ワンピース~ただ側で~
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番外36話『仲間の力』
……どうやら俺の旅はここまでらしい。
何も理解できていないはずなのに、それだけは理解してしまった。
逃げることは不可能。
別にロビンみたいに目の前の相手にトラウマを覚えたわけじゃない。俺はなんだかんだで空手家で、だからこそもう把握してる。俺の目の前に立つ人間は、世界の最強クラスという壁の向こうにいる人間で、今の俺の一つ向こうにいる存在だと。
だから、悩むことすらなかった。
理由を聞くことすら考えつかない。
「ルフィたちがこの島を出る間だけ……いや、一日でいい。一日でいいから時間が欲しい。絶対に逃げないから」
そう言って、また土下座をしていた。まったくもって、俺の頭は軽いようだ。最近青キジにも下げたばかりなのに。当然だけど頭が軽いといっても頭が悪いとかそういう意味ではない。いや、そういう意味でも俺の場合は間違ってはないけど。
俺は海賊で、その場で連れ去られても文句は言えない。なんといっても世間でいう無法者。俺の言葉に信憑性なんかあるわけがない。しかも相手は海軍の人間で、俺とは完全に敵対関係の位置にいる人間なんだから。
けれど、本当にありがたいことにルフィのじいちゃんは俺を信じてくれた。
「ええじゃろう、時間をやる。どうするか考えるんじゃな」
そのまま去っていくその背中に、俺は頭をあげることが出来なかった。
逃げたい。けど、もちろん逃げない。一度時間をもらうという約束をして逃げるとか……約束を破るのは絶対嫌だ。そんな仁義もへったくれもないようなこと、師匠にもルフィたちやナミにも合わせる顔がない。
みんなに相談して一緒にガープのじいちゃんを倒してしまえばいい。ふとそういう考えが浮かんだ。どうするか考えろと言ってくれたんだ、ルフィのじいちゃんだってみんなでルフィのじいちゃんへ挑む可能性だって視野に入れてるはずだ。
これを考えて、すぐに無理だと自分の頭を振る。
はっきり言ってルフィたちが味方してくれた程度で勝てる相手じゃない。全員で挑んだ場合、全員一緒に捕まるっていう未来しかありえない。
だから、もう俺には諦めるという選択肢しか残っていない。
ルフィになんて言おうか、ナミになんて言おうか……色々と考えるうちに夜が明けていた。
「ハントはまだ眠ってんのか? せっかくサニー号が完成したのになー」
ルフィの声だ。
この声で、うっすらと沈んでいた意識が覚醒した。どうやら軽く眠っていたようだ。
「あ」
俺が目覚めたことにナミが気付き、声を漏らす。その声でルフィもまた俺が目覚めたこと気づいた。ナミが叱るような表情を作り、口を開いたのと同時。ルフィが素晴らしい笑顔で口を開く。
ナミからは怒られそうだ。心配をやっぱりかけちゃったんだな、ごめんなナミ。
ルフィからはなんだか面白そうな話が聞けそう。さっきサニー号が完成とか言ってたからもしかしたらそれの話なのかもしれない。
二人の言葉を、俺は本当は聞かなくちゃならないし、聞きたい。
けど、聞いてはダメだ。
俺にはもう――
だから、二人の口から音が発せられるその前に。
体を起こして、俺は言う。
「ごめんみんな、俺は次の島に行けなくなった」
――聞く資格がないのだから。
「……え?」
誰かのかすれた声が聞こえた。
場は騒然としていた。
「何言ってんだ、お前ぇ!」
「そ、そうよ! せっかくロビンが戻ってきて、フランキーも仲間になって、船も完成してこれからだ、っていう時に……変な冗談はやめてよ!」
予想通りに返ってきた、ハントにとっての嬉しい反応。今、声に出したのはルフィとナミだがそれ以外の面子も同様に目を白黒させており、それがまたこんな時だというのにハントを嬉しくさせる。
「……そっか、フランキーが船大工になってくれたのか。しかも、船ももう出来てたんだな」
「そうだぞ! 昨日お前がじいちゃんと決闘してる間にみんなでサニー号を見に行って、そん時にフランキーも船大工として仲間になってくれて……なんでいきなりそんなこと言うんだ!?」
ウソップが一味を抜けた時は感情的になっていたとはいえ、流れが存在していたし、お互いに譲れない意見をもって対立していた。だから混乱という文字はなかった。ロビンの時も青キジにより嫌な予兆というものがあった。
今回、ハントに何か予兆があるとすれば「英雄ガープに決闘で負けたから、かしら?」
昨日までは何もなかったのに、今日いきなり起きた途端に一緒に行けないと言う。それはつまり決闘が関係している、と考えるのが確かに普通だ。ロビンの問いにけれど、ハントは首を傾げる。
