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幸せは消えて

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7部分:第七章


第七章

「俺達の国があるからな。もう何があっても」
「迫害も弾圧もされない」
「しようとする奴等には目にもの見せてやる」
 こんなことを口々に言うのだった。その目は憎悪に燃えていた。その憎悪は現在だけでなく過去も見据えている非常に暗いものであった。
 若者はその彼等を見て何も言わなかった。ただその場を去っただけだった。
 そしてこの日は宿を見つけてそこに泊まった。翌朝彼は起きるとすぐに国を出るのだった。
「あれ、もうですか?」
「もう出るんですか?」
「うん、そうだよ」
 若者は宿屋を出る時に烏達に答えた。朝日は黄金色に輝きとても眩しかった。しかしその黄金色の輝きに照らされて吊るされている屍達も見るのだった。
 もうハゲタカ達にその目や腕をついばまれているその屍達を見て。烏達は嫌悪に満ちた声で言うのだった。
「あれは昨日の捕虜達ですかね」
「奴隷だった人もいるかも知れないですけれど」
「だろうね。動けなくなったか反抗的だったんでああしたんだろうね」
 若者もその屍達を見ていた。そうしてそのうえで烏達に対して答えるのだった。
「だからね」
「本当に同じなんですね」
「過去に自分達がやられてきたことと」
「気付いていないかも知れないけれど」 
 若者はまた言った。
「同じなんだよ。何もかもね」
「折角自分達の国を持ったのにこんなのじゃ」
「幸せなんですかね」
「彼等は幸せだと思ってるんだろうね」
 若者は今は屍達から目を離した。そうして歩きはじめながら言うのだった。
「多分ね」
「幸せなんですか」
「ずっと戦争ばかりでしかもこんなことをしているのに」
「国家を持てれば自分達は幸せになれる」
 若者は歩きながら言った。
「ずっとそう思ってきたんだよね、彼等は」
「はい、そうです」
「それがこの国なんですよ」
「自分達を幸せにしてくれる国家」
「けれどその国家が」
「彼等をあんなふうにしてしまったんですね」
 烏達も悲しい顔になっていた。とりわけ目はそうなってしまっていた。
「彼等が気付かないうちに」
「そんなふうに」
「そうなんだろうね。何かもう見ていて辛いから」
 若者は無意識のうちに目を伏せてしまった。そうして言葉を出すのだった。
「去ろう。もうね」
「ええ。わかりました」
「それじゃあ」
 こうして彼等はこのアリュート国を去るのだった。出国の際も厳重なチェックを受けそのうえでようやく槍と杖を返してもらい国を後にする。その時もチェックをする兵士達の目は非常に冷酷なものであった。
 彼等は城壁を背にして歩き出していた。その中でまた烏達が若者に尋ねてきた。
「あの国は一体」
「どうなるんですかね」
「さてね」
 若者は今ははっきりと答えられなかった。
「未来のことは僕にはわからないけれど」
「そうですか」
「わからないんですか」
「けれどね。あまりいいものじゃないと思うよ」
 しかしこうは言うのだった。
「いいものじゃね。少なくとも今は幸せじゃないし」
「そうですよね。幸せじゃないですよね」
「今は」
「これからもね。幸せじゃないだろうね」
 若者は未来を今ここで言ったのだった。今ここで、でだった。
「こんなことじゃ」
「ええ。幸せを望んで国を築いたのに」
「あんなことじゃ」
「けれど。もう僕には関係のないことだよ」
 背を向けた言葉だった。
「去るんだからね」
「ええ。それじゃあ」
「行きますか」
「うん」
 彼等は最後に振り向いた。城壁は相変わらず高く多くの兵士や魔法使い達が警護にあたっている。そしてその長い城壁の端でまた戦いの声が聞こえてきていた。
「殺せ!」
「許すな!」
 アルト族の声だった。その声が聞こえてくる。
 彼等の後ろには昨日捕まっていたあのバードがいた。服も身体もぼろぼろになった彼はよろめきながら忌々しげに呟いていた。
「こんな国に・・・・・・二度と来るものか」
 だがアルト族の罵倒と戦いの音は相変わらず聞こえていた。それが止まることはなかった。若者達が城壁が見えなくなる場所にまで来てそのうえで何処かに向かってしまっても。果てしない戦いと罵声だけはこの国で続くのであった。何時果てるともなく。


幸せは消えて   完


                 2009・8・18
 
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