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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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偵察中の森の中で

 
前書き
 にじふぁんから読んで頂いている方も、このサイトで読み始められた方もお待たせ致しました! 

 
 早朝にユクモの村を出たヴォルフと神無は、昼になる頃には山奥の渓流といえる場所付近にまで辿り着いていた。
 天を突くような大きな木々が無造作に立ち並び、折り重なった木々の先端部によって日の光を遮られた森の中は薄暗く、空気は水気を大いに含んで湿っている。
 森の中は虫達の鳴き声が響き渡り、出鱈目な交響曲を奏でている。これでは何かが近づいてきていても、音に紛れてその接近に気付くのが遅れそうだ。
「少し休憩するか?」
 ヴォルフがすぐ後ろを歩いていた神無に尋ねた。ヴォルフの時間間隔ではそろそろ日が高く上った頃だ。
 ここまで村から出て殆ど立ち止まることなく歩いたこともあって、山村育ちの神無も流石に疲労が見え始めていた事もある。
 ヴォルフ単独なら携帯食料を食べながら歩くところだが、今は神無が決して大きくは無いが、食料の入った鞄を背負っている。
 ヴォルフ自身も荷物は持ってはいるが、それは必要最低限の携帯食料、飲み水、火打石、分解済みの組み立て式肉焼機、汎用ナイフ位のもので、腰の後ろの小さな鞄に収まるくらいだ。
 それに比べると神無のそれは実に三、四倍以上に達する。何が入っているかはとにかく、それだけの量を背負っての行動は疲労の蓄積が早い。
「え? 大丈夫だよヴォル君。まだ歩けるから」
「目的地まで後どれ位の距離があると思っている? 適度に休憩を取らなければ倒れるだけだ」
 ヴォルフはそう言いながら何処か休憩に丁度良さそうな場所を探す。
 あたり一面苔か湿った土ばかりで、小さな石も転がっている。贅沢を言うのなら人が座れるほどの石があれば良い。倒木の類は無しだ。中から虫が出てくる可能性もあるからだ。
「……ん?」
 ヴォルフの視覚が森の奥に光を捉えた……どうやら森の出口らしい。
「出口が近いようだ。あそこまで行こう」
「うん。分かった」
 ヴォルフの言葉に神無は嬉しそうに答えた。どうやら延々と続いていたこの森のジメジメした空気から出られるのが嬉しかったようだ。
 森の出口まで進むも、ヴォルフは前にも増して慎重に歩く。このような状況で駆け出して、森から出た先にてモンスターと鉢合わせたりしたら冗談にもならないからだ。
 森の出口から死角になりやすい位置を維持しながら歩を進める。足元に木を配ることも忘れない。枯れ木を踏み抜けば音が出るし、苔を踏めば足を滑らせることにもなるので慎重に歩く。
 神無もヴォルフに続いた。このような場所での行軍を想定した歩き方の訓練は既に受けている為、彼女もヴォルフと同じように慎重に歩く。
「きゃっ!?」
「む」
 しかし、慎重に歩いても転ぶ時は転んでしまうが、いち早く気づいたヴォルフが抱きとめた。
「……え?」
「足元が疎かになっているぞ」
 何が起きたのか分からない神無を、ヴォルフは何事もなかったかのように嗜める。
「……えっと……」
 状況確認其の壱……今の神無はヴォルフの胸元に抱きつくようにしがみついている。
 状況確認其の弐……ヴォルフの胸板は細身な割に分厚く、硬い筋肉の感触と、衣服越しに高めの体温どころか、実に落ち着いた心臓の鼓動まで伝わってくる。
 状況を完全に把握した神無の顔が、瞬時に赤く染まった。
「ふええ!? ご、ごめんねヴォル君! 今放れ……キャッ!?」
 慌てて離れた為に体制を崩して、今度は仰向けに倒れ……込む前に伸びてきたヴォルフの手が神無の腕を掴んだ。
「慌てるな。怪我をしたら元も子もない」
 ヴォルフはそう言いつつ、神無の腕を引いて立たせた。
「うう、ごめんねヴォル君」
「構わんよ。仲間というものは互いに助け合うものだろう?」
「あ、うん。ありがとうヴォル君」
 ヴォルフの言葉が嬉しくてつい微笑んでしまう。彼から仲間という言葉が自然に出てきたのは、実に嬉しかった。
「行くぞ」
「あ……」
 歩き出したヴォルフに軽く引っ張られる形で歩き出す神無。腕がヴォルフに握られたままだ。
 唐突な事でイマイチ反応しきれていない神無だったが……ヴォルフはそれに気付いて振り返った。
「ん? こうした方が良いか?」
 と、神無の掌を握った。
 神無は自分の頬が急激に熱を持ち始めたのが分かった。
「えっと……ヴォル君?」
「これなら転びにくいと思うが……放した方が良いか?」
「ありがとうヴォル君」
 手を放そうとしたヴォルフの掌をしっかりと握り返しながら言う。ヴォルフから手を握ってきたくれたのが、神無には嬉しかった。何となく、彼の暖かさを知る事が出来た気がした。




