人狼と雷狼竜
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地を打つ大槌
前書き
すみません。お待たせ致しました。ようやく更新できました。
「フッ! やあっ!」
気合と共に繰り出される刃。それは荒削りながらも確かな軌道を描き、その対象となっている物を切り裂いてのける、技として成り立っていた。
左払い、切り上げ、身を反転させて二つの弧を描く逆袈裟二連……と繰り出し続ける。
その軌道を追うように、二束の髪も舞うように激しく動く。
「小冬ちゃーん。そろそろお昼にしませんかぁ?」
姉である夏空の呑気な声で小冬は動きを止めた。夏空を見上げると太陽がかなり高い。もうそんな時間かと、肩を竦める。
そこで、全身から汗が吹き出し、地面は自分の汗が滴ったのか点々と水が落ちた跡があった事に気づいた。
パーティドレスのような戦闘服は、ブナハブラと呼ばれる甲虫種から取られた素材を主に使われているため、外観と違って水を通さない。
しかし、その中身は別だ。すっかり蒸れてしまって不快だ。頭部の方は言うまでもなく、スカートから伸びた脚も汗が伝い落ちるほどだ。
「……分かった。すぐ行く」
小冬はそう言うと、愛用の二刀を軽く振って背中の鞘に収めた。最近新調したばかりの物だが、今では手足の延長とまでは行かなくても、十分に扱えると小冬は思っている。
しかし……昼食のメニューを見るとうんざりする。
訓練中は現地調達が可能な物のみを食べると、ヴォルフが決めてしまっている。当の本人は神無が用意した弁当を食べているだろうが……。
メニューはガーグァの腿肉を大雑把に焼いたものと、野草を煮た物た。ユクモ村のある山は山菜が豊富なのだが、訓練中は一切の味付けがないので食事というより餌の時間だと小冬は思っている。
それを思うと内心ムカついてくるのは仕方ない。アレで意外と甘いところのあるヴォルフが、今回は大目に見ている可能性も捨てきれないというのも考えられるのだが……神無に餌付けされているように思えてくる。
「まぁまぁ。夕御飯にはお姉ちゃんが気合入れて作ってあげますから! 梓ちゃん達もどうですか?」
小冬の胸の内を見抜いた夏空がフォローを出しつつ、梓と椿に誘いをかけた。
「良いんですか? やったあ!」
「夏空さんのご飯は美味しい」
珍しくはしゃぐ梓と、いっそのこと二人が寝泊まりしている旅館の厨房も彼女にやってほしいと、言外に訴える椿は実に対照的だった。
旅館の食事は決して不味くはない。むしろ美味しい。だが、夏空の作るご飯は中でも格別なのだ。
「さて、何を作るか今から考えて置かないといけませんねぇ~」
周囲に散らばった火砲の空薬莢を集めながら呟く。撃ってからそれなりに時間が経過している為、すっかり冷たくなっており素手で触っても火傷の心配はない。
ヴォルフがいないとはいえ、訓練を手抜きにするわけにはいかない。されどやりすぎると夕食の調理に支障が出る。
いつもは神無もいて二人で役割分担するのだが、今日は夏空一人だ。あまり手の込んだものは作れない可能性がある。
「えっと……夏空?」
「はい?」
小冬の遠慮がち……というより、何か言いにくいのか珍しく歯切れの悪い口調に、夏空は小首を傾げた。
「私も……一緒に作って良い?」
その言葉で、夏空は小冬の今朝の言葉を思い出し、満面の笑みを浮かべた。
「はい! 一緒に作りましょうねぇ~」
「……ありがと」
夏空の言葉に目を逸らして小さく告げた小冬は、休憩所へと小走りで向かっていった。
「えっと……小冬ちゃんも作るんですか?」
「……料理出来たっけ?」
何故小冬が急に料理を作りたいと言ったのか分からず、話の見えない梓と、どこか不安げな椿が夏空に尋ねる。
「出来ないわけではないですよ? ここ最近、夜中とかに調理したり、料理を勉強したりしてますから」
「ちょっ!? 夏空っ!」
あとは経験ですね~と、夏空は小冬の抗議の声を遮断して、拾った空薬莢を編み籠に入れた。
彼女の使う火砲は『砲』と言うだけあって、小銃とは比較にならない大口径だ。火砲は基本的に20ミリ以上の口径を用いるものだが、彼女の撃つ青熊筒は40ミリだ。薬莢の一つ大きさは掌では包み込めないサイズである。
