ワンピース~ただ側で~
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番外26話『デービーバックファイト』
「おおお……長い」
「長い……どいつもこいつも」
「何で長いんだ」
「見てるとこっちまで長くなりそうだ」
ハント、ルフィ、ウソップ、チョッパー。
彼らが一斉に呟いた。
彼らの目に映っているものはその言葉通りの光景。
それは例えば白熊がスリムに見えるほどに縦に長かったり、同様にそこらじゅうに乱立している木々も長かったりするという光景。目に映るもの全てが普段彼らが見慣れているものに比べて長く存在している。
いったい、これらはどういう気候やどういった環境で育てばこういった長い生物へと進化するのか。これこそ、各島々での独自の文明形態の維持を許してきたグランドラインだからこそ見られる光景で、おそらくはそういったものに目がない人間がみればここはある種の宝庫として存在するだろう。
が。
残念ながらというか、当然にというか。今ここにいる4人の彼らは、それら長い生物を不思議に思うことはあっても、それらを解明しようと考える思考回路の持ち主ではない。ただひたすらに、目に映る光景に興奮し、楽しんでいた。
さて、空島から青海に降りた麦わら一味は既に新たなる島へと到着しているわけだが、この島はロングリングロングランド。
そもそもは長いリング状の島だが、普段は海によって10の島に区切られている。本来の姿を取り戻すのは年に一度、潮が大きく引く数時間の間だけだ。
「遊牧民の俺たちは3年に一度島から島へと移住を繰り返すのだ」
ルフィたちが出会った初めての人間、トンジットによる島の説明にウソップが「はーん、じゃ村の移動に取り残されたわけだおっさんは」と頷いた。
ウソップの言う通り、トンジットは唯一この島に取り残されている人間だ。
理由はトンジットが10年もの間、竹馬をしていて地上に降り立たなかったからで、他の遊牧民たちもまさか竹馬の上にいるとは考え着かなかったらしく、捜索を諦めて島への移動を始めたというわけだ。
トンジットはずっと竹馬の上にいたというのは、言葉のとおり。ルフィがその竹をへし折らなければきっとトンジットは今も竹馬の上に取り残されていたことだろう。余談だが、地上に降りなかった理由は高くて怖かったからという、なんとも悲惨というか間抜けなそれで、どうにも反応に困ってしまう。
「一つの島に3年なら一周してここに帰ってくるのは約30年後。おっさんが竹馬に乗ってた年月を引いてもあと20年はみんなと会えねぇわけだ」
「そうなるな、せめて一頭のウ~~~マがいれば……1年おきに島を渡ってみんなを追えば5年もあれば追いつくだろうて」
ウソップの言葉に、トンジットは嘆息を落としながら首を振る。ウ~~~マに乗ることが唯一次の島へと渡る手段。とはいえ普通に考えて遊牧民がウ~~~マを連れていかないはずがなく、この島であと20年一人で待つという選択肢しかない。
「……淋しいぞ?」
「20年はさすがに長いんじゃないか?」
ルフィやハントがそれでいいのか? という表情で尋ねるが、トンジットには実質手段がなく、力なく「いいさ、ここで20年待つ」と笑顔を浮かべる。あまり明るいとはいえないような湿った空気の中、そこでチョッパーが気付いた。
「……あれ? もしかしてウ~~~マって馬か?」
「ん? あ、そうか、馬ならいたな!」
ルフィたちがトンジットによって招かれたテントの裏。そこにいたやはり一般的なそれよりも明らかに体が長い馬、シェリーに遭遇していた。
