101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行
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第四話
◆2010‐05‐10T18:30:00 “Yatugiri High School Gate”
超がつくほどマイナーである射撃という種目には、やっている人達の中である種の共通点がある。どことなく、緩いのだ。
そりゃ、銃を扱うという間はそんな緩さはなくなるけど、普段は緩い。だからこそ、自分の撃つ分が終われば帰ってもいいという許可が、八霧高校射撃部では出ている。
まだ始めてから一年とちょっとしかたっていないが、俺は射撃という競技のこの独特の緩さが好きだし、上の大会にも行きやすいのでそう言う面でもとても頑張りたいと思う。
さらに言えば、こうして自由な時間に上がれるという習慣のおかげで生徒会と重なることが多いのだ。たまに、かなり早く生徒会が終わったりするんだけど。
そう言うわけで、校門で待ちながら下校する生徒を見ながら待つ。
二、三人で話しながら下校する集団もあれば大人数でまとまってどこかに飯を食いに行く話をしている集団もある。一人で下校する者も、当然いる。とはいえ、そろそろそれも少なくなってきた。学校に残っている人間も、もうそんなにいないだろう。
これから先、日が長くなればもっと遅くまで残る生徒もいるのかもしれない。とはいえ、この時期ではまだ暗く、心ともない。
「それにしても、誰もいない校門前、か……」
学校、夕暮れ時、少人数。こういった要素は、都市伝説によくあるものなのではないだろうか?暗がりの向こう側、曲がり角の先、学校に有る銅像。そう言ったものは色んな形で語られると思う。
まあ、そんなもの現実では起こりえないことなんだろうけど。
「……もしそんなことが起きたら、アレクにでも話してやるとするか」
そうすれば、自分もその都市伝説を体験しようと連日この校門前に立っているイケメン、という光景が生まれるだろう。他校の生徒の間で噂になったりもするのかもしれない。そうなったら面白いなぁ。ついでに、あいつが恐がる姿、なんてのも見れるとなお嬉しい。
まあ、俺はそんな目に会いたくないけど。平和で明るい、ときめき学園生活ができれば大満足なのである。
「……ん?」
と、そんなことを考えながらヘッドフォンを付けようとしたら、視界の端に何か白いものが見えた気がした。校門の端の方。
つい気になってそちらを見ると、そこには……白い服の女の子が立っていた。かなり驚いたので、声をあげなかったことをほめるべきなのかもしれない。まるで最初からそこにいたかのような自然さだが、そんなはずはない。校内の銅像を見る時に一度校門も見ているはずなのに、その時に見た記憶はない。ついさっきまで、こんな子がいなかったのは間違いないのだ。
現れた気配はなかったのに、いつの間にかそこに立っている。
真っ白なワンピースに身を包んでいて、同様に真っ白なつばの広い帽子を目深に被っているのであまり顔は見えない。唯一見える口元は小さな笑みを浮かべている。
長い、そして癖のある髪はふわふわとしていて、その白さもあって綿雪のようだ。
背丈からして、小学校低学年くらいだろうか。全体的に幼いのに、しかし物静かそうに感じる。いや、別に幼くても物静かな子はいるか。
なんにしても、そう言った全体的な印象に加えて黄昏時の薄暗さ、良く分からない雰囲気が相まって、軽く恐怖体験になっている。現実では起こり得ないとか思ってたらすぐに起こったよ……
さて、それにしてもなんでなんだろうか。何でこの子は、こんなところにいるのか。
ただこの学校に興味を持っただけ……いや、もしそうなら学校側を見ているだろう。今彼女は、本当に何故なのか俺の方を見ている。なら、誰かの妹が迎えに来たのだろうか。いや、そうなら学校の中に入ってきそうだし、何よりこんなに幼い子を迎えによこすだろうか?
