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夜の住人

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4部分:第四章


第四章

「私は人間です」
「その胸の十字架もですね」
「残念ながら銀ではありませんがね」
 微笑んでそう述べた。そして十字架を握っていた。
「確かに十字架ですよ。主の」
「では貴方は」
「私だけではありません。ここにいる人全てが人間なのです」
「まさか」
「では何故昼にはいないのか、ですね」
「ええ。どういうことですか、それは」
「それは。住んでいる世界が違うからです」
「住んでいる世界が」
「はい。貴方は昼の世界におられますね」
「ええ、まあ」
 ヴィーラントは戸惑いながらもそれに答えた。
「昼に動き、夜に休む」
「基本的にはそうです」
 首を傾げながらもそれに頷いた。
「それと同じなのですよ、我々も」
「それで貴方達は夜に動かれると」
「そうです、私達にとって月は貴方達にとって太陽と同じものなのです」
 彼は言う。
「それでおわかりでしょうか」
「ふむ」
「まだ納得されていないところもありますね」
「それは否定出来ません」
 彼はここは素直にそう述べた。述べざるを得なかったと言ってよいか。
「それで姿が消えるというのは」
「それが夜の世界の者なのです」
 神父は静かにそう述べた。
「夜の世界の」
「はい、貴方達は夜は眠りにつかれますが私達は消えるのです」
「そして休むと」
「そういうことです。それでおわかり頂けたでしょうか」
「だから昼には誰もいなかったのですね」
「はい」
 神父はこくりと頷いた。
「これでおわかり頂けたでしょうか」
「まさか夜の世界があったとは」
 話を聞いて納得はしてもこれがまず信じられなかった。
「世界は一つではないのですよ」
「ううむ」
 そう言われてもやはり信じられない。腕を組んで考え込んでしまう。
「そう言われましても」
「私も昼の世界を見るまでは同じでしたよ」
「といいますと」
「貴方よりも前にここに来られた方がいまして。その時もこうしてお話したのですよ。もっともその時は私がお話を聞いていましたが」
「つまり私達はお互いのことを知らないというわけですね」
「ですね。ですが共に神を信じる者達です」
「それは確かですが互いに出会うことは」
「こうしてほぼ偶然によるもの以外は。そうはありません」
「いや、まだ信じられません」
 ヴィーラントはまた首を横に振った。
「私のいる世界とは別の世界があるということが」
「しかもそれが夜の世界だけではない」
「無数にあるのですか」
「そうです、この世にね」
 神父は言う。
「それこそ数え切れない程ありますよ」
「まさか」
 と言いたいところだったが今は言えなかった。現実にその別の世界にいるのだから。
「神の折られる世界は一つではないのですよ」
「夜の世界にもまた」
「そう、昼の世界も夜の世界も同じものなのです」
「そこにいる者もですね」
「おわかりになられたでしょうか」
「まだ信じられないのはありますが」
 ヴィーラントはそれは素直に述べる。隠し立てはしなかった。
「頷くしかありませんね」
「まあ私もそうでした」
 神父は笑ってそう述べた。
「ですからまたしても同じだとも言えますが」
「同じことを思うからこそ」
「はい、そうなります」
「ふうむ」
 そこまで聞いてまた考え込む。
「ではこちらで行われることは私達の場所と同じだと」
「神に捧げる言葉は同じです」
「聖水も聖餅も」
「全く同じですよ。貴方の腰にあるものも」
「これもですか」
「はい、当然騎士様も領主様もおられますよ」
「あの城にですね」
「他の場所にも。皇帝陛下もまた」
「ほほう」
 これはヴィーラントにとっては実に興味深い言葉であった。
「皇帝陛下もですか」
「ええ、勿論」
 神父は答える。
「教皇は月、皇帝は太陽と申します」
「おっと、そこが違いますな」
 ヴィーラントはそこを指摘してにこやかに笑う。
「こちらでは教皇は太陽、皇帝は月となっております。やはり夜の世界だから」
「そうなるのでしょうね」
 これはインノケンティウス三世の言葉である。弱冠三十七歳で教皇となった彼は教皇権の絶頂期にあった。まさしく西欧の主でありその意のままにならぬ者はいなかった。その彼がこう言ったのである。当時ローマ=カトリック教会はそこまで絶対的な力を持っていたのである。その前にはどんな君主も太刀打ち出来なかったのだ。
「いやあ、それが面白い」
「そうですね」
 神父もそれに相槌を打つ。
「我々とは違う世界があるだけでなくそうした違いもあるとは」
「ですが普通はないことです」
「こうして私達が交わることは」
「ええ。何分私達はそれぞれ違う世界にいます」
 それが何よりも重要なことであった。
「ですから。私も長い間貴方達のことは知りませんでしたし」
「私もまた」
 ヴィーラントはそれを聞いたうえで神父にまた問うた。
「朝になれば貴方達は休まれるのですね」
「はい」
 神父はこくりと頷いた。
「左様です。姿を消します」
「そうなのですか。では」
「また村には誰もいなくなります」
「城にも」
「はい。昼の世界には私達はいませんので」
「そうなりますか、やはり」
 ヴィーラントは徐々にそれが道理であるように思えてきた。これもまた不思議と言えば不思議であった。
 
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