【銀桜】4.スタンド温泉篇
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第6話「虻も取らず蜂に刺される」
銀時はスタンド化した新八たちとレイを身体に憑依させ閣下化し、お岩に刃を向けた。
対するお岩もTAGOSAKUを取りこみ閣下となって、抗う者たちを潰しにかかった。
仙望郷の廊下で二人の閣下の拳と拳がぶつかり合い、閃光を散らす。
その中で生霊三体の力を集めた銀時の拳は確実にお岩を押している。
――勝てる!
並はずれた霊力を持つ生霊を三体も憑依させた銀時には、そんな確信が芽生えていた。
しかし。
「甘いね!」
急激に増加したお岩の霊力は、銀時を廊下の隅まで吹っ飛ばす。その衝撃で中に入っていたレイや新八たちも周囲に散ってしまった。
「あんたと私じゃスタンド歴が違うんだよ」
ただスタンドを手足のようにこき使うだけでは『スタンド使い』とは言えない。
スタンドに憑依されても意識を支配されず、取りこんだスタンドの強大な力を意のままに操る者――それこそが『真のスタンド使い』だ。
銀時とお岩の霊力は確かに互角だった。
だが己に宿った霊力を最大限に引き出さなければ意味がない。初めて閣下化したばかりの銀時はまだスタンドの力を把握し切れていなく、それが結果的に命取りになってしまった。
裂けた口で不敵な笑いをこぼしながら、お岩は生身の銀時に歩み寄る。閣下化したと同時に天井を突き破る勢いで巨大化したお岩の身体は、そのまま銀時を踏み潰しそうだった。
「ギン、私はあんたにこの旅館を継がせるつもりで扱いてたけど、まさか噛みついてくるとわね。さすが私が見込んだ男だけあるわ」
「こんなクソボロ旅館もらったって嬉しかねっての。とっとと店仕舞いしやがれ」
全身に伝わる激痛を感じながらも、銀時は揺るがない眼差しをお岩に向ける。
未だ抗う男の姿を、お岩はむしろ嬉しそうに眺めていた。卓越した霊感と負けん気をみせない図太い根性。やはり女将の跡を継ぐのはこの男しかいない。
「何をしたって無駄だよ。そう、あんたも仲間も永遠に仙望郷で働き続けるのさ。シャーッシャッシャッシャ!」
勝利を確信したお岩は笑う。優越感に満ちた独裁者の嘲笑が廊下に響く。
【もうやめなよ女将】
お岩の背後から訴えるように叫んだのはレイだった。
【女将。この旅館は行き場を失った魂をあの世へ見送ってあげる場所――盆からこぼれた水を盆に戻してやるのが私たちの役目だったはずだよ】
それがここに来て初めてお岩に教えてもらったこと。
幼い頃親に捨てられ道にしゃがみこむことしかできなかった自分に、役目と生きがいを与えてくれたのはお岩だった。
解放された魂を見届けること、そして夫妻と一緒に働けることが何より嬉しかった。
なのに……
「それをこんな所でネチネチ縛りつけやがって。死んだ奴ァあの世へ行くのが自然の摂理ってもんだろーが」
ふらつく足で立ち上がる銀時の眼は、尚もお岩を捉え続けている。
二つの視線がお岩を挟む。反発でも非難でもない、まっすぐな想いがこめられた瞳の視線が。
「何も知らないガキ共がベラベラぬかしてじゃないよ!」
怒涛の声と同時に生まれた衝撃波が銀時たちを壁に叩きつける。骨が軋むほど身体が圧迫される。
「ああそうさ。その通りさ!!けどね、どう戻したってこぼれ落ちちまう水があるんだよ。未練を断ち切れない奴がいる!!どうしたって癒えない傷を持つ奴がいる!ここはそんな行き場のない亡者たちの唯一の居場所なんだ!」
ここがなくなったらスタンド達はどうなる?どこへ行く?誰がスタンドたちを救える?
私しかいない。ずっとスタンドと共にしてきた私しかいない。
女将として、真のスタンド使いとして、この旅館を護らなければならない義務がある。
さ迷う魂たちを救う、神に与えられた使命がある。
そう、選ばれた人間。私は神に選ばれた人間なんだ。
神に選ばれた私の仙望郷を潰す奴は絶対に許さない!
