【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第百十一幕 「古の巨人の力」
虚数空間が破裂するより少し前、現実空間。
そこで、更なる戦いが勃発していた。
『アニマス11より各員へ。目標確認、ステルスを維持してT字陣形にて中央を突破する』
『アニマス10、了解』
『アニマス19、了解』
『アニマス31、了解』
それは、まさに突然の出来事だった。
「なんだ、この嫌な感じ……これはフィリピンでも感じた………!」
佐藤さんが突入した直後に、文と揉みあいをしていたジョウが突然顔を上げ、険しい表情を作る。
その時のジョウの勘に敢えて理由付けをするのなら、ジョウはその敵が発する微かな駆動音と空気の流れをISによって極限まで拡張された五感で拾っていたのだろう。それほどに些細な切っ掛けを基にジョウは最悪の展開とその対策をすぐさま行う。
「加藤三尉、4時方向にECM全開!!黒田二尉は鈴のディフェンス、先生は祇園寺一尉と清浦三尉とフォーメーション!!」
その声に、本来の指揮系統ではない事を理解しながら全員が能動的に動いた。これがもし専用機持ちたちならば何人かはついて行けずに行動できない者もいただろうが、生憎とここにいたのはIS歴が5年を越えるような人間で、しかも実戦訓練に近いものを受けている。またジョウの発言にあまりにも淀みがなかったことから、全員が直感的に戦いの気配をそこから拾ったこともある。
かくして――
「ぜ、全機に伝達!4時方向に正体不明の機影複数!!」
「なっ……何故ここまで接敵を許した!?」
「それは後よ、れいか!仕掛けてくるわ!!」
ユウの専用機騒動、そしてフィリピン工場、その二つの事件で暗躍していた影が再びその姿を現した。
異様に鋭角的な脚部。不自然に大型な腕部。直線的なパーツを幾重にも重ねた独特の頭部バイザー。
コードネーム、ドゥエンデの襲撃は始まった。
「相手の狙いは何だ!何故、今仕掛けてきた!あれも例のテロリストの刺客か!?」
「狙いは人質か我々かあの巨大球体!どれも今は手放せないことに変わりない……ってことで構わんか!?」
「今はそう考えるしかないな……!文、清浦!仕掛けるぞ!!」
「了解!」
「ちぃっ!!邪魔なのよアンタ達はぁぁぁーーー!!」
3機の打鉄が勢いよくスラスタを吹かせて現れた4機のドゥエンデに絡みつくように突撃した。
現在、戦況は芳しくない。
PIC由来とは違う移動方法を行うドゥエンデ達に手間取っているのもあるが、今回のドゥエンデは過去のデータではない射撃武器を所持していたのだ。アームカバーのような連装ミサイルランチャーにパルスレールガン、挙句は斥力バリアと思われる物を装備している個体まで存在し、しかもその射撃を結界を張るスーパー鈴に対してもその銃口を向ける。
「おい鈴!自分の身を自分で……守るのは無理そうだな!!」
《すまない……宿主の覚醒を待たずしての能力行使だ。今は結界を維持するのが精いっぱい……結界を狙う銃撃も可能な限り防いでくれ》
「無茶言う仔猫ちゃんね、どうも。だが文句を言っていられるほど暇じゃないか……!」
結果、最高戦力であるジョウがその流れ弾を捌くために巨大な結界を防衛することになり、率先して前へ出るべき黒田もスーパー鈴の防衛に当たらなければいけない事態に陥った。
だが、流石は歴戦のIS乗り。3機で4機のドゥエンデ相手に互角に撃ち合えるのは賞賛すべきだろう。なにせこのドゥエンデ、推定スペックは平均的な第三世代ISを越えているのだ。ゴーレムが火力と防御力に特化しているとすれば、ドゥエンデは機動力と精密動作で上を行く。そのような相手に実質的な第二世代カスタム機だけで戦えていることが、確かな実力の証明だろう。
もし結界を破られれば、折角お膳立てして突入させた佐藤さんもベルーナも助けることが困難になる。
歯を食いしばってハルバードで敵の攻撃を弾きながら、ジョウは鈴の方を見やった。
(水津花……お前、こうなることを知ってて鈴の事を……?)
