ワンピース~ただ側で~
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番外35話『壁』
ナミとデートに行けなかったその次の日。
フランキーが船を完成させるといった期日まで残り3日となった。
ログ自体はもう今日にでもたまるんじゃないだろうか。どっちにしてもフランキーが船を完成させるまではこの島を出れないからあんまり関係ないけど。
今日もみんなはそれぞれ自由な休暇を楽しむんだろう……もちろん、俺もだ。
指定された廃船場で一人、ルフィのじいちゃんを待っていた。
足元へと視線を送る。俺がいる20m四方ほどの空間だけ、木材や鉄クズが存在していない。というか昨日暇だったから俺が整理しておいた。せっかくやるのだからある程度はきちんとした場所でやりたい。
ふと、俺の髪を揺らした潮風を感じて海へと視線を送る。数えられないほどに存在している木材や鉄クズの向こうには海が広がっている。それこそ木材や鉄くずなんかほんの一握りでしかない量でしかないと思ってしまうぐらいに広い海だ。
海から視線をさらに上へ。海とはまた違う広がりを感じさせる空。朝とはいえ、そこまで早い朝ではない。太陽はもう随分と高い位置にいる。
「……はは」
なんだか、俺らしくない。
別に俺には詩人みたいな趣味なんかないのに、一々風景を気にしている。
……ただ待っているという行為を出来ないほどに高揚しているのかもしれない。
昨日はぐっすりと眠れた。
自分よりも多分格上の相手に挑むというのに、不思議と緊張はしていない。アップももう済ませてある。銃による傷ももうほぼ治った。昨日チョッパーからのお墨付きももらったし、どれだけ体を動かしても変に傷が開いて血が出るなんてことはないはずだ。
コンディションはばっちり。いつでも万全に戦える。
いくつかの深呼吸を繰り返し、そして。
「お、来とるな。 ぶわっはっはっは、感心感心」
来た。
ルフィのじいちゃん、ガープだ。
ガープの後ろには3人の海兵らしき人物。帽子を目深にかぶった男と、それにルフィとゾロの知り合いというか友人の二人。バンダナを頭に巻いている男と、変なサングラスをかけてる男。名前はたしか……えっと……うん、忘れた。まぁ、いいや。
「こいつらがどうしても決闘を見たいというんで連れてきたが、問題ないじゃろ?」
「ない」
俺の返事に、バンダナを巻いている男が「よかった」と安堵の声を漏らしたのが聞こえてきた。
ルフィとゾロの友人というだけいい奴あってなのかもしれない。それだけ考えてすぐに視線をガープへと移した。
観客なんかどうだっていい。今すぐにでも始めたい。
……あぁ、俺が好戦的になってる。
俺ってこんな感じだっけ?
首を傾げて、けどやっぱりどうでもいいとそんな考えを切り捨てて、魚人空手の構えをとる。
見聞色を発動する。武装色をいつでも発動できるように力をためる。
「ふむ、やはり覇気は使えるようじゃな」
「……」
久しぶりだ。見聞色の覇気が通じない。
予想通りといえば予想通りでむしろ、面白い。
「始めてもいいか?」
「いつでもええぞ!」
返事をして、それなのに身構えることすらないガープへと、俺は本気で飛び込む。
「魚人空手陸式5千枚瓦正拳!」
牽制も、フェイントもない。全速力で。真っ直ぐに。ガープの顔面へと拳を突きだした。
「ふんっ!」
「がっ!?」
天地がひっくり返った。いつの間にか俺の顔面が地面に突き刺さっている。頭がずきずきと痛む。
なんだ? 何が起きた?
