夜の住人
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3部分:第三章
第三章
「旦那様」
最初に声をあげたのはゴッドフリートだった。
「どうした!?」
それを受けてヴィーラントは月からゴッドフリートに顔を移した。
「村が」
「何があった!?」
「人が」
「人だと!?」
「はい、次々に家から出て来ます」
「馬鹿な、一人もいない筈だ」
「いえ、ですが」
ゴッドフリートは必死な顔で言う。指差したその先の村には確かに人が出て来ていた。
「現にあそこに」
「確かに」
「それに犬や猫まで」
「牛もいるな」
畑には牛までいた。そして農作業に従事していた。
「子供も」
当然子供達までいた。朗らかに遊んでいる。
「これは一体どういうことなのでしょうか」
「わからん。だが」
ヴィーラントはその人に満ちる村を見ながら言った。
「村には確かに人がいる」
「はい」
「それは間違いない。どういうことだ」
「行ってみますか?」
ゴッドフリートは村を見据える主の横顔を見て声をかけてきた。
「どうされますか?」
「行ってみるか」
ヴィーラントはその問いに対して意を決して答えた。
「確かに妖しい」
「ええ」
「だが。行ってみなくてはわからない」
「竜の穴に入らないと竜を倒すことは出来ない、ですね」
ゴッドフリートはふと言った。
「そういうことですね」
「それは諺か?」
「はい、確か中国の古い諺だとか」
「そうか、中国のか」
ヴィーラントはそれを聞いて少し首を傾げさせた。
「あの国のことはよく知らないが」
「まああまりにも遠くにありますからね」
「生姜でも何でもあるらしいな」
「胡椒も」
言うまでもなくこの時代のヨーロッパでは胡椒は極めて貴重なものである。そもそも香辛料全体が貴重なものであった。その中には生姜も入っており貴重品としてもてはやされていたのである。中には胡椒を酒に入れる者もいたがそれはその者の権勢を誇示していたのである。
「夢みたいな話だ、胡椒にも生姜にも困らないとはな」
「一度行ってみたいですか」
「機会があればな。だが今は」
「行きますか」
「うむ」
ヴィーラントは立ち上がった。ゴッドフリートもそれに続く。
「まずは村に入ろう」
「はい」
ヴィーラントはゴッドフリートを連れて中に入った。馬は曳いて歩いて入る。中に入ってもやはり人々はいた。そしてヴィーラント達に声をかけてきた。
「騎士様でしょうか」
「うむ」
ヴィーラントが声をかけてきた老人に挨拶をする。
「この村の名は」
「ブラウといいます」
「ブラウか」
「はい、まあしがない何もない村です」
「いや」
ヴィーラントは老人との話の間も村を見回している。その警戒は決して解けはしなかった。
「いい村だな」
「神の御加護で」
「神か」
「はい。それが何か」
「いや、何でもないが」
村の中には教会もあった。そこに向かうことにした。
「神父はいるが」
「ええ、おられますよ」
老人はにこにこと笑いながら彼の問いに答えた。
「御案内致しましょうか」
「頼めるか」
「はい、こちらです」
老人に案内されゴッドフリートと共に教会に向かう。そこはどの村にもあるような何の変哲もない小さな教会であった。ただ昼には誰もいなかっただけである。
「神父様」
老人は教会の扉を開けて中に声をかけた。
「御客様です」
「おお、それは珍しい」
すぐに返事が返ってきた。そして程なくして初老の優しい顔立ちの男が扉から出て来た。法衣を着て十字架をかけている。紛れもない神父であった。
(間違いないな)
ヴィーラントはここで胸の十字架を見た。それは確かにキリストの十字であった。若しこの神父が人でなく魔物であるならば胸に十字架をかけたりはしない。魔の象徴である逆十字か、若しくは最初からそんなものはないかだ。それを見て彼はこの神父がキリストの使徒であるとわかった。
だがそれでも警戒を緩めてはいなかった。この神父にしろ昼は見ないからである。警戒したまま神父を見ていた。
「こちらの騎士様が神父様に御用があるそうで」
「そうなのですか。懺悔ですか?」
「いえ、御聞きしたいことがありまして」
ゴッドフリートはそう答えた。
「宜しいでしょうか」
「ええ、宜しいですよ」
神父は快くそれに答えた。だが一瞬その目の光が変わったことをヴィーラントは見逃さなかった。
「では」
「はい」
老人は別れゴッドフリートは教会の入り口で馬と共に待つことになった。ヴィーラントは礼拝堂の中において神父と正対して話をすることになった。
「してお話とは」
「おわかりだとは思いますが」
「成程」
神父はゴッドフリートの言葉を聞いて納得したように頷く。
「この村のことですね」
「そして城も。私は昼にここに来たのですが」
彼は警戒を払いつつも神父に言う。
「その時は誰もいませんでした。ただ、家や畑は見事なもので」
「まるでついさっきまで人がいたようだと」
「はい、そして夜になると」
「人が出て来た。これはどういうことかと御聞きしたいのですね」
「そうです、まずは申し上げましょう」
彼は言った。
「貴方達は。人なのですか?」
「人とは」
「妖精か。若しくは幽霊か。そういった類ではないのですか。どうなのですか」
「それでは一つ御聞きします」
「はい」
彼はその言葉に応えた。
「こちらにこういうものがあります」
神父はそう言うと懐から小さな鏡を取り出した。
「御覧下さい」
そこに自分を照らし合わせる。するとそこには神父の姿がしっかりと映っていた。
「私の姿が映っていますね」
「ええ」
確かに。それはヴィーラントにも見えた。
幽霊や吸血鬼といた類は鏡には映らない。だが今神父は鏡に映っている。これが何よりの証拠であった。
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