101番目の哿物語
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第十話。超えた限界。勇気の在り方……
自治会館の廊下は、血まみれで倒れている村人だらけだった。
手に包丁やら鍬やら鎌やらを持っている人々が、みんな目や鼻、口から血を流してぐったりと倒れている。その光景は大変気味が悪く、リサや子供達は口元を押さえながらその脇を駆け抜けていく。
タッくんやミーちゃんのように彼らも、零時を境に変貌して一之江を襲ったのだろうか。
______彼らも、もうすでに死んでいて、その死体が動いていた、という事はそういう事なんだろうな。
『なんか、めちゃくちゃ狂った人が村人を全員殺しちゃったとかなんとか』
不意に、音央が語っていた噂話を思い出した。
この村の人達は、みんなこの村に迷い込んだ人達で……そして『詞乃ちゃん』に取り込まれた人達の成れの果てなんだろうか。
そして彼女に操られて一之江に倒された人達は詞乃ちゃんが言っていたように幽霊ですらない、『残滓』みたいなものでその存在は本人の残りカスなんだろうか。
もし、詞乃ちゃんが言うような存在だとしたら……。
……悲しすぎるな。
悲しいがどうにも出来ないのが現状だ。
タッくんやミーちゃんの存在を改変したが村人を全員改変するなんて事は残念ながら出来ない。
傷つけても傷つけても復活する詞乃ちゃんを相手にしながら、大勢いる村人を全員救うなんて事は現実的ではないからな。
そしてもう一つ懸念がある。
詞乃ちゃんは自らを『富士蔵村のロア』などと名乗り、リサに対して『神隠し』を裏切るのか? などと言っていたがあれはどういう意味なんだろうか?
リサに詳しく聞いてみないと解らないが彼女の他に『神隠し』という存在がいるのだろうか?
「くそっ、解らないな……」
『人喰い村』というからには彼女が迷い込んだ人達を取り込んでいた、というのは間違いないだろう。
だが、もしも彼女の言う通り、彼女とは別に『神隠しのロア』がいるとしたらその存在はかなりの脅威になるに違いない。何故ならロアは有名であれば有名になるほど、その存在は強くなるからな。
「ハァハァ……ご主人様、出口が見えてきました」
「うん?ああ……っ⁉︎」
「きゃあああぁぁぁ!」
隣を並んで走るリサの声で思考を中断して出口の方を見たその時。
建物の出口付近から女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。
______今の声は⁉︎
「音央⁉︎」
声が聞こえてきた出口の方に全速力で走る。
走りながら驚いた。全速力で飛ばしているのに全くといっていいほど、疲れないからだ。
身体能力……とりわけ体力が上がっている⁉︎
もしかして、これが一之江が言っていた『ハーフロアになった人が持つ力』か?
以前、学校の屋上で見た一之江の尋常ではない跳躍力を思い出した。
『人間からロアになった人』、『ハーフロア』に備わる力の一つに身体能力の強化がある。
この身体、一文字疾風は中距離走が得意で元々そこそこの身体能力を持っていたが全速力で飛ばして全く疲れないというような高い体力は持っていなかった。
今の俺はヒステリアモードになっているがそのヒステリアモードは程度や派生にもよるが、そもそも普段の俺の身体能力や思考力が30倍に上がるといった能力だ。
だから能力の向上には普段の身体能力や基礎体力が重要となる。
その身体能力が上がっている今の俺は通常のヒステリアモードより高い身体能力を発揮出来る。
そう。
例えば……超音速以上での移動にも耐えられるような。
それに俺が目覚めた能力は『事象の上書き』だ!
その能力を使えば『不可能』を『可能』に変えられる。
音央が危ない⁉︎
普通なら状況的にまずい。
相手は複数人。
武装している。
対する俺は刀剣一本。
さらに到着まで数十秒かかる。
部は悪い。
だが俺は諦めない。
状況が悪いなら、状況をよくすればいい。
速く着かなければ……。
もっと速く。
速く、もっと速く……。
もっと加速を……。
一之江の『想起跳躍』よりも速く。
限界を超えたい!
