とある緋弾のソードアート・ライブ
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第六話「レストラン・パニック」
1,
御坂美鈴が狙われたあの出来事が起こったのは10月3日だから上条当麻と浜面仕上は出会ってからまだ1ヶ月しか経っていないことになる。いや、あの時はお互い「敵」として顔を合わせただけなので、本格的に「知り合い」となったのは11月5日ということなる。まぁこれを言い出すと上条がインデックスと出会ってまだ半年しか経っていないし、オティヌスとも(あの数万回に及ぶ殺戮の間に経た時間はないことにして)3週間しか経ってはいないのだが。
だから年代は近いといえど、まだ知り合ってから数週間しか──しかもお互いに顔を合わせたのはその内の半分にも満たないかもしれない──経っていないにも関わらず、同じクラスに所属して友人になって三ヶ月経ったような気軽さをお互い持てるのは、単純に2人の性格が似ているからかもしれない。
「すごい量」
「うっわ長いなー……。どんだけ食うんだよこの子は」
料理の注文をウェイターにすませた浜面と滝壺が驚嘆しているのは伝票入れに収まらず、まるでとぐろを巻く蛇のような状態になっているレシートだ。しかもそれが2、3枚も重なって入っている始末である。
「でも、これよりも多いこともあったんですよねー……」
「これよりも……?」
上条が言っているのはアリサと出会った日、アリサがオーディションに受かった日の、ファミレスでのレシートのことである。あの時、あのレシートが上条の家計に与えた傷跡はマリアナ海溝とは言わずとも、伊豆・小笠原海溝ほどに深い。まぁそれは毎度のこと(中にはマリアナ海溝ほどの傷跡もちらほらある)と言ってしまえばそれまでなのだが。
「大変だなぁ……お前も」
「分かってくれてなによりざんす」
2人とも常人から見れば(女性運以外は)運がないと言われるような事態が日常的に起きている人物である。この辺も2人の馬が合う理由なのだろう。
ちなみに話題の中心に1番深く関わるインデックスはというと、未だにオーダーをしゴリゴリと上条家の家計に与え続けていていた。いい加減泣きたくなる上条である。
「はぁ……そういや俺、まだ何も食ってないわ」
「そういや、上条くん昼も何も食べてなかったよね……」
ここで昼も何も口にしていないことに指摘されてようやく気づく自分に、また泣きたくなる上条。精神的なダメージで意識してなかったからか、気づいてようやく、自らの空腹を自覚する。
伝票を見る。この量なら今更増えても、何も変わりはしないだろう。寛容になった、というよりもうインデックスの暴食を止めるのを諦めた上条は、素直にオーダーしようとメニューに目を通し、1番安い普通はのハンバーグセットを頼むことにする。
ちなみに「ミーン・ストリート」の「ライト・ビューティー・キャッスル」側に位置するレストランのテラス席に、上条たちは座っていた。最大12人座れる大きな丸テーブルだ。上条たちが4人でこの大きな席座っていたのは、単に席が埋まっていて他に空いてなかったからだ。浜面たちが混んでいる店内で、テラス席で座ってる知り合い(上条たち)を見つけたのはちょうどよい偶然だった。
テラス席から夜のパレードが食事しながら観覧できるからか、店はかなり混んでいた。ちらほらと休日だからか学生の姿も多く。学園都市には少ない家族連れの姿も、ちらほらと見える。
近くのウェイターを見つけた上条だったが、そのウェイターが別の席の客についたことで呼び止めることができなくなった。
そして上条たちの話題は目についた、先ほどウェイターを呼び止めたテーブルの構成いてのものとなる。
「ああいうのを「ハーレム」というのだろうな……」
オティヌスの一言に静かにうなづく滝壺と浜面。何せ男子1に対して女子8という正に「ハーレム」と呼ぶにふさわしいメンバーである。浜面が所属している現「アイテム」も男女比は1:3で、世の中の男子かは見れば羨みと嫉妬の目で見られるレベルだが、それとは比べ物になるまい。
