メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥
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第二話
Ⅴ
「久しいな…お前がこのような場へ来るとは…。」
「来たくて来た訳じゃあないけどな。」
「それはそうだろう。して、今回はどの様な用向きで来たのだ?」
「レラージュ…今、何処に居るんだ?」
「そのことか。」
ここは時の狭間。異空間…と言った方が良いかも知れない。
その一角で、メフィストはある悪魔に会っていた。
「サルガタナス…君がヤツの主の筈だ。知らない訳じゃないよな?」
「知っておる。だが、それを聞いてどうする?」
サルガタナスはさも可笑しそうにメフィストへと尋ねると、メフィストは間を置かずニッと笑みを見せて返した。
「俺の大切な人間の願いを叶えてやるんだよ。」
その答えに、サルガタナスは露骨に顔を歪めた。
「この人間贔屓め…まぁ良い。お前にはこれ位では足りぬ程の借りがある。して、ヤツを止めて如何にするのだ?」
「出来れば全てを元の鞘に戻したい。」
「それは無理だな。」
今度はサルガタナスが間を置かずにそう返したため、メフィストは眉を潜めてサルガタナスを見た。
「旅団長たるお前でも無理と言うのは…どういうことだ?」
「お前も気付いておるのではないのか?もうあの体は死んでいる。如何なわしでも、死者を完全に蘇らせる事は出来ぬ。」
そう言い終えるやメフィストが怒りの表情を見せたため、サルガタナスは溜め息を洩らして言った。
「そう怒るな。レラージュが操りしあの青年は、既に死が確定していたのだ。」
「何故だ!」
「自ら死を選択したのだ。それをヤツめが利用したのだ。」
「一体何のためにだ。」
「それを命じたのはわしではない。」
「…?」
サルガタナスの答えは、メフィストの首を傾げさせた。
悪魔とて、人の屍を自由に操ることは至難だ。それをまるで生きている様に見せる程、レラージュは力を行使している。にも拘わらず、その主たるサルガタナスは命じてないという…。
では、一体何者が命じたのか?
「サルガタナス。お前、ヤツが離脱したのは知ってたんだろ?何故止めなかったんだ?」
「止めなかったのではない。わしが気付いた時には、既に消えておったのだ。探させてみればあの状態であったと言うことだ。」
「では、どうして止めさせない。」
「止めさせる?わしに何故それを命じる必要があるのだ。」
そう言われたメフィストは頭を抱えた。
確かに、悪魔は悪魔。命じられたことを遂行するのは当たり前だが、それ以外に何をしようと自由だ。但し、神との契約に触れる様なことは出来ない。言い換えれば、契約に触れない限り何をしようと構わないのだ。
そこまで考えた時、メフィストは嫌な予感がした。
「サルガタナス…俺とあいつはこっちじゃ毛嫌いされる存在だ。だが、その中でも俺達を抹消したいと考えてるヤツはいるか?」
「いるな。だが、お前達の前にはあのラジエルがおる。迂闊に手を出せばどうなるかなど、地の王さえ知っておるわ。故に、我らはお前達に手を出さないではないか。」
「分かっている。だが、その禁を破ってまで抹消したいと思うヤツに…心当たりは?」
そう問われたサルガタナスは、低い唸り声を響かせた。それを答えるのに難色を示しているのだ。
そんなサルガタナスに、メフィストは浅い溜め息を吐いて言った。
「まぁいい。その代わり、レラージュの力を封じてくれ。」
「済まんな。」
「良いさ。こっちはこっちで片付けてやるよ。終わった後のことは知らんからな。」
「分かっておる。」
サルガタナスがそう返した刹那、メフィストはその場から姿を消した。
「全く…相変わらずだな…。」
サルガタナスはそう呟き、荒い溜め息を吐いたのだった。
一方その頃、鈴野夜は司を探していた。
「そろそろ日が沈むな…。」
見上げた空には星が瞬き始め、彼は急がねばと再び駆け出した。
いつもであれば探し人なぞ容易く見付けられるのだが、今回のこれは全く分からない。ここまで何も感じないことから、鈴野夜はとある考えに至った。
- 司は既に… -
だが、そんな考えを振り切り、鈴野夜は彼を探し続けた。またあの頃の様に…そう、あの至福の時を蘇らせたかった。
「いや…無理か…。」
鈴野夜は走りながら、そう自嘲気味に呟く。
分かってはいるのだ。もう…あの頃には戻れない。それは自分の人生の中でも、嫌というほど思い知らされていることなのだ。
ただの甘い夢…。だがしかし、それは在ったのだ。過ぎ去りし時の中へ埋もれはしても、それは確実に在った現実なのだ。
ほんの一握りでも良い。鈴野夜はそれを取り返すために走る。