「決闘自体は関係ないのかな、多分」
「多分って!」
「いや、ナミさん。もしも決闘で負けた代償にハントが連れてかれるなら俺たちのところにハントを連れてくる意味がねぇ。関係がないとは思えねぇがそれが直接的な原因ってのも違和感がある」
ふんわりとした答えにムッとしたナミを、サンジが冷静に諭す。サンジの言葉はどうやら正解のようで、ハントは頷きながら言う。
「決闘とはまた別なのは本当なんだよ……昨日の夜に目が覚めたから散歩して、そこでルフィのじいちゃんに会って、それで俺を捕縛するって言われた」
「なんでいきなりハントだけ連れてかれるんだ?」
「理由は俺も聞いてないなぁ、そういえば」
チョッパーの問いに、どこか呑気に答えるハント。チラリとみんなへと視線を送って、またハントは言葉をつづける。
「それよりもお前らにちゃんと別れを言いたくて、頭を下げて一日だけ待ってもらうっていう約束だけもらって、どうにか俺はここにいる……だから、行けないんだ。お前らとはもう……一緒に航海できないんだ」
――ごめん。
小さく謝って頭を下げる。
ハントの顔が地面へと向いたためその表情が皆に見えることは無いが、その時のハントの表情は泣きそうとか辛そうとか、そういった悲しそうな表情ではなくただただひたすらに困ったような、そんな思案顔。
もちろん彼らと別れることが辛くないわけがない。けれど、それ以上に次に返ってくる反応がわかっていたから、それにどうやって対応したらいいのかがまだハントには浮かんでいなかったから。
つまり――
「ばか言わないでよ! だったらルフィのおじいさんごとまたブッ飛ばしちゃえばいいじゃないの! そうでしょルフィ!」
「当たり前だ!」
「相手は伝説の海兵だったか? 相手にとって不足はねぇな」
「……折角ロビンちゃんが帰ってきたってのに、誰かが抜けるってのはおもしろくねぇよな……それが例えハントでもよ」
「よーし、俺がんばるぞ!」
「もちろん、私も戦うわ」
ナミも、ルフィも、ゾロも、サンジも、チョッパーも、それにロビンも。
――仲間の、まるでそれが当然であるかのようなこれ。
嬉しいはずなのに、やはり困った顔で「うーん」と渋るハントにルフィが業を煮やす。
「お前は俺たちと一緒にいたくねぇのか!?」
「……いたくないわけないだろ」
「だったら俺たちを頼れ! 仲間だろうが」
当然だ、仲間なんだから。
ロビンが一人でバスターコールの脅威から一味を守ろうとした時も、彼らはなんの躊躇いもなしにロビンを助けることに全力を果たした。だから、今回も。ハントを捕まえようとする相手がガープというルフィの祖父であろうが、関係ない。仲間に脅威が及ぶというのなら彼らは戦う。
「……」
だが、ハントはそれに頷かない。
「無理だって、今回ばかりは流石に」
「無理じゃねぇ! ……相手がじいちゃんでも俺たちが――」
「――だから、それが無理だって言ってるんだ!」
あくまでも一緒に戦おうと言ってくれるルフィへ突如、ハントが吠え出した。さっきまでどこか淡々としていたはずのハントの変化に、思わず皆が口をつぐむ。
「なんで……なんで無理……なのよっ」
いや、ナミがいた。ハントを睨み、唇を震わせて、何らかの感情を呑みこんだ様相で彼女は声を発していた。
「っ」
ナミのそんな表情を見せられて、ハントも息を呑み、声を失う。首を振り、なんらかの躊躇いを吹っ切るように彼は顔を上げて、決意した表情でもって「なら、言わせてもらうぞ」と言葉をつづけ始めた。
「皆の気持ちは嬉しいけど、はっきり言って悪い……とは思うけど……お前らが一緒に戦っても……足手まといにしかならな――」
「――そんなことねぇよ!」
ハントの言おうとした言葉を聞き終わる前に、ルフィの叫び声が響いた。
「そんなことあるんだよ!」
「ねぇ!」
「ある!」
徐々に興奮していく二人を、だがウソップの時とは違い、今回は誰もそれを止めよとすらしない。
「お前ぇだってブッ飛ばせるぐらいには強ぇぞ、俺は!」
「……お前が?」
「俺だけじゃねぇ! 俺たちは少しずつ成長してる! 足手まといなんて言うな! お前が俺たちと一緒に航海したいって言う限り俺は絶対にお前のことを諦めねえ! だからお前ぇも俺たちを信じろ!」
「そうね、あなたが私に船長さん……ルフィを信じろと言ってくれたようにあなたも信じるべきじゃなくて?」
「っ」
ここに来てロビンがまた加わってきた。
ハントの顔が歪む。
――信じるとか信じないとかじゃ……ないん、だよっ!