「おお、シェリー! お前……俺を待っててくれたのか!?」
10年もの間、地上にいなかった自分を待っていてくれる友がいた。しかもあと20年ほど一人で生きていかなければならないと覚悟をした瞬間に出会えた。トンジットにしてみればこんなに嬉しいことは無いだろう。
いや、嬉しいのはもちろんトンジットだけではなく、シェリーもだろう。トンジットが行方不明になって10年。トンジットが生きていることすらも半ば諦めていたような時にそのトンジットが目の前に現れたのだ。他の遊牧民にトンジットを諦めて一緒に行こうと言われてもかたくなに拒み、この10年をたった一人で過ごしてきたシェリーにとっても、これほどに嬉しいことは無いはずだ。
シェリーのいななき。
草原を走り抜ける蹄の足音。
シェリーの背中から聞こえるトンジットの笑い声。
「そうかー、あの馬ここでずっと竹馬のおっさんを待ってたのか」
「いいやつだな」
「きっと竹馬のおっさんのことが大好きなんだ」
「ほんと……楽しそうだ」
それらを、草原で寝転がりながら4人は見つめている。
「しっかし速ぇぞ、あの馬! 俺も乗りてー」
「ホントに優雅に走るもんだな」
ウソップの言葉の通り、体の長い白馬が緑の草原を駆け抜けるサマは確かに優雅だが、それ以上に余程トンジットを背中に乗せられることが嬉しいのだろう。トンジットとシェリーの笑顔が4人の気持ちを見ているだけで幸せにする。
なんとなしに笑顔になる4人だが、そこでフとハントが呟く。
「なぁ、シェリーは10年間待ってたんだよな……竹馬のおっちゃんのこと」
「うん、そうだな」
チョッパーが頷き、ハントはどこか遠い目をする。
――こういうの……いいよな。
隣でシェリーの駆け抜けるサマを楽しんでいるルフィを横目で見る。
もしもこの航路を辿らなければロングリングロングランドに麦わら一味が来ることは無かった。もしもルフィがこの島に来て長い竹をおらなかったら、トンジットとシェリーは未だにお互いに寂しい思いをしていたはずだ。
――10年、だもんな。
ハントがアーロンに殺されかけたのは今はもう8年も前。12歳のころ。8年もの間、ナミや、家族、島のみんなを救いたいという一心でハントはジンベエの下で修業を積んできた。その8年、ただ必死だった。
ジンベエと共に暮らし、白ヒゲ一味と交流を持つようになって、それで8年。苦しくも長く、けれど楽しい時間でもあったハントにとって、死ぬほどつらい8年間をナミや島の皆に味あわせた罪悪感は今も胸に残っている。
その間にどれだけの苦痛があったかを、ハントはなんとなくではあるが、聞いて知っている。けれどあくまでもハントは待たせた側だった。10年もの間たった一人でトンジットのことを待ってきたシェリーの心境を測ることなど、待たせる側だったハントに出来るわけがない。
「……」
ふと、ハントは思い出す。
50年間、双子岬で仲間の帰りを待ち続けていたクジラのラブーン。
仲間が帰れないかもしれないという絶望に目をそむけるように自分の体を痛め続けていたラブーンへ、新しい希望を与えたのは間違いなくルフィ。
10年間、ここでトンジットを待ち続けていた白馬のシェリー。
ほとんど偶然とはいえ、長い竹をへし折ったことでシェリーとトンジットの奇跡の再会を果たさせたのも、間違いなくルフィだ。
「ほんと……すごい船長だ」
エネルにやられたせいで満足にまだ動かない自分の手を何度か軽く握りしめて、ハントは己へと苦笑する。シェリーとトンジットに夢中になっているチョッパーとウソップを尻目に、ハントはルフィへと小さな声で言う。
「なぁ、ルフィ」
「……んん?」