「そんな訳ですから、ちょっと質は落ちるかもですけど、私が監督しますから味は保障しちゃいますよ?」
「じゃあ楽しみにしてますね」
「楽しみ~」
梓は小冬が何故急に料理を作ろうとしだしたのか、何となく分かったような気がしつつも、小冬が夏空の監督の下で作る料理には一抹の不安と少しばかり大きな期待を抱いた。
「梓? 何か嬉しそうだけど……」
知らず知らずのうちに微笑んでいたらしい。そんな梓を不思議そうに小首を傾げながら見詰める椿。
「人って変われるものよねって思っただけよ」
「?」
梓の言葉に椿は小首を反対側に傾げて疑問を示した。円な瞳は相変わらずいつものボンヤリとしていた。
自分の相棒は全く変わらないな……と、呆れ半分、安心半分に思いながら、いつまでも立ち止まったままの椿の手を引いて休憩所に向かう。
「ヴォルフさん。何してるかな?」
唐突に椿が呟くように訪ねてくる。
「ん~……案外お昼ご飯でも食べているんじゃない? 初日から体力を無駄には出来ないから神無に無理させるような事はしてないと思うけど」
「無事だと良いけど」
「当然でしょ」
そんな取り留めのない会話をしながら休憩所へと入って行った。
硬い重量物が、地を打ち付ける鈍い音が森の中で響き渡る。
音の出処は、人の三、四人は纏めて潰してしまいかねない岩塊のような異形の槌だ。着弾点は凹んでいる。
如何にも鈍重そうな奴にとっては、俺のような人間は対処し辛いらしい。先程から何度も空振りに終わっている。
……尤も、攻撃の頻度が多く、迂闊に飛び込めないというのもこちらとしては問題だ。
獣竜種の共通点の一つ……それは膂力に優れるということだ。
かつて俺が遭遇した獣竜種の中にはコイツの亜種がいた。前足が退化したといっても過言ではない程に、細く短くなっているこの種は、必然的に後ろ足と尾に力の比重が傾いている。
四肢を用いて移動する種に比べてバランスは悪くとも瞬間的なパワーが大きい。
そして頑丈な頭殻と、その前傾姿勢から繰り出される頭突きは相当な驚異となる。
頭にある角は自身を守る為の武器として十分と言えるほどに、頑丈且つ剣呑な形をしている。
だが、それよりも由々しい問題がある……デカいのだ。コイツは。
保護色である体色も合わさって、森林地帯で遠近間隔が狂ってしまった目でコイツを視認すると、山か何かと勘違いするだろう。それほどまでにデカイ。
ここまで巨体だと刃が通っても、分厚すぎる肉や脂肪のせいで傷を与えることができない可能性がある。
だが、そんな事に逡巡している余地はない。奴が暴れれば暴れるほど余計なことになるし、神無に被害が及ばないとも限らない。
それに――――――――
ドボルベルクが尾の軌道を上段からの叩き付けではなく、横殴りの薙払いへと変えたのが視界に入った。
それをバックステップ、蜻蛉を切って飛ぶ事で回避する。
――――――――体に刃が通りにくい事など瑣末事だ。それならそれなりの戦い方がある。
着地した所で刀を抜いた。ドボルベルクは俺を見据えながらも徐々に立ち位置をずらしつつ、尾の一撃を繰り出しやすい姿勢を取りつつあった。
「来い」
「グムゥウウウウウォォオオオオオオオッッ!!!」
俺の言葉に応えたわけではないのだろうが、ドボルベルクはすぐさま尾を持ち上げて俺に向けて振り下ろしてきた。
対する俺はサイドステップで躱し、奴もそれに応じて位置をずらしてもう一撃を繰り出してくる。
二撃目も躱すが、地に大槌が叩きつけられる度に地面が揺れて蹈鞴を踏みかねないし、砂利が飛び散る為、これに視界を奪われる可能性があるのは実に面倒だ。余計に距離を取らなければならない。
だが、コイツの一撃は貰えば即死なのは確実だ。回避は必ず行わなければならない。
「実に力強く、強壮だな。だが……」
俺の脳裏を過るのは……地を打ち、その衝撃で大地を打ち鳴らして揺らし、更には土砂を巻き上げる、雷神の如き一撃を思い出す……奴には遠く及ばない。
「はぁあっ!!」
打ち付けられた槌の尾が持ち上げられる前に肉薄し、柄頭を叩きつけ、更に一歩踏み込みながら刀に回転を与え抉り込む。
尾がその衝撃で弾かれ、奴は大きくその体制を崩した。