叫びそうになる声を、彼は呑みこんだ。これだけは言ってはいけない、尚更彼らは引かなくなるから。
ハントはルフィを信頼している。けれど、いや、だからこそわかる。
クロコダイルにも勝ったルフィ。エネルに勝ったルフィ。不可能を可能にしてきたルフィだが……今度の相手はケタが違っている。もしもみんなで挑んで結局は負けるなんてことになれば、相手はルフィの祖父であってもそもそもは海軍。ハントを捕まえる以上、一緒になって挑んできたルフィたちを見逃すなんて決してハントには思えない。信じていないわけじゃない。ただひたすらに不可能だという結論にハントはいたっている。
だからこそ、ハントはその言葉を呑みこむ。
――信じてはいる。けど。
いつしか話さなくなった彼へと、ルフィが「お前ぇがそこまで俺たちを信じられないって言うなら……じゃあいいよ」
「ん?」
まさかこのタイミングで諦めてくれたんだろうか。脳裏をよぎった楽観的な思考は、次の一瞬でそんなわけがなかったとルフィの性格を彼に再認識させることになった。
「ハント……俺たちと決闘しろ!」
「……ぇ?」
「俺たちが勝ったら一緒にじいちゃんと戦う! 俺たちが負けたらもう何も言わねぇ!」
ルフィはいつもハントの斜め上の答えを導き出す。ハントが慌てて周囲を見てみると、仲間たちもルフィの答えに驚きはしたものの異存はない様子だ。
窓から流れる風が、ハントとルフィたちの間を流れていく。
まるで、この場を大気が見ているかのように。
太陽が空のてっぺんへと昇った時、彼らは対峙しいていた。場所は例の廃船場。アイスバーグを救った一味が仲間割れしているという情報はいったいどこから流出したのか、既に彼らの決闘を見ようと集まる人間が、まるでゴミのよ……ではなく列をなして、集まっていた。
廃船場の外は、水の都だというのにものすごい熱気に包まれている。だが、対峙する当事者たちの空気はそれとは正反対。
「……本気でやるのか?」
ただ一人、準備運動をこなしながら問いかけるハントと相対する麦わら一味。
ルフィ、ゾロ、サンジは当然にチョッパーもロビンもフランキーも、ソゲキングも、ナミまでも。それぞれがハントを睨み付けるようにしてそこに立っている。
「おいおい、本当にあいつを全員でシめんのか? 流石にやりすぎじゃねぇの?」
「少なくとも今回戦ったあのハトの奴よりは強ぇから安心しろ」
フランキーの言葉にゾロがぼそりと呟き、それをなかなかに信じられないフランキーは「ああ!?」と驚いたように表情を固める。ハントを睨み付けているゾロの腰には3本の刀が。1本は先日のバスターコールにて失ってしまったのだが、流石にハントを相手にするとあっては2刀流ではまずいと考えたらしく、既に刀屋から借りてきていた。いくらアイスバーグの恩人の一味とはいえ渋られたのは確かだが、どうにか借りることが出来た結果が今の彼の腰にある3本の刀……なのだが、それはともかく。
「っていうかソゲキングはおかしくね?」
というハントのもっともな言葉を受けて「ロビン君の救出を手伝った時と同じ理由だ。なにもおかしいことは無いだろう。何か問題でも?」と応える。
「……うん、まぁ、いいけど」
そうしてから最後はチラリとナミへと視線を送る。既に完全版クリマタクトを構えて戦闘態勢万全の様子に、ハントは口を開きかけて、だが結局はすぐに閉じた。それから数秒ほど目を閉じて、ハントはそっと目を開く。
「これが決闘なら、俺は本気で行くぞ」
「あたりめぇだ!」
「だったら」
間髪入れずのルフィの返事に、ハントは息を大きく吸って吐き出し、そして叫ぶ。
「かかってこいや!」
それが、合図。
「ゴムゴムのJET銃!」
「うおっ!?」
速い。
ハントが知っているルフィの動きとはケタが違う。そのあまりの速さに思わず声を漏らしたハントだったが、それでも即座に彼も動いていた。
「5千枚瓦正拳!」
己の顔面めがけて放たれた、真正面からのルフィの拳とハントの黒く変色した拳がぶつかり、吹き飛ばされたのはルフィの方。打撃による痛みからルフィが顔をしかめたのもつかの間、それとは別の衝撃がルフィの体内外から爆発。ルフィを後方へと吹き飛ばした。