「ラブーン……覚えてるだろ?」
いきなりの質問に「は?」とルフィが首を傾げる。いきなりで普通に首を傾げてしまう話題に、けれどルフィが怪訝な顔をしたのは一瞬だけ。すぐに楽しそうに答えた。
「ああ! ケンカの約束したんだ、忘れるわけねぇだろ。花のおっちゃんも元気でやってかな~?」
――これだよ。
いきなりのことで、それでもルフィはすぐに答えたことにハントもルフィ同様に笑顔に。
普段から何も考えてなくて、どうでもいい人物ならその名前すらあやふやなくせに一度約束したらもう忘れない。そういう思考回路が、ルフィがルフィたる所以でもある。
「それがどうしたんだ?」
「グランドラインから逃げ出したって言うラブーンの仲間……俺、さ。やっぱどこかでまだ生きてるって思いたいんだよ。今もきっとどこかで約束を果たしたいって、ラブーンを待たせて済まないっていう思いで、どっかにいると思うんだ」
「……」
「だから、このグランドラインの航路でラブーンの仲間、探してみようって思う……もちろん航路の最中にそれっぽいのがいるかどうかを確認することぐらいしか出来ないけどさ。50年も待ってるんだ……ラブーンにやっぱ会わせてやりたい」
「ああ」
「なぁ、船長……お前らに出来るだけ迷惑かけないようにするから……許可してくれるか?」
一度ごくりと唾をに呑みこみ、若干に緊張した面持ちで尋ねたハントに、ルフィは
「おまえ何言ってんだ?」
「何って!? いや、だからさ――」
ルフィの言葉はハントの言葉の意味がわからなかった、という類のものではない。
理解できなかったのかよ! そう言わんばかりの態度でもう一度説明しようとしたハントの言葉を遮り、ルフィは言う。
「――迷惑とか、そんなん思うわけねぇだろ。そりゃ俺だってラブーンの仲間がまだ生きてんならラブーンに会わせてやりてぇよ……ハントはいっつもわけわかんねぇところで謝ったりするよな」
「え」
そのルフィの言葉でハントの動きが止まった。
――そう、か。ルフィがダメだ、なんて言うわけがない……か。
「ししし、一緒に探そうぜ」
「ああ、そう……だな」
全てを呑みこんでくれるルフィの笑顔。
ハントはこれで何度目となるのか。
「今更だけど、これからも宜しくな」
「おぅ!」
ルフィと一緒の船に乗れてよかった、と。
またナミに感謝するのだった。
ハントがホッと息を漏らし、視線をまたシェリーとトンジットへと移した時、それは起こった。
弾けるような銃声。
血を零して草原に倒れこむシェリー。
落馬したトンジット。
シェリーとトンジットに駆け寄るウソップとチョッパー。
「ホイホイホイホイ! フェッフェッフェッ! その馬は俺が仕留めたんだ、触るんじゃねぇ」
「そーよ、そーよ! その馬はオヤビンのものよ!」
ルフィたち4人がいた背後の草陰。そこから二人の男と、一人の女が姿を現した。
目の前の出来事を理解するのに時間がかかった。
「おい、大丈夫なのか!?」
「銃声が聞こえた! 撃たれたのか!?」
ウソップとチョッパーが一目散に走っていく姿がどこか遠くに感じられる。
今、チョッパーはなんて言った?
銃声? ということはアレか。シェリーは銃で撃たれたってことか?
……誰に?
「ホイホイホイホイ! フェッフェッフェッ! その馬は俺が仕留めたんだ! 俺のもんだ! 触るんじゃねぇ!」
「そーよ、そーよ! その馬はオヤビンのものよ!」
後ろから聞こえてきた声に振り向いた。
男が二人と女が一人。
髪の毛が真っ二つに割れていて、なんだか狐を思わせるような、変な髪型をしている男がバカみたいな高笑いをあげている。
今、なんて言った?
