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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十 平穏来ず

 
前書き
あけましておめでとうございます!!
新年なのに不穏なタイトルでごめんなさい(汗)
今年もよろしくお願いします!!

 

 
「いいな、綱手。早急に大名を呼ぶ。五代目火影の就任を宣言するのだ。里は本日より、その就任式の準備に入る」
「御触れを出せ。数日の内に里の者にもこの事を伝えよ。五代目の披露をせねばな」

テキパキと部下に指示する、御意見番二人。彼らは慌ただしく動いている一方で、無意識に安堵の溜息を漏らしている。
部下に命じて彼らを観察していたダンゾウは、眉間に深い皺を刻んだ。


「しくじったな、サイ」

ちらりと横目で睨むと、目前にて項垂れていた少年の頭が益々下がる。恐縮する彼に構わず、ダンゾウは淡々と叱責した。

「うちはサスケから署名状を奪う。そういう手筈だったはずだが…?」
「……申し訳、ございません…」
感情の一切を表に表さないように育てた故、少年―サイからは何も読み取れない。
けれどその瞳は確かに揺れており、彼もまた人の子なのだと、皮肉げにダンゾウは冷笑を口許に湛えた。
「………もうよい」
深く溜息をつくと、サイの肩が僅かに跳ねる。勢いよく顔を上げたかと思うと、彼は主に懇願した。

「今回の件、本当に申し訳なく思っております。けれど、どうか……っ」
「…………」
再度深くサイが頭を垂れる。彼の望みをダンゾウは即座に察した。けれどあえて何も答えず、立ち去りかける。

「ダンゾウ様…」と切望の眼差しをひしひしと受け、仕方なしにダンゾウは肩越しに振り返った。
冷然と言い渡す。
「…お前の兄は、失態を演じた弟に果たして会いたいと思うか?」

去り際の無慈悲な一言。
ひゅっと息を呑み、悲嘆に暮れるサイの存在をダンゾウは背中に感じた。けれど無情にも踵を返す。
否、彼はわざと冷酷に徹したのだ。

サイが兄と慕うシン。彼が本物のシンではないと唯一知る為に。

自らが鳴らす、こつこつという杖の音。天井にこだまするその音は、ダンゾウとサイが知る真実の相違と同様に、いつまでも響いていた。














軽やかな足取りで街中を駆ける少年を、道ゆく人々が微笑ましげに眺めている。少年の頭上を陣取る子犬の存在も、心暖まる光景の一部だ。
里人達の視線を、快活な笑顔で受け止めた少年――犬塚キバは、久方ぶりの休暇に胸を躍らせていた。

いつものように頭の上に乗っている相棒も、ふんふんと鼻を機嫌良さそうに鳴らしている。
珍しく任務が無いので日課の散歩を終えた後、何をしようかと、キバは相棒である赤丸に声を掛けた。

不意に頭上で嬉しげに赤丸が吼える。相棒の視線の先を追って、キバは眼を瞬かせた。

昔、悪友達と共によく遊んでいた公園。
そこで見知った顔が揃ってブランコに座っていた。どうやら漕いでいるわけではなく、話をしているようだ。

彼らの姿を見た瞬間、キバの上向きだった機嫌は一気に下降した。突然不機嫌になった主人に動揺する赤丸に構わず、公園内をずんずん進む。
昔馴染みの香りがふわりと鼻を擽った。

ブランコで足をぶらぶらさせている小柄な背中。髪ごと抱き込み、揺れる金に鼻を埋める。
途端に隣のブランコから放たれた怒気に、キバは彼女の髪に鼻を埋めたまま、秘かに笑った。

「よお。ナル・シカマル」
「キバ!!」

突然キバに後ろから抱きつかれ、ナルが素っ頓狂な声を上げた。
驚くナルの頭に顎を乗せ、キバはちらりと彼女の隣に視線を遣る。寸前までナルと話していたシカマルが不快げに顔を顰めているのを視界の端に捉え、キバはくっと口角を吊り上げた。


木ノ葉の里に綱手を連れ帰った自来也とナル。
火影候補として綱手を連れてきた自来也だが、既に『根』のダンゾウが有力補であり、挽回は不可能に近かった。
けれど綱手に勝負を仕掛けるというサスケの一見騒動染みた行いが、里の名族達の署名状受け取りに繋がる。
結果、木ノ葉の五代目火影として綱手は無事就任出来たのだ。

以上から影の功労者として挙げられるナルとサスケ。
だがどこか元気がないナルのことが気掛かりだったシカマルは、やや強引に彼女を公園へと連れ出した。そして言葉巧みにアマルの一件を聞き出していたところ、キバが割り込んできたのである。