拳を砕いただけ。弾いたルフィの右腕はしばらくは使い物にはならないだろうが、まだルフィは戦闘不能にはなっていない。追撃を加えようと大地を蹴ろうとした時「108煩悩砲!」というゾロの言葉と共に、巨大な斬撃がハント目がけて飛んでいた。
すぐさま避けようとするも、地面から生えたロビンの腕がハントの足を押さえつける。
「いい連携……だ、けどっ!」
声を吐くと同時に、自分の足を抑えるロビンの腕を、まるでもともと妨害などされていないかのように足を上げて移動する。ロビンの腕力と握力ではハントの足止めにすらならず、強引に腕を剥がされたロビンは腕に走った痛みに僅かに顔を歪ませる。
結局は飛ぶ斬撃を、空に跳ねることで避けたハントだが、空中にいるハントに狙いを済ます2対の瞳。
「空軍」
サンジがチョッパーを足に乗せていた。
「刻蹄」
チョッパーがランブルボールでの腕力強化状態になる。
「桜シュート(ロゼオシュート)!」
サンジがそのままチョッパーを蹴り飛ばした。
二人の合体技。超高速状態にあるチョッパーによる蹄がハントへと襲い掛かる。所詮ハントは非能力者であり空中では自由に移動できない。そこを突いた二人の頭脳プレーだ。しかも速度も随分とあり、いかにハントでもこれへの対処は難しい。
そう思われたが、ハントはぶれない
「人肌掌底!」
真っ直ぐに突き出されたチョッパーの突きを、見事に逸らして見せた。
「うわ!?」
あらぬ方向へと飛ばされてしまったチョッパーから声が漏れて、勢いを殺せずに明後日へと飛んでいく。
「ストロング……右!」
ハントにはいきつく間もない。今度はフランキーのサイボーグの右腕からロケットパンチ。これに関しては、既に地に足をつけていたハントは回避行動をとらずに自分の身を突っこませた。ためらうことなくフランキーのロケットパンチへと向かい、そしてぎりぎりで身を沈ませて回避。そのまま一直線にフランキーの懐へと潜り込み「5千枚瓦――」
「――JETスタンプ!」
「っ!」
横合いから入ってきたそれに、技を中断。後退してそれを避けた……のだが、着地したそこ。丁度ハントの背後にある黒い雲にハントが首を傾げてギョッとした。ハントの真正面に立っていたナミが叫ぶ。
「雷光槍・テンポ!」
突如、黒雲からナミの持つクリマタクトへと発生した雷。それが槍のようにまっすぐにハントの背後へと迫り、貫こうとその猛威を振るう。
「む、だぁ!」
声と共に跳ねて、そこから身を一ひねり。すんでのところで見事に回避してみせ……いや。
「必殺! 向日葵星!」
ハントが跳ねることすらわかっていたのか。ソゲキングの『カブト』という巨大パチンコから放たれた無数の火薬弾がハントの周囲を囲むように散らばり、さらにはハント目がけて終結。一気に爆発した。
今度はもう避けられない。
ハントが体の全身を黒く変色させたところで、命中。
「……」
爆煙が立ち上り、ハントの姿が煙の中に埋もれて見えなくなる。ほんの僅かな時間の静けさ。麦わら一味の誰もがハントを仕留められたとは微塵にも思っていない。最後までハントの戦力を疑問視していたフランキーもこれまでのハントの動きで、既に甘い考えは捨て去っている。
煙の中からハントに全速力で動かれたら対応が難しい。
それがわかっているからこそ、誰もがまばたき一つなしにジッとその煙が晴れるのを待っていた。
「……」
だが結局ハントは煙の中から飛び出してくる、という行動はとらなかった。晴れた煙の中から現れたハントは無傷で、少し焼け焦げた甚平をはためかせ、ただひたすらに空を見上げていた。
なぜ、空を見上げているのか。
なぜ、動かないのか。
これまでの一連の戦闘の中から、誰もがそれを把握していた。理解していた。
けれど。
けれどまだそれをハント以外の彼らが認めるわけにはいかなくて。
「余所見すんな、ハント!」
「これで、決めるわよ!」
ルフィが叫び、ナミがそれに乗る。