ジョウは――この中でジョウだけは、鈴の身に何が起きたか知っている。鈴の過去に何があったかも、また。だがそれを彼女に告げることは禁じられていた。調べてくれた親友に口止めされていたのだ。
理解は出来る。納得は出来ない。これはそう言う類の戦いだ。
(いいのかよ……水津花。俺達の残したツケなんだぞ。俺たち以外にも手伝わせていいのか?それとも……もうこいつらにとっても無関係じゃないからか)
いずれにせよ親友と一度話し合わなければいけない――そう思考したジョウの背後、使徒に異常が起きた。
結界が弾け、中の球体が膨張する。ビシビシと音を立てて崩れ出した結界を目の前に、スーパー鈴が呟く。
《これは、遅かった……?いや、違う。これは性質と概念が衝突して拮抗している?》
「何だ!成功か失敗かはっきりしろ!!」
《どちらともいえない――が、どちらにしろ結界は必要なさそうだ。――出てくるぞ!!》
瞬間、実体がない筈の球体は内側からミシミシと音を立て――
ドオォォォォォォォォンンッ!!!と轟音を立てて破裂した。爆発はまるで血液のような真赤な飛沫を撒き散らして山々を真っ赤に染め上げる。
まるで腹から盛大に血をぶちまけた様なその様に、周囲が顔を顰めた。今まで無機物だと思っていた物なのに、破裂した瞬間にどうしてか妊婦の胎を連想させられた。それが、突き破られた。
同時に、ジョウは直感的に手を伸ばして、その爆発から弾きだされてきた金色の塊を空中で受け止める。慣性を殺すように掴んだ身体ごとくるりと一回転して、改めてその姿を見たジョウは予想通りと言った表情を見せた。
「ふむ、やっぱり佐藤か。金色のおかげで見つけやすかったぜ」
「う、うう……ん、ジョウ……さん?」
衝撃で一瞬意識の飛んでいた佐藤さんが呻きながら目を開ける。しばらくぼうっとした彼女は、直ぐに目を覚ましたように勢いよく態勢を立て直す。見るからに慌てていて、普段の佐藤さんなら絶対にしないような無駄な動きで逆にバランスを崩していることからも、彼女の慌て具合が伺える。
「そ、そうだ!ジョウさんがいるってことは通常位相に戻ってるよね!ベル君はどこ!?」
「落ち着け佐藤!中で何があった!」
「それがわかんないからベル君を探してるんですっ!!」
焦るように彼女が周囲を見渡すのと――黒いISがけたたましい金属音と共にドゥエンデの一体に衝突したのは、ほぼ同じタイミングだった。
その黒いISに乗っているのがベルーナであることを、周囲は暫くのあいだ認識することが出来なかった。
何故ならそのISは、余りにも異形だったから。
背中からずるずると溢れ出る、液体とも固体とも知れない『何か』が、体積を無視したように這い出て膨れ上がり、広がっていく。触れれば命までも呑まれそうなそれを背負う姿が、言語にて現わせざる根源的な不安を煽った。
「ぁあああーーー……ううぅーーー……う、うがぁぁあぁぁぁぁあああああ!!!」
ドゥエンデの武器を鷲掴みにするように掴みかかったそれは、ベルーナ専用IS「モナルカ」の腕。
だが、その名前に反して背中から溢れ出るそれは蝶の羽と言うには余りにも冒涜的だった。
ISの背中から――IS自身の10倍以上はあろうかという質量の歪んだ液体のようなものが漏れ出し、意志を持っているかのように有機的に蠢く。そして、その腕は虚ろな目のベルーナに従うように、形を変えていき――形成されたのは、白と黒のマーブル模様が蠢く『もう一対の手』。
大きな大きな、巨人の手。
空に突き出された二本の人間の手が、彼の背中から突き出ていた。
そして――
「うがぁぁぁぁぁああああーーーーッ!!!」
瞬間、その腕はベルーナの咆哮とともにぶつかったドゥエンデを殴り落とした。地表に落下して大きな土煙をあげるドゥエンデは、衝撃で山の表面を弾き飛ばすほどの威力に一撃でその機能を停止し、全く動かなくなった。
それを見たドゥエンデの一機が、銃口をベルーナに向ける。
『――ターゲット確認。これより確保に移――』
だが銃口を向けたその時には、吠えるベルーナは既にそのドゥエンデの眼前に拳を振りかざしていた。
「がぁぁぁぁああーーーーッ!!」
