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姉を慕い

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第三章


第三章

「そこに行きましょう」
「それなら」
 正大はそれを聞いてだ。神名をある場所に案内した。そこは洒落ていてそれでいて落ち着いた、店の内装に緑の草を使った店だった。そして店で扱っているのはだ。
「紅茶ですか」
「はい、ローズティーです」
 それだというのである。
「様々なローズティーを出してくれるお店です」
「そうですね。そういえば」
 店の中に暫くいてだ。神名はあることに気付いた。
 まずは香りだった。間違えようもないまでにかぐわしいそれはだ。紛れもなくローズティーのものであった。
 そしてもう一つ気付いたものがある。それはだ。店の中にいる客は結構多い。しかしそのどれもが女であった。男の客はだ。正大しかいなかったのである。
 彼女が気付いたのはこの二つだった。その事に気付いたうえで自分の正面に座る正大のその言葉を聞くのであった。
「ここに来るのは」
「来るのは?」
「久し振りです」
 こう神名に話すのである。
「本当に」
「そんなにですか」
「一年ちょっと来ていませんでした」
「一年ちょっとですか」
「前までは時々来ていました」
 そしてだ。彼が言う言葉はだ。
「二人で」
「御二人で、ですか」
「紹介してもらってです」
 正大は余程嬉しいのだろう。このことを聞かれもしないのに話す。見ればその顔も普段より機嫌のいいものであった。
「それでここに来ました」
「そうだったんですか」
「ここのローズティーはどれも絶品ですよ」
 また上機嫌で神名に話してきた。
「本当に」
「そうですか。それでは」
「はい、それでお勧めは」
 彼はそのローズティー、神名は誰と共に来ていたのかすぐにわかることを感じながらそれを飲むのであった。それは確かに美味だった。
 だがそこには彼の心の味もした。忘れられない心の味をだ。それも感じながらそのうえで飲むのだった。
 そしてそれからもだ。正大はデートを続けた。しかし彼が案内する場所は何処もだ。同じであった。
「ここはどうですか?」
「ここですか」
 今は池にいた。そこのボートを漕ぎながら二人でいた。彼はここでも言うのである。
「ここも長い間行っていませんでした」
「そうなんですか」
「どうしても。何か行くことが憚れてしまって」
 顔がふと寂しいものになる。こうした話をする時はいつもであるがこの時もであった。
「それで」
「そうなんですか」
 また気付いても言わない神名だった。
「それでなんですね」
「そうです。けれど今こうして来まして」
「どうですか?今は」
「いいですね」
 にこりと笑って神名に答えはした。
「本当に」
「そうですか、満足されていますね」
「充分に」
 こう言いはする。神名も見ている。しかしだった。
 言葉遣いは丁寧なままだ。まるで年上に対する様に。実際は二人は同じ歳である。神名は内心そのことも気になっていた。
 だがそれについても言わずだ。やはり彼の言葉をそのまま聞くのであった。
「それで」
「それで?」
「ボートはいつもお一人で漕がれてたんですか?」
「漕ぐのは僕でした」
 実際にそうだったというのである。
「そして」
「そしてですね」
「見てもらってまして」
 彼はその名前は何故かここでは出さなかった。だがそれでもだ。神名にとってはそれで充分だった。それだけですぐにわかる、そして充分なものであった。
「それでいつもここにいました」
「思い出の場所でもあるんですね」
「はい、そうです」
 正大はここでも上機嫌にだ。話すのだった。
「本当にここはとても」
「そうなのですね」
「いい場所です」
 思い出を振り返っていた。過去をだ。
 
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