「蜃気楼・テンポ『幻想妖精』」
「……魔法使いかよ!? あ、でもナミってなんか魔女でも違和感ないかも」
いつの間にか集合していたルフィたち全員が、各5~6人に分身していた。それぞれ体型は違っているが、だからこそどれが本物なのかわからない。それを目にしたハントが「うおお……すっげぇ」と本当に驚ているのかわからないようにぼんやりと呟き、そこから彼らの一斉の攻撃が始まった。
「7億B・JACKPOT!」
無数に分身した彼らから放たれる、それこそ一帯全てへの彼らの攻撃。もちろん本体はその5分の1程度だが、見事な幻のため判別は難しい。見聞色の覇気でも彼らが密集しているせいか、位置判断が少しばかりぼやけており、さらには先読みでも、やはり全攻撃が密集しているためどれがどれだかの判別が難しい。実際には出来ないわけではないのだが、正確にいうならそれを正確に判別するほどの時間が――数秒という時間すら――ない。
ロビンによるハントの体に生える無数の手がハントを抑え込む。
ルフィのJET銃乱打とゾロの飛ぶ斬撃、フランキーの切り札、空気の砲弾が真っ先にハントへと襲い掛かる。
次いで、ナミの雷を帯びた泡。ソゲキングによる火薬弾。
息をつかせる間もなく、サンジの熱く燃える蹴り。チョッパーによる腕力強化状態での蹄。
それら全てが各々5人となって。
どれがどれだかわかるわけがなく、ただしわからなければ回避など不可能。それが、ハントへと襲い掛かった。ネズミが逃れる隙間すらないほどの一帯への攻撃。遠巻きに見ている群衆が、風圧に吹き飛ばされ、衝撃に弾かれて、急激にあがる光に目を焼かれて悶絶する。十分に距離を置いてあっても被害が出る。それほどの、ルフィたちによる本気の攻撃。
爆炎、爆煙、爆宴。
「……」
これで決まってもおかしくはない威力があった。それなのに、数人の表情は厳しいソレ。果して、その理由が煙が晴れる前に判明する。
「数珠掛――」
まるで水を落とすかのようなそっとした声が小さく、だが確実に彼らの耳に届いた。
「全員さがれっ!」
「――若葉瓦正拳!」
ゾロの反射的な叫びは、けれど誰も間に合わなかった。
最前線にいたチョッパーとサンジが突如とした空気の爆発になすすべなく吹き飛ばされた。空中へと打ちあがった彼らを心配する余裕はなく、先ほどは彼らの前方にあったはずの声が、いきなり背後に。
「若葉瓦正拳!」
最後尾にいたロビンとソゲキングが次の餌食として空へ打ち上げられた。
「JET鞭!」
次いで動こうとしたハントへと、ルフィの高速の蹴り。だが、もうハントには通じない。その蹴りをハントは掴んで「流石にさっきのは効いた」と誰に言うでもなく、呟きながらルフィの足を離して、残った一同と対峙する。
既に空から地に堕ちて動けないのはチョッパー、サンジ、ロビン、ソゲキング。今も尚無傷でハントと対峙するのはルフィ、ゾロ、フランキー、ナミの……たったの4人。
「……なるほど、こいつぁとんでもねぇな」
「な、なんで今の受けて動けるのよアンタは」
今のはハントも流石に回避しきれなかった。その証拠に彼の体からはところどころ怪我が見られる。けれど、ハントは揺らがない。じっと4人を見つめて、またそっと魚人空手の構えをとりながら、ナミの言葉に答える。
「流石に斬撃とよくわからないフランキーの空気の砲弾は避けたんだけどな……あれは結構危なそうだったから」
「さ、避けたって言っても分身のを含めたら5人分もあるのに!」
「避けられる、あんな真っ直ぐなだけで中途半端な速度なら」
「っ」
屈辱的な言葉に、ゾロとフランキーが悔しげに唇を歪めて、けれどその瞬間にはまた戦闘が再開。
「三刀流、豹琴玉!」
ずっと足に力を蓄えていたらしい。回転を加えた突進で襲い掛かるゾロの3本の刀を、ハントは受けるわけにもいかず横っ飛びにそれを避ける。そこへルフィの「JET銃!」
「ほ」
ハントは首を寝かして、それだけでそれを避け、次いでフランキーの「ウエポンズ・左!」と、砲弾が発射された。これも、ハントはその場から横っ飛びでそれを避けながら呟く。