何にしても、そんな疑問からなのか、それともどことなく怪しげな雰囲気からなのか、俺は目が離せないでいた。
彼女は俺と目が合って(目元が見えないから分からないけど)少しすると、笑みを強くした。その唯一見える口元が動き、そこに目がひかれる。だから、何を言っていたのかはなんとなく分かった。
『あとでね』と。
「……何が?」
無意識のうちにぼそっとつぶやいたが、おそらく聞こえていないだろう。なんにしても、何がなのか分からないのでしっかり尋ねようと、一歩近づき……
「よっす、カミナ!」
と、そのタイミングで背中側からバリバリ男っぽい口調の、しかしとてもかわいらしい声が聞こえてきた。
そして、それと同時に背中を叩かれたので慌てて振り返って下を見ると、そこには小柄な女子の先輩がいた。ちなみにだが、身長は俺の胸くらいまでしかない。
そんな小柄な先輩こそ、俺が待っていた憧れの人、可美乃 亜沙先輩である。
その口調と短めの髪から少年っぽく見えがちだが、しかし中身は結構乙女な人。顔もとても可愛い。
「先輩……相変わらずちっさいですね」
「身長のことを言うなよな!?」
「でしたら、俺のこともカミナって呼ばないでくださいよ。凪って名前があるんですから」
「ヤダヨ。だってカミナはカミナじゃん」
「だったら、先輩が小さいのも事実でしょう?」
と、もう毎度おなじみのこのやり取りにもあきれずに付き合ってくれる当たり、本当にいい先輩である。こんなところも生徒の間じゃ人気で、生徒会長としての支持率も高いんだとか。
さて、普段のやり取りをしたおかげで少し落ち着いたかな。
「んで?なんかボケっとしてたみたいだったけど、何かあったのか?」
「いえ、さっきそこに女の子がいたんですけど……」
「校門に女の子?幾つくらいの?」
「多分、小学校低学年くらい……って、あれ?」
まだいるだろう、と思って先ほどの場所を見てみるも、そこにはもう誰もいない。周辺にもその姿は見えないので、まるで最初からいなかったかのようになっている。
……その真実がどうなのかは、考えないようにしよう。怖いし。
「あーっと、いた気がしただけかもしれないです」
「ロリっ子がいた気がする、ってのも考えようによっては危ないんだけどな?」
「そう言ういい方しないでくださいよ。なんだか危険人みたいじゃないですか」
「確かに。でも、もしそうなんだとしたら私にとっては危険人物、ってことにならないかい?」
「大丈夫です、俺は狼になる気はないですから」
こうして気軽に話してくれるのがとてもありがたい。おかげで俺はかなりリラックスできている。ニヤリ、という表現が似合う笑みを浮かべている先輩を見ながら、俺は再び惚れ直した。
俺の片思いの相手である亜沙先輩。前記のとおりここ八霧高校の生徒会長をしている亜沙先輩は、その子供っぽい見た目から商店街なんかに行くと色々ともらったりもする。家はお金持ちなんだけど、ああいうところが好きなんだそうで一人暮らしをしている今はよくあそこで買い物をしているんだとか。俺も何回か荷物持ちとして付き合ったけど、その度にお店のおっさんに軽く睨まれる。人に愛されやすい体質なのだ。とてもいいことである。
「で、こんな時間まで部活かい?せいが出るねぇ」
「言え、部活自体は早めに抜けてきたんですけどね。狭いんで、終わった人から抜けてくかどこかに行ってないと邪魔になりますし」
「確かに、去年ライフルが団体で全国大会に出たのとカミナがブロック予選に出場したおかげか、大分部員も増えたっけか。いくつか申請出すかい?」
「場所よりも、部費の方をお願いしたいですね。射撃に必要なものはどれもこれも高いですし」
「りょーかい。実績のある部だし、少なくとも来年分には反映されるはず」
と、そんなありがたいことを言ってくれた。確かに、スタートが県大会なだけあって実績はあるので、これは遠慮せずに受け取っておくとしよう。