そう思いながら超光速で移動する姿を想像し、心の中で技名を叫ぶ。
(______夜桜‼︎)
その瞬間、俺の全身は緋色の光を解き放った。
心の中に暗闇を照らす1本の桜を体現させる。
暗闇に浮かぶ、幻想的な花びら。
見るものを驚かせて、感動させる、神秘的な輝き。
色鮮やかな桜の花。
その舞い散る花びらのように、暗闇の中を緋色の光が迸る。
桜花が見せるマッハ1の世界のとは全く別の……光の中にいるような、全てが眩くボヤけるような______光の世界に、変わる。
その光の中を全速力で駆け抜ける。
音よりも速く動く、ヒステリアモードが見せる超光速の世界で俺は自身の限界を超えた。
(これが……光速の世界……)
一筋の光となった俺は瞬く間に建物の外に到達した。
「音央ぉぉぉ______!」
「えっ、モンジ⁉︎」
建物の外、自治会館の出入り口で数人の村人に囲まれている音央の姿が目に入った。
音央を囲っているのは全員男だ。
俺は速度を維持したまま、村人の一人に体当たりをした。光速でぶつかった相手はズンっという激しい音を立てて吹き飛ぶ。
吹き飛ばされた村人の一人、鎌をその手に持った男性は勢いよく吹き飛ばされて頭を地面に打ち付けた。
そして、ピクリともせずに光の粒子となって霧散していく。
「モンジ……きゃあっ⁉︎」
「音央っ!
そこをどけえぇぇぇー」
光速で移動し、音央に包丁を振り上げていた男の肩と首をスクラマサクスで切り裂いた。
「おりゃあ!」
続け様に、音央を囲む村人の一人の胴をスクラマサクスで切断した。
人の姿をしている為、切り裂く際はかなりの抵抗があったが彼らを救う術を持たない俺は、心の底から謝罪しながらスクラマサクスを振るう。
今の俺は女性を傷つけられないが、相手が男性ならば話は別だ。
とはいえ、男性の身体を切断するなんて事は本来ならばやりたくない行為だ。
武偵法9条を破る……それは武偵が最もしてはいけない違反行為だからな。
本当なら彼らも救いたい。救いたいが、全員を救う時間はない。
俺の能力は対象に触れる必要があるし、一度に改変出来る人数にも制限がある。
救いたいのに、救えない。
全知全能の神ではない俺は全てを救うなんて事は出来ないから。
それに、人の姿をしているが彼らはみんなすでに死んでいる死人だからな。
だから殺人ではない。
そう自分に言い聞かせる。
エゴだと言う事は解っているけどな。
「はあぁぁぁー!」
スクラマサクスを振るい、音央や俺を襲おうとしていた村人を次々と切り裂いていく。
無我夢中でひたすら脚と腕を動かす。
数分で音央を取り囲っていた村人達を全員倒した。
「ハァハァ……」
村人の数は6人だったが、終わった後の疲労は凄まじかった。
肉体的な疲労感、筋繊維を痛めたせいだからかも知れないがそれだけじゃない。
何よりそれとは別の疲労感があるからだ。
これは精神的な疲れだ。
初めて人を殺した。
相手はすでに死んでいる人の残りカスみたいなものだが、それでも存在を奪った事実は変わらない。
「ハァハァ……キツイな」
予想以上に苦しいな。これは。
だが逃げ出すなんて出来ない。
一之江は当たり前のようにこんな事を続けてきたんだ。
彼女一人にこの重みを背負わせたまま、自分一人だけ平穏に暮らすなんて出来るわけない。
「ご主人様……」
「モンジ……ごめん。
ごめん……モンジ……」
俺を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを振り返ると、悲しそうな顔をしたリサと泣きながら謝罪をする音央がすぐ側にいた。人を殺した現場を見た彼女らに、俺はなんて声をかければいいんだ。
甘く囁くべきか、斬ったのは人の姿をした残滓だと言うべきか、あるいは……。
どういった説明をするべきか、悩みながらも音央の手に触れてハンカチを差し出した。
そして差し出したハンカチで目元を拭ってやった。
「……なんて顔、してんのよ」
涙を拭ってやると、音央はいつもと変わらない感じで俺を見上げてきた。
「あんたは悪くない。
さっきのあんたの動きは人間離れしていてちょっと怖かったけど……でも、大丈夫。
あんたは間違ってない。あんたのおかげで私は無事なんだから」
「そうだぜ?モンジがいなかったら俺もミーちゃんもずっと死人のままだったんだ」
「うん。モンジおにいちゃんは悪くないよ?」
「タッくん、ミーちゃん……」
「そうよ。あんたは悪く……って、待って!