以前正太郎に教えた技の応用だ。俺と奴の体重差は比べるまでもないが、先端に重石のある尾を持ち上げようとする行動に、真横から別の大きな衝撃を加えればバランスは崩れる。
その結果、ドボルベルクは自身の尾に振り回される形で体制を崩す。痛みで尾をしばらくは使用不能に出来るか、と冗談でもあり得なさそうな期待をしてみるが……直ぐに持ち直して俺を正面から見据えてくる辺り、望み薄だったらしい。
陰気な目だが、濁った目により力が込められたのが見て取れた。一応、それなりに堪えてはいたようだな。自分より遥かに小さい俺の攻撃で体制を崩すなど、経験のしようが無いはずだ。
「グモオオオオオオオォォォッッッ!!」
咆哮を上げた。あまりの大音量で大地が振動しているほどだ。
奴は顔を地面に向けると角の先端部を地に付けて――――――地を掘り起こしながら突進を繰り出してきた。
だが……
「遅い」
そう、遅い。モノブロスはおろかディアブロスとの戦闘経験のある俺にはそれはあまりにも遅い。
確かに並のハンターなら逃げるしかない。しかし速度がそこまで早くない事もあって対象を追尾することも容易であり、完全に軌道の外に逃れることが出来なければ、何れは息を切らして減速する敵をその怪力で薙ぎ倒すなり踏み潰すなり容易なことだろう。
だが、俺は奴の角をそのまま足場にしてその体の上へと飛び乗り、二つのコブの谷間へと狙いを定め抜刀した。
壱撃、弐撃、参撃、肆撃、伍撃、陸撃、漆撃、捌撃、玖激、拾撃……と、全ての斬撃を一ミリたりともずらさずに切りつける。瞬く間に傷は深くなり、拾撃目には鮮血が吹き出した。
「グムオオオオオオオオォォォォウウウウウウゥゥゥゥッッッ!」
流石に急所に近い部位への攻撃は堪えたのか、ドボルベルクは体を大きく揺さ振って俺を振り下ろしに掛かる。
しかし、俺は既に奴の体から降りて距離を取っていた。体を揺さぶっていたドボルベルクもすぐにそれに気付いたようだ。
「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!」
咆哮と共に尾を振り回し――――――ドボルベルク自身も旋回を始めた。遠心力が乗って尾は宙に浮かんでいる。足元も最初こそ旋回行動の為に動いていたが、今は独楽のように回っている自身のごとく、地面に接する部分を少なくするのみで動きを止めていた。
ドボルベルクの最大の攻撃である、自身の武器である尾を用いた大回転。
回転の度に速度は増して行き、砂埃が宙に巻き上げられ、その量は徐々に増えて行っている。
そうして相手の視界を塞いだ所で……生憎と、俺はこの続きを知っている為、ワザワザその先にある最強の一撃を繰り出させてやりはしない。早急にケリを付けさせて貰う。
巻き上げられた砂埃の向こうにいるドボルベルクを見て居合の構えを取った。
抜刀する。抜き放たれた刃が巻き起こす剣圧が、眼前の砂埃を残らず吹き散らす。そしてその瞬間を駆け抜ける。
振り回される尾は確かに驚異だが、倒れ込むほど姿勢を低くして行けば頭上を通り過ぎるのみで当たることはない。
俺は空気抵抗の弱まった中を一気に突き抜け、左手を前に突き出して刀を持った右手を大きく引く構え……他者が見れば見えない弓に刀を番えているかのような構えを取り、奴の足元に肉薄しようとする直前で一気に踏み込み、その踏み込みから伝わる力を腰、肩、腕、手首の全ての動きを同一にして――――――
「突き穿つは疾風の一矢」
―――――――奴の左足の膝の下にある逆関節部へと刀を突き刺した。
肉を容易すく貫く感覚。刀身は切っ先から一息に鍔元まで突き刺さった。
「グモオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッ!!!!!?????」
如何に鈍そうなコイツでも、自身を支える足の片方を串刺しにされかけたのは相当に応えたらしい。
それでも俺を巻き込むように身を傾けて倒れ込もうとするだけの余力はあったらしい。尤も、俺は奴が体を傾ける前には刀を引き抜いて距離を取っていたので間に合わなかったが。
「フッ!」
そして倒れ込んだドボルベルクに飛び乗り、踠くその体の上を駆け抜ける。目指すは奴の頭だ。