「そういうわけだから、また上の大会目指してな。そっちの方がやりやすいし」
「了解です、亜沙先輩。頑張ればそれだけ先輩の評価も上がると見て、頑張ります」
「素直でよろしい!頑張りたまえ、後輩君!」
バンバンと背中を叩きながら笑っている先輩。そこまでいたくはないし、こういう触れ合いの様なものは好きだ。
この喋り方と壁の無い感じから誰とでも仲良くなったりするのだけれど、そう言うところを含めて好きなのだから、もうどうしようもない。人気者を好きになってしまった以上、これも試練の一つだろう。
「では、いっしょに帰りませんか?先輩」
「いつも通りそのつもりだったんだろ?いいよ、ただ途中で買い物をして帰るから荷物持ちくらいはしてくれるかな?」
「もちろんですよ。荷物くらい、いくらでも持ちますって」
「いい心がけだねぇ」
「ジェントルカミナですから」
「ジェントルナギ、ではないのかい?」
「あ……」
「はっはっは!」
まあ、楽しそうに笑っている先輩の顔が見れたのでよしとしよう。
「それに、誰かに送ってもらえるならちょっとは気が楽になるし」
「気が楽に、ですか?」
さっきまでとは全然違う声音だったので、思わず聞き返してしまう。
表情も、どこか暗いように見える。
「ん、えっと……最近、ちょっと怖い系の都市伝説を良く聞くから。つまり、その噂の元になるような人がいる、ってことだろう?」
「ああ……」
今朝ティアから聞いたような話は違う気がするけど、他の都市伝説は確かに不審者が元になっていることがあるのかもしれない。もしそうなら、つまり噂が広がっている辺りではその不審者がいるかもしれない、という事だ。
「これでも私、怖がりだからな。そしてこの見た目とあっては、誘拐されかねん」
「なるほど……なら、誰か男友達に頼めばよかったんじゃ?」
「そこはほれ、確かに男友達はいるけど家まで連れて行くのはねぇ……失礼な話、ちょっと抵抗みたいなもんがあるわけで」
「なるほどなるほど……」
確かに、送ってもらう以上はそうなるだろう。そして、そこに抵抗があるのならそうなるのも仕方ない。
……って、あれ?
「じゃあ、何で俺はいいんですか?荷物持ちをした人か、そのままお茶を御馳走になったりしてますけど」
「そこはほれ、君の事は信頼できるとか、何かいい解釈をしたらいいんじゃないかい?」
「ふむ……」
都合のいい解釈をするのは、なんだかなぁ……
「冗談だよ。カミナは、何でか信頼できる。ここまで本気で気楽に話せる男友達ってのもそうそういないし、距離も感じないし?」
「もしそうなら、距離感の無い自分をほめたいですね」
「おう、いいことだ!」
姉さんよ、どうにも姉さんの言っていた『女子とは距離を開けず、かと言って距離を詰めすぎないこと!あ、でもどちらかというと詰めてるくらいで!』という教えは姉さんの個人見解ではなかったようです。どうもありがとう。
「それで、先輩はどんな都市伝説を聞いたんですか?」
「えっと……赤マント、とか?」
「それって、赤いマントか青いマントか、っていう?」
「それは赤マントの派生形、『赤マント、青マント』らしいぜ。私が聞いたのはその原型的なやつで、赤いマントを付けた怪人が少女をさらう、ってものらしい。さらった後にナイフでめった刺し!ってのもあるみたいだけど」
普通に人浚いじゃないか。というか、少女をナイフでめった刺しって……なんてことをするんだ……
「バリエーションとして、少女以外はめった刺し、みたいなのもあるらしい」
「それについては、凄いロリコン野郎ですね」
「男とは限んねえぜ?怪人、って言われると男のイメージが強くなるけど」
「あぁ……確かに」
いや、どちらにしても少女趣味の変態さん、という事にならないのだろうか?