 森を抜けた先には川があった。
 川といってもそれは小さなもので、入った所で深さは膝まで無いだろう。水面から水底が見えており、小さな石が無数に敷き詰められているのが良く見える。
 周囲にモンスターの姿は無い。このような場所はモンスター達にとっても水飲み場となり得る場所だが、今の所は鳥が水を啄ばむように飲んでいたり、その鳴き声が音楽のように周囲に響き渡っている。
「……よし、ここで休もう」
 ヴォルフが周囲を確認し、最後に背後を振り返って神無の姿と通ってきた森の奥を確認してから告げた。
「うん!」
 神無は頷いて森から出てきた。
「薪を集めようか?」
「ううん。大丈夫。すぐに食べられる物を用意してきたから。取り敢えず手、洗おっか?」
「そうだな」
 二人は川に近付いて、手甲と手袋を外して水に手を入れる。その水は氷のように冷たく、手袋の中で蒸れた掌には心地よく、森の中で付いた汚れを洗い流して行った。
「わあ冷たいっ! 気持ち良いー!」
 神無のようにはしゃぎはしなかったがヴォルフも同感だった。水の冷たさが全てを洗い流し、清めてくれるような感覚が実に気持ち良い。
「隙あり!」
 と、神無が楽しそうな声と共に水を飛ばしてきた。
「……」
 びしょ濡れになった顔を神無に向けると、神無は楽しそうに笑っていた。
「やった! ヴォル君に初めて当たった!」
 おそらく訓練の時に一度もヴォルフに攻撃を当てる事が出来なかった事を言っているのだろう。
「生き抜きも良いが、今は止めておこう。余計な体力を消耗する」
 ヴォルフはそう言うと、顔が濡れたついでに編み笠を外し顔を洗い始めた。
「あ……」
 神無が残念そうな声を出すが、ヴォルフは無視して顔を洗う。今の自分達は敵地にいるような物なのだ。このような状況下では何が起こるか分からない。
 このような空けた場所で食事をするのも本来なら御法度だ。だが、今は自分一人ではない。それに何か異変があれば周囲の鳥達が知らせてくれる。
「飯にしよう」
 そう言って座って食事をするには適した場所を見付けて座り込む。
「うん」
 神無も手を拭いた手拭いをしまいながらヴォルフの隣に座ると、背負っていた鞄を下ろして中身を取り出し始めた。
 艶のある黒を基調とし、紅葉が描かれた弁当箱が二つ。オニギリが包んである布が二つ。お茶の入った水差し。
「随分と持ち込んだな」
「えへへ。張り切っちゃいました」
 弁当箱の中身は、小魚の佃煮、厚焼き卵、旬もの野菜のサラダ、赤芋を蜂蜜で煮込んだデザートが入っていた。
 ヴォルフは料理についてはサッパリだったので、これにどれだけの労力を費やしたのかは理解できなかった。
 本来なら、この手の偵察任務で食料の持ち込みは、簡易な携帯食料のみとするのが基本であり、余計な荷物の持ち込みは厳禁だ。重量物の携帯にも体力を消耗する。
 これらの調理で、神無の体力が削られていない事を願うばかりだ。
 ……だが、美味い。
 普段から無口なヴォルフだが、食事の時は特に顕著だ。取り分け、訓練時の簡易な食事の時と、普段の食事の時の差が大きい。
 訓練時に食べる物は基本的に携帯食料や、現地で調達可能な物を集めて、簡易な調理を行って食べる物等であるため、大雑把なものが多い。
 その時は本当に分かり易い。腹に入れば良い、と無表情ながらも顔に出る。
 対する、家での普段の食事……取り分け自分好みの食事の時は、食べ物に夢中……とでも言うような雰囲気になる。全身で「美味しい」と語っている。尋ねる必要すら無い。
 神無はそんなヴォルフの様子を見て嬉しそうに微笑んだ。
 いつもはそんなヴォルフの様子を見ながらゆっくり食べるのだが、今は偵察中なこともある為速めに食べることにする。
「急ぐ事も良いが、いつものペースにした方が良い。喉に詰まらせてからじゃ遅い」
 と、食べてる最中だったヴォルフが言う。
 今のヴォルフはおにぎりを片手に水差しに入っているお茶を飲んでいた。食べ物に夢中のようでいて、周囲に気を張っているようだ。
 神無は頷くと、ペースを落として食べ始めた。視線をヴォルフに向けると既におにぎりを一つ食べ終えている。二つ目を掴みながら周囲に鋭い視線を走らせているのが分かった。
 その様子は、如何なる時も決して油断せず外敵からの攻撃に対する警戒を緩めない、孤高の肉食獣のようだった。
 神無はヴォルフの言うとおり、ペースを落し……僅かに地面に振動が伝わったのを感じた。歩いていたり、他所事をしている時には気付かない位に僅かな物だ。
「……遠いな」
 神無は小さな地震かと思ったが、地面に掌を当てて音の出処を探っているヴォルフを見て、事が単なる地震ではないことを悟った。
「分かるの?」
「ああ。ある程度の間隔が空いている……が、歩行じゃない。これは、何かが地面を叩いているような……」
 ヴォルフもその正体が分からないらしく、イマイチ判断に困っているようだが、最後のおにぎりを食べて川で手を洗う。
 神無は最後のおにぎりを咀嚼しながら、この件を今後の為の予習として見に行くか、それとも迂回して目的地に向かうかのどちらが良いのか、判断が付かなかった。
 いつか仲間達と霊峰まで遠出する際に、今回の件の正体を知れば対処も容易になるかもしれない。
 だが、今回は『霊峰への偵察』が目的だ。目的達成の為に迂回したほうが良いのかもしれない。
「見に行くぞ」
「ふぇ?」
 立ち上がりながら告げるヴォルフに、神無は虚を突かれて間の抜けた声を上げた。
「何れここを皆で通るかもしれない。それに、この音の正体が村に何か害を齎さないとも限らないからな」
 どんな時も必要な物は何よりも情報だ、とヴォルフは言外に告げると荷物の入った鞄を軽く揺すったりして状態を確かめる。
 神無はそんなヴォルフを尻目に荷物を弁当箱等の荷物を手早く片付けた。
「行けるよ」
「分かった」
 手を洗った神無が告げると、ヴォルフは振動が伝わってきた方向へのアタリは大体付けたらしく、そちらの方……来た方向とは反対側の森の奥へと向かっていく。
「神無」
「何?」
「御馳走様」
 不意に告げられた場違いな一言に、神無は一瞬頭の中が真っ白になるが、すぐに意味を理解すると微笑んだ。
「うん。御粗末様でした」