だが1人だけ、これに匹敵するハーレムを形成したことがある人物がいる。
「……上条さんも出会いが欲しい」
「お前が言うか」。と浜面は心の中で突っ込みを入れる。以前、浜面は酔った上条が女子を行く先々で引き連れていきハーメルンの笛吹き男状態になっていたことを知っている人物である。自分が言うのはまだしも、上条が言うのはお門違いすぎると、浜面は思ったのだ。まぁ、彼もそんなことを口にしていれば他の人物から「お前が言うな」と言われていただろうが。
「しかし、すごい可愛い子ばっかりだなぁ……」
その瞬間心から漏れ出てしまった言葉に「しまった」と浜面が思った時には後の祭り。不意に後ろから殺気を感じた浜面の背中に嫌な汗が流れていく。
ギギギ、と油が切れたブリキのかかしのように後ろへ振り向くと、そこには静かに微笑む滝壺がいた。後ろからどす黒いオーラが見えなくとも感じられることが無ければ、浜面は見惚れていたかもしれない。が、そこにいた怒りの化身に、浜面は見惚れている余裕など持てなかった。
確かにあの席にいる女性たちは滝壺の目から見ても「魅力的」としっかり分かるような子ばかりであった。夜色の髪色と水晶の瞳を持つ活発そうな少女を始めとして、左手にウサギのパペットを持つ小柄な蒼玉の瞳の少女。口にチュッパチャプスを加えた赤色の髪を黒いリボンでツインテールにしている少女。瓜二つの顔をしながら雰囲気と体型がまったく違う双子らしき2人の少女。紫紺の髪の背の高い少女の声は離れているここまで透き通って聞こえ、その隣にいる絹のようなモデル顔負けのプロポーションの女性は、一般よりも遥かにスタイルがよい(本人は自覚してない節があるが)滝壺を嫉妬心を抱かせるほどだった。更に隣にいる女性は他の少女たちに若干劣るものの、それでも目の下のクマを除けば外見は全てがパーフェクトと言えるものだ。
浜面が見惚れるのも分かりはする。だが、それはそれ。これはこれである。
「怒」のオーラを巻き上げる滝壺に対して浜面は何回も頭を下げるしかなかったのであった。
「上条さんもあんな子たちに囲まれたいですなぁ……」
ちなみに上条のこの発言は、暴食を続けるインデックス。それを見ながら呆れるオティヌスとイブ。そして「すいっません!」を連呼する浜面とそれを笑顔で、冷ややかな目線で見下す滝壺の耳には届かなかった。もしもこれがインデックスやオティヌス、ここにいない御坂美琴や神裂火織、五和、食蜂操祈などに聞かれていればと考えると血の気が引くが……あいにく上条当麻にそういうこと関係の思考力は無いし、彼女らには聞こえてはいないので別に危惧するようなことではないだろう。
ウェイターが上条たちの席に近づいてきた頃には、滝壺の怒りも、一応は落ち着きを見せていた。
「お客様、お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」
「ハンバーグセットを一つ、ドリンクバー付きでお願いします」
「ハンバーグセットですね?かしこまりました。ドリンクバーはあちらにございます」
この店のセットにはドリンクバーが付けることができる。もちろん浜面が注文したステーキセットにも、滝壺が注文したキチン南蛮セットにも付けることができ、2人はこれを追加した。浜面の手元にあるコーラも滝壺の手元にあるオレンジジュースもそれである。ちなみに注いできたのは浜面。日頃「アイテム」のドリンクバー係を務めている(押し付けられている)彼だが、今は滝壺とのデート中である。デート相手の女性立たせるわけにいかないと、自主的にドリンクバーに向かうのは当たり前、と彼の中では考えていた。
それはともかく。
「じゃあドリンクバーに行ってきますよー」
「あ!私も行く!」
「私も行きます!」
ドリンクバーに行こうと立ち上がった上条についていく形でインデックスとイブも立ち上がる。空になったメロンサイダーのコップを持つインデックスと少し残っていたサイダーを飲み干し、上条と共にドリンクバーに向かう。
「気をつけろよ」
ドリンクバーに向かうのに何を気をつけるのか。と上条は言い返そうとしたが、今までのことを思い出して、「何もなかった」ことの方が少ないことを思い出し、素直に「分かった」と返事することにしたのであった。
