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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第3部 始祖の祈祷書
  第5章 工廠と王室

アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディウムの郊外に位置している。

革命戦争の前からここは、王立空軍の工廠であった。

したがって、様々な建物が並んでいる。

巨大な煙突が何本も立っている建物は、製鉄所だ。

その隣には、船の建造や修理に使う、木材の山が積まれた空き地が続いている。

赤レンガの大きな建物は、空軍の発令所だ。

そこは誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。

そして、ひときわ目立つのは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。

雨除けのための布が、巨大なテントのように、停泊したアルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号の上を覆っている。

全長二百マイルにも及ぶ巨大帆走戦艦がこれまた巨大な盤木に乗せられ、突貫工事で改装が行われていた。

アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、供のものを引き連れ、その工事を視察していた。

その男は、年頃三十代の半ば。丸い球帽を被り、緑色のローブとマントを身に着けている。

一見すると、聖職者のような格好に見えた。

しかしながら、物腰は軽く、軍人のようであった。

高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。

帽子の裾から、カールした金髪が輝いている。

「なんとも大きく、頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」

「我が身には余りある栄光ですな」

気のない声で、そう答えたのは、『レキシントン』号の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリ・ボーウッドであった。

彼は革命戦争のおり、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であった。

その際、敵艦を二隻撃破する功績を認められ、『レキシントン』号の改装艤装主任を任されることになったのである。

艤装主任は、艤装終了後、そのまま艦長へと就任する。

王立であった頃からのアルビオン空軍の伝統であった。

「見給え。あの大砲を」

クロムウェルは、舷側に突き出た大砲を指さした。

「余の君への信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ!設計士の計算では……」

クロムウェルの側に控えた、長髪の女性が答えた。

「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程の、おおよそ一・五倍の射程を有します」

「そうだな、ミス・シェフィールド」

ボーウッドは、シェフィールドと呼ばれた女性を見つめた。

冷たい妙な雰囲気のする、二十代半ばぐらいの女性であった。

細い、ぴったりとした黒いコートを身にまとっている。

見たことのない、奇妙ななりだった。

マントもつけていない、ということはメイジではないのだろうか?

クロムウェルは満足げに頷くと、ボーウッドの肩を叩いた。

「彼女は、東方『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術で、この大砲を設計した。彼女は未知の技術を……、我々の魔法の体系に沿わない、新技術を沢山知っておる。君も友達になるがいい、艤装主任」

ボーウッドはつまらなそうに頷く。

彼は心情的には、実のところ王党派であった。しかし彼は、軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ生粋の武人であった。

上官であった艦隊司令が反乱軍側についたため、しかたなくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。

アルビオン伝統のノプレッス・オブリージュ……、高貴なものの義務を体現するべく努力する彼にとって、未だアルビオンは王国であるのだった。

彼にとって、クロムウェルは忌むべき王権の簒奪者なのだ。

「これで、『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、ハルケギニアのどこを探しても存在しないでしょう」

ボーウッドは、間違えたふりをして、此の艦の旧名をを口にした。

その皮肉に気づき、クロムウェルは微笑んだ。

「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権(ロイヤル・ソヴリン)』は存在しないのだ」

「そうでしたな。しかしながら、たかが結婚式に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為ととられますぞ」

トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として初代神聖皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国の閣僚は出席する。

その際の御召艦が、この『レキシントン』号であった。

親善訪問に新型の武器を積んでいくなど、砲艦外交ここに極まれり、である。

クロムウェルは、何気ない風を装って、呟いた。

「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明していなかったな」

「概要?」

また陰謀か、とボーウッドは頭が痛くなった。

クロムウェルは、そっとボーウッドの耳に口を寄せると、二言、三言口にした。

ボーウッドの顔色が変わった。

目に見えて、彼は青ざめた。

そのぐらいクロムウェルが口にした言葉は、ボーウッドにとっての常軌を逸していた。

「バカな!そのような破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ!」

「軍事行動の一環だ」

こともなげに、クロムウェルは呟いた。

「トリステインとは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか!このアルビオン長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はない!」

激昂して、ボーウッドは喚いた。

「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君は余と議会の決定に逆らうつもりかな。いつから君は政治家になった?」

それを言われると、ボーウッドはもう、何も言えなくなってしまった。

彼にとっての軍人とは物言わぬ剣であり、盾であり、祖国の忠実な番犬であった。

誇りある番犬である。

それが政府の……、指揮系統の上位に存在する者の決定なら、黙って従うよりほかはない。

「……アルビオンは、ハルケギニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名を轟かすことになりますぞ」

ボーウッドは苦しげに言った。

「悪名?ハルケギニアは我々レコン・キスタの旗の下、一つにまとまるのだ。聖地をエルフどもより取り返した暁には、そんな些細な外交上のいきさつなど、誰も気にはとめまい」