「っ!?」
一瞬だけ思考が止まって、すぐにわかった。
――殴られた。
顔面を殴りにいって、カウンターをもらってしまった。
慌てて態勢を立て直してすぐさま後退。
口から滲む血をぬぐって、また魚人空手の構えをとる。口の中が痛い。どうやら唇を切ったらしい。顔も痛い。殴られたらしい頭も痛いけど、まだ全然戦える。
「数珠掛若葉瓦正拳!」
その場で拳を振るう。
「ほぅ?」
ばれた。
ガープが即座に後退して、その瞬間に空気が爆ぜる。一瞬で範囲から逃れたその速さはやっぱり俺よりも断然ある。どういう動きをしたのか、いつの間にか俺の背後にガープがいる。
「5千枚瓦後ろ蹴り!」
背後にある顔面めがけて放った左足の蹴りは「いい反応だのう」という軽い言葉と共にゲンコツで蹴りを打ち落された。
――っ。
足がしびれる。さっき顔面を殴られたときよりも圧倒的に威力がこもってる。武装色を発動してなかったらたぶん折れてたほどの威力。
「今度はわしから行くぞ!」
足に気を取られたのは一瞬だった。その隙に頭上から降りおろされる、またゲンコツだ。なら、そのゲンコツに拳を合わせる。俺だって空手家だ。拳には少しぐらい自信がある。
「ぬぇい!」
「5千枚瓦正拳!」
ゲンコツと拳がぶつかった。
「っ!」
その威力に拳どころか腕ごと……いや、腕どころか体ごと弾き飛ばされた。完敗。いや、けど今回は俺の拳も命中した。ならばガープにもいいダメージが入って――
「――うぬっ!?」
ガープから流石に声が漏れた。
やったか? そう思って見てみるけど……膝すらついてない。
嘘だろ?
陸式の5千枚瓦正拳をまともに受けておいて膝すらついてないとか、どんな体してるんだ。
未だに痺れている左足と右拳を軽く振って、どうにか痺れをとってからまた対峙する。
なるほど、確かに格上。
けど、全然喰らいつけないほどじゃない。
これなら勝機は全然ある。
もしかしたら俺は知らない間に随分と成長していたのかもしれない。
「ぶわっはっはっはっは! なるほど、海侠の弟子なだけはあるようじゃな……なら、そろそろペースを上げていくぞ!」
高笑いをしながら肩をぐるぐると回すカープの言葉に、耳を疑った。
ハントとがガープが決闘をしている時、ルフィたちはココロばーさんから次の島。魚人島の話と、それにあわせて、魚人島へと到達するために必ず通る海域『魔の三角地帯』の話を聞いている最中だった。
幽霊目的であったり、お金目的であったり、様々な目的でその『魔の三角地帯』も楽しみへと変換していた彼らだったが、突如部屋に入ってきたフランキー一家のモズとキウイの「夢の船が完成したんだわいな」という言葉でその表情を変えていた。
予定では5日。あと2日は完成しないはずだったのだが、フランキーの他にもアイスバーグ率いる超一流の職人たちがそれを手伝い、まだ3日目という速さで船を完成させることに成功していた。
奇しくもハント以外の彼らはまだその場にいたため、皆今日の休暇の予定を変更してその船を見に行くことに決定。意気揚々と扉を開けて外へ出たのだが、その彼らを、今度は別の人間が呼び止める。
そこに現れたのはフランキー一家のザンバイ。息も絶え絶えに「実は無理を聞いてもらおうと……手配書見ましたか!?」と勢いよく駆け込んできたかと思えば「話すより……見てくれ!」とルフィたち全員の手配書をその場に叩き付けた。
麦わらのルフィ 3億ベリー
海賊狩りのゾロ 1億2千万ベリー
泥棒猫ナミ 1600万ベリー
狙撃の王様ソゲキング 3000万ベリー
黒足のサンジ 7700万ベリー
海坊主ハント 1億5千万ベリー
わたあめ大好きチョッパー 50ベリー
悪魔の子ニコロビン 8000万ベリー
一味全員へとつけられた手配書。
純粋に喜ぶ者、ショックを受ける者、額の低さや自分の絵に落ち込むもの。様々な感情が入り乱れる彼らだが、ザンバイの目的は別に彼らにこの手配書を見てもらうということではない。
「まぁ、心中お察しするというか、色々と言いてぇことがあるだろうが、その……俺たちの頼みってのはこっちなんだコレ見てくれ!」