『緊急回避――ガアっ!?』
まるで子供が虫を叩き落とすように――癇癪を起しておもちゃを壊すように、ドゥエンデはいともたやすく打ち壊された。力ない体が真っ逆さまに山へと落下する。
ベテラン三機掛かりでも突破できなかった陣形を、ただの二撃で崩壊させた。
あれが――「あんなもの」が、護衛対象なのか――と、あさがお部隊の人間はそう思ってしまった。
虚ろな目で唸りながらだらりと両の腕をぶらさげ、背中から生えた巨大すぎる腕を振りかざすその姿は、魔神――もしくは、悪魔。
まるで腕が人間を乗っ取ったかのようにさえ見えた。
と、その時残存したドゥエンデの内の一機がベルーナに背を向けた。
一瞬、その個体もベルーナに撃墜されると周囲が身構える。
だが――ベルーナはそちらに興味がないようにピクリとも反応しなかった。
『アニマス10はこれより戦闘を放棄、アニマス11及び19のコアブロックを確保して戦域を離脱します』
『アニマス31より10へ、そのような行動は指示されていない』
『現状の戦力で神子を確保するのは不可能と判断。戦闘不能になった個体を確保して一時撤退し、戦力を整え直すことが利益に繋がると判断』
『……その行動ルーチンを承認する。これより戦闘不能個体を回収し、現区域を撤退する』
残った二機は武装を破棄して撃墜された味方機へと向かう。
咄嗟にそれを阻止しようと銃口を向けた祇園寺は、そこで背筋を貫くような悪寒を感じて咄嗟にライフルを捨てながら後退した。その瞬間、ライフルがベルーナの巨人の手に捕まれ、ぐしゃりと握りつぶされた。紙細工のようにひしゃげたライフルを目の当たりにし、戦慄が走る。
攻撃される。直感的にそう判断して腕部でガードポーズを取りながら衝撃に備える。
だが、またもやベルーナはそれを無視した。唐突に攻撃を開始し、また唐突に止まる。その行動の論理が分からずに呆然としていると、ジョウがぽつりと呟く。
「……戦闘意志に反応した、のか?ドゥエンデを撃墜したのも武器に反応しただけ……?」
《であろう。言うならば、せめぎ合う二人が他者にちょっかいを出されぬように布いた共通陣地があれだ》
スーパー鈴も附随するように頷く。害意ある存在を自動で攻撃、破壊する自己防衛システムのようなものだ。それがたった今、圧倒的なまでの暴力で相手を押し潰した。もし彼を止めるために戦う意志を少しでも見せれば、あの黒い怪物は味方にさえも襲い掛かるだろう。
誰しもが彼をどう扱えばいいのか分からず、或いは様子見の静観を決め込む。
ベルーナは未だに理性を感じさせない虚ろな目で唸る。ひょっとしたら彼は、いまだに自分がどういう状態になっているかすら理解していないのかもしれない。あの白と黒の入り乱れた巨碗だけが、獲物を探すように彷徨う。
そんな彼に、近づいた人間が一人。
「ベルくん」
「ぁああーー……あ、うぅ……」
「ベルくんってば」
あの光景を見て尚もその少年に気兼ねなく近づいていくその金色の少女は、ゆっくりとベルーナに近づいていった。
「い、行かせていいのでありましょうか!?もし万が一暴れたら……!」
「わからん。わからんが……どちらにせよ今から援護するのも止めるのも間に合わん」
「ま、佐藤なら何とかするさ。やればできる子ってな」
(……出遅れた。一瞬ためらって、出遅れた。私が守ると誓ったのに………)
(あ、言葉先生泣いてる。うーん、確かに女っぽい所あったな……)
この期に及んでシリアスを壊そうとするジョウはともかく、佐藤さんはまるで迎えに行くように自然な動きでベルーナに近づき、その身体をゆっくりと抱いた。
抱きしめられても尚、ベルーナは動かない。だが同時に背中の巨大な手も動かなかった。
「前に抱っこした時は、トーナメント前の襲撃事件だったかな。ベル君が私のことを心配して現場までやってきて……あの時はちょっと嬉しかったんだ。私の事を心配してくれる人って案外少ないからさ?」
「…………ぅぅううーー」
「だから、ちょっと欲張ってハグなんて教えちゃった。ベル君にもっとそんな感情を表に出してほしいと思ってさ」
それは殆ど独白に近かった。彼女に体を抱かれて尚、ベルーナの意思は戻る兆しを見せない。