幼い頃からスタンドが見えていたお岩には、いつしかそんな使命感で溢れていた。
「ギン、それを奪おうとした罪は……」
仙望郷の猛者はゆっくりと拳を引き上げる。目の前の反逆者に制裁を下す為に。
ただ――
自分の声が次第に悲鳴に近くなってゆくのを、お岩は自覚していなかっただろう。
その姿がまるで泣き喚く子供のようだったことにも。
「重いよ!!」
巨大な拳が容赦なく銀時に振り下ろされた。
鈍音。
砕かれた骨と肉。致命傷にならないよう手を抜いたが、へこんだ身体ではもう戦えまい。
吠える犬は一度手強く躾てしまえば大人しくなる。次に銀時が目覚めた時は、お岩の従順な飼い犬になっている――そう思っていた。
「!?」
無音。
骨が砕かれた音も肉が潰れた音もしない。あえて言うなら拳に小さな打撃音。
お岩の鉄拳は銀時に直撃する寸前に止められた。
そして巨大な拳は強引に押し戻されていく。
銀時に背を向けて立つ人影によって。
それを目にしたお岩は驚愕した。
「おい、貴様。何をしている」
訳が分からないまま疑問を投げられる。だが聞きたいのはお岩の方だった。
どうしてお前が逆らう。なぜお前が閣下化してる。
倒れる銀時の前に立ってお岩の拳を受け止めているのは、白塗りの肌に裂けた口、そして逆立った銀髪。まさしく、閣下化した双葉だった。
「あんた…なんで…」
混乱するお岩からもれた疑問に、双葉は嘲笑の啖呵を切って答えた。
「誰が貴様に仕えると?誰が貴様に従うと言った?」
裂けた口から歌うように奏でられる言葉は少しずつ強張っていき、押し戻す力も比例するように増していく。
「兄者に楯突くのは、この私に楯突くことだぞ!」
爆音。
双葉の手から放たれたのは、圧縮された空気の塊。それは巨大な蒼い光弾へ変貌し、お岩を吹き飛ばした。
直撃はしたもののお岩はとっさに身を丸め、床をずり滑ることで横転してしまうのを回避する。
だがまだ油断できない。
次の攻撃が来るよりも速く反撃しなければ、こちらが完全に不利になってしまう。
そうして見開いたお岩の瞳に飛びこんできたのは――余裕に満ちた閣下の笑顔。
「さぁ!お楽しみを始めよう!!」
目前に迫った双葉がお岩の顔面を殴ったのは次の瞬間だった。
一発、二発、三発、パンチの連打が腹部を直撃。
顎に突き上げる痛みを繰り出す足からのアッパーカット。
頭上に激痛を降下するかかと落とし。
直後、お岩の頭は轟音と共に木の破片をまき散らして床にのめりこんだ。
『圧勝』。
その単語通り、双葉は完全にお岩を押していた。
体格の差からして巨大な図体のお岩が断然有利のはず。
だが双葉の攻撃は確実にお岩にダメージを与えていた。まるで攻撃の一つ一つに強大な力が宿っているかのように。
――おかしい!こんな小娘がどうして……!?
確かに双葉にも霊感はあった。しかしこれほどまで強力なものではなかったはずだ。
――いいや、それ以前に誰を憑依させた?
レイも三人の生霊も、お岩と双葉の攻防に目を丸くして見ている。銀時の意識が双葉に憑依したかと思ったが、彼もまた生身の身体で戦いに釘づけになっている。
仮にこの場にいる奴ら以外だったとしても、TAGOSAKUに勝てるスタンドはこの仙望郷にはいないはずだ。いや、この世界のどこにも……。
「――!?」
静かだ。
旅館の中が静か過ぎる。数百といるスタンドたちの姿がどこにも見当たらない。
霊気さえ……いや、霊気はある。戦うのに夢中で忘れていたが、お岩は再び感じとる。
仙望郷のスタンドたちの霊気が沸き上がってくるのを。
容赦なく攻撃を放つ目の前の――小娘の身体から。
――まさかこの女……!
