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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
魔術師たちの安寧
  月下の死闘(Ⅱ) ~舞い踊る剣舞~

 撤退戦じゃなく真っ当に魔術戦をするなら話は変わってくる。
 イリヤの能力は未知数だが、成す術なく負けるほどの力量差があるとは思わない。
 戦闘態勢で迎撃するなら、使い魔の光撃は障壁の最大展開で防げる程度の威力だ。

 問題は使い魔の攻撃の種類が光弾だけに限られるのか、最大数はいくつなのか。
 こちらが障壁で守りに入っている状態で、イリヤ自身が何らかの干渉魔術を行ってきては攻撃に出る隙がない。

 ならば先手必勝、何体か使い魔を撃ち落としてからイリヤを無力化する…………!!

Blitz Shot(雷撃), Phalanx(殲滅射撃) Ignition(一斉掃射)!」

 上空へ向けて光弾掃射。
 狙いなど定めていない、ただの乱射に近いがそれで二体の使い魔を撃墜した。

 瞬身の踏み込み。魔術行使からの加速突進。
 肉薄するまでに総じて5秒で為される速攻連携(アサルトコンビネーション)
 加減はない、躊躇いもない。今更彼女に対しての攻撃を迷うような余分など持ち合わせていない。

 ただ冷静に、冷徹に、冷酷なまでに行われる、兵者としての戦闘術理の極み。

 拳では弱い。リーチも短い。
 放つは渾身の脚、それも首ごと刈るような延髄斬り。
 身長差ゆえに跳ねる必要はない。身体ごと捻る地対地での回し蹴りを華奢な少女の頚椎目掛けて叩きつける────!!

「ッ!!」

 手応えは会心……直撃であるなら間違いなく、頭部に致命的な損傷を与えたと確信できる。
 確認する余裕はない。反撃とばかりに連射される光弾を後方跳躍で躱し、先ほどと同程度に間合いを離す。

 基本的に術者の意識が閉じれば魔術は成立せず、例えどれほど優れた魔術であろうと術者からの魔力が途切れたり術式形成が解ければ霧消する。
 しかし使い魔は例外的に術者の意識の有無や意思に関わらず動作するモノが多く、イリヤの使い魔は自律型というよりほぼ独立しているように見える。

 単独での魔力生成も可能としているのだから安易な判断は出来るはずもなく、願わくば先の一撃が決まっていることを期待したいのだが…………

「は? 使い魔……ぇえ??」

 こちらに光弾を撃っていた使い魔は先程までの鳥型だが、今イリヤの横に盾のように防御陣を展開しているのは、恐らく先程まで鳥型を模していた使い魔のはず。

 つまりさっき攻め込んだ数秒の間に、使い魔の形状を変化させて守りを備えていたということだ。

 使い魔っていうのは魔術として/個体として成立した時点で、新たに変更を加えるのは難しい。
 応用の効く範疇での変更か、もしくは派生……より機能を限定することによって特化、強化する方向くらいか。
 そもそもが機能を限定して能力向上を図っているパターンがほとんどなので、後から用途を変えるのは本来なら愚策と言って差し支えない。

 それが一介の魔術師程度の話であれば。

 さすがに質量に大きな差がある変化は無理だろうが、同程度の体積であればあらゆる形状に変えられるのだろう。

「ホント野蛮なんだから。魔術師がすぐに接近戦を仕掛けるなんて悪い癖よ?」
「……思い返せばごもっともな意見だ」

 相手が何者かに関わらず、聖杯戦争が始まってから肉弾戦闘ばかりしている気がする。
 かといって有用な遠隔魔術や礼装など用意していないし、何もないのであれば自分の肉体を武器にするのが信用度は一番高い。

 黒守の魔術であればサーヴァントにも起死回生を見出せるが、聖遺物クラスの魔術礼装が必要なため現実的ではない。
 学園での戦いのようにフェンサーから宝具を借りるくらいでしか、神話魔術の真価を発揮することも出来ないだろう。

