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【銀桜】4.スタンド温泉篇

作者:Karen-agsoul
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第5話「旅行先ではだいたいケンカする」

 

 仙望郷で働くことになった坂田兄妹。だが兄は失敗の連続だった。
 まず客の荷物であるスタンドの生首を持ったら誤って腕に巻きついてしまい、振りほどこうとした勢いで庭に投げ飛ばしてしまった。次に骸骨の背中を洗い流せば骨ごと洗い流し、お茶を出そうとすればスタンドに驚いてぶっかけてしまう有様で、客からはクレームの嵐だった。
 相手は銀時が最も苦手な幽霊。当然と言えば当然の失敗だ。
 しかし仙望郷の女将はそんな理由じゃ許してくれない。
「あたしの見込み違いだったかね。こんなデキの悪い奴だなんて思わなかったよ。それに比べてアンタの妹はよく働くね~。無愛想なのがキズだけど、逆にそれがウケてるみたいだよ」
 珍しくお岩がすんなり褒めるのは、優雅な体つきをした銀髪の女性。銀時にとっては今一番頭を悩ませている妹のことだ。
 他人から命令されることを最も嫌う妹が、素直に、素直にお岩の言う事を聞いている。
 命令されたら逆に倍返しで命令するほど傍若無人な振る舞いをするのに、仙望郷で淡々と働いている。
 といっても乱暴な言葉で応対し、音を立て茶碗を突き出す、挙句の果てには自分でやれと客に向ける態度は決して良くない。むしろ最悪だ。
 しかし無愛想な面の『ツン』と、なんやかんやで最後はやってくれる『デレ』という二面性のギャップがとても効果的な魅力――『ツンデレ』になり、美人な容姿も相まって客からのウケが非常に良いのだ。
 またスタンド化した長谷川はマダオ談義に花を咲かせ、客だけでなく従業員の良き相談相手になっている。何をやってもまるで駄目だった男は、お喋りするだけで(スタンド)から慕われ「天職見つけた」と泣いていた。
 つまり足を引っ張っているのは、銀時だけなのである。
「あんたももっと頑張って欲しいもんだよ」
 期待外れの新人に溜め息を吐くお岩に、銀時は冷や汗垂らして自分の言い分を主張する。
「俺だって頑張ってるよ。スタンドの背中流せるようになったし……。だからもう帰して」
「馬鹿言っちゃいけないよ。成果出してもらうまで帰さないからね」
 その一言にカチンときた銀時は立ち上がって喚いた。
「ザケんじゃねェ、てめェらエラそうな口叩きやがって!俺だってもうスタンドに慣れたんだよ。んなちっこいスタンド屁でもねぇわ!あんだけ頑張ったんだから俺はもう帰るぞ!」
【甘ったれてんじゃねェ!】
 肩乗りサイズだったお岩の幽霊(スタンド)が、突如部屋全体を埋め尽くすまで巨大化した。
【仕事はなァァ結果出して初めて評価されるんだよ!頑張ったって結果がついてこなけりゃ何の意味もねェェ!!わかったかこのごく潰しがァァ!!!】
 銀時の反抗は大迫力の声によって軽々と押し潰された。あわあわ狼狽えて「調子に乗ってスイマセンでした」と土下座しながら肩を震わせるしかない。
【フン、肝っ玉の小さい奴め】
「もう接客はいいよ。ギン、裏方に回って雑用でもやってな。表に出られちゃ『仙望郷』の看板に泥をぬられるだけだからね」
 次々と降りかかる罵声にどうしようもない怒りがこみあげる。
 ピキピキピキ――堪忍袋の緒が切れるのは目前に迫っていた。