それでも佐藤さんは狼狽えはしなかった。
「だからさ、ベル君――そんな虚ろな目でぼうっとしてないで、早く抱きしめ返して?……それとも、私の事キライになっちゃったの?」
「………――っ」
ベル―ナの身体がゆっくりと動く。
瞳に微かな意思が宿った。
その腕が――一瞬で佐藤さんの首に迫り、両腕で鷲掴みにするように喉を決め上げようとした。
「なっ――」
「まずい……!?」
一瞬周囲が武器を出して射撃しようとするが、それより一瞬だけ早く動いた人物が一人だけいた。
「こらっ!危ないことしようとしないのっ!!」
ごっちぃぃぃぃぃぃぃん!!と、ベルーナの脳天に佐藤さんの拳骨が直撃した。
その瞬間だけ言えばジョウの反応速度にさえ達するほどの、強烈な拳骨であった。その一撃の衝撃かどうかは知らないが、なんとベルーナの背中から噴き出ていたあの巨大な「手」も量子化の光に包まれて消滅していく。
「~~~~~っ!?!?………い、痛い……?」
その戦闘行動と言えるか微妙な拳骨のショックで、はたと我に返ったようにベルーナが呟く。突如脳天に走った痛みに何が起きたのか分からないのか、大粒の涙を溜めながら混乱したように頭を押さえている。
「……説得する風を装ってのショック療法とか新しいな」
《流石は宿主が畏敬の念を抱くだけの事はある。吾もこれは読めなんだ》
佐藤さんからしたら、暴れる子供に拳骨くらいは普通の事だと思っている。……この状況下に及んでも。そして、佐藤さんはベルーナに呼びかけをする時点でとある決意を決めていた。
それすなわち――もしベルーナが自分の手の届かないことろに行くつもりなら引き摺ってでも連れ戻す、である。
彼女からしたらベルーナがこちらの首を締めようとしたのも他人を攻撃したのも、その「手の届かないどこか」という認識であり、それならばそこから自分側に戻ってきてもらえば解決だという簡単なようで難しい事を考えていた。なお、難しいというのは実現可能性の話だ。
その結果、抱っこで効果がないなら拳骨という極めて単純な消去法で、パニックに続く心神喪失状態から彼女は見事にベルーナの意識を「こちら側」に引き戻したのだ。これにはスーパー鈴も苦笑いである。
「痛いですって!?私の拳だって痛いわよ!もう~、ベル君っ!!」
「ひ、ひゃいっ!?」
佐藤さんは痛みにこらえながら頭を上げたベル―ナは、裏返った悲鳴で返事をする。
それを聞いてウム、と頷く佐藤さん。完全にいたずらっ子を叱る大人である。混乱の極みであるベルーナは何故自分がこんなことになっているのか理解できないまま、しきりに頭にクエッションマークを浮かべている。
「あ、あの……僕は、何を――」
「んっ!」
「???」
佐藤さんは、ベルーナに両手を差し出すように広げて体を晒した。
暫く何がどうなっているのかも分からなかったベルーナだったが、ちょっと怒っている佐藤さんの表情に気圧されて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい?」
「ブッブー!」
「ちゃんということ聞きます……?」
「ブッブッブー!」
「………こ、こう?」
ベルーナはよく分からないまま、佐藤さんの広げた腕の中に入るように近づき、その身体を抱いた。
その姿を見た佐藤さんは満足したように微笑み、ゆっくりベルーナの身体を抱き、耳元でささやいた。
「おかえり、ベルくん。さ、帰ろう?」
「………あれ?臨海学校は?」
攫われてから何があったのかを全く覚えていないのか、ベルーナは佐藤さんの腕の中でしきりに首を傾げていた。
後書き
佐藤さんには勝てなかったよ……。
あれ、おかしいな。この件はプロットではもっと深刻化する予定だったんだけど佐藤さんが勝手にブレイクしてしまった。普通あそこで拳骨かますか?まずい、本格的にコントロール不能だこの子。
来月に更新できるか甚だ疑問な状態ですが、無理のない範囲でもう少し踏ん張ってみます。このサイトで最初に始めたこの小説……死なすわけにはいきません。
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