タッくん、ミー……ちゃん?」
俺を励まそうと音央に続いてそう言ってくれたタッくんとミーちゃんだが彼らの存在に今更ながら気付いた音央はその顔を驚愕させた。
「ええ⁉︎ ちょっと、な、なんで⁉︎
え、えっーと……本物?」
唖然とした様子でタッくんやミーちゃん、俺の顔を交互に見つめる音央。
混乱している様子がよくわかる。
まあ、誰だって死んだと思った人がいきなり目の前に現れたらそうなるよな。
「見ての通り、無事だよ」
出来るか、出来ないかは賭けだったが2人の物語は無事に改変された。
『人喰い村』の一部から、『黒い目の子供達』の物語に……。
「よかった。よかったよ……うぇーん」
鬼の目にも涙、ではないけど普段快活で明るい音央がこれほど感情を乱すなんて珍しい光景だ。
音央は常に明るく、元気で、活発。
スタイルの良さとその性格から人気が高い女の子だからな。
人前でこれほど感情を乱したなんて事は今まで一度もなかった。
そう思った時だった。
ザザザザザザザザザザッ‼︎
音央が持っていたラジオがいきなり鳴り始めた。
俺は咄嗟に音央を引き寄せて、すかさずサイドステップした。
ブォン、と俺がいた場所を通り過ぎる金属バット。
「ひっ!」
「おっと悪い、な!」
後ろを振り返るとそこにはバットを持って、そのバットを振り下ろした状態のおっさんがいた。
俺は音央の腹辺りを左腕で抱き抱えると、そのおっさんの脇腹を右足で蹴り飛ばした。
「リサ!」
リサの方を見ると、いつの間に変身したのか、リサは金毛の狼のような姿をした魔獣、『ジェヴォーダンの獣』の姿になっており、その背に子供達を乗せていた。
「よし、リサ!そのまま森の方に逃げてくれ!
俺と音央もすぐに行くから」
……オオオオオオ__________________ン………………!
リサが、百獣の王、ジェヴォーダンの獣が何かを喚んだ。
リサの咆哮が終わった直後、空を覆い尽くしている黒い影。
それは……。
(蝙蝠⁉︎)
鋭い牙を持つ、闇夜の狩人が俺と音央を守るように周囲を旋回し始めた。
蝙蝠が飛来してきたのを確認したリサは一声上げると物凄い速さで森の方に駆け抜けて行った。
「クジラ、渡り蝶、狼ときて、今度は蝙蝠か……相変わらずリサの獣を喚び寄せる能力は凄いな……」
リサが駆け抜けて行った方角を眺めていると、腕の中に収まっている音央が口を開いた。
「も、モンジ、強いのね?」
腹を抱えられた事やリサが変身した事よりもそっちの事実に驚いたらしい音央は、目をパチクリさせながら俺を見つめてきた。
「あー、いや……」
なんて説明しようか?
ありのままを伝えるべきか?
それとも……。
迷いながら俺はふと気になった事実を音央に尋ねた。
「っ、それより。そのラジオは便利だな。村人の接近を知らせてくれるみたいで」
急な話題転換に疑問を持ったのか音央は眉を一瞬だけ吊り上げたが問い詰める事はしなかった。
それどころか極めて明るい声で俺の疑問に答えてくれた。
「うん。このラジオが危険を教えてくれてるみたいだもんね。それにこれ、どっかで見た事がある気がするのよ……」
「デザインがよくあるものとか?」
「んー、そうかも」
極力何時ものように返してくれて、内心で感謝した。
彼女にどこまで話すべきか、という問題はひとまず置いといて。
今は音央を無事に帰す事を優先しよう。
俺はもうこの『主人公』の道を覚悟しているからいいが、音央は単なる被害者なんだからな。
早く元の生活に戻してやらないといけない。
そう思った。その時だった。
ピピピピピッ。
Dフォンが着信を知らせてくれた。
相手は……キリカだ!