そう言ってまた一枚の手配書を彼らへと示す。
鉄人フランキー 4400万ベリー
そして、フランキーに手配がかかってしまったからこそ、ザンバイはルフィへと頭を下げる。
「麦わらさん、頼む! 無理やりでもいい! アニキを海へと連れ出してくれ! あの人もともと海賊の子なんだよ!」
その頼みを聞かされたルフィの表情は笑顔で、それはつまりその頼みに対するルフィの気持ちでもあるのだが、とはいえハントがまだここへと戻ってきていないため麦わら一味も今すぐにこの島を出るというわけではない。
とりあえずはハントが戻り次第いつでも出航できるように、荷造りを始めた。
「うはー、楽しみだ! ハント早く帰ってこねぇかなぁ」
ワクワクと、手を動かしながら顔をだらしなくさせるルフィだが、そんな彼にナミが「そういえば」と呟く。
「今日は一日中帰ってこないかもしれないって言ってたわよ」
「え~~~っ!? じゃあ今日出航できねぇじゃんよー! ハントどこにいんだ!? 連れ戻してくる!」
ナミに掴みかからんばかりの勢いで、詰めよるルフィにナミが慌てて口を開く。
「確か、廃船場に……いるとかなんとか」
それを聞いたとたんに飛び出そうとするルフィだが、その前にナミが「もう、私がハントを見てくるから! アンタはさっさと船でも見て来なさいよ!」と子供をしかりつけように言う。
「え~っ、いいのか~っ!?」
「はいはい、いいから行きなさいよ」
「わかった! じゃあハントは任せた! よーし、みんな! 先に行こうぜ!」
「そうだな、船がどんなもんか気になるしな」
「おれもおれも!」
本当に楽しみにしているのが分かるほどに純粋な笑顔で出ていこうとする男性陣を尻目に、ロビンがナミへと「わたしも行きましょうか?」と尋ねるも、ナミはそっと「ううん。大丈夫」と首を横に振る。
「ロビンも行ってきて、あいつらだけだどなんだか頼りないし」
その言葉で、ロビンがぽんと手を叩く。
「……ふふっ、そうね。邪魔しちゃ悪いわね」
「ってロビン!?」
「それじゃ」
顔を赤くして反論しようとするナミの言葉から逃げるようにロビンも船を見に部屋を出ていく。急に静まり返った室内を見回して、ナミもまた荷造りから立ち上がり呟く。
「さて、じゃあ私もハントの様子を見に行こっと! っていうかあいつ何してんのかしら。一日中って言ってたのよねー」
首を傾げながらも扉を開けようとして、その前に扉が乱暴に開け放たれて、慌ててその身を引いた。
「な、なに!?」
「ふーむ、なんじゃ、ルフィはおらんのか?」
ナミの困惑をまるで無視して入ってきた男は二日前に現れたルフィの祖父、ガープ。
「え? え? えっと?」
何の前触れもない彼の登場に、かける言葉がとっさに出てこないナミを見たガープはにっかりと、ルフィの祖父であることを再認識させるような笑顔でナミへという。
「こいつを届けに来ただけじゃ、ワシはもう行くから安心せい」
「……こいつ?」
と、ガープの肩に乗ってぐったりとしている、見慣れた甚平姿の男がナミの視界に入った。よく見ればハントの体はボロボロ。さらには意識を失っているらしく、ぴくりとも動く気配はない。
「は、ハント? なんで!」
慌ててハントを肩に抱えるガープへと駆け寄る。そのナミの様子があまりにも焦っているソレだったためガープが「なんじゃ、聞いておらんかったか? 決闘じゃよ、決闘」と大雑把に、ナミへとハントを放り投げる。いきなり投げられたハントを、そのまま受け止めることなど出来るはずもなく、地面へと尻餅をつきながらハントの体を受け止めた。
「いったたた」
思わず顔をしかめつつも、ナミはガープの顔を見上げて尋ねる。
「……決闘ってなんで、そんな」
「さぁのう、一昨日にいきなり言われて今日決闘したってだけじゃからのう」
理由になど興味なさそうにあご髭をなでながら、ガープは笑顔をナミへと向けるのだが、ナミはそれでは納得できないらしく「じゃ、じゃあなんでハントの決闘なんかをっ」
――受けたの?