「それにしても、そんな噂まで広まってるんですね……」
「むしろ、噂程度だからこそ伝わりやすく、怖くなっていくのだと見た。カミナもなんか知ってるんじゃないかい?」
「そう、ですね……」
普段の俺なら、ここで話せる物はほとんどない。花子さんとか二宮金次郎像とか人体模型とか、そう言うものばかりだし、正直話してもつまらないだろう。が、ティアのおかげで他のネタがあるわけだ。ありがとうティア、今度和菓子奢るよ。
「こう……再現される夢、みたいなのは知ってます」
「うん?再現される夢?」
「はい。そうですね……まず、夢を見るんです」
と言っても、俺はティアほど詳しいわけじゃないから、そこまで話せはしないんだけど。
「夢?」
「ええ。自分が死ぬ夢」
「……それ、思いっきり悪夢じゃんよぉ……苦手なんだよ、そう言うの……」
「確かに、悪夢って怖いですよね……怖い映画とかは見れても、あれはどうしてもだめだったりしますし」
「ホントにな……この間なんか、変な人が自分の体を切り刻みながら追いかけてくる夢を見たし」
何それ超怖い。今日俺自分が死ぬ夢を見たけど、そんなのとは比べ物にならないくらいに怖い。
「で、話を戻しますけど……って、もうここから先は分かります?」
「何となくは……つまり、あれだろ?気がつけばその夢の通りになってる、ってことだろう?」
「そう言う事です。場面も状況も、見事に夢の通りになってるんだとか。実際に隣の市の翠緑学園には被害者もいるみたいですし」
「マジ?あそこ、私の友達も通ってるんだけど……」
亜沙先輩もお嬢様なので、そう言う友達もいるのだろう。
「とりあえず、意図的に夢とは違う行動をとればなんとかなるみたいです」
「また、自分が死ぬ夢を見たら?」
「実際、そうなったみたいですよ。でも……」
「でも?」
「途中で妹に起こされたとかで、それ以降は見ていないし再現されてもいないんだとか」
そう言うと、先輩は一気に気の抜けた表情になった。
まあ、ね。そんな方法を聞かされたらそんな表情にもなるよね。
「え、そんなんでいいのか?」
「誰しも、不測の事態には対応できない、という事のようです」
「へぇ~・・・それはまた。都市伝説も妙に人間っぽいじゃないか」
「本当ですよね。もしかしたら、話してみると気が合うのかもしれません」
「そいつは面白そうだな!」
表情も戻って笑う先輩を見て、俺は安心する。と、そこで俺は何かに視線を引き寄せられた。
それは、先輩の後ろにある校門……いや、違う。その上で寝ている猫だ。丸くなって寝ている、黒い猫。
どこかで見たことがあるなぁ、と思ったらそれは今日の授業中に見た夢の中に出てきた猫だった。なんて事のない、ただ猫が寝ているだけなのに、妙に気になる。いや、それにしても……あの夢に出てきた猫に、似すぎではないだろうか?
「何で、こんなに……」
と、そこで俺は朝の会話のテーマであった、『再現される夢』のことを思い出した。
―――その時だった。
「お兄さん」
急にそう呼ばれた俺は、振り向いた瞬間に数秒かたまってしまうほど驚いた。
斜め後ろ、すぐそばにさっきの真っ白な女の子が立っていたのだ。その白さに影響されてか、俺の頭の中も真っ白になる。いや、それは関係ないだろう。
だが……思考が止まっているのは、確かだ。
「はい、これ。お兄さんの」
両手を、すくい上げるようにして差し出す白い少女。
その手には、漆黒の携帯電話が乗っていた。
黒い不思議な光沢を持った、中々にデザインのカッコイイ、折り畳み式の携帯電話。艶やかなその表面を見ていると、どこか吸い寄せられるような気分になってくる。
「俺の、じゃないんだけど……」
俺の携帯電話は、別にある。スライド式で、そもそも折り畳み式ではない。色も、黒ではなく青色だし。
が、白い少女は首を横に振って、さらに高く差しだしてくる。
「ふふっ……はい。これはお兄さんの『Dフォン』だよ」
「ディーフォン?」
「そう、Dフォン。お兄さんの運命を導いて、そしてお兄さんを運命から守るための。お兄さんだけの端末。だから……持っておいた方が、いいよ?」
運命、か。そんな言葉をこんな小さな子から聞くとは思わなかったが、ふざけているという様子はない。子供がそれっぽい遊びをしている、というのもまだ可能性としては残っていたのだけれど……その冷静そうで静かな声音から、どうしても俺にはそう思えず。
「きっと、お兄さんを助けてくれるよ。多分、だけど」
「……なんだか、曖昧だなぁ……」
そう言いながらもこの言葉には逆らえないと思ったので……そのまま自然と、俺の手は『Dフォン』を握っていた。妙に手になじむ感触と、みていると心が惹かれるデザイン。そういった様々な要素から、無意識のうちにこれを『俺の』だと認めていた。