* * *

 銀時がお岩の説教をくらっている部屋の外でレイは浮遊していた。
 別に待っているつもりはないが、世話係を任された身であるため彼を見ておかなくてはいけない。上司に叱られた新入りに、励ましの言葉をかけてあげるのも先輩の務めだ。
 もっとも、これは彼女が独断でやっていることだが。
【あんた……】
 銀時と同じ銀髪の女が廊下を歩いてくる。
 部屋の中の兄が心配で来たのか。――と思ったら、彼女は部屋を気にする素振りも見せずレイの横を通り過ぎるだけだった。
 その行動に多少の違和感を覚え、レイは通り過ぎた背中に疑問を投げた。
【あんた、自分のお兄さんが馬鹿にされてなんとも思わないの?】
 自分が傷ついても、所詮その痛みは自分しか知らない。いくら身を投げようが、その苦しみが振ってかかってくるのは自分のみ。同様に他人の痛みや苦しみも、どうやったって自分には味わえない辛さだ。
 しかし、自身が感じる苦痛はよく分かる。
 だからこそ相手を傷つけたくない。ゆえに自分より友人や家族を傷つけられた時ほど、人の怒りは大きい。それが大切な人なら尚更だ。
 双葉にとって銀時は大切な人なのだろう。昨日自分に向けられた視線から分かる。
「なんとも?そんなの……」
 歩みを止めた双葉の語尾が一瞬だけ詰まる。
 そして――
「あるわけないだろ。なぜ私が兄者の心配をする必要がある」
 そう言い捨てて彼女は去って行った。

* * *

 薄暗い廊下を歩く。幾度も探し回る。
 だが望むものは見つからない。
 代わりに青白い火の玉が現れる。無数の声が響く。
【【【―――】】】
 無数の声のたった一つの願い。
 その願いの中に求めているものはない。
 だが幻想を模索する影は静かに頷いた。

* * *

 行き場のない状況に頭を抱えるが、もう一つ銀時を悩ませている事がある。
 定期的に甘い物をとらないとイライラするだけの銀時と違って、双葉は数日ピザを食さないだけで禁断症状が出るほどのピザラー。収入の不安定な万事屋で毎日ピザを食べるのは無理なので、いつもはトーストパンにチーズをのせたピザ風食パン・通称「ピザもどき」を食べている。
 だがそれでも数週間に一度食べないとイライラする体質だ。そんなピザラーがもう二日も食べていない。ピザもどきすらろくに食べれないこの環境を一番嫌う人間が文句ひとつ言わない。
「アイツまさかキャラ変更しやがったか!?」
 そんな考えが頭をよぎったが、部屋のゴミ箱にある残骸を見つけた。
 『じゃがりこピザ味』の空カップが三つ。

“ピキ”

 銀時はズンズン歩いて廊下にいた双葉に迫った。
「フゥ、テッメェ一人だけでピザ分摂取してやがったな!ざっけんじゃねぇぞ!ろくに糖分取れてねー俺ァ限界突破(リミットブレイク)寸前だコノヤロー!!」
 食べ物の恨みは恐ろしいと言わんばかりの怒声が廊下に響く。
 だが返事はなかった。
「おい、聞いて……」
 銀時の怒りは一瞬だけ静まる。
 瞳はどこも見ていない。彼女はただ呆然と立っていた。
 時々、双葉はどこかを見ている。現実(いま)も誰も映していないような瞳で。
 それはここ最近気づいたこと。様子はおかしいと薄々思っていた。
 だが今は怒りの方が大きくて、その疑問は消し飛んだ、
「聞いてんのかァァァ!!」
 激しい怒声で双葉は我に返ったように銀時に目を向ける。
「なんだ兄者。いたのか」
「さっきからいたわ!つかコレ!!」
 突き付けられた空のお菓子箱に、「ああ」と双葉は自分のモノと素直に認めた。
「オメー、来る前からここがどんなとこか知ってたんだよな」
「ああ。ネットの噂だったから信憑性はあまりなかったが……」
「だったら言えよ!」
「言ったら来ないだろ。せっかくの旅行を台無しにするなんてもったいない」
「旅行ってこれ心霊ツアーじゃねーかァァ!んなもん台無しになっていいわ!」
 悲鳴に近い声を上げる銀時。冷めた眼で返されるのがいつものオチだ。
 だがこの時、双葉の表情にはどこか陰が堕ちていた。
 しかし思い思いに叫ぶのに夢中な銀時はそのことに気づかなかった。
「新八たちだって閣下にされちまって、どうしてくれんだよ!」
 仙望郷に来なければ新八たちは閣下にも、永遠にUNOをし続ける運命を強いられずにすんだ。彼らがそんな姿になってしまった原因は、少なからず双葉にもある。無論、彼女だけのせいではないが、知ってても黙っていたことはこの状況を作り出したのと同じだ。
 そのことは双葉も分かっているはず。しかし彼女の口から出たのは別の答えだった。
「なぁ兄者。閣下になったアイツらはどこに行ったんだろうな」
「何言ってんだ?誤魔化してんじゃねェ」
「簡単にとり憑かれるような弱者の事など知ったことじゃないな」
 吐き捨てるような一言。それは兄妹の間に小さな亀裂を生んだ。
「おい!」
 腹黒い性格の双葉が他人を見下す物言いはいつものこと。
 だが自分の落度も認めない、身勝手で無責任な行動は兄として許せない。それが新八たちを傷つけるようなら尚更だ。
 銀時はこの場から去ろうとする双葉の腕を掴んで、無理矢理振り向かせたが――