という言外の質問を受けて、ガープはナミへと背を向けて、また笑う。
「ぶわっはっはっはっは! 面白そうじゃったからに決まっとる! 血の気が多い若僧は嫌いじゃなくてのう」
「ちょ、ちょっと!」
ナミの引き留めようとする言葉を気にすることもなく部屋から去っていくガープの背中をなすすべなく、ナミは見送る。数秒ほどそのまま呆けていた彼女だったが、そんなのんびりとしている場合ではないと思いだし、慌てて動き出す。
「っ……ハント、これよく見たら随分とひどい怪我じゃないの。チョッパーを早く呼ばなくちゃ!」
ハントを引きずり、ベッドへと寝かせて、ナミは慌てて走りだすのだった。
ハントがガープにボロ雑巾にされた。
その話を受けて慌てて戻ってきた麦わら一味は、固唾を呑んでチョッパーが話す言葉を待ちわびていた。
「……1、2日は安静にしてないとだめだ」
「えーーーーっ!?」
チョッパーの診断に、一同が騒然とする。いや、正確には一同というか主にルフィだけだが。ゾロは腕を組み何かを考えるように黙り込んでいるし、サンジは単純に呆れ顔。ウソップは医師として未だに忙しくなく動き回っており、ロビンはあまり関心がなさそう。ナミは心配そうな怒っていそうな、なんとも表現の難しい顔でハントを見つめている。
「ハントならどうせすぐに動けるようになるぞ、チョッパー!」
――だから、眠ってるハントを背負ってすぐに行こう!
明らかにそういう意味が込められていそうなルフィの言葉だが、チョッパーは「うーん」と首を横に振る。
「そんなにひどい状態?」
こちらは純粋に心配そうなナミの声。
「命に別状はなさそうだから心配はいらないんだけど、一応起きてからどれぐらい動けるのか見たいんだ。今はとにかくハントの目が覚めるまでは航海はだめだ。目が覚めてからならすぐにでもいけると思う」
「そっか、じゃあ少し休めば問題はなさそうなのね?」
「うー、フランキーもやっと仲間になったのにすぐに出航できないのか。なんでハントはじいちゃんと決闘なんかしたんだろーなー? あんなに手ぇ出すなって言っといたのに」
しぶしぶと納得しつつも、やはりどこかで不満があるらしい。ルフィにしては珍しくハントを責めるような口ぶりで唇をすぼめている。
余談だが、一味の仲間になったフランキーがここにいないのはフランキー一家たちとの会話を最後まで楽しんでいるからだ。どうせこれからはずっとルフィたちと一緒なのだから、航海が始まるその時までは家族といたいと思うのは当然だろう。
……と、まぁ、フランキーがいないことについてはともかくとして。
「ほんとよ、心配させるだけさせて! 鎖で繋いじゃおうかしら!」
ナミが冗談なのか本気なのか。本気としたら怖すぎることを平然と言う。
折角サウザンドサニー号という、船首がライオンになっている新しい船が手に入り、すぐにでも次の島にも行けるという状態で、加えるなら早くサニー号とともに船旅を始めたいと誰しもが心を弾ませたときに、ハントのこの怪我だ。
しかも、あと二日はかかるだろうと思われた船造りが急に今日出来上がるという嬉しいハプニングの後に、ハントが怪我で動けなくなり、結局は航海がお預けをくらてしまったという状況だ。
ハントが顰蹙を買うのは不運とはいえ、ある意味では仕方のないことだろう。