町には街灯の明かりが灯り始め、店の看板にもネオンが光る。
- どこだ…どこにいる…! -
もうその身の大半を水平線へと沈めた太陽が、ささやかな光を放って消えようとする最中、鈴野夜は隣町にある廃工場まで来ていた。
鈴野夜はふと立ち止まり、その中へと入っていった。幽かではあるが、彼の気配がしたのだ。
それは今にも消えそうなもので、これではさすがに鈴野夜も近付かねば分からない。ここへ来て初めて気付いたのだから…。
「司、居るのか?」
鈴野夜は入って直ぐに彼を呼んだ。すると、何処ともなく返す声がした。それは弱く、人間には聞き取れないほど小さな声だった。
「…雄…兄……」
掠れたそれは、確かに司の声だった。
鈴野夜は直ぐ様その声を追い、ある機械の影に彼の姿を見出だした。
しかし…その姿は…。
「お前…まさか…。」
鈴野夜の表情が苦悶に歪んだ。
「分かっちゃ…たのか…。知られたく…なかったなぁ…。」
見付けた司の姿は…その一部が既に朽ち果て、手や足などは骨さえ露出していた。
「悪魔と契約したのか。」
「そう…だよ…。」
「なぜ…。」
「俺…もう…あの家に…帰れないって分かっ…てたんだ…。ちょっと失敗…して…あぁ、死ぬんだなって…分かってた…時、声…聞こえたんだ…。思わず…声に縋…たんだ…。」
「どうしてあの時言わなかったんだよ!」
鈴野夜の声は消え逝く光の中、廃工場の錆びた空間へと悲痛に響いた。
「言えないよ…雄兄…。ただ…俺のこと…ワルでもいい…から……憶えてて…ほしかった……。大好きな…皆…に……忘れ…ら……れたく…なか……た………んだ…………。」
それが彼の…瀬田司の最期の言葉だった。
鈴野夜が彼を抱え上げようとした時、もうそこには人と呼べるものはなかった。腐った肉と成り果てた人形の何かが横たわるだけ…。
「誰が…。」
怒りを顕わに鈴野夜が呟いた時、そこに何者かの影が動いた。
「誰だ!」
「私だよ。憶えているかい?」
そう言って姿を見せたのは、悪魔だった。
「お前…レラージュ。」
何十年も前、一度だけ対峙したことのある悪魔だった。尤も、その時は鈴野夜が勝ち、レラージュは時の狭間に逃げ込んだのだが。まぁ、そういった悪魔はかなり多く、レラージュはその一柱だった。
「何故お前がここに居る!」
「そう怒鳴るな。今の私には何の力も無いのだから。」
レラージュがそう言った時、鈴野夜はメフィストが話を付けてくれたと確信した。ここで嘘を並べても、レラージュには何の得もない。それどころか、ここで嘘を並べて続ければ自分の身が危ういことを知っているのだ。
レラージュの話では、司は久保によって刺殺された。
司は久保が買い取った麻薬を売り捌く売人をしていたが、司は足を洗おうと警察へと向かった。それを久保の手下が引き戻し、有無を言わさずその胸にナイフを突き立てたのだ。
死の直前、その凄まじい感情の渦にレラージュは引き寄せられ、司と契約することにした。
だが、最期に残った感情は「忘れないでほしい…。」というもので、それを形にするだけの力を彼に貸し与えていたのだ。
「成る程…仲違いを好むお前にはピッタリだったと言うわけか。」
「放っておけ。だが、これで全てだ。我が主にかけて誓おう。」
「分かった。で、お前はどうするのだ?力がなければ帰れないだろ?」
「…。」
レラージュは言い返すことが出来なかった。と言うことは、どうすれば良いか分からない…途方に暮れていると言うことだ。
「仕方無い。司の最期の願いを叶えたのだし…私が力を貸そう。」
そう言われたレラージュは目を丸くした。
それもそうだろう。昔は敵として戦ったのだから。
「本当にそれで良いのか?今であれば、この私を完全に滅せる。」
「お前を滅ぼしてどうする?今はまだその時じゃない。さぁ、在るべき場所へ還るが良い。」
そう言うや、鈴野夜の周囲を蒼白い炎が広がった。そしてその一角に空間の裂け目が開き、レラージュはその身をその裂け目へと投じたのだった。
「この借りは必ず返す。」
「気にするタマじゃないだろ?」
鈴野夜がそう苦笑しつつレラージュを送り出すと、そこへ今度はメフィストが姿を見せた。
「おい、まさか…ヤツを逃がしたのか!?」
「そうだ。黒幕は彼じゃないよ。」
「分かったのか?」
「そうだな…久保に聞きに行くとしようか。どうやら、人間が一番悪魔らしいから。」
そう言った鈴野夜の表情を見た時、あのメフィストでさえゾッとした。その彼の怒りは、最早止めようがなかったのだ。
彼をここまで怒らせたのは、恐らく過去に一人だけだ。
メフィストは古い記憶にある光景を思い出し、その身を震わせたのだった。
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