「……」
 彼女は他人を見下すでもなく、悲しいような、孤独な瞳をしていた。
 ただそう見えただけかもしれない。
 だが、自然と言葉も掴む力もなくなってしまう。双葉も何も言わないまま部屋へ戻って行った。
 このまま追いかけるべきか。しかし、重い何かを含んだあの瞳に何て言えばいいのか。
 怒りもすっかり失せてしまって、中々言葉が見つからない。
【喧嘩でもしたの?】
「るっせーな」
 いつの間にか後ろにいたレイに苛立った声を吐く。
 このままこの幽霊(スタンド)と一緒にいても空気が悪くなるだけだ、と銀時は裏方に戻ろうとした。
【ちょいと待ちな】
 レイに呼び止められ、銀時は不満な(つら)をしながら振り向いた。
【これ】
 無愛想なレイが手にするのはトランプ。
 身に覚えのないものを差し出され、銀時は首を傾げた。
「なんだよ。これで仲直りしろってか」
【馬鹿だね。あの()の荷物から落ちてたのだよ】
「双葉の……?」
 レイが言うことに銀時は耳を疑った。
 他人と親しむことをあまりしない双葉が遊び道具を持ってきていたことが信じられない。
 けれどトランプはオンボロ旅館には似合わない真新しい品物だ。レイが言ってることは嘘ではなさそうだ。
【あの娘、ほんとはあんた達と一緒に楽しみたかったんじゃないの?】
 レイの憶測は銀時に過去の記憶を蘇らせた。
 若かりし頃の銀時とかつての旧友たち、そして双葉は共に泥にまみれ血にまみれ、戦場を駆け抜けていた。それが彼らの『青春』だった。
 現代(いま)でいえば友人と話したり遊んだり、女の子なら化粧や恋愛話で楽しむような年頃だっただろう。だがそんな甘ったるい『青春』などなかった。
 無論、布団の中で友達と朝までお喋りしたりトランプしたりと、そんな修学旅行のような思い出もない。
 しかし体験してないからこそ、双葉は密かに望んでいるのかもしれない。
 だとしたら今回の旅行を一番楽しみにしてたのは、双葉だったんじゃないだろうか。
 鬼兵隊にいた頃の話をあまり聞かないが、おそらくあの中で仲間とたわむれる事はなかった筈だ。
 新八と神楽、そしてかぶき町の人々に囲まれた自分と違って妹はいつも孤独の中に……。
 ずっと追い求めているのかもしれない。『青春』を戦場で過ごした彼女だからこそ――
【あんた謝ってきな】
「冗談じゃねぇ。なんで俺が……」
 口を尖らせる銀時にレイは軽く溜息をついた。
【わかってないね。こういうのは兄貴が素直に謝っとくもんさ】
 反射的に拒んだものの、銀時には後悔に似た念があった。

 戦場に立つことを自ら望んだ妹。日々天人を斬り殺し、いつしか『銀桜』と呼ばれ血にまみれた。
 それでも仲間の『笑顔』を護るために戦っていた妹を止めようとしなかった。
 戦いの中で目覚めた狂気の苦しみに堕ちた妹を。

『さよなら』

 そして妹の手を離してしまった。護ると決めたその手を。
 もう戻らないと思っていた。
 でもまたこうして自分の元にいる。
 それなのに近づき過ぎるほど、荷の重さを忘れてしまう。