「もしもし! キリカか!」
『わっ、食いつきがいいねモンジ君』
「今、丁度大変な状況だったんだよ」
『うん、普通の携帯の方にもかけたんだけど出なかったから、電波が悪いか、誰かの『ロアの世界』にいるのかなー、と思って、Dフォンにかけてみたんだけど正解だったよ。
近くには瑞江ちゃんいる?』
「いや、今はいない。音央ならいる。音央と一緒に逃げているんだ」と返事をした時だった。
ザザザザザザザザザザッ‼︎
「またか!」
音央の持つラジオがノイズを発した。
見ると自治会館の駐車場の方から4人の村人がゆっくり歩いてきた。
俺達よりもちょっと歳上な若者、中年のおじさん、中年のおばさん、高齢のおじいさん、だ。
手にはそれぞれ、バットやらゴルフクラブやら包丁やら猟銃やらを持っている。
その目はやはり黒塗りで、顔の表情は無表情だ。気味が悪い容貌はいかにも亡者っぽい。
「音央、森の方に走るぞ!」
「う、うん」
『ほんとだ。凄いピンチっぽい状況だね』
「まあね!」
キリカと電話しながら音央の手を引き、彼らとは反対側に走り始めた。
その直後。
ズドォォォン、と銃声が鳴り響いた。
彼らのうちの1人が手に持つ猟銃で俺や音央の背に向けて発砲したのだ。
放たれた銃弾は一発。
その弾の弾道は丁度俺の左側を通過する位置。
音央の心臓に当たる位置だ。
左手で僅かに逸らしても、音央の頭に当たってしまう。
俺は咄嗟にその場を回転すると音央を繋ぐ手とは別の手で、その手の腕を一瞬だけ銃弾と同じ速度で引きつつ……あとはそっと、弾を掴んだ。
「______熱いな、このカイロは」
握っていた銃弾を地面に捨てながらそう呟く。
______銃弾掴み。
腕に全身運動技・桜花の逆技、橘花をかけ、引いてから回転をかける。
普通なら手に弾丸の力がかかるが『ハーフロア』として覚醒しているおかげか、弾丸の力は残らずに普通に掴めた。
腕自体が発生させた運動エネルギーは、『秋水』を使い、逆技にする事で打ち消した。だから足元には若干、俺がズリ下がった跡が残った。
その結果______
傍目には、単に飛んできた弾を掴んで止めたように見えた筈だ。
音央にはもちろん、俺にも怪我はない。
これは、鬼の一味。『閻』が使う、『パッと来たから、グッで受け止める』力任せなデタラメ技と似ているが違う。
この技は、弾の運動エネルギーをゼロにする技だ。
『うわあ! 今の音は銃声⁉︎
大丈夫なの?』
「ああ。平気だよ。これくらい」
キリカにそう告げて音央の手を引いて走り出す。
連続で撃ってくると思ったが、どうやら単発式らしい。
逃げるのなら今だ!
『ノイズ音も聞こえたけどラジオか何かかな?』
「うん。なんか村人が某ホラー映画や某ゲームみたいに理性を失って襲ってくるんだけど、それを察知して知らせてくれるんだ」
『なるほどなるほど。それは大事に持っててね、モンジ君。音央ちゃんが持っているのかな?
とにかく大事にね』
「ラジオは大事に持ってろ、だってさっ」
「わ、解ったわっ!」
音央の手を左手で握り、右手に持つDフォンでキリカと会話する。
『ラジオっていう媒体は、よく電波とか周波数が混成するでしょ?
