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大刃少女と禍風の槍

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二節・少年は思い出し、また躓く

 
 黒髪で何処か女顔の少年が、草原をゆったりと歩いていた。

 何か用事がある訳でもなさそうで、極々単純な暇つぶしか、それとも体力温存かのどちらかだと思える。

 帯で吊るし背負う、造型から多分だが両刃の剣であろうそれの、右に傾いた柄を軽く叩き、前を見据えて再び歩き出して―――



「うおおおおおおおおおおおっ!?」
「は?」


 年頃の女らしい澄んだ声に似合わぬ、何処か男っぽい大絶叫で脚が止まった。

 見るとその雄叫びと共に、ポニーアップの半分を上へ折ってピンでとめた、名称不明な髪形の少女プレイヤーが彼の方へと走ってきたのだ。
 腰に下げた鞘の形状からして、曲刀使いだとも分かる。

 後ろには、ドでかい牛型モンスターが角を傾けて迫っており、速度的には牛の方が遅いのか、距離は着かず離れずで有りながらもやはり危うい。

 少年はこの、雄牛なのか雌牛なのかよく分からないモンスターを見ても、余り驚かず静かに剣を握る。

 ……この少年、実はSAOのβテスト経験者でもあり、そして先程までこのドでかい牛の相手もしていたのだ。
 だからこそ、この落ち着きなのだろう。


「少しずれろ! 迎え撃つ!!」
「お、おう!」


 やはり少女らしからぬ返答に少年は若干眉をひそめるも、直ぐに戦闘モードへ切り替え剣を抜き放つ。

 右肩越しに構えた剣が黄緑色の光を放ち、少年は砲弾も描くやの勢いで、牛の顔面めがけて飛びだしていく。
 片手直剣スキル《ソニックリープ》による突進切りが命中し、派手なサウンドエフェクトでクリティカルヒットした事を告げた。


「ブ、ブモオオオオオッ!!」

「とどめは君がやってくれ! 俺はサポートに回る!」
「よっしゃ余裕出てきた! もち、オレに任せときな!」


 一人称ですら少女からかけ離れたものであったせいか、少年の左肩が少しばかりガクッと下がった。少女は少年の様子になど構わず、音高く曲刀を抜き放った。
 その剣に彼は少々目を見張る。


 刃の形は尖端が二股である事を除くと刀に近く、これはNPCショップでは売っていない事を示している。
 それなりに鍛えてあるのか、少年の剣……固有名《アニールブレード》と比較しても、一歩劣るだけでかなりの技物に見えた。

 つまり彼女も元ベータテスターなのだろうか。


(いや……でも必死に逃げてたよな、そして今しがたの言動……ってことは本当に運が良かっただけなのか……?)


 取りあえず少女が何者なのか考えるのは後にして、目の前の牛型モンスター『powered cow revenger』―――“パワード・カウ・リベンジャー” へと剣先を向ける。

 脚力を活かして爆ぜるが如く跳び、体重を乗せる近距離突進を二人左右にバラけて避ける。


「くらえっ!」


 少女は右肩を引いて半身に構え、そこから勢い良く突きこみ手首を捻って斬りはらう、曲刀スキル『ツイスト・エッジ』で斬り込む。
 そちらへターゲットが移動し、視線が自身から外れたのを逃さず、少年が青色に包まれた剣を振り降ろし、振り抜かず一瞬止めて跳ね上げ『V』の字を刻んだ。
 その片手直剣スキル『バーチカル・アーク』込みで、まずはダメージを与える。

 思ったより……というか見た目よりもHP値が少ない事を知っていた少年は、ソードスキルをそれ一回のみで封印すると、執拗にチクチク突っついて憎悪(ヘイト)値を常に自分へ向くよう誘導する。

 まんまと策にはまった “パワード・カウ・リベンジャー” は、背後から迫っていた、曲刀スキル『リーバー』―――振り降ろしから前方への跳躍、突き出した刀身での掠め切りで、少女の手により止めを刺されポリゴンの破片へとその姿を変えた。


「いよっしゃああっ!!」


 両手を大きく掲げて拳を握り、大喜びするその様に、少年は苦笑いすると同時『始まりの街』に置いてきた、この世界初めてできた友人の事も思い出し、少々ナイーブな所作で瞳を伏せる。

 彼の心境の変化などつゆ知らず、少女は肩をダメージにならない程度に強く、しかし遠慮なしにバシバシ叩く。


「ありがとなあんた! オレから見てもカーソルは単なる赤だったからいいけどよ、やっぱ目の前にあんなでかい牛が出るとビビっちまうよな……ともかく助かった!」
「あ、ああ」


 男のような話しぶりに圧倒されながらも、少年は如何にか言葉を返して、気になってきた事を質問する。
 ……否、確信を得ている事柄を口にする。


「なあ、あんた。今 “逆襲の雌牛” ってクエスト中なんじゃないか?」
「おお! そうそうそれだよ! 良く分かったな!」
「前に二度受けた事があるから……もしかしてって思ったんだ」
「なら手際の良さにも頷けるな!」


