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メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥

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第二話
  Ⅲ




「なぁ、叔父さん。司のこと・・・。」
 大崎は孝へと遠慮がちに問い掛けた。
 孝は浅い溜め息を洩らすと、ふと開け放たれた窓から月を見て言った。
「・・・そうだな。お前には言っておいた方が良いかもしれんな。」
 そう言ってから大崎を視線を移して話し出した。
「ありゃ、直美の葬儀が終わった後だった。急に様子がおかしくなってなぁ・・・。」
「様子が?」
「何というか・・・部屋に引きこもって出て来んようになったんだ。かと思えば家を出てそのまま何日も帰らず、心配して警察に行けば補導されている始末。それを何回か繰り返し、ある時、到頭刃傷事件を起こしちまってなぁ。」
「えっ!?」
 大崎の表情が歪んだ。
 彼の知る司は、明るく気の優しい子供だ。時にはやんちゃもしたが、子供にありがちなものばかり。良く一緒に遊んでもいたのだ・・・。
「それで?」
 大崎は孝に先を促した。
「まぁ、相手は札付きの悪だったから、刑もそう長いことはなかった。相手の親も自分の子の不始末を承知しとったし、喧嘩を吹っ掛けたのは相手だったからな。」
 孝はそこで言葉を切り、用意していた麦茶を口にした。そして再び溜め息を洩らして口を開いた。
「だが、少年院から戻ってくるなり、直ぐに悪い奴らと関わるようになってな。だから、わしは淑美と瑶子を実家に戻らせたんだわ。二人になにかあったら義父母に顔向け出来んからなぁ。」
 そこまで言って、孝は再び麦茶に口をつけた。
 やはり言い難い話だ。孝も緊張している様子で、どこか居心地悪そうにしている。
 暫くは黙していたが、不意に大崎が口を開いた。
「司は、それから戻って来ることはあったんですか?」
「いや、ここ数ヶ月戻っとらん。どこで何をしてるやら・・・。」
 孝はそう言いつつ、何度目かの溜め息を吐く。
 大崎は何も言えず、悲嘆する孝を見ているしか出来なかった。
 重苦しい空気の中、暫く二人は黙ったままだったが、そこへ玄関の戸が開く音がした。
「孝ちゃん、いたかい。」
 それはシズの声だった。齢八十を過ぎて尚、元気一杯なお婆ちゃんだ。
 その声に孝は立ち上がり、玄関に向かって返した。
「ここいたて。まぁ、上がってくれや。」
 孝はそう言って階段を降りて行った。話はこれで終い・・・そう言うことなのだ。
 シズと一緒にもう一人の姿がある。彼女は明子と言い、シズの次男の嫁だ。老いた義母を心配し、時折こうして面倒をみている。自身の両親は既に他界しているため、今では本当の親と思っているのだ。
「お母さん。これ、台所へ置いてくるから。」
「そうだねぇ。先ずは一休みしてからにしようかね。」
 シズは腰を叩きながらそう言う。やはり歳には勝てないと言うことなんだろう。
 そんなシズに、孝は問い掛けた。
「それじゃ、茶でも入れるか。熱いんが良いか?冷てぇんが良いか?」
「今日は冷てんが良いなぁ。」
 そう言いながら、シズは茶の間に入って座った。そこへ明子が顔を出して言った。
「お母さん。私、先に野菜だけ切っておくわね。」
「そんじゃ、わしもそんだけやっとくかいのぅ。」
 シズはそう言って立とうとしたが、明子は苦笑しつつそれを制して言った。
「お母さんは休んでて。そんなに時間かからないから、私も直ぐに来るから。」
「そうかい?それじゃ、お願いしようかねぇ。」
 シズがそう言って座り直すと、明子は笑って台所へと引き返した。
 そうしている内、買い物に出掛けていた二人が戻ってきた。
「ただいま。」
 そう言って玄関に上がると、それを聞き付けたシズが「おや、瑶ちゃんも帰ってたんだねぇ。」と言って出てきたため、瑶子は笑いながら返した。
「だって、杉兄と雄兄が来てるんだもの。会いたくて飛んで来ちゃったわ。」
「そうだねぇ。二人とも、ちっとも顔見せんかったからねぇ。今日はこの婆も交ぜとくれね。」
「当たり前でしょ?皆で集まった方が楽しいもの。」
 瑶子はそう言うや、後ろで苦笑してるだろう鈴野夜に気付き、「また後でね。」と言って鈴野夜と一緒に二階へと上がったのだった。
「案外早かったな。」
 そう言って出迎えたのは大崎だ。些か元気のない様子に、鈴野夜は司のことを聞いたのだと悟った。そのため、鈴野夜は瑶子に躊躇いがちに言った。