ただ、そういった空気が流れそうになる中で、ゾロがルフィへと口を開いた。
「こいつが俺たちとは違うから、じゃねぇか?」
「……違うって?」
「?」
首を傾げたナミとルフィ。二人以外の面子も不思議そうにゾロを見つめる。
「なぁルフィ、それにコックも……こいつの強さ、お前らはどれくらいかわかるか?」
「……そりゃ俺たちより強ぇよ。ハントは」
「ま、認めたくはねぇがルフィに同意だ」
ルフィとサンジの言葉を、ゾロは「そうじゃねぇ」と否定。
「俺が言いてぇのは、具体的な話だ。俺はお前とコックがどれぐらいのモンか、なんとなくだが把握してるつもりだ。今までの経験もあるしな。だが、俺はまだハントの強さだけはわからねぇ。底が見えねぇし、測れねぇ。お前らはどうだ?」
「……」
ゾロの言葉を受けて、二人が完全に黙り込んだ。それはつまり、ゾロと同様にハントの強さをよくわかっていないから。
「クロコダイル、エネルにこいつは負けた。もちろん油断したり他に気を取られたハントが悪ぃし、弱ぇのは確かだが、ハントの話を聞く限りはあいつらに実力そのもので負けたとは、少なくとも俺は思ってねぇ」
「え、えっと」
急に始まったゾロの真面目な話。ハントがどことなく褒められているようにすら感じたナミがなんとなく声を挟もうとして、だがゾロによってそれを目で制された。
――邪魔すんな。
そういう目をしてけん制されれば、今のゾロの会話の目的がわかっていないナミには黙るしかない。小さく頷いて、ゾロの言葉の先を促す。
「ハントは強ぇ。少なくとも、俺もお前もコックも、こいつの底がみえねぇぐらいにこいつは強ぇ。俺たちの航海でこいつがこいつにとっての本当の意味での強敵と呼べるような奴に出会ってきたとは、俺は思えねぇ。それぐらいこいつは強ぇと俺は思ってる。青キジん時はこいつだけ船に留守番でいなかったしな」
「……だから、ルフィのじいさんという明らかな強敵が出て戦いたくなった、ってことか?」
「俺たちはここに来るまでいくつもの死闘を経て強くなってきた。けどハントにはそれを実感できるような戦いがなかったのかもしれねぇ」
察したらしいサンジがハントを見つめたまま小さく言い、ゾロがそれを肯定する。
ハントはハントなりに成長を得ようとこれまでの航海を糧にしてきた。
クロコダイルやエネルの技からインスピレーションを受けて、魚人空手や魚人空手陸式に新たな技を生んできた。けれど、それは確かに単なる工夫であって本当の意味での成長というには少し心もとない。
クロコダイルはハントにとって強かった。苦戦の様相も呈していた。けれど、ハントがあの時に砂嵐を気にせずに戦っていたとしたら、きっとハントはクロコダイルの技を受けずに勝利していただろう。エネルの時も邪魔が入らなければ、きっとハントはその場で勝利を得ていた。ナミを守ろうとその身を挺さなければきっと勝っていた。
ハントの彼らとの死闘はルフィたち同様に大きな糧となっていたのか、それともなっていなかったのか。だからこそガープと戦ってみたかった。自分の成長を知りたかった。大きな糧を得たかった。
ゾロがかつて圧倒的な差がありながらも鷹の目のミホークという世界最強の剣士に挑んだ時のように、いてもたってもいられなかった。
ハントはガープを見て、そういう思いを抱いていたんじゃないだろうか?