 違う……少年は心の中で呟く。本当はβテスト時から知っていたのだ、とも。

 ……だが、即行で『始まりの街』からビギナー達を見捨てて走り、以後も一応ながら情報を提供しているモノこそいれど、多くのベータテスターが何も言わず無視を決め込んでいる昨今。
 ベータテスターをこの少女が憎んでいる可能性を踏まえて、敢えて少年は『もう一つの真実』だけしか口にしなかった。


「クエスト報酬楽しみだなぁ……あ! 絶対言うなよお前! 楽しみ半減するから!」
「解ってるって。此処から先はもう良いよな?」
「もち! これ以上世話にはなれねぇって。そんじゃな!」


 それだけ言うと少女は勢い勇んで走っていった。

 男っぽい喋り方、デスゲームと言う絶望の中での屈託ない笑顔。
 それらを踏まえて、ちょっとばかし奇妙な()だなぁと、少年はその背を見ながら思ったという。


 ……が、もっと奇妙な人物に出会うこととなろうとは、この時少年は予期すらしていなかった。














 「奇妙な奴だったなぁ……何だったんだ?」


 そして、あの時から数日後。

 件の黒髪で何処か女顔の少年が頭頂部をポリポリ掻きながら、《トールバーナ》と言う街の大通りを歩いていた。

 前に出会った少女以上に、何やらおかしなプレイヤーでも見た様で、幾度も幾度も首を傾げては、上へと向けて溜息を吐いている。


 ……いや、見た様なではなく、彼は本当に見た―――と言うよりも出会ったのだ。





 彼の頭を悩ませているその奇妙な奴と出会ったのは、今日の先刻昼ごろ。迷宮区へと足を運んだ彼は、マッピングしながら先へと進み、途中妨害にPOPするコボルドを倒し、ソロプレイヤーながら順調に攻略を進めていた。

 あたりのモンスターは枯渇し、まだリポップするまでは時間があると、彼がアイテムの整理をしていた……その時だった。
 耳に、何かを引きずる様な、まずダンジョン内では有り得ない音が、確かに聞こえてきたのだ。


 不審に思って発生源まで歩を進め、少し離れた位置から確認しようとして……少年は思わず立ち止まった。



「ぬうぅぅっ! ……はぁ、大変てもんじゃなわなこりゃ。このままじゃあ日が暮れっちまうよ」



 通常、迷宮区へと足を踏み入れるプレイヤーは、例外無くガッチリと鎧軽装備で固めるか、質の良い金属装備を付けるかで、高レベルモンスターの出没する地帯なのだからそれが当然とも言えた。

 だが目の前の、背の高い男性プレイヤーは何と『半裸』。正しく表すならば、細い布系の軽装備を一本付けているので、“ほぼ” 半裸だと言うべきか。

 そして次に目を引くのが刺青。マジックアイテムの類か、それとも単なるデカールかは、β時代を経験した彼にも分からないのだが、問題はその刺青が腕だけやら顔だけやらでは無く、それこそ “体中” にビッシリと入っているのだ。

 これを見て驚かないのなら、そいつは相当胆力のある人間だろう。少年が脚を止めてしまったのもうなずける。


 次に、男が引きずって来ているのであろう物が、少年の目に入ってきた。


(プレイヤーか……しかも女!?)


 その物体はプレイヤー、しかも前線ではかなり珍しい『女性プレイヤー』だったのだ。フードケープを被って性別を誤魔化していたようだが、少年の角度からは顔がモロバレで、その線の細さと造型からどう見方を変えても女としか思えない。


 つまり男のプレイヤーが行っているのは―――と思考が飛び掛けて、そこでまた思いとどまる。


 現実でも出来てしまう事もこのSAOのゲーム内の世界では実行できず、しかもそういった犯罪を行いたいのなら安全地帯へ連れ込めばいいし、アイテム目当てならそもそも引きずる必要が無い。

 男はかなり必死に引きずっており、彼が向かう方向はどうやら迷宮区出入り口。

 そうなるとパーティーメンバーが回復不能な状態異常にかかり、だから引きずっているのかもしれないと推測できるが、なら尚更完治するまで安全地帯に居た方が良い。


 謎しか生まない男の行動だが、どうも彼女を害するつもりではない様なので、しかし念の為もあり想念は男へと近づいて行った。


「なあ、あんた」
「ん? おお、どうしたにーちゃん? あ……あ~、言っとくがこりゃ犯罪じゃあないやな。途中でぶっ倒れっちまったんだが……ちょいと複雑な事情があってな? なんとか迷宮区外まで、連れてかないと行けんのよ」
「その事情ってのは?」
「何でもこいつ死にたがりでな。ほっとくと、ヤバい方の自己満足で死んじまいそうなんだわな」