「4千枚瓦――」
「牛鬼 勇爪」
ハントに技をうたせまいというゾロの突進による突きを、ハントは意に介さない。真後ろから迫るゾロを、単純な脚力の差で前進して引き離す。結局は空振りに終わったゾロの技。けれどハントの技はもう止まらない。また狙いを付けようとしていたフランキーの懐に潜り込んだハントが拳を――
「JETバズーカ」
「邪魔だっ!」
一喝。
単なる武装色を込めただけの蹴りでそれを止めた。
「っ」
息を呑んだのはルフィか、それともハントの速度に対応できなかったフランキーか。
「――正拳!」
フランキーの体の前半分は機械や兵器が仕込まれており、サイボーグでできている。そのためフランキーに単なる拳など大して意味をなさない。けれど当然に、ハントの魚人空手陸式は単純な物理攻撃ではない。
空気を振動させ、フランキーの体内の水分をも巻き込み、爆発させる。それは体の前半分が鉄でできているフランキーとて例外ではな――
「ぐ……えっ」
――いや、そもそも、そこではなかった。
ハントの黒く変色した拳にサイボーグのフランキーが腰をクの字に曲げた。単なる物理攻撃が腹部の鉄板ごと撃ちぬいた結果だ。そしてもちろん次の瞬間には襲ってくる爆発。これでまたフランキーも戦線離脱。
これで残り3人。
「ゴムゴムの――」
「三百煩悩――」
フランキーが倒れた、その背後。
ルフィとゾロが一斉に叫ぶ。
「――攻城砲!」
ハントが技を放ったのとほぼ同時のタイミング。なのに。
「っと」
「っ」
当たらない。それどころか、今度はゾロへと一直線に距離を潰す。それに、ゾロも真っ直ぐに向かう。
「5千枚瓦!」
「二刀流居合!」
二人の声が交差し、視線が交差し、気合が交差して、遂には彼らの体も交差。
「正拳!」
「羅生、も……ん゛っっ」
ゾロの刀が届く前に、ハントの拳が炸裂していた。腹部にめり込んだ拳に腰を九の字に折ってしまったゾロへと、ハントの次なる拳が迫っていた。
「5千枚瓦揚げ突き!」
ボクシングでいうとアッパーに近い技。それがゾロの顔面へと直撃。なすすべなく宙に吹き飛ばされ、次いで響く爆発的衝撃にさらに吹き飛ばされてそのまま地面へと落ちていく。
「……あと二人」
「サンダーボルト・テンポ!」
フとハントが、近くにルフィがいないことに気付いた時、今度はナミの声がさく裂、突如としてハントのいる一帯へと落雷。
「っ゛!」
慌てて大地を蹴るも、範囲外に出ることが出来ずに、そうなってしまえばもう流石に避けようがなかった。しつこいように落ちる雷に何度もハントの体が撃たれる。エネルの雷にも何度か耐えていたハントだ。ナミの雷にはあまりきいている様子ではなさそうだが、それでも足止めにはなっている。その間に、ナミはまた黒い雲をハントの真正面へと作りだし、自身がハントの背後へと走り寄る。
そして落雷が消えると同時にまた叫ぶ。
「雷光槍・テンポ!」
雷の槍がハントを貫こうと正面から迫るが、既に2度目とあってハントも余裕をもってジャンプ一番に避けて見せる。だが、それこそが狙い。
「今よ、ルフィ!」
「ゴムゴムの巨人の銃」
迫りくる巨人の腕。
「はぁっ!?」
ハントが驚きに声を漏らしたのはこれで何度目だろうか。ルフィの腕がまるで巨人族のような大きさになって迫ってきていれば誰でも驚くというものだろう。とはいえ、黙って喰らうわけがない。その場で、先ほどのナミの雷の槍を回避するために避けた勢いでもって空中にいるままで右ひざに力をためて、そこから左足を軸にして腰を回して右足の力を解放。
「5千枚瓦飛び回し蹴り!」
巨人の銃とハントの蹴りが同時にぶつかり合い、両者ともに吹き飛ばされた。ただその後が違う。見事に態勢を整えて着地を成功させようとしているハントとは対照的に、そのままルフィは右腕に生じた爆発に体を引きずられるようにして壁に激突して、ルフィの動きが止まった。
――ルフィも終わった……か? ……いや、流石に腕が完全に使い物にならなくなったぐらいか? ……ん? っていうか今ルフィの体縮んでなかったか?
