高町なのは、ユーノ・スクライアの二名は今すぐ彼女の元に向かってください」
「はい!」

 強い意志の籠った力強い返事に子供の成長を感じて知らず知らずの内に口元が緩んでしまうリンディだった。





「で、それだけじゃないんだろ? ヴィクトル」
「ああ、何故、この世界に私達が居るのかを話し合いたいと思ってな。ルドガー」

 通信がなくなり、周りには自分達以外が存在しない事を確認したルドガーが振り向きざまにそう問いかけると、この場から消えたと思われていたヴィクトルが静かに姿を現す。ここからの話は他人に聞かれるわけにはいかないので一芝居打って姿を消したように見せかけていたのだ。

「そうだな……まず、俺達の共通点は同じ名前を持ち―――死んだことだな」
「……なぜ、お前が死んだのだ? いや、それ以前にどうやってエルを救ったのだ。エルの時歪の因子化(タイムファクターか)の解除をオリジンにでも願ったか? だが、それだと全ての分史世界の消去はどうなったのだ」
「詳しく話すと長くなるから手短に話すとな……分史世界の消去を願った後に俺が百万個目の時歪の因子(タイムファクター)となって進行中の時歪の因子化(タイムファクターか)を解除したんだ」

 その答えにヴィクトルは思わず唸り声を上げてしまう。本来であれば時歪の因子(タイムファクター)の上限値に達した場合は人間の敗北となり人間は滅亡するのだが、審判を越え、願いを叶えた後であれば別だ。後一つで人間の敗北という状況を逆手に取り全てを救って見せた英雄。

 どちらか一つしか選ぶことのできなかった自分とは違いルドガーは両方を掴み取ってみせたのだ……その命を使って。それを知った彼の胸に後悔の念が襲い掛かって来る。自分も探せば娘と仲間達、両方を救う方法があったのではないかと思わずにはいられなかった。

「そう…か。やはり、お前と私は違う人間なのだな……ふふふ、一度死んでから気づくというのも滑稽だな」
「ヴィクトル……」

 どこか寂しげに笑うヴィクトルにルドガーは何と言えばいいのか分からずに黙ってその姿を見つめる事しか出来なかった。

「まあ、終わったことをいつまでも考えていても仕方がない。今の私はフェイトとの約束を果たすだけだ」
「……それが今のお前の望みなのか?」
「ああ、それ以上は何も望まない」

 自分と同じエメラルド色の瞳に籠った強い意志にルドガーはヴィクトルの願いは嘘偽りの無い物だと感じ取り、出来るだけ力になりたいと考える。かつて自分を殺すためにアイボー(エル)を利用したような男だが、それでもお人好しであるルドガーは素直に助けたいと思えた。

「さて、話が逸れたな。改めて私達がなぜこの世界にいるかを考えるとしよう。世界を越える……つまり時空を制し、死者をも蘇らせる力を持つ者がいるとすれば私は一人しか思い浮かばない」
「ああ、俺もそんな気はしていたんだ。俺達を生き返らせた存在があるとすれば、そいつは―――」

『無を司る大精霊オリジン』

 二人の声が重なる。やはり、そう思うかと二人して顔を見合わせる。今回の件の黒幕はオリジンである可能性が高いと二人は考えていた。ヴィクトルは直接オリジンに会ったことは無いが人間をこうも容易く弄べるのは精霊ぐらいなものだろうと半ば憎悪にも似た感情から考えていた。

一方のルドガーは自分が一つでも苦労して壊してきた時歪の因子(タイムファクター)を目の前で百万にも及ぶ馬鹿げた数を一瞬で消去してしまった姿を見ていたのでオリジンなら出来ても全く違和感がないと考えていた。

「やっぱり、そうなるよな―――ん? なのはから電話か」

 話している最中に突如として鳴り響いた携帯を取り相手が誰かを確認し、なのはということが分かると顔つきを真剣な物に変えるルドガー。因みにだが、ルドガーが持つ携帯はエルのクルスニクの鍵―――時空を制すオリジンの力の名残で世界を隔てても使う事が可能なのである。最も、本人はそのことは特に気にしていないのだが。

『ルドガーさん! フェイトちゃんと…アルフさんが……』
「落ち着け、なのは。何があった?」
『フェイトちゃん達が―――雷に撃たれて重傷を負ったの!』

 なのはの言葉を聞いたヴィクトルの顔がサッと青ざめる。同時にアースラからと思われるモニターが現れて、ある映像が流される。その映像にはジュエルシードの封印を終えた瞬間に空から降って来た雷光に撃たれ、信じられないという表情をしながら海に落ちていくフェイトと彼女を助けようとして、意識が完全にフェイトだけにいった所を狙い撃たれたかのように落ちて来た雷撃を受けて自身も落下していくアルフの姿だった。

「なぜだ……なぜ、このようなことを―――」

 茫然としながら呟くヴィクトルの目には急いでフェイトとアルフを助けるなのはとユーノの姿も予想外の事態に転送してきたはいいが初動が遅れてしまい、ジュエルシードの回収が出来ずに封印した六つ全部を奪われてしまったクロノの姿も映っていない。


「なぜだ!? プレシアッ!!」


 彼の目に映るのは二人をわざと襲撃した、今ここにはいない女性への怒りと疑念だけだった。

 
 

 
後書き
大体のことはオリジンのせい(真顔) 
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