 音が響く。
 それは物を壊す破砕音であり、破壊を齎すモノの剣呑さを表す。
 それは大きくて重い音であり、音を出すモノの大きさや重さが、大まかではあるが容易に想像させてしまう程だ。
 それは一定の間隔を開けて鳴り響いており、それは何者かが重量物を用いて、何かを執拗に破壊を試みていることが理解できる。
「……何アレ?」
「……砂漠にいるものとばかり思っていたが……」
 茂みから事の次第を事細かに観察するヴォルフと神無。尤も、神無は音を出すものの正体を知って唖然としていているが……
 湾曲した一対の大きな角、前屈みの体、短くて細い前足と対照的に大地を踏みしめる大きくて太い足、背中にある二つのコブ……極めつけは、まるで巨岩か大槌か? と疑いたくなるような異形の尻尾だ。
 
 ドボルベルク
 
 それが、大地に響く大音量を発しているモンスターの名だった。
 ヴォルフが反応した振動は、この獣竜種のモンスターが異形の尾で殴打する音だったのだ。
 彼の記憶にあるモノとは少しばかり違いがあった。ヴォルフの知るドボルベルクの体色は、砂や岩山か泥のような赤茶色のような色で、この個体の色は緑をはじめとした森の色であり、自身を隠す保護色である。
 更には尾の形状に差異がある。過去に遭遇したそれの尾は、無骨な斧を思わせる形状だった。
 尤も、ヴォルフの知るドボルベルクは砂漠に適応した亜種であり、彼は先にこちらに遭遇している。
「しかし、奴は一体何を叩いている?」
 ヴォルフはドボルベルクの叩いている物に注視する。身を守る為の武器であり、主食である木々をへし折る為の道具でもある尾が叩いているそれは大きな岩だ。
 巨体とパワーに似合わず、草食種であるこの獣竜種が岩を叩く理由……気が立っている?
 握り拳に米粒がギリギリ通る程の僅かな隙間を開けて、ドボルベルクが叩いている大きな岩を注視する。
 灰色の、取り分け特に特筆するべき物等無い、ただの岩だ……獣竜の尾が叩く角度を変えて、横合いから遠心力を付けて叩き付けた。
 その際に、碧い外殻のような何かと、見違えようのない白い体毛が見えた。
「ここに居ろ」
 気付いた時にはそう口にしていた。
「え?」
 神無が驚いたような声を上げるが、今はそれどころではない。
 弾みで神無の姿を見咎められないように少しばかり迂回してから、ヴォルフは茂みから出た。丁度、ドボルベルクの正面に当たる位置に。
 ドボルベルクも後方ばかりに視界を向けていたわけではない。何より、ドボルベルクは草食種だ。その特有の視界の広さは健在だろう。
 すぐにヴォルフの姿を捉えて真正面から見据える。
 目と目が合う。円ではあるが陰気さが漂う目と、猛禽類のような獰猛な光が宿った目が交差し―――――――
『グモオオォォォォォォォォォ!!!!!!』
 排除すべき対象を認識した尾槌竜ドボルベルクが、大地に響く重い咆哮を上げた。 
 

 
後書き
 やっと更新できました。にじふぁんから来てようやく更新……長かった。
 もうすぐ4が出るっていうのに、未だに3dとは……一応、3Gの要素も書く予定ではありますけど……。
 ご感想、ご意見、お待ちしております。 
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