ルフィの動きが止まったことを見届けながら足が地面に着いた瞬間だった。
「悪魔風脚」
つい先ほどまでいなかったはずの背後。そこから聞こえてきた聞きおぼえのある声に、今度こそハントの表情が完全な驚愕へと変わり、そして。
「最上級挽き肉!」
熱く、重く、そして何よりも力強い何発もの蹴り。それが、ハントの背中へとついに全て吸い込まれていく。それはハントの背中にめり込み、熱く肌を焼く音が小さく響き、そのままハントが壁へと蹴り飛ばされることとなった。
「サンジ君!」
「サンジ!」
ナミとルフィが勝利を得たかのように顔をほころばせたものの、サンジは煙草を吹かせながらも首を振る。
「まだだぜ……ルフィ、ナミさん」
「うそ!?」
慌ててルフィとサンジと後ろに立つようにナミが後退しながらも、吹き飛ばされ壁に激突したハントへと視線を送る。
と。
サンジの言葉はどんびしゃ。
「っつぅ……武装色を貫通して肌が焼けたぞ今の……背骨も……さすがに折れはしなかったけど、もう一回喰らったらヒビとか入りそうな威力だな」
壁の瓦礫をおしのけて立ち上がったハントが、流石に僅かに血を零しながらも、また立ち上がり魚人空手の構えを取り腰を落とす。
「っか~、流石にしぶてぇな、あのクソ甚平」
「ルフィ、右腕動く?」
「……動かす、じゃなきゃハントには勝てねぇ」
困ったように頭をかくサンジ、青く変色して変に膨らんでいている右拳を心配そうに見つめるナミと、それでも気にせず右拳を握りしめるルフィ。そんな彼らに、ハントがフと口を開く。
「みんな本当に強くなってるんだな」
どこか晴れやかに言うハントに、ルフィもまた同様に「ししし、そうだろ」と笑顔を向ける。
「戦いの時はいっつも俺だけ一人で行動してたせいでそれに全然気づけてなかったみたいだ……足手まといって言ったのは謝る。ごめん、みんな」
軽くだが、本気で頭を下げる。
全員に謝っても意識がないのがほとんど、と思われるかもしれないが、実はそうでもない。
ゾロもチョッパーも、ロビンも、ソゲキングも、フランキーも。全員意識はある。ただハントの魚人空手陸式のせいで体がいうことをきかず動けないだけだ。だからハントの言葉に、動けていない何人かが小さく息を呑む音が連続して場に落ちる。
「じゃあハント! 一緒にルフィのおじいさんと――」
「――けど、やっぱりお前らがルフィのじいちゃんを相手にするのは力不足だ」
すがるように紡がれそうになったナミの言葉をあえて遮って、ハントは言う。
「だから、ここでお前らを、俺はブッ飛ばす!」
「やってみろ! ハント!」
「オロすぞ、クソ甚平が!」
「甚平ばかにすんなっ!」
ルフィが2ギアで「JET銃!」で先制攻撃。それをハントは紙一重で避けて懐へ潜り込む。横合いからのサンジの「悪魔風脚!」という言葉に「5千枚瓦」とハントも態勢をサンジへと合わせる。
「画竜点睛ショット!」
「回し蹴り!」
体重を乗せた強烈な蹴り。それを、ハントは頭一つだけ背後へと逸らしながらの回し蹴りで対抗。
結果。
「う、ぐ……は」
サンジの蹴りは空を切り、ハントの蹴りがサンジの頭部へと吸い込まれた。
ほとんどカウンターで決まったハントの蹴りに、サンジがその場で崩れ落ちた。地面へと膝が落ちる瞬間に走る衝撃の爆発。大量の吐血とともに顔から地面に突っ伏した。それに視線を送ることなく続けざまにルフィに殴りかかろうとするも、ルフィは既に後退して一定の間合いをおいていた。
「速度も力も届かねぇなら! ゴムゴムの――」