「今後は魔術礼装を持ち歩く習慣をつけようか……」
「ええ。貴方に今後があれば、のお話かしらね」

 本来サーヴァントが戦闘を行い、マスターが後方支援に徹するというのは一番ベターな戦術だ。
 少し形は異なっているが、現在の状況はまさにそれに即していると言える。

 ただしそれは互いの戦力が拮抗している場合に限る。
 戦力差により最終目的を撤退に設定しなければならないこちらは、圧倒的に不利な状況下に置かれていた。

「いいわ、少し遊んであげる」

 使い魔の更なる形状変化。
 鳥型だったモノが長剣に変化し、イリヤの前に剣と盾が浮かんでいる。

 数を増やす様子はない。遊ぶと言った言葉に偽りはないらしい。
 強者ゆえの余裕、もしくは格上としての自信の表れとでも言おうか。

 なお俺はそういう嘗められるのが大嫌いなのでむしろ奮起します。

「──────」

 本気の全力で獲りに行く。

 使い魔の強度は高くない。今までに簡素な魔術弾で撃墜出来ているのが証明だ。
 イリヤの周囲を浮遊する盾も防御に機能特化したとはいえ、その強度が劇的に変わることはない。

 剣ならどう動かしても直線、軌道は読みやすい。長剣を躱しつつ、機を見てあの盾を破壊する。
 盾を逸らして攻撃をねじ込むには武器も手数も足りない。決めるのなら全霊の一撃での短期決戦だ。

「っ!!」

 剣先が下がるのを見逃さない。上段への斬り上げを後方跳躍で躱す。
 続く袈裟斬りと下段薙ぎを、横への移動から極端な前傾姿勢を取ることで凌ぐ。

 真上で長剣の剣先が下を向く。

 そのまま地面に縫い付けるかのごとく落下するそれを、何も考えず前に走ることで抜ける。
 鉄とは違う甲高い音を立てながら、容易くアスファルトを貫く剣を後ろ目に、再び無防備な少女へと肉薄する。



 それを守る使い魔の盾。これを撃ち抜けるかどうかが勝敗を……否、戦闘が成立するかの分水嶺。



 拳に込める魔力。魔術刻印から威力増強、術式干渉を引き出し装填する。
 学園でキャスターの使い魔を破壊していたのと同じ要領で、力と術の両方であの盾を粉砕する。
 これはただ単に力技で殴っているわけではなく、ちゃんとした術理に倣って編み上げた手段の一つ。

 聖遺物と同調する黒守の異才と、共振という魔術特性が成す物理と魔術を併せた複合手法。

 魔術に含まれる魔力波形を感じ取り同調し、共振させた同調魔力を以て相殺し、相手の術を崩す式を叩き込む。
 外部からの物理的な衝撃だけでなく、接続・干渉からの自閉/自衛を含むものでなければこの術技には耐えられない。

 現象に類する魔術には当然触れられないが、物質と成る魔術であれば理論上破壊出来ないモノはない。
 例外として圧倒的質量を持つ物体や、自動的に術式を復元するような魔術に対しては効果を上げられない。

 現状、イリヤが行使している使い魔ならば有効範囲内だ。

「フ……ッ!!」

 奇策は必要ない。展開する盾に正面から撃ち込む。

 渾身にて放つ拳。伝わる衝撃と共に砕け散る盾。
 白い花びらが舞うように、盾を構成していた魔力の残滓が大気に溶けていく。

 上手くいった……これは想定通り。
 この先にはガラ空きのイリヤが待っているだけ。

 二度目の踏み込み、貫き手で槍の如くその華奢な身体を穿つ────!!

「くっ!?」

 当てはしたものの、手応えに違和感。
 肉の感触がない。ほとんど空を切ったに近い。

 たった今ブチ抜いたと思ったのは影。

 幻覚や認識阻害を掛けられた痕跡はない。
 つまりこちらがハマったのではなく、向こうが作り出した幻影だろう。
 最初から幻影を見ていたのか途中で入れ替わったかは不明だが、空振った攻撃の更に先で不敵に笑う白き少女。

 もう一度踏み込めば彼女に届くが、三度目のそれを許すほど甘い相手ではない。

 背後に置き去りにした剣が翻り、こちらに斬り掛かるのを感知する。
 アスファルトに突き刺さる剣だ、人間の体なんて紙切れ同然だろう。

 反転して回避。軌道は単純で速くもない。避けるだけならどうにでもなる。
 人が振るうよりも歪な剣筋、ありえない位置からの攻撃もあるが、剣一つでの手数は知れている。

 何度目かの回避の後、横に切り払う剣をわざと電柱にぶつかるように誘導。

 障害物にぶつければ一瞬は動きが止まると期待してのことだ。
 これも予想通り上手くいった。電柱にぶつかり火花を散らして止まった剣を肘の打ち下ろしで叩き折る。
 さっき盾を砕いたときに強度と術式については把握していたので、適切に対応する為の強化と術式を施した。