「ゴメン、瑶子ちゃん。ちょっと大崎と話があるから、瑶子ちゃんは下で明子さんの手伝いしてやってよ。シズ婆ちゃんも話がしたいだろうしね。」
 二人の様子がどうも不自然と感じ、瑶子は「うん。それじゃ、終わったら直ぐに来てね。」と言ってそのまま部屋を出たのだった。二人が何を話すか・・・恐らく、瑶子は気付いてたのだろう。
「さて・・・聞いたんだな?」
「まぁな。でも司のヤツ、数ヶ月前に家出たっ切りだとさ。悪い奴らと関わってる・・・そう言ってたが、誰だかまでは言わなかった。多分・・・アイツじゃないか?」
「アイツ・・・ああ、久保か・・・。だが、ヤツはまだこの近くに居るのか?私達がここを離れた時、ヤツはどこかへ姿を眩ましていると聞いてるが・・・。」
 鈴野夜は腕を組んで溜め息を洩らした。そんな彼に、大崎は頬杖をついて返す。
「さぁな。だが俺の知る限り、アイツしか司をその道に引っ張り込めねぇとおもうんだ。」
 その後、二人は暫く黙したまま、静かに夜空に瞬く星々を眺めていた。そこには何の意図もなく、ただただ煌めく星が自らを誇示しているだけだった。
「考えても仕方無い。今日は瑶ちゃんもいるんだし、これは明日考えよう。直ぐに帰る訳でなし、折角ここに来たんだからさ。」
 鈴野夜はそう言って立ち上がった。すると大崎も「そうだな…。」と言って立ち上がった。
 だが、鈴野夜は嫌な予感がしてならなかった。大崎は感じていない様だが、今日の“これ"は何かが変だ。それは始めからそうなのだが、一体何が起因しているのか未だに分からない。
 第一、何故あの時、瑶子は孝へと連絡を入れたのか?出来すぎている…真一についても同じだ。
 この件には司のことだけでなく…“あの事故"までも関係しているのではないか…と鈴野夜は考えていたが、それは大崎に知られない様にしていた。
 しかし、それは遅かれ早かれ気付かれるだろう。鈴野夜は自分がどう動くべきか悩んでいた。
 これは依頼ではない。人間そのものの問題であり、そこに善や悪がはっきりしていないものに関しては触れられないため、鈴野夜はもどかしかった。
「なぁ、雄。」
「…なんだ?」
 考え事をしていたため、鈴野夜は返答に遅れた。しかし、大崎は気に留めることもなく続けて言った。
「直美…こんな騒ぎ見たくねぇだろうな…。」
「そうだな。」
 鈴野夜はそう言うや、大崎へと笑みをを見せて言った。
「解決して帰ろう。」
 だが、鈴野夜がそう言った矢先、それは起きたのだった。
 一階から何やら争う様な声や物音が聞こえてきたため、二人は互いに顔を見合せて眉を潜めた。聞こえてきた声の中に…紛れもなく司の声があったからだ。
 二人は直ぐ下へ行くと、居間で言い争いをする孝と司が目に入った。シズと明子、そして瑶子は争いを止めようとあたふたしていた。
「ふざけんじゃねぇ!俺が何しようが俺の勝手じゃねぇかよ!」
「馬鹿言え!人様に迷惑掛けてよくその顔を見せたもんだ!お前にやる金なんぞ一円も無い!」
 どうやら、司は金をせびりに来たようだ。時代錯誤も甚だしい。
「司っ!」
 大崎はその中に入るなり司の肩を掴んでその中から出すと、自分へと向かせた。
 いきなりのことに司は大崎と鈴野夜を見て目を見開き、まるでさっきまでのことが嘘の様に大人しくなった。
「なんで…兄貴達が…!?」
 そこには途惑いの色がありありと見てとれたが、不意に怒りが見え隠れしたため、鈴野夜は一歩前に出て司へと言った。
「一体どうしたんだい?君はそんな大声を張り上げる人じゃなかった筈だ。」
「…黙れよ…。」
 小さな声だった。
 しかし、そこに秘められた怒りは鈴野夜に伝わったが、他にも嫌な気配を鈴野夜は感じ取った。
 その気配とは…。
「司。君、何をしたんだい?」
 その問いに、司は再び目を見開いて鈴野夜を直視した。
「何って…何だよ…。」
 そう返す司の表情は、明らかに何かを隠している時のそれだった。
 そのため、鈴野夜は司を外へ連れ出そうと近付くや、司はその手を振り切って外へと駆け出してしまい、鈴野夜は大崎と共に彼の後を追いかけた。
 しかし、二人は彼を見失った。直ぐに追いかけたにも関わらず、その姿は夜の闇にでも溶けたかのように消え去っていたのだ。
「ったく…どうしたってんだ?」
 大崎は頭を掻きながら辺りを見るが、そこに何もない。そのため鈴野夜へと振り返って問い掛けた。
「雄。お前、何か気付いたんじゃねぇのか?」
 そう問われた鈴野夜は答えに詰まった。彼が知り得たこと…それはやはり人ならざる存在の気配だったからだ。
 故に、鈴野夜はこう返した。
「メフィストに来てもらう。」
 その返答は大崎の体を硬直させた。その一言で大崎も理解したからだ。