『その馬は俺が仕留めたんだ、俺のもんだ、触るんじゃねぇ』
あいつはそう言った。
あぁ、つまりあいつがシェリーを撃った犯人だ。
「お前ら……誰だぁ!」
隣にいるルフィの声が怒っている。
ルフィなんだから当然だと思う反面、どこかルフィの声が遠くに聞こえる。
それもまた当然だ。
だって俺も怒っているから。
犯人はもうわかった。
「この俺が誰かって?」
だから、もうそれ以上に必要な言葉はない。
もう、黙れよ。
お前の第一声は謝罪以外認めない。
全力で大地を蹴った。
間合いは一息で詰めれる程度の距離。一瞬で懐に入って全力でぶん殴る。
あいつに口を開かせる一瞬すら与えるつもりはなかった。
「っ!?」
「この顔を知らねぇとはいわせねぇ! ……あ?」
足がつった。
体が軋む。
全力で一歩踏み込んだだけで、地面にこけてしまった。
「お、おい、ハント! 大丈夫か……おめぇらハントに何やった!」
「フェッフェッフェッ! ばーか、俺は何もやっちゃいねぇよ。そいつが勝手にすっ転んだんだ!」
……くそ。
「ハント、無茶するなよ! まだ体はボロボロなんだぞ!」
シェリーの手当てをしながらのチョッパーの声だ。
エネルにやられた傷がまだひどくて、体が満足に動かない。なんでも、筋肉とか内臓とか、とにかく全身がひどく損傷してるらしい。あと数日間、少なくともあと一日は安静にしなきゃダメだと言われている。
俺の体のことだ、俺ももちろんそんなことはわかってる。まだ本気では体を使えないってことも、ちゃんと把握してる。
けど、目の前のあいつらが許せなくてほとんど反射的に体を動かしてしまった。
「お前の顔なんか知るか! ブッ飛ばしてやる!」
「……俺をしらない」
「いやん! オヤビンっ! 落ち込まないで! うそですよきっと知っててわざと知らないと」
「ぷ! ぷぷぷぷぷっ!」
ルフィの言葉にオヤビンと呼ばれた男が落ち込んで、女がそれを慰めてもう一人の男が笑っている。
なんだ、こいつら?
とりあえず立ち上がってシェリーたちの様子を見る。
「撃たれたのは足だけど、大丈夫……骨に異常がなくてよかった」
というチョッパーの言葉を聞いてとりあえずは安心した。
「さすがチョッパー! ナイスドクター!」
「お、おお……い、いきなり褒められても嬉しくねぇぞコノヤロー!」
いつも通り、嬉しそうな表情とは裏腹の言葉をもらって、またオヤビンとかいうやつらを睨み付ける。
「俺の名はフォクシー! ほしいものはすべて手に入れる男! バカものどもめ! その馬はもう俺のもんだ! 俺の馬などお前らが心配する必要もねぇ。そんな馬の一頭くらい放っておけ!」
……あ?
「んの野郎! ゴムゴムの――」
「魚人空手陸式若葉瓦――」
俺とルフィの意思が重なった。
気づけば攻撃態勢になっていた。
今度は途中でずっこけないように、ちゃんと力は抑えてある。
多分、それでも目の前の3人くらいなら一気に吹き飛ばせる、そう思って拳を――
「――待て! 麦わらのルフィ! 海坊主ハント!」
「……え? 何で俺たちの名前?」
「……」
ルフィは伸ばしていた足を、俺は打ち込もうとしていた若葉瓦正拳を止める。
「知っているとも! 調べはついている!」
さっきフォクシーって名乗った男……バカギツネが頷いて、隣の女が今度は言う。
「懸賞金1億ベリー、モンキー・D・ルフィ。6千万ベリー、ロロノア・ゾロ。同じく6千万ベリー、ハント。たった8人の少数一味で総合賞金額2億2千万ベリーとはちょっとしたものね!」
女の言葉が終わると同時にまだバカギツネが言葉を引き継ぐ。
なんかウザい。
イライラもあってすごくぶん殴りたい。
もしも体調が全快だったら絶対にもう殴ってた。
「我々フォクシー海賊団! 麦わらの一味に対し! オーソドックスルールによる3コイン、デービーバックファイトを申し入れる!」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ! さっさとかかってこい! 勝負なら受けてやる!」