その混成かきっかけで異世界に繋がるー、みたいな都市伝説って多いの。ほら、死んだ人の声が聞こえてくる、みたいな都市伝説もあるからね。つまり、ラジオはそういうものを招き易いの』
右手側から聞こえてくるキリカのオカルト講義に納得する。
そういう逸話とかがあるのなら、このラジオも死者の何かを察知しているのかもしれないな。
「今、俺達を追いかけているのはその死人だ。
朱井詞乃という少女が『人喰い村』のロアで、彼女によって村人はゾンビみたいになっているんだ」
『シノちゃん、ね……他に情報は……』
「あー、実は……」
俺はこの村に入ってから体験した事や出会った人物、起きた現象を簡単に掻い摘んで説明した。
「他には、タッくんやミーちゃんっていう子がいるんだけど、目が黒塗りなの。
真っ黒に塗り潰されているわ!」
横から音央が口を出して、Dフォンの先にいるキリカに向けて叫んだ。
『おお、音央ちゃんの元気な声が聞こえて安心したよ。それだけの情報があれば検索もしやすいだろうから、早速しておくよ』
「ああ。頼むよ、キリカ」
『ううん、いいって。私だけ家でのんびり寛いでいるのも悪いしね。じゃあまた後で』
キリカが電話を切り、俺はようやく一息吐いた。
「今のって役に立ったのかな?」
「うん。かなり検索しやすいってさ」
「そう……」
音央もようやく安心した一息吐いた。
時間が少し経って、音央が落ち着いた頃。
自治会館から離れた俺達は森に続く砂利道を歩きながらちょっとした世間話をしていた。
音央が聞きたがったのはもっぱら俺と一之江との出会いやキリカやリサとの関係だ。
「モンジ、あたし、なんとかしたい」
なんとか、したい。
この状況を、という事だろうか?
「ミーちゃん達はモンジが助けてくれたけど、他の人達もなんとかしてあげたい」
「……それはかなり難しいよ」
「うん。解ってる。
けどあたしだけ守られてるなんて、嫌っ!」
「俺だってなんとかしたいさ。だけど今は情報が足りない。
だから、キリカの情報を待とう。
俺達が先ずは無事に逃げる事が先決だ」
「ん……解った」
音央は俺の手をぎゅ、と握り返して……その手を離した。
「もういいのか?」
「恥ずかしいしねっ」
俺に引っ張られるのではなく、自分で走りたい、という事か。
この子は本当、気の強い子だね。
その気の強さを見ていると、俺も強くならないと、という気になる。
やっぱり、男は女性がいないと駄目なんだな。
「そういえば、キリカちゃんもなんか凄い子なの?」
「キリカはなんかどころじゃなく、もの凄い子だよ」
「一之江さんより?」
「一之江はそのもの凄い子をなんとか出来る子だったらしい」
「…………モンジは?」
「……その2人をなんとか出来た男だよ」
「なんで自慢っぽい言葉なのに苦い顔してるのよ」
いや……だって、な。
その、なんとかの仕方が(知らなかったとはいえ)プロポーズのようなものだったなんて、とても言えないからね。親しい間柄であるとはいえ、音央に言うのは恥ずかしい。
そんな俺の心境を察したのか、ジッと見つめていたが音央は深く追求してこなかった。
「はぁ……それにしても……」
「うん?」
「中学時代からの友人と転入生を連れて調査に来てみたら、まさかこんな『オカルトもの』を解決する人だったなんて、ね。ビックリしたわ」
「普通ないよな」
「モンジが一之江さんと組んでそんな事をしてるなんてね」
「俺らはまあ、こういうのを調査するのが、趣味みたいなものなんだよ」
「趣味って……あんたの趣味は先輩の追っかけかと思っていたわ」
「そんな趣味はない!
俺はストーカーじゃない。女性は守って愛でるものだ!
俺は女性の味方だよ」
「似たようなもんじゃない」
その言葉に反応しようとした矢先。
ザザザザザザザザザザッ‼︎
再び盛大にラジオが鳴り響いた。
咄嗟に辺りを見回すと、右の道から砂利を踏む音が複数聞こえた。
街頭に照らされていない道は真っ黒で視界ではよく解らないが、足音だけは聞こえる。
「左に行くしかないか」
その先の道は右手の道より真っ黒な森に続いていて、民家も街頭もないから何も見えない。
だがその分、村人が来る可能性は低いと思う。
「行くぞ」
「うんっ」
音央の手を掴んだ。拒否られるかと思ったが繋がれたままだ。
強がっていたが、やっぱり怖いんだろう。
隣を歩く音央の手を引いて一歩を踏み出した。
返事をした音央の声は、さっきよりも力強さを増している。
______誰かを助けたい。
そんな気持ちが勇気を奮い立たせるというのは、俺にも経験があった。
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