――謝っとくか。
 そうして銀時はレイからトランプを受け取り、双葉のいる部屋の前に立つ。
 妹が抱く他愛ない憧れに気づけず、また手離してしまうところだった。
 そんな自分に歯がゆさを感じるが、とりあえず今は素直になることが大事だろう。
「おいフゥ。さっきつーか……悪かっ――」
 銀時は不器用に部屋の襖を開けた。
 そこで彼が見たのは――
「ん?」
 崩れた和服。剥き出しの艶美な背中。
 寝巻に着替える途中の妹。
 そう、双葉は半裸だった。



























「あ…」
 お互いの時間がしばらく凍る。
 そして――

“ボカッ”

 (あご)から突き上げる激痛。
 双葉のアッパーカットが炸裂したのだった。

* * *

【駄目だったようだねぇ】
 廊下に響く銀時の悲鳴を耳にして、レイは兄妹喧嘩の行く末を悟った。
 無口で無愛想の堅苦しい妹。よく喋る脱力した目の自由気ままな兄。
 それだけ見ると性格は正反対の兄妹で、最初は本当に兄妹かと疑わしく思った。だがどちらかが怠け者だともう片方はしっかり者になり、それで世の中のバランスが保たれていると女将から聞いた事がある。あの兄妹がまさしくそうなのだろう。
 一見中身に共通点がない兄妹――しかし仙望郷において通ずる所が一つある。
 あの銀髪の兄妹は双方とも強力な霊感の持ち主だ。本人達に自覚はないようだが、力を引き出せばあの二人はお岩に匹敵するスタンド使いになるだろう。
 廃墟と化してしまった仙望郷を変えられるかもしれない。
 本来の仙望郷に戻れるかもしれない。
 だが問題が一つある。憑依する『幽霊(スタンド)』だ。いくら使い手に力があっても、武器がサビついていては意味がない。下級霊(ザコ)の自分が銀時たちに憑依したところで、お岩には勝てない。
 強力なスタンドが必要だ。TAGOSAKUに匹敵する霊力を持つスタンドが。
 しかしそんなスタンドは仙望郷にはいない。仮にいたとしても、お岩が放っておかないだろう。
 廊下を浮遊しながら思案を深める。だがやはり肝心のスタンドがいなければ話にならない。
 仙望郷(ここ)を、お岩を救う事はもう無理なのだろうか。
 そう思ったさ中、ある人影が廊下を通った。
 驚くレイの瞳に映ったのは――