ルフィの言葉に、俺もまた大きく頷いた。
3コイン、デービーバックファイト。
海賊が海賊を奪い合う、いわば海賊のためのゲーム。海賊を奪い合う、つまりは人取り合戦だ。
3コインというのは、要は3本勝負。
1勝敗ごとに相手の船員から好きな船員を指名し、貰い受けることが出来る。
敗れた場合、船員がいなくなるのだから、もちろん不満が残るだろう。もしかしたら負けを認めずに力づくで奪い返そうとする、ということもあるかもしれない。
だからデービーバックファイトには負けた側へのルールがある。
それが敗戦における3か条。
一つ。デービーバックファイトによって奪われた仲間・印・すべてのものはデービーバックファイト奪回の他認められない。
一つ。勝者に引き渡された者は速やかに敵船の船長に忠誠を誓うものとする。
一つ。奪われた印は二度と掲げることを許されない。
さて、麦わらの一味とフォクシー海賊団のデービーバックファイトはオーソドックスルールに則って行われる。オーソドックスルールとは3ゲーム中で出場者は7名以下。ただし、一人につき出場は一回までで、一度決めた出場者に変更は認められないというルールだ。
「勝負種目はレース・球技・戦闘か……とりあえず出場しない奴を決めるか」
ゾロの言葉で、まずは二人が立候補した。
「はい! 俺だ! じ、実は俺はレースに出てはいけない病で」
「何言ってんのよ! か弱い私に決まってるでしょ!」
ウソップとナミだ。
お互いにらみ合って手を挙げる中、珍しくチョッパーが強気な顔でその二人を割って言う。
「欠場はハントだ」
「なっ!?」
驚いたのは3人。
欠場を立候補していた二人と、チョッパーに名指しされたハントだ。
「ドクターストップか?」
「うん、まだ体ボロボロなんだ。最低限の運動は推奨してるから島の探索は何にもいわなかったけど、無理な動きは厳禁だ」
「いや、いけるって!」
サンジの問いに、チョッパーが全員へと顔を見回してハントの状態について軽い説明をする。それでも否定しようとするハントだが、そんなことはおかまいなしにルフィが先ほど見たばかりの光景を軽く口に出す。
「そういやさっきも、なんもねぇとこでずっこけてたな、ハント」
「余計なこと言わなくていいから、ルフィ!」
「なんだよ、じゃあ結局俺たちは出るしかねぇのか、なぁナミ」
「……え、ええ」
ウソップが肩を落とし、ナミはナミでハントを見つめながら少し戸惑った様子で頷く。
「うし、じゃあ戦闘は俺がいくぞ」
「なにー、待てよ。俺がやりてぇ!」
「俺に任せとけ、足がウズウズしてんだ!」
ゾロとルフィとサンジが最後の種目の戦闘に出るかを話し始め、徐々に各種目に出る人間が決まっていく。
「これで決定ね、提出するわよ」
と、ロビンが全てが決まった紙を持っていこうとするのだが、そこでハントが「俺、やっぱ出る」とロビンの前に立ってその行く手を遮った。
「……漁師さん?」
「何言ってんだ! だ、だめだぞ、ハントは! 医者のいうことは聞けよ!」
「そうよ、チョッパーの言う通りよ! アンタまだ怪我がひどいんだったら――」
「――出る! 絶対に出るぞ! 種目は何だっていい! 俺は出場してあいつらを返り討ちにしないと気が済まない!」
ハントは怪我をしていようがしていまいが、そもそもとしてデービーバックファイトに出たいと言い出すほどに血気盛んな人間では、決してない。普段ならばチョッパーに止められたらそこで諦めるし、意固地なことも特に言いだしたりはしない。それはナミも含めて一味の全員がわかっているからこそ、不思議そうな顔でハントを見つめる。
「ハント、何かあったの?」
首を傾げながらナミが小さな声でルフィへと尋ねるも、ルフィは「んー」と首を傾げて顔をしかめる。