「ふぅっ……ふぅ……」

 大きく呼吸を二回。許されるときになるべく酸素を取り込んでおく。
 出来る事ならイリヤに次の手を用意される前に終止符を打ちたかったが、彼女の周囲には既に使い魔が展開されていた。

 流れるような美しい銀髪。その一本から使い魔が形成される。
 見れば盾を打ち砕いた拳にも、糸のように髪が一本絡みついていた。

 不明だった使い魔の材料は、彼女の髪。

 たかが髪一本で……とも思ったが、女性の魔術師は髪を媒体にすることが多い。
 女性は特に伸ばしていても不自然はなく、日々の手入れにおいても魔術的な処置を施し易い。
 自らの肉体の一部は強力な魔術の媒体になるという基本、使い魔はそもそも術の成立に肉体の一部が必要不可欠。

 アインツベルンが最強と自負するほどの魔術師ともなれば、その髪だけで規格外の使い魔を作ることも造作無いということだ。

「まさかな。あんまり多用してると禿げるぞ」
「そう思うのなら、今すぐやられてくれてもいいのよ?」

 今度は先程までと同じく四体。
 剣型が二体と盾型が二体。さっき破られたことを考慮して数を倍にしたのか、現状操れる限界数が四体なのか。
 劇的に強度を向上させることは無理だろう……術式構成は変更しているかもしれない、相応の警戒はしておくか。

「安心しろ……アインハゲルンでもイリヤは魅力的さ」
「──────」

 ヤバイ、目がマジになった。
 というより文字通り遊んでいたのであろう気配が全て掻き消えた。

 追加される使い魔二体。さすがに四体が限界ではないか。
 基本的に四体で運用していたということは、限界数は倍の八体を見積もっておこう。

 形成されたのは、砲台となる鳥型。
 これで前衛となる剣、支援をする鳥、本体とも言えるイリヤを守る盾が揃った完璧な布陣。
 単純に攻守揃った敵を相手取るだけでも苦戦するというのに、それがツーセットずつ揃っている。

 しかも自律型。これらの陣を抜いても、イリヤ自身が何らか反撃してくる可能性もある。

 次弾術式装填。両腕の魔術刻印を弾倉代わりに、術崩しの式を弾丸として込める。

 装填した式弾の数は十二。鳥型は優先順位を下げ、剣と盾を処理したい。
 数ではかなりの差があるが、俺自身と使い魔個々の能力では当然俺の方が性能は上だ。

 致死の危険性があるのは剣の刺突のみ。
 鳥の光弾による衝撃は然程強力なものではない。十、二十と重ねて受ければ話は別だが、そんな状況にはなりえないだろう。
 剣による攻撃の方が殺傷に機能特化している分危険だが、アスファルトを根元まで貫く刺突はともかく、斬撃はそれほどの脅威ではない。

 地面に軽々突き刺さる剣が、さっき電柱を切れずに刃を止めたのが証拠だ。
 魔術も万能ではない。剣の形状をしているが、アレは切断よりも貫通に特化している。

 上着の革のジャンパーを左腕に巻きつけ、強化と硬化の魔術を掛ける。
 革とはいえ重ね巻きした上に、強化硬化を重ね掛けしたので鉄甲くらいの強度にはなる。

 とりあえず斬り付ける攻撃には左腕を盾にする。
 この使い魔群を抜いて、イリヤに攻撃を届かせないと話にならない。

「準備はいいようね。Tanz wieder(もう一度踊りなさい)……!」

 イリヤの号令一下、使い魔が一斉に活動を開始した。



 鳥からの光弾はある程度の被弾は仕方ないと割り切ろう。
 首から上、もしくは足への集中攻撃などが来たら防護策を練る。
 問題は剣がどれほどの脅威となるか、盾の防御能力が上がっているかどうかだ。 

「ッ……く、オッラァ!!」

 左右から飛来する剣。
 片方を左腕で防ぎ、もう片方は剣脊を裏拳で叩いて弾く。

 一撃で破壊できない……ならばと二撃目を打とうとするも、鳥からの光弾が肩に直撃し阻止された。
 邪魔になるが衝撃としてはよろける程度。撃ち落とそうとして剣の攻撃をモロに受けるのは危険だ。

 やはり、先に剣を片付ける────!