お岩のある推測が確信に達した瞬間、女将の巨体が大きく舞い上がった。
真っ白な雪に覆われた仙望郷の庭に青白い光が炸裂する。その直後には巨大な物体が勢いよく横転し、純白の絨毯を荒削りした。
ほぼ観戦状態の銀時とレイたちが急いで庭へ駆け出す。そこにはお岩と双葉が距離を置いて対峙していた。
「この私がここまでコケにされるとわね」
「塵も積もれば山となる、だろ」
なるほどね、とお岩は苦笑した。
細身の体躯から沸いてくる重厚な霊気から女将は察した。双葉が仙望郷全てのスタンドを取り込んだ事を。
確かに数百のスタンドを一つに固めた霊力なら、お岩に圧勝できるだろう。蟻の大群が遥かに巨大な蜂を殺すのと同じ脅威だ。
ただし、これには相当な負担がかかる。
「けど、あれだけのスタンドを取り込んだんだ。そろそろ限界だろ」
「お見通しか」
今度は双葉が苦笑した。
スタンドを取り込むのは、別の意識を無理やり頭の中に押しこめ圧迫され続けること。数百のスタンドという重荷がのしかかった意識は、いつ潰されてもおかしくない。
ゆえに大量のスタンドを取り込んだ長期の閣下化は、命の危険に及ぶ。
「そこまでしてアイツらを守りたいか」
「駄メガネ共のことなど知ったことじゃないな」
「ならそんなに仙望郷が欲しいのかい」
「遺物の残骸に用はない」
「じゃあ何がしたい」と未だに双葉の真意が見えず、お岩は半ば汗ばんだ声を吐く。
対する双葉はフッと軽く鼻を鳴らした。
「貴様が旅館を牛耳ろうが、駄メガネ共をこき使おうが、興味ないな」
双葉は冷徹に言い放った。
そして。
「だがな――」
跳躍。
一気に間合いをなくし、お岩にしか届かない声で―されど力強く―双葉は言った。
「兄者に手を出すのは断じて許さん」
双葉の拳が食いこんだお岩の顔面はありえないくらい歪み、そのまま卒倒してもおかしくなった。
だが歪な表情は、突如不敵な微笑に変化する。
跳躍により空中浮遊する双葉の身体は、何の防御もなく完全に隙だらけ。
それを見逃すはずもなく、お岩は巨大な拳で双葉を鷲掴みした。
「捕まえた!さっきは油断したけど、もう容赦しないよ!」
バキバキバキバキ――そんな音が聞こえてきそうなくらい、お岩の手は双葉を締めつけていく。まるで捕えた獲物を決して逃さまいと巻きつく大蛇のように。
「フゥ!」
「近づくんじゃないよ」
駆けつけようとした銀時たちだったが、双葉を握りしめた拳を見せつられ足が止まってしまう。下手に動けば双葉は即握りつぶされるだろう。
その場に立ち尽くす銀時たちを眺めたお岩は、拳の中に捕えた双葉へ向き直る。
「さぁ、返してもらおうかね!スタンドを束にして噛みついてきたことは褒めてやる。けどね、私とTAGOSAKUはそんな寄せ集めの力で殺られるようなタマじゃないよ!!」
数百のスタンドの霊力とはいえ、所詮は下級霊の集合体。数千の蟻の大群も人間の手が加われば一振りで散ってしまう。
それに元々は自分が牛耳っていたスタンドたち。手元に戻すなど容易いこと。
少なくともお岩はそう考えていた。
「……くっ」
双葉の口からもれる小さな声。
それが締めつけられる苦痛で呻いているのだと、お岩を含めた誰もがそう思った。
「……クッフフフフ」
だが彼女に浮かぶのは――微笑。
白塗りの顔に刻まれた揺るがない笑みは、お岩にある種の恐怖を感じさせる。
「ありがとな。遠ざけてくれて……」
唐突なお礼にお岩は首を傾げた。
だが考える暇もなく、さらなる追い打ちがお岩に降り注ぐ。
「捕まったのは女将、貴様だ!」
刹那――双葉の身体から眩い光が爆発した。
=つづく=
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