背中のコブを破壊するのも手だが、水分と脂肪が凝縮されたアレを破壊するのはコイツの生き死にに関わり兼ねない。後の事はともかく、俺はコイツを殺す気はないが故に。
頭頂部に辿り着こうとした所で奴は身を起こすが、俺は自身を錐揉みさせるように跳びながら鞘を腰から抜き放ち――――――
「汝、打つは雷霆と―――――――」
頭頂部への着地と共に、遠心力の加わった鞘の先を奴の頭に叩き付けた。
俺の刀の鞘は、刀よりも一尺程長く作られており、その長い部分は空洞になっておらず素材その物であるカブレライト鋼の塊となっており、鈍器として成り立つものだ。
そして、鞘が奴の頭に鈍い音と共にめり込んだ所で、鞘から手を放して更にもう一度垂直に跳び、刃を返した峰打ちの一撃を、落下と共に――――――
「――――――祖の轟也!」
――――――大上段から、奴の頭にめり込んだ鞘の先端部へ叩き付けた。
「ググググ……モオオオオオオオオォォォォォ……っ」
間髪入れない二連打撃の齎した衝撃が頭の仲間で揺さぶられたドボルベルクは、苦悶の声を漏らしながら二、三歩ふらついた所でバランスを崩し倒れ込んだ。
「グ……モォォォ……ゥゥゥゥ……」
脳震盪をおこしたドボルベルクは呻き声を上げるだけで起き上がろうとしない。
「しばらく寝ていろ。その間に喰われるか否かはお前の運次第だ」
俺はそう呟くと刀を鞘に収め、ドボルベルクが叩いていた岩の方へと向かった。
叢に身を潜めていた神無は、ヴォルフがドボルベルクを打倒したのを見て呆然としていた。
ヴォルフが強い事は分かりきっていたことではあった……が、ここまで人間離れした強さを見せ付けられるのは初めてだった。不殺とは言え、あの巨体を前にして圧勝に等しい。
ここまで来ると『人狼』とは忌名ではなく、称号の類なのでは? と疑いたくなってくる。
と、ヴォルフは刀を収めはしたが、こちらには来ずにドボルベルクが叩いていた大岩の方へと向かっていく。そして、裏へと回り込むと……
「アォン!」
と、甲高い声が響いた。
「……え?」
何となく覚えのある声だった。だが、それの正体は霞がかったように朧げで思い出せない。
しかし、気付いた時には走り出していた。訳も分からずに全力で駆け出す……ここ最近の訓練の成果か、以前の自分よりも速く走れているような気がするのを他人事のように考えたが、今はそれどころじゃない。
大岩へと辿り付き、ヴォルフが向かった方へと回り込み……その目が捉えたのは、組み伏せた相手を強引に手当するヴォルフと、踠く事も出来ず……しかし、ヴォルフを警戒の目で見据えている……小さなジンオウガだった。
「あ……ああ……」
搾り取るような声が自分の喉から出てくるが、神無はそれを自覚していない。
呆然とそれを見詰めるが、その目が焦点を失って何も捉えておらず、彼女には全く別の光景が見え隠れしていた。
引き離される自分、幼い少年、閉鎖された家、悲しみを堪えた僅かに見覚えのある異国の美丈夫、森の中へ消える少年、捜索に出る大人達、地を踏みしめる巨体の竜、戯れる少年と小さな……、
「神無」
「えっ!?」
突然の声に神無は我に返った。
見ると、小さなジンオウガを組み伏せて馬乗りになることで自由を奪ったヴォルフが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。小さなジンオウガも自分に気づいたようで唸り声を上げるが、口に紐を巻き付けられて開けられなくなっている。
「ご、ゴメンねヴォル君! ……私……」
「何に謝っている? 荷物の中に包帯と傷薬があっただろう? 出してくれ。それと、細い木の枝を集めて来てくれ」
「え? うん。分かった」
指示を出された神無の行動は早かった。ここにも訓練の成果が出ている。鞄に入っている必要な物を素早く取り出すのも訓練として受けていたからだ。
「はい!」
「すまんな」
「じゃあ、木を取ってくるね」
「ああ」
木の枝は直ぐに見付かった。何に使うかは分からないが、必要と言われれば集めるだけだ。だが……ヴォルフは何故、子供とは言え、ジンオウガの手当などしているのか……それが理解出来なかった。
さっきのは断片的な光景は、過去の記憶だろうか? 今では何を見たのかももう思い出せない……事もない。あの幼い少年は、間違いなくヴォルフだ。再会までずっと忘れなかったのだから間違いない。