「右にもう一発入れれば……」

 この直接接触による術崩しが効かないということは絶対にない。
 先ほどの剣が一撃で壊れたことを鑑みれば、もう一発打ち込めば崩せる見込みが高い。
 強度向上や術式変更を行ったとしても、"機能特化した使い魔"である以上根本的に変えられない部分が多い。

 制約があるからこそ一つが限界突破する。

 だからこそ攻撃性に念頭を置いた剣型の使い魔が、耐久性に乏しいのは言うまでもなく。

「ふんっ!」

 振り下ろす手刀が剣を砕く。目論見通り、二撃目によって崩れ落ちる。
 続けて側面から来る斬撃を膝蹴りで跳ね飛ばし、そのまま交差するように両の拳でもう一本の剣を破砕した。

 先刻よりは固い、だが二撃で落とせる。

 魔術刻印に残る式弾。左に五発、右に四発。
 盾の使い魔。あわよくば三発で潰せればいいが、残弾数として最高でも四発までだ。

 一定間隔で吐き出される光弾を悉く無視し、イリヤに向かって吶喊する。
 両者の間に展開される盾が二枚。重ねて防御力を増強するつもりだろうが、結局は同じこと。
 突撃の勢いのまま第一撃となる正拳突きからの連撃を叩き込む。盾の強度が想定以上でないことを祈って。

 

「が、はっ……!?」

 三撃目を打ち込んだ後、光弾二発が鳩尾に刺さる。

 ほぼ同時に炸裂した衝撃に呼吸が乱れる。
 しかし攻め手を緩めるわけにはいかない。

 一瞬で判断したのは、ただこの一時の呼吸を諦めることだった。
 盾は未だ崩れず、それは必要弾数が四発以上であることを意味している。


(また仕切り直すにしても、盾を壊せるかだけでも確認しねえとなッ!!)

 怯まず繰り出した四撃目。
 残弾数の都合上、これで盾を貫なければ現状の手数では無理だ。

 全身全霊を以て、抉るように穿つ肘。八極拳でいう頂肘という体技。
 魔術刻印は肩口まで彫り込んであるので、肘でも術崩しを撃ち込むことはできる。

 分厚いゴムを叩いた感触と共に盾が罅割れる。

(もう一発いるか……!?)

 舌打ちしながら、肘を起点に拳を振り下ろして追撃。
 五撃目にしてようやく盾一枚を砕いたが、これでは一歩届かない。

 盾を突破するのに必要な術崩しの弾丸は五発。
 残弾は四発。最後は力押しでどうにかするしかない。

 意識を一時、鳥の使い魔に集中する。

 容赦なく眉間に吐き出される光弾を首を捻って躱し、次弾は左腕で防いだ。
 弾が撃ち出される間隔はおよそ十秒か。魔力を自己生成しているとはいっても、消費し過ぎれば自壊する。
 安定して砲撃を行える魔力管理まで可能なのか。ただ複雑な行動、思考はやはり出来ないと見ていい。

 距離が砲撃箇所の条件か?
 魔力生成、攻撃行動……射撃と存在維持の魔力管理と、恐らく急所へのランダム発射かパターンがある。
 三種類の使い魔は形態に関わらず、行動のほとんどが自動設定(オート)になっていると思って間違いない。

 さっきの盾合わせだけはイリヤの意思での連携だろう。

 無駄と分かっているが、この最後の盾を突破出来ないので魔術による搦手で行く。

Blitz Wave(雷撃拡散)!!」

 溜め込んだ魔力を、数十発の雷弾に変えて一斉掃射する。
 共振させた分は一旦使い果たすが、共振増幅による魔力の再充填はそれほど時間は掛からない。

 目標など定めていないただの乱射が鳥型使い魔を焼滅させる。
 盾と鳥に当たって消えた分を差し引いても、まだ三十近い雷弾が周囲を浮遊している。

 そう、霧散せずに宙に停滞している。

 数の戦力差を今度はこっちが実践してやろう。即席の使い魔による盾の堅固さは賞賛に値するが、残りの盾は一枚。どうやっても一方向からの攻撃を守るだけで手一杯なはずだ。

Rushing to one's doom(惑いて落ちよ、燈火と共に)!!」

 右腕を振り払うと同時、雷弾がイリヤに向かって一気に収束した。

 突破できないなら全方位から囲めばいい。
 そんな単純な考えで実行したが、現状これ以上の手立てがないのも事実である。
 瀑布のように流れ落ちる電撃の嵐。生身で浴びれば消し炭間違いなしだが、魔術師であれば防衛手段は用意しているだろう。