2,
「シン。七罪は何がいいと言っていたかな?」
「七罪ですか?確かソーダだったと思いますよ」
ドリンクバーにてそんな会話を交わしながら士道と令音の2人はメンバーから頼まれた種類のドリンクを次々とコップに注ぎ、トレーの上へと置いていく。
琴里やよしのん、七罪の指摘、「こういうことは男子がやるものだ」と言われた士道だったが、流石に8人分の飲み物を1人で運ぶというのを難しいということで令音と共にドリンクバーへと来ていたのであった。
ところがドリンクバーへと来ると大量のドリンクを運ぶためにとトレーが置かれていたのであった。これなら1人で運べる、と申しつけた士道に令音から帰ってきたのは「せっかくここまで来たし、運ぶのはともかく注ぐことくらいは手伝おう」というものだった。9人分の飲み物を注ぐというのは別に疲れはないが、何分時間がかかる。今はもう一台横に空いているし、士道たちの後ろに誰も並んではいないが、時間をかけるよりかは早く注いで戻るほうがいいだろう。そうして士道と令音は分担してそれぞれの飲み物を注ぐこととなったのだ。
すでに十香、琴里、耶倶矢、夕弦、四糸乃、そして今の会話にあった七罪の分の飲み物は注ぎ終わってる。残りは美九、そして士道、令音本人のものであった。
美九の分を注ぎ終わった士道は、隣の令音が自分の分のウーロン茶を注いでいるのを横目で見ながら、自分の分のコーラを注ごうとちょうど二台のドリンクバーの機械の真ん中に置かれたコップ置きに置かれたコップの1つに手を伸ばし──そのコップに別の人物の手が伸びたのを見て、動きを止める。
顔をコップから少しあげると、自分と同年代の、自分が目に付いたのと同じコップに手を伸ばし動きを止めている少年の顔が見えた。ツンツン髪が特徴的な、自分より少し背が低い少年である。後ろにいるシスター姿の少女と橙茶色の少女は連れであろうか。
士道が初対面の人間の外見を頭の中で整理していたように、上条も目の前の少年の外見を頭の中で整理していた。青みがかかった髪色をしたが、青髪ピアスとはまったく違い顔は中性的で、背も青髪や土御門ほどではなく上条より少し高い程度だった。
そんな初対面の相手に関する感想を抱きながら、2人がお互いに「どうぞ」と、コップを譲り合う。
正にそんな時だった。
「ふぇ?」
上条の後ろ、カウンターの辺りからそんな声がした。普段ならそんな声に反応などしない だろうが、何故かその声に上条は反応する。
後ろへと振り返る。インデックスの更に後ろにいた顔も知らない小学生くらいの少女がの手が──何者かに引きづられる。
続いて一発の銃声が鳴り響いた。
突然の銃声に店内は静まり返る暇なく、パニックに陥った人たちの騒ぎ声が埋め尽くされる。
上条や士道たちも一瞬硬直する。が、悲しかな。彼らはこのような事態に経験で慣れていた。すぐに気を取り戻し、それぞれ騒ぎの中心から離れながら喧騒の騒ぎの原因となった連中を捜しだす。
上条がインデックス・イブ、士道が令音とともにテラス席に出る頃には連中はすぐに見つかった。自分たちから名乗り出したのである。
「黙れッ!!」
再度の銃声。「黙れ」の一言と、銃に対する恐怖心が作用し、喧騒から一気に場が沈黙に移り変わる。
そこで上条はこの騒ぎを起こした連中が4人組の男だということを知る。銃を放ったのは片方のヒョロリとした男。少女の手を引き人質としてとったのはもう片方の茶髪の男だった。その他にもこの中では1番背が高くぽっちゃりとした体型の男、大きな2つのスーツケースを持ったスキンヘッドの男がいた。痩せ型の男の拳銃その場にへたり込んでいる2人の女性に向けられた。彼女たちも人質にされたようだ。全員の共通点として口に布を巻いていることが挙げられる。
「全員、この店内から出て行け!店員も含めて、全員だ!」
先ほど叫んだ茶髪の男の再度の叫び声と3発目の威嚇の銃声が、周辺いた人物が我先と店内へと逃げ出すという結果につながる。その人の波には士道たちも逆らえず、テーブルから立ち上がった十香たちと共に店外へと追い出される。