 別段隠す気も無かったか、男は少女と出会った経緯を少年へ話して聞かせた。

 曰く彼女は聞き迫る様子で、レイピアのストックと数少ないポーションのみを手に、恐らく数日間も危なっかしい戦闘を行っていたとの事。

 確かの長期間無茶な戦闘を続ければ、ゲーム内で気絶してしまう可能性はあるし、余りにも謎の男の行動の理由とするなら、それ以外特に思いつかないのも事実。


 だが少女がモンスターや人身の件で危ない事に変わりは無いし、よしんば男に下心が無くともそれはそれで彼が危ない。


 そこで少年は、とある手段を講じ、彼に伝えるべく口を開いた。


「あんた、シュラフとかの、寝袋アイテム持ってるか?」
「いんや全く」
「……そ、そうか」


 あっさり無所持であることを明かし、仕方なしに少年は自分の分をオブジェクト化させて、少女を寝袋で包む。

 そして引っ張ってみる様男に促すと、先程よりも足取りが軽くなっているのが分かった。


「おお!? なんだいこりゃ凄いな! さっきまでよか全然軽いわな!」
「まあ、ちょっとした裏技って奴だ。……それよりも―――」
「オレちゃんが引っ張っている間無防備なのが気にかかるやね……ちゅーことでだにーちゃん、袖触れ合うも多生の縁だ。護衛頼んで良いかい?」
「あ、ああ……わかった」


 この言葉で男が本当に少女を心配しているのが分かり、これは本当に無駄な警戒だったと、少年は此方こそ乗りかかった船だと迷宮区の外まで護衛。

 フィールドにも存在する安全地帯まで運んで行き、少女を寝袋から二人係で出して、その場を男に任せて少年は去る事にした。

 ……尤も、まだ不安は残る。男が欺いている可能性も、無くは無いからだ。
 が、誰に見つけられるでもない迷宮区で、解りやすい善行や独り言を実行する筈が無いと信じ、少年は今度こそ、その場を去ったのである。





 喋り方、容姿、何もかもが奇妙なプレイヤーなだけに、頭を悩ませてもこれは仕方無い。

 すると、そんな彼の背後から、低い位置より声が掛かる。


「あの刺青半裸のプレイヤーだロ? キー坊」
「うおっ? ……ああ、アルゴか。まあそうだな……刺青半裸としか言えないんだけど……」
「アイツはオイラもチッとばかし気になってるのサ。何せβ時代には無い特殊アイテムの類かもしれないからナ」
「確かに……ほぼ半裸で前線に立つ訳無いよな。だとすれば、マジックアイテムの類を装備していると見るのが正しいのか」
「十中八九、ナ」


 アルゴと呼ばれた女性であろうプレイヤーに、キー坊(本名今のところ不)とあだ名で呼ばれた少年プレイヤーは、知人なのか背後からの声かけにも、特に気にすること無く応対している。

 刺青を入れた半裸状態のプレイヤー―――間違っても下半身裸の方の半裸では無かろうし、もしそうであるなら彼等はこんな風に話したりはしない事確実だ。


「アイツの情報、知りたいカ? とはいってもあんまり集まって無いけどナ。半裸や入れ墨を除けば、精々喋りが奇妙だってノト、槍使いだってことぐらいダ」
「ああ、それなら俺も知ってる……っと、そろそろ時間がヤバいな。先に行くぜ」
「はいヨ、そんじゃオイラは後でちょいと顔を出しに行くヨ」


 用事があるのかアルゴに一旦ながら別れを告げて、キー坊(仮称)はとある場所へとせかせか脚を進めて行く。

 彼の向かう先はこの《トールバーナ》の噴水広場。
 一か月かかりようやく最上階に到達した事を期に、もうすぐボス戦間近だろうからか、そこで開かれる攻略会議に参加するべく、急いているのだ。


 もう既に四十人近くが円形の広場の段上に腰掛けており、会議の始まりを今か今かと待っている。

 ベータテスタと言う素性故、そして元々のコミュ障故、キー坊(仮称)はかなり後方へと陣取った。……ふと視線を傾ければ、赤いフードを被ったあの時の女性プレイヤーが、自身と同じく後方へ座っているのが目に入る。
 それを確認し、やっぱりあの男性プレイヤーは見た目が胡散臭いだけだったのだと、少年は胸に手を当て安堵した。

 そして視線を戻してほんちょっと、先と別方向に逸らして―――ズッコケかける。


(ま、また居たぁ!?)


 キー坊(仮称)や女性プレイヤーより更に後方、そしてギリギリ噴水広場内に位置する石柱の傍、そのにアルゴと交していた話の種の『刺青半裸の男』が、ブルーベリー色のストーローっぽい……これまたベータテスターでも見た事が無かったパイプを咥え、ニヤニヤしながら吸っているのだから。

 
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