粛々と語られる、ゾロから見たハントが抱えているだろう想い。それに、いつしか誰もが耳を傾けていた。
ハントは、一味の中では比較的落ち着いている方で、別に喧嘩好きでもない。しっかりしているように見えて、どこか抜けていて、バカなところもあり、その強さのわりにはどこか頼りない所すらもある。けれどハントはハントなりにもがいている。
「だからルフィのじいさんに決闘を仕掛けずにはいられなかった。俺はそう思う……ま、だから何だって話なんだがな。結局こいつのせいでサニー号に乗れるのが少し遅れるのも事実だしよ」
「……」
結局、何が言いたかったのか。
それを明示せずに一人で言葉を締めたゾロに、即座に反応できる人間はいなかった。
とにもかくにも、麦わら一味の船旅はハントが目覚める数時間から数日はお預けを喰らうことになった。
「でも明日の朝には目が覚めてると思うぞ、ハントは」
「そっか、俺今日寝れっかなぁ」
チョッパーの診察結果に、ルフィが遠足を待ち望む子供のように興奮を見せ、その割には夜になってすぐに寝たのは流石にルフィといったところだろう。
『魚人空手陸式5千枚瓦正拳』に武装色を込めて打ち込んだ。同じく武装色が込められたゲンコツによって簡単に弾かれた。あまりの威力に俺の拳が割れたんじゃないかと思ってしまうぐらいの威力だった。腕が弾かれて、その衝撃で体ごと吹き飛ばされる。
流石に追撃は来ない。一瞬という時間の後に真価を発揮して爆発するのが魚人空手陸式だから。
俺の拳はルフィのじいちゃんにどれだけのダメージを与えたんだろうか。
慌てて態勢を立て直す。ルフィのじいちゃんを見つめて、そこで驚かされた。口から軽く血がこぼれてる。けれど、ただそれだけ。たぶん俺が与えることが出来たダメージはそれだけなんだろう。
既にルフィのじいちゃんが俺の眼前に迫っていた。慌てて後退する。俺の動きを、見聞色で既に察知していたであろうルフィのじいちゃんの拳がそこ目がけて振り下ろされた。その拳がまた異常に速い。
見聞色の覇気は便利な能力だ。だけど、それはあくまでも一定水準以下の人間相手の話でしかない。見聞色で相手を先読みされる、だったらこっちはその先読みに後出しで対応すればいい。ただそれだけの話。対応の仕方は結構ある。相手の目や体の動きで、相手の動きを予測する。圧倒的身体能力に任せて単純に速度で対応する。わざと読ませて、それに対応する。
多分悪魔の実の能力者にはその能力に応じてもっと色んな応じ方があるんだろう。見聞色の覇気が便利なことは間違いないけど、決して無敵な能力じゃない。あくまでも見聞色の覇気は戦闘においてこちらに優位をもたらしてくれる可能性の一つでしかない。
それを見聞色の覇気を覚えたての頃、師匠に教えてもらった。
だから俺も対応できる自信があったのに、ルフィのじいちゃんのゲンコツは速すぎて、しかも重すぎた。
咄嗟に『人肌掌底』で打点をずらした。見聞色で読まれていても、見聞色で俺の動きを察知してから動く、という動きでは決して間に合わない速度で動いた。だからどうにかゲンコツを捌くことに成功した……と思ったら、そんなに甘くはなかった。
柔よく剛を制す。人肌掌底はそれに近い技だ。相手の真っ直ぐな動きに対して、方向をそっと変えることでその力を逸らす。けど、ルフィのじいちゃんのゲンコツは逸れなかった。
剛に柔を制されたわけだ。
ゲンコツが腹に突き刺さる。
戦闘中にも関わらず、胃のもの全てを嘔吐してしまった。
その間、ルフィのじいちゃんは待っていてくれたため、戦闘を続行した。まだ、諦める気にはなれなかったからだ。
左の拳も右拳と同じような運命をたどった。ゲンコツ一発で腕が上がらなくなった。
『陸式の5千枚瓦回し蹴り』すらも通じない。簡単に弾かれた。その際、足がしびれて動かなくなった。
強い。
俺なんかじゃ足元にも及ばない。俺よりも早い動き、化け物みたいな力強さ。覇気の練度。何もかもが、圧倒的だった。認めたくはないけどきっと師匠よりも強い。
これが、俺が目指すべき壁の高さ。
ショックがないといえば嘘になる。泣きそうになるぐらい悔しい。けど、俺がまだまだ弱いということぐらいはわかってた。
目標の高さを知れただけでも収穫があったと思う。
そう思いながら、またルフィのじいちゃんが迫ってきてトドメのゲンコツを――
「――っ!」
反射的に体を起こした。
暗い。
どこだ、ここ?