「──ほらっ!さっさと出せ!」
この声は別の男の声だった。どうやら人質の1人の女性から痩せ型の男が何か取り上げようとしている。今にも泣き出しそうな顔で急いで女性が取り出したのは携帯電話であった。
最新式の携帯電話を受け取ったのは銃を持った男ではなく、茶髪の男でその男は携帯電話を何度か弄った後、結局使い方が分からなかったのかスキンヘッドの男に渡す。男はそれを受け取ると、少し迷ったそぶりをしたものの、すぐに携帯電話を使い、何処かに連絡したらしい。
「──そうだ今すぐ逃走用の車を用意しろ。いいな。1時間だ。1時間待ってやる」
逃走用の車を恐らく風紀委員、もしくは警備員に要求したらしい。「ミーン・ストリート」には店内を囲むように店内から逃げた人物や騒ぎに駆けつけた遊園地内の警備員(当然、警備員とは何の関係もない、遊園地の運営側が雇っている警備員である)、野次馬による人垣ができており、上条たちはその最前列、士道たちはその後ろにいたのである。
騒ぎの中、琴里が耳に手を当てながら舌打ちする音が士道の耳に届いた。
「琴里?」
「付いてないわね。あいつら、近くの銀行で強盗騒ぎを起こした連中らしいわね」
この情報を聞いたのは上条たちもだった。士道たちにとっては銀行強盗など馴染みのないもの。しかし、学園都市にはこのような能力を使った犯罪は日常茶飯事である。
すぐに滝壺が手元の携帯電話で今日起こった事件について調べる。確かに、この近くの銀行で3時間程前に銀行強盗が行われている。
「恐らく金を奪うことには成功したけど、逃走に失敗して、ここに逃げ込んできたのか……!」
「迷惑にもほどがあるな」
オティヌスの言っていることは恐らくここにいる被害者全員の総意だろう。楽しい時間を遊園地に逃げ込んできた銀行強盗にぶち壊されるとは。
「とりあえずここを離れよう。彼女たちも心配だが、我々の身の安全の確保が先だ」
令音に言われて、その場から離れようとする士道一行。人質となった女性を助けたいと思う気持ちはあるが、この場で精霊の力など振るうことなどできない。仕方ないが、結局は赤の他人で、しかも自分たちはこの都市の住人ですらない。あとは風紀委員や警備員がうまくやりくりしてくれるだろう。
しかし、士道一行はその場から離れることができなかった。
「……し、……しどう……さん」
「?どうした?四糸乃……!」
急に自分にしがみついてきた四糸乃のことを見た士道は戦慄する。目に涙を浮かべ、体をふるふる震える四糸乃の左手にはあるはずの──よしのんの姿が無かったのである。
3,
「まさか…………ッ!」
事態に気づいたのは士道だけでは無かった。よしのんが四糸乃の手から離れたことに気づいた琴里や令音も目を動かし──よしのんの姿を見つける。
よしのんはテラス席の、士道たちが座っていたテーブルのすぐ近くに転がっていた。大方、先ほどの人の波の所為で四糸乃の手から離れてしまったのだろう。
「あ…………あ…………よ、よしの……ん……」
「む?四糸乃!大丈夫か!?」
「ちょっとどうしたのよ四糸乃!?顔が真っ青なんだけど!」
今は何とか耐えているようだが精神が不安定になっているのは十香や七罪たちにも目に見えていた。このままではいつ暴走するかわからない。
「ぐっ……」
咄嗟に取りに行こうとした自分を士道は自制する。今不用意に動けば、店内に籠っている強盗も刺激しかねない。強盗たちが外から丸見えなように、テラス席は強盗に丸見えなのだ。最悪、自分の身だけでなく人質の身も危険となる。
「──まずいぞ」
令音の声に反応して横へ振り向く、四糸乃がガタガタと震え出していた。間違いなく限界だ。なんとか四糸乃を鎮めなければ、そう思い士道が口を開こうとして──それよりも先に口を開いた人物がいた。
「おい?大丈夫か?」
上条だ。部外者の上条から見ても四糸乃の状態はとても「普通」とは言えない。何も知らない者から見れば発作か何かの病気にも見えた。
「よっ、よしのん…………」
「ん?…………あ、なるほど。あれか」