 この収束雷撃が効いているかはともかく、イリヤを本気で制圧するなら加減する余裕はまるでない。
 万が一のことを考えて余力を残しておきたかったが、ここで全てを懸けなければ俺は朝日を拝めないかもしれない。

 イリヤの使い魔もまだ数が増える可能性は高い。

 これまでの様子を見るに、後二体……合計八体まで増える目算を立てている。

Change from revolver to automatic.(回転方式から自動方式に変更)

 刻印弾倉の再構成。
 一撃ごとに術崩しを仕込むのは確実だが、使い魔の数が多いせいであまり手を掛けていられない。
 一度触れた時点で対象の破壊を確認するまで、術崩しの弾丸を連続して撃ち込む術式に変えた。

 次で最後だ。これ以上付き合っていては本末転倒。
 倒せれば御の字だったが倒しきれないなら、当初の目的通り素直に撤退する。
 撤退するにしても結局は困難だろうが、俺一人で戦っているわけではないのだ。

 フェンサーも戦果はともかく、どうにかして退いてくる頃合だろう。

 電撃の渦が消えていく。
 舞い飛ぶ魔力の炸裂光が大気に溶け、夜の闇に消えていく。

 そこには当然と言わんばかりに、無傷の姿を誇示する白き少女があった

(素の障壁で全部無効化したのかよ……どれだけ魔力差あるんだ)

 気を取り直し、体内の魔力を共振させる。
 刻印弾倉に込める弾丸の数は両腕合わせて100発。
 
 懲りずに攻めるフリをしてから、意表を突いて撤退するのが次善策か。

 もう一度使い魔を展開してくるとして、その陣を潰してからでないと逃走も困難だ。

「………………」
「──────」

 表情からは色が消えたまま。紅い瞳だけが殺意を湛え、怖気を感じさせる。
 昼の顔も夜の顔も、常に笑みを浮かべている印象だったからこそ恐ろしい。

 限界まで共振した魔力、装填した術崩しの刻印弾。
 現状用意できる手段、魔力の最大値はこれで打ち止めだ。

 イリヤの方もさっきの六体の使い魔では、俺を倒しきれないのは理解している。
 剣、盾、鳥の構成数を変えてくるか、そもそもの使い魔の数を増やしてくるか。
 予想では後二体は追加が可能だと踏んでいる。合計八体……構成次第では逃げ切れないどころか致命的な状況になる。

 どういう布陣を組まれると困るかは、既に看破されている。

「…………まさかね。ちょっと勝負を急がなきゃいけないみたいだわ」

 呟くと同時、再度形成される使い魔六体。
 剣が四体、盾が二体。砲撃支援は効果が薄いと見て捨てたか。

 一瞬だけ意識を外界に広げる。

 フェンサーが戦闘離脱したようだ。バーサーカーとそこそこの距離を開いている。
 合流まで恐らく数分。その間を持ち堪えれば、フェンサーの助けを借りて撤退出来る。

 問題はこの戦局。盾は二枚で防御は十分として、布陣を攻撃性能に傾けて来た。
 向こうも気づいているかどうかに関わらず、こちらが対策を取れない手段を講じている。

 現状において唯一俺が対処できないもの、それが剣型の使い魔の刺突だ。
 鳥型の射撃は耐えられる、盾型の守りは打ち壊せる、斬撃は左腕の即席防具で弾ける、あるいは直撃しても大した傷は負わない。
 ただあのアスファルトをも軽々と抉る、貫通に機能限定し突貫力に特化した剣突はどうにかして避ける以外に対処方法がないのだ。

 急所に当たれば終わり、腕や足は掠めるだけならまだしも当たり所によっては千切れ飛ぶ。
 何とかして術崩しを叩き込めればいいが、さっきは数が少なかったからこそ対処のしようがあったようなものだ。

 物量で攻められたら一番お手上げなのがあの剣型だった。

「はぁっ、集中だ集中。やってやれないことなんてない」

 目前に浮かぶ剣が四本。

 あれの斬撃なり刺突なりを一度凌ぎ、数を減らせればこの先の展望も見えてくる。
 イリヤがすぐに追加をしてこないとも限らないが、ここまでの流れを見るに何故か即時戦力補強はしてこなかった。

