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処女神の恋

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2部分:第二章


第二章

「お父様」
 メロペーは玉座に座る厳しい、髭だらけの顔の男にオリオーンを紹介した。彼がそのオイノピオン王である。
「こちらが怪物を倒すと仰っているオリオーン様です」
「オリオーンか」
「はい」
 オリオーンは王の言葉に応える。
「そなたの噂は聞いている」
 彼がギリシアにその名を知られた英雄であるということは王も聞いている。その逞しい長身と美貌を見て内心さもありなん、と思っていた。
「それで怪物を倒し娘を救い出したいというのだな」
「左様です」
 オリオーンは片膝を着き礼儀正しくそう述べた。
「ふむ」
 王は右の拳の上に自身の頬を乗せて考えごとをしていた。
「あの怪物をな」
「どの様な怪物なのですか、それは」
「何でもかなり素早い怪物らしい」
「素早い」
「誰も姿を見た者はいない。まるで影の様に素早く動くという」
「そうなのですか」
「わかっているのはそれだけだ。姿をはっきりと見た者はおらぬ」
「誰もですね」
「そうだ。だからこれだということは言えぬ。申し訳ないがな」
「それは承知しました」
「その怪物を倒すというのは本当だな」
「はい」
 オリオーンはメロペーに答えたのと同じ強い声で返事をした。
「必ずや怪物を倒し王の憂いを取り除いてみせましょう」
「その褒美が我が娘か」
「駄目でしょうか」
「いや、構わぬ」
 王はこれは寛容に認めた。
「そなたは英雄で血筋も申し分ない」
 ポセイドンの息子ならば問題はなかった。ポセイドンという神は海がそうであるように荒々しい神であるが尊い血筋なのは事実だからである。王もメロペーも神の血を引くからそれはわかった。
「見事倒せたならば娘をやろう」
「有り難うございます」
「では行くがいい」
 王は勝ったら娘をやるのを約束したうえで彼を戦いに行かせた。
 オリオーンは弓矢と剣を持ってその怪物がいるという山に向かった。そこで見事な金髪に黒い目を持つ凛々しい顔立ちの美青年と出会った。
「貴方は」
「私のことは知ってるな」
 見れば彼も弓矢を持っていた。肌は白く、今にも輝かんばかりであった。
「アポロンですね」
「そうだ」
 青年はすっと笑ってそれに答えた。
 芸術と予言、そして太陽を司る神だ。弓の名手でもあり、その双子の妹は狩猟と月の女神アルテミスである。
「そのアポロン神が何故ここに」
「何、妹に頼まれてね」
 アポロンは少し軽い調子でそう返した。
「妹というと」
「アルテミスだ。本来はアルテミスがここに出向き怪物を退治する筈だったのだがな。急用で私が来たのだ」
「そうだったのですか」
「オリオーンだな」
「はい」
「君のことは聞いている。弓矢の名手だとも」
 アポロンはゼウスの息子である。だから彼とオリオーンは従兄弟になるのだ。
「君も怪物を倒しに来たようだな」
「はい」
「訳を知りたいが。どうやら単に怪物退治というわけではないようだな」
「ええ、実は」
 彼はここで怪物退治に出向いた理由をアポローンに話した。アポローンはそれを聞くと納得したように頷いた。
「成程、そういう事情があったのか」
「そうなのです」
「そのメロペーという女性を手に入れる為か」
「それでは駄目でしょうか」
「いや、別にいいのではないか」
 アポローンは別にそれを咎める気はなかった。
「人は誰もが欲というものを持っているしな」
 神であっても。ギリシアにおいては人間も神もあまり変わらない性格を持っているのだ。ゼウスに至っては好色であると同時に同性愛も嗜んでいる。またアポローンもそれは同じだ。ギリシアにおいて男同士の愛は女同士の愛と同じく自然な行為であったのだ。
「それは別に構わない。だが」
「だが!?」
「それは怪物を倒してからだ。いいな」
 ここで二人は賭けをすることになった。
「私が怪物を倒せば私がそのメロペーの下に行く」
 アポロンも話を聞いているうちにメロペーに興味が出て来たのだ。半ば強制的にそれを認めさせた。やはり神の権限がものを言ったのだ。
「君が怪物を倒せば君がメロペーの下に行く。それでいいな」
「はい」
 急に持ち込まれた話であったがオリオーンはそれを納得した。彼も英雄とまで謳われた男である。負けるとは夢にも思っていなかったのだ。
 こうしてどちらが怪物を倒すか勝負がはじまった。二人はそれぞれ散った。
 オリオーンは木の上を伝いながら怪物を探す。探しながらどんな怪物かと考えていた。
「獅子の怪物か?それとも竜か」
 どちらでも彼は倒す自信があった。
「いずれにしろ怪物を倒してメロペーは私が」
 そう考えていた。その為にも怪物を何としても倒さなくてはならなかった。
 暫く木の上を伝っていると気配を感じた。木の下である。
「!?」
 大きな影が一瞬現われた。オリオーンはそれを見て目を凝らした。
「そういえば」
 王宮で言われた言葉を思い出した。その怪物は異様に素早いと。
 それだと感じた。何を思ったか下に飛び下りた。
「来い!」
 そしてその怪物に対して叫ぶ。
「私はここだ!」
 あえて自分自身を囮にした。それで怪物をこちらに引き寄せたのだ。
 すぐに影がオリオーンに向かって来た。弓をつがえる。
「よし!」
 影が跳んだその瞬間に弓を放つ。放ったらすぐに身を屈めた。
 影とオリオーンが擦れ違ったように見えた。後ろで何かが倒れる音がした。
「やった・・・・・・か?」
 立ち上がり後ろを振り返る。するとそこには一匹の巨大な黒い蠍が転がっていた。
「これが魔物の正体か」
 見ればどうということはなかった。怪物の正体は単なる蠍であった。付け加えればやはりオリオーンの相手ではなかった。それだけのことであった。

 
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