「何やってたんだ?」
「お前には関係ないだろ、めんどくせー」
眉を顰めるシカマルの不機嫌そうな声音をよそに、ナルがキバの腕の中であっさり答える。
「ちょっとシカマルに相談に乗ってもらってたんだってばよ」
「ふぅ~ん…」
半眼でキバがシカマルを見れば、逆に鋭く睨まれる。さっさとナルから離れろという視線にキバは小鼻をうごめかした。わざと得意気に鼻を鳴らせば、シカマルの眉間の皺が一層深くなる。

バチバチと火花を散らすキバとシカマル。
それに気づかず、唇を尖らせたナルの訴えで二人の秘かな諍いは一先ず幕を下ろしたのだった。
「っていうか、重いってばよ!キバ」















「……くそッ、」
蹴った傍から凍る木々の枝に、彼は思わず悪態を吐いた。身体に纏わりつく冷気を振り払うように駆ける。

木々の合間を縫う黒髪は、綱手が火影に就けた影の功労者の一人であるサスケ。
彼は現在、命の危機に晒されていた。


「逃げても無駄ですよ」
静かに語り掛けてくる追っ手。かつて波の国にて対峙した白の涼しげな声に、サスケは眉を顰めた。
すぐさま傍らの大木に身を潜め、周囲を警戒する。

両手で掬えそうなほど濃い霧が立ち込める中、彼は瞳を閉ざした。姿無き敵をわざと挑発する。
「【霧隠れの術】。幻術に掛かりづらくする為には確かに効果的だな」

既に白の術が発動している故、視界はすこぶる悪い。普通の人間ならばあっという間に息の根を止められているだろう。
それほど【霧隠れの術】の濃霧は深く、視力を奪われた者を尽く術中に陥れる。

「だが残念だったな。そいつはこの眼には効かねぇよ」
赤く光る瞳の中、廻り出す車輪。眼を開けるや否や【写輪眼】をサスケは発動した。
声がしたほうへ眼を凝らす。


突然襲い掛かった白にどういう経緯があるのかはわからない。けれどサスケが知る限りでは、白は波の国で死んだはずの人間だ。
イタチと邂逅した際、橋まで誘導されたにも拘らず、兄との和解の一件で彼が何故生きているのかという疑問はうやむやになってしまった。だが、こうして再び自分の前に現れたからには、木ノ葉の者ではない忍び、それも霧隠れの抜け忍を逃すわけにはいかない。


ダンゾウの火影就任を食い止められたと安堵した途端、訪れた厄介事。
思わず溜息を零したサスケだが、さっさと白を倒す為、気を取り直して霧を見渡した。
どんなに深い霧でも【写輪眼】の前では意味を成さない。

大木の太い幹に身を隠し、サスケは印を結ぼうと手を組みかけた。だがその瞬間、視界の端でキラリと光る物を捉え、首をめぐらす。カッ、と幹に何かが突き刺さった。

白の得物である千本。

寸前まで首があった箇所に刺さったソレにゾッとして、サスケはすぐさま身構えた。声がした方向とは真逆の方面から飛んできた千本を訝しむ。


現在サスケがいる場所は中忍第二試験の会場だった『死の森』。特にあまり人がおらず、アカデミー生徒も利用しない場所を考えた結果だ。
敵から身を潜める所が多く、尚且つ障害物が多い点を考えれば、森が最適だと判断したのである。


(…地の利は此方にある。落ち着け)
ドッドッ、と高鳴る心臓を落ち着かせるため、サスケは己に言い聞かせた。
片や木ノ葉の人間、片や他里の人間。自身に軍配があがるのは必然であり、相手が自分の位置を掴めたのはただの偶然。そうに決まっている。


「此処を選んだのは間違いでしたね…」
だがサスケの考えとは裏腹に、冷静な声で白は言い渡した。霧の中、再び告げられる死の宣告。
「この森の名の如く、死んでください」

そう宣言されるや否や、サスケは咄嗟に飛退いた。前方の木に飛び移り、寸前まで己がいた場所に視線を遣れば、其処には白がいた。

(どうやって俺の位置を…!?)
「恨んでくれて構いませんよ」
狼狽するサスケの思考を遮るように白が口を開いた。「君が憎むのはこの僕だ」と不可解な言葉を発すると共に、掲げていた千本を放つ。


白の攻撃を避けようとサスケは【写輪眼】を廻した。千本の軌道を読み、それらが刺さるであろう地点から離れる。
だが木の枝を蹴る直前、サスケは千本とは違う煌めきをその眼に捉えた。同時に飛んできた千本の姿が消える。
「ぐ…っ!?」

頬を掠める。白の登場と同じく、投擲された物とは真逆の方角から千本がサスケを襲った。
背後から飛んできた千本により、傷ついた頬を乱暴に拭う。滴る血に顔を顰め、サスケは印を結んだ。
「【火遁・豪火球の術】!!」

ごうっと白に向かって放たれる火の球。炎に白が包まれると共にサスケは眼を見開いた。
溶けている。
(…ッ、鏡か!?)