- 悪魔が関係している。 -

 それは即ち、大崎の手に余る状態だと言うことなのだ。
 その後、二人は直ぐに孝の家へと引き返したが、その道すがら、大崎は意を決して鈴野夜へと言った。
「雄、頼まれてくれるか?」
 それは“契約してほしい"と言う意味であることに直ぐ鈴野夜は気付いたが、それに返答するまでに時間を要した。
 鈴野夜は友と契約するなど考えていなかった。それも、彼…大崎とは既に契約しているのだ。ただ、彼がそれを忘れているだけで…。
 しかし、鈴野夜は言った。
「分かった。君は何を願う?」
 静かに言った鈴野夜の声に、大崎は鈴野夜の瞳を真っ直ぐに見て返した。
「皆が幸せになってほしい。」
 それは単純な願い…そう思えるが、これ程に難しい願いもない。
 しかし、鈴野夜は笑みを見せて返した。
「分かった。その願い…叶えよう。これは契約だ。」
 その答えに、大崎も笑みを見せた。
 大崎は鈴野夜と初めて出会った時、彼は鈴野夜と直ぐに意気投合した。趣味が合ったのだ。
 だが、暫くしてある事を目撃してしまい、大崎は深く考えざるを得なかった。
 それは鈴野夜が蒼白い炎の中で罪人を裁いている光景だった。無論、その時の姿はロレだが、大崎にはそれが友人と同一人物であることは直ぐに見抜けた。
 それが偶然だったのか、はたまた鈴野夜が態と見せたのか…それは判らないが、それでも親友であり続けたいと望んだ大崎は、メフィストにも許されてその記憶を留めていた。
 それ故、彼は鈴野夜に依頼をすればどうなるか良く知っている。
 だからこそ、彼は正式に依頼することにしたのだ。たとえ記憶が消されたとしても…皆が幸せになれるならと…。
「さ、行こう。あのまま飛び出して来たんだ。きっと今頃は皆が心配しているだろうからな。」
「そうだな。シズ婆さん、ぎっくり腰になってなきゃいいけど…。」
「言える。」
 二人はそう言って笑い合った。些か不謹慎ではあるが、この二人にはこれ位が丁度良い。
 そして二人は星明りの中、風と波の音を聞きながら戻ったのだった。
 その後、家に着くと既に料理の用意が出来ており、皆はまるで何もなかったかの様に振る舞っていた。
 結局のところ、これもまたいつもの事と言わんばかりで、中でもシズは「馬鹿に構っとったら長生き出来ん。」とまで言い、帰った二人を苦笑させた。それもまぁ、年の功と言ったところで、皆は笑って食事の席へとついたのだった。
 食事を終えて暫くすると、瑶子は大崎と鈴野夜の二人と一緒に庭で花火を楽しんだ。
 それらは他愛ないものだったが、やはり無理をしている感は拭えない。孝もやはり気が気でないようで、それを無理に押し隠している風だ。隣に座るシズと明子も同様であった。
 鈴野夜はどうすべきか考えたが、既にあることに気付いており、どうなるかなど分かりきっていたのだ。
 ただ、今はこのささやかな平安を皆と共に分かつだけだった。



 
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