大刃少女と禍風の槍
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一節・少女と男
日常でもまず見かけない青い煙を噴きだし、アスナを助けたであろう人物は、木の根っこに座っている。
日の下(と言うには天井部の底が邪魔だが)だからか寄り一層刺青の目立つ。半裸ではあれども、刺青のせいなのかそちらが目立ち、また防具―――と言うには聊か最低限過ぎる鉄と布にも装飾彫が施されている。
黒人と思わしき肌の色もあって、普通の防具を着込むより、何故かそちらの方が似合っているとも感じた。
……同時に拭えない違和感があることも否めない。
喋り方は兎も角容姿はまだまだ若いが、少なくとも少女よりは年上であることが分かる。
「余計な……事を」
「起きた―――って、ん?」
少女が余計な事をと口走った理由は、もしかしなくとも個人的な事だった。
本来少女の兄が購入してきたゲームソフトとハードを、彼女は何の気紛れからかハードを被り、「リンクスタート」の一言を口にしてしまったのだ。
そこから彼女の悲劇がはじまり、同時に彼女にとっては全てが終わったと言える。
プレイヤーの死亡総数が千を越え、外からの助けが来ないと解った時点で、少女は宿屋にこもる日々を捨て、とある決断をした。
“このまま閉じこもり腐敗していくのならば、いっそ自らの全てを注ぎこんで戦い、そして死のう” と。
モンスターが街に入って来ないというルールが永続するかどうか保証は無く、ゲームがクリアされる可能性が無いのならば、己が全力を尽くして突き進み、流星の如く燃え尽きよう。
果ての果てに倒れるのならば、過去を悔やみ未来を惜しむ事など無い筈だから、と。
そして迷宮似て倒れた今日に、黒鉄宮と呼ばれる建物の中にたてられた、生命の人呼ばれる石板の左恥に存在する彼女の名前、そこに滑らかに横線が引かれる……筈だった。
目の前の、半裸且つ刺青且つ独特の口調という、奇妙な男性プレイヤーが居なければ。
「余計な……」
「あんたなぁ、余計な余計な言われてもねぇ……命は大切にせんといかんやな」
何を言うのかと彼女は一応黙っていたが、今まで彼女を助けてきた者達と、余り変わらない事を彼は口にした。
即座に切り捨てるべく―――無論、武器では無く言葉で―――彼女もまた口を開こうとするが、その前に話し終えたと思った彼が、まだあるらしく続けた。
「そういやあんた、このゲームはクリア不可能が~……如何とか言っとったわな?」
「……それがどうしたの」
「確か、『どうせみんな死ぬ、何処でどう死ぬか早いか遅いかの違い』だったかね」
「だから……それがどうしたのよ?」
男はストローの様なパイプを口に咥えたままに、何がおかしいのかニイッと笑って、アスナから目線を外す。
だが、目線を戻した時の顔は真剣そのものだった。
「なーに悟った風に言ってんだわな。人間極論を突き詰めればそんなもんでしょうよ」
少女も予想できなかった思わぬ台詞が男の口から飛び出し、次の言葉が見つからず彼女はフードしたの瞼を二、三度パチクリさせる。
そんな様子が目に入っているのか居ないのか、男は煙を深く吐き出して、指で持ったパイプの先端を少女の方へと向けた。
「人間だけじゃあねえわな。他の動物も植物も、物だって生きてると解釈すりゃ、皆いずれは朽ちちまう。死んでいった二千人はそれが此処だった……そしてオレちゃんらは此処かもしれないし、もしかしたら此処じゃあ無いかもしれない、ただそれだけだわな」
男の話しぶりから意図が察せず、少女は自分の頭の中で、その当然とも言える文句を何度もこねくり回す。
待ってくれているのか、それともパイプを吹かしている為であろうか、男もまたそこで一旦黙り込んだ。
沈黙が走り、風にざわめく木の葉の音、小鳥の囀りを真似たBGMの様に響く微かな鳴き声、それ以外何も聞こえない。
男がパイプを咥えたままに再び話しだしたのは、ダンマリから数十秒後だった。
「お前さん、目の前に試練があったとして、それを叶わないから諦める質かい? それとも最後の最後まで足掻く達かい?」
「……試練によるわ。たった少しだけの可能性でもクリアー出来そうだと言うならば、ソレこそとことんまでやれる事をやるけれど……このSAOみたく理不尽な試練なら、クリアー不可能な試練なら……」
「諦める、か?」
声に出すまでも無いと少女は頷いた。しかしその後、不備を軽く横にに振るって男を睨めつけるように見やる。
「正確には新たな答えを見出した、かもしれない。せめてクリアー出来ないなら、走れる所まで走って、限界の限界で燃え尽きる……その為にレイピアを手にとって、迷宮区へ脚を踏み入れたんだから」
「まあ、つまりは諦めてるって事だわな」
オブラートにすら全く包まず、男は彼女の “新たな答え” を一刀両断した。
確かに彼女の説明は、傍から聞けば単なる自己満足に他ならないかもしれないが……もう少し言い方があるようにも思える。
だがしかし、少女もそれ自体は分かっているのか、首を動かさないが彼に対して反論もしない。
男は再び煙を吐きだす。
「二千人死んじまってるし、外部からも内部からも一ケ月音沙汰無し。こんな状況じゃあ絶望しても仕方無いとはオレちゃんも思う……けれども、自己満足で死んじゃあいけんわな」
「……明確な理由でも、あるの?」
「簡単だわな……死にたくないのに消えちまった奴だって山ほどいるってのに、そんなんで命使っちまったら、奴等に対する冒涜じゃあないのよ」
「!!」
彼の言うとおりだ、少女はそう思った。
確かに自分の全てをつぎ込んで、その果てに力尽きるのならば、少女にとっては満足なのかもしれない。
けれども先に進みたくて冒険に出て、人の命を救いたくて冒険に出て、此処から脱出する希望を諦めずに冒険に出て、結果モンスターに葬られてしまった人は、それを見たら何というだろうか?