波の国で経験した白の攻撃方法をサスケは瞬時に思い出す。それと同時に枝を蹴れば、再び背後から白が襲い掛かった。動揺しつつも千本を回避し、白からサスケは距離を取る。
【火遁・豪火球の術】で溶けた鏡の破片がサスケの足下で砕けた。


『死の森』を自在に飛び交う白。
以前彼はナルトに頼まれ、中忍第二試験の巻物を集めた。その際、どのチームの誰が巻物を持っているかを把握する為、白は己の術である【魔境氷晶】の鏡を森中にばら撒いていたのである。
鏡といっても氷で出来ている故に、普段はただの水の雫だ。傍目には霜が降りているようにしか見えない。けれど血継限界である白が一度チャクラを込めれば、雫はたちまち鏡へと形作られる。

つまり先ほどから全く別方向からサスケを狙う攻撃の類いは、これらの鏡によるものだ。
鏡から鏡への高速移動を可能とする白。
誰が巻物を持っているかを判断する手段として術を用いていた当時とは違い、今回は何処にサスケがいるかを把握するすべとして【魔境氷晶】を活用しているのである。


思いも寄らぬ場所から飛んでくる攻撃。【写輪眼】を持っていなければとうに串刺しになっていただろう。白の怒涛の攻撃に辟易し、サスケはチッと舌打ちした。
(こうなったら一撃で仕留める…っ)

ぐっと襟元を大きく開く。バチバチ、と轟く雷鳴と共にサスケの腕から青白い光が迸った。
濃霧の中にて響き渡る、鳥の鳴き声。鏡に逃げ込む時間は与えない。一気に迫る。
「―――【千鳥】!!」

けれどサスケの雷は、白には届かなかった。




「なに…ッ!?」
必殺の一撃。それが白の眼前にそびえる鏡にて堰き止められている。
幾重にも重ねられて展開された数多の鏡。
貫通力を誇る一撃必殺の術であるにも拘らず、白の【魔境氷晶】が【千鳥】を上回ったのだ。

「くそ……っ」
カカシ直伝の大技である【千鳥】。高速の突き故その威力は絶大だがその一方、一度突いたら方向転換は難しい。力技で押し切るしかない。
膨大なチャクラを要する腕に更にチャクラを上乗せする。ぴしり、と罅が入る音が鳥の鳴き声に雑じって確かに聞こえた。瞬間、二枚の鏡が割れる。

流石に貫通力を誇るだけある。上忍の猿飛アスマでさえも三枚の鏡しか割れなかった【魔境氷晶】をサスケは二枚貫いた。けれど残り三枚、どうしても割れない。

五枚ほど重なっている鏡。サスケと同じく目前の鏡にチャクラを注いでいる白もまた、動けないようだ。
片や防御に徹する白と、片や攻撃に徹するサスケ。膠着状態の中で沈黙が落ちる。

再びサスケが力を込めた。割れた鏡の破片がサスケの拳から血を滴らせる。
三枚目の鏡がぴしり、と罅割れた。
刹那。


「捜したよ、白」

白の鏡が一斉に割れる。同時に、霧散する【千鳥】。
突然掻き消えた術の名残か、飛び散った鏡の欠片が仄かな光を放つ。

サスケと白の間に降り立った彼の金の髪が鮮やかに揺れた。キラキラと輝く雷に反射して、白き羽織が青白く光る。

「……ナ、ルトくん……」
どこか哀愁に満ちた面差しで白が口ごもる。唇を噛み締める彼に、ナルトは苦笑で応えた。
そうして、呆然とした風情で立ち竦むサスケのほうへ顔を向ける。

「うちはイタチが死んだ」


あまりにも残酷な言葉を、サスケは霧の彼方から聞いた。
ナルトの衝撃的な一言はサスケから声だけでなく呼吸をも奪う。心臓までもが止まったかの如き錯覚に陥って、身動ぎ一つしないサスケに、ナルトは白が最も怖れた言葉を口にした。


「俺が殺したんだ」

 
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