「……?」
その距離の遠さから、ハントは僅かに首を傾げた。ナミは何かをしているものの、すぐに攻撃に移る気配はなく、とはいえいくらルフィでも距離が遠すぎる。先ほどの巨人族のような攻撃ならば届くが、この距離なら余裕で避けられる自信がハントにはあるし、それはルフィもわかっているだろう。
不思議そうに見つめて、だが理解した瞬間に慌てて行動を開始した。
「――巨人のJET!」
「五千枚瓦!」
一瞬の二人の溜め。
そして。
「バズーカ!」
「後ろ回し蹴り!」
衝突。
爆発。
今度はルフィがハントを吹き飛ばした。流石のハントも今回ばかりは態勢を整えることはできずに壁に激突。ルフィはルフィで追い打ちをかけようとするも、また途中でどでかい衝撃がルフィの体内で響き、結果的には吹き飛ばされることとなっていた。
壁に激突したハントへと、今度はナミが走り寄る。もちろんだが介抱のためではない。とどめを刺すためだ。
「サンダー・チャージ!」
クリマタクトの先に電気を集中させ、それをハントへと「風速計」叩き込んだ。
「っと!」
いや、当たらない。
寸前で、ジャンプをしてそれを飛び越えた。
「っ!」
悔しげに顔を歪めるナミとは対照的にハントは周囲へと視線をめぐらせる。
――流石にルフィはもう立てないか?
ルフィは既に3度、拳に、とはいえ5千枚瓦の技を受けている。衝撃は主に腕や肩に響いているが、ルフィの体全体へも確実に響いている。それが魚人空手陸式なのだから。そしてその衝撃は、いくら腕や肩というクッションを置いていようが決して軽くはない。むしろ3度耐えたという事実だけでもハントからしてみれば驚愕の対象だ……もちろんルフィを相手にしているのだからハントもそれは想定していたことだが。
――これで残ってるのはナミだ……けっ!?
ハントがナミへと振り向いて、だがそこで慌てて後退した。
ナミから攻撃があったからではない。
ハントの眼前を通った、2ギアの入っていないゴムの足。
――はあっ!?
次いで、内心で叫びそうになるのをこらえて、今度は横っとびでそれを避ける。
ハントの頬をかすめた、鉄をも分断するであろう刀の一振り。
「……うそ、だろ!?」
ついに漏れたハントの驚愕の声。
慌てて、飛びのいてそれを避けた。
足が光っていない、燃えていない状態でのドロップキックのような連続蹴り。先ほどハントの背中を蹴り飛ばしたそれとはかけ離れた、けれどれっきとした力のこもった蹴りがハントの鼻先をかすって通り過ぎていく。
「……なん、で」
これは決闘。
にも関わらずそんなナンセンスな問いをハントは漏らしていた。
既に5千枚瓦の拳をもろに、しかも2度も受けていたゾロが、刀を向けて、だがやはりそこで限界だったらしく虚ろな目で「く、そ」と血を零しながら「後は任せたぞ、コック、ルフィ」とその場でぶっ倒れた。
ごくりと唾をのみ、他にもまだ立ち続けている二人へと視線を。
他の二人。
ナミを守るように立つサンジ。
両腕をだらりとさせて、ぼんやりとハントを睨むルフィ。
「……認めねぇぞ」
「……負けてねぇぞ」
サンジとルフィが同時に呟き、彼らは一斉に雄たけびをあげる。
「ハントぉぉぉぉ!」
それは手負いで、瀕死の。
けれど譲れない想いを秘めた化け物。
後書き
次話で番外最終話。
最終話としてますけど、すいません。まだ終わりません。
もうちょい続きます。
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