 今回もそうであることを祈るしかない。

 今度ばかりは欲張るつもりはない。一度攻め手を潰せたなら、盾で守りに入っているイリヤは無視して撤退する。

 ────戦闘態勢に入った俺を嘲笑うように、イリヤが微笑を浮かべた。



Zugaben(アンコールよ), Wiederholungsspiel(舞台はまだ続いているのだから)



 少女の再演の呼び声と共に、つい先ほど破壊した使い魔達の破片……イリヤの髪が息を吹き返した。

 浮かび上がる白き魔力。結ぶ実像は鋭き長剣。
 三種二体ずつで計六体だった使い魔が、全て剣型で復活を遂げた。

 術式の自動復元? 再構成?
 理屈は分からないが、一度崩したはずの使い魔が活動を再開する。

「いや無理だろ、これ」

 デタラメなんて話じゃない。完全に魔術師としてのレベルが違う。
 髪を媒体に即席で使い魔を形成するだけでも規格外だというのに、同時に十以上の数を使役するなどと。
 彼女の得意分野に連なる手法で使い魔という形を成しているのだとしても、事前準備もなしに同じ芸当が可能な魔術師は稀有だろう。

 そして剣型の使い魔十体に囲まれた。
 剣先がこちらに向いている……全てが刺突の攻撃態勢にある。

 前方に六体。後方に二体。両側面に一体ずつ。
 
 刹那の間に幾通りもの対策が頭を駆け巡るが、完全に現状を打破することは無理だ。
 回避に徹するか数を減らすか、どんな対応策を考察しても確実に何本かは被弾する。
 考えていなかったイリヤの無力化も、主の意識の有無に関わらず使い魔が自律行動するかもしれない可能性を考えれば悪手でしかない。

「終わりね」

 主人の命に従うだけの殺意も悪意もない十の剣が、機械的にその刃を向けてくる。

 同時に突き出される死の棘は、その一本であろうとも死に繋がる致命の一刺し。
 先手を打たれては成す術はないと、未だ頭では対策を練りながら俺は前へと踏み込んだ。

「っつ、ァア!!」

 イリヤの近くに展開している前方の剣六本は、距離がある分優先順位は低い。
 まずは周囲にある四本、既に攻撃態勢に入っているこれらを片付ける必要がある。

 一歩前に踏み込んだのは間合いの調整。振り返りざまに裏拳で右の剣を弾き飛ばす。
 続けて突き出された左の剣を蹴り飛ばし、背面から同時に迫っていた二本の剣を正面から迎え討つ。

 片方を左腕で防御しながら、もう片方をアッパーで打ち上げた。
 残る一本を肘で叩き落とし、蹴り飛ばした後再度突撃してきた剣を紙一重で躱しながら掌底で打って落とした。

 先ほど刻印弾の装填方式を変更したおかげで、剣型の使い魔は一撃で崩せた。
 殴打では接触時間は秒にも満たないが、そんな僅かな瞬間でも四発分の術崩しを撃ち込める。

 振り返り、前方に向き直る。
 既に突進を開始している剣六本、ここまで完璧に捌いてきたのにこんなところで食らうわけにはいかない。

(ッ! これなら────!!)

 ほぼ同時に飛来する剣。

 複数回に分けて飛んできていたら終わっていたが、一斉に来るのなら対処方法がある。

 集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。

 冷静に(つめたく)冷徹に(つめたく)冷酷に(つめたく)

 己が身を魔術理論と戦闘術理を体現するだけの部品だと思え。
 雑念を消去し、透徹した思考を。凌ぎきれなければ死あるのみ。

 左腕に巻きつけていた革ジャンを解き、硬化と強化を掛け直して大きく広げた。

 斬撃、剣の刃は防げても貫通特化した刺突は防げない。
 だが壁にはならないが使い方次第で、六本の剣をまとめて対処できる。

 タイミングさえ間違えなければ────!