だが四糸乃の呻き声と、彼女が持っていたパペットが無いことに気づいた上条は辺りを見回し、よしのんを見つけ出した。そしてこの少女の状態が、あのパペットが離れたことによるものだと、理解した。
「…………よし、分かった。俺が取ってくる」
「なっ……!?」
しかし続く上条の言葉は、士道にとっても琴里にとっても、もちろん令音にとっても予想外のものだった。
目の前のこの少年は今なんと言った?「なんとかしてよしのんを取り戻さなくては」という気持ちでは誰にも負けないつもりの士道すら躊躇った行為を、平気で「やる」と言い出したのだ。
「……まさか本気とか言い出さないでしょうね」
疑い深く、否、本気だとはとても信じずに発せられた琴里の言葉は、上条がはっきりと「本気だ」と口にすることによって返された。間違いなくこの少年はよしのんを取りに行くつもりだ。
「ちょっ……!正気!?」
「なーに。気づかれなければいいんでせうよ……」
「ん……とうま?どこ行くの?」
「おまっ……おい!どこに行く!」
そう言いながら匍匐前進で前へ進む上条。慌てて引き止めようとする琴里やインデックス、オティヌスだったが、時はすでに遅かった。
士道がよしのんを取りに行けなかった最大の理由は、「人質がいる」である。もしも人質がいなければ士道も上条と同じ行動を取っていただろう。しかしそれは仮定の話だ。人質がいる以上、うかつに手出しができなかったのが士道だった。
(こいつ……何考えてん──)
「何やってんだテメェ!」
当然、ピリピリとして周囲に最大限の注意を向けていた強盗に見つからずに済むわけもなく。匍匐前進で進んでいた上条を見つけた痩せ型の男は威嚇射撃として上条に向かって発砲する。どこからか、悲鳴が上がる。
幸いにして上条に弾は当たることなかったが上条はこれ以上進めなくなる。
「…………」
「何やってんだって聞いてんだよ!立って、腕組んでこっち来やがれ!」
男が叫び声を上げる。上条は何も言わずに立ち上がると、手を後ろに組む。
琴里は心の中で舌打ちする。よしのんを取りに行こうとした見ず知らずの少年は新たな人質になるし、先ほどの銃声は敏感な四糸乃の精神状態を更に不安定にさせた。このままでは四糸乃が暴走のは目に見えている。
事態は最悪だ──それが士道や琴里が抱いた共通の思いだった。
皆さんは「見えないゴリラ」というものをご存知だろうか。これはとある心理学者が行った実験に付けられたタイトルである。初めに、見る側には「白いユニフォームを着たチームがバスケットボールを何回パスしてますか?」という指示が出される。すると白いユニフォームと黒いユニフォームを着たそれぞれ3人のチームが、エレベーターホールらしきスペースで何回もパスをしあう動画が流される。それぞれのチームが入り乱れながらパスするためパスの回数を数えるのは難しく、何とか数え終わったのち、こう聞かれる。「あなたはこの動画の最中に、2つのチームの間にゴリラが横切ったのに気づきましたか?」と。そうして見る側の多くはこう言うのだ。──気づかなかった、と。
これからも分かるように、人は1つの作業、または対象に注意を向けていると予期せぬ事態に気づく可能性は低くなるものなのだ。これは先ほどの実験からも示される、事実である。
現在、強盗も人質も傍観者も、その場のほとんどの注意が上条へと向けられていた。らこれは先ほどの実験でいう、「白いチームに注意を向ける」のと同じ状態であった。
──だからだろうか。強盗たちは自分たちの後ろに現れた少女が、人質を彼らの手の内から空間移動させたのに気づくには、ワンテンポ間があった。
「なっ……!お前!」
最初にそれに気づいたのは小さな少女を抱えていた茶髪の男だった。後ろにいきなり立っていた少女を見て、驚き後ずさる。しかしそれは少女がいきなり現れたことに対する驚きだけではなかった。
「──類人猿にしては中々頭を使った作戦でしたわね。まあ及第点くらいは付けますわよ」
そう言いながら白井黒子は、自分に拳銃を向けようとした痩せ型の男が振り向く前に空間移動で絶妙の位置に移動し、男の後頭部に飛び蹴りを食らわせた。
「かはっ……!?」
