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ロード・オブ・白御前

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もう一つの運命編
  第3話 助け出すためには

 巴と初瀬は、ビートライダーズが市民避難の拠点とするガレージには行かず、初瀬のアパートへ向かった。

 巴の自宅でもよかったのだが、初瀬の「いつ親が帰ってくるか分からねえんじゃある意味インベスより恐ろしい」との発言により、初瀬の部屋を拠点とすることになった。

(鎧武のガレージに行けば、四六時中、秀保さんと一緒にいないといけないものね。本人がいなければ冗談まで言えるのに、本人を前にしたら急に態度がカチコチになっちゃうのよね。亮二さんたら強気なんだか弱気なんだか)

 そういった経緯でお邪魔した初瀬のアパートの部屋は、男の一人暮らしにしては綺麗に片付いて、まとまっていた。ただ、初瀬本人が「狭い」と言った部分だけは、確かに、と内心で同意せざるをえなかった。


「さて。これから俺らはどうするか、だな」

 初瀬がテーブルにマグカップを二つ置いた。一つは巴の前。一つは初瀬自身の座る側。
 巴のほうには、スティックシュガーとプラスチック製のミニマドラーを付けてくれていた。巴はありがたく、スティックシュガーの中身を全てコーヒーに入れて、口を付けた。

「光実のとこに行く前に言った通り、碧沙を助ける方法が見つかる前に捕まった人たちがヤバくなりそうなら、あの部屋はブチ壊しに行く。それはいいな?」
「……はい」

 それは初瀬が巴に協力するための条件だった。少なくとも巴はそう思っている。彼のような人柄の人物が、あんな光景を放置できるわけがないのだから。

「紘汰さんたちは舞さん含む市民救出のために、タワーに突入するらしいことを言ってましたけれど」

 巴たちが見た、囚われた市民の現状――本物の王妃復活のための燃料にされていることを伝えると、紘汰はその場でタワーに駆け出そうとしたほどだ。もちろん同行していた戒斗と裕也に止められていたが。

「まあ、あちらはあちらです。わたしたちは、碧沙をどう助けるかを考えないと」

 その先の言葉がどちらとも続かなかった。
 部屋に時計の秒針の音だけが響く。

(何も思いつかない――こうなったら)

 巴は立ち上がり、いきなりで面食らう初瀬の横に行った。

「亮二さん。抱き締めてください」
「え…………はぁ!? だ、抱き!?」
「わたしじゃお嫌、ですか?」
「俺がトモを嫌がるわけねえだろ!」
「よかった。では失礼しますね」

 巴は、動揺する初瀬の、両足の間にすとんと納まった。
 背中に広がる初瀬の体温。すぐ近くに感じる初瀬の呼吸と鼓動。

(ちょっと、はしたなかったかしら。でもこのくらいしないと、亮二さんからは絶対に何もしてこないんだもの)

 熱い。けれども関口巴の思考は冷たくクリアになっていっていた。

「本物の王妃を蘇らせるっていう光実さんの選択、あながち的外れじゃあないんですよね」

 手段はともかく、ロシュオが求めるのは彼の妻一人きり。王妃が帰りさえすれば、碧沙の体でなくともよいのだ。

「問題は、光実みたいに犠牲者を出さないためにはどうするか、だな」
「正攻法の死者蘇生ですか……」

 死は摂理。王妃は言った。その通りだ。愛する人を蘇らせるために外法を求めれば、求めた者は外道に成り下がる。そのくらい、巴くらいの歳の少女にも容易く予想できた。

「はっきり言ってできっこありません。この選択肢は切ったほうがいいと思います」
「じゃあ、どうする?」

 思考を次の段階へ移しながら、体からは力が抜けていく。全神経を頭に集中させているのだから当然だ。
 結果として初瀬の胸板にもっと深くもたれる形となる。

「逆に考えるのはどうかしら……甦らせるのではなく、完全に葬る。オーバーロードの王が、蘇りを望めなくなるくらいに、完膚なきまでに、王妃を――殺してしまえば」

 ロシュオの怒りは天をも衝くほどになろう。巴は生きて帰れないかもしれない。それでもこれは妙案だ。
 問題はそれをどういう方法で実行に移すか。

「王妃はヘキサの体を器にしてんだろ? 下手すっとヘキサまで殺しかねないぞ、それ」
「そこなんですよね。今の王妃は碧沙に取り憑いている。それを可能にしているのが、黄金の果実。ヘルヘイムの森に生る、勝者への褒美。ヘルヘイムの……」



 ――“わたしね、インベスの胎から産まれたんですって”――

 ――“果実を食べてもインベスにならないし、傷つけられても苗床にもならない”――



「ヘルヘイム抗体――」

 巴は転がり出た考えをそのまま零した。

「そうよ。あの子は免疫血清の元になるだけの強い抗体保持者。黄金の果実だってカテゴライズするならヘルヘイムの産物。碧沙の抗体がもっともっと強くなれば、黄金の果実を体の外に弾き出せるかもしれない!」
「いで!?」
「ああ! ご、ごめんなさいっ」

 勢いをつけて身を起こしたせいで、初瀬の顎にアッパーを食らわせる形になってしまい、巴は慌てた。

「……お前、たまに俺の存在忘れるだろ」
「そんなことありません! ……けど、今のは、その、すみませんでした」

 他でもない初瀬にしていい仕打ちではなかった。思い返すと、意図してではないとはいえしでかしたことの重さがひしひしと押し寄せて――

「で?」
「はい?」
「その『ヘキサの抗体を強くする』ためには何が必要なんだ?」

 初瀬は巴の頭に大きな掌を載せた。「ん?」と、笑みとまではいわないが、優しい表情をして。
 心臓が高鳴って、直視できなくなった。

「そ、その辺は、ずっと碧沙と一緒にいた裕也さんか光実さんが知ってるんじゃない、かと、思います。さっきの話だと、裕也さんはインベス化したところを、碧沙から作った、ええっと、免疫血清? で治ったって、言ってましたから」
「つまりはタワーに行ってワクチンなり血清なり、ヘルヘイム抗体関連のクスリ見つけなきゃなんねえ、と」
「血清の投与を受けた裕也さんならご存じじゃないかしら。抗体から作った免疫血清のある場所」
「となると、いよいよ俺らもあいつらに合流かあ」
「やっぱり、気が進みません?」

 ガレージには城乃内がいる。かつて初瀬を手酷く裏切った城乃内が。

「いや。ここで俺の好き嫌い優先してる余裕ねえだろ」

 巴は眉をひそめた。それは好き嫌いの問題ではない、と言いたかった。

(だって亮二さん、こんなに心臓の音が速いじゃないですか)

 巴は他人に裏切られた経験がない。それでも、信じていた人が、本当は信じられない人だったと知った時のショックを想像することはできたし、そのショックがトラウマになることがあるのも知っていた。

 巴はずっと初瀬の胸板に預けていた背中を離し、正面からぴとっと初瀬に身を寄せた。

「と、も?」
「大丈夫です。亮二さんはわたしが守ります。例え誰が相手でも」

 反応を待って動かずにいた。

 それなりに長い間を置いて、頭を大きな掌に引き寄せられた。
 巴は抵抗せず、初瀬にされるがままに任せた。 
 

 
後書き
 最後で巴と初瀬ちゃんが「どこまで行ったか」は読者様のご想像にお任せします。

 巴は大胆がデフォです。
 初瀬は一人暮らしきちんとしてそうなイメージがあります。ソースは弟。

 6/9 加筆しました。 
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