見たら、等といっても所詮それは想像の世界。だが、迷宮にこもれる力を持ってして、それを自己満足での死の為に使うなど、侮辱しているに他ならない。
しかし、ならばどうしろと言うのか、少女には考えつかなかった。理屈では愚かしいと分かっては居ても、クリアー不可能なゲームで自己を貫き通すのに、他の方法が考え付かない。
と、男はそんな彼女の考えを見越していたか、必要もないのにパイプを二度叩いてから、顔を向けてきた。
「お前さんがネガティブ思考に走っちまったのが分からんでも無いが、クリアー出来ねーとか、燃え尽きる場所はここだとか、一ケ月でそう決めるのはちょいと早いやね」
「早いも何も……現状が告げてるじゃない。このゲームは何をしようともクリアー不可能―――」
「ところがドッコイそうでもない、道はまだ残ってるんだわな。お前さんばっかり中心に世界が回ってる訳で無し、事はちゃんと進んでんのよ」
それだけ言うと男は腰のポーチに手を突っ込み、何を探しているのか物色し始める。
「え~と? おっ、あったあった……ほれ」
「?」
見つけて取り出したお目当てのアイテムを、男は少女に向けて放り投げてきた。投げ上げられたのは羊皮紙アイテムらしく、弧を描いてちゃんと此方に向かってくる事もあり、少女は地面に落ちるのを待たず、両手で落とさぬようキャッチする。
スポッ、と掌に収まったそれの紐を解いて中身を確認してみれば、
『第一層攻略会議を開催する為、ハイレベルプレイヤーを募る! 開催日時は明後日! 時刻は夕刻! 場所はトールバーナ噴水広場!』
と、データ上の誌面の面積一杯に、太い字でデカデカ書かれていた。
疑うまでも無く、明らかに “第一層を攻略する” といううまが書かれた―――即ち攻略できるかもしれないと言う可能性が張りだされた内容に、少女は驚きの余り顔を上げて、刺青半裸の男と羊皮紙の間で顔を行ったり来たりさせている。
「道はまだまだ繋がってる。二か月かかっちまったがよ、それでも希望は一本だけでも確実に繋がってんだわな」
「……」
「可能性があるんなら、尽くせる事を有りっ丈行うんだったよな? なら今がその時じゃないのよ」
そこで男は一旦言葉を区切るとパイプを深く咥え、ニヤリとした笑いを消して、何処か物悲しげの表情へと変えた。
「いつ終わりが来るあなんざ、オレちゃんにゃ解らないわな。けども『どうせみんな死ぬ、何処でどう死ぬか早いか遅いかの違い』ってんなら……せめて百層までぶち抜いて、生還した先で好きんなった奴とくっ付いて、ガキに看取られて死のうや。な?」
「……」
何時に無く真剣な彼の言葉に、少女は何をするでも無くただ聞いていた。
そして考える―――百層まで行けるかどうかは分からないし、そもそもこの層を踏破出来るのかすら、依然として分からない。
それでも、燃え尽きるその時を、限界の来るその時を、より先へと伸ばせるのなら……自分の “行ける場所” がまだ先だと言うのなら、少女にとっては進むほかない。
……もし此処までの事を想定して、先の言葉をつづけていたのならば、彼はある意味で喰えない男と言えた。
「そんで、参加するんかい?」
「……ええ、行ける所まで行くのが、私の目的だから。あなたは?」
「オレちゃんか? オレちゃんも“今回は”参加しようと思ってるのよ。ま、次はレベル足りるか分からんから見送らせてもらうわな」
「……そう」
それだけ言うと立ち上がり、少女は立ち去ろうとして……ふとある事を思い出す。
少女が此処にいると言う事は、即ち男は何かしらの手段を講じて、彼女をフィールドの安全地帯まで運んだと言う事。
そのロジックがいまだ不明のままなのだ。
数歩進んだ位置から動かず、少女は首だけで振り向いた。
「あなた、そう言えば私をどうやって運んだの?」
「ああ、アレかい。途中までは引きずってたがな、黒いにーちゃんが “シュラフに包んで持ってけばいい” とか言ってたやな」
「……結局は?」
「引きずった」
言うが早いかレイピアが閃き、しかし瞬時に抜刀―――否、抜槍されたスピアーでいなされ、感情任せの攻撃は不発に終わる。
男はクルクルと得物を回し、律儀且つ丁寧に槍を背へ戻した。
「寝たおかげかね? えらく元気になったじゃないのよ」
「……お陰さまで」
戦闘事に関しても上手かと少女は苦々しい表情を作り、今度こそ背を向けて去っていった。
木の根から腰を上げずにその背を見ながら、またもブルーベリー色のパイプを吹かし、濃く青い煙を吐きだす。
「さて、オレちゃんもやるべき事やりますかね……まずは、ゲームからだわな。『私用』はまださきだ」
そして、大きく溜息を吐いた。
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