(でも……もう一つだけ)
僅かに思い出せる物があった……それを自覚すると同時に背筋が寒くなる。
それは、圧倒的な恐怖だった。気が付けば歯を鳴らしている自分がいる。……その正体がなんなのか分からないが、恐怖だけはその身に刻まれてしまっているかのごとく、思い出せた。
「あ……」
気付けば、腕の中にはかなりの数の木の枝が集まっている。心此処にあらずな状態でここまで出来たのは我ながら対したものだと思いつつ、ヴォルフの方へ向かった。……僅かに思い出した恐怖とその根源を振り払うように。
ヴォルフの方へ向かってみれば、彼は既に傷薬を塗り終えているようだった。
小さなジンオウガが怪我をしたのは、軽く巻かれている包帯からして右の後ろ足らしい。子供とは言え、全力で走ればドボルベルクを引き離すことなど容易なことだろうが、肝心の足を怪我してしまい走れなくなったのだろう。
警戒は全く緩んでおらず今でもヴォルフを退かすために踠こうとするが、その度にヴォルフが腹部を指で突いて黙らせている。
「はい、これ」
「助かる」
ヴォルフはそう言いながら神無が置いた枝の束から、木の枝を何本か取ると長さが同じになるように短く折ると、細い紐を鞄から取り出し、枝を包帯の上に添えると紐で縛り上げた。
「それって……」
「添え木だ。どうも、ドボルベルクから逃げている途中でやらかしたらしい」
だから岩の周りをグルグルと回って、痺れを切らしたドボルベルクが岩の破壊を試みたのだ。
「大丈夫なの?」
「ああ。骨は折れてない。奴の尾が掠ったのか、衝撃で跳ねた石で傷ついたのか……如何せん、毛が多くて邪魔だ。剃るほど時間はないしな……」
よく見ると、以前見たジンオウガ(大人)に比べると、全体が白い体毛で覆われており、黄土色の甲殻があまりにも少ない。成体に比べ、防御力はあまりにも低そうだ。
ヴォルフの手付きは素早く、相当に慣れているようだった。包帯は関節を補強して患部への負担を抑えるように巻いている。
「ジンオウガってどんな風に生活してるのかな?」
何故、こんなところに子供のジンオウガがいるのか気になって聞いてみた。
「……分からん。だが、こういう子供は親と一緒に暮らすものなんだが……」
ヴォルフはそう言って周囲を軽く見渡す。すぐそばにある大岩を除けば周囲にあるのは聳え立つ木々と草ばかりか、水の音と虫の声が小さく僅かに響くのみと静かなものだ。
「ウウウ~!」
口を縛られたジンオウガの子供が声を上げる。いい加減に退け! と言いたいらしい。
「終わった」
ヴォルフはそう言うと、ジンオウガの体から退きつつ口を縛っていた紐も解いた。
小さなジンオウガは、自由になるや否やすぐさま飛び起きて距離をとった。
「ウウウウウ~~~~」
唸り声を上げるが、子供相応でまったく迫力のない……寧ろ可愛気さえあるその光景に、神無は苦笑いするしかなかった。
流石に飛びついて可愛がるには危険な生き物だということは理解しているし、如何に小さくてもヴォルフより僅かに大きい。組み伏せられたのは彼だからだろう。
小さなジンオウガはこちらを注視しつつも怪我をした足をしきりに動かして、ちゃんと動くことが分かると直ぐに後退し、ある程度の距離を稼ぐとすぐに背を向けて走り出した。
「……行っちゃったね」
「野生の生き物はあんな物だ。余程の事がなければ他者に心を開くことはない」
ヴォルフはそう言いながら使ったものを鞄に詰めた。
「そろそろ行くぞ。ドボルベルクがいつ起きるか分からん」
その言葉で、神無は弾かれたようにドボルベルクを見るが、件の獣竜はまだ意識が戻らないのか地面に倒れ伏したままだ。時折声が漏れるものの、起きる気配が無い。
「うん。行こっか!」
ヴォルフは神無の言葉に頷くと、早足にその場を後にした。
目的地はまだ遠い。
後書き
更新まで長かった……。何回戦闘シーン書き直したか……。
神無の個性があまり発揮されないのが今後の課題と、個人的に思う所です。
ご意見、ご感想、随時募集中です。
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