「そのDフォンは、お兄さんと因果……見えない縁、みたいなものが繋がっているロアを探してくれる。だから、大事にした方がいいよ?」
「……因果に、ロア?」
次々と知らない単語が出てきて理解不能になっていく俺だが、まあ持っていないと危ないのかもしれない、ということくらいは分かった。それに、何か出会いもあるらしいし。その……ロア、というものとの。
「そう。コードを読み取ることでお兄さんを助けてくれるの。……ためしに、そのDフォンのカメラを、あっちの猫さんに向けてみて?」
白い少女がさす先には、さっきの黒猫がいた。
俺に対して用語解説をしてくれる気配はない。そして、俺は何故かまともな思考ができない状態にある。おそらく、だから。もしくは、その縁というものの、運命というものの力で。
俺はそのカメラを向けることに対して何か嫌な予感を覚えていたのに、それでもそこに縁があるのなら。その縁をつないでみたいと。そう思っていた。
何か新しい刺激を求めていたのかもしれない。
平和で明るい、ときめき学園生活ができれば大満足、とか思ってたはずなのに、おかしな話だ。
だから、俺は言われるがままに、それがどんな意味を持つのかも理解しないで、Dフォンのカメラを、校門の上で寝ている黒猫に向けた。
直後。
ピロリロリーン♪
何かを読み取ったような音がして、我に返る。
「今のは……?」
「ふふふっ。きっと、お兄さんを助けてくれるロア。ただ……」
「ただ?」
「殺されなかったら、だけど」
その言葉には、なぜか真実味があった。
ただ、「殺されなければ助けてくれるかもしれないね」という真実を告げているだけなのだ。
殺される、か……え、殺される?
「ちょ、どういう意味!?」
一気に身の危険を感じたのか、声が上ずっている。が、白い少女はそんな俺を見てくすくすと笑うだけで、何も答えてはくれない。
「なあ、どういう意味なんだ!?」
「どういうも何も、そのままの意味。……じゃあね?」
「ちょ!おい!?」
慌てて少女の肩を掴もうとするが、その手はするりとすり抜けてしまう。
透明だったりという不思議現象ではなく、ギリギリのところで一歩だけ足を引いて、俺の手を空振りさせただけ。しかし、それがより一層、彼女が只者ではないという事を表している。
「君は、一体……」
何なんだ、と聞く前に少女は笑いながら告げた。
「私の名前は、そうだね……姉さんがヤシロだから、ラインで」
「ライン、ちゃん……でいいのか?」
今決めました、って感じの名前に対して疑問を持っていると、彼女……ラインちゃんはくすくすと笑って。
「ばいばい」
と、顔の横で小さく手を振って……
「カミナ?おーい、カーミナー?」
と、俺のすぐ前に先輩がいた。身長差的に顔の前に顔が、という事にはなっていないが、俺がしゃがめばすぐにでもそうなるような位置。ほんの数センチつま先の間にあるくらいの位置で、俺の顔を下から見上げている。
「っ!?」
「お、ようやく気付いたな」
再びニヤリ、という感じで笑う先輩。
ここまでの至近距離で先輩のニヤリが見れるとは……俺はなんて幸せなのだろう。
「どうかしたのか?向こうを見たと思ったらそのまま固まって」
「いや、ええと、ですね……」
「猫しかいないぜ?」
そう言いながら先輩が指差す方向には、確かに黒猫がいる。そして、次の瞬間には飛び降りて走って行ってしまった。
そして、ラインと名乗った少女は、いない。
「えっと……今ここに、女の子、いませんでした?」
一応、先輩に聞いてみる。
「いんや?ここにいたのは私とカミナの二人だけだったぜ?」
こんな状況でありながら、俺は先輩の『二人だけ』という言葉に、嬉しくなってしまった。
「そ、そうですか……」
「お、鼻の下が伸びたな。なんだなんだ?こんな男っぽい口調でお子様体型の私といてうれしいのかい?」
「そりゃ、先輩みたいな可愛い人と二人だけ、となるとつい」
「そ、そうか……ほれ、さっさと買い物行くぞ!」
「了解です!」
ちょっと赤面した状態の先輩を見てニヤニヤしながら、俺も後に続く。
そう言えば、さっきの猫はどうなったのかと思って走って言った方向を見ると、もう猫はいない。これだけなら、さっきまでの出来事をただの白昼夢か何かだと思う事も出来たんだけど……手には、しっかりと黒い携帯電話、『Dフォン』が握られていて。
「……何があったんだ……?」
先輩の横につきながら、聞こえない程度の音量でぼそっとつぶやいた。
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