* * *

 雪が深々と降る夜。縁側の片隅で柿ピーをむさぼりながら銀時は思う。
――なんで……なんで俺ばっか。
 スタンドたちが渦巻く地獄のような場所で無理矢理働かされ、マダオよりも使えないとののしられ、妹にはアッパーカットを入れられ、挙句に閣下たちのUNOの雄叫びで毎晩眠れない始末。
――俺ばっかり……。
 主食は柿ピーのみで腹も存分に満たされない。妹も軽蔑の眼差しで見てくるばかりで声をかけることすら許されない。兄の威厳も人間の尊重も何もかも潰された。
 そして残るのは不満。
 不満、不満、不満が募る。
【限界?】
 襖からスッと現れたレイが問う。
「ああ、俺 限界突破(リミットブレイク)だよ。もう知るか。こんなボロ旅館スペースシャトル乗ってとっとと出てってやる」
【出ていきたいなら出てけばいいさ。私は別にかまわないけど、閣下になった仲間達は永遠にUNOをし続ける。あんたの妹だってこのままお岩にこき使われるのよ】
 それはつまり人質。
 言われなくてもわかっていたこと。だから仙望郷(ここ)から出ることも何もできずにいた。
 スタンドたちを掌中に収めるお岩がいる限り一生ここで働かせられるだろう。
 そう、お岩がいる限り。
「だったらやること決まってんだろ。スタンドがなんだ。閣下も女将もクソも関係ねェ」
 募った不満はやがて憎悪に変わっていく。
 そして憎悪もまた別の形へ変貌する。
「全部まとめてこの旅館ごとブッ潰す!」 
 仲間を傷つける者全てを倒す敵意を宿した眼光に。
【その眼だよ。その眼を待ってた】
 直に受けた宣戦布告にレイはフッと笑みをかけた。
【初めて会った時から、あんたはこの温泉旅館に革命を起こす男だと信じてたよ。私も少ない賃金でスタンドをこき使い私腹を肥やす女将のやり方にはもうウンザリだったんだ。ギン、あんたは女将に匹敵するスタンド使いの素質を持ってる。一緒にこの温泉旅館に革命を起こそうじゃないのさ】
 淡々と反抗の意を語るレイから勧誘の手が差し伸べられる。
 もちろん銀時はその手を取る気だったが、一つ疑問があった。
「……勝てるのか。あの女将のスタンドに」
 十年前に他界したお岩の亭主――TAGOSAKUはその後もスタンドとなり、彼女と共に仙望郷を牛耳っている。それゆえにTAGOSAKUはとてつもない霊力の持ち主だ。彼が発する強大な霊圧は、生身の銀時すら押し潰そうとするくらいのものだった。
 真剣な顔つきで問われたレイは自嘲気味な表情で告げる。
【そうだね、私みたいな並のスタンドが束になっても敵う相手じゃない】
「なら……」
【けど戦うのは私たちだけじゃないよ】
 レイの言葉に続くように、襖から三体のスタンドが現れた。
 冴えない顔にメガネをかけた少年、まだ容姿に幼さが残る少女、髪を一つに結い上げた二十歳近くの女性。
 それは銀時にとって最も見馴れた顔ぶれだった。
【銀さん】
「お前ら!?」
 驚愕する銀時の前に浮遊するのはスタンド化した新八、神楽、お妙だったのだ。
【あんた相当慕われてんだね。並大抵の想いで生霊になれるもんじゃないよ】
 『生霊』。それは誰かに抱く相当な怨念か根強い想いがない限り、具現化しない幽霊(スタンド)
「……だな。俺こいつらに相当恨み買われてっから」
 不服そうな口ぶりの割に、彼はほくそ笑んでいた。
【そうネ。散々もらってない給料の恨みは深いアルヨ】
【いい加減払ってください】
【こんなオナラ臭い旅館はやく出て行きたいわ】
 それぞれが勝手なことばかりぼやく。
 TAGOSAKUに勝つためには、それに匹敵する最強のスタンドが必要だ。
 生霊となってそびえる三人。
 人の想いは時として奇跡を起こす力を持つ。強き想いによって生まれたスタンドは、同時にその想いに比例する強大なチカラを持つ。
「最強のスタンド……んなもん目の前にあらァ!」
 勝利を確信した笑みを浮かべ、銀時は拳を強く握りしめた。

*  *  *

 仙望郷の廊下。
 長年お岩に仕えていた男のスタンドは、慌ただしく廊下を浮遊していた。今この旅館は徳川家康公の湯治を明日に控えて、その準備に忙しい。
 ……はずだが他の従業員たちの姿が見当たらない。
 ただでさえ人手が足りないのに、と愚痴をこぼしながら探し回る。
 すると向こうの通路にこの前女将が雇ったばかりの新入りが歩いていた。魅力的な容姿と無愛想な態度がお客にウケて、はやくもこの仙 望郷のトップになりつつある若い女性だ。
【新入り。ちょうどよかった。手伝ってくれ】
 呼ばれて静かに歩みよってくる新入り。
 仕事の説明をしようと、スタンドが口を開こうとしたその時だった。

“グスッ”

 スタンドに実体はない。
 だが女の手は確実にスタンドの身体に突き刺さっていた。
「貴様のタマシイいただくぞ」

“ジュルリ”

 異様な音を轟かせ、スタンドは青白い火の玉となって女の掌中に収まる。
「いただきます」
 女は掌中の火の玉をゴクンと飲みこんだ。
 しばし口の中で歯ごたえを味わう。だが肝心の『味』はない。
 なのに女はどこか満足そうだった。
「さて残るはマダオのみ。あの男が鍵を握る、か……」

 そして女は薄暗い廊下をまた歩き続ける。

=つづく= 
 
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