周囲に目を配って、けどすぐにわかった。
窓から差し込む月明かりを頼りに視界が徐々に鮮明になってくる。
見えてくる仲間たちの様々な寝顔、寝相。聞こえてくる仲間たちの寝息。
ルフィのじいちゃんが俺を運んでくれたのか、仲間たちが俺を運んでくれたのかはわからないけど、まぁそれに関してはどっちでもいいや。ナミに後で聞いてお礼を言えるなら言っておこう。
体の痛みは……マシだ。節々が痛むし、ところどころ骨にひびが入っている箇所もあるみたいだけど、体の大事なところは至って正常に動く。ルフィのじいちゃんが加減をしてくれんだろうか。それとも俺が無意識に致命傷を受けることを守ることに成功したんだろうか。
「……」
前者よりは後者のほうがいいな、と思った。どっちかは今になってしまったらもうわからない、わざわざ聞きにいくようなことでもないし。
ふと、自分に巻かれている包帯の僅かに増えていることも、すぐにわかった。また仲間たちに心配をかけたかもしれない。そう考えると少しだけ申し訳なくなった。このまままたベッドに体を預けて目を閉じれば眠れそうだったけど、少しだけ夜風に当たりたくなってベッドからゆっくりと這い出る。
みんなを起こさないように、自分たちの室内からそっと扉を開閉して外へと出る。
「……う、ん。あれ、月が隠れてる」
丁度、月を雲が覆い隠してしまっていた。いやまあ、別にだからなんだと言われてもなんにもないんだけど。
せっかく夜風にあたるんだから、ここよりも風を感じやすいところへと行こうと思う。っていうか、それならルフィのじいちゃんと決闘した場所が丁度いい。あそこなら廃船場で誰も来ないし、すぐそこに海があったからいい感じに風も感じれるだろう。
ぼんやりと歩き出して、その場所を見つけた。
「……ん?」
けど、残念ながら人影がある。仕方ないから別の場所に……そう思って通り過ぎようとして、丁度また雲に隠れていた月が顔をのぞかせたことで、そこに月明かりが差し込んだ。そして、気付く。
「あ、あれ? ルフィのじいちゃん?」
どう見ても本人だ。
声をかけるべきか、かけないべきか。ちょっとだけ迷ったけど、俺との決闘がどうだったかとかをどうしても聞いてみたくて足を向けた。
俺はこの時、たぶんだけど忘れていた。いや、きっと覚えていても他の選択肢はとらなかっただろう。なにぜルフィのじいちゃんはあまりにも海軍らしからぬ態度で、決闘で負けた俺を捕えることもしかったんだから。
だから、声をかけることが俺の道を一気に変えるものになるとは欠片も思っていなかった。
月明かりにさらされたハントの顔を見て、ガープが渋い顔で目を見開いた。彼にしては珍しい表情だろう。
「……来てしもうたか」
決闘の時とはまるえ違うガープの態度に、ハントは「えっと?」と首を傾げて、それでも数歩ほど彼へと歩み寄る。そんなハントにガープは言う。
「センゴクからの指令を受けて賭けをすることにしたんじゃ……ここにお前さんがこないなら指令のことは今回は忘れる……決闘も楽しかったしの。じゃがお前さんが来たら指令を実行すると、な。それで……お前さんは来てしもうた、ここに」
「え? センゴク? 指令?」
――意味が分からない。
未だに首を傾げるだけで逃げようとすらしないハントへと、また言う。
「海坊主ハント……お前さんを捕縛する」
「は!?」
海からの風が吹く。
甚平が、普段よりもはためいた。
後書き
まぁ、さすがに無理げーです
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