「何があったっていってもなぁ……馬が撃たれて俺とハントが怒ってこのケンカ……じゃなくてゲームをやることになったってだけだぞ」
「馬が撃たれて怒った?」
「ああ」
「よくわかんないんだけど……ほかに何か言ってたことは?」
「言ってた事って……そういやラブーンっていただろ? 花のおっさんのとこにいたクジラ」
「えっとクロッカスさんね、うん。覚えてるけど」
「なんか馬も10年、竹馬のおっさんを待っててよ。それでラブーンにも仲間を会わせてやりてぇっていう話はしてたぞ? けど、それぐらいだ。やっぱ馬が撃たれてハントも相当怒ってるんだな」
「……そ、か」
ルフィの推測は間違っていないが、それは表面上のものであってハントの心情として正確ではない。それを、ナミは察した。
馬、とか。
竹馬のおっさん、とか。
ナミからすればどうも曖昧な言葉ばかりだが、それでも聞き捨てならない言葉をナミはルフィの言葉からしっかりと聞いた。
キーワードは『馬が撃たれた』『10年』『待つ』『ラブーン』といったところか。
要は、50年もの間、ラブーンが仲間の帰りを待っているという話を聞いた時に、他のみんなががもう逃げて帰ってこないとその仲間を否定したときにハントが必死になって声を張り上げたときと一緒だ。
ラブーンは50年。馬は10年。ハントは8年。
ずっと待っていた待ち人に出会えた。その嬉しさはナミが誰よりも知っていて、もちろんハントも知っている。
だから、馬――シェリー――と竹馬のおっさん――トンジット――の再会に、ハントもまた自分のように喜んでいたんだろう。
だから、そんなシェリーが銃で撃たれたことでハントは怒っているのは決して単純な怒りではない。自分も勝負にいかないと気が済まないと憤っている。
「……」
じっと、ナミはハントを見つめる。
その顔、その目、その空気。
チョッパーに対して申し訳ないという気持ちからか、どこか目じりが下がっていて悲しそうにすら見えるその目つき。なのに、絶対に譲らないといわんばかりの厳しい表情。
だから、ナミはため息をついた。
――ああ、もう! 世話の焼ける!
「出たい!」
「ダメだ!」
「頼む!」
「ダメだ!」
ハントとチョッパーの不毛な言い争いを尻目に、ナミがウソップへと声をかけた。
「ウソップー」
「な、なんだよ」
少しばかり猫なで声のナミ。
はっきり言って危険な発言をされる予兆でしかなく、それをもう経験で知っているウソップが僅かばかりに後退りながらも反応する。
「ハントと代わってあげたら?」
「なんだ、そんなことか……よーし、このキャプテンウソップ様がハントに代わりに欠場……え?」
「絶対に出……え?」
「ダメだったらダメ……え?」
ウソップが頷いて呆けた声でナミを見つめて、同様にハントとチョッパーも呆れたような声でナミへと振り返った。
「私からもお願い、チョッパー」
「え、な、なんでだ?」
誰よりもハントの出場を反対してくれる味方だと思っていたナミからの逆援護射撃。チョッパーが慌ててしまうもの仕方がないだろう。
「どうせ、出る種目はレースなんだし。しかも場所は海なんでしょ? ハントなら全力で体動かせなくてもきっとあんな奴らぶっちぎるわよ!」
「……うー」
風向きが変わった。
チョッパーも、ナミの説得に唸るような声で考え始めた。すかさず、ナミがハントの頭に手を置いてぐっと力を込める。
「ほら、ハント! あんたも頭下げて!」
「お、おう……頼む、チョッパー!」
ナミとハントの両方に頭を下げられて、遂にチョッパーも「わかった! わかったよ! その代り怪我が治るのが遅くなっても知らないからな!」と匙を投げる形で降参した。
「サンキューチョッパー! よ、人の心がわかるなんてさすが名医!」
「め、名医だなんて言われても……って、くら! ごまかされねぇぞ!」