いくら非力な女子中学生とは言え、日々風紀委員として心身ともに鍛えている黒子の蹴りは、とてもでは無いが運動が得意とは言えない男の意識を奪うには十分すぎるものだった。
「くっ、くそっ!」
逃げ出すスキンヘッドの男。傍観者から新しい人質を調達しようと考えた末の行動だったが、その目論見は打ち砕かれる。
「させねぇ……よ!」
前に立ち塞がったのは浜面だった。何の武器も持たない、しかも何の能力も発動させてない──恐らくは無能力者の少年に負けるわけがない。と強能力者の男は判断し、己の能力を発動しようとする。
しかし立ち塞がったのは只の無能力者ではない。何の能力も持たず、実際に超能力者を下した唯一の無能力者なのである。何より能力にかまけ何の努力もしなかった末に能力開発の壁に阻まれ自暴自棄になったこの男と、一時は自暴自棄になりながらもそれでも立ち上がり、日々何かを守るために己の特技(その多くはピッチングや偽造パスポートといった人に誇れないようなことが多いが)を磨き、スポーツ選手のようなトレーニングを積んでいた浜面とでは、能力の有る無しを含めても、立っている場所が違った。
向かってくる男をこの前手に入れた伸縮式の警棒を使って能力発動前に無理やりねじ伏せる。
もがく男だったが、身体能力の差が違うため、その足掻きは全くの無駄となった。
「──これで残り1人ですの。大人しく自首した方が身のためですけど?」
ふっくら体型の男を金属矢で地面に縫い付け、黒子は最後の1人と向き合う。それは黒子にも見覚えがある人物だった。
「──ご無沙汰ですわね。能力は確か……絶対等速でしたかしら?」
「ぐっ……」
約一年前になろうか。黒子がまだ風紀委員なりたての頃にある事件にあった。その事件は彼女に風紀委員としての自覚を、そして相棒との絆を作り出すという重要な彼女のキーポイントであり、今も彼女には印書深い出来事であった。
その時に相対した能力者──それこそが今も再び相対している『絶対等速』の男なのだ。
「あれから約一年……懲りずに銀行強盗とは、まったく成長してないですのね、あなたは」
「なにっ!」
この一年、色々なところで成長してきた黒子にとって、目の前の男は一年前からまるで成長してなかった。同じように銀行強盗を働き、同じように失敗し、同じように、黒子と相対していた。
「大人しくお縄についた良いですの。それとも、今度こそわたくしにブチのめされたいのですか?」
男はここに来てようやく気づいた。目の前の少女は、一年前に自分に立ち塞がったひよっこ風紀委員ではない。人物は同じ、それだけは同じ。それ以外は能力も精神力も身体能力も別人のような成長を遂げていることに気づく。
勝てない。
男はそう自覚した。今の自分では──一年前とまったく同じで成長などできていない自分では、この娘には勝てないことを。
そのままうな垂れた男は──ポケットにしまってあったビー球サイズの鉄球をおもむろに、黒子とはまったく逆の方向に投げ出した。
「!」
自分に能力が来ると確信していた黒子は、まったく逆の方向へと向けられた能力の牙に一瞬、本当に一瞬、反応が遅れる。
まったく同じ速度で進む鉄球はある一点に進んでいた。
そこには──。
「類人猿!!」
泣きじゃくっていた少女にパペットを渡す、あの類人猿の姿があった。
まったく同じ速度で、銀行の防弾シャッターを軽々と貫く鉄球が、上条の背中に襲いかかろうとする。
対してそれに気づいた上条が取った行動は簡単なものだった。
振り向き、右手を突き出す。
その右手に鉄球が触れた瞬間、能力を解くかそれ自身が壊れるまでは止まらないはずの鉄球は、防弾シャッターすら破壊可能なはずの鉄球は。
右手に触れた瞬間、いとも簡単に重力によって地面に落ちる。
そして、それを見て唖然とする絶対等速の男を黒子が取り押えるのは、ほぼ同時だった。
「器物損害および強盗、そして暴行未遂の現行犯で……拘束します」
その言葉は同時に、この事件の解決を意味するものだった。
第六話「レストラン・パニック」 完
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