「そこだ、オッラァ!!」

 革ジャンを広げたまま横薙ぎに振り払う。

 突き刺さりながらも突き抜ける前に、革ジャンごと剣が絡め取られる。
 刺突は防げないが、剣の斬撃は耐えることを活かした防御手段だった。
 剣の刃が魔術で防具にした革ジャンを切り裂くほど鋭いものだったなら、横薙ぎにした時に絡め取られることなく引き裂いていただろう。

 絡め取った剣をまとめて巻き取り、袖で縛り付けて放り投げた。

 何とか捌いて砕いた四本、革ジャンで封殺した六本。

 残るはイリヤを守る盾二枚。
 一時は生きた心地がしなかったものの、これ以上ないと言えるほど完璧に対応出来た。

 後は…………

「今のを凌ぐだなんて驚いたわ。身体を張るのは結構だけど、魔術師として殴る蹴るで打開するのはどうなのかしらね」

 歌うように告げられるZugaben(アンコール)

 背後に感知する使い魔の気配。
 どの型で復活するにせよ、この数を何度も相手してはいられない。

 イリヤに向かって全力疾走。拳を握り締め、術式を用意する。
 先ほどと状況は同じく、盾二枚を挟んでいるがさすがに彼女も身構えている。

verteidigen(塞ぎなさい)

 背後の使い魔が高速で集められ、盾に再形成されて展開される。

 一枚ですら崩すのに術崩しの刻印弾五発を要した。
 単純に考えても合計八体の盾型使い魔を突破するには、三十発分撃ち込まなければならない。
 せっかく封じた剣型の使い魔六体も、盾に手間取っていてはいつ自由になるかわかったものではない。

 ならばここは、初志貫徹と行くしかないだろう。

「行くぞ、イリヤ!!」

 わざと怒号にも近い声を上げる。

 待ち構える白き少女。
 静かな微笑には強者の余裕が滲んでいる。
 
 接敵寸前、拳を思い切り振り上げ。
 
 走る勢いすらも乗せて一撃を叩きつけ──────

「……え?」

 ──────なかった。

 イリヤの真横を素通りし、そのまま駆け抜ける。
 完全に防衛に意識を傾けていたせいで反応が遅れ、俺を普通に取り逃がした。
 使い魔の内一体でも攻撃タイプにしておけば良かったものを、全てを守備に回したせいでその布陣に穴が生まれた。

 あわよくばイリヤを倒そうなんていうのは副次的な目的であって、そもそもフェンサーと打ち合わせた最優先目標は逃走なのだ。

 打倒出来ずとも時間稼ぎは出来たし、フェンサーが戦闘離脱したのも確認した。
 さすがに使い魔十二体による包囲網は肝を冷やしたが、犠牲になったのは革ジャンだけで済んだ。

 さらば革ジャン。お気に入りだったけど命には代えられないんだ。

「ちょ、待ちなさい! こんなの許さないんだからー!」

 使い魔を鳥型に再形成し追撃をかけようとするも、あらぬ方向へとんでいく。

 もしくは墜落するモノまで出る始末。

「嘘、何で!?」
「バカめ、俺がやられるがままだとでも思ったか! ただ殴って使い魔潰してたワケじゃないぜ!」

 こんなこともあろうかと行動系統を麻痺させる術式も仕込んでいたのだ。

 ただでさえ規格外の使い魔生成、最悪の事態として再生、復元してくる状況も考えていた。
 新しく出された使い魔なら話は別だが、今イリヤの周囲に展開していたのは一度倒されたものを復活させたもの。

 術式を仕込めていない新品使い魔は、ほとんどが革ジャンで一網打尽である。

 残りの新品で造られた、元は盾型だった使い魔の鳥二体を光弾で撃ち落とす。

Blitz Shot(雷撃), Rifle Bullet Ignition(狙撃射砲)!!」

 雷を帯びた光弾の精密射撃で撃墜される。

 上手く出し抜いただけの結果だが、アインツベルンの魔術師相手と考えれば上々だ。

 これで逃げる準備は万端。後はアイツが合流すれば…………

「マスター!」
「っ、ナイスタイミング!」

 一軒家の屋根の上から飛び降りてくるフェンサーの姿が見えた。

 無事な相棒の姿に安堵しながら、すぐさま指示を出す。

「よし、もう恥ずかしいとか言ってられん。俺を運んで逃げてくれ!」

 頷きながら懐に潜り込む。
 肩から抱えるようにして体重を支え、フェンサーは何事もないかのように屋根の上へと跳び移る。
 自分の身体能力では体験できない跳躍と浮遊感に、若干バランスを崩しながらも何とか着地した。