「はっはっは、いやほんとありがとうな、チョッパー! ナミも、ありがとうな!」
「ホントよ、もう」
ため息交じりに、けれどやはりあまりにも嬉しそうなお礼を言われてナミも悪い気はしないらしく、穏やかな笑顔で頷いた……のまでは良かったのだが――
「――ほんと大好きだ!」
「ちょっと!?」
喜びすぎてハントの感情が爆発しているのか、ナミを強く抱きしめて「いや、もうほんと大好きだ」と同じ言葉を連呼し始めた。
「てめぇこら! このクソ甚平、ナミさんから離れろ!」
「おうふっ!」
ナミからの抵抗はなかったものの、お決まりのサンジからの蹴りがハントの顔面に決まってそのまま吹き飛ばされた。二人が恋人関係だということを知ってはいても、目の前でいちゃつかれるのはどうも我慢できなかったらしい。
「ちょ、ちょっとサンジ君!? ハント大丈夫!?」
「いっててて、うん、ごめん。ちょっとやりすぎた」
怪我をしているのにサンジの蹴りを喰らってしまっては、と慌ててハントに駆け寄るナミだったが、もちろんサンジもそのあたりはわかっている。顔面を蹴りとばされたというのにほとんど無傷のハントが立ち上がって、ナミへといきなり抱き付いたことを謝罪する。
「う、うん。それはまぁいいんだけどね」
「……えっ! いいの!?」
「い、いや! やっぱ良くない! ……うん、よくない! 人前だとやっぱり恥ずかしいし」
「あ……そっか、そうだよな。ごめん」
「う、ううん」
「……」
「……」
なぜかいきなり頬を赤く染めて黙り込む二人。ちょっとばかり入りづらい空気をいきなり醸し始めた空気の読めない二人へと、サンジがそこに嫉妬の炎を全開にして乱入した……いや、サンジの場合は二人に対して乱入したというよりもハントに対して乱入した、といったほうが正確かもしれないが。
「てめぇこら、またナミさんに抱き付こうとしてんじゃねぇだろうな! っつうかいきなりイチャラブしようとしてんじぇねぇよ!」
「いやいやいや! まぁ人前では気を付けるよ」
「人前では、だとぉ! このクソ甚平! ここらでそろそろ決着をつけてやる!」
「なんでだよ! 何の決着だよ! っつうか怪我人を蹴ろうとすんな!」
「うるせぇ、やっぱてめぇはオロさなきゃ気が済まねぇ!」
「だー! 蹴りが頬をかすめたぞ! 避けなきゃやばい威力だったぞ今の!」
「何枚にオロしてほしいかだけ聞いてやる」
「そんな危険なリクエストはないっての! バカか!」
「誰がバカだこの――」
永遠に続きそうな、くだらない喧嘩が始まっている中で、ロビンが冷静にナミへと呟いた。
「――じゃあ長鼻くんの代わりに漁師さんの名前を書いたらいいのね?」
「あ、うん。ありがとう、ロビン。それでお願い」
「……なぁ、お前はいいのか?」
唐突に入ってきたのはウソップだ。
ついさっきまでは欠場したいと言っていたのに、いざとなったらウソップを欠場させようとするナミの意図がよくわからないからこその質問だったのだが、ロビンが横から「フフ」と笑い声を漏らした。
「……? なんか面白いこと言ったか? 俺?」
「いいえ、けど……航海士さんの気持ちを考えたらすぐわかるんじゃないかしら?」
「……ナミの気持ち?」
よくわからずに首を傾げて、答えを求めるようにナミへと視線を送る。その視線に、ナミは困ったように、だがどこか嬉しそうにも聞こえる声色で小さくつぶやく。
「だって怪我してるハントが出るんでしょ? ……だから私がハントのフォローしてあげないといけないっていう……それだけよ」
「漁師さんは愛されてるのね」
「あ、愛って、ロビン!?」
「フフ、じゃあ提出するわよ」
デービーバックファイト1回戦。
競技種目、レース。
その名もドーナツレースが開催されようとしていた。
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