ボーウッドは、クロムウェルに詰め寄った。

「条約破りが些細な外交のいきさつですと?あなたは祖国を裏切るつもりか!」

クロムウェルの傍らに控えた一人の男が、すっと杖を出して、ボーウッドを制した。

フードに隠れたその顔にボーウッドは見覚えがあった。

驚いた声でボーウッドは呟いた。

「で、殿下?」

果たしてそれは、討死にしたと伝えられる、ウェールズ皇太子の顔であった。

「艦長、かつての上官にも、同じセリフが言えるかな?」

ボーウッドは咄嗟に膝をついた。

ウェールズは、手を差し出した。

その手に、ボーウッドは接吻した。

刹那、青ざめる。

その手は氷のように冷たかった。

それからクロムウェルは、供の者たちを促し、歩き出した。

ウェールズも従順にその後に続く。

その場に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くした。

あの戦いで死んだはずのウェールズが、生きて動いている。

ボーウッドは『水』系統のトライアングルメイジであった。

生物の組成を司る、『水』系統のエキスパートの彼でさえ、死人を蘇らせる魔法の存在など、聞いたことがない。

ゴーレムだろうか?

いや、あの体にはきちんと生気が流れていた。

『水』系統の使い手だからこそわかる、生物の、懐かしいウェールズの体内の水の流れが……。

未知の魔法に違いない。

そして、あのクロムウェルはそれを操れるのだ。

彼は、まことしやかに流れている噂を思い出し、身震いした。

神聖皇帝クロムウェルは、『虚無』を操る、と……。

ならばあれが『虚無』なのか?

……伝説の『零』の系統。

ボーウッドは、震える声で呟いた。

「あいつは、ハルケギニアをどうしようというのだ」




クロムウェルは、傍らを歩く貴族に話しかけた。

「子爵、君は竜騎兵隊の隊長として、『レキシントン』に乗り込みたまえ」

羽帽子の下の、ワルドの目が光った。

「目付け、というわけですか?」

首を振って、クロムウェルはワルドの憶測を否定した。

「あの男は、決して裏切ったりはしない。頑固で融通が利かないが、だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、君の能力を買っているだけだ。竜に乗ったことはあるかね?」

「ありませぬ。しかし、私に乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないと存じます」

だろうな、と言ってクロムウェルは微笑んだ。

それから、不意にクロムウェルはワルドの左腕を見た。

「子爵、気になっていたのだが、その左腕はどうした」

「強敵との戦いの際、失いました」

クロムウェルは驚いた顔をした。

「君ほどの実力をもってしてか?」

「はい。彼は白い服に白い肌、白い仮面を有しており、その実力はスクウェアメイジを遥かに凌駕しておりました」

「なんと……その様な者が……」

クロムウェルは驚愕した。

「当初、我々に有益であると判断し、こちらに引きこもうとしまししたが、ダメでした」

「そうか…」

クロムウェルは顎に手を添えた。

少しして、不敵な笑みを浮かべた。

「しかし、いくらスクウェアクラスを凌駕していようとも、一人でこの我々を止めることは不可能だ」

「左様でございます」

ワルドは頭を下げて言った。

「こちらに引き込めなかったのは非常に残念だが、問題はあるまい」

「そうですな」

ワルドも頷いた。

この考えが、後にウルキオラの力を過小評価していたことを、二人は知ることとなる。




一方、こちらはトリステインの王宮。

アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁が纏うドレスの仮縫いでおおわらわであった。

太后マリアンヌの姿も見えた。

彼女は、純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守っていた。

しかし、アンリエッタの表情は、まるで氷のよう。

仮縫いのための縫い子たちが、袖の具合や腰の位置などを尋ねても、あいまいに頷くばかり。

そんな娘の様子を見かねた太后は、縫い子たちを下がらせた。

「愛しの娘や。元気がないようね」

「母様」

アンリエッタは、母后の膝に頬を埋めた。

「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」

「そのようなことはありません。私は、幸せ者ですわ。生きて、結婚することができます。結婚は女の幸せと、母様は申されたではありませんか」

そのセリフとは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。

マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。

「恋人がいるのですね?」

「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れに、アンリエッタは流されているような気分ですわ。全てが私の横を通り過ぎてゆく。愛も、優しい言葉も、何も残りませぬ」

マリアンヌは首を振った。

「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れますよ」

「忘れることなど、出来ましょうか」

「あなたは王女なのです。忘れねばならぬことは、忘れねばなりません。あなたがそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」

諭すような口調で、マリアンヌは言った。

「私は、何のために嫁ぐのですか」

苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。

「未来のためですよ」

「民と国の、未来のためですか?」

マリアンヌは首を振った。

「あなたの未来のためでもあるのです。アルビオンを支配する、レコン・キスタのクロムウェルはや心豊かな男。聞くところによると、かのものは『虚無』を操るとか」

「伝説の系統ではありませぬか」

「そうです。其れが真なら、恐ろしいことですよ、アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空の上からおとなしくハルケギニアの大地を見下ろしているとは思えません。軍事強国のゲルマニアにいた方が、あなたのためなのです」

アンリエッタは、母を抱きしめた。

「……申し訳ありません。わがままを言いました」

「いいのですよ。年頃のあなたにとって、恋は全てでありましょう。母も知らぬわけではありませんよ」

母娘はしっかりと抱き合った。 
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