 彼女が人間の俺みたいに道なり走って逃げるわけはない。
 このまま屋根伝いに一直線に、途切れたところは跳びながら行くつもりだろう。

「■■■■■■■■────ッッ!!」

 二度目の跳躍で屋根を渡ったその時、そう遠くはない距離からあの咆哮が聞こえた。

 夜の静けさを食い破るような叫び声は、間違うはずもないあの狂戦士の声だ。

「うわ、結構近くねえか!?」
「アレの自動蘇生は半端じゃないもの。半身が消し飛んでるぐらいの状態ならまだしも、私じゃ宝具無しでのバーサーカー殺しには限界がある」
「え、宝具無しで殺せたの!?」

 結構な確率で一度の宝具解放はやむなしと判断していたが、まさか未使用であの狂戦士を倒したのか。

 それは凄まじい大金星ではないのか。

 俺がイリヤ相手に時間稼ぎをしているだけの状況で、彼女は命懸けでありながら宝具も使わず、バーサーカーを打倒したと言うのだ。
 他のどのサーヴァントであっても容易なことではない。ともすれば宝具を以てしても、絶命させるに至らない可能性すらあるサーヴァントだ。

 彼女のマスターとして、少しだけ情けないと思ってしまう。

「チッ、マズイわね……追いつかれるかもしれない」

 こちらが屋根伝いに移動しているのに対して、バーサーカーは家の一、二軒は軽々と跳躍で飛び越しながら向かっている。

 大人と子供の競走のように、まるで歩幅が違う。
 こちらが家一軒を飛ばして行く間に、あっちは数軒飛ばしで近づいてきているのだから。

 意を決したように振り返るフェンサーを、しかし俺は咄嗟に引き止めた。

「待て。多分、イリヤはバーサーカーをこっちに向かわせないと思う」
「はぁ? ……聞きたくないけれど、根拠は?」
「勘、いッづ!?」

 華麗なヘッドバットが決まった。
 目の前に星が散り、突然の衝撃と痛みで一瞬意識が眩んだほど。

 勘という言葉の"か"の時点で既に頭を後ろに引いていたあたり、どう答えようと頭突きをかましていたのではあるまいか?

「マスター? 冗談を言っている場合ではないのだけれど?」

 おっそろしい笑顔でニコニコと抗議してくるが、それでも行かせるわけにはいかない。

 確かに根拠は勘だとかそういう曖昧なものだが、何故か確たる自信があった。



 今夜はこれ以上、イリヤスフィールは手を出してこない。



 前提としてそれは俺たちが逃げていればの話で、今フェンサーがバーサーカーの相手をしに戻れば気が変わってしまうかもしれない。
 いや、間違いなくそうだ。少女の何の気まぐれであるにせよ、現状はそれに甘えさせてもらう方が俺たちにとっては得策であるのは疑いようもない。

「頼むよ。もしも追撃の気配があったらおまえの好きにしていいから」
「…………っ……もう、しょうがないわね!!」

 俺の意を汲んでくれたのか、マスターの命令だからか。
 何とか意見を受け入れてくれたフェンサーは、それから振り返ることは一切せずひたすらに逃走の道順を辿る。

 何度か聞こえたバーサーカーの咆哮は、イリヤと戦っていたあたりに来たところで止んでいた。

 やはりサーヴァントを連れて、追撃を仕掛けてくるようなことはなかったようだ。

 今夜を凌ぎ切ったことにはなるが、フェンサーの表情は非常に気に入らないといった様子だった。
 内心で色々と思うところはあるだろうが、今夜はこんな終わり方で手打ちということにしてもらいたい。





 今更になってひどい疲労感に襲われながらも、俺とフェンサーは二度目のバーサーカーとの対決を乗り越えたことを実感していた──────













 
 

 
後書き
3月中旬更新とはなんだったのか。下旬までもつれ込んでしまってすみません。
ちょこっとボリューム厚めなのと、何とか3月中での更新は出来たことでご容赦ください…………

今回は試行錯誤した結果、中途半端に感じる部分があったりします。
描写を書き込むかテンポを重視するかで迷ったせいでフラフラした文章かもしれませんが、また手直しの機会があれば修正加えたいと思います。



こういうところで聞いていいのかはわかりませんが、バーサーカーの十二の試練について、一度受けた攻撃には耐性が出来るっていう能力について詳細ってどこかで出てます? 本編と派生作品を少し触った程度の知識量なので分からなくて……答えをお持ちの方、ゴッドハンドの耐性について見解をお持ちの方がおられましたら、感想なり呟き返信なりでお教えいただければと思います。 
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